ふるふると首を振り、セレスは答える。
事実彼女が感じているのは痛みではなく
んぅっ!
微かな快楽であった。
Olの指が肌を撫でていくたび、その経路を沿うようにして痺れるような甘い疼きが走る。それは彼の描く紋様が大きく複雑になっていくほど倍増されて、セレスは喉の奥から漏れ出る喘ぎを懸命に堪えた。
ふ、ぁんっ
だが喘ぎを我慢する姿が余計に艶めかしいことにまでは、考えが至らなかった。
セレスの水晶のような透けるほどに白い肌が赤く染まり、耐えるように目を伏せて震えるさまは同性のミオですら息を呑むほどだった。
次はエレンだ
くたりとしてベッドに横たわるセレスを背に、Olはエレンに向き直る。
うむ。私は白の姫君のような無様は晒さんからな。安心してくれ
エレンは自信満々そう言って、Olに胸を突き出した。
その言葉は半分正解で、半分間違いだった。
ああああっ!だめぇっ、これ、きもちよすぎるのぉっ!
彼女は全く堪えることなどなく十全にその快楽を甘受し、声高に喘ぎ、一度絶頂に至りさえした。
確かにセレスの様子とは全く違うが、どちらが無様かと言うと議論の余地があるだろう。
お、お願いします
恐る恐る、と言った様子で胸元を開くミオは、そう言った意味ではもっとも善戦した。
彼女は喘ぎ声を漏らすことも、快楽に我を忘れることもなかったからだ。
Ol様、Ol様、Ol様、Ol様
しかしOl自身にとっては、愛おしげにOlの名を呼び続ける彼女の様子が一番堪えるものだった。
これで良い。後は乾くのを待つのみだ。乾けばその紋様は見えなくなるから安心しろ
三人の身体に紋様を描き終えて、Olは深く息を吐く。
ふむ。では乾くのを待つ間少々暇だな
そうですね
何やら意味有りげな視線をよこすエレンに、セレスが深く頷いて同意する。
あの、Ol様。ここ、お辛くないですか?
かと思えばミオまでもが、Olの下腹部を撫でさすった。
妙な気を回さんで良い。下手に動くと紋様がよれて書き直しになる。悪いが抱いてやることはできん
例えば後背位のような直接胸元に触れないような体位でも、四つん這いになれば彼女たちの胸の大きさだとぎゅっと乳房が寄せられて絵具が滲んでしまう。肌の触れ合う正常位などもっての外だ。
下手に動かなければ良いのだろう?
片手だけであれば、動かしても構いませんよね
そう言って、エレンとセレスはOlの腰に手を伸ばした。
お口でなら、大丈夫ですよね
半勃ちになったOlの逸物をエレンとセレスのしなやかな指が擦り上げ、大きくなったその先端をミオがぱくりと口に咥える。
確かにそれなら紋様は大丈夫だろうが
咎めだてする気力は、すぐに萎えた。三人が完璧なコンビネーションで、Olのモノを攻め始めたからだ。
弓を巧みに操る繊細な指は、肉槍に持ち替えても健在なようだ。茶褐色と白色の指がまるで睦み合う蛇のようにOlの男根に纏わりつき、絶妙に弱いところを擦り上げる。そしてそれに合わせて、ミオはその先端を舐め、唇で食むようにしながらちゅうと吸う。
くっミオ、上達していないか?
れんひゅう、ひまひたはら
Olのものを咥えたまま、ミオは答える。つい先日同じように彼女が口で奉仕した時は、慣れない故にたどたどしいものだった。だが今は、Olでさえ思わず呻いてしまうほどの舌技で攻めてくる。
今までどちらかと言うと消極的だった彼女が何か心境の変化でもあったのか。短期間で凄まじい上達を遂げていた。
あん。Ol様ったら
良いぞ。主殿の好きに触ってくれ
堪らずOlがエレンとセレスの尻に手を伸ばすと、二人は妖艶な笑みを浮かべてそれを許した。胸の大きさはほとんど同じ程度の二人だが、尻の方は随分違う。むっちりとして揉みごたえのあるエレンの尻を鷲掴みにするようにしながら、セレスのほっそりとしたヒップを撫でるように味わう。
ぐっ出すぞ!
そうしているとミオが一際強く吸い上げて、Olは堪らずそう宣言した。
はい来てください
ミオが唇を離すと舌を大きく伸ばして先端をチロチロと舐め、エレンとセレスの指がスパートをかけるように速度を早めながら擦り上げる。
呻くようなOlの声とともにその先端から白濁が迸り、ミオはそれを大きく開いた口と舌とで受け止めた。だが大量に吹き出す精はそれだけで受け止めきれるものではなく、彼女の顔や小麦色の髪にも降り注ぎ、穢していく。
すまぬ。大丈夫か
顔いっぱいに精液を浴びたミオに声をかけると。
顔にも紋様を描かれちゃいましたね
ミオは照れくさそうにそう言って、笑った。
おお、これは凄い
エレンは思わずそう声をあげた。
まさに絶景と称するに相応しい光景ですね
セレスもまた、目を丸くする。
はー
ミオはもはや言葉もなく、ただただ感嘆の息を漏らした。
彼女たちの目の前に広がるのは、紅蓮の大瀑布。
視界いっぱいに流れ落ちる溶岩の滝であった。
お前たちの足元にあるのが、各所に繋がる陣だ
Olは床の魔法陣を指差して言う。
そこには赤、緑、そして黄に輝く魔法陣が描かれていた。
赤が火山の、緑が森のダンジョンの入り口へとつながっている。そして黄が魔王宮お前たちが今やってきたダンジョンから、ソフィアへと通ずる道だ
最近Olは、本拠地のダンジョンの事を魔王宮と呼ぶことに決めた。
魔王の迷宮であり、同時に魔の国の王宮という意味でもある。
そして今まで新大陸のダンジョンと呼んでいたものはソフィアとか、ソフィアのダンジョンと呼ぶようになっていた。
全てお前たちに描いたような、鍵を持つ人間でなければ通ることはできん。肌に傷を負う程度であれば問題ないが、解呪には気をつけろよ
鍵を持っていない者が通ろうとすればどうなるのだ?
運次第だ。いかに運が良かろうと居住区に飛ぶことはないが、運が悪ければ
エレンの問にOlは言いながら、溶岩の滝へと目を向ける。
あの中だな
なるほど、気をつけよう
石の中に転移するならまだマシだ。苦しむほどの間もないし、少なくとも死骸はそこに残る。
いつか掘り出される望みがないわけではない。
しかし全身を溶けた石に焼かれながら死ぬのは相当の苦しみを伴うことは容易く予想できたし、後には骨も残らないのだ。
さて、このままソフィアの中を案内しても良いが
Olはチラチラと緑の魔法陣に視線を送る三人に嘆息する。
森のダンジョンが気になるのだな
やはりアールヴと致しましては
見たことない動物が、たくさんいるんですよね?
最後の一人の言葉に、どうやら森のダンジョンに行くことを希望しているのはどちらかと言うとアールヴたちではなさそうだとOlは悟った。
まあよかろう。行ってこい
どうせそう言うだろうと思って、魔獣にもわざわざ鍵の呪を施し連れてこさせたのだ。
鋭い嗅覚と六つの瞳でけして敵を見逃さない三つ首の猛犬ケルベロスと、翼と毒を持ち魔術までも操る魔獣キマイラ。この二体に加え弓の名手であるエレンとセレスを森の中で倒しうる勇者など、ラファニス大陸全土を見回してもそうはいまい。
Ol様の迷宮には、あのような恐ろしい姿をした怪生がいるのですね
ミオたちを見送ると、サクヤが姿を見せてそう言った。
そう言えばこいつがいたか、とOlは内心思う。縦横無尽に強力な火炎を操る彼女とは、ミオたちは相性が悪い。勝てないかもしれない相手の一人だ。
まあ一番の化物はそれを連れた娘なのだがな
それでは、ホデリたちの本性を見ても小魚と子犬のようなものですわね
扇で口元を隠しながら、その化物に完勝できる可能性のある女はクスクスと上品に笑った。
本性か。神にかけられた呪いだとか言っておったが
まさかサクヤがかけたものではないだろう。とすれば、敵対する神が他にいるということだ。
いずこの神かは妾も存じません。ですがあの姿で放浪しているのを哀れに思い、名を与え人の姿を宿して以来、彼らは妾に従ってくれているのです
なるほどないや待て。話が合わん。奴らは代々お前に仕えていると言っておったぞ
あの呪いは子孫にも受け継がれるのです。ですから最初に拾ったのは、千年前だったか、二千年前だったか
記憶を掘り起こすかのように形の良い眉を寄せるサクヤ。
その凄まじい時間感覚に、Olは絶句した。
ねえ、パパ
Olがサクヤと過ごしていると、ふとソフィアが姿を現した。
あの女のひとたちは、パパのおともだち?
ミオたちのことか?まあそんなようなものだ
流石に全て妻だとは言いづらく、Olは言葉を濁す。
じゃああの白い服の人たちは?
白い服だと?何人もいるのか?
ソフィアの言葉に、Olは首を傾げる。
セレスは白い服を着ていたが、今日は部下を連れてきていない。
うん。たくさんいて
ソフィアで両手を掲げると、Olの目の前に映像が映る。
パパのおともだちと、けんかしてるの
ごろり、と何かが地面に転がった。
Olは己が見ている光景を信じられず、目を大きく見開く。
そこにいたのは、毛皮で出来た衣服に身を包んだ何人もの男たち。
そして、目を大きく見開いたまま地面に転がり、ぴくりとも動かないミオの姿だった。
第9話氷の女王を持て成しましょう-2
馬鹿な。奴らがこうも短時間でやられるだと!?
Olは叫びながら、右手で複雑な印を結ぶ。
彼女たちに付与した鍵には転移の魔法陣を通ることができるだけでなく、その位置や状態を知る機能もついていた。
そして返ってきたその反応に、Olは沈黙する。
場所は森のダンジョン。ソフィアが映し出している場所で間違いなく。
そしてその心臓は、完全に停止していた。
ミオだけではない。エレン、セレス。ついでに二体の魔獣もだ。
ソフィア。急ぎリルとユニス、スピナにこのことを知らせ呼んでこい。それとタツキに、テナの奴もだ
Olはぎりりと歯を鳴らしながらも、沸き立つ感情を抑えてソフィアに命ずる。
例えミオたちを容易く倒す実力があろうと、ソフィアのダンジョンを踏破するのはそう簡単なことではないはずだ。その間に戦力を整え、迎え撃たねばならない。
敵は春に攻めてくるというテナの予知を全面的に信じていたわけではない。
外れる可能性も無論考慮はしていた。
してはいたが、まさかこれほどの危機を見逃すとも思っていなかったのも事実であった。
テナならすぐそこの部屋にいたはずです。妾が呼んで参りますわ
ああ、頼む
サクヤが言って姿を消した、その瞬間であった。
緑の魔法陣が光り輝き、転移の兆候を示す。
ミオか?
振り向いたOlを、光り輝く壁が取り囲んだ。
馬鹿、な
そこにいたのは見も知らぬ、紫の髪の女だった。
分厚い毛皮の服に身を包んだ、どこか気品を感じさせる柔らかな物腰の女だ。
お邪魔しますね。無作法を許して頂けると嬉しいのですけれど
いや、正確にはOlはその姿を知っている。先程ソフィアが映し出した光景に見えた白い軍団の中に、たしかにこの女はいた。
女から視線はそらさぬまま、Olは周囲を囲む壁に指先を近づける。
ひやりとしたその感触に、すぐさまOlはその正体を悟った。
氷だ。
暖かな火山の迷宮の中だと言うのに、分厚い氷がOlを取り囲んでいた。
貴様は、何者だ?
Olは鍵に絶対の自信を抱いていた。
定着させれば目に見えず、見えたとしても精微を極めたその紋様はOlだからこそ描けるもの。
仮にその仕組みを推測できたとしても、複製などできるものではない。
魔法陣を通り抜けられるものは鍵を付与されたものだけで、例えミオたちを脅してともに魔法陣に乗ったとしても鍵を持たぬものは弾かれるだけだ。
故に、目の前にこの女が姿を現しているのはありえないことであった。
わたしはザナ。氷(ひ)の女王ザナと申します。よろしくお願いしますね。ええと、あなたは
だ
何でしょうか?
ザナと名乗った女は、Olの声を捉え損ねて一歩近づく。
Olが叫ぶと同時、ザナの下半身を見えざる迷宮(ラビュリントス)が拘束し、転移したユニスが彼女の首に向けて剣を振るった。
もう。名前くらい教えてくれたって良いではありませんか
嘘!
ユニスは目の前の光景に、目を大きく見開いた。
完璧な奇襲。完璧な一撃。予測などできるはずがなく、予測できたとしても防げるはずがない。
ユニスの剣は転移したそのときには既に、ザナの首筋に触れていたのだから。
だがその刃は、肉に食い込み血管を切り裂くまでの間に、冷たい氷によって封じ込められていた。
ごめんなさいね、本当はこんなことしたくはないのですけど
ザナはちらりと魔法陣に視線を向ける。そこには先程見た白い兵士たちが次々に転移してきて、担いでいたものをおろした。
すっごく説得力がないのはわかってるのですけれど、それでも言いますね。わたしに敵対する意思はありません。話だけでも聞いてくださいます?
ミオたちの身体に刃を突き付けながら、ザナは軽やかに問いかけた。
ああ、美味しい。素敵なお茶ですね、どうもありがとう
どういたしまして
テーブルに着き、優雅な動作で紅茶を口にしてにこやかに微笑むザナに、リルは棘のある口調で返した。
で、ええとわたしは名乗ったのですから、名前くらいは教えてくれてもいいと思うのですけど
白々しい。どのような方法をつかったかはわからぬが、転移陣を用いてやって来たお前が知らぬわけなかろう
そうですよね。普通はそう思いますよね。でも本当にわからないのです
ザナは困ったように眉根を寄せて首を振る。
太陽を知らないと言ってみろ
いいから、言ってみろ
わたしは太陽を、知りません
不思議そうにしながらも、ザナはそう言った。Olは視線は微動だにさせぬまま彼女の背後に立つリルを見ると、彼女は一度だけこくりと頷いた。嘘は見抜けているし、わざわざ言わせた嘘以外は嘘をついていないという合図だ。
魔王、Olだ
そうですか。よろしく、Olさん
Olが名乗ると、ザナはまるで旅先で出会った友人の様ににこりと笑った。
一瞬でOlたちを打ちのめしたくせに、その笑みには邪気や敵意と言ったものがまるでない。
簡単に言ってしまいますと。わたしはあなたと同盟を組みにきたのです
同盟だと?
ええ。氷室(ヒムロ)の女王として、砂原(サハラ)を滅ぼすための同盟を
そして昼食の話でもするような気軽さで、剣呑かつ重大なことを口にした。
わたしの能力を教えてしまいますと、最善手です。その時その時の最善手を打つことが出来るのです。だからここにやってこれたし、あなたとの交渉のテーブルにつくために力を示しました。そうでなければ話も聞いてくれなかったでしょう?
最善手、だと!?
そのめちゃくちゃな話に、Olは思わず目を剥いた。
未来を読むとかいうテナの能力でさえ大概であったが、ザナのいう事が真実であれば彼女のそれは比較にもならない。
だがそんな能力でも持っていない限り出来ない芸当をやってのけたのも確かなことだった。
だから勿論死んでませんよ、あの子達も。わたしの力で氷漬けにして仮死状態になってるだけだから安心して下さい
無論だ。そうでなければ手など組めるものか
渋面を作って頷きつつも、Olは内心胸を撫で下ろした。
魂が肉体の中に入っているのは確認したから、仮に死んでいても蘇生することは出来る。とは言えそれは必ず成功するという類のものではない。Olほどの術者が試みても十回に一度は失敗する。その心配がなくなったのは正直ありがたいことだった。
それだけの力を持ってるくせになぜ同盟など組みたがる?
勝てないから、です
端的に、ザナは答える。
この能力を持ってるからこそわかるのです。どれだけ最善手を打っても、わたしは砂原には勝てない
ザナの瞳が、鋭く光る。
だがそれも一瞬のことで、彼女は再びにこやかな瞳をOlに向けた。
その話に俺が応じると思うのか?
さあ?
Olが問うと、彼女は小首を傾げた。
わたしにわかるのは、こう頼むのが最善手ということだけです。あなたがいつ承諾してくれるかはわからないし、もしかしたら応じてくれないのかもしれない。でもどっちにしろ、わたしにとって良い方向に転がるのは間違いないのです
反則的なそれでいて、奇妙な能力だった。
そこまで出来るのなら、その結果もわかってしかるべきではなかろうか。
彼女の言うことを全て信じるのなら、最善手と言いつつもそれが何故最善であるか、本当に最善であるのか、ザナ自身にはわからないということなのだ。そんなものを信じ行動できるということが、Olには理解できなかった。
だから、しばらくお世話になりますね。承諾してくれるまで
ザナはぺろりと舌を出すと、輝く小さな石のようなものを吐き出す。
それはOlが紅茶に入れた毒を凍らせ、結晶化させたものだ。
あ、部屋はわたし一人のもので十分です。兵たちには帰らせますから。それと、使い魔さん
ザナはカップをリルに向け、にこやかな笑顔を浮かべて言った。
おかわり、頂けますか?できれば今度は毒抜きで
第9話氷の女王を持て成しましょう-3
こ、こんにちは
にこやかに手を振る女性に、ミオは思わず怪訝な表情をしながらも挨拶を返す。
今日はあの人はご在宅ですか?
主殿のお知り合いか?
武器は持っておらず、敵意も殺意も微塵も感じられない。
その人好きのする笑みと柔和な雰囲気に、エレンは敵ではないと判断した。
現地の人間で何人か協力者を得たという情報はOlから聞いていたからだ。
ええ、そんなところです。書状をお持ちしたのだけど、お渡しして頂けます?
女は懐から手紙を取り出すと、エレンに差し出す。
承った
エレンは生粋の武人だ。どのような時であろうと油断など微塵もない。
例えその場で切りかかられようと、彼女が矢を抜き弓を構えて射る方が早い。
その自信があった。
いけないっ!
セレスが咄嗟にエレンを突き飛ばす。
ザナの伸ばした指がセレスの肌に触れた瞬間、彼女の全身は凍り付いていた。
あら
ザナは大きく目を見開く。
擬態は完璧のはずで、なぜ察知されたのか彼女にもわからなかったからだ。
突き飛ばされ地面を転がりながら、怒るよりも驚くよりも早くエレンは矢を放っていた。
だがその矢は空中で止まり、虚空にひびが入る。
貴様!
更に二本の矢を放ちながらも、エレンは怒号をあげた。
しかしそれも、見えない氷の壁に阻まれザナに傷を負わせることはない。
四本目を射ようとしたとき、エレンの弓は弾け飛んだ。
冷気によって凍り付かされた弦が彼女の力に耐えきれず千切れたのだ。
エレンさん!
その隙を突かれて凍らされ、倒れ伏すエレンにミオは叫んだ。
彼女の意思に従って、二体の魔獣はその喉の奥から炎を吐き出す。
おっと、それはまずいですね
ザナは身を翻らせて後ろに下がる。
獣の魔王の力によって増幅された魔獣の炎は、鉄をも溶かす熱量を持っていた。
氷などどれほど冷たかろうが、一瞬で蒸気に変えてしまう。
でもせっかく首がたくさんあっても、身体が二つしかないというのは悪手です
ザナが手を振り上げると、その背後か弓矢を持ったら兵士たちが姿を現す。
その存在自体には、ミオもエレン達も既に気づいていた。
精兵と呼んでいい練度であることは確かだが、所詮はその程度だ。
万人いようがミオなら食い破れるという確信があった。
その矢が、凍り付き倒れ伏したエレンとセレスを狙ってさえいなければ。
放たれた矢を撃ち落とさせるしか、ミオには取れる手段がなかった。
その間にザナの姿が迫ってきて
そして、彼女は意識を失った。
それが私の覚えている全てです
ザナと出会った時のことを語り終え、ミオは一息ついて熱い茶を口にする。
やはり、私が足を引っ張ってしまったのだなすまん、ミオ
面目次第もありません
いえいえ。エレンやセレスのせいじゃないですよ。判断ミスは誰にもなかったと思います
ですよね、と視線を向けるミオに、Olは頷いた。
ああ。もしミスがあったとするならば、こちらの方だ
そうは言っても、見えぬものは見えぬのだから仕方あるまい
話を向けられたテナは憮然とした表情でそう答えた。
ダンジョンに訪れる事だけではない。今なお、奴が次に何をするのかようとして知れぬ。恐らくはその能力のせいであろうが
正確には、ザナの未来を見ること自体は出来た。だがその未来はあまりにもあやふやなもので、すぐに別のものへと移り変わってしまう。
このようなことは初めていや、一度だけあったか
いつの事だ?
あの赤い髪の少女。ユニスの未来を見た時のことじゃ
Olたちと共に試練の山に訪れた時、ユニスが転移しようとした途端、その未来は読みにくいものになった。程度に差はあるとはいえ、現象としては近しいように思える。
参考になったというより、テナの予知の穴が見つかっただけのように思えるな。まあ良い、もともとお前の能力にはさほど期待もしておらん
ぐっそ、そこまで言わんでも良いじゃろうが!
今回の事はお前ではなく、俺のミスだと言っておるのだ
そう言ってやると、テナは砂をかぶせられた炎のように大人しくなった。
当初抱いた懸念の通り、予知がどれだけ便利であろうと頼りすぎては身を滅ぼす。
致命的な事態になる前にそれが分かっただけでも幸いだ。
そしてそれは恐らく、ザナの能力も同じこと。
万能に思える力だろうと必ずどこかに穴はあるはずだ。
Olはそれを見つけるべく、ザナの元へと向かった。
あー、悔しい!ね、もう一回、もう一回だけ勝負して!
マリー、順番を守りなさい。次は私の番です
その次はボクですよ!
わたしは誰からでも構いませんよ
お前たちは何をやっておるのだ
卓を囲んでにぎやかに騒いでいる四人の娘に、Olは呆れた声をあげた。
マリー、ユツ、スピナの三人が遊んでいるのはいいとして、その対面に座っているのがザナだったからだ。
チェスを教えてもらっていたのです。なかなか面白いですね、これ
駒を並べなおしながら楽しそうにザナは答える。
敵地とまでは言わないまでも居心地のいい場所ではないだろうに、まるで友人の家に遊びに来ているかのようなくつろぎぶりだ。
最善手を打てるっていうから、すっごく強いのかと思ったらそうでもないんだよね
スピナと席をかわって対局を見守りながら、マリーは言う。
確かにその打ち方には目を見張るようなものはなかった。スピナもそれほど強いというわけではないが、そのスピナと同程度か少し強い程度のものだ。
チェスに偶然はない。無論たまたま思いついた手で勝つことはあり得るが、それは人の頭の中の都合であって盤面自体は何度でも再現できるものだ。
つまり突き詰めてしまえば、先手後手が決まった時点で勝利は決する。そうならないのは人の先読みに限界があるからでしかない。もし常に最善手が打てるとするなら、スピナ程度一つの駒も取られずに圧倒しててもいいはずだ。
そこまでの力はないのか、それともそもそも能力を使っていないのかあるいは、この状況そのものがOlが用意したものであると知ってあえて加減しているのか。
やがて接戦は辛くもザナの勝利に終わり、スピナは無表情のまま悔しそうに唇を引き結んだ。Olとマリーくらいにしかわからない表情の変化だ。
では次は、俺と勝負してみるか
スピナと席をかわってザナの対面につきながら、Olは言う。
俺に勝てたなら同盟の件、考えてやっても良い
負けたらどうなるのですか?
そうだな。お前の全てを貰おうか
さて、どうでるか、とOlはひとりごちた。
あまりに不平等な取引だ。普通に考えれば受け入れられるものではない。
ザナはしばし考えるように瞑目し、そして目を開いていった。
いいでしょう。その勝負、お引き受けします
よほど自信があるのか、それともそれだけ切実に同盟を望んでいるのか。
あるいはそれも最善手のうちなのかはわからないが、ザナは確かに頷いた。
Olの指先から炎が迸り、ザナの胸に焼き付ける。それは彼女の服に焦げ跡すら残すことなく、しかし魂の奥底に印を刻み付けた。誓約の呪いだ。例えどんな手を打とうと、己自身が誓った呪いからは逃れられない。
さて、では駒を選べ
Olは両手に白と黒のポーンをそれぞれ隠し持つと、ザナに拳を突き出した。
ではこちらで
ザナはOlの左手を選ぶ。そちらに握りこまれていたのは、黒のポーンであった。
一般的には、チェスは先手である白の方が有利であると言われている。
果たしてそれが最善という事なのか。
では、俺の先手だ。いくぞ
序盤、定石に従って布陣していくOlに対し、ザナの並べ方は完全に素人のそれであった。
それでも悪手というほどの悪手がないのは能力ゆえか。とはいえOlの目から見ても、最善手とは程遠いものであるのは明らかだった。
しかし中盤になるに従い、形勢は徐々に変わり始めた。予期せぬ位置に置かれた駒にOlは攻めあぐね、じわじわとではあるがザナが優勢に転じていく。
その様子を見て、Olは予測していた仮説がある程度正しい事をほぼ確信した。
最善手と言っても何を持って最善とするのか、という問題がある。
例えば今Olはザナのポーンを倒したが、ザナはそれによって三手後にナイトを打ち取ることが出来る。ポーンを失うというのは短期的には損だが、長い目で見ればそれより強いナイトを倒せるのだから得となる。つまり本当の意味で最善手を打つのならば、その場その場ではなく長期的な目で、総合的に最善となる手を打たねばならない。
普通に考えれば基準とするのは終局つまり勝利するまでの道筋をすべて読み切るという事だろうが、ザナの能力にそこまでの力はないとOlは読んだ。中盤から優勢になっているのがその証左だ。その傾向はスピナとの対戦でも見られていた。局が進めば打てる手の数は減り、その分読める手は多くなる。ザナの能力で打てる最善手も明確になるのだろう。
スピナが小さく声をあげる。Olのクイーンが、ザナによって取り除かれたからだ。
八方向に幾らでも進めるクイーンは、チェスの中で最強の駒だ。
これを取られるのは相当な劣勢に追い込まれたことを意味する。
かかったな
だがOlは、ニヤリと笑みを浮かべた。
スピナとの対局から、Olはザナが中盤に読める手の数を十手と見た。
ならば簡単な話だ。十手目に最高の戦果を収め、十一手目に破滅する道筋を用意してやればよい。
進んだ後にはもはや引き返すこともできず、一時の勝利に向かう他ない。気付いた時にはザナの敗北は決定している。残り三十手で、Olの勝ちだ。
あら
ようやくそれに気づいたのか、ザナの表情は徐々に曇り始める。
しかしもはや遅い。彼女が詰むまで、Olは手を間違えぬように打つだけだ。
と、不意にザナが奇妙な手を打って、Olは一瞬手を止めた。何の意味もない、ただ損をするだけの手だ。何の問題もないはず。
頭の中の棋譜を修正しながら、Olは生贄の様に差し出されたビショップを倒す。
自棄になったのかその後もザナは次々と奇妙な手を打ち続け、Olはその度に棋譜を修正し
そして、いつの間にか自分が劣勢に立たされていることに気が付いた。
三十手先にあったはずの勝利は近づくどころか遥か彼方に消え、気付けばその前に壁が立ちはだかっている。自分の打った手を思い返しても、そこにミスはなかったはずだ。だがザナは、ありえないはずの挽回をして見せた。その起点になっているのは間違いなく、先ほどの奇妙な一手だ。
ありえない一手。チェス巧者だからこそ感覚的に切り捨ててしまう、異常な手。だがここまでの道を辿ってみれば、それはまさに最善手。ザナが生き残る唯一の道だった。
Olが負けるまではあと三手。勝つ道はどこにも残されていなかった。
盤面の、上には。
ザナがまさにチェックメイトをかけようとクイーンを動かしたその瞬間、突然ダンジョンがぐらりと揺れた。それはほんの一瞬のことであったが、ザナは思わず駒を取り落とす。
ごめんなさい、置くのはここじゃなくて
クイーンを動かそうとするザナの腕を、Olは掴んだ。
お前の手番は、終わりだ
それはタッチアンドムーブと呼ばれるチェスのルールだ。自分の手番で最初に触れた駒は必ず動かさねばならず、手を放した駒を再度動かすことはできない。
無論動かした場所が駒の動ける場所であればの話だが、ザナのクイーンは動くことが可能な場所本来動かそうとしたマスの一つ手前に落ちていた。
そしてそれは、致命の一手だ。
チェックメイトだ
ザナのクイーンを倒し、Olはそう宣言した。
第9話氷の女王を持て成しましょう-4
Ol自身を含む配下の中で、もっともチェスが上手いのは誰か。
無論相性もあれば、その時々で勝敗は転がる程度の差でしかないが
最も勝率が良いのはOlでもメリザンドでもなく、ウィキアであった。
何故か遥か格下のユニスにどうしても勝てなかったりはするが、その読みの深さは随一だ。
彼女は無事勝負のついた映像を目にして、安堵の息をついた。
ソフィアもお疲れ様
ウィキアは地震を起こしたソフィアを労う。タイミングは完璧だったが、それでもザナが駒を取り落とすかどうかは半々といったところだった。
しかしこれでザナがOlの所有物になると思うと、ウィキアの胸には複雑な思いが去来した。
状況は違えど盤上の勝負を挑み、所有の印を刻まれるというのは自分がOlの配下になった経緯とそっくり同じだったからだ。
まさかその手伝いを自分がすることになろうとは、夢にも思わなかった。
とはいえOlがそうしろと命じたわけではない。
盤上の最善に気を取られれば、盤外にまでは考えが及ばぬかもしれん。
彼はただウィキアにそう伝えて、ソフィアと共に待機するよう言いつけただけだ。
だが、とウィキアは思う。
だが本当に自分は、ザナを出し抜いたのだろうか。
当時はそれこそ殺したいほどにOlを恨んだウィキアであったが、その思いはとうの昔に色あせ風化しきってしまっている。憎み続けるには、Olという男は身内に対して優しすぎた。
これで良かったなどとは言えないが、今不幸か幸福かと問われれば、ウィキアは迷いなく幸福であると答えるだろう。
ザナにしても、己が手中に収めたからと言ってないがしろにするような男ではない。むしろただ同盟を組むよりも手厚く守るのではないだろうか。
果たして、どちらが最善なのか
それはウィキアにも読み切ることなどできそうになかった。
もう一度、言ってみろ
Olは自分の耳を信じることが出来ずに、思わずそう問うた。
ですから。わたしはあなたの言っていることを何一つ理解していませんから、理解できるようにして下さい
つまり、こういう事か
Olは頭痛を堪えるように額に手を当てて、言った。
お前がここに来てからの言動は全て能力に従ってオウムのように声真似をしていただけで、お前は俺たちの言語どころかヤマト語すら知らず、自分がなんと発言しているかすら把握できてないというのか
その通りです
己の能力に随分自信があるとは思っていたが、そこまでいくともはや自信というより妄信だ。
自分自身すら何を言っているのかわからぬような状況で寛ぎながら茶を飲むその度胸に、Olは呆れを通り越して感心さえした。
しかしそうなれば、先ほどかけた呪いに関してもちゃんとかかっているのか怪しいものだ。
例え内心では約束を守るつもりなどなくとも、口にすれば誓約の呪いは成り立つ。
誓約を口にするという事自体は、本人の意思によるものだからだ。
が、例えば眠っている相手を魔術で操って言わせても意味はない。
そこに本人の意思がないからだ。
しかし間違いなく本人の意思で口にしながらも、その意味を微塵も分かっていない場合はどうなるのか。Olでさえそのような経験は初めてのことで、判断に困った。
となればリルが見抜いたはずの嘘も当てにはならず、そもそも最善手を打てるというその能力自体が虚偽である可能性すらあった。無論そこから嘘では話自体が成り立たないが、そう見せかけることのできるような全く別の能力なのかもしれない。
そんなことを考えて、Olは堂々巡りに陥っている自分に気が付いた。可能性だのかも知れないだのと確証もない事を考えるのは時間の無駄だ。そんなことを言い出せばそれこそこの世界そのものが蛇の見ている夢かも知れないのだ。
とにかくお前は意思の疎通を望んでいる。それに間違いはないのだな
はい。その通りです
頷いて言うその言葉さえ理解していないとしても、望む方向自体は正しいはずだ。
どの道行う予定だったことでもある。
わかった。ついていや、ここで待て
言い置き踵を返して歩き出せば、ザナはその後ろをついてくる。
入るな。外で待っていろ
扉を開けてそういえば、ザナは頷いてOlの部屋に入る。
雄たけびを上げ、尻を叩きながら踊れ
これでいいですか?
おずおずとベッドに腰掛けるザナに、Olは頭を抱えた。
どうやら彼女は本当に、こちらの言っていることを理解していないのだ。
言葉の内容をわかっていないなら、口先では何を言おうが同じことだ。
単純にこちらの意図だけに対応して行動する。
まるで間違った命令句(コマンドワード)を仕込んでしまったゴーレムを相手にしているような、奇妙な感覚だった。
まあ良いここまで来ておいて否やはなかろうな
Olは嘆息し、ローブを脱ぎ捨てるとザナの腕を取ってベッドの上に組み伏せる。
初めてなんです。優しくして下さい
ザナは驚きに目を見開き、嫌悪感を滲ませながらもそう言った。
表情と言葉が全く合っていない。これがこの女の素の表情か、とOlは何故か安堵する。
どうする。進むか、退くか
言葉が分からずとも、意味は通じるだろう。
腕の力を緩めて問うOlに、ザナは抵抗の意思をなくした。
Olとて、別の方法があるのならそうしただろう。
だが全くの未知の言語を操る相手と言葉を交わすには、以前にユツを相手にやったのと同じ方法を用いるほかない。
つまりは意思の疎通を望んでいる以上それが最善手なのだ。
Olは毛皮で出来た衣服を捲りあげ、ザナの両脚をぐいと押し開いてその間に分け入る。
意外なことに、初めてだというのは本当のことだった。
(いっったぁぁぁぁぁぁいっ!)
繋がった瞬間、ザナは心中でそう叫んだ。
(なにすんのよこの下手くそ!もっとちゃんと優しくしなさいよ!)
んっ、ああっいい
口汚く罵る声と、艶を帯びた喘ぎ声が同時に響く。
とても同一人物から同時に発せられてるとは思えない程の差だ。
(口汚くて悪かったわね!ってあれ、言ってることがじゃない。考えてることがわかる?)
ユツの時とは違い、相手がそれを受け入れているのならば魂を繋ぐのに絶頂に至らせる必要はない。まぐわうだけで良かった。そしてザナとはユツよりも深く太く魂を繋いでいる。ユツは大まかな感情が伝わってくる程度だったが、互いに考えていることがわかるほどに。
(便利なんだか不便なんだかわかんない術ね。まあいいわ、さっさとこの小汚いもの抜いてよ)
駄目だ。魂のつながりが定着するまでしばらくかかる
そう言って、Olはゆっくりと抽送を開始する。
(しれっと嘘ついてんじゃないわよ!)
魂の繋がりは双方向だ。
表面的な思考だけだが、考えていることは互いに伝わって隠すことはできない。
既に魂は十分に繋がり、今すぐやめても何の支障もないことはザナにしっかりと伝わっていた。
(っていうか嘘だってすぐバレるのもわかってるのになんでわざわざ嘘を)
ザナの心の声を、現実の声が遮る。
(な、なに、今の)
それは彼女の能力が指示したものではなく、自然と漏れ出たものだった。
知らんのか?
Olは戸惑いに満ちたザナに、意地悪く言った。
女が気持ちいいときに出す声だ
(冗談でしょ、あんたなんかに抱かれて気持ちいいわけ)
ふぁんっ!
腰をずんと押し進めれば、吐き捨てるような内心の声とは裏腹に高い雌の声があがる。
(なんで、なんでこんな)
安心しろ。今までの人生の中で最も善がらせてやる。お前の好きなものだろう?
ザナの衣服を脱がしながら、Olはそう問うた。
第9話氷の女王を持て成しましょう-5
ほう
分厚い毛皮の服を剥ぎ取り、その下から現れた裸身にOlは思わず声を上げた。
すらりとした手足はまるで人形のように華奢で、ともすれば折ってしまうのではないかと思うほど細い腰は繊細な花の茎を思わせる。
その肌は目に眩しいほどに白く、触れれば手に吸い付いてくるきめ細やかさ。
紫水晶を削り出して作ったかのような色合いの長い髪がベッドの上に広がるその様は、生きた芸術品のようであった。
(貧乳で悪かったわねっ!)
細いというOlの感想をどう受け取ったのか、ザナは心中で悪態をつく。
気にするな。それはそれで問題はない
大きければ大きいなりに、小さければ小さいなりに、或いはその中間だったとしても、それぞれ違った良さ楽しみ方というものがあるのが女の乳房という器官だ。
Olの手の平に少し物足りない程度の双丘をやわやわと揉みしだき、焦らすようにゆっくりその先端へと口付けを落としていく。
ん、はぅ
ザナの、まるで少女のようにほとんど色づいていない乳首は、しかし敏感に反応して硬く尖った。
(反応してない!)
慈しむようにそれを食むOlに、ザナは強硬にそう主張する。
あまり意地を張らぬ方が良いぞ
心からの忠告として、Olはそう伝えた。なにせ互いに考えていることが筒抜けなのだ。
男を知らぬ処女とは言えいやだからこそ、老獪な魔術師の手練手管に抗うすべなどありはしない。
(お生憎様、あたしにはマリナの加護があるの。あんたの粗末なチンコなんかに屈する)
ザナの思考を遮るようにその奥を擦り上げれば、驚くほどに容易く媚声がその口を突いて出る。
やっ、だめぇっ、そこ、あぁっ、ごりごりしちゃ、だめぇぇっ!
(感じてない、感じてない、何も感じてなんかいないんだから!)
身体はこれほど素直だと言うのにな、とOlは呆れ混じりに思った。
わざとやっているのかと思うほどにザナの肉体は敏感に反応するというのに、心は頑なにそのことを認めようとしないのだ。いっそそのような演技なのかと疑うほどだが、魂で深く繋がるこの術はただの読心術とはわけが違う。虚偽など通じるわけもない。
お前の身体は随分と具合がいいな。存外、俺との相性がいいのやも知れん
(そんなわけ、ない、でしょっ!)
その秘裂に肉塊をずぶずぶと埋め込めば、ザナの膣口は嬉しそうにOlの肉槍を締め付けてきて、蠢く膣壁が無数の舌先のように肉茎を撫で擦っていく。その心地よさは、Olをして下腹に力を込めねば思わず精を吐き出してしまいそうになるほどだった。
お前にもわかるだろう。そら
ああぁぁっ!
ぐっと腰を突き入れると、肉槍の先端がザナの弱いところをぐりっと抉る。痒くてたまらない場所を掻いて貰ったのにも似て、それを更に何十倍もしたような快楽だった。
(気持ちよくなんか、ない!)
強情な奴め
それでもなお心の中でそう言い返すザナに、Olは半分呆れつつも感心した。
口先でだけ否定するというのは簡単だが、心の中でまで否定するのはこれで意外と難しい。
言葉は意識的に制御できても、心で考えることまではやめられないからだ。若く女であろうとも、王と名乗るだけの意志力は持ち合わせているようだった。
しかしそれもどこまで持つことであろうな
その柔らかな乳肉を鷲掴みにしながら腰を打ち付ければ、蜜に溢れきった秘部はじゅぷじゅぷと音を立てて根本までをすんなり咥え込む。心はどれだけ気丈でも、彼女の身体は既に堕ちきっていた。
しかしそれも無理のないことだ。互いに魂で繋がりあったOlには、ザナの弱いところ、気持ち良いところが手に取るようにわかる。その上Olが快楽を感じれば感じるほどに、ザナもそれを共有して快楽に喘ぐのだ。
だが同時に、ザナの逃げ道もそこだった。
今感じているものはOlの快楽が伝わってきているだけで、自分自身は感じてなどいない。そう信じることで己の矜持を保っているのだとOlは気づく。
お前の身体はこれほど正直に悦んでいると言うのにな
ひぁんっ!
わななくように小刻みに締め付けてくる膣口をこじ開け赤黒い肉塊をねじ込めば、快楽が電流のように背筋を走ってザナは高く鳴く。
(好きでもない男に犯されて、気持ちよくなんか、なるわけないでしょ!)
その声色はこの上なく甘く蕩けているというのに、胸の内はまだ悪態をつくのだ。
ほう。好いた男がいるのか?
一瞬、ザナの心中に男の顔が浮かびかける。だがそれはロクに像を結ばぬうちに、掻き消えてしまった。どうやらよほど知られたくないらしい。
まあ良い。交わっているときに他の男の顔など見ても興が削がれるだけだ、から、な!
ん、あ、あ、あぁぁっ!
激しく打ち付けられる腰に、ザナの意識が一瞬飛ぶ。
(なに、いまの)
気をやったのだ。俺に犯され、絶頂したということだ
未知の感覚に戸惑うザナの顎を指先でつまみ上げ、Olは丁寧にそう教えてやった。
(うそうそよ!)
快楽は相手のものだと誤魔化せても、絶頂はそうはいかない。
男と女の形には違いがあり、明らかにザナの身体だけが反応しているからだ。
信じられぬと言うなら、そら。何度でも味わわせてやるぞ
ああぁっ!やめ、やめて、だ、め、えっ!
敏感になったザナの身体は一突きされるごとに軽くイって、美しいその肢体はまるで小魚のように跳ねる。
(うそ、うそ、こんなやだ、だめぇっ!)
ついにザナの心が現実を認め、彼女は逃げるように身を捩った。
獣のようにシーツの上を這って進もうとするザナの腰を掴むと、Olは覆いかぶさるようにしてのしかかる。そして薄い乳房に爪を立てながら、剣のように反り立った凶悪な肉棒を後ろから一気に突き込んだ。
ひあぁっ!
太いものがみっちりと胎(はら)を埋める圧力に息がつまり、暴力的なまでの快楽にザナの腕の力は萎れて彼女は上半身をベッドの上に突っ伏す。尻だけがOlの腕によって支えられ高く掲げられて、男はただただ獣欲のまま容赦なく女の濡れた膣口に突き入れた。
(こんな、こんな扱い、絶対に、許せない)
尻だけを上げた滑稽な姿で、身体を押さえつけられ身動きすることも許されず。
それは獣の交尾どころか、ただ欲望を吐き出すための肉袋のような扱いだった。
(許せない、のに)
ザナにとってそれは屈辱でしかない。
王として、女としての尊厳を踏みにじり、愚弄するかのような行い。
(なんで、こんなに気持ちいいのぉっ!!)
なのに、Olの肉塊が膣を抉る度に痺れるような甘い快楽が腹にずんと走って、引き抜かれれば堪えようもない疼きが胎内を満たす。もっと欲しい、と思ってしまう。
喘ぎに口を大きく開け、絶頂に至る度に伸ばされた舌から唾液がぽたぽたと垂れ落ちる。
犯されながらもよだれを垂らす様はまるきり、発情した雌犬のようであった。
まぐわいの良さは、まだこの程度ではないぞ
その耳元で、Olは囁く。
これ以上の快楽を、味わいたくはないか?
(これいじょうのかいらく)
ザナはその言葉にごくりと喉を鳴らす。何度も何度も絶頂へと至り、快楽に蕩けた頭にOlの低く落ち着いた声はよく響いた。
(だめそんなの)
ではお前自身の能力に問うてみるが良い。最善へと至るその力、害があるならば働きはせぬだろう
(わたしのちから)
朦朧とした意識で反射的に力を使えば、ザナの脳裏にはたちどころにどうすれば良いのかが浮かぶ。
は、あぁ、ああ、あ、あぁぁあ、あぁあぁぁぁぁっ!
それに従い背を逸らすように腰を突き出せば、Olの肉槍が胎の奥底を貫いて、ザナは目を大きく見開いた。
ゆるゆると彼女の動きが加速して、その体が前後に動き始める。
ひゃんっ!
Olがそれに合わせて突き込めば、ザナは悲鳴をあげるかのように鳴いた。
(いい、だめ、こんなの、おかしく、だめ、だめ、やだ、やだよぉっ)
心の中でそう叫びながらも、ザナの尻は淫靡に振られて男をねだる。
膣口が男根をきゅうと締め付けながら、その表面を舐めるように膣奥へと埋め込んでいく。
後ろに向かって伸ばされるザナの腕を掴むと、Olはまるで馬の手綱のようにそれを引きながら激しく腰を打ち付けた。
あぁっ、だめ、だめぇっ、やだ、そんなの、だめぇっ!
(だめなのに、だめなのに、きもち、いいっ、けものみたいに、おかされて、きもちよく、なっちゃってるっ!)
心と身体の両方で高く喘ぎながら、ザナは腰をOlに押し付けて奥まで咥え込む。
出すぞっ!
駄目ぇっ!やめて、それ、だけは、やめてぇっ!
(膣内に、出されちゃうなんて、ああぁっ、そんなの、だめなのに)
Olの宣言に、ザナの心は二つに分かたれた。
己の身を守ろうとする心と、快楽を欲する心とに。
中は、中は駄目ぇっ!駄目、なのにぃっ!
(欲しいって、思っちゃってる、だめ、ほしい、あついの、なかにっ!)
能力は今すぐOlの腕を振り払い、逃げるべきだと告げる。
しかしザナはそれに従うことなく、その場にとどまった。
膣の中で、Olの男根が精を放とうと一際膨れ上がる。
だめ、だめ、そんなの、きちゃったら!
(きて、きて、ぜんぶを、うめて!)
ザナの心の声に呼応するように、Olは彼女の膣内に精を放つ。
ああぁぁぁぁあぁあぁぁあああぁぁっぁぁぁぁぁあああああ!
(ああぁぁぁぁあぁあぁぁあああぁぁっぁぁぁぁぁあああああ!)
現実の声と心の声はぴったりと重なって鳴り響き、ザナは高く高く上り詰めた。
白濁の液はまるで堰を切ったように彼女の子宮に注ぎ込まれて、勢い良く迸るそれが膣壁を叩く度に彼女は身体を跳ねさせる。
Olの感じる女を我が物にした征服感と射精の快楽、ザナの感じる男のものにされた被虐的な喜びと絶頂の快感が交互にやってきて、彼女は抗うことも出来ずに快楽の渦に飲み込まれた。
(うう殺す絶対、用済みになったら殺してやるぅ)
ぐったりと横たわり物騒なことを考えるザナの秘所から、血の混じった白濁の液がごぽりと大量に溢れ出す。
流石に処女を相手にやり過ぎてしまったかもしれない、とOlは思った。
魂をこれほど太く繋いで行うセックスは、彼が思っていた以上に気持ちいいものだったのだ。
その上相手の考えていることまでわかるから、ついついやりすぎてしまう。
すまん
Olは頭を下げ、謝罪を口にした。仮にも王の頭は軽いものではない。
だがそれはなんの思惑もない、純粋なものであることをザナは感じ取った。
そして同時に何に対する謝罪かを知り、絶句する。
快楽の渦に飲み込まれたのはザナだけではなく、Olもまた同じことだった。
無論、先程まで男を知らなかった生娘と百戦錬磨の老魔術師とでは訳が違う。
ザナのように己を見失うようなことはなかったが、大量の精を吐き出した逸物は萎えるどころかますますいきり立ち、その威容を誇るかのように反り返っていた。
謝罪は今まで行ったことに対するものではない。
これからすることに対してのものだ。
お前は俺を殺すと言ったな。だが安心しろ
Olは言いつつ、ぐったりとして動けないザナの手を取り引き寄せる。
俺は殺しはせん死ぬほどイカせてやるだけだ
本気で考えていることが伝わってきて、ザナは声にならない悲鳴を上げた。
第10話砂の王に挑みましょう-1
ぱたり、ぱたりと静かな音を立て、札が並べられ、裏返されていく。
しなやかな指で札を操るのは褐色の肌の女。
その豊満な肢体を包む布は衣服と呼ぶにはあまりにも薄く小さく、肌の殆どの部分が露わになっている。
胸元に至っては首と肩とで支えられた布が垂れ下がっているのみで、少し強い風でも吹けばめくれ上がってしまうだろうし、そうでなくともその先端が薄っすらと透けて見えてしまうような有様だった。
首にはそんな衣装に不釣り合いな太い首輪が嵌められて、顔の下半分はヴェールによって隠され窺い知ることが出来ない。
陛下。氷の女が魔王と接触しました
女が札を見つめながら言うと、その背後から男の腕がぬっと伸びた。
その腕は女の胸元を隠す布の下に手のひらを滑り込ませると、一切の躊躇いなく豊かな果実を鷲掴みにする。
男の武骨な指が女の柔らかな肉をこね回し這い回る様は、薄布越しにもはっきりと現れた。
ザナの奴め。外なる大陸からの異人と手を組んだか、イェルダーヴよ
イェルダーヴと呼ばれた女はその豊かな胸を揉みしだかれながらも眉一つ動かすことなく、男の言葉を肯定する。
黒い髪に褐色の肌、赤い瞳を持つその男の足元には、イェルダーヴのつけているものと同じ首輪をした三人の女が犬のように這いつくばっていた。女たちは懸命に首を伸ばして玉座に座る男の股間に顔を寄せ合い、そそり立つ逸物に舌で奉仕する。
ふん。かえって好都合というものだ。彼の地に眠る神とともに食い荒らしてくれる
言って男は奉仕する女の一人の髪を掴むと、その口の中にペニスを突き入れる。そして力づくで女の首を揺らして喉奥に突き込むと、精を流し込んだ。
兵どもの用意をせよ。あの忌々しい雪が溶ければ打って出るぞ
投げ捨てるように口を離された女は苦痛の声も上げずに床に転がり、残りの二人も声もなく主の汚れた肉茎を舐め清める。
イェルダーヴは表情を変えぬまま、ただそう答えた。
まだ、何か、挟まってる気がする
なわけないでしょっ!
腰を押さえながらよろよろと歩くザナを心配して言えば、噛みつかんばかりの勢いで返事がかえってきた。
全然!元気じゃない!誰のせいだと思ってるの初めてだったのに、あの後、五回もするなんて
元気ではないか、と心中で呟けば、恨みがましい視線とともにザナは唸った。
しかしOlにとってはたったの五回だ。本心を言えばもっとしたかったのだが、その時点でザナが眠ってしまったのだから仕方がない。
寝たんじゃなくて気絶したのよ!殺す絶対いつか殺す
今なんとおっしゃいました?
Olさんとは末永くお付き合いさせて頂きたいと思ってます
突如天井から垂れ下がってきたスピナに、ザナはにこやかな微笑みでそう答えた。
Olも騙されかねないほどの、見事な変わり身だ。
?お師匠様、準備が出来ました
事実スピナさえ己の聞き間違いだったのかと不思議そうに首を捻る程。
素の性格の方が好ましく思えるがな、と心中でOlは呟いたが、ザナの返事はなかった。
サハラの持つ能力は大きく三つあります。その中でも一番厄介なのが、全知です
Olの翻訳魔術を通したザナの言葉に、会議室に集まった者たちはざわめいた。
未来予知に最善手、そして全知ときたか
もはやOlは驚きさえしなかった。どれも魔術的な常識から考えればありえないものばかりだが、実際目の前にありえているのだから否定しても仕方がない。
まあそうは言っても、どこまで鵜呑みにして良いものかはわからぬがな。お前もこんな能力でよくふっかけたものだ
魂を接続したことにより、Olはザナの能力を彼女自身と同じくらい正確に把握していた。
彼女が信仰する月の女神マリナの加護。それは最善手を知る力だ。
最善手を打つ能力というザナの説明は正しいようでいて、本質とは異なるものだった。
神の加護は何が最善であるかを知ることにしか働かない。
指定される手はザナにとって可能な範囲のものではあるが、実際にその行動に成功するかどうかはザナ次第なのだ。無論成功率も鑑みての最善手ではあるが、余裕がなければないほどその選択肢は狭まっていく。
そして何より問題なのは、何を持って最善と言っているのかはザナ自身にもわからないということだった。
とは言えそれだけなら、お前なら勝てるのではないか?
全知とやらもどうせ同様に何らかの制約はあるのだろう。だが仮に真の意味で全知であるとしても、ザナならば勝てるとOlは踏んだ。
最善手を打つ能力が強力だからではない。
ザナ自身が、強いからだ。
マリナの加護によって奇襲を知ったとしても、ユニスの一撃を完璧に防ぎきったのはまごうことなくザナの力に他ならない。印も呪文も使うことなく瞬時に氷を作り出す異常と言えるまでの速射性。
それはOlの魔術と同様に、神の加護などという胡散臭いものではないれっきとした技術であり、積み重ねられた研鑽のなせる技だ。
この若さでよくぞここまで磨いたものだ、とOlは素直に感心した。
(あんたの魔術とかいうヤツの方がよっぽど頭おかしいけどね。何よ、連鎖反応を何十にも積み重ねて瞬時に石塊に好きな機能と形状を持たせるって)
ザナの技術が一瞬で絵を描くことだとすれば、Olのそれは一瞬でパズルを作り出すようなものだ。どちらも常人の技ではないが、Olの迷宮魔術はただ単に難解極まりないと言うだけでなく、何故そんなことをするのかわからないというレベルのものだった。
どう考えたって、石以外のもの例えばザナのように氷とか、水とか、砂とか、そういった流動性のあるもので同じことをやった方が手っ取り早いに決まっているのだ。
(そんなものでダンジョンは作れんだろう)
その疑問に対するOlの回答は至極単純なものだった。戦闘のための技術ではなく、ダンジョン造りのための技術を戦闘に流用しているのだから当然といえば当然の話だ。
その点ザナの能力はまさに、戦闘のために鍛えられたものだった。
瞬時に作り上げられる氷は攻撃を防ぐ盾となり、相手を切り裂く刃にもなる。
マリナの啓示によって奇襲奇策も避けられる彼女は、単身乗り込めばいくらでも王を討ち取れるように思えた。それこそ、Olに対してしてみせたように。
それが出来ない理由が二つ目の力。砂の王ウセルマートの操る炎の術です
氷に対して炎では相性が悪いか
ミオの操る魔獣達の炎にも、ザナの氷は耐えられなかったという。
もっともミオが操っている状態でケルベロスが吹く炎はローガンやサクヤのそれすら上回りかねない規格外のものなのであまり参考にはならないかもしれないが、高熱が弱点であるのは間違いないのだろう。
相性も勿論ありますが単純に、術者としてウセルマートの方が強いのです
淡々とした口調とは裏腹に、魂の糸を伝ってくるのは滲み出すような悔しさだ。
王が王を打ち取る必要などあるまい。どれほど強かろうが個は個。数を持って対応すればいいだけだ
単に炎を操るだけというのなら、それこそサクヤやローガンでいくらでも対処できる。
仮にウォルフ並みの強さを持っていたとしても万の軍を持って当たれば勝てるのが戦というものだ。
それが出来ない理由が三つ目の力。サハラの不死兵団です
話には聞いたことがございますわ
ザナの言葉に、サクヤが声を上げた。
サハラの国には斬っても突いても死なず、痛みを感ずることも恐怖を覚えることもない屍の兵士たちがいると
それってただのリビングデッドじゃないの?
恐ろしげに語るサクヤに、リルは首を傾げる。
ただの、とはまさか旦那様の国では、斯様におぞましい存在が珍しいものではないと仰るのですか?
あーうん、まあ、珍しくはないかな
そのおぞましい存在とやらを、まだダンジョンが整っていない時代にはよく戦力として使ってましたとは言えずにリルは言葉を濁す。
でもリビングデッドならそんなに怖いと思えないなあ。あたしたちの知ってるのと違うのかな?傷がすぐ治っちゃうとか、すっごく早く動くとか
死体を魔力で動かしているだけのリビングデッドは、多少戦闘の心得がある者にとってはさして恐ろしい相手ではない。痛みや恐怖に怯まないから囲まれると多少厄介ではあるが、それでも雑魚と言ってしまっていい部類の魔物だ。
いえ。一体一体は仰る通り大した脅威ではありません。カラカラに乾いているからわたしの氷術が通りにくいのは難点ではありますが、皆さんなら簡単に倒せるはずです
では、数か
Olの問いに、ザナは頷く。
サハラの国で生まれ死んだもの。その全てが不死兵です。その正確な数までは存じませんが少なくとも優に一億を超えるでしょう
一、億?
その答えに、流石にOlたちは言葉を失った。
Olさま、一億って、どのくらいすごいの?
多いということだけはわかるのだが、多すぎてピンとこずにマリーは尋ねる。
軍事大国と呼ばれるユニスの故国、グランディエラですら国中から兵士をかき集めてせいぜい三十万。魔宮からこちらへ持ってこれる兵は、まあ多く見積もっても十万というところだろうな
じゅうまんってことは
マリーは指を折り折り数え、大きく目を見開いた。
百倍!?
一千倍だ、愚か者
Olは深々と息をつきながら、力なく言った。
第10話砂の王に挑みましょう-2
それが本当だとすれば、まずいな
ダンジョン攻略において最も効果的な戦術が、実は人海戦術だ。
罠も守衛の魔物も一度に対処できる人数は限られている。
とにかく頭数さえあれば練度も能力も大して関係なく踏破出来てしまう。
ダンジョンという空間が有限である以上、これは原理的に防ぎようがない。
そうは言っても十万や二十万程度飲み込む自信はあったが、一億となると流石に不可能であることは火を見るより明らかだった。
その上相手には全知の力があるという。どの程度のものかは分からないが、少なくとも最適な経路を割り出したり、罠の位置を見破る程度のことはできよう。つまり最悪、本拠地の魔宮まで乗り込んでくる可能性もあるということだ。
だがそれが本当だとすれば、お前はこんなところにいて良いのか?
問題ありません
雪山を隔てているヤマトと違い、ヒムロはサハラの隣国だ。攻めようとすればいくらでも攻められる。敵対する国の王がわずかとは言え手勢を率いてやってきたのだ。全知などなくともザナがここにいることも承知しているはず。
ヒムロは雪に覆われた国です。言い換えれば、水が溢れている。サハラの不死兵にとってそれは忌避すべきもの。それにそもそも、ヒムロを攻める理由がないのです
何故だ?お前はサハラを滅ぼそうとしているのだろう
ヒムロにはサハラを滅ぼす力はありません。そして、ヒムロを滅ぼして得られるものもない。ヒムロは、雪と氷に覆われた貧しく不毛の国ですから
語ると同時、ザナの心中にヒムロの国の情景が浮かんだ。
季節の別なく一年中氷に閉ざされたその国では、草花も家畜もほとんど育たない。
民はロクに食べるものもなく貧しい暮らしを強いられ、王族であるザナですら贅沢といえるような生活は全くしていなかった。
不毛というのならばサハラとやらも同様ではないのか。砂漠の国だと聞いたぞ
いいえ、それは逆です。サハラほど肥沃な土地はそうありません。砂漠が広がるのは、その肥沃さを一点に集めているがゆえのことなのです
ザナの胸の中にあるは羨望と嫉妬、憎しみと
つまり滅ぼそうと思えば滅ぼせるが、滅ぼしたところで害はあれども利はなく、脅威でもないため捨て置かれているということか
そういう、ことですね
民に苦しい生活をさせていることへの、深い悔恨だった。
そうとなれば、ヒムロの戦力は当てには出来ないということだ。
(悪かったわね)
Olの思考を読んで、ザナは不貞腐れたような、後ろめたいような感情で言う。
(気にするな。元々当てにはしておらん。とは言え)
どう対処したものか
この上なく厄介な相手であった。三つの能力のうち、どれか一つあるいは、二つまでならどうにかなったかもしれない。だが全知によって奇襲奇策は通じず、個の強さも数の力も桁外れとなると、打つ手が無いようにさえ思えた。
おうる、おうる!たつきが、みずでばしゃー!ってするよ!
思い悩むOlに、タツキがぶんぶんと手を上げて言った。
お前は水を操ることは出来ても、作り出すことはできんだろうが。水の一滴もない砂の海でどうする気だ
えー。水がないのに海なの?なにそれ、へんじゃない?
会議の席にこいつを連れてきたのは誰だ、とOlは額に手を当てる。
むー。おうるのやくにたちたいのになあ
ああ。お前の力は当てにしている。だからいざという時頼む
頬をふくらますタツキに、Olは本心から言った。
少なくとも、ダンジョンの防衛という点においては彼女ほど役に立つものもいない。侵入者が足を踏み入れた通路や部屋を水で埋めてしまえばタツキの独壇場だ。水中戦で陸の生き物が海の神に勝てるわけがない。
とは言えそれさえも凌駕するのが数の力だ。死者に呼吸は必要ないし、水で押し流されることへの対処だけなんとかすれば戦える。そうしたところでタツキの敵ではないだろうが、神とて何日も不眠不休で戦えるわけではない。
主殿。我々にお任せ頂けぬか
静かなしかし決意を秘めた声で言ったのは、エレンだった。
何か策でもあるのか?
ありません
すっぱりと、いっそ潔い口調でエレンは断言する。
しかし死に損ないの一億や二億に遅れを取る我らが氏族ではない
無茶を言うな
我らに汚名を濯ぐ機会を与えてほしいのです
Olが諌めようとすると、セレスまでもがそう言い出した。
汚名というのはザナを相手に不覚を取ったことだろう。
汚名などとは思っておらん。あれは俺の失態であって、お前たちに責はない
何故一言、お命じ下さらぬのですか。邪魔な者共を皆殺しにしてこい、と
硬い口調で言うエレンに、Olは瞑目する。
人間の兵、十万二十万ならばそう命じもしよう。だが相手は文字通りの死兵、一億もの軍勢だ。みすみす死なせに行くようなものだ
生きた人間ならば、ある程度相手に損害を与えれば士気を保てず瓦解する。
だが恐怖を知らず腹も減らない生ける屍は、最後の一兵までもが動かなくなるまで戦うだろう。まともに戦っていい相手ではない。
我ら、主殿の為ならばこの生命、惜しくなどありません!
はい、そこまでー
エレンががたりと席を立ち、叫ぶように言ったところでリルがパンパンと手を打ち鳴らした。
エレン、セレス。あなた達が一騎当千ううん、一騎当万の精兵であることはわたしもOlもよーく知ってるわ。でもね、だとしても百人で百万しか倒せないじゃないのよ。一億には二桁足りないわ。そもそも一億の矢をどこから用意するのよ
そ、それは魔力で作り出せば
ダンジョンコアを空にする気?
リルがそう言うと、エレンは流石にうっと呻いて押し黙る。
久方ぶりの強敵なのは間違いない。お前たちの力は必ずや必要となるだろう。その時が来れば存分に頼らせてもらう
なんとか納得したのか、エレンは跪き頭を垂れる。
助かった、とリルに目配せすれば、彼女はにっこり笑ってヒラヒラと手を振った。
(随分お優しいのね)
(悪いか)
解散した後ザナからかけられた心の声に、Olは唸るように答えた。
悪い自覚があったからだ。
(言っておくけどあの子の提案は、最善よ)
(だろうな)
一億の兵がいるからと言って、それを全て相手にする必要などない。
チェスと同じだ。駒を犠牲にすれば王手をかけられる。
エレンたちに砂の王までの血路を開かせ、ユニスなりローガンなりに砂の王を殺させる。
おそらくはそれが最善であろうことはOlもわかっていた。
Olのためなら命など惜しくない。
エレンがそういった時、Olは思ってしまったのだ。
嫌だ、と。
それは王として正しい判断ではない。
百を生かすために一の損害で済むのなら、それを選ばねばならない。
すべてを知る相手に一億の死兵。
それは明らかに、かつてメリザンドが率いたラファニスよりも強大な敵なのだから。
(別に、悪くないわ。わたしも何も言わなかったでしょう)
最善の力はあそこでエレンの肩を持ち、けしかけることだと告げていた。
(ただ、不思議だっただけ。あなたにはそれこそ何十人も奥さんがいて、その内の一人なんでしょう?それとも、あの黒くて胸の大きい子か、白くて胸の大きい子は、あなたの特別なお気に入りだったの?)
だがザナはあえてそうしなかった。
恐らくそれをすればOlとの関係は著しく悪化する。
砂の王を倒す一手だけを考えるならともかく、その後のことを考えるならば得策ではないと判断したからだ。
(特別も何もあるものか。気に入っておらぬものを閨になど呼ばん)
(あのねえ。それじゃ、あたしも気に入ってるってことになるじゃないのよ)
(その通りだがなんだ)
(えっ)
Olは目を見開くザナを改めて見つめた。
波打つ紫の髪はどこか幻想的で、髪より僅かに明るい色彩の瞳は紫水晶のよう。
儚さと力強さを同時に感じさせる不思議な雰囲気がある。
端正な顔立ちとそのほっそりとした佇まいは妖精にも似て、彼女自身が月の化身と言われても信じてしまいそうなほどに美しかった。
(ななんで、敵になるかも知れない女を口説いてるのよ)
(口説いてなどいない。ただの事実だ。でなければあれほど求めたりするものか)
Olの言葉に呼応して、ザナの脳裏に昨晩の様子が浮かび上がった。
(馬鹿!この節操なし!)
ザナはそう捨て置いて、足早に逃げ去っていく。
あんな見た目ならこの程度の世辞など聞き飽きているだろうに。
Olは嘆息し、その背中を見送った。
第10話砂の王に挑みましょう-3
ユニスは一人、ダンジョンの片隅に作られた訓練場で剣を振るっていた。
ふっ
鋭い呼吸音とともに、珠のような汗が舞い散る。
それは空中にあるうちに剣で縦に切り裂かれ二つに分かれ、更に横に切られて四つ、斜めに切られ八つに分かたれた。
相変わらず凄い動きだね
ユニスが剣を振る音しかしなかった空間に、パチパチと拍手の音が鳴り響いた。
感心しきり、と言った様子でいいながら現れたのはマリーだ。
訓練を止めることなく、ユニスは動きを続けたままマリーに問うた。
ローガン見なかった?ちょっとソフィアの世話をお願いしたくて
見てないかな。向こうにスピナがいたから、そっちに頼んだら?
うーん。そうするかなあ最近ローガン、すぐいなくなっちゃうんだよね
ところでマリー、剣の訓練はちゃんと続けてるの?
ユニスの問いに、マリーはぎくりと身体を震わせた。
まあまあ、かなありがとね、ユニスっ
そう言ってマリーはさっと身を翻し、迷宮の奥へと走っていく。
勿体無いなあ。せっかく才能はあるのに
剣にせよ魔術にせよ、あるいはその他のことにせよ、マリーは非常に飲み込みがいい。だがそれゆえにか、どうにも飽きっぽくひとつの事に集中できないきらいがあった。
そう思わない?ローガン
英雄に才能があるなんて言われてもな
虚空に向かって呼びかければ、影はじわりと形を取って赤い悪魔へと変じた。
マリーに言ったことは嘘ではない。ユニスはローガンの姿を見てはいない。
だが柱の影に入り込んだその存在そのものには訓練場に足を踏み入れたときから気づいていた。
それも、どうなんだろうね。英雄だから才能があるのか、才能があるから英雄になるのか
ユニスは地道な剣の訓練というものを殆どしたことがなかった。
思うとおりに振り回せばそれで敵無しで、戦いの勘はほとんど実戦で磨いてきたものだ。
自身も英雄である父ウォルフに言わせれば、英雄というのは大抵、皆そういったものであるらしい。
言いつつユニスは後ろに飛び退り、足に力を込める。
距離をとって走り抜けながら、その勢いを乗せた斬撃を転移させて相手を切り刻む。
四方八方から襲い掛かる無数の見えない斬撃は回避も防御も不可能。
名はないが、ユニスにとって必殺といっていい技だ。
そして、剣を振り終える前に、ユニスは息を飲んだ。
また負けたな
ローガンに答え、ユニスは剣を鞘に収めるとその場にへたり込んだ。
一瞬の隙を突いて、心臓を貫かれた。
鎧と筋肉と肋骨に守られた心臓を剣で狙うなど普通なら悪手でしかないが、彼なら息をするかのように易々とやってのける。
ユニスが相手していたのは、空想上のホデリだ。
とは言えその動きは本物と寸分違わない。
最初に勝てたのはユニスの能力の特異さ故、そしてホデリも本気ではなかったが故だ。
あれから何度か手合わせしたが、二回目以降の戦いでは簡単に対応されてしまった。
ユニスの剣は軽い。それを助走距離と速さで補う剣は、下がった瞬間歩を詰められ剣を置かれるだけで封じられる。ならばとどれほど早く動こうが、ホデリは最小限の動きでユニスの命を絶った。
あれ以来、実際にも空想上でもユニスはホデリに一度として勝てていなかった。
膂力も速度も全てユニスのほうが勝っているのに、剣の振るい方一つで覆されるのだ。
で、なんでローガンはマリー避けてるの?
言わねえよ。お前、笑うだろ
うん、多分
そういうとこ正直だよなおめえはよ!嘘でも笑わないとか言えよ!
深々とため息を付いて、ローガンは両手を腰に当て、上側の腕で己が目を覆う。
マリーが殺されて俺は本気で怒っちまったんだよ。もうとっくに十三歳なんて超えちまったババアと生まれたばっかの超ビューティ幼女を比較して、ババアを優先しちまったんだ。俺のアイデンティティがクライシスだぜ
あはははははは
あっこの野郎、本気で笑いやがったな!?
指をさして笑うユニスに、ローガンは牙を剥いた。
だってそうじゃない。好きなのに理由なんて必要ないでしょ
お前はなあこちとら六千年生きてる大悪魔なんだぜ。人間なんかに入れ込んだっていいこたねえ。色々あんだよ。わかれよ
関係ないよ
ローガンの言葉を、ユニスはばっさりと切り捨てる。
悪魔だって人間だって人間だか幽霊だかわかんないのだって、好きって気持ちは同じだよ。好きになるまでの経緯はそれぞれ違うだろうけど
だけどなあ
そりゃあローガンがマリーのことを女の子として好きで、子供作りたいなあーとか思ってるなら色々難しいけど、別にそういうわけじゃないんでしょ?
そりゃまあ、そうだけどよ
ローガンのマリーへの思いは、人間で言うのならば妹や娘に対するものが近い。
その難しい方を選んだ子だっているんだし
名を上げずとも、ユニスが誰のことを言っているかは明白だった。
あまり入れ込むと後がつらいぞ、と彼女に忠告したことさえあったのを、ローガンは思い出した。
ったく、ローガン様もヤキが回ったもんだぜ
辟易として、ローガンは天を仰ぐ。
しかし口調とは裏腹に、その表情はどこか吹っ切れたような晴れ晴れとしたものだった。
下らん説教の礼に、お前に良いことを教えてやる
お前がさっきからやってる訓練な。それ、全部無駄だ
無駄!?
流石にショックを受けて、ユニスは目を見開き口をあんぐりとあけた。
あのホデリとか言う男の真似をして剣の振るい方を学んでるんだろうがよ。そんなもん一朝一夕に身につくもんじゃねえし、何十年もかけてあの程度の只人に追いついてどうする
で、でも、ホデリはすごく強いよ?
ユニスの言葉に、ローガンは頷く。
恐らく人の形で為せる範囲において、ホデリの動きは極められていると言って良い。
もしこの世に全知全能と言える存在がいたとして、剣を振る人間を作り出したとしたら彼とそっくりの動きをするだろう。そのくらいの域にいる人間だ。
だが彼はどこまでも、人間でしかない。
竜が人の真似をしてどうする。同じ土俵で戦ったら技術が同じでもお前が負けるぞ
えっ、なんで?
ユニスは本気で聞いているようだった。
背が小せえ。体が軽い。腕が細い。技術も能力も同じだったら勝てる要素がねえだろうが
小柄なユニスの頭を手で押さえつけながら、ローガンは言う。
体が小さいということはその分リーチが短いということで、細く軽いということはその分一撃も軽くなるということだ。不意打ちを身上とする暗殺者ならばまだしも、真っ向から戦う剣士としてはそれは不利な要素でしかない。
えー、そうかな?
それを不思議に思うということは、ユニスは今まで一度もそれを苦にしたことがないということでもあった。
だからお前さんは棒きれの振り方なんぞより、自分の力の使い方を学べ。英霊の力ってのは、要するに英雄の生き方そのもの。象徴みたいなもんだ。振り回されずに使えりゃ、きっと力になる
うん。ありがとうね、ローガン!
正直ローガンの言っている意味の半分ほどは良くわからなかったが、それでも何か進むべき道筋を得た気がしてユニスは頷く。
おう
契約にもないのに人間を守ったり、戦い方を教えてやったり、あまつさえ礼を言われたりするなど、まったく持って悪魔らしい行動ではない。
だが不思議と、そう悪いものでもない。ローガンは、そう思った。
第10話砂の王に挑みましょう-4
かつてヤマタノオロチがその根城にしていた山脈の名を、ヤエガキという。
まるで並び立つ剣のようにそびえるその山脈は、西から吹く風の中から湿り気を全てこそげ取り、山頂に雪として降らせながら乾いた風をサハラへと送り込む。
その頂の一つに立ち雪を踏みしめながら、不思議なものだな、とOlは心中でつぶやいた。
サハラという国と、Olは一切の交流を持っていない。
その国に住む人間とあったこともなければ訪れたこともなく、伝聞でしかサハラの話を聞いたことが無い。それはサハラにとっても同じことのはずだ。
にも関わらず、眼前には山の麓を埋め尽くすかのように死者の兵が居並んで、Ol達の手勢に相対している。
宣戦布告もなく、時刻を伝えたわけでもなく、しかし互いに戦う準備を完了させて向かい合っているのだ。それはなんとも不思議なことのように思えた。
にしても、わかっちゃいたけど酷い数ね
うんざりとした口調で、リル。
まるで絨毯のように黒々と眼下に広がっているのは、その全てが不死兵に違いない。
山の上からでは遠すぎて細部までは見えないが、その尋常でない数だけははっきりとわかった。
対してOlたちは兵士も連れず、僅かな手勢のみだ。
冬山に慣れたザナの手を借り、春近くなってだいぶ溶け出してはきているものの、まだ雪の残る険しい山脈で軍を率いて登るなど不可能だ。
かといって悠長に春を待てば大軍に攻め寄せられ滅ぼされるのを待つばかり。それまでに手を打たなければならない。
どの道真正直に一億の不死兵に兵士を当てても損害が広がるばかりであろうから、Olは少数の精鋭だけを連れてやってきていた。
あの、あたし、何で連れて来られたんでしょうか?
そんな中、少し困ったように眉根を寄せて、ShalはOlに問いかけた。
十年前は肩口で揃えていたエメラルドグリーンの髪を腰まで伸ばして先端をリボンで纏め、Olを見つめるサファイアのような瞳は僅かに涼やかに。背も胸の膨らみもほんの少しだけ成長したその姿は、出会った頃の幼げな印象に取って代わるように儚げな美しさが加わっていた。
とはいえその能力までもが成長したかといえば、必ずしもそういうわけではない。
Ol配下の僧侶たちの取り纏めとして忙しい日々を暮らす彼女は、かつてのように自らが戦場に立って戦うということは殆どなくなった。
僧侶としてはともかく、冒険者としての腕や勘は確実に衰えているということだ。
まあ見ていろ。リル、やれ
リルが返事をすると同時、山脈の斜面にいくつもの穴が開いた。
ヤマトにせよヒムロにせよ、Olたちの文明と比べて非常に遅れている点があった。
それは、魔道具の存在だ。
何でも霊力というのは人や古い動物、木々などに宿るものらしい。
逆に言えば生き物でない存在には霊力は宿らないのだ。
ゆえに道具に込めて使うという発想にも乏しく、Olたちで言うところの付与魔術に関する分野が殆ど発達していない。
ゆえに。
山脈の斜面から突き出した何門もの大砲は、例えその存在を知ってはいても理解できるものではないはずだ。
轟音をたて、巨大な弾丸が一斉に射出される。
もし理解できないはずのそれまでをも知り対処できるなら脅威であるが、死者の軍団は対応することもなく弾丸に押しつぶされた。
とはいえ、せいぜい数百体。焼け石に水といっていい数だ。
あっ、わかりました。これですね
リルの放った弾丸を見て、ShalはOlの意図を察する。
弾丸の中には特大の魔石を仕込んであって、円を描くように大地に落ちていた。
それはShal本人にすら今の今まで伝えていなかった作戦だ。
Olの頭の中を読むか、テナのように未来を読むかでもしない限り対処できるものではない。
解呪(ディスペル・カース)!
Shalの詠唱とともに、リルが放った弾丸から光の柱が立ち昇る。
それは相互に結ばれ巨大な魔法円を描くと、白い光が戦場を埋め尽くした。
まるで空に吸い込まれるように光はやがて消え、巻き込まれた死者の群れは動きを止め倒れ伏す。
これで数万体は倒せたはずだ。
魔力の補給、お願いします
それそのものが魔力の塊である魔石を利用した術は本人の魔力をほとんど使わないが、流石にこれほどの規模ともなればその魔力の殆どを使い果たし、Shalはふらりとよろめく。
その肩を抱き唇を重ねれば、Shalは胸の前でぎゅっと拳を握りながら舌を差し入れてきた。ちゅぷちゅぷと音を立てながら唾液を絡め合い、唇を吸い、ぎゅっと抱きつく。必要な分の魔力を注ぎ終わっても口を離さず、存分に堪能したところで銀の糸を唇に伝わせながら離れた。
次は下のお口から白い魔力をお願いします
馬鹿なことを言ってないで次の用意をしろ
ちらりと法衣の前をたくし上げるShalの後頭部を軽くはたき、Olは彼女の身体を敵に向ける。
あれ、なんだろ
不意に、マリーがそう声をあげた。
その視線を辿ってみれば、黒々と広がる不死の兵団の奥に何かが光っているのが見える。
炎、か?
Olはその光を見定めようと目を細める。
それはまるで松明の炎が揺らめいているかのような、そんな光景に見えた。
ねえ、なんだかあれ
リルが硬い声色で、Olの肩を掴む。
大きくなってない?
彼女の言うとおり、炎は地平の彼方でじわりじわりとその大きさを増していた。
まさかそんな馬鹿な
Olたちはサハラの軍を山の上から見下ろしている。つまりその目に見える地平線は地上から見るよりも遥かに遠い。百マイル(およそ百六十キロメートル)程はあるはずだ。
どんな弓も兵器もそんな距離を飛ばすことなどできない。
ましてや何の媒体もなく炎の塊を飛ばすような術など、あるはずもない。
来るぞ!
つい先程までは、誰もがそう思っていた。
迫りくる火球はどんどんその大きさを増し、眼前へと迫る頃には視界を埋め尽くすかのような巨大さまで膨れ上がる。
パパ!
その寸前ソフィアが山頂に姿を現すと、一行を壁で覆って即席の部屋を作り上げ、その部屋ごと離れた場所へと転移した。
轟音とともに炎が弾け、山脈が揺れる。
リルは目を見開き、呆然と呟く。彼らが先程まで立っていた隣の峰は、まるで途方もなく大きな巨人が削り取ってしまったかのように、ごっそりと抉られていた。
砂の王ウセルマートの術ですまさかここまで強くなっているとは
その威力はザナにとっても予想外のものであったらしく、彼女は呻くようにそう言った。
ソフィア。大丈夫か?
うん、すぐ切り離したから。でも髪がちょっと焦げちゃった
チリチリと焦げた髪の先を気にしながら答えるソフィアの姿は、十歳程度にまで成長していた。その姿も、咄嗟に現れてOlたちを救えたのも、山脈をまるごとダンジョン化して己の身体としたためだ。
あんなものを連発出来るとは思いたくないが出来ると思って行動した方が良いだろうな。どのみち奴の全知に関する範囲ははおおよそ知れた。今日は一旦
引くぞ、と言いかけたその時だった。
巨大な魔獣が、ソフィアの襟首を噛んで連れ去ったのは。
ソフィアっ!
Olとマリーが同時に叫び、手を伸ばした。
触手のように何本も伸びたキューブの道は、しかしソフィアを攫った銀色の魔獣の足に追いつくことが出来ず、その長さの限界に達して空を掴む。
魔獣は雪の積もる山の上を苦もなく駆けると、切り立った崖の上から跳躍した。
ダンジョンの外ではソフィアはその権能を振るうことが出来ず、ただの十歳の子供にすぎない。
待ってっ!
その後を追い、マリーは躊躇うことなくその身を崖へと投じた。
第10話砂の王に挑みましょう-5
ローガーーーーーーーン!
両手両足を広げ、崖から落下しながらもマリーは叫ぶ。
壁面に伸びた彼女の影がぐにゃりと歪んだかと思えば、四本腕の悪魔の形を取ってマリーを抱きかかえた。
追って!
おう!
音もなく着地しサハラの軍勢に向かって走りゆく魔獣の背を、ローガンは低空を飛びながら追いかける。
だがマリー、さっきのでかい炎がきたらどうする。俺は大丈夫でも、お前は死ぬぜ
大丈夫。相手の目的はソフィアだよ。だからまっすぐ追いかけてれば、ソフィを巻き込むような術は使えない
なるほど、上出来だ。じゃあ捕まってな!
ローガンの背に移動しながら冷静に答える少女に、赤い悪魔は口笛を吹いた。
その行く手を、うごめく死者たちが遮る。
全身を古びた布でぐるぐる巻きにしたおぞましい屍たちはソフィアを咥えた魔獣の道を開けると、それを塞ぐようにしてローガンとマリーの眼前に立ちはだかった。
行くぜ、合わせろよマリー!
四本の腕と四振りの剣が宙を舞い、まるで竜巻のように死者たちを切り刻む。
ローガンの放った炎に触れた死者は瞬く間に燃え上がり、それをマリーの起こした魔術の風が運んで広げながら吹き飛ばす。
一体一体は大した強さも持たず、簡単に打ち倒すことが出来た。
ちっ、キリがねえな!
だが問題はその数だ。どれほど倒しても死者たちは後から後から湧いて出る。
ローガンはそれを掻き分けながら進むが勢いは瞬く間に衰えて、ついには足を止めて応戦せざるを得なくなってしまった。
ローガン、もっと高く飛べない?
狙い撃ちにされる可能性もあるがしゃあねえな!
このままでは早晩身動きが取れなくなってしまう。それよりはマシだとローガンが飛び上がったその瞬間、大きな影がその行く手を塞いでローガンを叩き落とした。
なんだ、こいつぁ?
十字にして受けた四本の腕のうち一本を切り落とされて、ローガンは思わず目を見開く。
それは槍を持ち、馬に乗った不死兵だった。
馬もまた死者であり、肉も筋もなく骨だけで動いている。
それに跨る不死兵はボロボロの布を身体に巻いた姿こそ他の雑兵と同じだが、その佇まいと存在感は明らかに別格だ。
面倒なことになってきやがったぜ!
騎馬の不死兵が現れても、他の雑兵たちは動きを止めることなく四方八方から襲い掛かってくる。騎馬の不死兵はそれを薙ぎ払う隙を突いては槍を繰り出し、反撃しようとしても雑兵を盾にしながら騎乗の機動力を活かしてさっと距離をとってしまうのだ。
強さだけでなく、動き自体も死者離れしている。
まずいな!
強さで言えば、騎馬の不死兵はローガンどころかマリーよりも弱いだろう。
だがそれは一対一で戦った場合の話だ。
無数の不死兵に囲まれた状況では思うように戦えず、空に飛び出そうとすれば長い槍で撃ち落とされる。じわじわと追い詰められていく状況に、ローガンが歯噛みした、その時。
まったく、手のかかる師妹ですね
涼やかな声が、マリーの胸元から聞こえた。
姉さん?
一体いつの間に潜んでいたのか、マリーの懐に忍び込んでいたのは手のひらに乗ってしまいそうな程に小さなスピナであった。
本体は元々の大きさより小さくなることは出来ないから、分け身であろうことはわかる。だがなぜかいつものスピナとは違う気がして、マリーは戸惑いの声を上げた。
私を投げなさい
言われるがままに、マリーはスピナの身体を手のひらに乗せて、騎馬の不死兵に向かって投げつける。不死兵は小さなスピナの姿にも油断することなく槍を振るい、一撃で両断した。
頭から二つに分かたれたスピナはそのまま粘体(スライム)へと変化する。いつもは深い青色をしているはずのその姿は、何故か禍々しい血のような赤であった。
そして飛び散ったスピナの破片を浴びた不死兵たちが、突然叫び声を上げ始める。腐った木のうろの中に響くような、空虚で苦しげな声だ。
い、一体何だってんだ?
わかんないけど、ロクでもないことしてるのだけはわかる
ローガンでさえやや怯えたような声を上げ、マリーは呻くように答える。
不死兵たちはシュウシュウと煙を立てながら徐々に小さくなっていき、やがて身体に巻いた布だけを残して消滅した。そしてその布がうごめいたかと思えば、下からずりずりと赤い塊が這いずりだして集まっていく。
赤い塊は互いに寄り集まって伸び、形を整え、その色を透けるような白と闇のような黒に染め上げて、服をまとったスピナの姿を取った。
あの、姉さん、それは?
改造しました
こともなげに、スピナは答える。
新大陸の人間たちは皆魔力を持っていない。
霊力なる力はあまりに勝手が違いすぎて、スピナにもそれを食らうスライムを作り出すことはまだできなかった。
なのでスピナは初心にかえり、シンプルに対処することにした。
この分け身は、肉食みスライムです
宣言するスピナの足を取り巻く蛇のような意匠が、ぶわりと広がって周りの不死兵たちを突き刺す。それは彼らの巻いた布を微塵も傷つけることなく、中身の死骸だけを溶かし喰らった。
Olの弟子となった時初めて作ったスライムに少し手を加えて真反対の性質を与えた、肉だけを食らうスライムだ。
不死兵たちを喰らえば喰らうほど蛇の尾のような触手は増えて、周りの不死兵たちを取り込んでいく。その戦い方に、マリーは見覚えがあった。
それって、ヤマタノオロチの
ええ。多少、参考にはしました
全身から触手を揺蕩わせ、スピナは答える。
ローガンとマリーは大量の敵に疲弊し消耗するばかりであったが、彼女は逆だ。敵が来れば来るほどそれを餌にして強く大きくなっていく。
さて、あなた達は
言いかけたその時、騎馬の不死兵の槍がスピナの頭を貫いた。
だが彼女は眉一つ動かすことなくその槍を掴み、触手を伸ばす。
不死兵は咄嗟に槍を手放し逃げようとしたが、それよりも早く無数の触手は馬ごと不死兵を貫いて、己が栄養へと変えた。
消化できない不死馬の骨だけがスピナの喉元にせり上がってきて、彼女はそれをぷっと吐き出す。
失礼。あなた達はあの子ソフィアを追いなさい
やや恥ずかしげに口元をおさえた後、槍が刺さったままスピナはマリーに命じた。
同時に四方八方から飛びかかってくる不死兵たちが、触手に貫かれて崩れ落ちる。それに伴いスピナの身体は更に膨れ上がり、もはや巨人の如き大きさとなった。
道は私が開きます
その腕をぶんと揮えば不死の兵たちは吹き飛び、襲いかかるものもシュウシュウと煙を立ち上げながらあっという間に消化吸収され、スピナはますます大きくなる。
無数の触手はどんどんその数を増やしていき、手当たり次第に死者たちを食らっていくその様はもはやおぞましい死兵の蠢く戦場ではなく、飢えた狼に襲われた哀れな羊たちの牧場のような有様であった。
マリーお前のねえちゃん、どんどん人間離れしていくな
震える声で囁くローガンにマリーは頷き。
ソフィって本当に、世界一こわいよね!
輝かんばかりの笑顔でそういった。
第10話砂の王に挑みましょう-6
俺の記憶が確かならよ
ローガンは、不意にぽつりと言った。
Olの旦那が新大陸に行くって時、スピナの奴がついていかなかったのは分け身が暴走する恐れがあるから、だったよな?
リルもスピナも分け身を作ることが出来るが、その性質、方法はまったく別のものだ。
リルが作るそれは、Olの形代に近い。どれも本物で、ある意味ではどれも偽物だ。
こちらの姿は魔力で作った現身であり、本体は魔界にいるのだから。
それに対してスピナの分け身は、彼女が作り出した一種の魔法生物に過ぎない。
スピナとほぼおなじ能力をもち、同じように考え、同じように行動できるが、魂は持っておらず実際どう行動するかはスピナ自身でさえも予測できない。
故に、常に暴走の恐れを孕んでいた。
無論スピナはスピナだからOlの害となることをしたりはしないはずなのだが、二人きりになったら、自分で自分が何をするかわからないと断腸の思いで断ったのだ。
翻って、現状である。
あれ、暴走してんじゃねえのか
うーん。普段通りといえば普段通りという気もしないでもない
もりもりと死者たちを引っ掴んでは喰らい大暴れする巨大スピナに、ローガンとマリーはいっそ呑気とすら言える口調でそんなことを言い合っていた。
彼女たちにも無論周りの不死兵たちは襲い掛かってきてはいるのだが、大多数がスピナへの対処に向かっているため簡単に倒してしまえる程度のものでしかない。
先程現れた騎馬の不死兵のような特別製と思しき個体も何体か見かけてはいたが、巨大スピナの前に為す術もなく取り込まれていくだけであった。
お、マリー。尻尾が見えたぜ
うっすらと透けるスピナの体を通して、ソフィアを咥えた魔獣の姿が彼方に見える。
わかってます
緩慢にも見える動きで、スピナは腕を長く伸ばす。だがそれはあまりの巨体故にそう見えるだけで、実際には凄まじい速度で彼女は魔獣の後ろ足を捉えた。
よしっ
ローガンが快哉を叫びかけた、その瞬間。
突如として、スピナの身体が爆ぜた。
姉さん!?
上半身がごっそりと抉られ消滅したかと思えば、残る下半身には炎が回り、みるみるうちに彼女の身体は焼け落ち溶けていく。
炎が、弱点だったんだ
スライムには必ず弱点がある。例えばスピナの本体であれば塩水に弱く、浴びれば軟体状態を保っていられず魔力も吸収できなくなってしまう。
肉食みの分け身にとってはそれが炎なのだろう、とマリーは推測した。
いや、違うぜマリー。敵が強力な炎の術者だってことはわかってたんだ。あの旦那の一番弟子が、そんな迂闊なことをするわけがねえ
だがローガンは焦りの滲んだ声色で言って首を振る。
あの炎、ただの火じゃねえ。もっとエグい何かだ
間違いなく、山脈を吹き飛ばしたのと同じものだ。
そしてそれが突如発生するということは。
神皇(ファラオ)の物を盗むなどとは、不届き者めが
それを放った術者がすぐ側にいるということを意味していた。
わきまえよ、下郎
男がそう発した途端、不死兵たちは一斉にその場に跪き、頭を垂れる。
褐色の肌を持つ、長身の美丈夫。精悍なその顔つきは男であるにも関わらずある種の色香を帯びていて、他者を惹きつける華のような雰囲気があった。その表情は自信に溢れ、眼差しには力が満ち満ちている。
だが、普通の男だ。
英雄王ウォルフのように竜をも捻り潰す力強さもなければ、大聖女メリザンドのような二面的な油断のならなさもなく、魔王Olのような底知れなさもない。
今まで見てきた王たちに比べれば、澄み渡る青空のように分かりやすい、ただの男だ。
なのにマリーは生まれて初めて、スピナ以外の存在に恐怖した。
目の前の男が、怖くてたまらないのだ。
あれを撃たせる前になんとかするしかねえなマリー。俺が奴を引きつけるから、お前はソフィアを聞いてんのか?
だがローガンはそれを感じていないらしかった。
いくぜ。しくじんなよ
ローガンはマリーを地面におろし、ウセルマートへと肉薄する。
だがウセルマートはローガンに視線を向けることすらなく、マリーに杖を向けた。
しまっ俺がしくじってんじゃねえか!
想定外だ、とローガンは思った。
ウセルマートの身体は防具一つ身につけておらず、その体つきからも強力な術者ではあっても武人ではないことが窺い知れる。つまりはローガンが腕を一振りすればすぐさま絶命してしまうであろう、脆弱な人間だ。
そんな人間が目の前に迫る強大な悪魔をまったく無視して他者を攻撃するとは思っても見なかった。
ましてや。
契約を結んでもおらず、そんなことをしても微塵の得にもならず、大好きな幼女ですらない女を助けるために考えるよりも先に身体が動くなどとは、想定外も良いところであった。
ウセルマートの放った火球を、一本切られて減った三本の腕で受け、腹に抱えるようにして止めるローガンにマリーは叫ぶ。
大丈夫だ!こんなちっこい火の玉くれえ、なんでもねえ。お前はソフィアを!
ううん
ソフィアの元へと踵を返すマリーの気配を感じながら、ローガンは内心で汗をかく。思った通り、それは尋常の炎ではなかった。
全てを燃やし溶かすはずのローガンの魔炎が、逆に砕かれあっという間に消えていく。それを、最大出力で炎を放ち続けることによってローガンはなんとか押しとどめる。しかしウセルマートの火球は衰えるどころか更に勢いを増してローガンを飲み込まんと膨れ上がった。
ほう。下賤のものにしてはやりおる
それを見て、ウセルマートは言い放ちローガンに杖を向ける。
褒美だ。受け取れ
そして、もう一発の火球を投げはなった。
マリーはようやく魔獣に追いつくと、四振りの剣を抜き放って対峙した。
ママ!
着ている服の襟首を咥えられぶらぶらと揺れているソフィアには怪我もなく元気そうで、マリーはほっと胸を撫で下ろす。とは言え馬のように巨大な狼に咥えられたままのその状態では、安心するにはまだ早い。
見た目はただの巨大な狼だ。ヘルハウンドのように炎を吹くわけでもなく、ケルベロスのように幾つも頭があるわけではない。
だがその佇まいに油断ならないものを感じて、マリーは慎重に歩みを止めた。
ソフィアを、離して
もしミオがいたなら、そう伝えるだけで勝負がついただろうか、とマリーは思う。
だが残念ながら今日彼女はエレンたちとともに迷宮の防衛にあたっていた。
こうして生きたまま攫ったからには殺しはしないだろうが、万が一ということも考えられる。まずはなんとか自分に気を引かないと。
マリーがそう考えていると、突然魔獣はソフィアを地面におろした。
戸惑い目を見開くマリーのもとにソフィアが駆けてきて、それを抱きとめる。その一瞬の間に、魔獣は忽然とその姿を消していた。
魔獣のその不可解な行動に、マリーは首を傾げる。
だが疑問に思っている場合ではないことをすぐに思い出すと、ソフィアを抱えてローガンの元へと急いだ。
幸い不死兵たちは砂の王が現れてからはずっと跪いたままで動く気配もないので、移動自体は簡単だ。砂漠の砂に足を取られながらも、マリーは走る。
そして。
まさか手加減したとは言え、余の炎を三発も受けて耐えるとはな。見事だ、褒めて使わす
マリ、ィ
彼女が目にしたのは、全身の至る所が抉れボロボロになったローガンの姿だった。
四本の腕は全て半ばからちぎれ、腹には大きな穴が空き、太い脚は皮一枚で繋がっているだけで胴体からぶらんと垂れ下がっている。
その表情は苦痛に満ち、身体のあちこちからは白い煙がシュウシュウと音を立てながら吹き出していた。
余の放つ炎は聖なる火、真の炎だ。悪魔のその身にはさぞ辛かろう。今、楽にしてやる
もはや動くこともままならないローガンに向けて、ウセルマートは杖を掲げる。
わかった、ぜ、お前の正体。マリー、旦那に伝えろ。奴は
言い終える前に。
ローガンの身体は炎に包まれ、燃え尽きた。
第10話砂の王に挑みましょう-7
ロー、ガン
マリーは先程までローガンのいた場所を掻き抱くように手を伸ばした。
燃やし尽くされた彼はの身体は灰のひとひらさえ残らず、消え失せる。
その光景はどうしようもなく、マリーに不安を抱かせた。
現世に存在する悪魔の身体は、魔力で作り上げた仮初めのものだ。
例え粉々に砕かれようと魔界の本体は無事なのだから、召喚しなおせばいいだけの話。
そうわかっているのに、何故かマリーの胸を言いようのない恐れが埋め尽くす。
フン。ウプウアウトめ、しくじったか
恐らくはそれが、ソフィアを攫った魔獣の名なのだろう。
マリーたちの姿を見てウセルマートはそう吐き捨てた。
そこな娘。それは余の物だ。こちらに渡せ
ソフィアは物なんかじゃない!渡すわけないでしょ!
当然のように命じるウセルマートに、マリーは剣を鞘に収めて高く手を掲げる。
開け、天門!
ローガンさえも焼き尽くす炎に、未熟なマリーの力では抗うすべなどない。
しかしそれを無効化しうる存在を、彼女は一人だけ知っていた。
あらゆる術を打ち消す、鉛の英雄か
呼び出そうとしたまさにその瞬間。
ウセルマートに言い当てられて、マリーはびくりと体を震わせた。
先に言っておいてやるが、無駄だ。余の火は消すことなど出来ぬ。無駄と知りつつ呼ぶのなら止めはせんがな
自信有りげにというより、ほとんど確信に近い口調で言うウセルマートにマリーの心に迷いが走る。確かにザイトさんちょっと頼りないところあるしな、などと失礼なことも脳裏をよぎってしまった。
その一瞬の隙を突くかのように、マリーの頭上に開いた法術陣から褐色の腕が伸びた。
それはマリーの腕を取ると、ぐいと引っ張って自分の身体を法術陣の中から無理やり引きずり出す。更にもう片方の腕には別の人間の腕を握りしめていて
ユニスOlさま!?
やっと呼んでくれたね、マリー
現れた二人に、マリーは驚きの声をあげた。
いや呼んでない、呼んでないよ
お前がザイトリードを呼び出すことは予想がついた。故にリルを通じてメリザンドに命じ、ザイトリードが呼ばれればユニスを代わりに遣わすよう手配したのだ
マリー以外に天門を開けるメリザンドという存在がおり、更にユニスとザイトリードが血縁関係であるがゆえに出来た荒業だ。ついでにユニスの空間を渡る権能を使ってOlまで連れて来られたのは望外のことではあった。
お前たちは先に帰っていろ
Olはキューブを操作して転移陣を作り上げ、マリーとソフィアをダンジョンへと帰還させる。ひとまずこれで、ソフィアの奪還は完全に防ぐことが出来た。
さて。これも予測済みという顔ではないな、全知よ
驚きに目を見開くウセルマートに、Olは意地の悪い声色で問う。
ザイトリードの能力まで知っていたのだ。メリザンドやユニスの力も知っていてもおかしくはない。だが、そこからこんな手を打ってくることまでは予測がつかなかったらしい。
ああ、認めよう、異境の魔王よ。余の全知は人の心の内と未来は見通すことは出来ぬ
ウセルマートは事も無げに、あっさりとそう答えた。
だが貴様の穴蔵を突き止め、燃やし尽くすにはそれで十分だ
Olもまた、ウセルマートの言う通りであると認める。
あの炎であれば外部からでも厚い岩盤を溶かし、ダンジョンを破壊することが出来るだろう。
でもそれはここで君が死ななければ、という話だよね
すらりと剣を抜き、ユニスが言った。
こうして相対できたのは千載一遇の好機だ。逃すつもりは毛頭ない。
出来るものならな。イェルダーヴ!
褐色の肌に紫の髪の女が影のように現れいでたかと思えば、更に巨大な不死兵が飛び出した。その身の丈は七フィート(約二百十センチ)近くはあろうか。大振りの剣の切っ先でユニスの喉を指し示すかのように、ピタリと構える様はOlにも只者でないと知れた。
ユニスの表情がきりりと引き締められ、その頬を一筋の汗が流れる。
その構えはホデリのそれにどこか似ていたが、その布に包まれているのが彼でないのは間違いなかった。体格が違うから、ではない。
ホデリよりも、強いからだ。
まるで時が止まったかのように、二人は睨み合った。
ユニスの能力を持ってすれば、一瞬で相手を殺せる。だがそれは、一度に一人までだ。
ウセルマートを殺せば、あの不死兵に殺される。
不死兵を操っているのであろうイェルダーヴという女を殺せば、ウセルマートの炎に殺される。
不死兵を狙うのは一番の下策で、十中八九はユニスの方が殺される。
だがそんな状況だからこそ、相手も攻撃してこない。
不死兵がウセルマートから離れれば、或いはウセルマートが炎を放てば、その隙に二人殺すことが出来るからだ。
Ol、あたし死んでも大丈夫かな?
なんとなく、ユニスはそう問うた。ここでユニスが死んでもウセルマートを殺せれば帳尻は合う。蘇生してもらうことも可能なのだから、案外悪い手ではない。
駄目に決まっているだろう、愚か者
だよねえ
当たり前のようにかえってくる言葉に、ユニスはへらりと笑みを浮かべた。
ウセルマートの炎は尋常ではない。ヤマタノオロチのように魂ごと破壊してくる可能性は十分考えられる。だがそんな理屈以前の問題で、Olはユニスに死んで欲しくないと思っている。それを感じて、ユニスは嬉しくなったのだ。
随分甘いな。魔王とやら
だからそう嗤うウセルマートに、ユニスは珍しくカチンときた。
つまらぬ感傷、拘りの為に好機を逃すとは。王とは全ての民の上に立つもの。犠牲を厭うていて国は治められぬ。王たるもの、この世で信じられるのは己だけだ
勝手なことを
良い。奴の言うことはもっともだ
怒るユニスを遮り、Olはそう言う。
確かに俺は随分甘くなった。捨てられぬもの、失えぬものが増え、その分弱点も増えた
かつての十年前のOlであったら、この局面で間違いなくユニスを使い捨てていただろう。
それ以前に独断で行動したマリーを見捨てただろうし、ソフィアを育てもしなかっただろうし、そもそも自分のダンジョンを留守にして異大陸などという場所にやって来たこと自体が、以前のOlであればありえないことだ。
だがユニスは、今のOlの方が好きだった。
その甘さはきっと、彼がやっと安心できたことの表われだと思ったから。
だがな青二才。良いことを一つ教えてやろう
それをOl自身が否定し、昔の彼に戻ってしまうのか。
ユニスがそう心配する中で。
Olはかつての口癖を、再び口にした。
この世で信じられるのは己だけだと?愚か者め
ユニスは全知の力を持たないが、その言葉の意味するところはよく知っていた。
他人など信用ならないという意味ではない。
人間など信頼できないという意味ではない。
自分こそが、この世でもっとも信頼できぬものだと言うのに
何だ、あれは
嘲笑うOlの言葉にウセルマートは答えず、ただそう問うた。
それはまるで、壁のようだった。
砂漠の上にそびえ立つ、碧の壁だ。
死者の群れが織りなす黒い地面と、雲一つない青い空。
その間を埋める、高い高い壁。
なるほど、そうきたか
それを見て、Olは思わず呟く。
どういうことだ
全知だろう。わからぬのか?
問うウセルマートに、Olはからかうように問い返す。
とは言えそれを指す言葉は、Ol達の言語にもなかった。
砂漠の民であるウセルマートたちの言葉にもないだろう。
だが幸いにして、ヤマト語には存在した。
あれは、ツというらしい
ツ?
そう言えば、ユツが説明してくれたことがあったな、とOlは思い出した。
彼女の名は短いが、二つの水をあらわす言葉から出来ている。
ユとは湯。風呂に使う温めた水のことだ。
そして、ツとは津。
巨大な波の事をそう呼ぶのだと。
地平の彼方まで続く膨大な水の塊はあっという間に不死兵たちを飲み込んで、Ol達の上に降り注いだ。Olはキューブを展開して小さな部屋を作り上げ、その柱を地中深くに埋め込んでユニスたちとともに波をやり過ごす。
そうしているとにわかに天井の上の水が渦巻き、そこにだけ空間が出来上がった。Olが天井部分に穴を開けてやると、その腕の中に青い髪の少女が飛び込んでくる。
おうる、ざぱーんしたよ!
ああ。よくやった
タツキの濡れた頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうに身体を擦り付けて、Olの服を更にびしょびしょにした。
でもちょっとつかれた
だろうな。無茶をするだが助かった
比較的海に近い南側の砂漠であるとはいえ、ここから海まで一体何十マイル離れていることか。流石は海の神といったところだが、タツキにとっても簡単なことではなかったらしい。Olの胸板に頭を持たれかけさせると、そのまますうすうと寝息を立て始めた。
ほう。よくあれをやり過ごしたな
やがて波も引き、Olがキューブを元に戻して辺りを見回せば大量にいた不死兵たちはすっかり押し流されて、残っているのはウセルマートとイェルダーヴの二人だけだった。
き、貴様、よくも!
炎で水を打ち消したのか、それとも他に何か手段があったのか。
いずれにせよ無事というわけにはいかなかったらしく、全身はびっしょりと濡れ、飲み込んでしまった海水を吐き出しながらウセルマートは怨嗟の視線をOlに向けた。
どうだ、自分に裏切られた気分は
全知と言ってもこの広大な世界の森羅万象を余さず把握することなど、人間に出来るわけがない。広い砂漠にある砂粒一つ一つの形までを知るには、人の頭は小さすぎる。だから全知と言っても何を知りたいのかの指定は最低限必要なはずであった。
それは驚異的な能力だったが、同時に隙でもあった。
なんでも知れるがゆえに、思いもよらないものに対する備えというものがないのだ。
タツキはOlの役に立ちたいと言い、Olはいざという時は頼むと言った。
だから彼女が何かするだろうと予測はしていたが、まさかこんな手段に出るとは思っても見なかった。だがそれは、備えをしておかない理由にはならない。Olはキューブに水対策の術式をたっぷり仕込んでやって来ていた。
老婆心ながら教えておいてやる。策というのは、往々にして無茶をする阿呆に潰される
ちらりとユニスを一瞥し、Olは言った。
物事を理詰めで進める人間にとって何をしでかすかわからない相手というのは、それだけで脅威だ。かつてのユニスのように。
そら、出番だ
Olがついと指を滑らせれば、キューブがパタパタと展開して門を形作る。
その表面が渦巻き転移の陣が起動したかと思えば、一瞬にして砂漠は純白に染まった。
その砂の原はタツキが連れてきた波をすぐに飲み込んでしまったが、すっかり乾いてしまうにはまだまだ時間がかかる。
そして水分さえあれば、彼女の独壇場だ。
存分に討つが良い、氷の女王
ウセルマァトォォォォッ!
門からはじき出されるかのように、ザナが飛び出す。
その心の中はOlでさえ眉をしかめるような、漆黒の憎悪に満ち満ちていた。
幾本もの氷の矢がウセルマートに向かって飛び、彼はそれを盾状に展開した炎で溶かし落とす。
だが矢はザナの手元からだけではなく、全方位からウセルマートを取り囲むように放たれた。
む!
それをかわそうとして、ウセルマートは既に自分の足元が凍りつき、移動できない事に気付く。その一瞬の隙をつき、ザナは巨大な氷の槍を作り上げた。
全ての攻撃を防ぐには、全方位に炎の壁を張らざるを得ない。だがそんなことをすれば壁の厚み自体は薄くなる。厚くすればウセルマート自身が焼け死んでしまうからだ。
そしてこの槍ならば、薄い壁なら突破できる。
喰ら!
氷の槍を投げ放とうとしたザナの手は、しかし、ぴたりと止まった。
ウセルマートの背後に立つ、イェルダーヴの姿を見たからだ。
よかろう認めよう。此度は余の負けであると
その間に辺りの氷を焼き払い、ウセルマートは忌々しげに吐き捨てる。
Olの命にユニスが空間を渡り、刃をウセルマートの首へと走らせる。
だがその一撃を、巨大な銀の魔獣の牙が受け止めた。
まただ、とユニスは歯噛みする。こんなに巨大な魔獣だと言うのに、ソフィアを攫われたときも今も、どこから出てきたのか全くわからなかった。例え魔術で姿を消していたり、影の中に潜んだりしていても、これほど強力な存在であれば気づかないはずがないのにだ。
だが次はないものと思え!
ウセルマートの宣言とともに、巨大な石が砂を割って突き出す。それはウセルマートたちの身体を押し上げながら、高く高くそびえ立つ。
それが何であるか、Olはよく知っていた。
材質も、作り方も、見た目も、まったく違う。だが
いくつもの石を積み重ね作られた、巨大な建造物。
それは間違いなく、ダンジョンであった。
かの娘は次にまみえるその時まで、預けておこう
そう言ってウセルマートとイェルダーヴはダンジョンの中に姿を消す。
待て!
その後に続く銀の魔獣を、Olは呼び止め。
何故お前がそいつを守る。答えよホスセリ
静かな声で、そう問うた。
魔獣は振り返り、Olを見つめる。
なんで、分かったの
そしてひび割れたような醜い唸り声で、そう答えた。
この、完全に獣の姿になった状態はOlには見せていない。
髪も染めていたから、銀色の魔獣の姿から連想するのは難しいはずだ。
情を交わした女のこと、気づかぬわけがあるか
その言葉に、ホスセリはぐっと奥歯を噛み締める。
ああ。だからこそ
御館様は、見目など関係ないと言った
だからこそ、ホスセリはOlを裏切った。
裏切らなければならなかった。
これが私。この姿の獣を、御館様は抱ける?
その問いにOlは答えられず、ただ沈黙する。
そしてそれは何よりも明白な回答だった。
ホスセリは悲しげに目を伏せて、その身をダンジョンの中へと踊らせる。
損害はほとんどなく、相手方の不死兵は何千何万と打ち倒し、相手方の情報も手に入れながら、相手には敗北を認めさせ撤退させた。
それは紛れもなく、勝利と呼べるものだろう。
石造りのダンジョンは轟音を立てながら、再び砂の中へと埋まっていく。
だがOlは苦い思いで、それを見つめ続けた。
第11話愚かなる王を叩き潰しましょう-1
魔法陣の基本は円と曲線だ。だが人は、完璧な円というものを描くことは出来ない。
ある魔術師の言うことには、この世には完璧な円などないのだという。
だがマリーは真なる円を目指しながら、何度も何度も丁寧に陣を描き直していた。
どれだけ描き直しても言いようのない不安が募り、上手く行かないのではないかという予感が離れない。
マリー。それ以上描き直しても無駄だ
Olは更に陣を修正しようとするマリーの手を止めた。
彼の目から見てさえ、魔法陣は完璧な出来だ。
そもそもローガンが無事であれば多少陣がいびつだろうが問題なく呼べるだろうし、無事でなければ出てこれないからやはり問題はない。Olには、マリーの行為はただ確認を先送りしているだけのように思えた。
出てきてローガン
召喚の呪を唱え、マリーは祈るような気持ちで陣を見つめる。
するとにわかに魔法陣の中に炎が溢れ、とぐろを巻く蛇のように膨れ上がった。
ぐるぐると螺旋を描きながら立ち昇る炎は柱のように伸びると、パンと弾けて悪魔の形を取る。
四本の腕、赤銅色の肌、山羊のような顔、蹄を持った足。
そのどれもが、マリーの知っているローガンそのもので。
あ?ババアが気安く名前を呼ぶんじゃねえ。誰だ、てめえは
彼は一度も聞いたことのない低い声色で、マリーにそういった。
分霊?なんだ、それは
まーお前ら人間には馴染みがねえかもな。俺くらいの大悪魔ともなりゃあ、一度に全ての力を地上に送ったりはしねえってことよ
魔法陣の中にどっかりと座り込んだまま、ローガンはOlの問いにそう答えた。
俺で言えば分霊の数は全部で四体。その全てが俺様で、同時に別々の個体だ
リルの分け身とは違うのか?
Olの問いに、リルはこくりと頷いた。
うんわたしのは、単にわたしという存在が、身体を増やしてるだけよ。遠隔操作できるよく出来た操り人形みたいなものだから
どちらかと言うと、私の分け身に近いのかもしれません
ああ、そういう理解で構わねえ。違うのは、本体と呼べる存在が四体いるってことだ
スピナの言葉にローガンはそう答え、Olは僅かに瞠目する。
スピナのことを知ってるのか?
言っただろ、全部俺は俺なんだよ。記憶や知識は共有してる。だからあんた達のことは知ってるし、契約だって元のままでいいぜ
ローガンは極めて強力な悪魔でありながら、その契約条件は信じられないほど緩い。
普通ならば何十という人間の魂を要求されても不思議はないというのに、ほとんど魔力の供給だけで働いていた。
ローガンは元々の分霊は、どうなったの?
さてな
マリーの問いに、ローガンは肩をすくめる。
記憶の同期は魔界に戻る度にだから、どうなったかはわかんねえよ。だがまあ、こうして別の分霊の俺が出てくる羽目になってるってこたあ、消えたんだろ。仮初の肉体しかない地上で、どうやって消したのかまではわかんねえけどな
そう
マリーは手にしていた剣をぎゅっと掻き抱く。
まあ気にすんな。どっちも同じ俺だ。能力には一切差がねえ。これからもよろしくお引き立ての程をってな
いいや。お前とは契約しない
にこやかな口調で言うローガンに、Olはきっぱりとそう答えた。
あぁ?なんだってんおい、本気かよ!?
光り輝き送還の準備を始める魔法陣に、ローガンは結界を拳で叩いて抗議する。
待て!ふざけんな、わざわざ呼んでおいて返すだと!?そんな馬鹿な事があるかよ!おい、Ol!俺を
アイツは!
ローガンの声を遮って、Olは怒鳴った。
俺のことを、旦那と呼ぶ。消え失せろ、名も知らぬ悪魔
とぷん、と水没するようにして。
赤い悪魔は、魔法陣の奥へと消えた。
あんなの、ローガンなんかじゃない
うん。あたしもそう思う
涙を浮かべて言うマリーを、ユニスがぎゅっと抱きしめる。
リルも、スピナも、Olも。その場にいるものは皆、同じことを思っていた。
口調も、性格も、能力も、あるいは記憶も全て同じ。
言っていることに嘘はないのだろう。
だがその記憶というのは、まるで本で学んだような薄っぺらいものだ。
本人は同一の存在だと言っていたが、言葉の端々からそれが感じられた。
それにしてもマリーのことをまったく覚えていなかったのは不思議ですが
同期は魔界に帰るごとと言っていたが、最後に帰ってからそれほど長い月日が経っているわけではない。サクヤとの戦いで呼び出す時に魔界を経由したから、せいぜいが数ヶ月前だ。
きっと、ローガンはそれを自分だけの記憶にしたくて、報告しなかったんだよ
何の根拠もないユニスの言葉。しかしなぜだかそれは真実であるような気がした。
だが、奴がいないとなると、戦いは更に厳しいものになるな
先の戦いにおいて、ウセルマートは明らかに油断していた。
だがあの巨大な石造りのダンジョンで防備を固める彼にもはや慢心はないだろう。
その上、あのダンジョンは膨大な砂の中にある。
つまりサクヤの山に攻め込んだときのように、ダンジョン同士を繋ぎ合わせて攻め込むことが出来ないということだ。砂では、壁も柱も天井も作ることが出来ない。
ダンジョンに引き篭もった相手を打ち倒すことがどれだけ困難なことであるかは、Ol自身が誰よりも知っていた。
討ち果たすための千載一遇の好機を、Olは逃したのだ。
それにホスセリも
ぽつりと呟くユニスの言葉に、Olは苦々しい思いで頷く。
ホデリもそうだが、ホスセリは正確にはOlの部下ではない。サクヤの部下だ。
であるがゆえに、呪いの類はほとんどかけていなかった。
それは明確なOlの失態だ。
ウセルマートにはああ言ったが、確かにOlは腑抜けてしまっている。
自覚はあった。
力を手に入れたがゆえの油断や慢心だと、そう思っていた。
だがこうしてローガンを失ってみて、初めてOlはそうではないことに気付く。
リル。ユニス。スピナ。マリー。心配そうに見つめてくる妻たちの表情を。
いや、彼女だけではない。
己の内(ダンジョン)に入れてしまった者たちを、Olはもう心から疑うことが出来ない。
例えそれが、たやすく失われるものだとわかっていても。
Olは彼女たちを、信頼してしまったのだ。
殿。よろしいでしょうか
ちょうどその時、扉の外から声をかけるものがあった。
ああ。入ってこい
失礼いたす
沈痛な面持ちで連れ立って入ってきたのは、ホデリだ。
妹が裏切りという罪を犯した故だろうか。常とは違いその腰に剣を帯びず白い装束を纏った出で立ちで、ホデリはOlの前に膝を突き、立てた踵の上に腰を下ろした。正座と呼ばれる、彼らが改まった時にする座り方だ。
此度の我が愚妹の所業。そしてそれを見抜けなかった某の咎。申し開きも御座いませぬ。なれどあれは奴の独断。我が主の預かり知らぬこと。何卒何卒、寛大な処置を賜りますよう、このホデリ、厚顔にもお願い仕る
ああ。俺もアレがサクヤの指示であるとは思っておらん。悪いようにはせぬ
手をつき、額を床に擦り付けながら懇願するホデリに、Olは鷹揚にそう答える。
ご厚情、まっこと感謝致します。しからば
ホデリは顔をあげると、懐から短刀を取り出した。
反射的にユニスが身構えるが、ホデリに敵意や殺意はまったく感じられない。
そもそも襲いかかるのなら正座したままというのは妙な事だ。
一体何をするかと見守っているとホデリはぐいと着物をはだけ、短刀を己の腹へと突き刺した。
何らかのまじないなのか、それとも別の意味があるのか。
戸惑い硬直するOlたちをよそに、ホデリはぐっと真横に短刀を引いて腹を切り裂き、更に臍の上辺りから縦に刃を進めて、十文字に切り裂く。
何を、している?
血と臓物がどぷりと溢れ、目を見開くホデリにOlは恐る恐る尋ねるが、返事はない。
し、死んでる
リルがつつくと、ホデリはバランスを崩し己の血の中にどしゃりと崩れ落ちた。
リル、ユニス、確かShalがまだこの迷宮にいたはずだ!探して呼んでこい!スピナ、マリー、手伝え!蘇生するぞ!
Olは大慌てで、そう叫んだ。
蘇生魔術というものは、必ず成功するものではない。三つの要素によって左右される。
一つ目は、術者の能力。当然のことながら蘇生魔術をかけるものの腕が良いほど成功確率は上がる。その点に関してはOl自身もかなりの腕を持っており、回復・防御を専門とするShalはトップクラスの技術であると言って良いだろう。
二つ目は、遺体の状態。肉体が欠損していればいるほど蘇生は難しいものとなるが、ホデリの場合は腹を裂いたのみでそこまで悪い状態というわけではなかった。重要な臓器の幾つかはズタズタになっていたが、Shalは骨しか残っていないようなものさえ蘇生した過去がある。
そして三つ目は、本人の生命力だ。多少年かさではあるものの、流石は一流の武人と言うべきか。ホデリの体力もまた、一流と呼んで良い域に達している。
だが、肝心の生きようとする意思そのものが、著しく欠如していた。
操られたわけでも、嫌々でもなく、納得して死んでいったということだ。
まったく、驚かせおって
それでもなんとか蘇生に成功したホデリに、Olは肩で息をしながら胸を撫で下ろした。
何故某は生きておるのですか
再び自害しないよう縛り上げられたホデリは、ぼんやりと天井を見ながらそういった。
逆に、なんでいきなり死んだのだお前は
それ以上の、詫びの方法を知らぬからです
迷いなく答えるホデリに、リルが率直な意見を零す。
そんなことが詫びになどなるか!
では如何様に死ねば
死ぬことから離れろ!お前たちヤマト人はみなそうなのか?
Olは深く深く息をつく。まったく理解不能だった。
大体、お前は俺に剣を捧げただろう。道具が勝手に壊れていいと思っているのか
お前に死なれても害こそあれ、何の得にもならん。悪いと思うのなら働きで返せ
深く頷くホデリに、Olはユニスに命じて縄を解かせる。
で、お前の妹は何故裏切った。お前は知っていたのか?
いえ不覚にも、まったく知り及んでおりませんでした。かくなる上は、某が必ずや討って
だから死ぬの殺すのと言った話はよせ。処遇は俺が決める
辟易としながらOlは告げた。
理由の方はまあ、ある程度察しはつくがな
ホスセリたちの祖先に呪いをかけた神は、サクヤも知らないという。
だが全知の力であればわかるだろう。あるいは、解き方さえも。
それを餌に話を持ちかけられたと見ていい。
そしてOlの勘違いでなければ、それをホスセリに決意させたのは他ならぬOl自身のせいだ。獣混じりの女であるならまだしも、獣そのものを抱けるかと言われれば、流石のOlも厳しいものがある。ホスセリもそれをわかっていたのだろう。
それ故にか、裏切られたと言うのにOlの心中には不思議なほどに彼女への怒りは湧いてこなかった。
裏切りと言えば、もう一人話を聞かねばならん相手がいたな
ウセルマートとの戦いを、Olは思い出す。
追い詰め、しかし逃す事になった原因の、その一つ。
ザナを連れてこい
第11話愚かなる王を叩き潰しましょう-2
さて。釈明があるのならば聞かせてもらおうか
Olはザナを呼びつけると、深々と椅子に座り脚を組んでそう問うた。
何故お前はあの時、手を止めた?
力が及ばず勝てなかっただけなら、Olは責めはしない。
だがウセルマートを追い詰めたあの時、ザナは明らかに攻撃を自らの意志で止めた。
イェルダーヴはあの子は、わたしの実の妹なの
ザナは俯きながら、独白するように答える。
片や分厚い毛皮に覆われた、白い肌のスレンダーな体型の美女。
片や肌も露わな褐色の肌の、豊満な体付きの女。
あまりにもその雰囲気がかけ離れているから気付かなかったが、しかしよくよく思い返してみれば確かにその紫水晶のような髪の色はよく似ていた。
ウセルマートは妹をわたしの国の太陽を、奪った。あいつの全知の半分は、イェルダーヴの力なの。あの子の首に首輪がついていたのを覚えている?
リルよりも扇情的な服装にあの太く無骨な首輪は酷く不釣り合いで、短い間であったが印象に残っていた。
あれには呪いがかけてあるの。つけられたら最後、二度と外せず自我も失う。ウセルマートの命令を聞く人形になってしまうのよ
ザナは言って、ぎりと奥歯を噛み締める。
溢れんばかりの怒りと憎しみが、繋がる魂を伝ってOlの心へと流れ込んできた。
なるほどお前があれほどウセルマートを憎んでいたのはそれが理由か
ただの敵国の王に向ける憎悪にしては、あまりに深い憎悪だとは思った。
妹を攫われ、無理やり支配されているのならばその憎しみにも納得がいく。
ええ。ごめんなさいけれど、次は殺すわ
決意を秘めた瞳で、ザナは呟く。
その心中に渦巻くのは強い強い憎しみだ。
だがOlはそこに何か、違和感のようなものを抱いた。
言葉に出来ない、何かを見落としているような、そんな感覚。
Ol、大変じゃ!
それが何かを掴む前にテナが慌てて駆け込んできて、Olの思考は霧散した。
屍兵たちが、五日の後に山を超えてくる。それから十日でダンジョンが落ちるぞ
なんだと?雪解けまではまだ一月あるはずだろう?
雪解けの時期はテナの予知だけでなく、気象学や過去の統計でも裏を取った情報だ。
そう簡単に変わってしまうものでもない。
うむ、そうじゃ。じゃが、奴らは炎の術で無理やり雪を溶かしてやってくる
そこまでの力がある、か
確かにあの時、ウセルマートの炎は雪山の一部を消失させた。あの熱量ならば雪を溶かすことなど造作もないだろうが、ヤエガキ山脈は高く広い。横断できる範囲の積雪を全て溶かし尽くすとなれば十や二十の炎では足りまい。
巨大な炎の塊が、まるでもう一つの太陽のように輝いて山脈を照らし出しておる。その熱が雪を溶かしそして、このダンジョンの大半をも焼き滅ぼす
テナの腰で四本の尾がわさわさと蠢いて、虚空に炎が灯る。そしてまるで紙にインクが滲むかのようにぼやけたかと思えば、炎は色を帯びた映像となって宙に奔った。
描かれるのは、ぽっかりと大きな穴を穿たれ所々からまるで血のように溶岩を吹き出す試練の山。そしてそれとそっくりな形に肌を焼かれ、皮膚を爛れさせて泣きわめくソフィアの姿だ。
!
それだけでOlは目を見開き、言葉を失うほどの怒りを感じる。だがテナの映し出す映像はそれだけに留まらなかった。ホデリが、サクヤが、ユニスさえもが無数の屍兵に押され、疲弊の末に殺されていく。そしてOlもまた、ウセルマートの炎によって燃やし尽くされ、その生命を落とした。
動くもののなくなったダンジョンの中で、ウセルマートは泣きじゃくるソフィアの髪を掴み、まるで家畜か荷物でも扱うかのような乱雑さで屍兵たちに預ける。殺す気はないが、かといって丁重に扱うつもりもないらしい。
もう良い、止め
待て
あまりに不愉快な光景に止めさせようとするOlを、テナが制止した。
なんじゃと!?
炎で描かれたウセルマートが、こちらを振り向いたのだ。偶然ではなく、その視線は明らかにテナをそして、Olを捉えている。そして、その口が開いた。
見ているな?異境の魔王よ
狐火による投影では、声までは再現できない。代わりにテナがその言葉を口にする。
これが貴様の運命だ
そうか貴様、過去を見ているな?
そうだ。余は未来は見通せぬ。だが過去であれば知ることが出来る。故に貴様がこれから口にすることを、余は知っている。その辿る道もな
実に奇妙な光景だった。予知と全知。
二つの能力によって、過去と未来とで会話が成り立っている。
だが貴様らを滅ぼすのはあまりにも惜しい。そこで、取引をしよう
取引だと?
ああ。火の山の神。角と羽の生えた女。四振りの剣を使う金髪の娘。それを渡せば、他のものの命は奪わずにおいてやる
ウセルマートが指定したのは、サクヤ、リル、マリーのことだろう。
テナの予知が描き出す未来の世界では、彼女たちは屍兵に殺され、既に物言わぬ死体となっていた。リルもウセルマートの炎に焼かれ、ローガン同様本体ごと滅ぼされた可能性が高い。
何が目的だ?
だがその三人の共通点がわからずに、Olは問う。
目的?目的だと?
流石にテナも笑い声まで再現はしないが、映像だけでウセルマートがOlを嘲笑っているのはわかった。
女の使い道など、犯す以外に何がある
交渉は決裂だ。その首を叩き落としてやる。楽しみに待っていろ
Olの言葉とともに、狐火の幻影は掻き消える。
それはただの幻、未来に有り得るかもしれない可能性の一つでしかない。
だがなにせ相手は全知だ。
その会話自体は、恐らくは今現在のウセルマートにもまた伝わっていることだろう。
ねえOlわたしなら、あいつの取引っていうのに応じてもいいのよ
気が進まなさそうに、しかしリルはそう口にした。
あいつがわたしを抱く気なら、サキュバスの本領よ。そのまま魂引っこ抜いてやるわ
いやそう上手くはいくまい
Olは首を振った。ザナの言う服従の首輪。
それがどのようなものかは分からないが、恐らくは悪魔にも効果を発揮するだろう。
何よりOl自身に、目的の為であろうと自分の女を他の男に抱かせるつもりなど毛頭なかった。
とにかく、対策を練るぞ。リル、スピナ、会議の準備をしろ。ユニス、お前は軍をいつでも動かせるようにしておけ。テナ、予知で何か新しい情報が見えたら、真夜中でも良い、すぐに知らせろ
矢継ぎ早に指示を飛ばしながら、Olは会議室へと向かう。
とは言え、準備できる時間はたったの五日だ。更に短くなっている可能性すらある。テナの予知には、それを知って変えた行動の結果を予知できないという致命的な欠点があるからだ。
それに対策を練っても、その内容は相手も感知する。
果たしてそんな状況で有用な手が打てるものだろうか。
Olさま、わたしは?
お前はソフィアの事を見ていろ
問うマリーに、Olは言った。この場に彼女の姿はないが、ソフィアはダンジョンの中のことであれば全て把握している。先程の映像も目にして、ショックを受けているはずだ。
マリーは、悔しげに頷いた。Olの指示は間違ってはいない。会議にマリーが出ても有用なことを言える気はしなかったし、ユニスの手伝いだって出来ない。
だが、ローガンを殺した相手に何も出来ないことが、たまらなく悔しかった。
あの
その場に残されたマリーに、ザナが話しかける。
一つ、あなたにしか出来ない有用な手があるのですがお聞きになりますか?
ニッコリと人好きのする笑みを浮かべて、氷の女王はそう持ちかけた。
第11話愚かなる王を叩き潰しましょう-3
うわっホントに来た
ヤエガキ山脈を越えたその先、砂漠を臨む山の麓。
そこにあらわれた姿に、マリーはげんなりとした声を上げた。
ボロボロの布を巻かれた屍の兵士たちを引き連れた、褐色の肌に黒い髪の美丈夫。
砂の王ウセルマートだ。
余をここへと呼んだのは、貴様であろうが
そうだけど、自分の部屋で呟いただけだもん。乙女の部屋をずっと覗いてるの?このヘンタイ。着替えとかも覗いてるんじゃないでしょうね
なっふざけるな。王たる余が、そのような事をするものか
マリーの言葉に、ウセルマートは苛立った様子で答える。
Olさまはあなたの取引を絶対に受けないよ
だからわたしと取引して。そっちの要求の三分の一だけど、こっちの要求も一つで良いソフィアに、ダンジョンに酷いことしないって
そう取引を持ちかけに行けば、ウセルマートは応じる。
ただしOlには絶対に知らせてはいけない。
それが、ザナの助言であった。
馬鹿なことをしている、という自覚はあった。
だがソフィアが傷つくのを黙って見ていることなどできない。
ふむまあ良かろう。ならばこれを付けろ
えー、それつけると服従しちゃうんでしょ
太い首輪を差し出すウセルマートに、マリーは不満げな声をあげた。
じゃあ、あなたがちゃんと約束守るかわかんないじゃない。首輪つけた後、やっぱりそんな約束なしって言われたってその時のわたしにはどうしようもない
余が約束を違えると言いたいのか?
迷いなく、マリーは頷く。少なくともOlならそのくらいの事は平気でする。
疑いなくそんな首輪をつける方が馬鹿なのだ。
痴れ者め。余は王の中の王。愚民をわざわざ騙したりなどせぬ
そんなこと知らないもん。わたしにとっては知らないおじさんだよ
貴様!言うに事欠いて、余を、おじさんだと!?
あ、そこに怒るんだ。とマリーは思った。
ウセルマートの見た目は、せいぜい二十代半ばといったところだろうか。
この反応を見るにOlのように見た目と実年齢が一致していない、ということもなさそうだ。
とにかく、それはナシです。少なくともわたしが納得するまで
だが貴様はどうすれば納得する?
そんなの自分で考えてよ。全知の王様なんでしょ
マリーが生意気な口調で言うと、ウセルマートは苦虫を噛み潰したような表情で舌打ちした。
口の減らぬ女だついてこい
くるりと彼が踵を返すと、砂を割って石のダンジョンが突き上がって来る。
それを眺めながら、マリーはほっと息を吐いた。
とりあえずここまでは、予定通りだ。
狭いね、このダンジョン
ウセルマートのダンジョンは、巨大な石を無数に積み上げて作られたものだ。地下を掘って作り上げたOlのダンジョンと違って、それは百パーセント人工的に作り上げたもの。途方もない労力をかけて作られたのは間違いなかったが、その分通路は人一人が何とか通れる程度の広さでしかなかった。
ダンジョンではない。ピラミッドだ
憮然としながらウセルマートは答える。
余の後ろを離れるなよ。知らぬ道に入り込めば、貴様もああなる
指し示すその先にあるのは、カサカサに乾燥した屍の兵だ。よく見れば横道の所々に屍兵が安置してある。おそらく招かれざる侵入者に対しては敵となり、襲いかかる仕組みなのだろう。この狭い道の中で襲われ、前後を囲まれるのはかなり厄介なことになりそうだ。
入り組んだ迷宮を、どれほど歩いただろうか。マリーは徐々に進む道が広くなり、そして緩やかに上っていっていることに気づいた。傾斜はごく僅かだからそう簡単には気付かないだろうが、ダンジョンで育ったマリーは別だ。
Olのダンジョンにもこういった仕掛けはあった。気づかない程度のごく僅かな傾斜や曲がり道によって、地図と実際の位置をずらすのだ。
お帰りなさいませ、神帝陛下
やがて広い部屋に出ると、槍を構え剣を腰に下げた褐色の肌の兵士たちが二人を出迎えた。その奥にはザナの妹だという褐色の美女、イェルダーヴも控えている。
生きてる人もいるんだね
当然であろうが
兵士たちはイェルダーヴと違って、首輪も付けていないし目にも意思の光がある。どうやらごく普通の兵士であるようだ。
見ろ
部屋の中央、一際高くなった天井をウセルマートが指差すと、轟音を立ててそこに穴が開き、青い空が見えた。先の戦いの時、ウセルマートたちがピラミッドの中へと逃げ込んだのはここからだったのだ、とマリーはすぐに察する。
太陽が二つある
そしてその青い空には、太陽が二つ光り輝いていた。
一つは我が神、アトムの力で作り出した核熱の炎だ
核熱?
聞き慣れない言葉に、マリーはオウム返しに問い返す。
この世界が出来るよりも前より燃え盛り続ける、始原の炎。全てを焼き滅ぼす真なる火よ
言いながら、ウセルマートは部屋の中央にある卓の上にさらさらと砂をまく。すると白い砂はひとりでに動き、卓の上に砂絵を作り出した。
二つの山と、間に立ちふさがる壁のような線。そしてその上に、放射状の線を纏った円形の紋様。極めて簡略的な絵だが、それが地図のようなものであることをマリーはすぐに察した。地図とは言っても見下ろした図ではなく、横から見た断面図のようなものだ。
二つの山が、Ol達が本拠地にしている試練の山とこのピラミッド。壁はヤエガキ山脈。とすれば上の紋様は、ウセルマートが作り上げた核熱とかいう大火球だろう。
流石にあれ程の炎ともなれば、余と言えども作るには数日はかかる。それを、こうだ
ウセルマートがざっと手のひらで円形の紋様を掃き散らせば、天に輝く炎も霧散した。
これでよかろうな
むむむ
作るのに数日かかるというのが本当かどうかわからないとか、数日かかろうがまた作り直したら約束を果たした事にはならない、などとゴネることも出来る。
が、流石のマリーもこの状況で言い出す気にはなれなかった。完全に敵の手中、真っ只中だ。下手なことを言えば即座に殺されても文句は言えない。ウセルマートとて、そこまでマリーに価値を見出しているわけでもないだろう。
わかった。いいよ
その前に
顎を引いて居住まいを正すマリーの首を、ウセルマートの手のひらが掴んだ。
その余計な物を叩き落としてやる
彼の手の平から炎が漏れ出し、マリーの喉を焼く。
そこは一瞬にして焼き切られて、金の髪とともに彼女の首はぽろりと落ちた。
かと思えば、首を失った身体と頭がそれぞれ別々に走り出す。
やっぱりバレてたっ!
マリーの首はみるみる膨れ上がると、白い髪の少女となって叫ぶ。同時に首を失った身体の方は、すぽんと襟首から首が飛び出し元の姿へと戻った。
変化の術で頭に化けたユツを、首の上に乗せていたのだ。
ザナはOlには伝えてはならないと言ったが、他の者に伝えることは禁じなかった。これがリルやスピナであれば間違いなくOlにも伝わってしまっただろうが、ユツだけは素直にマリーに協力してくれるだろうという予感があったし、事実その通りだった。
追え、逃がすな!
ウセルマートの指令に、兵士たちが慌ててマリーたちを追いかける。
ユツが懐から木の葉を取り出してバラまくと、それは無数のマリーとユツの姿となって走り出した。
小癪な真似を!
本物を見失って兵士たちが戸惑うその内に、マリーとユツは逸れぬように手に手を取って迷宮の中を逃げる。
マリーちゃん!どっち!?
ええと、こっち!
この時のために、マリーはしっかり入り口からの道を記憶していた。石造りの迷宮は酷く入り組んでいる上に、どこもかしこも同じ光景に見える。ユツも道順は覚えようと努力はしていたが、入って百歩も歩かぬ内に諦めていた。
だがマリーは別だ。彼女はただ連れられて歩いていたわけではない。その歩幅は常に一定で、歩数を数えることによって頭の中に正確な地図を描く。壁についたほんの僅かな傷や汚れを記憶して目印にする。ダンジョンで暮らすうちに、当たり前のように出来るようになった技術だった。
次はここを右あれえ!?
しかし立ちはだかる石の壁に、マリーは思わず叫び声をあげた。
おかしい、こっちであってるハズなのに!
道を戻って確認しても、記憶に間違いがあるようには思えない。
ここに壁などなかったはずなのだ。
マリーちゃん、あれ見て!
示すユツの指先を見ると、今まで来た道が音もなく石壁で埋まっていくのが見えた。
道が、変えられてる!
その可能性を失念していたことに、マリーは歯噛みした。ピラミッドそのものが砂の中に埋まったり出てきたりするのだ。その中も自在に動くことくらい、予想して然るべきだった。
天門も、転移魔法陣も、やっぱり駄目か
ユニスを呼ぶか、転移魔術を使えれば逃げられる。だが案の定、そちらは対策されているらしく効果を発揮しなかった。
この壁は、なかったんだよね?
ユツが壁に触れ、マリーに尋ねる。
うん。来たときにはこんなところに壁なんかなかった。それは間違いないよ
じゃあ、任せて!
ユツは言って、己の腰から伸びた狸の尾を引き抜いた。それはすぐさま巨大な鉄槌に変化して、彼女は思い切りそれを壁に叩きつける。
一撃目でヒビが入り、二撃目で小さな穴が空いて、思い切り振りかぶった三撃目で石の壁は粉々に吹き飛んだ。
さっすがユっちゃん!
その光景にマリーは快哉を叫び
崩れた壁の向こうにいたウセルマートの姿に、絶句した。
遊びはここまでだ
宣言するウセルマートに、マリーは腰の剣に手をかける。だがそれを引き抜く前に、彼女の腹に太い拳が叩き込まれた。
ぐっ!
マリーちゃん!
砂漠で出会った巨大な屍兵が、その気配すら感じさせずにマリーの背後をとっていた。
てっきりタツキの鉄砲水に流され失われたものと思っていたが、しぶとく生き残っていたらしい。死んでるから生き残ったとは言わないか、と妙に悠長な言葉がマリーの脳裏をよぎる。
そのまま、マリーの首に首輪が嵌められる。その瞬間彼女の瞳からは意志の光が消え去り、手足からも力が抜けてくたりと垂れ下がった。
よくも!
ユツは渾身の力を込めて鉄槌を振り下ろす。分厚い石の壁さえ破壊するそれを、屍兵は片手で軽々と受け止めた。そしてもう片方の手でユツの喉を掴み、まるで猫の子でも扱うかのように宙に吊り下げる。
さて。貴様は取引にはなかったが余の城に無断で入り込んだ咎、その身をもって償ってもらおうか
ウセルマートの好色な視線が爪先から首までを舐めるように這い回り、ユツはその気色悪さに身体を震わせた。
陛下。こちらの娘はいかがなさいますか
兵士が無表情で立つマリーを示し尋ねる。
ふん好きにしろ。殺さぬようにだけ気をつけろよ
ウセルマートはマリーを一瞥すると、興味なさげにそう言った。
マリーちゃんを離して
ユツが己の首を締め付ける屍兵の腕を掴みながら印を組むと、地面に転がった鉄槌が巨大な蛇となってウセルマートに襲いかかる。
黙れ。お前が今から口にして良いのは、嬌声と余への賛美だけだ
だが強烈な光が瞬いたかと思えば、大蛇はまるで光の中に溶けるように消え去った。
我が神、アトムの力の前ではそのような低級霊、物の数ではない
吐き捨てるように言い放ち、ウセルマートは屍兵にユツを寝室へと連れて行くように命じる。
余の偉大さがわかるまで、たっぷりと可愛がってやる
王としての落ち着いた態度を剥ぎ取り、ウセルマートはその獣欲を露わにした。
こりゃあ上物だ
表情をなくし、まるで人形のように佇むマリーを囲んで男たちは下卑た笑みを浮かべた。
まるで太陽の光を束ねたかのような金の髪に、オアシスの豊かな水を凝縮したかのような青い瞳。そして砂漠の女にはない白い肌は、まるで生ける芸術品のようであった。
しかし陛下も勿体無い。これ程の娘を歯牙にもかけぬとはな
お陰でこうしておこぼれに預かれるのだから、ありがたく頂くとしよう
屍兵や服従の首輪で意志を奪ったものだけでは、国を運営し軍を統括することは出来ない。
だがウセルマートは己以外を一切信じぬ王だ。ほんの僅かにでも謀反の疑いがあれば躊躇うことなくその心臓を抉り出して屍兵へと変えた。
とは言え恐怖だけでは人間というものは従わない。表面上は従ったとしてもいつか逆らうであろうことも彼は理解していた。
だから代わりにこうして、配下の男たちに好みでない女や飽きた女を度々下賜する。
そうなった女たちは兵士たちの共有物となり、壊れるまで性欲処理に使われるのが通例だった。
殺すなとのご命令だからな。優しくしてやれよ
死ななきゃ良いんだろう?
下卑た笑みを浮かべながら一番年かさの男がマリーを組み敷いて、下衣を外し剛直を取り出す。
押し倒された拍子にマリーの腰に下がった剣が寝台の縁に当たり、傾いて鞘走った。
おっと、危ないな。こんなものは先に外しておけ
剣を拾おうとした男の手が、ずるりと落ちる。
あ?
肘の少し先、前腕の半ばから断たれて床を転がる腕を、男たちは呆けた表情で見やる。斬られた本人を含め、誰ひとりとして状況を理解できていなかった。
マリーちゃんの肌に小汚え手で触れるんじゃねえよ、このビチグソ野郎が
汚い口調が、愛らしい声色で綴られる。
何
次の言葉を発する前に、年かさの男はマリーの振るった剣によって頭を両断されてこの世を去った。
貴様、何故動ける!?
遅えんだよ!
ようやく状況を飲み込んで男たちは剣の柄に手をかけるが、それが抜かれるより早くマリーの振るう二刀によって首を裂かれて絶命した。
正確には、マリーの身体を操るローガンに、だ。
この首輪はなるほどな。こん中に魂を封じ込んで意思を消すって寸法か
<ローガン!>
マリーの首に嵌った首輪に手を当てると、その中に封じ込まれたマリーの声がローガンの頭の中に鳴り響いた。
<ローガン、やっぱり生きてたんだね!>
おう。まあなんとか、ギリギリってトコだがな。どれ
ローガンは殺した男たちの胸に腕を突っ込むと、中から淡く輝く玉を取り出して躊躇なく咀嚼する。それは男たちの魂だ。
不っ味ぃが、まあないよかマシか
マリーの顔を思いっきりしかめて、ローガンは呟く。
魂というのはいうなれば高濃度の魔力の塊のようなものだ。例え魔術の素養が全くないものであろうが、人間の魂と言うだけである程度の魔力を持っている。空っぽになった魔力が、ほんの僅かではあるが満たされた。
あん時俺は腕を切られた。覚えてるか?
<うん>
それは騎馬を駆る屍兵にやられた時の話だ。切り落とされた腕はマリーが大切に持っていたが、いつの間にか消えてしまっていた。ローガン本人が消えたのだから、それとともに消えてしまったのだろうとマリーは思っていた。
そりゃ半分正解で、半分間違いだ。本体が消え、普通ならそのまま消滅しちまうトコだったが、運良く依代になるものがすぐ側にあった。それがこいつだ
ローガンは先程振るった剣を拾い上げる。四性剣のうちの一振り。熱を司る熱性剣。
炎の悪魔であるローガンと特に相性の良いそれに宿って、ローガンは何とかその存在を永らえていた。
とは言え腕一本分の力じゃあほとんど何もできねえ。剣にしがみつくのが精一杯で喋ることすらできなかった。出来ることと言えばせいぜい、魂を抜かれた奴の身体を乗っ取って操るくらいよ
<フコーチューのサイワイってやつだね!>
嬉しげなマリーに、ローガンは深く息を吐く。
お前、幾ら何でも無茶しすぎだ。後で旦那に思いっきり怒られるぞ
<だってローガンが何となく傍にいる気がして。いざとなったら助けてくれるって思ったんだもん>
ローガンが死んだという話を聞いた時、マリーにはそれが信じられなかった。
最初は自分でもただ現実を認めたくないだけかと思ったが、ウセルマートと相対してみると何故かはっきりとわかったのだ。ローガンが、すぐ傍にいると。
あのなあ
<合ってたでしょ?>
得意げなマリーの声に、ローガンは答える言葉を失う。
小さな頃から、ずっとそうだ。どんなに巧妙に隠れ、他の生き物に化け、姿を消しても、マリーは絶対にローガンを見失わない。そして絶対に助けてくれると、何の疑いもなく信じているのだ。
まあ、くっちゃべってる場合じゃねえ
<そうだ、ユっちゃん!>
ユツのことを思い出し、マリーは一転して酷く焦った。
自分のことはローガンが助けてくれたが、今頃彼女はひどい目に合っているはずだ。
ま。多分大丈夫だろ
だがローガンはどこか軽い口調でそういう。
<なんで?>
アイツとは相容れねえからさ
<?>
要領を得ないローガンの言葉に、マリーは首を傾げた。と言っても今の彼女は魂だけの存在なので、気持ちの上でだが。
ふざけるな!
来た道を戻っていくと、どこからともなく怒号が鳴り響いた。ウセルマートの声だ。
あっちだな
声は入り組んだ迷宮に反響してどこから聞こえているのかわからないが、ローガンは迷うことなく道を進んでいく。
<どうしてわかるの?>
勘だ
マリーの言葉に短く答え、ローガンは岩壁を破壊する。
するとその先に、必死に逃げ惑うユツの姿があった。
<ユっちゃん!>
彼女の着ていた服は無残にも裂かれ、ところどころ焦げ跡がついている。
<ごめん、わたしのせいで>
犯されちゃあいねえよ。そうだろ?
ローガンが聞くと、ユツは力なく首を縦に振った。
マリーの姿をしているから、油断しているのだろう。
引き裂かれた服の隙間からちらりと覗く彼女の胸を見てローガンはうむと頷く。
少しばかりとうがたってはいるが、体型そのものは素晴らしい。
ヤマト人に関してだけ言えば、多少判定年齢を上げても良いかもしれない、と思った。
よくも、よくもこの余に!
間違いねえ、あいつは
道の先から聞こえてくるウセルマートの怒り狂う声に。
偽の乳などを触らせおったな!
巨乳好き(ロリコンの敵)だ
ローガンはそう、断言した。
第11話愚かなる王を叩き潰しましょう-4
あの、えっと、マリーちゃんだよね?
いつもと様子の違うマリーに、ユツは戸惑いながら尋ねる。
俺はローガンだ。この忌々しい首輪のせいで魂を封印されちまったマリーに変わって、この体を動かしてる
ローガンさん!?封印ってマリーちゃんは大丈夫なんですか!?
<大丈夫だよー>
俺以外には聞こえやしねえよ。まあ大丈夫かな?下手に首輪を壊したりすりゃあ、魂ごとぶっ壊れちまうがま、なんとかなんだろ
言いながらローガンは剣を抜き、振るう。
ユツのすぐ後ろにまで迫ってきていた兵士が、真っ二つに裂けて動かなくなった。
ここを無事に出られりゃあ、の話だがな
ローガンさん、剣も使えるんですか?
何言ってんだ。これをマリーに教えたのは俺だぜ
マリーの可愛らしい声、愛らしい顔で、ローガンは獰猛な笑みを浮かべた。
かかってきな!こちとら魔力に飢えてんだ!
生者と死者。入り混じって襲い掛かってくる男たちに、ローガンは吠える。
途端、四本の剣が踊った。
その光景に、ユツは目を思わず見張る。
マリーの肉体を使っているからだろう。筋力はマリーのものだ。
動きの速さ、力そのものは変わっていない。
だがその動きはまるで別物であった。
動作はどこまでも軽やかで、武の持つ猛々しさなど微塵もなく、それでいて一切の無駄がない。まるで美しい舞を踊る妖精を見ているかのようだ。その妖精がくるりと身体を閃かせる度に、死体が四つ増えていく。
おぉっし!腹が満ちて来たぜ!
敵を迎え撃ちながらも魂を喰らい、満ちてきた魔力でローガンは炎を放つ。
炎はそのまま冷性剣に吸い込まれると、強烈な冷気となって兵士たちを襲い、凍りつかせた。
<そんな使い方もあるんだ!>
単に魔力を通しただけでは、冷性剣は触れたものを凍らせる事しか出来ない。
だが火炎弾の形の魔力を冷気に変換することによって、極低温の塊を飛ばしたのだとマリーは悟った。
旦那から折角良い玩具を貰ったんだ。もうちょっと工夫して遊びな
凍りついた屍兵たちをバキバキと踏み割りながら、ローガンはにぃと笑う。
あの、逃げる方向はわかってるんですか?
まさかこの俺様が何の当てもなく逃げ回ってるとでも思ったか?
えっと
問いかけに対し自信たっぷりに返されて、ユツは戸惑う。
手当り次第に敵を撃退しているだけで、とても逃げ道を進んでいるようには思えなかったからだ。
<うん、思ってる!>
ははははは!その通りだぜマリー!よぉくわかってんじゃねえか、当てなんてねえよ!
ど、どうするんですか!?
マリーの声は聞こえなくてもローガンの返答からおおよそを察し、ユツは泣きそうな声を上げた。
良いんだよ。黙ってりゃあ向こうからそら、来たぜ
そこまでだ、下郎
ローガンが顎をしゃくるその先には、屍兵たちを連れたウセルマートの姿。
おうおうおう。餌にもならねえゴミをぞろぞろ引き連れてきやがって。そんなに俺様が怖えのか?
痴れ者が。余はなにものをも恐れはせぬ
そう言いつつも、ウセルマートはローガンを警戒しているように見えた。
先程不意を打ったとは言えマリーとユツをあっさりと下した巨大な屍兵も傍らにいるが、けしかけてくる気配はない。
おめえはどういうわけかマリーが必要らしい。だから殺しも犯しもせすわざわざこんなもんを嵌めた
ローガンはついと首輪を撫でる。
マリーを殺せないとわかっている以上、防御など考えずに攻撃すれば幾らでも勝つことが出来る。
おら。撃ってみろよ。ご自慢の何もかもを消し飛ばす炎をよお!
煽るローガンに対し、ウセルマートは躊躇せずに杖を振るって炎を飛ばした。
マジか!?
<撃ってきたじゃない!>
ローガンは慌ててユツを抱え、迷宮の角を曲がって炎をかわす。
うーん、煽りすぎたか?間違っちゃいねえとは思うんだけどなあ
<わたしの身体もっと大事にしてよ!>
いえ間違ってないと思います。見て下さい
小脇に抱えられたまま、ユツが冷静に壁を指差す。
あの炎がぶつかった壁が溶けていません。あの炎は石だろうがなんだろうが溶かしてしまうはずです
怒り狂うウセルマートからユツが逃げ出せたのも、それが理由だ。
冷静さを欠いたウセルマートは狙いを外し、ユツは溶けた壁から抜け出してきたのだ。
ありゃ普通の火か!ってことは
追い払って回り込み、さっきみたいに不意を打つつもりだと思います
なるほどな
ピタリと脚を止め、ローガンは踵を返して角を曲がり元の場所へと戻る。
よう、久しぶりだな!
流石にすぐさま戻ってくるとは思わず意表を突かれたのか、ウセルマートは目を見開いた。
そしてあばよ。生まれよ、風よ!
ローガンは湿性剣と熱性剣を打ち合わせ、風を作り出してウセルマートの身体を飛び越える。
変ぜよ、土よ!
ついでに残る乾性剣と冷性剣で石天井を変質させてその硬度を思い切り下げる。局所的に強度の下がった天井はその重みに耐えきれず崩壊し、ウセルマートたちを飲み込んだ。
あのくらいでくたばってくれる可愛げなんざねえだろう。さっさと逃げるぞ、マリー!
<うん!ローガン、そこ右!その後三つ目の十字路を左!>
ローガンがどこに向かうつもりなのか悟り、マリーは指示を飛ばす。
しかしアレだな。あいつ全知っつっても、何でもかんでも全部完璧にわかるわけじゃねえなやっぱ
相変わらずローガンに抱えられたまま、そろそろ降ろしてくれないだろうかと思いつつもユツは頷く。
ウセルマートはマリーがここに来ることを知り、ユツがマリーの首に化けていることは見抜いた。
だがユツの大きな胸が憑依によるものであることは見抜けなかったし、ローガンが剣に取り付いていることもわからなかった。
今もローガンが引き返して来ることに驚いていた。つまりは、その位置を即座に把握できるというわけではないらしい。
<まあ流石にローガンが剣に取り付いてるなんて思っても見なかったんだろうね。わたしも想像もしなかったし>
それは完全に運が良かっただけだからな。二度とやるなよ
思いもよらないことを知ることは出来ないという弱点があるのは先の戦いでわかってはいたが、そういう事柄は大抵こちらにとっても想定外の事なのだ。
ローガンの存在にしてもそうだし、ユツの胸だって別にウセルマートが巨乳好きと知って大きくしていたわけではない。先程の炎だって、ローガンは本気で焦って逃げ出したからこそウセルマートも油断したのだろう。
<運の良さにだけは自信があるから、わたし>
自慢するようなことじゃねえな
ローガンの呆れ声を聞きながら、ふとマリーは何か引っかかるものを感じた。
何か既視感のようなもの。
<ああそっか、ユニスか>
昔Olに教えてもらった、英雄の話だ。
英雄というものは危機に陥れば都合よく助かり、奇跡が起こって命を拾う。
悲劇的な破滅を迎えるまでは。
とは言え、マリーは英雄ではない。もしそうならもっと超人じみた力を持っているはずだ。
年齢に比べれば強いとは言え、それは師に恵まれただけの話で常人の域を超えるものではない。
英雄に師事したからと言って英雄になれるわけではないのだ。
まあお前さんは昔っから運ばっか良いからな!おら、ついたぜ!
扉を蹴破り、ローガンが訪れたのはウセルマートに連れてこられた大きな部屋だ。
げっ、あの女は
そこにはヴェールで鼻から下を隠した半裸の美女イェルダーヴが待ち受けていた。
待って下さい。マリーちゃんと同じ状態なら、ウセルマートから指示されない限り敵じゃないのでは?
もはや完全に荷物になりきっているユツが、ふと思いついた事を口にする。
んなわけあるか。敵に対する対応くらい指示されてるだろうよ。が、そいつは良い指摘だ
ローガンはマリーの中から上半身だけ抜け出すと、己の腕を切り落とした。
たっぷり兵士たちの魂を喰らい、その程度は苦でもないほどに回復している。
意志を持つかのように飛んでいく四本の腕に対し、イェルダーヴは機械的な反応で炎を出した。一本を空中で焼き落とし、二本目を盾状に展開した炎で防ぎ、三本目を手の平で掴んで燃やし、胸に突き立った四本目を、全身を炎で包み込んで打ち消す。
この俺を燃やすたあ、こいつの炎も普通じゃねえな
驚きの声を上げながら。
だが魂も入ってねえ木偶人形に負けるようなローガン様じゃねえぜ
時間差を付けてイェルダーヴの身体に入り込んだローガンは、崩れ落ちるマリーの身体を支えた。
さあて。とっととお暇するとするかね
イェルダーヴの身体を乗っ取ったローガンが火球を放つと、天井にぽっかりと穴が空く。
そしてそこからは、鮮やかな空が覗いていた。
やっぱダンジョンじゃねえ迷宮は駄目だな
これがOlの迷宮であれば、こうも簡単に天井に穴があくなどありえない。
<駄目だねー>
ですね
口々に言いつつローガンはマリーの身体とユツを抱え、ふとあらぬ方向に視線を向ける。
お前は来なくて良いのか?
問いかけはただ虚空に響き、何の反応も返っては来ない。
<ローガン?どうしたの?>
いや何でもねえ
マリーの問いかけにローガンは首を振る。
敵地の真っ只中からこうまで容易く抜け出せるのが、ただの幸運であるわけがない。
マリーもユツも気づいていないようだったが、どう考えても敵が少なすぎた。
ローガンにすらその存在を気取られず、敵を排除して回る何らかの存在。
本当にいるかどうかすら定かではないが、仮にいたとしても呼びかけて来ないのならば連れて行くほどの義理もない。ローガンはそう判断し、空へと飛び立つ。このピラミッドから離れれば転移が使えるはずだ。
その姿を見上げながら。
今更戻れるはず、ない
ひび割れたような唸り声が、影の中に響いた。
この、愚か者がぁ!
マリー達が帰ってきたという報告を受けるなり、Olは飛んでいってマリーの頭に思い切り拳骨を振り下ろした。
痛ぇっ!旦那、今マリーの身体を操ってんのは俺なんだから、マリーを戻してからにしてくれよ!
悪魔の痛覚というものは非常に鈍い。人間と違って傷に頓着する必要がないからだ。だが人間の身体を乗っ取っている時は相応に痛みを感じる。慣れていない分刺激が強く、涙を浮かべながらローガンは訴えた。
うるさい、貴様もだ!
ぎり、とOlは奥歯を噛み締め、顔を歪ませる。
Olがこれほどまでに怒りを露わにするのを、ローガンは初めて見た。
いや、俺は怒られるような事してないだろ?むしろマリーを助けてきたんだぜ。ほらマリー、お前は謝れよ!
痛みと気迫に恐れを抱き、ローガンは慌てて言い募る。
<はんせいしてまーす>
ばっ、おまっええと、心から反省してるって言ってるぜ!
反省の欠片もないマリーの口調にローガンはますます焦った。
この愚か者。愚か者が
そんな彼にOlは腕を振り上げて。
よく、戻った
マリーの頭をぽんと撫で、堪えきれずに笑みを見せた。
全く!腕の一本から復活しただと?くく、全く相も変わらず無茶苦茶な奴よ。くくく、ははははははは!
一度溢れだした笑みは止めることなど出来ず、Olは哄笑する。