ふわふわした金に近い茶色の髪を短く切り、大きな口でチーズを齧るその様子は子供の様に見えるが、注意深くOlを観察する緑の瞳は子供にはない慎重さと知性を感じさせる物があった。

クドゥクか。珍しいな

Olが言うと、Faroは驚いたように目を開いて、チーズをごくんと咀嚼した。

知ってるんだ。こっちの連中はみんな、半分野郎(ハーフリング)なんて失礼な呼び方しやがるけどね

クドゥク、通称ハーフリングと呼ばれる彼らは、西方に住む小人族だ。草原の妖精などと言われる事もあるが、アールヴやドヴェルグと違ってあまりその出自はハッキリしていない。小柄なぶん力は弱いが、それを補って余りあるほど身軽で器用な手先を持ち、目や耳も良い。

保守的で平和を好む彼らは滅多に故郷の村を出ず、他の種族と付き合うというような事も少ない。殆ど知られず、人間の子供と間違われることも多い。そんな中で推薦されるくらいだから、腕は確かなのだろうとOlは踏んだ。

こっちのテオが腕の良い女シーフを探してるんだとよ

ふぅーん

Faroはじろじろと無遠慮にOlを眺め回した。

そだな、ご飯奢ってくれるんならいいよ。一応聞くけど、この三人で潜るってわけじゃないんでしょ?

ああ。他に三人ほど仲間がいる。戦力的には十分なはずだ

オッケー!

Faroはカウンター前の椅子に飛び乗ると、奥に向かって叫んだ。

マスター、料理テキトーに10人前持ってきて!

ふー、おなか一杯

ぽんぽん、と膨れた腹を叩きながら、上機嫌でFaroは言った。

えーとテオさんだっけ。あんたお金持ちだねー。まさか止められる事無くおなか一杯食べられるとは思わなかったよ

ちょこちょこと歩く彼女を連れて、Olは迷宮の入り口へと向かっていた。入り口はノームの店の更に奥、街の端に位置している。

迷宮の入り口の手前に、その三人は立っていた。大、中、小とバラバラの身長が並んだその人影は、全員フードを目深にかぶって顔を隠しており、怪しいことこの上ない。

警戒に歩みを止めるFaroに、Olは問題ない、仲間だと声をかけた。

待たせたな

Olが三人に声をかけると、一番背の高いものが答えた。その声色から、Faroは答えた者が女だと気付く。それどころか、誰であるかにすら思い当たった。

ねえ、この人って

話は迷宮に入ってからだ。ここでは人の目がある

う、うん

促すOlにこくりと頷き、六人の冒険者は迷宮への階段を下りていった。

酷い臭いだな

腐臭と死臭、血の臭い。それに瘴気がブレンドされた凄まじい悪臭に、Olは顔をしかめた。

臭いなんて気にしてたら、冒険者なんてやってられないよ。ねえ、そんなことより、あんた達ってさ

Olが目配せをすると、三人はフードを下ろす。その下に現れた顔は、Faroの予想したとおりの物だった。

やっぱり! あんたたち、アラン遊撃隊の三人じゃないか!壊滅したって聞いてたけど、生きてたんだね!じゃあテオ、あんたがアラン? いや、違うか、女と見紛うばかりの美少年って話だもんね。それに、残りの一人のあんたは?

Faroはリルを見つめ尋ねる。

コイツは俺の使役する使い魔だ。この三人は死んだことになっているからな。あまり騒ぎ立てられたくなかったから、ああしてフードを被ってもらった

はーじゃあ、リーダーのアランを助けに行くってわけ?テオは、その為に雇われた魔術師って所?

まあ、そんなところだ

Olの適当な説明に、なるほどね、とFaroは頷いた。

でもアラン遊撃隊って、ここにいたのは結構前だよね。このダンジョンは日々拡張されてて、今は数ヶ月前よりもっと危険になってる。第二階層までは案内できるから、注意してあたしについてきて

真剣な表情で言うFaroに、一同頷く。

火口から火をつけた松明を掲げ、一行は探索を開始した。ナジャ、リル、Faroの三人が前衛を務め、Ol、ウィキア、Shalが後衛からそれをサポートする形だ。

Faroが松明を掲げて蜘蛛の巣を焼き払い、ウィキアが腰にランタンを吊り下げる。Olは杖の先に魔術の光を灯し、明かりとした。不意の事態に備えて灯りを複数確保するのは、冒険の基本中の基本なのだと言う。

この松明はいざとなれば投げ捨ててもしばらくは消えないし、火に弱い敵に対しては武器にもなる。だから、このパーティじゃ前衛で片手の空くあたしが持つのが一番なんだ

Faroの講釈を聞きながら進んでいくと、ギイギイと耳障りな声を上げてゴブリンの一団に遭遇した。

即座にナジャが抜刀して切り込み、それをフォローするようFaroもゴブリンの背後に回って短刀を突き刺す。

あ、ちょっとまって

最後の一匹を殺そうとした所でリルが口に指をあて、ちゅっとキスを投げる。すると、ゴブリンの瞳がどんよりと濁り、ふらふらとリルの元へと歩いていく。

これに松明もたせましょ

おー、便利だね

Faroは感心し、ゴブリンに松明を手渡した。

第一階層に住む妖魔たちは、それほど強くない。巨大蜘蛛や巨大蝙蝠、野犬などを切り伏せながら、松明を持つ役はオーク、コボルト、オーガと強化されていった。

暇ですねー

にこにこしながら、Olの左手でShalが呟く。ナジャの剣の冴えもさることながら、予想以上にFaroが強い。素早さだけで言うなら、ナジャはおろかアランも越えているだろう。力はけして強くないが、彼女は敵の隙を誘い、集団をかき回す術を熟知していた。

まあ、それも第一階層の間だけ。私達は魔力を温存するべき

Olの右手で、ウィキアが冷静に言った。

っと、折角だしちょっと寄ってくか。ここが、先生の部屋だよ

途中、粗末な木製扉の前でFaroが足を止めた。扉には、恐らく冒険者がつけたものなのだろう。先生の部屋と書かれた鉄のプレートがかかっていた。

先生?

Olが思わずリルに視線を送ると、彼女はふるふると首を横に振る。彼女も知らない存在らしい。

そう。この迷宮に潜る冒険者なら、大体皆お世話になる相手さ。テオ、見たトコあんた、魔術は凄いけど戦闘経験あんまりないみたいだから、ちょっと先生に鍛えてもらうといいよ

そういい、Faroは扉を開けた。するとそこには、半透明の中年男が空中にふわふわと浮いていた。要するに、死んだ男が迷宮の瘴気をまとって亡霊化したものらしい。その未練が強ければ強いほど強力な亡霊になり、迷宮に瘴気がある限り何度でも蘇る。

それが、戦闘訓練に手ごろな強さで、かつ何らかの理由でこの場所に縛られているのだろう。それが先生と呼ばれ、訓練相手にされているのだ。

あっ

リルがその亡霊を見て、妙な声を上げた。

ゴアアアアアアア!

その途端、亡霊は雄叫びを上げてリルに襲い掛かる。その両眼は血の涙を流しているかのように紅く輝き、完全に正気を失っている。

うわっ、何!? どうしたの、先生!?

Faroが驚きながらも、短刀を振るった。亡霊は生きている物とは異なる法則に従って存在している。物理的な攻撃は殆ど通用しないが、意思を込めた攻撃であれば散らす事が出来た。

テオ、亡霊には火も氷も効かない。魔術は基本的に役に立たない。けど、一つだけ有効なものがある

亡霊の攻撃を避けるリルを冷静に見つめながら、ウィキアが言う。

なるほど。こうか

Olは印を組み、魔術の一節を唱えた。魔力で出来た鎖が四方から伸び、亡霊を捕える。ただの鎖ではない。生きているものは触れることも出来ないが、この世ならざる物を繋ぎとめ、こちらの世界に実体化させる鎖だ。

鎖に囚われ動きが止まった瞬間、ナジャが亡霊を真っ二つに両断した。

ギアアアアアアアア!!!

亡霊は断末魔の叫びを上げながら、虚空に消えていった。

ふー、びっくりした。先生、普段はもっと紳士的に、まるで冒険者を鍛えるように戦ってくれるんだけど亡霊にも機嫌があるのかな

汗を拭い、Faroがそう言った。

どうした

何か言いたげな目で見ているリルに、Olは問い掛ける。

今の幽霊、ゲオルグだ

ゲオルグ? 知り合いか?

小声で答えるリルの挙げた名前に覚えがなく、Olは首をかしげた。

知り合いって言うかほら、最初の村の村長だよ

ああ

そういえばあんな顔をしていた気もする、とOlは思い出した。リビングデッドからスケルトンに加工されてユニスに破壊されたはずだが、亡霊となって復活するとは中々見上げた根性だ。

そういえばここはリルがスケルトン作成作業に使っていた辺りになるのか、とOlは改めて辺りを見回した。あの頃はまだ階層も一つしかなく、リルと二人きりのダンジョンだった。思えば、この迷宮も大きくなった物だ。

そんな風に感慨深げに辺りを見ていると、同じような顔をしているリルと視線があった。クスリと微笑むリルに、思わずOlも僅かに頬を緩める。その腕を、ぐいとウィキアが引っ張った。

さあ、ぐずぐずしているとまた亡霊が復活します。さっさと先に行きましょう

逆の腕を、Shalが抱きしめるように取る。

そうですね、まだまだ先は長いんですから

さあFaro、奥へと案内してくれ。リラズ、ぼうっとしてないで前を向いてくれ

リルの腕を引き、ナジャが促す。

なんだか妙な一行だ、と思いつつも、Faroは頷き、探索を再開した。

第13話魔王の迷宮を攻略しましょう-2

さて、いよいよここで第一階層はお終いだ。今から扉を開けるけど、絶対に中に入っちゃ駄目だからね。いい?

地下4階。大した弊害もなくスムーズに探索を続けていったOl一行は、しっかりとした作りの扉の前についていた。コボルト達によって日々勝手に拡張され、今では第一、第二階層の構造はOl自身全く把握できてはいないが、ここに配置されている魔物だけはわかる。Olは重々しく頷いた。

それを確認し、Faroは扉を開ける。扉の中は何の変哲もない、広い部屋だった。中には剣や鎧が転がっている。

魔物、いないように見えるでしょ?ところが、実はこれ、部屋一杯にスライムが満ちてるのさ

Faroが開いた扉に向かって短刀を振るうと、ぐじゅりと音を立ててスライムの一部が転がり落ちた。無色透明のそのスライムは、じわじわと地面を這いずって扉へと向かい、やがてもとのスライムと一体化する。

ゼラチナス・キューブ。透明な立方体のスライムだ。形があるからこうやって剣でも切れることは切れるんだけど、すぐ元に戻っちゃう。向こうに扉が見えるだろ?

Faroの指差す先、部屋の対面の壁には目の前にあるのと似たような扉があった。

あれが第二階層への扉だ。あれをあけるには、あそこまでこのキューブを焼き払うか、防御膜で中を泳いでいくかしないといけない

どちらにせよ、これだけの巨体だ。魔術で全て焼き払うことは不可能で、どうにかやり過ごすしかない。勿論、Olがそう設計し、スピナに命じて作らせたのだ。巨大な部屋の対面の扉が見えるほどの透明性には、Olも感心したものだった。

では俺が燃やそう

Olは印を組み、呪文を唱え始める。その後ろで、ウィキアがそっと彼の身体に触れた。形代には殆ど魔力を溜めておけない。だから、Olがこの身体で魔術を使う場合は、魔力をその身に宿した女達を傍に置く必要があった。

貯蔵量は、リル、ウィキア、Shal、ナジャの順といったところで、全員分を合わせれば一流の魔術師数人分の量は優にある。

Olが仕込んだ魔力と、彼女達が元々持ち合わせている魔力は、いうなれば脂肪と胃袋の中身の様なものだ。胃に詰め込める食料には限度があるが、すぐに栄養になる。脂肪は胃の中身をはるかに越えて溜め込めるが、自分の意思で使うことは出来ない。

焼け

Olが呪文を完成させると、炎が槍の様に伸びてキューブに穴を開けつつ、奥の扉へと届いた。

急いで! すぐに元に戻るよ!

腰のホルダーからピックを取り出しながら、Faroは走った。小柄な身体に相応しいすばしっこさであっという間に扉に辿りつくと、その鍵穴にピックを突っ込んでかちゃかちゃと弄り回す。

そうする間にもキューブの穴は、徐々に埋まり始めていた。傷が治っている訳ではない。何か餌を食べない限り大きくなることはないが、全体的に小さくなりつつも正方形を維持しようとする習性があるのだ。

開いた!

カチン、と音がして扉が開く。一行はなだれ込むように扉の先へと向かった。全員が扉の向こうに出たことを確認し、Faroはばたんと扉を閉める。再びカチンと音がして、扉の鍵が自動で閉まった。

ふぅここからが、第二階層さ。帰りは、向こうの扉に鍵がかかってないから楽なんだけどね。あと、扉は絶対に閉めるんだよ。前、くさびで開けっ放しにした馬鹿がいて、大変なことになったんだ

大変なこと?

なるほど、部屋の中から開けるときだけ鍵がかかるようにすると犠牲者を増やせるか。そんな事を考えながらOlが問うと、Faroは頷いた。

キューブの一部が迷宮に飛び出して、ゴブリンを大量に食べて巨大化。冒険者総出で焼き払ったんだけど、本当、大変だったよ

いいながらFaroは蝋石の様なものを取り出して、地面に円を描き始めた。手早くその縁に模様を描き、バックパックからガラス瓶を取り出すと、その中の液体を一滴、円の中にたらす。すると、魔法円が光り輝き、周囲から何も寄せ付けない結界となる。

これ、キャンプって呼ばれてるものでね、この陣を覚えて、この蝋石で書いて、聖水を一滴垂らすと簡単な結界になるって言う優れものなんだ。魔術屋で、銀貨10枚で1セット売ってるよ。さ、ここでちょっと休憩しよう

そういって、キャンプの中にFaroは腰を下ろす。それに倣って座りながら、Olはしげしげとそれを見つめた。Faroには魔術の素養はないし、彼女自身魔力を使ってもいない。ダンジョンの中に溢れている魔力を利用して防御結界を張っているのだ。

冒険者達の発想に、Olは感心した。

この階層から、敵が一層強くなるから気をつけてね。ゴブリンだのオークだの、ケチな連中は出てこない。第二階層は外郭と内郭に分かれてて、内郭にはリザードマンやハッグみたいな、人型の連中。外郭にはワイヴァーンやハルピュイア、グリフォンみたいな魔獣が出てくる。どっちも強敵だから、気を抜かないで

Faroが外郭と呼んでいる領域は、空飛ぶ魔獣の為にOlが用意した放牧区のことだ。地上から第二階層に直通の大穴がいくつか開いていて、そこから空を飛べる魔獣たちが迷宮に入ってくる。身体の大きな彼らの為に、大きな部屋を幾つも用意していたはずだ。

ただ、そう悪いことばかりじゃない。この階層には、友好的な魔物も結構な数いるんだ

友好的だと?

予想だにしない言葉に、Olは思わず鸚鵡返しに問い返した。

うん。特にリザードマンとか、ケンタウロスは割りと話が通じるよ。あっても刺激しなきゃ、戦闘を免れることは多い。運がよければ、交渉次第で呪具や情報を聞くことも出来るよ。お酒や食料が特に喜ばれるね

Faroの説明に、Olは内心舌打ちした。言葉が通じる魔物は比較的Olに従順だが、その分冒険者に与する者も多いという事か。かといって、一人ひとり従属の呪いをかけるわけにも行かないし、これはある程度仕方がないことかもしれない。

と言っても、大多数は敵対してくるから油断はしないで。中には友好的なフリをして騙し討ちを仕掛ける魔物もいるからね。外郭の魔獣は強いから出来れば立ち入りたくないんだけど、下に下りるためには絶対に外郭も通らなきゃいけない構造だから大変だ

直接、転移で下層にいけないのか?

Olは答えを知りながら、あえて聞いてみた。Faroは首を横に振る。

駄目。3層以下は、そもそも対転移結界がはってあるから転移できない。第二層までは、転移できるんだけどお勧めはしないね

毎日、形が変わってるから

端的にFaroは答えた。

コボルトやダンジョンリーチでっかい芋虫みたいなのが、勝手にダンジョンの形を変えてるんだ。お陰で、転移で安全な場所に行こうとした連中が、魔物の巣の真っ只中に放り込まれたり、酷いと石の中に転移してそのまま埋まって死んじゃったり、何てこともある。転移するなら、帰り道だけだね

それは有名な話なのか?

Olが尋ねると、Faroは首を横に振った。

仲間内では出回ってるけどね。わざわざ他人に教えてあげるような親切な奴はいないよ。それなりの腕を持ったパーティが意気揚々と転移して、二度と帰ってこなかった、何てのもよくある話さ

これは嬉しい誤算だった。一度知られれば使えなくなるような類の罠でも、ある程度冒険者の数を減らすのには有効と言うことだ。

さて、そろそろ進むとしよっか

パンパンと尻を叩きながらFaroが立ち上がる。形代を動かしているOlには体力の消耗はないが、回復もない。胎内のOlの魔力を利用して回復できるリルや、歴戦の冒険者であるナジャ達もまだまだ問題なさそうだ。

Olは頷き、結界を消して先へと向かった。

ここからは外郭。空を飛ぶ相手が多いから、よろしくね

狭い通路を抜けると、一気に天井が開けた。上を見上げると、はるか上に青い空が見える。他の場所に比べれば空気は澄み、明るい日差しが降り注いでいた。縦穴の一つだ。

Faroは弓を構えながら、後ろの魔術師二人に声をかけた。空を自由に舞う敵に対しては、魔術は弓以上に有効だ。

ここでは私はあまり役に立たないかもなShal、防御はよろしく頼んだぞ

はいっ

剣を肩に乗せて呟くナジャに、Shalが元気よく頷く。グリフォンや飛龍であれば攻撃しに降りて来た時に反撃も出来るが、キマイラやマンティコアの様に火を吹いたり毒針を飛ばして空中から攻撃されては、剣しか使えない彼女は手も足も出ない。

早速、きた

ウィキアの静かな警告に一同が顔を上げると、ばさばさと翼の羽ばたきと共に三匹の魔獣がギャアギャアと鳴きながら空中を旋回していた。

あれはハルピュイアか

弓に矢をつがえ、Faroが呟く。ハルピュイアは、女の顔と鳥の翼を持つ魔獣の一種だ。それほど強くはないが頭がよく、脚で器用に石を掴んで投げ放ってきたりする。

戦闘に備えて身構えるFaroを、Olは腕を横に伸ばして制した。

待て。あれはどうも、友好的なようだ

またあ?

Olの言葉に、Faroは大げさに呆れ、肩の力を抜いてガックリした。

まおーさまだ

え、ほんと? ほんと?

まおーさま、まおーさま、こんにちは

他の物にはぎゃあぎゃあと言う喚き声しか聞こえない言葉で、ハルピュイア達は口々にOlに挨拶する。

この者たちは仲間だ、降りて来い

はーい

Olがハルピュイア語で話しかけると、三匹のハルピュイア達はくるくると回りながらOlの目の前に降り立った。

まおーさま、まおーさま、どうしてここにいるの、まおーさま

まおーさま、おなかへった、ごはんある? まおーさま

まおーさま、なんでニンゲンといっしょにいるの?

口々に騒ぐハルピュイア達はひどくかしましい。Olは背嚢から食料を取り出すと、ハルピュイアに分けてやった。食事をしている間だけは、彼女達は静かになる。

リザードマンにケンタウロス、ケイブジャイアントにマーメイド、ハッグとまで話してた時は驚いたけど何なの? あんた、実は魔物使いか何か?

まあ、そんなようなものだ

第二階層にいる魔物達の大部分は、Olが直接契約を結んだ魔物たちだ。殆ど獣に近い魔獣の類を除いて、Olと敵対するものはいない。彼らは戦闘らしい戦闘もなく、第二階層の中ほどまで進んでいた。

さすがに外郭の魔獣とは戦闘になるだろうと気を引き締めたところに、鳩か何かの如くOlの手から食料を食べるハルピュイア達だ。Faroは完全に毒気を抜かれ、驚きを通り越して呆れていた。

まおーさま、まおーさま、おいしかった、ありがとー

まおーさま、まおーさま、おれい、おれい

まおーさま、まおーさま、きてー

ハルピュイア達が、Olの服を掴んでぐいぐいと引っ張る。

なにやら礼をくれるらしい。少しここで待っていてくれ

待っていろ、って

ここはこいつらの縄張りだ。他の魔物は入ってこない。休んでてくれ

あ、ちょ、ちょっと!

呆然とするFaro達を置いて、Olはハルピュイアの足に捕まり、空中を飛んでいく。

なあ、あれってさ

でしょうね

いいなぁ探索終わったら、あたしも

ヒソヒソとナジャが声をかわし、ウィキアがこめかみを引きつらせながら杖をぎゅっと強く握る。Shalは指を咥えながら、モジモジと太股をすり合わせた。

あー私ちょっとご主人様の様子見てくるね

そう言って翼を広げるリルの両腕、翼を、冒険者三人娘は絶妙な連携で拘束した。

待っていろと言われただろ

抜け駆けは駄目ですよー

あなたまで行ったら余計長引くでしょ

離して、行かせてー!

イかせて欲しいのはこっちですよ!

青空の下に、Shalの叫びが響き渡った。

第13話魔王の迷宮を攻略しましょう-3

ハルピュイアの巣は縦穴の中ほど、壁面に出来たくぼみの中にあった。外から取ってきたのか、木の枝や葉が敷き詰められ、意外と踏み心地は悪くない。

まおーさま、おれい、おれい

きもちいーこと、しよー?

まおーさまの、こども、うむ

ハルピュイアは巣にOlを運び込むと、すぐさま彼に圧し掛かった。良くも悪くも彼女達は節制という事を知らない。

顔付きは無邪気な子供そのもので、大きな瞳にくるくると巻いた金髪、人間の目から見て十分愛らしいといって良い顔立ちをしている。口の中には鋭い牙が並んでいるが、ちょっと口を開くくらいなら可愛らしい八重歯に見えなくもない。

顔立ちに反して豊かな双丘と、その下のきゅっとくびれた腰、金の繁みに隠された秘裂に、白い太股の中ほどまでは人間のものだ。

腕の代わりに肩からは茶色の大きな翼が生え、太股の途中からは羽毛に覆われていて、膝から下は細かい鱗に覆われた細い鳥の脚になっている。

Olがハルピュイアの脇に手を伸ばし、持ち上げてやると驚くほど簡単に持ち上がった。脚が人間に比べれば短く、小柄だという事を考慮してもなお軽い。骨自体の重さが、地上を歩く生き物とはまるで違うのだ。

Olが抱え上げると、ハルピュイアの股間からは愛液が滴り落ちた。彼女達は何よりもその貪欲さで知られている。食欲にせよ性欲にせよ、我慢を知らず好きなだけ貪りつくす。

んーっ、んんーっ!!

抱き上げたハルピュイアに対面座位の形で突き入れ、残りの二匹の秘部にも指を入れてやると三匹のハルピュイアはパタパタと軽く羽ばたいてバランスを取りながら涎を垂らして善がった。

Olのペニスを咥え込んだハルピュイアが、Olの首筋に鼻先を近づけると、かぷりと軽く噛み付く。

マズイー

そして、うえぇ、と顔をしかめた。

今日の身体は形代だからな。今度、血くらい飲ませてやる

ほんとー? ほんとー?

うでもかじっていい?

あたしはまおーさまのこどもほしいー

口々に騒ぐハルピュイア達はどうにも情緒にかけるが、Olも別に情事を楽しみにだけきたわけではない。

少しならかじって良い。その代わりちょっと思い出せ。最近、この辺りで何か変わったことはあったか?

Olの問いに、ハルピュイア達は揃ってうーんとと考え込んだ。

さいきん、ニンゲンすくないよ

おそとのもりにしろいのいたよ

あっちにピカピカひかるみずがあったよ

そして口々に情報を口にする。魔獣にしては知能が高いとは言え、その頭は人間の子供くらいのものだ。しかし、好奇心が強く、闇でも見通せる良い目と早く飛ぶ翼を持つ彼女達は、思った以上に様々な情報を集めていた。その解釈は、Olの頭でしてやればいいだけだ。

最近人間が少なくなった理由は、フィグリア王国をOlの手に収めたからだろう。冒険者に所属する国はないとは言え、一国の王を敵に回すことを恐れる者も少なくはない。

しかしそのうち、Olを倒して国を手中に収めんとする野心と実力を持った冒険者達がやってくるはずだ。長期的に見れば、勢力を広げるほうが迷宮に瘴気がたまる速度は早くなる。

森にいた白いの、とは白アールヴの事かもしれない。ハルピュイアは東西南北と言う概念を持っていないから細かい場所は聞けないが、探してみればエレン達の敵が見つかるかもしれない。ハルピュイアの行動範囲を思い浮かべながら、Olは心のメモに書きとめておく。

しかし、光る水とはなんだろうか。翼でハルピュイアが指したのは、ダンジョンの奥だった。Olが知らない何かがあるなら、調査しなければならない。

褒美だ。受け止めろ

あーっ! あぁーっ!

Olがハルピュイアの中に精を放つと、彼女は翼をばさばさと動かしながらそれを享受した。ハルピュイアには恥じも外聞もない。口からだらしなく涎をたらしながら舌を突き出し、快楽を貪る。

快感に正体を失った彼女を持ち上げて引き抜くと、すぐさま残りの二匹がOlの股間に群がった。

歯は立てるなよ

あーぃ

はーぃ

Olの一物に付着した精液を懸命に舐め取りながら、ハルピュイア達は元気よく返事をする。魔力を多量に含むOlの精は、彼女達にとっては上下どちらの口で受けても甘露の様な物だ。

技巧も何もあったものではなく、ただ飴を舐めるように舌を這わせるだけなので大して気持ちいいわけではなかったが、愛くるしい顔を寄せ合いペニスを舐め回すその姿は精神的にOlを満足させた。

その豊かな乳房の感触を両手で楽しみつつ、そろそろ精液も舐め尽され、どちらに入れてやろうかとOlが思案していると、右手のハルピュイアがOlの一物にがぶりと噛みついた。

まずいー

そして、歯に伝わってくる木の感触に顔をしかめる。

歯を立てるなと言っただろうがッ!

別に痛みがあるわけではないが、視覚的に気持ちのいいものではない。思わず股間の一物を萎えさせながら、Olは怒鳴った。

三匹のハルピュイアに支えられ、Olは空中から地面に降り立った。

なっ、何やってたのあんた!?

Faroが顔を真っ赤にして叫ぶ。Olが何をしてきたのかは、三匹のハルピュイアの股間から流れ出る白い液体で丸わかりだ。ハルピュイアには服を着るという習慣はないから、隠しようもない。

やっぱり

ウィキアが眉をひそめてじっとOlを睨む。

情報を得てきた。この先に、なにやら光る水とやらがあるらしい

Olは彼女達の反応を気にした風もなく言った。

それと、土産だ

そう言ってぽんと大きな宝石をFaroに渡す。

えっ、何これ!? 瑪瑙? こんなに大きな?

ハルピュイアが巣に溜め込んでいた物だ。礼として貰った。待たせた詫びだ、受け取ってくれ

空を飛ぶ魔獣の大半がそうであるように、ハルピュイアも光り物に目がない。宝石から金貨、ただの石まで、キラキラする物であればなんでも巣に持ち寄っては溜め込む習性があった。

Olはその中から大振りの瑪瑙を選んで、代わりに銀貨を数枚くれてやった。ハルピュイア達は数が増えたと大喜びし、Olに瑪瑙を渡した。

これ、金貨10枚くらいにはなるんじゃないの?ホントに貰っていいの?

ああ。俺にとっては大した価値もない

あのスケコマシ

と言うかあのハーフリング、チョロすぎないか

いいなあ、あたしもお土産に精液欲しい

狙いはわかるけどムカつくなーあの爺

宝石を貰ってぽうっとなるFaroを陰から見て、こそこそと囁きあう女たち。

で、光る水とやらに心当たりはあるか?

Olが改めて問い直すと、Faroははっと我に返り、鞄に宝石をしまいながら答える。

あ、うん。多分、回復の泉じゃないかな

回復の泉は、ハルピュイア達の巣から数分の距離にあった。細い通路の突き当たりに小さな部屋が出来ており、その片隅に青く輝く水が湧き出している。

これが回復の泉か

Olは泉の水を手にとって確かめた。水自体はどうやら、地下水が土から染み出した物が溜まっているだけの様だ。しかし、その中に在り得ないほどの魔力を含んでいる。

飲めば身体が楽になるし、しばらく身体を浸しておけば傷も魔力もすぐに回復する不思議な泉だよ。まあ、しばらくすると枯れてなくなっちゃうんだけど、迷宮のあちこちにたまに沸いてるんだ

水をすくって飲みながら、Faroはそう言った。

ここ、魔力の吹き溜まりになってる

やはりそうか

魔力の瞳で魔力の流れを見ながら言うウィキアに、Olは頷いた。Olの迷宮は本来、龍脈の魔力を蜘蛛の巣の様に絡めとり、通路を通じて澱みなくダンジョンコアに運ぶように設計されている。

しかし、第一、第二階層はコボルトやダンジョンリーチが無秩序に拡張するせいで、魔力の流れに澱みが生まれているのだ。そこにたまたま地下水脈が流れていると、水に魔力が溶け込み、通常の何百倍もの魔力濃度を持った泉が生まれる。

これって放置してるとちょっとまずくない?

小声でリルがOlに尋ねる。特定の場所に沸いているわけではないらしいからまだマシだが、厄介な事にはかわりない。と言っても、コボルトやダンジョンリーチの動きを完全に抑制するのは無理だし、地下水をせき止めるのはもっと無理だ。

でも、テオはあんまり飲まないほうがいいかも

悩むOlに、Faroはそう声をかけた。

経験の低い魔術師に特に多いんだけど魔力の配分を測り損ねるんだよ。ここにくるまでに結構魔力使ったでしょ? ここで全回復して進んで、魔力が半分になったところで帰り道につくと、帰りは魔力が足らなくなる。その頃にはもう泉の水は枯れてるしね

なるほどこの泉は良く見つかるのか?

Olの問いに、Faroは首を横に振った。

滅多にないよ。あったらラッキーって思うくらいで、宛てにするもんじゃない。後、結構危険だからあんまり長居も出来ないしね

危険ああ、なるほどな

Olは立ち上がり、泉から離れる。泉を利用するのは何も人間だけではない。むしろ、迷宮に定住する魔物達こそ積極的に使っているはずだ。

それならば、無理に対処する事もないだろう、とOlは判断した。

では、先に進むか

こくりと頷き、Faroは考える。彼女の知る限り、冒険者が踏破したのはこの辺りまでが限度だ。しかし、魔物の言葉を自在に操るテオの交渉術と、アラン遊撃隊の面々の実力、活力を補給する回復の泉に遭遇する幸運。

これだけの条件が決まっていれば、もしかしたら前人未到の領域にたどり着くことが出来るかもしれない。彼女も冒険者の端くれだ、未知の領域には恐れと共に憧れにも似た強い興味がある。

行く先が断崖である事に気付かぬまま、小さな盗賊は目の前の道に胸を膨らませた。

第13話魔王の迷宮を攻略しましょう-4

いよいよ、ここを抜ければ第三階層ね

巨大な両開きの扉を前に、Faroは興奮を隠せないでいた。

この先に行ったものはいない。少なくとも、あたしの知る限りじゃ初めてだ

ウィキアははっとしてFaroの顔を見た。次いで、Olを見上げる。

既視感が彼女の身体を包む。手が震え、足がすくんだ。

準備はいい?

ああ、問題ない。行くぞ

Faroにそういい、Olはちらりとウィキアを見ると、声を出さずに口を動かした。

大丈夫だ

そうOlの口が動いたように見えて、ウィキアの震えが止まる。

果たして、扉の先にあったものは

ただの、何もない大きな部屋だった。

あれ?

罠を警戒して、短剣で部屋の中や地面を探りながらFaroは恐る恐る部屋の中に足を踏み入れる。

何もないようだな。運よく、守衛がいない時間帯に当たったのかも知れん

Olはその後ろから部屋を見渡し、臆面もなくそう言った。

怪しいけど、罠もなさそうだしそうなのかな

警戒を解かぬままFaroは床や壁を入念に調べるが、何もない。

少なくとも安全な部屋と言うわけではないだろう。先を急ぐぞ

納得のいかない面持ちのFaroを急かし、Olは奥の扉を開く。普段は魔術によって入念に封印された扉は、彼の持つ通行証を認識してあっさりと開いた。

そのありがとう。あそこを守ってたの、本当はアランだったんでしょ?

こっそりと、横に並ぶウィキアが礼を口にする。アランに気持ちが残っている訳ではない。が、かつての仲間の変わり果てた姿を目にし、戦わなければならないのはやはり気が重い。

ナジャやShalはデュラハンがアランだと気付きすらしないかもしれないが、そう言った彼女達の姿を見るのも苦痛だろう、とウィキアは予想していた。それを避ける事が出来、彼女はほっと胸を撫で下ろす。

別にお前を慮った訳ではない。礼を言われる筋合いはない

Olは愛想なくそう答えた。殆ど本心だ。

デュラハンは不死の存在だから、倒しても一日もあれば再び蘇る。とは言え、倒してしまえば一日の間守衛がいなくなるのは少し不安が残る。

更に、勝てるという保証もなかった。呪いによって作られた、首無し馬の引く馬車に乗ったデュラハンは強敵だ。広い室内を走り回りながら魔術を飛ばし、不用意に近付けばその馬車で跳ね飛ばす。Ol達の戦力では、勝てても犠牲が出る目算が高い。

ん。でもありがと

こちらもニコリともせず、しかしハッキリとウィキアはOlに礼を言った。

ここが、第三階層

長い長い階段を下り、目の前に広がる前人未到の光景を眺めて、Faroはごくりと唾を飲み込んだ。

その風景は、そこら中に屍が転がり、不潔で狭苦しく、陰鬱としていた第二階層までとは全く異なる様相を呈していた。

天井は高く、通路は非常に広い。壁はキッチリとした煉瓦で覆われ、ところどころ太い柱で補強されている。地面はまるで王都の大通りの様に石畳が敷き詰められていた。

悪臭は殆どなく、通路は清潔感に溢れ、壁は僅かに光を放ち松明がなくても少しなら見通しが利きそうだった。

気をつけてね。ここから先は、何が起こるかわからない

真剣な顔付きで言いながらも、Faroの声はほんの僅か、弾んでいた。

Ol達は警戒しつつも、迷宮を進んでいく。

気をつけて。そこ、踏むと罠が作動する。そっちも。その紐を脚に引っ掛けると、多分上から岩か何かが待って! 紐を踏み越えないで。その先に落とし穴だ。中には槍衾か。危ない危ない。んここ、何か壁にちょっと違和感があるね。隠し扉だ

第三階層には魔物が一切出てこなかった。その代わり、迷宮は複雑さを増し、無数の罠が仕掛けられている。隠し扉、一方通行、回転床、天井や床からは槍が飛び出し、壁からは矢が放たれ、大岩が通路を転がる。

殺傷能力も巧妙さも、そして込められた悪意も第二階層までとは段違いの罠だ。しかし、Faroはそのことごとくを看破し、避け、解除して見せた。本格的に致命的なものはそれとなくOlが避けているとは言え、その腕と勘のよさにOlは目を見張った。

腕のいい盗賊とは聞いていたが、大したものだな

へへ。何かね、今あたしすごくワクワクしてんだ。こういう時のあたしは凄いよ。罠が一つ一つ、手招きしながらニコニコ笑ってるように見えるんだよね

片手でくるくると扉の鍵を外しながら、Faroはそう言った。カチリ、と音がし、その瞬間に彼女は手を引っ込め、鍵穴を覗いていた顔をひょいと横に傾ける。殆ど同時に、鍵穴から細い矢の様なものが飛び出して彼女の背後の壁に突き刺さった。

それにしてもこの罠を仕掛けた奴って、凄い陰険だね。よっぽど人心を知り尽くした、性格の悪い悪魔みたいな奴に違いないよ。心の隙を突いて、死角から蛇みたいに襲い掛かってくる

Faroは扉を開くと、中に入らずに短剣を部屋の中に突き入れた。途端、扉の枠からギロチンが下りて短剣を弾き火花を散らす。鍵をあけ、罠を避けて安心した冒険者を両断する仕組みだ。

こんな風に。人が安心したとき、これだけはないだろうってタイミングで攻めてくる。あたしも今みたいな絶好調の時じゃなきゃ危ないかもね

確かに、性格は凄い悪いだろうねえ

しみじみと、リルが同意を示した。

あはは、本物の悪魔に言われちゃ形無しだね。にしても、ここは何これ?

扉の向こうは、更に不思議な光景が広がっていた。天井は数段高く、ところどころに魔力の光が明るく灯り辺りを照らしている。地面には石畳の変わりに土が敷き詰められ、軟らかな短い草が生え揃っていた。

薄暗い為にあまり遠くまでは見通せないが、見る限り広大な部屋のようだ。通路はなく、太い柱が何本も立って天井を支えている。

ここがダンジョンの中であることを忘れてしまうほどのどかな雰囲気だが、張り詰めたFaroの感覚はその奥に潜む者達の気配を敏感に察知していた。

気をつけて。何かいる。それも、飛び切り獰猛な奴だ

自然と声を潜め、表情を引き締めながらFaroはゆっくりと奥へと向かっていく。

近いこっちに近付いてくる。来たッ!!

柱の影から、それは現れた。獰猛な地獄の猟犬か、醜悪な巨人か、はたまた竜か。それぞれの最善の動きを何パターンも頭に浮かべ、敵を見極めようと目を見開いたFaroの視界に現れたのは。

どこにでもいそうな、地味で純朴な娘だった。

え?

思わず、二人はお互いに見つめあい表情を呆けさせる。いや、娘の方の視線は、Faroから微妙にずれ、その後ろへと向けられていた。その先にいる男は額に手をあて、人知れずため息をつく。なんでこんな所にいるんだ、と。

あんた人間だよね? 何でこんな所に?

我に返り、Faroは尋ねる。純朴な娘であるところのミオは、だらだらと冷や汗を流した。ごめんなさいごめんなさい、ただあの子達がおなか空いてると思ってつい、とOlを見ると、彼は今日はダンジョンに潜るから自室でおとなしくしていろと通達したはずだ、と言わんばかりの視線でそれに答えた。

あー、えー、とー

ミオが答えに窮していると、Olはため息をもう一つつき、親指を下に向けて首を横に切った。え、なんですかそれ帰ったら殺すって意味ですか、とミオは顔を青くする。Olは顔をしかめ、違う、と自分に指を向ける。そのまま言葉を出さず、やれと口を動かした。

ごっ、ごめんなさいっ!

その謝罪は誰に向けたものなのか。ペコリと深く頭を下げると、彼女は高らかに名を呼んだ。

ジョーン、ジェフリー、ジャスティン、ジョセーフ!

そしてそのまま、腕を振り下ろして指をFaroに突きつけ、命令を発した。

突撃(アタック)!

ミオに毒気を抜かれ、呆けていたFaroの襟首を掴んでOlが引っ張る。引かれた彼女の目の前で、乱杭歯がガチンと交差した。

逃げるぞ

え? え? え?

そのままOlは小さな彼女の身体を抱え、全力で走り始める。闇の中から現れた魔獣たちが吼え、彼らを八つ裂きにしようと迷宮を駆けた。

何アレ、どういう事!?

真っ黒な地獄の猟犬ヘルハウンド、獅子の頭に山羊の体、蛇の尻尾を持つキマイラ、鷲の素早さと獅子の獰猛さを併せ持つグリフォン、二つの首を持つ猟犬オルトロス。本来群れるはずのない、どころか殺しあっても不思議ではない全く別種の魔獣達がお互いに協力し合い、Ol達を追い立てる。それは悪夢の様な光景だった。

加速!

氷の壁!

Shalとウィキアが、矢継ぎ早に呪文を唱える。Ol達の速度がぐんと増し、地面から氷が立ち上って魔獣たちを押し留める。

そう長くは持たない。急いで

ウィキアの言葉を待つまでもなく、一行は全力で逃げ出した。

何とか振り切ったか

さすがに全力で追いかけられれば人間の脚力で逃げ切れる訳などないのだが、その辺りはミオも心得ているのだろう。魔獣たちの追撃はどうにか止んだ。

あの、もう、大丈夫だから

Olの腕の中で恥かしそうにFaroが声を上げる。

ああ怪我はないか

Olは彼女を抱え上げていたことを思い出し、地面に下ろす。疲れも苦痛もない形代の身体だと、ついついそう言ったことに無頓着になってしまう。

う、うん。テオが守ってくれたから

視線をそらし、Faroは頬を紅くしてそう言った。

エロ爺

スケコマシ

やっぱりああいう体型が好みなのか?

あたしも抱き上げて貫かれたまま迷宮を練り歩きたいです

まて、今のは不可抗力だ

口々に好き勝手言う愛人たちに、Olは弁明めいた言葉を口にする。

それよりアレを見ろ

Olは咳払いをし、誤魔化すように指を刺した。その先には巨大な両開きの扉がある。今までの無骨でシンプルな作りのものと違い、己が威容を誇るかのように細かい彫刻が為され、飾り立てられている。

あれはまさか、魔王の?

恐らくそうだろうな

呟くFaroに、Olは頷く。Faroは心を落ち着けるために大きく息を吸い、吐き出した。ぎゅっと目を瞑って高鳴る鼓動を抑え、覚悟を決める。

ここまできたら、行こう。そのつもりなんでしょ?

勿論だ

Olは頷いた。

ナジャとリルが門の扉を押すと、ゆっくりと中の部屋が露になる。その部屋の中は不自然に暗く、ランタンで照らしても見通すことが出来ない。警戒しながらゆっくりと足を踏み入れると、突然背後の扉がバタンとしまった。

ランタンも松明もあるはずなのに、周囲は完全な暗闇に覆われお互いの顔も確認することが出来ない。

まさか罠か、とFaroが身構えた瞬間、ぼっと虚空に灯がともった。扉を背にして左右に一つずつ。赤い炎は部屋を照らし、奥に向かって左右に二つずつ、順番に灯っていく。さながら、炎の道のようだ。

良くぞここまで来た

低い声が、部屋の中に響いた。炎の道の奥、よく見えないがそこに巨大な何者かの姿がある。その威圧感と、臭いさえ感じるほどの瘴気。Faroはあれが魔王であると確信した。

勇気ある、しかし愚かな者たちよ。汝らは何を望む。富か、それとも名声か?いずれ失われるものの為に、ただ一つしかない命を賭けるか

嘲るように、しかし真摯な問いを魔王は投げかける。

あたしはどっちも興味ないね。あたしの願いはただ一つ見たことのないものを、行った事のない場所を、この目に収めたいだけさ

魔王は玉座から立ち上がる。そして大きく腕を広げ、吼えた。

ならば見るがいい、我が姿を! そしてその目に焼き付けながら、我が腕の中で息絶えぶげっ!!

しかしその台詞は最後まで続かなかった。ウィキアが全力で叩き込んだ氷の槍がその顔面に突き刺さったからだ。

浄炎!

ちょ、まっ!

Shalの放った白銀の炎が魔王を焼き、

氷の飛礫

おい、待てって!

ウィキアの魔術が魔王の足元を凍らせ、その動きを封じる。

爆裂

オウッ!! てっめえぇぇ!

そしてOlの魔術が炸裂した。

そこに、ナジャが剣を大上段に構えて切り込み、タイミングを合わせてFaroが矢を放つ。どちらかを避けようとすればどちらかを喰らわざるをえない。その矢尻に塗った特製の毒は、魔王と言えども筋肉を弛緩させ、動きを封じられるはずだ。

ちょっと待てって言ってんだろがーーーーーーッ!!

魔王が吼え、ごうっと炎が舞い上がった。一瞬ひるんだ隙にナジャの身体は逞しい赤銅色の腕につかまれ、矢も別の腕によって受け止められる。舞い上がる炎に照らされ露になったのは、四本の腕を持つ巨大な悪魔の姿。

あれほどの攻撃を叩き込んだのにその姿には傷一つなく、足元の氷も炎によって瞬時に気化していた。

全部抵抗(レジスト)しおったか

Olは口を曲げてチッと舌打ちした。高位の悪魔の身体は濃密な魔力の固まりだ。魔術はその魔力に干渉され、影響を与えずらい。とは言え、まさか全て防がれるのは思った以上の結果だった。

おい旦那、ここまでするたぁ聞いてないんだが?

そりゃあ、言ってないからな。事前に打ち合わせたら勝負にならんだろう

こっちには攻撃するなって厳命しといて勝負も何もねぇだろうが!?

魔王代理ことローガンはナジャの身体をぺいっと投げ捨てて怒鳴った。

大体人の台詞も途中で切りやがって!そこの魔女っ娘!てめえ様式美ってものがわからねぇのか!

あなたが言うとただの変態の戯言にしか聞こえない

うるせぇ! あー、見た目はアリだけど中身がなあギリギリセーフかいや、やっぱアウトううーん、セウトって感じだな

ローガンにじろじろと見られ、余りの展開についていけてなかったFaroはようやく我に返った。

ど、どういう事なの!? 何であんたたち魔王とそんな仲よさげに

名乗るのが遅れたな

いつの間にかOlは部屋の奥の玉座に座り、足を組んでいた。その手には血の様に赤い液体の入ったワイングラスがある。

我が名はOl。魔王などと呼ばれている、この迷宮の主だ。Faro、ここまでの案内ご苦労だった

Olって意外と形から入るタイプだよね。

っていうかなんでわざわざ座ったんだ?

あのワイングラスずっと準備してたのかしら。

探索が終わったからそろそろ抱いてもらえるのかなあ。

仰々しく言うOlに、彼の愛人達は各自心の中で突っ込んだ。

第13話魔王の迷宮を攻略しましょう-5

でもそんな。魔王は四本腕の赤銅の悪魔だって


それはOlが魔王に就いた後、ローガンを見た兵士たちから流れた噂だ。都合がよかったので、Olはそれをあえて拡大していた。

それに、アラン遊撃隊が魔王に味方するなんて

悪いな。我々は元々Ol様の忠実な部下だ

そう思ってるのはあなただけだけどね、とウィキアは思うが口には出さず、Olに寄り添うように玉座の周りに集まる。

まあ気付かなかったのも無理はないけどね。ずーっと私がほんのり魅了してたから

Faroの両肩に手を置き、リルが邪悪に微笑む。

このまま帰して、くれるわけないよね

一応聞いてみるFaroに、Olは頷いた。

そうだな。お前の仕事は実に役に立った。お陰でダンジョンを冒険者視点で改めて見直し、足らぬ点、十分な点が明らかとなった。これを俺は大いに評価している。また、お前の様な腕がよい盗賊は他の部下にはいないからな。我が配下に加わるならそれなりの待遇を持って迎えてやろう

もし断ったら?

そうだな亡霊、スライムの素材、魔獣の餌。好きな未来を選ばせてやる

はあ、とFaroはため息をついた。完全に囲まれ、扉は閉ざされている。Faro一人では逃げようがない。仮にこの部屋から逃げ出せたとしても外は魔獣の牧場で、それを抜けてもどっち道キューブの部屋は彼女に抜ける事は不可能だ。

わかった、降参。テオじゃない、Olの配下に加わるよ。でも一個だけお願いがあるんだけど

Olは内心首をかしげた。何かを企んでいるにしては、Faroは諦めきった表情をしている。しかし、その目は光を失っていない。むしろ何かの期待に満ちているように見えた。

何だ? 言ってみろ

無茶な要求だったら突っぱねれば良いだけだ。そう思い促したFaroの答えは、予想外の物だった。

うわあ、すごい!

目の前に広がる光景に、Faroは歓声を上げた。

魔王の間の玉座をずらし、隠された扉の向こうの階段を下りるとそこは第四階層。

Olに協力する裏方たちの住む階層だ。

それは上階層とは全く趣を異にしていた。そもそも、仮に魔王の間まで辿り付き、ローガンを倒す者がいたとしても、そこで出てきた財宝と外への転移魔法陣で帰るよう誘導される。迷宮の主たる魔王を手にし、財宝を手に入れた冒険者は迷わず意気揚々と帰ることだろう。

不用意にも外への転移魔法陣を踏めば上空1マイル(約1600m)に転移され、優雅な空の旅の後にはよく熟れたトマトを地面に落としたかのような姿になる運命だ。空高く打ち上げられ、落下しながら正確に魔術を紡ぐことのできる魔術師は少ない。いたとしても、財宝と仲間達を同時に浮かせるのは至難の業で、恐らく財宝は諦めざるを得ない。

真下には財宝を好む飛竜とグリフォンの巣が待ち構えており、落とした財宝を回収すると共に彼らに餌をやる、という手筈だ。

いずれにせよ、第四階層は基本的に敵の侵入を考慮してはおらず、他の階層とは構造そのものが大きく違う。

道は大きく真っ直ぐに整備され、迷ったりすることはまずない。罠などあるはずもなく、それどころかそこかしこに魔力の灯りが溢れ、昼の様に明るい。それどころか、時間によって光量を調節し、擬似的な昼夜さえ存在していた。

死臭はおろか瘴気さえ結界で遮断されており、地上の町と変わらぬ清浄さだ。辺りには住人達の部屋が立ち並び、Ol配下の亜人達が行きかう。

よぉ、魔術師さん、今日も女をたくさんはべらしてんな!

ア、Ol サマ ダー!

王ヨ。アタラシイ ワナ デキタ。今度、見ロ

道を歩いていると、様々な種族がOlに話しかけてくる。ドヴェルグ、フェアリー、サイクロプス。ある程度以上の知能を持ち、迷宮に役立つ能力を持っている者たちはここに住む事を許されていた。

往来を建材を担いだコボルト達が忙しそうに行きかい、小人のグノーメと金槌を担いだ巨人が店先で丁々発止の取引を行い、角では小さなピクシーと精霊の乙女ニンフが談笑している。それはまさに、亜人たちの町そのものだった。

すごいね、地上にも地下にも街があるんだ、この迷宮は

クドゥクのお前なら、ここにもすぐに受け入れられるだろう

きょろきょろと街中を見て回るFaroに歩調を合わせながら、Olはそう言った。

あたしもこの街に住むの?

いや、お前は向こうだな

Ol達は大通りを進み、突き当たった先の扉を開けた。第四階層はドーナツ状の形をしていて、中心から放射線状に大通りが、同心円状に横道が走ると言う形をしている。そのドーナツの中心が、第五階層への階段のあるこの部屋だ。

第五階層への道が簡単に見つかるのは、万が一侵入者があった場合に、第四階層の住人達を守る為でもある。彼らも皆戦うことの出来る戦士ではあるが、それ以上にその鍛冶や魔術の腕を見込んで住まわせているものだ。

ここまで侵入できるほどの相手と戦わせて命を散らすのは惜しい。

おかえり、Olー

第五階層への部屋には、ユニスが待っていた。ここに来る侵入者があれば、ユニスとエレン達が総出で相手をすることになっている。それを抜かれれば、Olの迷宮はそれまでと言うことだ。

留守中、ご苦労だったな

Olはユニスを労い、護符をFaroに渡す。

この下、第五階層に移動するにはその護符がいる。なくすなよ

こくりと頷いて服の中に護符をしまいこむFaroを確認し、Olは第五階層への隠し扉を開く。長い階段を下り、護符で結界をすり抜けると、そこが元は居住区と呼ばれていたOlとその愛人の住む地域。第五階層だ。

今日はご苦労だったな。もう部屋に戻っていいぞ

そう声をかけると、リルたちはじっとOlを見つめた。Olは嘆息して付け足す。

褒美は今夜くれてやる。しっかり身体を休め、清めておけ

すると娘達は一斉に表情に喜色を浮かべ、寝室に湯殿に食堂に、と各々思い思いの場所へと向かった。

では、案内を続けるとしよう

OlはFaroに向き直ると、彼女と並び道を歩いた。

入り口近くには駆けつけやすいよう、ユニス達戦力組みの部屋が並んでいる。そこから南に下ると中央広場。広場の中央に備えられた噴水からは、地下水脈からいつでも新鮮な水が湧き出ており、ちょっとした飲み水や顔を洗ったりするのにはここが使われる。

中央広場からは東西南北に道が広がっており、東方面へと向かうと家畜小屋とアールヴ達の部屋、そして湯殿がある。拡張に拡張を重ねた家畜小屋は、結局普通の家畜だけを飼育するようになり、魔獣の類は全て第三階層へと送られた。

小屋では牛、馬、羊、鶏、山羊などが飼育されており、いつでも新鮮なミルクや卵を手に入れる事が出来る。ミオは配下のインプ達を後ろに連れて、午前中で家畜の世話をし、午後には魔獣たちと戯れる、といった風だ。最近では暇を持て余したアールヴ達が手伝うこともある。

中央広場から西に向かうと、調理場と食堂がある。スピナ以下、生贄の娘達の部屋もこっちだ。彼女達は毎日食事を作り、迷宮を清掃し、洗い物を片付け、時にOlに奉仕する。中々の重労働だが、僅かに給金も配布され、外には出られないが欲しい物は給金の範囲で買ってもらうこともできる。それほど不満は抱いていなかった。

南はOlとリルの部屋、そして召喚の間だ。召喚の間には幾重にも防御魔法陣が張り巡らされ、万が一英雄が無理やり突破してきたときでも時間稼ぎくらいは出来るようになっている。

ダンジョンコアは、中央広場の真下、噴水を通じて降りた先の部屋に安置されている。迷宮と繋がってはいるが水の流れによって簡単には入ることは出来ず、更に地下水脈の流れによってスムーズに魔力を運べるように計算された物だ。勿論、その位置を知るのはOl以外にはいない。

すっごいね

一通りダンジョンを見て回り、感嘆しきった様子でFaroはそう言った。鍾乳洞や溶岩洞を利用して、ドラゴンや魔術師がダンジョンを作ることはそれほど珍しいことではない。

しかし、一から掘り起こし、これほどの規模で、しかも中に街が丸ごと一つ入っている物は歴戦の冒険者であるFaroでも見た事がなかった。

うん。満足した。これだけの大迷宮を見れたのなら、悔いはないよ。一思いにやっちゃって

ああ。ではついてこい

Olは言い、北の通路へと歩き始める。Faroはその後ろを、死刑台に行くかのような面持ちでついていった。

第13話魔王の迷宮を攻略しましょう-6

服を脱いで、ベッドに横になれ

軽く濡れた布で身体を清めた後、Olが命じるとFaroは神妙な表情で服を脱ぎ、ベッドに横たわって目を閉じた。

子供の様に身長の低いFaroだが、服を脱いで眺めるとその体付きは成熟した女性の物だった。どちらかと言うと人間の女を小型化させた、と言う方が近い。身体は丸みを帯び、腰はきゅっと締まって胸にはそれなりに膨らみもある。

Olは存分にそれを眺めた後、自身もローブを脱いで硬く閉じた彼女の股間へと指を這わせた。その途端、Faroは目を見開いて上半身を起こし、Olを見つめた。

ちょっ、待って待って待って! 何でそんなところ触るの!?

何でといわれても濡らさねば痛いのはお前だろう

濡らっ

予想していなかった答えにFaroは言葉を失い、Olが何をしようとしているかをようやく理解した。

の、呪いをかけてあたしを言う事聞く人形みたいにするんじゃないの!?

反抗できないように呪いはかけるが、意思まで奪う気はないぞ。そんな事をすればお前の機転や技が失われるだろうが。何の為に服を脱がせたと思ってたんだ

肌に直接魔術文字でも彫りこむのかとって言うか、その、何でそんな事するの?

妙な事を聞く奴だな。したいからに決まっているだろう

胎内に呪いを注ぎ込む方が効率がいい、と言うのもあるが、主な理由はそれだ。

Olって、変態だったの?

Faroはいきり立つOlの一物を見つめてそういった。

何?

人間の男は皆、私みたいなのに興奮するのは変態だけだっていって相手しなかったよ

Faroの言葉に、Olは渋面を作る。

変態ではない。少し守備範囲が広いだけだ

ああ、そういえばハルピュイアともしてたもんね。触ってみてもいい?

Faroは返事を待たず、Olの物を握る。

なんか変な感触。ぐにっとしてるのに、硬いそれに熱いね

クドゥクの男とはそんなに違うのか?

クドゥクと会うのは初めてではないが、さすがに男のそれがどうなっているかまでは知らない。そんなに違うものなのかと、Olは訪ねた。

さあ? 男の見るのなんて初めてだし

Faroは首を横に振ってあっさりと答える。

里を出たのは19の時だし、それから15年、他のクドゥクに会った事はないし、人間にもアールヴにも相手されなかったからね。抱かれるのも、口説かれるのも初めてだよ。うれしい?

別に、口説いてはいないが

34というと人間の感覚では中年に差し掛かる年齢だが、クドゥクの寿命は人間よりも少し長い。33で成人を迎え、50で中年と呼ばれるから、19といえば人間なら10歳そこそこ。34でも成人したてといったところだ。

ふぅん。ま、別にいいけど。舐めていい?

再び返事を待つことなく、FaroはOlのペニスをちろりと舐めあげる。二、三回そうして確かめると、口を大きく開けて先端をぱくりと咥え込んだ。

ふぇんなふぁふぃ

口に物を入れながら喋るな

変な味。しょっぱいような、苦いような

Faroは口から離し、そういった。

これ、気持ちよくすると精液出るんだよね?

ああ。行く行くは口でも出来るように仕込んでやる。だが今日は

Olの言葉の途中で、FaroはOlのものを再び口に咥えた。彼の表情を上目遣いで見ながら、舌を這わせ、握った手で撫で擦る。

ひょっひょふぉーふぇんふふぇふぃう

何を言ってるかわからん

咥えたまま喋るFaroの舌があたり、Olは僅かに身動ぎした。Faroはそれを見逃さず、瞳を笑みの形に細めた。

ふぉれふぁふぃもふぃひーんふぁ?

FaroはOlの反応を見ながら、ペニスを舐め上げ、擦り、握り、愛撫していく。けして豊かとはいえないOlの感情表現を、凄腕の盗賊は余すところなく観察した。

んふ。これ、気持ちいいんだ

裏筋を舐め上げながら、Faroは淫靡に笑った。その小さな手はOlの陰茎を擦り上げ、もう片方の手は精の詰まった袋をやわやわと愛撫している。とても処女とは思えない勘の良さだ。

これはどうかな

FaroはOlの雁首を舌先でなぞり、ついで鈴口をぱくりと頬張った。そのままじゅぽじゅぽと音を立てながら、唾液を絡ませ先端を強く吸う。Olの手がFaroの頭を抑え、押し付けるように腰が突き出された。

出すぞ飲み込め!

口内に吐き出された白濁の液を、Faroはごくりごくりと喉を鳴らしながら嚥下する。大量に溢れ出るそれを彼女はすべて胃の中に収め、更に求めるようにペニスの先端をちゅうちゅうと吸い上げ、尿道に残ったものまで飲み込んだ。

けふ。変な味だけど、なかなか悪くないね

口の端に付着した精液を舐め取りながら、Faroはにっこりと笑ってそういった。

クドゥク達は皆、その小柄な体躯からは想像も出来ないほどの健啖家として知られ、一日にたっぷりとした食事を五度も取る。反面、味にはそれほどこだわりがない様で、とにかく量を優先する。どうやらOlの精は、彼女のお気に召したらしい。

下の口にもたっぷり飲ませてやる

うん

OlがFaroの脚に手をかけると、彼女はあっさりと両脚を割り開いた。

処女ならもう少し抵抗とかないのか

別段、嫌がる女を弄って楽しむ趣味があるわけではないが、Olは少し呆れてそう言った。

んー。なくはないけどそれより、どんな感じなのかが気になる

Faroの瞳は、ダンジョンの案内を求めたときと同様に好奇心で爛々と光っていた。

ならば、どういうものか教えてやろう

Olはベッドの上にFaroを押し倒すと、さして濡れてもいないそこに強引に突き入れた。

っぎっ!! ったぁぁい!! 痛い、痛い痛い痛い!

Faroは途端に叫び声をあげた。小さな体にOlの凶暴なものが無理やり押し込まれ、隙間から破瓜を示す鮮血が滴る。臓腑を抉られる痛みに、Faroはシーツを掴み涙を流した。

痛い、Ol、痛い! やめてぇ!!

これが知りたかったんだろう? どうだ、純潔を失った痛みは

純潔どうこうより単純に痛いよ! っぐううううごくなああああ!

僅かにOlが前後に動くだけで強烈な痛みがFaroの体を貫き、彼女は叫び声をあげる。とはいえFaroのそこは非常にキツく、抽送というほどの動きも出来てはいない。

まだ半分も入っていないぞ。ちゃんと奥まで受け入れろ

無理ぃっ!! 裂ける、死ぬぅ!

叫ぶFaroの脇の下に腕を差し入れ、Olは彼女の体を持ち上げる。

大丈夫だ。死んだら地上の教会で蘇生してやる

そして、対面座位の形で手を離し、一気に彼女の腰を自分の腰の上に落とした。

~~~~~~~~っっ!!

あまりの痛みと衝撃に、Faroは声にならない悲鳴を上げる。Olはかまわず彼女の体をもう一度持ち上げると、落として奥まで貫くのを繰り返した。

叫び声をあげる力も失い、ぐったりとした所でOlは中に精を放ち、服従の呪いをかける。ついで、回復魔術をかけて傷を癒してやった。Faroはつながったまま、ぼんやりと目を開いた。どうやら失神していたらしい。

破瓜の痛みはどうだった?

さいっあく。ホント、死ぬかと思った

うんざりと、Faroはそう言った。

だが、今は痛くないだろう

んそういえば

Olの一物はいまだずっぷりとFaroの奥まで埋まっている。回復してもすぐに裂けてしまうであろうそこは、Olのペニスを痛みもなくぱっくりと咥え込んでいた。

奥まで広げたところで、これを入れたまま回復したからな。お前の膣は、完全に俺のペニスの形に作り変えられた。あれほどの痛み、お前は一生忘れる事はないだろう。魂に刻まれるほどの痛みと、肉体に刻まれた俺の所有物の証。そして、意思を縛る服従の呪い。今日からお前は、俺の物だ

一方的な所有宣言に、Faroの背筋がぞくりとする。

それ、やばいね

しかし、それも悪くないかもしれない。この主人は、Faroが一人では見ることの出来なかったもの、知ることの出来なかった世界を教えてくれるだろう。

もしかしたら、人がいや、この地上に住むものすべてが、初めて目にする光景だって見せてくれるかもしれない。

クドゥクの少女は断崖の果てに広がった光景に胸を躍らせ、笑みを浮かべた。

第13.5話 ダンジョン解説

第13話終了時点でのダンジョン。

階層数:5階層

瘴気:55

悪名:60

貯蓄魔力:40(単位:万/日)

消費魔力:13(単位:万/日)

ダンジョンコアLV4

1フロア大の大きさにまで成長したダンジョンコア。およそ5000万ほどの魔力を貯蓄できる。また、攻撃を受け破壊の危険性が起きると、自動的に内部の魔力を使用し縮小しながら再生する。

いつの間にか入り口に勝手に作られた街。店が並び立ち、サポートが充実する事によって冒険者が常駐。結果格段に瘴気が高まった。また、一定の資金源にもなる。

第2層直通口

第2階層へ直通の縦穴。飛竜など飛行性の魔物を呼び寄せる。冒険者の侵入は基本的に不可能なので、この穴によって防衛能力が低減する事は無い。

回復の泉

魔力の吹き溜まりに自然発生する泉。冒険者の助けになることもあるものの、傷ついた魔物達を癒したり、この泉で己の力を過信し潜りすぎた冒険者が命を落としたりする為、防衛能力はむしろ増大する。

不思議な迷宮

ダンジョンリーチやコボルトなどによって、潜るたびに形を変える迷宮。迂闊な転移を防ぎ、侵入者を惑わせる。

罠LV1

コボルトやゴブリンたちが作った原始的な罠。とは言え、暗く見通しが利きにくい迷宮内では回避するのは比較的困難で、経験の浅い侵入者や敵からの逃亡時などにはこの罠が致命傷になることもある。

罠LV2

ドヴェルグが開発し、Olが仕掛けた本格的な罠。どれも致命傷となりうる破壊力を備えている上に、発見は熟練の盗賊でも難しい。

魔王の間

第三階層最後にある広間。魔王のフリをしているローガンが相手をし、彼を倒すと帰還の為の転移魔法陣が発生する。しかしこの魔法陣は罠であり、迂闊に転移すると上空高く転送され、空の旅を味わう事ができる。

居住区

Olとその愛人、協力者などが住んでいる区画。結界によって瘴気は取り払われ、秩序と清潔さに溢れている。

飛竜

ワイヴァーンとも呼ばれる、二本足に一対の翼を持つ前足を持たない下級の竜。ブラスを吐かない代わりに尻尾に毒を持ち、下級とは言え竜の名に相応しい戦闘能力を持つ。知能はそれほど高くなく、賢い犬程度。

ノーム(商人)

戦力:5最大貯蓄魔力:1.5

ロリ巨乳の商人。武器も魔術も使えないが、呪具をつかう事によって最低限の戦闘能力は持つ。ただし敵を倒すたびに金銭的な損害がかなり発生する。親の代から奴隷の出自で、処女のまま尻を開発されるという目にあっていたが全てを鑑定するギフト真実の瞳で金を稼ぎ、自分自身を買い取る事によってその立場を脱却した。

キース

Olタウンで案内業をしている胡散臭い盗賊。ひたすらに胡散臭いものの、基本的には良心的で真面目に仕事をしている。冒険者の街にいるものの滅多にダンジョンには潜らず、かといって定職にも就いていない珍しい存在。腕のいいシーフを紹介してくれと言われて自分を勧めたのは冗談ではなく、超一流と言っていい程の能力を持っているが、男だという理由でOlには

却下されてしまった。

Faro

戦力:6最大貯蓄魔力:1

一流の腕を持つクドゥクの盗賊。純粋な戦闘能力は高くないものの、手先の器用さと観察力で罠への対処はキースをも上回る。観察力は高いものの、そこから何かを推論する能力はそうでもないのが玉に瑕。

先生

戦力:3?

かつてゲオルグと呼ばれていた亡霊。迷宮の一室に住み着き、そこに足を踏み入れると襲い掛かってくる。しかし、霊魂で出来た剣は切りつけられると多少体力を奪われるものの痛みもなくそう簡単に致命傷にもならない。剣の腕自体はいいので、冒険者達の格好の訓練相手になっており、先生と呼ばれるようになっている。

ダンジョンワーム

戦力:4

巨大なミミズの様な生き物。魔力を主食とし、魔力を多分に含むダンジョン内の土を貪り食っては排出し、ダンジョンの形を変えてしまう厄介な魔獣。更に、魔術師は彼らにとって御馳走に見えるらしく、突然壁や床、天井から飛び出して魔術師を喰い、また壁の中に消え去っていくという攻撃を行う。冒険者達の間ではそれに対抗するため、魔術師の左右を盗賊や僧侶で固めて守るという陣形が基本になっている。

ゼラチナス・キューブ

何でも飲み込む四角いスライム。殆ど無色透明であるため、部屋の中一杯に詰まっていると気付かずに彼の中に入り込んでしまうことさえある。犠牲者が出てそれほど経っていなければ溶かしにくい金属製の武具や骨などが中をたゆたっていることもあり、発見が若干容易になる。炎で溶かすしか対処方法は無いが、すぐに傷口が埋まってしまうので完全に倒すことはかなり困難。

リザードマン

直立したトカゲの様な、2mほどの大きさのヒューマノイド。その見た目に反して知能は人間並みに高く、また基本的には温厚で素朴な種族である。言葉が通じるなら交渉も可能。種族のほぼ全員が優秀な戦士であり、鎧や盾、剣で武装している。

ハッグ

老婆の様な姿をした妖魔。一見人間に似ており、言葉も通じるものの交渉によって切り抜けられる事は殆どない。人間の肉が特に好物であり、言葉巧みに人間を騙しのろいをかけて動けなくしたところで刻んで食べてしまうのを好む。反面、真正面からの戦闘能力はさほど高くなく、その老婆の様な姿にしては俊敏な動作を見せるものの、それなりの腕を持つ冒険者であれば恐れる相手ではない。

ケンタウロス

上半身は人、下半身は馬という種族。知能は人並みにあり話も通じるが、非常に粗暴で話はすぐにこじれ、交渉は困難。特にパーティ内に女性が含まれている時は迷わず戦闘を選ぶか、逃げた方が良い。彼らは粗暴さよりも知られる好色な男達の集まりであり、気を許せばかなりの高確率で強姦される事になる。また、一人ひとりが弓の名手であり、棍棒の使い手でもあるため敵としてもかなりの強敵といえる。

ハルピュイア

愛らしい少女の顔、身体と、鳥の翼、足を持つ魔獣。人の顔をしてはいるものの知能は低く、会話はあまり成り立たない。非常に貪欲で、食料の入った荷物を放置しているとすぐさま盗みに来る。戦闘能力はそれほど高くないのだが、まずあまり積極的に襲い掛かってはこず、攻撃の範囲外から投石などで攻撃して来るため撃破は困難。餌でも投げてそれに群がっているうちにさっさと逃げる方が良い。

ケイブジャイアント

洞窟にすむ巨人。身の丈3.5mほどの体格に、粗末なぼろ布と棍棒で武装している。見た目どおり知能はさほど高くないが、その巨体から繰り出される一撃とタフネスは圧巻。性格も粗暴極まりなく、よほど満腹な時以外は襲い掛かってくるので精神系統の魔術で対処するか、細い路地に逃げ込むと良い。

マーメイド

美しい女性の上半身と、魚の下半身を持つ精霊の一種。迷宮の中ではもっとも話の通じる部類であり、基本的にこちらから攻撃しない限りは襲われることは無い。が、その身体は全身高濃度の魔力の塊であり、非常に高価である為、襲い掛かる冒険者は後を絶たず、自分や仲間が襲われた経験を持つ個体が先制攻撃を仕掛けてくることもあるので注意。

ミオ(魔物使いLV20)

大量の魔獣の面倒を見るようになった結果、あらゆる魔獣を己の手足の様に操ることが可能になったミオ。稀に第三階層でエンカウントするレアキャラ的存在。本人に戦闘能力はないものの、個々の魔獣の戦力を+1程度引き上げる。常に複数の魔獣を引き連れ自在に操るため集団での戦力は7~8相当。

冒険者の大量流入によって瘴気が一気に強化され、死んだ人間の亡霊が何もしなくても自然と悪霊へと変化し、死体が勝手に動き出すほどの濃さへと変化した。また、迷宮内での生態系もすっかり出来上がり、死体→ネズミや虫→ゴブリン→その他妖魔、巨人など→社会性を持つ亜人種のようにピラミッドが出来ている。この時点で防衛設備はほぼ完成し、Olの迷宮の防衛は磐石な物となった。突破には並みの英雄クラスでも複数人が必要な程。悪名はかなり広まり、ちょっと噂に敏感な人間ならその名を知っている程度。歌にする吟遊詩人もぽつぽつと現れ始めた。

第14話英雄を無残に殺しましょう-1

陛下。お耳に入れておきたい事がございます

痩せこけた男が跪き、そう申し立てた。齢は60を越えるだろうか。真っ白な髪に神経質そうな面持ち、片眼鏡をかけた彼は王の信頼厚い宰相、トスカン。

申してみよ

対するのは、豪奢な赤いガウンに身を包んだ白髪交じりの赤髪の男。身の丈6フィート半(約2メートル)にも及ぶ身長と筋骨隆々の体躯。豊かな髭は炎の様に伸び、あたかも獅子のたてがみの如く彼の胸元を彩っている。実年齢は50台半ばだが、40台前半にさえ見える精力的な迫力を持つ大男だ。

彼こそが、ウォルフディール・セヴラン・ル・エラ・グランディエラ一世。大国グランディエラの国王その人である。

先だって、フィグリア王国を手中に収めた魔王Olの話ですが

そのような小国、気にせずともよいと申したはずだ

ことり、とウォルフはチェスの駒を動かした。対局相手はいない。チェス・コンポジションいわゆる、詰めチェスだ。

いえそれが、その配下にユニス様らしき姿を見た、と報告がありまして

ほう?

ウォルフは手を止めることなく、チェスの駒を動かしていく。

あのじゃじゃ馬娘、勝手に飛び出していったかと思えばそんなところにおったか

いかがいたしましょう

ウォルフは手を止め、少し考えた。そして、白のポーンを黒のキングの斜め前に置く。

連れ戻せ

黒のキングに逃げ道はない。

抵抗するなら、殺しても構わん

仕方なくポーンを取るキングを、ウォルフは白のナイトで押しつぶし、粉々に砕いた。

このラファニス大陸には大小あわせて12の国があるといわれている

白墨で簡単な地図を描きながら、Olは説明する。その前には、リル、ユニス、スピナ、エレンといったいつもの面子が卓につき、説明を聞いていた。

違うのは最初から話を聞く気がないマリーが既に机に突っ伏しているのと、ミオが末席に加わって所在なさげに小さくなっている事だ。

フィグリア王国まあ、最近は魔の国とか魔王国とか呼ばれる方が多いが、この国はこの辺りに位置している

Olは大陸の中央、やや西よりあたりに小さく楕円を描いた。

南には大国グランディエラ。英雄王ウォルフ率いる騎兵団を擁する強大な国だ。軍事力で言うなら大陸随一だろうな。元々はそれほど大きい国ではなかったが、一代で周りの国を次々と飲み込み、あっという間に大きくなった

Olは大陸の下半分をなぞるように囲む。その大きさは、フィグリアの10倍近い。

北には宗教国家ラファニス。この大陸の盟主国と言っていい。1000年以上前から続く伝統ある国で、現在のトップは聖女メリア。永世中立を謳い自分達から戦を仕掛けることはないが、一旦仕掛けられれば容赦はない。そうして幾つもの国が返り討ちにあっている。グランディエラでさえ手を出せん

Olは大陸の上半分を囲む。すると、大陸の殆どが埋め尽くされた。

他にめぼしい国は、東の竜騎士団を持つラーヴァナとか、白アールヴ達の国アルフハイム辺りか。他の国はそれほど大きくないし、隣接もしていないから今は気にせんでいい

更に隙間にいくつか楕円を書き足し、Olは白墨を置いた。

まず、絶対に敵に回してはいけないのはラファニスだ。ここは、こちらから攻撃さえしなければ侵攻して来る事はないが、敵意有りと断ぜられれば一気に滅ぼされる。後には何も残らん

でも、軍事力はグランディエラの方が上なんでしょ?

ユニスの言葉に、Olは頷く。

軍事力はな。だが、ラファニスの聖女は自称ではない。文字通り神の御遣い、天使達のしもべだ。ラファニスを敵に回すという事は、天を敵に回すという事でもある

でも神は神代の戦争で死んだんでしょ?

ああ。だが、親玉が死んだだけで、あのクソ忌々しい天使どもは天にいる。俺達悪魔が絶滅してないのと同じだ

リルの問いに、ローガンが重々しく答えた。

そういえばローガンは、神魔戦争の経験者なんだっけ

ああ。つっても下っ端だったから、大したことはしてねぇぞ

ローガンほどの力を持った悪魔が下級と呼ばれる理由は、そこにある。数千年前、神代と呼ばれる時代。無数の悪魔を率いる伝説の魔道王が天に住む神と戦い、相打ちとなった神魔戦争。その戦争で、最低限戦力になるのがローガンのレベルだったのだ。

だが、天を敵に回すことがどれほどの事かはわかるだろう

まあ単純に、悪魔全部を敵に回すのとあんまかわんねーわな。向こうも上の連中は殆ど存在ごと消滅してるから神魔戦争の再来、って程にはならないだろうが、まあ今の戦力じゃ逆立ちしたって勝てる相手じゃねえ

あー、そりゃ無理だね

ユニスがあっさりと認める。彼女の戦力は規格外と言っていいレベルだが、それでもローガンレベルの敵が二体も出れば勝てるかどうかは怪しい。三体以上ならお手上げだ。

と言うわけで、目下の脅威はグランディエラだ。ここは幾つもの国を併合し、積極的に戦争を仕掛けている国でもある。こちらから打って出ずとも、向こうから仕掛けてくる可能性も高い

お父様戦争大好きだからね

ぽりぽりと後頭部をかき、ユニスは呟く。

あたしは、それが嫌で家を出たの。戦争の道具にされるなんて真っ平。悪くもない人を野心の為に殺して、ひどい扱いして、植民地にするなんて、あたしには耐えられない

きっぱりと、ユニスは言ってOlを見つめた。

でも、Olは違うでしょ? Olは、他国を手に入れてもちゃんとその国の人たちの面倒を見る。ひどい扱いをしたり、奴隷にしたりしない。王としての責任を果たしてる

ああ。勿論だ

当然の様に頷くが、別にOlは人道的な意味からそうしているわけではない。ただ、人間を信じていないだけだ。

反乱の芽を摘みつつ国を広げるには、Olの様にしっかりと面倒を見てやるか、ウォルフの様に徹底的に敵国を滅ぼして自国民を増やすしかない。

Olは人間を信じていないから、反乱のリスク自体を下げる方を選んだ。統一した民族を増やすより、バラバラの民族を多く擁する方が反乱は少なくなる。

だから、Olの下でお父様を止められるなら、あたしはお父様とでも戦うよ

たとえ肉親をその手にかけることになってもか?

Olがそう尋ねると、ユニスは少し困った表情をした。

そのくらいの覚悟はある、って言いたいところだけどごめん、無理かもしれない

そうか。まあ、無理にとは

違うの

Olの言葉を遮り、ユニスは首を横に振り、言った。

単純に、あたしじゃお父様は倒せない。お父様はあたしよりずっと強いから

第14話英雄を無残に殺しましょう-2

英雄王ウォルフディール。狼王、獅子王、赤髭王など様々な異名で知られるその偉大なる王を、この大陸で知らぬ者はいない。

姫をさらった巨人を剣一本で斬り殺し、ただの平民から王の座に駆け上がった若者は、その腕で瞬く間に国土を広げた。

並み居る悪鬼妖魔をなぎ倒し、敵国を平らげていく様は幾つもの叙事詩(サーガ)に纏められ、各国で吟遊詩人が謳い伝えている。その勇猛さは味方からはまさに英雄と称えられ、敵からは生ける死神と恐れられた。

しかし、Olはウォルフをそれほど恐れてはいなかった。彼の国は大きくなりすぎた。もし戦う事になったとしても、勝敗を決めるのは軍隊と戦略だ。個人の英雄の武力ではない。

また、長生きする英雄などと言うものは、古今東西に目を向けてもそれほどいない。その多くは、二十台半ばで命を落とし、30を数えるものは少ない。50を越えるウォルフは破格と言っていい長命だが、そう長くはないだろう。

本人もそれを自覚しているのか、最近では戦に出る事もめっきり減り、内政に腐心している。数年待てば勝手に死ぬだろう。ユニスを当てれば案外あっさりと勝つかもしれない。無論、そんな一か八かの賭けを打つ気はないが、子に殺される英雄と言うのは割りと良くある話だ。

問題はそれよりもむしろ、大陸最強と名高い騎兵団をどうするかだ。勿論、歩兵や魔術兵の錬度も、フィグリア王国の軍とは質も量も比較にならない。もっとも、Olはそもそも人間の兵を当てにはしていなかった。

それで勝てるのならばフィグリアはとっくに大国になっている。Olの強みは飽くまでダンジョンと、そこに蓄えた大量の魔力だ。地力で勝る敵を葬るなら、それを生かすしかない。

Olはじっくりと策を練り、ダンジョンの拡張を進めていく。

彼の元に宣戦布告が叩きつけられたのは、それから一週間の後の事だった。

状況を報告しろ

王宮の大会議室。

居並ぶ大臣達にOlは端的に命じた。

は。グランディエラから宣戦布告がありました。陛下が留守中に使者が参りましたので、私が代わりに応対しました。敵は南部のブランシュ平原での決戦を指定しております

軍務大臣がそう答える。

それで?

と、申されますと?

続きを促すOlに、大臣は怪訝な表情を返した。

敵の規模は。今どこに布陣しておるのか。こちらがすぐ動かせる兵はどれだけいるのか。その内訳は。勝てる勝算はどれほどあるのか。そう言ったことを聞いておる

そのた、ただいま調査中です。まずは陛下に御報告を、と思いまして、取るものも取りあえずこうして参集つかまつったわけでして

にらみを利かせるOlに、大臣はだらだらと汗を流した。調査中などと言うのもでたらめだ。この国の軍はキャスが殆ど動かしていた。大臣達は上から何とかしろと言うばかりの能無し揃いだという事はとっくに理解している。

参集だと? 余を呼び寄せておいてよくもぬけぬけとそのような事を言えたものだな?

地の底から響くようなその声に、大臣達はびくりと身を震わせた。

良いか。余は貴様らの生き死にに興味などない。私腹を肥やすも、飢えて死ぬも自由だ。だが、我が道を遮るとなれば話は別だ。民も兵も皆、我が為にある。敵に容赦などせぬ。わかったらその調査とやらを疾く済ませよ

ははっ!

大臣達が弾かれたように席を立ち、礼をして部屋を出て行く。

腐敗したこの国はやがて衰退していくだろう。だがそれでいい。王とはなったが、Olはフィグリアに所属した訳ではないし、盛り立てる気もない。生かさず殺さず、Olの脅威にならぬ程度まで緩やかに滅び行くまで、ダンジョンの糧となればそれでいい。

あっはははははは、余だって!

笑いすぎだ

後には渋面のOlと、腹を抱えてげらげらと笑うリルが残った。

前にも言っただろう。こういうのは多少わかりやすい方が良いんだ

でも、一人称余ってふふ

いいからさっさと報告しろ

中々笑いが収まらず、口を手で隠しながらニヤニヤするリルにOlは促した。

はいはい。こんな感じだったよ

リルは纏めた報告書を手渡す。そこには敵の布陣や数、戦力となる魔物達の量などが詳細に書かれていた。

少ないな

Olはその数字を見て怪訝な表情を浮かべる。敵はその数5000。こちらが用意できるであろう兵数よりは多いが、圧倒的という程の量ではない。グランディエラなら、この10倍は用意できるはずだ。

舐められてるのかな?

そうかも知れんな

適当に答えたリルの言葉に、Olは頷く。

え、うそ、ホントに?

自分で言っておきながらリルは尋ねた。

正直、それくらいしか理由が思いつかん

えーと、ほら、数を少なく見せておいて油断させて、伏兵を出すとかさ

それはOlも考えなかったわけではないが、可能性の低いことだった。

奇策奇襲は弱者のものだ。成功すれば格上を倒せるが、失敗すれば大損害だ。強者であるグランディエラが使う意味は薄い。数に任せて力押ししたほうがよほど損害が少ないのだからな

んー、じゃあええと、行軍すれば兵士もお腹が減るから、お金がかかるよね?その金額を節約するためとか

必死に眉を寄せ、リルは知恵を絞ってそう言った。

確かに行軍には多大な金がかかる。が、犠牲者の数は人数に反比例する。一人の兵士を育て上げるのに、どれほどの金と時間がかかると思う?行軍など比較にならんはずだが

もう! 淫魔にそんなの、わかるわけないでしょ!

ううー、と唸り、リルはついに癇癪を起こした。Olとしても別に彼女に期待していたわけではないのだが、この淫魔は妙なところで生真面目だ。

まあ良い。舐めてかかってくれるならそれに越した事はない。権謀術策を巡らそうと言うならそれごと叩き潰すまでだ

Olはローブを翻し、呪文を唱える。一瞬の後、二人の姿はダンジョンへと転移し、掻き消えた。

第14話英雄を無残に殺しましょう-3

兵と言うのは基本的に五種類に分けられる。

まず、もっとも数が多いのは歩兵。盾を構え、槍や剣などで武装する。敵の攻撃を押し留め、突破を防ぐ防御の要だ。装備が薄く機動力に優れる軽歩兵と、重装備で鉄壁の防御力を持つ重歩兵に分かれる。フィグリア側には軽歩兵が多く、グランディエラには重歩兵が多い。

次に多いのは弓兵。歩兵が防御の要なら、こちらは攻撃の要。長弓や弩(クロスボウ)などで、遠距離から相手を射殺す事が出来る。長弓は連射性能に優れるが使い手の育成が難しく、弩兵は使うのは楽だが、連射性能に劣り、弩も壊れやすく作りにくい為、数を揃えにくい。

次に多いのは騎兵。戦場の花形であり、戦争の勝敗は騎兵の操り方にかかっているといわれている。凄まじい機動力と突破力を誇り、歩兵をあっという間に蹴散らし、弓兵や魔術兵を皆殺しにする。反面、馬はとても貴重であり、それを操れる騎士となると更に貴重だ。

次は魔術兵。実は、戦争において魔術兵と言うのはそれほど重要視されていない。魔術による攻撃は弓に劣るからだ。射程は短く、連射も効かない。騎兵に接敵されれば為す術もなく殺される。

それでも魔術兵と言う兵種がなくならないのは、攻城級魔術を防げるのが魔術だけであるせいだ。つまり、相手方の魔術兵に対抗する為だけに、魔術兵はいる。

最後にその他直接戦闘に参加しない兵種がある。兵糧や武具などを運ぶ輜重兵、負傷者を回復する衛生兵、大型の兵器を組み立てる工兵などである。

歩兵で弓兵、魔術兵を守りつつ騎兵で敵を牽制、撹乱。相手方が浮ついたところを歩兵で押し込め、弓兵で殲滅と言うのが大体の戦争の流れだ。

宣戦布告から5日後。

ブランシュ平原で、Olとグランディエラの軍は対峙していた。

防衛側のOl軍は歩兵が横一列に並び、左右の端がやや相手側に突出した、いわゆる鶴翼の陣。後ろから弓兵や魔術兵が援護し、突撃してきた敵兵を包囲殲滅する防御に優れた陣形だ。

対してグランディエラは数百人単位で三角形に並んだ魚鱗の陣。鶴翼とは逆に戦力を一点に集中させ、一気に突破する狙いだ。

騎兵豊富で錬度に優れるグランディエラ側は、鶴翼の中央を一気に突破して大将を討ち、短期決戦を狙うつもりなのだろう。大将首が取られるか、およそ戦力の三割ほどが殺されれば軍と言うものはその機能を失い、瓦解する。

やはり、少ないな

魔術で敵軍の様子を伺いながら、Olは呟いた。敵の騎兵は約400。200ずつ、二つの魚鱗が出来ている。100しかいないこちらの騎兵に比べれば随分多いが、それでも想定していたよりずっと少ない。1000はいてもいいはずだ。

だが、こちらを軽んじている訳でもなさそうだな

こちらは肉眼で敵陣を睨みつつ、エレンは言った。

我らの射程から絶妙に外れている。魔術防壁も随分と厚い。あれでは我らの矢は通らんな

フィグリアの城での戦闘は解析されているという事か

恐らくは

こくりとエレンは頷く。飛竜から撃つエレン達の矢の雨はOlの切り札の一つだが、知ってさえいれば対策不能なほどの武器ではない。少なくとも、魔術兵隊を半分に減らさなければ効かないだろう。

転移による奇襲も無理だな。敵陣全体に転移妨害の魔法陣が組まれている。こちらに攻め込んでくれば背後は取れるが、騎兵はそのまま突破するだろうな

オーガやオークでは、馬の脚にはかなわない。背後をとっても攻撃するより先に逃げられる。

じゃあ、相手の騎兵を歩兵で止めないといけないんだね。あっちの騎兵は400、こっちの歩兵は1600。4倍か抑えきれるかな

無理だろうな。錬度が違いすぎる

いつになく緊張した面持ちでいうユニスに、Olはあっさりと答えた。

えっ

案ずるな。策はある

驚き目を見開くユニスに、Olはそう答えた。

そして、戦争が始まった。

グランディエラ軍の騎兵隊が、矢の様に平原を駆ける。全身を鎧で固めた騎士を背に乗せ、自身も鎧に身を固めながらその動きは裸馬と殆ど変わらない。

それはさながら、巨大な鉄の砲弾のようだった。降り注ぐ矢をものともせず、戦場を真っ直ぐに突っ切る。陣を迂回し、側撃を行う素振りさえ見せない。速度と重さに任せ、真っ直ぐ陣を突破する気だ。

それを迎え撃つフィグリア兵達は盾を構え、槍を掲げながら恐怖に歯の根を鳴らした。高速で走る鋼鉄の塊が、果たしてこんな細い槍で止まるのか? こんな薄い盾で防げるのか? 彼らは皆一様に、騎馬によって蹴散らされ踏みつけられ、粉々に砕かれる自分の姿を幻視した。

恐れるな!

その時、背後から魔王の朗々とした声が響く。

汝らが背を守るものを誰と思うておる。千の魔術を操り、万の魔物を従える魔王ぞ。鎧に身を包み、槍を持とうと所詮は人の子。地獄の悪魔とどちらが恐ろしいか

その声は不思議なことに、それほど声量があるわけでもないのに陣の端から端までしっかりと響き渡った。

さあ我が尖兵どもよ、胸を張れ、腹に力を入れろ!そしてあの愚か者どもを八つ裂きにしてやれ!

おおおぉぉおおおぉぉおおぉおおおぉぉぉ!!

兵達は一斉にときの声をあげる。

恐れで縮こまった兵達の心は真っ直ぐに伸び、殺意と狂気に満たされた。目がギラギラと輝き、槍を構えてグランディエラの騎士達を睨みつける。

おおおー!

何でお前までかかってるんだ

ぺちん、とOlはユニスの後頭部をはたく。

あ、あれ?

ユニスは辺りをきょろきょろと見回し、目をパチパチと瞬かせた。

兵士どもにかけたのは、狂戦士の術だ。恐怖を無くし戦意を高揚させるが、その分防御は疎かになる

とは言え、恐怖に竦むよりはよほどマシだ。そして、これからの展開への布石でもある。

よし、いまだ。やれ、スピナ!

Olは魔術で、ダンジョン内に待機しているスピナに合図を送る。轟音が響き、戦場の騎兵の半分が砂埃に包まれた。

今だ! ものども、一気に敵を包囲せよ!

Olの号令が轟き、歩兵達が一斉に騎兵隊に襲い掛かる。しかし敵も然る者、砂埃に一瞬怯んだもののすぐに体勢を立て直し、馬を宥めてすぐさま歩兵に襲い掛かる。

しかし、そうできたのは騎兵達の半分だけだ。

一体何が起こったの?

実は、この辺りまではダンジョンの第一階層が伸びている。そこで、地下からコボルトどもを操り、巨大な落とし穴を掘ってみた

魚鱗の後ろ半分は、落とし穴からダンジョンの中に落とされたと言う訳だ。重い鎧を着けていた騎士の殆どは即死か重症、仮に動けたとしてもすぐさまダンジョンの魔物達の餌だ。騎兵など、狭く足場の悪い迷宮内では何の役にも立たない。

数を半減させた騎士達は、それでも歩兵を相手に突破を試みる。しかし、その背後から襲い掛かるものがあった。

そして、ダンジョンと繋がっているのだから、当然そこには伏兵を用意してある。さすがに馬ほど早くは駆けぬが、歩兵が数秒も時間を稼げば十分

死を恐れぬ歩兵達の突撃に足止めされた騎士の背後から、漆黒の猟犬が飛び掛る。雄牛ほどの大きさのある黒犬は、鉄の鎧を炎で焼き焦がし馬の喉笛に食いついて防具ごと引きちぎった。普段相対する事のない魔獣達の咆哮に敵の足は浮つくが、魔術で狂戦士と化しているこちらの歩兵は気に留めることさえなく騎兵に打ちかかる。

食い殺せる

前には歩兵。後ろには魔獣。完全に包囲され、騎兵達の命脈は断たれた。

第14話英雄を無残に殺しましょう-4

もはや誰の目にも、グランディエラ軍の騎兵達の命は風前の灯であった。

フィグリア軍の歩兵を前に、退路も落とし穴によって断たれている。もはや彼らが生き残る道は強引に歩兵を突破するしかないが、中央の歩兵達は特に厚く層を作っており弱兵と言えどもそう簡単には突破できない。

騎兵の救助か、グランディエラ軍の歩兵が前進してきてはいるが、とても間に合う距離ではない。しかし、Olはそれに妙な違和感を覚えた。

歩兵が到着したとしても、乱戦の中騎兵達を救出する事は不可能だ。敵軍の指揮官は恐らくウォルフ王ではないだろうが、それでも精強で知られるグランディエラ軍の指揮官がそんな手を打つとは思えない。

また、こちらの損害がいやに少ないのも気にかかる。いかに不意を討ち挟撃に成功したとはいえ、こちらに突破してくる騎兵の一人や二人は計算のうち。それを討つためのユニスだ。

だと言うのに、騎兵は戦線を右往左往するだけでろくに槍を振るう様子すらない。

スピナ! 今すぐ、騎兵の死体を調べろ!

第一層に待機しているはずのスピナに、Olは魔術で言葉を送る。ややあって、彼女にしては珍しく慌てた声が返ってきた。

お師匠様! 人形です! これは、騎兵じゃない銀に塗られたただの人形です!

全軍、退却!

Olが叫ぶと同時に、歩兵達がばたばたと倒れだした。矢ではない。魔術でもない。他の何か飛び道具で、歩兵達が次々に倒されていく。

一体なんだ!?

主殿、投石器(スリング)だ。投石器で石を投げている

エレンが険しい表情でそう言った。投石器(スリング)とは皮で出来た原始的な武器で、石を包むポケットに紐をつけて振り回し、遠心力で飛ばすものだ。

投石器だと? そんなもの、矢止めの魔術で何故防げぬ。この距離であれば

言いかけ、はっとOlは気付きエレンをぐいと抱き寄せると魔力を奪う。空間がゆらりと揺れ、Olを中心に波紋の様に波が広がっていく。その波の範囲の魔力を全て認識する、探査魔術の一種だ。

これは鉛か!

Olは歯噛みした。探査魔術では、魔力を帯びた不審なものは全くなかった。全くだ。この世の全てのものはどんなものであれ、魔力を多少なり帯びる。しかし、その唯一の例外が鉛だ。

神から見捨てられた鉄、と呼ばれるこの金属は、一切の魔力を受け付けず、また同時に一切の魔術を受け付けない。鉛で出来た弾は、防御魔術で防げないのだ。

これが矢であれば、矢尻を鉛で作ったところで矢の胴体や矢羽で止まる。しかし、鉛の塊は全く影響を受けずに通り、しかも石より重く強い。鉄で出来た鎧の上からでも十分に人間を昏倒させる威力を持っている。

撤退を始める歩兵達を、騎兵が追撃する。全ての騎兵が人形のダミーではない。1/10ほどの数は本物の騎兵で、人形を負う馬を指揮し操っていたのだ。

恐るべきは、乗らずして馬を操るほどの騎兵と軍馬の錬度。そして、それを平気で囮として捨石に使う度胸だ。Olの奇襲は相手にとって誤算ではあったが、想定外ではなかったのだ。囮としての役割は十分に果たしたのだから。

馬鹿げているこれほどの騎兵を犠牲にして勝利を得るだと?

だが、このままでは歩兵が全滅しかねない。錬度はともかく、数の上ではOlの軍は大損害だ。ただでさえ数に劣るというのに、これ以上被害を拡大する訳には行かない。

ミオ。やれ

Olはミオに魔術で言葉を伝える。すぐさま、空を影が覆った。天高く飛ぶのは、飛竜や巨大な怪鳥ルク、グリフォンといった飛行能力に優れる大型の魔獣たち。彼らはそれぞれ、大きな岩をその足に抱えていた。

矢や投石は魔術で容易に防げる。しかし、大質量を持つ岩はそう簡単にはいかない。次々に投げ落とされる岩に潰され、敵の前線は瞬く間に総崩れとなった。

今だ、騎兵隊、突撃!

そのタイミングで、Olは今まで温存した騎兵隊を出す。投げ落とした岩のいくつかは敵の陣地ではなく落とし穴を埋め、橋をかける形となっている。そこを駆けぬけ、騎兵隊は敵の歩兵隊へと突っ込んだ。

投石器は原始的な武器ながら、弓と比べても遜色ない威力と射程を誇る。しかし、欠点が二つあった。

一つは、扱いが難しいこと。弓より遥かに長く厳しい訓練を積まないと、投石器はマトモに扱えない。

もう一つは、連射が効かないこと。弩ほどではないが、そうすぐに放てるものではない。

つまり、投石器を持った歩兵達は剣に関して言えば他の兵より錬度が低く、高速で突進してくる騎兵に対処できる武器ではない。100の騎兵達は敵の歩兵隊を瞬く間に蹂躙し、更に弓兵、魔術兵達に襲い掛かる。

後衛の援護をなくした事で元々数の少ない敵騎兵も優位をなくし、歩兵隊に包囲され、魔獣に噛み殺された。

どうやら、大勢は決した。じきに敵軍は撤退を始めるはずだ。Olはほっと息をつき、陣にすえられた椅子に座った。しかし、圧勝とはいえない。空を飛ぶ魔獣による投岩攻撃は、Olが用意していた切り札の一つだ。

侵攻にも防衛にも攻城にも使え、こちらにリスクはほとんどなく相手に大打撃を与えることが出来る。しかし、出来れば今回の戦いで使いたくは無かった。一度その手が知られれば、対策はそれほど困難なものではないからだ。

それに、相手の対応も相変わらず解せない。覇を狙うとなれば当然、グランディエラとの戦いは避けられない。だから、Olはウォルフ王の事も当然調べ上げている。

勇猛果敢で知られるウォルフ王の戦い方は単純にして豪快。知略や伏兵などはほとんど使わず常に先頭に立ち、その武力で敵を薙ぎ倒すのが彼の戦い方だったはずだ。

それは王本人が戦争の矢面に立たなくなってからも変わりなく部下へと受け継がれたはず。戦力を出し惜しみ、策略で勝ちを狙いにいく戦い方は彼らしくなく、それ以上に不可解だ。

考えあぐねるOlの思考を、凄まじい爆発音が遮った。

なんだ!?

我に返って視線を音のした方に向けると、前線で巨大な爆発が巻き起こり、兵士が数人、宙を舞っていた。

な爆裂の魔術か!? 魔術兵は何をやっている、対魔防御魔術で防げ!

や、やっております! ですが、アレは魔術ではございません!

伝令兵が悲鳴を上げる。

魔術は必ず、魔力で起こすものだ。であれば、どのように強力なものでも同じだけの魔力で干渉してやれば打ち消すことが出来る。それが対魔防御と呼ばれるものだ。

だが、魔力に拠らない同程度の攻撃を防ぐことは出来ない。どんな名剣より切れ味鋭い魔術を防げても、なまくら刀の一撃を完全に無効化する事はできない。それが防御魔術と言うものだ。が

魔術じゃない、だと!? 馬鹿を言うな、大型兵器もないのに、人間を吹き飛ばせるようなものが

あれは、剣戟だよ

ユニスの硬い声が、Olの怒声を遮る。

剣戟剣で、人間を、吹き飛ばしている!?

そんな事は、馬鹿力のオーガや巨人だろうと出来ることではない。ましてや、人間に出来るわけがない。

つまりは、人間ではない。その範疇から外れたものの偉業。

こんなに早く、出てくるなんて

ユニスは震える声で言った。

お兄様

第14話英雄を無残に殺しましょう-5

鉛の英雄ザイトリード。

一騎当万、億夫不当と形容される彼は、英雄王ウォルフの息子であり、自身も比類なき英雄であるにも拘らず、あまりその存在を知られてはいない。

それは彼が、父の様に戦に好んで出ることはなく、主に辺境での怪物退治や内乱鎮圧の任に就いていた事と、その身に受けた鉛の呪いによる。

すなわち、あらゆる魔術を受け付けず、あらゆる魔術を使うことができない。魔術が効かないとなれば一見便利に見えるが、効かないのは攻撃魔術だけではない。

傷を負っても回復魔術はおろか秘薬すら効かず、戦場に出ても伝達魔術による状況報告さえ出来ない。どんな奇跡が込められた名剣も彼が握れば鉄の塊になり、神の祝福も彼には通じない。

そして、その呪いは彼自身が己にかけたものだ。魔術を惰弱なものと斬り捨て、否定する。その愚直なまでの無骨さゆえに、彼は父王よりも武勇に秀でるといわれながらも、広く名を知られることなく辺境で戦い続けていたのだ。

両軍共に兵を引き、Olの陣へ悠々と足を進める彼を、兵達は固唾を飲んで見守った。全兵力を注ぎ込めば、或いは勝てるかもしれない。しかし、被害は甚大なものになる。今回は勝ててもそれ以降が続かない。それよりは、精鋭中の精鋭で対処する事をOlは選んだ。

ザイトリードは身の丈7フィート(約210cm)を越える偉丈夫だ。大剣と呼ぶにもまだ大きい、身長と同じほどの刃渡りを持つ巨大な剣を軽々と肩に担ぎ、分厚い胸当てと篭手、具足を身に着けている。

腕は大木の様に太く、巌の様にいかつい顔はあまりユニスには似ていないが、赤い髪と緑の瞳は妹と全く同じ色合いをしている。

貴様が、魔王Olか

ザイトリードはOlを見下ろし、低い声でそう言った。抑揚のない、感情を感じさせない声だ。

如何にも。お前が鉛の英雄ザイトリードか。噂に違わぬ豪腕だな

Olが言うと、ザイトリードはにこりともせず頷いた。

そうだ。俺はザイトリード・レイヴァン・ル・エラ・グランディエラ。妹が世話になったようだな

あっさりと真名を名乗り、ザイトリードはユニスに視線を動かした。彼女は剣を構え、じっとザイトリードを見つめている。

Olは試しに真名を利用して呪いをかけてみたが、全く効果がない。どんな魔術も通じないと言うのは嘘ではないようだ。

帰るぞ、ユニス

端的に言うザイトリードに、ユニスは剣を向ける。

お兄様わたくしは、お父様のなさることに賛同できません。異民族とは言え人は人、それを

ユニス

いつになく丁寧な口調で主張するユニスの言葉を、ザイトリードは遮り、言った。

お前の主張には興味がない。俺が受けた命令はただ一つ。お前を連れ戻せだ。否と言うなら、力づくでも連れて行く

望む、ところだぁっ!!

ユニスの手が爆炎を放つ。ザイトリードは僅かに目を細めるだけで、それを避けようとすらしない。爆炎は彼の肌に触れると、火傷一つつけることが出来ずに一瞬にして掻き消えてしまった。

しかし、炎で視界を遮っているその一瞬で、ユニスはザイトリードの死角に移動している。常人ならば目で追う事も出来ない程の速度で、彼女はザイトリードの肩に向かって剣を振り下ろした。

ギィン、と金属音が鳴り響き、ユニスの剣が弾かれる。ザイトリードはそこを一歩も動かず、篭手で彼女の剣を弾いていた。

まだこんな児戯に頼っているのか。魔術は所詮魔の術。世界を騙し捻じ曲げる、小賢しいだけの技だと何度も言っただろう

ザイトリードはその巨大な剣を振り上げ、言った。

真の力という物を見せてやる

ザイトリードが剣を振り下ろす。純粋な破壊の奔流が渦巻き、空間を裂いた。ただの鉄の塊であるはずのそれが大地を割り、亀裂を遥か彼方まで生じさせた。

ユニスは辛うじてその一撃をかわしたが、もし受けていれば剣だろうが鎧だろうが構わず真っ二つに両断されていただろう。

しかし、その程度で怯むユニスでもない。風の様に機敏に動き、まるで宙を舞うようにあらゆる方向から無数の斬撃を繰り出した。それに対し、ザイトリードは無駄のない動きで確実にフェイントを見抜き、攻撃を打ち払う。

それは凄まじいレベルでの攻防だった。本気を出したユニスの動きは、Olはおろかエレンですら捉えることができない。

それに対するザイトリードの動きは遅いが、遅ければ攻撃を当てられるなどと言う次元の話は超越している。速度を持たなくても攻撃を弾ける重さを持っているが故の遅さ、必要最小限にして未来を読むかのような先読みを持ってして完成された遅さだ。

援護の為に弓に番えられたエレンの矢は、とても飛ばすことが出来なかった。一騎当千の黒アールヴの腕を持ってしてなお届かぬ高みに、英雄と英雄の戦いは存在していた。

防戦に徹していたザイトリードが、一転して攻撃に転じる。ユニスはそれを左腕でいなし、剣を突き出した。

ザイトリードの大剣がユニスの左腕を引き裂いて血を迸らせ、ユニスの剣がザイトリードの胸元を浅く裂いて血を滲ませる。

剣の腕は互角。片方が攻撃を受ければ、その隙を突いてもう片方の攻撃も当たる。しかし、得物と体格の差は、絶望的なものだった。

ユニスはOlの胸より少し高い程度の、小さな少女だ。片や、ザイトリードは天を衝くような大男。扱う得物も軽い片手剣と重い大剣では、リーチの差は歴然としていた。

はあっ、はあっ、はあっ!

全身から血を滴らせ、肩で息をするユニス。

諦めろ。お前は俺には勝てん

淡々とザイトリードは言った。彼もまた無数の傷がついてはいるが、ユニスに比べればどれも浅く、血もほとんど出ていない。

確かにそうかも知れんな。だが、二対一ならばどうだ?

ユニスの傷を、Olの魔術が瞬く間に癒す。フィグリア城で兵達を相手にしたときとはわけが違う。敵はただ一人、魔力も豊富に用意してある。

下らん。そんなことで、勝てるつもりか

ザイトリードは剣をふるった。避けられるはずもなくOlの身体が両断されて、彼の姿は木で出来た元の形代に戻った。

言っただろう、魔術など児戯だと。そんな物で、俺には

では、これではどうだ

ザイトリードの言葉を遮り、Olが再び姿を現す。答えもせず、ザイトリードは剣を振り上げた。その隙を突いてユニスが駆け、剣を突き出す。ザイトリードは身体を捻ってそれをかわすが、切っ先が彼の身体を抉り、血を吹き上げた。

俺を攻撃すればその隙をユニスが突き、ユニスを攻撃すればその傷を俺が治す

傷を抑え、ユニスから距離を取るザイトリードの背後から、Olが姿を現す。

確かに児戯かも知れん。が、お前はこれに勝てるか?

更に別の方向から、Olが姿を現した。幻影ではない。幻影であれば、ザイトリードはすぐさまそれを看破する。どのようなものであれ、彼には魔術は通じないからだ。

それらは全て形代だった。形代はOl自身であり、同時にOlではない。目に見える範囲であれば、同時に複数個動かす事も可能だった。

さあ、比べるとしようか。お前の力が尽きるのが先か、形代が尽きるのが先か

Olはニヤリと笑みを見せた。

第14話英雄を無残に殺しましょう-6

ザイトリードは嘆息し、大剣を地面に突き刺した。

英雄と英雄の戦いは、ユニスとOlの策略に軍配が上がった。

その場の誰もが、そう、思った。

ならば、本気を見せてやる

野獣の様な笑みを見せ、ザイトリードがそう言うまでは。

次の瞬間には、ユニスの身体は地面に叩きつけられていた。

衝撃で小さなクレーターが形作られ、土が辺りに飛び散る。

おおおおっ!!

ザイトリードは唸り声をあげてユニスの両脚を片手でつかむと、そのまま鞭でも振るうかのような動作で彼女を地面に何度もたたきつけた。そのたびに大地が割れ、土がえぐれ、血の混じった岩盤が飛び散った。

その間、Ol達は指先一つ動かすことが出来なかった。恐怖や驚きに支配されていたからではない。その動きが、あまりに速いものだったからだ。それは先ほどまでのユニスの動きをすら、圧倒的に越えていた。

英雄とは、この世界を捻じ伏せ、征服するものだ

頭から血をだらだらと流し、死んだように動かないユニスを腕にぶら下げて、ザイトリードはそう言った。

騙し掠め取るだけの魔術とは、格が違う。とは言え、俺の本気を引き出した事は誉めてやろう

大剣は、ザイトリードにとっては武器ではなく枷だった。重みを備えた武器であれば、その重み以上の力は出せない。硬さを備えた武器であれば、その硬さ以上の力は出せない。

その両の拳は、生半可な魔剣など遥かに凌駕する力を持つ、彼にとっての最強の武器だった。

褒美に、痛みなくあの世に送ってやる

Ol達に向かい、一歩踏み出すザイトリード。その脚を、ユニスが血塗れの腕で握り締めた。

だめ

まだ意識があるか流石は我が妹だな

ザイトリードは彼女の腕を振り解くと、もう一度地面にたたきつけた。

させ、ない

しかしそれでも、ユニスは彼の足に縋りつくようにして抱きしめる。ザイトリードの表情が、初めて苛立たしげに歪められた。

楽に死ぬ事もできないのは、英雄の性か

これ以上攻撃を続ければ、ユニスは死ぬ。しかし、死ぬまでいや、死んでも腕を離さないだろう。連れ帰るには殺しても良いといわれてはいるが、無論、殺さずに連れ帰れるならそれに越した事はない。ザイトリードは舌打ちし、Olを睨み付けた。

貴様の命、しばし預けておく。それまで、束の間の生を楽しんでおけ

ザイトリードはユニスと大剣を担ぎ上げると、来た時と同様に悠々と陣を後にした。

味方の兵の被害は約300。対して、敵兵の被害はおよそ1500。

数字だけを見れば圧勝と呼んで良い初陣は、しかし大きな被害を持って、終結した。

負けたか

どこか楽しげな音を含みながら、王はそう尋ねた。

伏兵はありましたが、落とし穴、そして高高度からの落石攻撃は予定にありませんでしたので。敗北と言って良いでしょう

その前に跪きながら、ザイトリードは報告した。

ウォルフらしくない、知略を用いた少数での戦いは言わば駒落ち戦のようなもの。全力で戦えば容易に相手を叩き潰してしまうウォルフが、あえて不得意とする知略という武器を手にする事で全力を出す事ができる。規模は違えど、この父子は同じ事をしていた。

しかしそれでも、ウォルフを敗北させるような相手は久しい。数年ぶりの出来事に彼は期待を寄せ、息子に尋ねた。

魔王に会ったといったな。どう思う

小物です。王が相手をする程の者ではありません

即答するザイトリードに、ウォルフはふむと唸る。

前情報のとおり、本人に戦闘能力はほとんどない様子。知略智謀であれば、あのキャスと言う女の方が上でしょう

魔物の軍はどうなのだ

フィグリアの弱兵どもよりはよほどの脅威ではあります。ですが、正面から当たれば我が軍の敵ではありません

ザイトリードがそう答えると、ウォルフは露骨に興味を失った。

ユニスは、現在治療と共に解呪を施しております

大して興味もなさそうにウォルフは相槌を打つ。

目を覚ましたなら、魔王を討たせよ

ウォルフの言葉に、ザイトリードは思わず顔を上げ、父であり、王である主君の顔を見上げた。

もしそれでまた魔王につくようであれば、その時は殺せ

王は表情一つ変えず、家畜の屠殺を命じる牧場主の様に淡々とそう言った。

しかし

お前も知っておろう。英雄がいかなるものであるか

表情の変化に乏しい無骨な顔を僅かに歪め、言い募ろうとするザイトリードをウォルフは重々しい口調で遮った。

他者の生き死になどと言う些事で心を歪めるな。お前は剣の腕では俺を凌ぐ。だが、その甘さは命取りとなるぞ

肝に銘じておきます

父王の言葉を苦々しい思いで受け止め、ザイトリードは王の部屋を後にした。

そのまま大股で王宮をずんずんと歩き、ユニスの部屋の扉を開ける。

お兄様

全身を包帯にまみれ、ユニスはベッドの上に半身を起こしていた。

すまなかった。身体はどうだ。大丈夫か。

頭に浮かんだ言葉をすべて飲み込み、ザイトリードは傍らの宰相に尋ねた。

解呪は上手く行ったか

は。万事滞りなく。妙な暗示も掛けられていたようでしたので、そちらもあわせて解除いたしました

宰相トスカンは慇懃に頭を下げた。

ユニス。お前に命が下った

感情を交えない声で、ザイトリードは妹に告げる。

魔王Olを討伐せよ

拝命いたしました

為せなかった場合は、俺がお前の首を刎ねる

以上だ

こくりと頷くユニスに、ザイトリードは踵を返し、部屋を立ち去る。

姫様ザイトリード殿下は

大丈夫だよ、トスカン

心配そうに声をかける宰相に、ユニスはにこりと微笑んだ。

あたしだって、ちゃんとわかってる。英雄がどういうものなのか。呪いや暗示を解いてくれたお陰で、頭もスッキリしたしね

ユニスは拳を握りしめる。呪いと暗示が解かれた今ならわかる。Olが彼女をどのように見ていたのか。

この傷は三日もあれば治るでしょう。決着を、つけてくるよ

御武運を

トスカンには、祈ることしか出来なかった。

今帰った

お帰りなさい

ザイトリードの外套と剣帯を受け取りながら、妻ヒルダはいつもの様ににっこりと微笑んだ。

お疲れのようね

ソファにどっかりと座りながら、ザイトリードは瞑目する。愛しい妹を死地に赴かせ、優しい声をかけてやることすら叶わない。悔いればキリはないが、しかしそれでも彼らは生き方をかえることが出来ない。それが、英雄と言うものだからだ。

ヒルダは何も言わず、何も聞かず、ただそっとザイトリードの頭を抱きしめた。剣の腕も魔術の才も何もない、平凡な娘。しかし、彼女の存在は何よりもザイトリードを癒してくれる。

心配することなど、何もないはずだ。ユニスがOlを殺し、凱旋する。ザイトリードには及ばぬとは言え、彼女もまた英雄の星の元に生まれた娘だ。小賢しい魔術師一人、倒せぬはずがない。

妻の身体をその腕の中にかき抱きながらも、しかし彼の不安は消える事はなかった。

第14話英雄を無残に殺しましょう-7

来てくれたんだね、Ol

ダンジョンの入り口から少し離れた、まばらに木の生えた林の中でユニスはOlを出迎えた。Olの隣には、リルとスピナだけがついてきている。しかし、木の中には恐らく伏兵が潜んでいるんだろう、ともユニスは直感した。黒アールヴ達が木の陰に隠れれば、それを見つけられるものなどこの世に存在しない。

わざわざ手紙を送って呼びつけておいて、それはないだろう

Olは懐から手紙を取り出し、手の中で燃やした。魔術の炎は一瞬にして手紙を焼き尽くす。その手紙は、村からの貢物に紛れ込んでいたものだった。

リルとスピナを連れて、この場所まで来いという内容の、簡素な手紙だ。

あたしが、Olと戦う気はないって言ったら、信じる?

ああ、信じる

ユニスの問いに、Olはこくりと頷いた。まさか肯定されるとは思わず、問うたユニスの方が驚いた。

ここで俺を殺しても意味がないからな。お前も知っているとおり、この身体は形代だ。リルやスピナも同様にな。戦わず、味方のふりをしてダンジョンに進入した後、戦わずして殺す。これが最上の手だな

ユニスは苦笑した。やはりOlは自分の予想の上を行く。直情的な彼女にはそんな作戦は思いつきもしなかった。

薄々ね。気付いてはいたんだはっきりとわかったのは、呪いや暗示を解いてもらった後のことだけど。Olが、色々あたしの事騙してたの、何と無く知ってた。竜の背の上で、あたしを突き落とそうとしてたのも

ユニスはOlに背を向け、そう言った。そうしながらも、彼女には攻撃する隙が一切ない。Olたち程度の動きであれば、気配だけで目を瞑っていても避けられる。だから当然、彼女はフィグリア城でのOlの不穏な気配にも、気付いていたのだ。

Olってさ。人間不信だけど、人間嫌いではないよね

くるりと振り返り、ユニスは唐突にそんな事を言い出した。

人間を信じてない人って、たくさんいる。あたしが今まで倒してきた邪悪な魔術師はそんな人ばっかりだったよ。裏切られて、誹られて、石を投げられて。世の中を憎み、人間を憎み、全てを憎んで滅ぼそうとする。捕らえた者は奴隷として扱い、奴隷が苦しんだり死んだりすることなんて全然気にも留めない。そういうのが、普通の邪悪なる魔術師でしょう。でも、Olは違った

随分過大評価してくれたものだな。そいつらは頭が悪いだけだ。奴隷であろうと、十全に働かせたいならある程度は優遇してやるのがもっとも効率が良い。ただそれだけだ

当たり前の様に答えるOlに、ユニスはこくりと頷く。

うん。それも、本心なんだろうね。でも、Olはやっぱり人間が嫌いじゃないんだよ。無駄に痛めつけたり、苦しませるのを喜んだりしない

英雄は魔王の瞳を、心の奥底を覗くかのように見つめた。

ねえ。何で君は、何も信用しないの?人も、魔物も、部下も、仲間も自分自身でさえも

何が、言いたい

呻くように答えるOlに、ユニスはくすりと笑った。彼の隣に立っていた時と、些かも変わらない笑顔で、

知りたいだけだよ。何で、Olがそうなったのかを。あたしの好きだった人の、過去を

真っ直ぐに、そう言った。

教えて、Ol。あなたが討つべき邪悪なのか、それとも仕えるべき王なのか。あたしにそして、あなたを本当に愛している人に、聞かせて欲しい

ユニス

リルが、思わず彼女の名を呼んだ。ただその話を聞かせるためだけに、彼女はリルとスピナを連れる様に指定したのだ。

俺が嘘をつくとは思わないのか? お涙頂戴の、作り話をするとは?

そこら辺は、あたし自身が判断するよ。っていうか、そうするならOlはわざわざ先にそんなこと言わないでしょ

ユニスの答えに、Olは嘆息した。

いいだろう。エレン、下がっていろ

了解した

どこからともなく言葉が木に反射して、闇にとけ、消える。Olは念入りに、魔術を持って彼女の気配を調べ、傍に誰もいないことを確認して話し始めた。

これはただの、事実の話だ。世にありふれているつまらぬ真実、ごく当然の成り行き。可哀想な子供の話でも、心に負った傷の話でもない。石が坂を転がるような、水が高き場所から低きに流れるような、単純な原理の話だ

そう前置きをし、Olは話を始めた。

今から70年ほど前のこと。プラエティという、今はもう影も形も残らぬ小さな国での話だ。当時プラエティはこのフィグリアと激しい戦争をしていた。俺はその戦で家族を亡くし、乞食をしていた。それを拾ったのがラズ俺の、魔術の師だ。彼女は俺に全てを与えた。知識、教養、家事、魔術、家庭の温かさや、愛情。親としての愛、家族としての愛、男女としての愛その全てをだ。彼女は俺の母であり、姉であり、親友であり、恋人だった。おい、リル、何て顔をしている

口をぽかんと開けて絶句するリルを、Olは思わずたしなめる。

え、あ、ご、ごめん。まさか、Olの口から愛なんて言葉が飛び出すなんて

煩い。黙って聞け

らしくない自覚はあるのか、Olは咳払いをして続けた。

ラズは兵器の開発をしていた。彼女は比類なき付与魔術の使い手、天才だった。彼女の作った兵器は千の兵を討ち滅ぼし、小国であるプラエティを辛うじてフィグリアと拮抗させていた。しかし、彼女は俺を拾ってから変わった。戦争孤児を見てどう思ったのかは、俺にはわからん。正直、彼女を恨んだ事など一度もないし、兵器の開発を止めてくれなどと思ったこともない。だがラズは、兵器の開発を止め、国を敵に回した。プラエティを窮地に追い込むばかりか、フィグリアと内通しているのではないか。そう、疑われたからだ

Olはそこで、一度言葉を切った。ここまでは、キャスの報告書でも平静を保っていられた部分だ。あの激昂は、自分にさえ予測できないものだった。呼吸を整え、Olは言葉を続ける。

俺達の住んでいる塔はプラエティの兵士に包囲され、後は死を待つばかりだった。そして、ラズは俺に呪いをかけ、命令した。私の首を、兵士に渡して助命を嘆願しなさいと。俺は、その通りにした。この世でもっとも愛する人をこの手にかけ、兵士に媚び諂い、粗末な命を生き長らえさせた。自分の意思とは、無関係にな

思ったよりも遥かに、Olはすらすらとそう言う事が出来た。

これは単純な事実だ。愛情の素晴らしさを否定する気はない。信頼を無意味なものだと言う気もない。だが、それは力によって覆される。武力。知力。魔力。財力。権力。どのような愛も絆も、圧倒的な力の前には無力だ。どんなに相手を愛していようと、人は必ず、裏切る。その愛を越える力によってだ

Olは誰よりもラズを愛していた。その愛に、自信があった。己の全てを投げ打っても良い。例えどのような目に遭おうと、彼女だけは守り抜いてみせる。純粋で、世界を知らぬ少年はそう信じ抜いていた。

俺は世を拗ねている訳ではない。心的外傷(トラウマ)に引き摺られ他者との交流を恐れている訳でもない。そんなものは、20、30の頃にとうに克服しておる。ユニス。お前が俺の呪いによって俺を愛したように。それが兄によって踏み躙られたように。悪魔でさえ、神でさえ、時の中に滅び行くように。人は、この世に生きる全てのものは、暴力に抗う術はないのだ

それゆえに、Olは力を求めた。全てを解決できる、唯一のものを病的に求めた。そして実際に、力を持って信頼を引き裂き、友情を殺し、絆を断ち切り、愛を奪ってきた。

そう、だね

ユニスは、誰よりもそれを知っている。英雄として生まれた彼女はこれまで何人もの人を救い、そしてその何千倍もの死を取りこぼしてきた。

人ならざる力を手にし英雄と呼ばれようと、救えない人は無数にいる。人は必ず死に、死ねば思いさえ消え去る。

でも、それでもあたしは信じるよ。Olを。Olを愛するあたしを

揺るぎのない瞳で前を見て、はっきりと、ユニスはそう言った。

討つべき邪悪なのか、仕えるべき王なのか。そんな事は、話を聞く前から決まりきっていた。彼女が感じたOlからの愛と信頼が、嘘偽りでなかったとわかっただけで満足だ。例えそれが力に及ばぬ儚いものだったとしても、それは確かに存在していた。

呪いや暗示で植えつけられたようなものじゃない。あたしは、あたしの心で感じたOlを愛してる。だから、お願い。ちょっとでいいから、あたしの事も、信じててね

ユニスはOlに抱きつき、口付けた。反射的に抱きとめようとするOlの腕を、一瞬の迷いが止める。その一瞬でユニスは彼の腕の中からすり抜け、にっこり微笑んで、言った。

さよなら

冗談の様に血が吹き上がり、彼女の笑顔が反転する。

ごろりと転がるユニスの首。その向こうには、表情に一切の感情を宿さず血に濡れた剣を構えるザイトリードの姿があった。

第14話英雄を無残に殺しましょう-8

貴様!

激昂したいのはこちらの方だ。よくも妹をかどわかし俺に殺させてくれたな

崩れ落ちるユニスの死体を抱きかかえ、ザイトリードは怒気を孕んだ声をあげた。

全員嬲り殺しにしてやりたいところだが、本体は迷宮の中だそうだな。首を洗って待っていろ。今すぐに乗り込んで、肉の一片も遺さず磨り潰してやる

ザイトリードはそういい、剣を振るう。Ol達三人は一撃でバラバラの木片になって辺りに散らばった。

その必要はない。今すぐここで勝負をつけてやる

地面に琥珀色の光が瞬き、Olが迷宮から転移してくる。その腕には、一人の女が囚われていた。

あなた!

後ろ手に縄で縛られ、突き出されたのはザイトリードの妻、ヒルダだった。

この女の命が

下らぬ真似を

Olが言い終える前に、ザイトリードは剣を一閃する。剣がヒルダの胸に突き刺さり、彼女は信じられないものを見るような目でザイトリードを見つめた。

あなた

口から血を吐き、ヒルダは地面に倒れた。途端、彼女の姿はヒルダとは似ても似つかない、見知らぬ女のものになる。

俺には一切の魔術は聞かぬ。それとも、幻影と知りながらも俺が動揺するとでも思ったか

剣を振り血を払い、ザイトリードはOlに侮蔑の視線を送った。

ああ。お前に一切の魔術は効かぬ。その剣に迷いなく、油断もなく、実の妹をすら手にかける

何が言いたい、何がしたい。魔術師の貴様が、俺に勝てるとでも思っているのか

油断がなく迷いもない。それが油断だと、言っておるのだ

Olはヒルダの死体を蹴り転がし、彼女の魂を掴み上げた。

あなた

虚空に浮かぶ亡霊に、ザイトリードは目を見開いた。その姿は紛れもなく、ヒルダのものだったからだ。

魂は誤魔化せぬ。お前にはこれが嘘偽りでなく、本物のヒルダの魂であることがわかるはずだ

馬鹿な!?

ザイトリードは身体を震わせ、食い入るように亡霊を見つめた。魔術による幻影ではない。他人の空似と見間違えるはずもない。正真正銘、彼女の魂、彼女の姿だ。

愚かな英雄よ。魔術を児戯と断じ、軽んずる貴様は己の目を信用しすぎたのだ。肉など、骨など、幾らでも姿を変えられる

肉や骨に傷をつけ歪ませ、固定した状態で回復魔術をかける。すると、肉や骨はその固定に沿って形を変える。Olはクドゥクの少女、Faroの胎内にやったのと同じ事を、浚ってきたヒルダの全身に施した。

更に喉を焼き声を変えた上で、元のヒルダの声形を幻術で上に被せる。幻影こそが真実だったのだ。

貴様ァァァッ!!

いいのか。俺ならば生き返せるのだぞ?

剣を投げ捨て、Olに掴みかかろうとするザイトリードの先手を打ってOlはそう言った。その指がOlをバラバラに引き裂く寸前で、ザイトリードの腕が止まる。

胸を剣で一突き。見事な腕だ。この傷であれば、まだ蘇生は可能だ。幸い魂もこうして保存している。傷を治して、魂を戻せばこの女は生き返る。魔術を使えば、だ

Olは己の身体にヒルダの魂を埋め込んだ。こうすればザイトリードは彼に手出しできない。

正直なところ、貴様はバラバラにしても飽きたらんしかし、その腕は惜しい。呪いを受け入れ、俺の部下になるのならば、妻を蘇生してやる

何だと

ザイトリードの鉛の呪いは、自らかけたものだ。その強さは、彼の信条すなわち、魔術と言うものが取るに足らぬ、下らないものであると言う価値観に依存している。彼が魔術の保護を欲し、受け入れ、妻を蘇生したいと願えば自然その呪いは解ける。

ザイトリードは悩みぬいた。ヒルダの死は、ユニスのそれとはわけが違う。

妹と妻の差ではない、英雄とただびとの差。いずれ非業の死を迎える運命にあるものと、安らかにこの世を去る可能性を残したものの差だ。

貴様の言う通りにすれば、ヒルダを助けてくれるのか

ああ。傷一つ残さず、元通り蘇らせて見せよう

次の瞬間、彼の身体は左右に別れ、ただの木屑に成り果てた。

お断りだ

それは彼にとって苦渋の決断だった。最愛の妻を殺し、その罪を背負う。そうあってでも、英雄であることをやめるわけにはいかない。そうでなければ、殺してまで英雄である事をやめさせなかった妹にも申しわけが立たない。

誰もいなくなったそこで、ザイトリードは虚無感に襲われた。

この世の悪を滅ぼし、理不尽と戦い、人を守る。それが、英雄に与えられた使命だ。しかし、彼はその使命に諾々と従ってきたわけではない。

妻が、妹が。守るべき物があったからこそ、彼は今まで戦い、数え切れぬほどの血で手を染めてきたのだ。だが、守るものはもう何もない。彼自身が、二人とも殺してしまった。

あなた!

だから、彼はそれに抗うことができなかった。

ヒルダ!?

駆け寄り、抱きついてくる彼女の身体を、ザイトリードは抱きとめる。柔らかな肌の感触、誰よりも愛しいその顔、聞き慣れた声。紛れもない、妻の姿だった。

無事だったのか?

ええっ!

涙を浮かべる彼女を抱きしめ、ザイトリードはそっと妻に口付けた。多幸感が彼の胸を満たし、安堵が心を埋め尽くす。悪い夢だったのだ。妻を殺したのも、妹を殺したのも。そうして、彼は無意識に幻影を魔術を受け入れた。

幸福の中、英雄の心臓は動きを止めた。妻の姿をした淫魔に、その命を全て奪われて。

ふぅ

リルは姿を元に戻しながら、息を吐いた。英雄の生命力は流石と言っていい上質な味を備えていて、いつもなら軽口の一つでも叩きたいところだが、ユニスの首が転がっている横では流石にそんな気分にはなれない。

Olー、さっさとこの子蘇生してあげてよ

木陰から現れたOlの形代に、リルはユニスの体と頭を渡した。Olがその首の断面に手を触れると、血の跡も残らずに彼女の首は元通りつながる。しかし、Olは表情を変えぬまま、ぽつりと言った。

無理だ

え?

聞き返すリルに構わず、Olは歩を進め、ヒルダの死体に手をかざす。こちらも、胸に開いた傷は瞬く間に元に戻った。ついでに顔の時を遡らせ、元の顔に戻してやる。

無理って、どういうこと

淡々と死体を処置していくOlに、リルは尋ねた。

英雄を蘇生する事はできない。死体をよく見てみろ

嘘。魂がない!

言われた通りに死体に目をやって、リルは叫んだ。魂がなければ、蘇生は不可能だ。身体をどれだけ元に戻しても、それは空っぽのただの入れ物に過ぎない。

英雄の魂は、死ねばすぐさま天へと還る。そういう決まりになってる

それって

殆ど同じような現象に、リルは覚えがあった。

英雄と言っても何のことはない。悪魔と契約した魔術師と、大差はないんだ

言葉を失うリルにOlは頷き、吐き捨てた。

第14話英雄を無残に殺しましょう-9

ザイトリードが負けただと?

恭しく頭を下げる宰相トスカンに、ウォルフは自らの豊かな髭をしごき、考えた。

相手をするまでもない小物と、ただの魔術師であると、ザイトリードは言っていた。魔術を受け付けぬ稀代の英雄である彼が、生半可な方法で負けるわけはない。

期待できるやもしれんな

陛下

思わず笑みを浮かべるウォルフに、トスカンは咎める様な声をあげた。

ユニス様は姫様は、一体何のために!

トスカンよ。お前の怒りはもっともだ

命を賭して言い募るトスカンに、ウォルフは鷹揚に答えた。

だが、英雄として産まれたものには、英雄としての価値観がある。死ねるのならば、疾くこの世を去った方が幸せなのだ

私にはとてもそうは思えませぬ

ウォルフは頷く。

お前のその実直な所が、俺がお前を傍においている理由だ。しかし、いずれわかる日が来よう

陛下。ご報告がございます

なおも食い下がろうとするトスカンの言葉を、伝令兵の報告が遮った。

申せ

は。王都の北部、10マイルほどの平野に魔王軍3000が出現。先の戦とは異なり、妖魔が殆どのようです。現在一直線に王都を目指しており、恐らく一刻程度で王都にたどり着くかと

伝令兵は跪き、落ち着いた声で報告した。一体一体が人を凌ぐ妖魔と言えど、3000では勝負にならない。

王都の門を閉め、全軍を持って防衛に当たれ

篭城で、ございますか?

伝令兵は王の言葉に驚き、思わず問い返した。そのような対応をする相手ではない。急ぎ1万も兵を出し、平野で決戦を行えばいいだけの話だ。篭城となれば時間も設備も兵も使う。篭城と言うのは普通は、戦力で負けている側が相手の物資が尽きるか、援軍を待つときの手段だ。

そうだ。全軍、10万を持って全力で当たれ

はっ!

伝令兵は敬礼し、素早くその場を後にした。異例の命令に思わず聞き返してしまったが、本来一平卒である彼が王の命に疑問を差し挟む余地などない。

それよりも、出陣の準備を先に進めている騎士団に命を知らせ、防衛の準備をせねばならない。

さてこちらは全力を出してやる。3000の兵でどう出る、魔王Olよ

ウォルフはそう、呟いた。

篭城の構えだと?

Olは門を閉ざし、守りを固める敵軍を見て怪訝な声をあげた。

今度は舐めてはいないようね

その背にふわりと浮かび、リルが硬い声で言う。

だとしても、作戦は変わらぬ

今回用意した戦力は巨人やリザードマン、ケンタウロスと言った亜人を中心にした、Olの迷宮でも精鋭中の精鋭だ。錬度はグランディエラの正規兵に比しても遜色なく、種族自体の能力の高さでそれに勝る。

とはいえ、敵軍は10万。3000でどうにかなる数ではない。ましてや相手は篭城を選んだ。

頼りにしているぞ、ローガン

おお。任せとけ、一撃で決めてやるよ

ローガンが笑みを見せて請け負う。今回の戦力は、ローガンとリルのみ。エレン達もミオも、迷宮の守備に回っている。

その顔で笑われるとキモい

うるせえな、俺だって好きでこんな顔してんじゃねえよ!

リルとローガンのやり取りを背に、Olは命じた。

全軍、突撃!

そして、死の行軍が、始まる。

来たか

彼方に魔王軍を臨み、ウォルフは呟く。現役時代の剣を携え、鎧に身を包んだその姿はまさしく叙事詩(サーガ)に謳われる英雄そのもの。漲る覇気が溢れ力に満ちたその姿に、兵達の士気も最高潮に達していた。

巨大な門は硬く閉ざされ、攻城級魔術でもそうたやすく破ることはできない。堅牢な兵の上には投石機(カタパルト)や石弓(バリスタ)と言った兵器が並べられ、その隙間を長弓を持った兵士達が埋めている。

射程距離に収まれば、すぐさまこれらは雨の様に矢玉を降らせ、門に辿り付く暇さえなく殲滅するだろう。10万対3000とはそういう数字だ。

こちらから討って出ぬから、落とし穴のような罠に引っかかる事もない。先の戦で見せた落石攻撃も、飛行魔術の使い手と射程に優れる弩兵隊を取り揃え、見つければすぐさま撃ち落す用意がある。

現実的に考えれば、ウォルフの勝ちは揺るがぬはずだ。それでもなお、彼はその予想を裏切る者を待ち望んでいた。Olが現れる、もう何年も前からだ。

そろそろ射程だ。全兵、構え!

ギリギリと投石機と石弓が引き絞られる。これらの射程はおよそ400ヤード(約360メートル)、長弓の倍以上の距離を攻撃できる。

今だ、撃てッ!

一斉に、無数の矢と石玉が宙を舞う。それとほぼ同時に、Olの軍は掻き消えた。

幻影か!? いや、転移か!

幻影を警戒するのは戦の初歩の初歩。ウォルフ配下の魔術兵が警戒していないわけがない。しかし、まさかこの距離になってからの転移があるとはさしものウォルフも思ってはいなかった。軍を転移などすれば、混乱は避けられぬ。また、ただ転移するだけでも相当の魔力を食うはずだ。ましてや、行軍しながら転移など正気の沙汰ではない。

陛下、敵はあそこに!

兵の報告に視線を移すと、魔王軍は元いた場所から100ヤードほど離れた場所に移動していた。ウォルフの軍が弓を構えていた方向からは側面、外壁から200ヤードの位置だ。ここまで近付かれると、兵器を使うのは少々苦しい。

弓兵、構えよ!

屈強な兵士達が、すぐさま長弓を構える。あれほどの大魔術を使った後だ。いかに魔王と言えども、弓を防ぐ魔力までは残っていまい。

そのウォルフの考えは、再度裏切られた。

陛下、敵の半分が更に転移しました!

なんだと!?

魔王軍の前半分、騎兵いや、半人半馬(ケンタウロス)の一団が更に転移し、外壁100ヤードまで近付いた。ただでさえ少ない軍を、更に半分に分けるとは。

後続の部隊を確実にしとめよ。馬どもは外壁で迎え撃つ!

弓兵達が、次々に魔王軍の後続部隊を狙い撃ち、矢を放ち始めた。屈強なトカゲ男(リザードマン)や巨人達はそれに全くひるむ事無く、じわじわと数を減じさせながらも外壁へと侵攻する。

接敵されました!

石を落とせ、焼けた油を食らわせてやれ!

王の命令に、兵士達は次々と石や焼けた油を城壁の上から投げ落とす。ケンタウロス達はそれに傷付きながらも、城壁への突進をやめない。

実は、城壁と言うのは門に比べれば魔術的防護は弱い。念入りに付与魔術をかけられた門に比べれば、城壁には何の魔力も篭っていないに等しい。

しかし、それでもレンガでできた城壁は堅牢だ。並大抵の攻撃では壊せないし、壊せたとしてもその穴は小さい。破壊すれば大軍団が通れる門とは違い、一人、二人が通れる穴をあけられたとしても戦術的意味は少ないのだ。

ただの無謀な特攻か? ウォルフがいぶかしんでいると、突然城壁が爆発し、巨大な穴がぽっかりと開いた。魔王軍の魔物たちはその穴から一斉に王都へと侵入してくる。仲間がどれだけ殺されても意に介した様子もない、凄まじい特攻だ。

その先陣を切る姿を見て、ウォルフは敵の狙いを悟った。確かに、Olがウォルフに勝つとすればそれしかあるまい。だが、そうだとしたら期待外れもいいところだ。

陛下! その、敵に

ザイトリードがいたのであろう

言いよどむ伝令兵の言葉を言い当ててやると、兵は驚いたようにウォルフの顔を見つめた。

大方、悪魔にでも死骸を操らせておるのだろう。城壁を砕いたのは奴だ

ウォルフは宝剣フラントを抜き放ち、怒声を上げた。

兵を引け。奴に知らしめてやる。本物の英雄がどのようなものであるか!

ウォルフは城壁を飛び降り、雄叫びを上げた。石壁までもがその声に震え上がり、ガタガタと鳴り響く。先攻してくる魔物どもにぶんと剣を振るうと、刃の届かぬ10ヤードも先まで魔物達は真っ二つに両断された。

そのままウォルフは風の様に駆ける。ウォルフはあっという間に己が息子の顔をした男の下へと辿り着いた。

そこな貴様。我が息子の身体を返してもらおうか

ザイトリードは、彼が一度も浮かべた事のない軽薄な笑みを返し、言った。

こんなに便利な体、そう簡単に返すわけにはいかねぇな。あ、幼女10人とだったら考えるぞ

下種が

吐き捨て、ウォルフは剣を構えた。生きていた頃の彼であれば、或いは本気で反旗を翻せばウォルフに勝ったかも知れない。しかし、死骸を操るだけの紛い物に負ける気はまるでしなかった。

ためしに戦ってみたい気もするけどな。残念ながら、今日の俺はただの配達業者だ

配達?

眉をひそめるウォルフの前に、琥珀色の髪の若い男が降り立った。

貴様が、魔王か

じろりとウォルフは彼を一瞥した。持っている魔力も、体つきも、まるで話にならない。ザイトリードが小物と断ずるのも無理はない、とウォルフは思った。

しかし、それと同時にその目を見て彼は確信する。

それは、目的の為に手段を選ばない者の目。狡猾さよりも、勇猛さよりもなお性質の悪い、純粋で強靭な意思の瞳だった。今までの人生で、ウォルフを追い詰めてきたのはこういった目の持ち主だった。

魔王よ。よもや、そこな悪魔が俺に勝てるとは思うてはおるまい。一体どんな手を用意した

ああ貴様であれば、勝てると信じているよ

Olの妙な物言いに、ウォルフは眉をひそめる。そんな彼に、Olは懐から金でできた冠を取り出した。

いくつもの宝石で飾られた、きらびやかな金の冠だ。

ウォルフよ。お前は英雄の中の英雄、王の中の王。何者にも勝る英雄王だ。そんなお前にこそ、この冠は相応しい

Olの掲げるそれを、ウォルフは受け取った。呪いの類どころか、魔力のかけらすら見られない。宝石は全て本物、土台は全て純金。単純な価値で言えばかなりのものであろうが、それにしてもこの場でウォルフに送る意味がわからない。

何だこれは?

毒だ

問うウォルフに、Olは端的に答えた。その言葉で、ウォルフは一つ心当たりに辿り着く。

貴様、これは、まさか!

これはこの国を滅ぼす毒。期待しているぞ、ウォルフ。お前の善戦を

ウォルフはOlを切り捨てるが、既に手遅れだ。受け取る受け取らないにかかわらず、ここまでこの冠を持ち込まれた時点で、ウォルフの負けは確定していた。

ザイトリードを操る悪魔の姿はいつの間にかない。目的を達し、Olの軍も次々に撤退を始めていた。

兵達が勝利に快哉を叫ぶが、これは勝利などではない。ウォルフは剣を握り締め、空を見上げた。

やってくるのだ。なくなった、大切な宝を求めて。

もっとも古く、もっとも力を持つ竜が。

第14話英雄を無残に殺しましょう-10

彼女の名前を知るものは、とうにいない。

神魔戦争と呼ばれる大戦が起こる更に昔、彼女はこの世に生を受けた。

数少ない仲間はその戦争で命を落とし、残った仲間も英雄との戦いで散っていった。残された中で、彼女はいつしか最も齢経たドラゴンと呼ばれるようになっていた。

全身をびっしりと覆ったトカゲのような姿に、後頭部から突き出た何本もの角。口にはずらりと牙が生えそろい、背中には蝙蝠のような翼が一対、生えている。

ドラゴンと言うと誰もが彼女のような姿を連想するが、実際はそうではない。狼のようなもの、獅子のようなもの、首を何本も生やしたもの、二対の翼を持つもの、翼を持たぬもの、様々だ。

そんな中、彼女だけは古来の伝承通りの姿。人の姿を取ることもなく、魔術を使う事もなく、ただその牙と鱗と炎とで、どのドラゴンよりも強く美しい。

それが彼女、今はただメトゥス(怖れ)とだけよばれる、最古にして最強の竜だった。

メトゥスはここ数百年、幸福で平和な暮らしを送っていた。彼女に戦いを挑もうなどという愚か者は英雄の中にすらおらず、たまに迷い込んでくる動物や魔物、人間を喰らいながら、数千年間溜め込んだ財宝の上でとぐろを巻いて眠る日々だ。

数千、数万に及ぶその財宝を、メトゥスは金貨の一枚に至るまで把握し、それを眺めては幸せに浸り、また夢の中に埋没する。たまに来る人間が持っている宝は、彼女にとっての何よりの喜びだった。

しかし、その喜びの為に人間を襲うような事はけしてない。彼女はただ一人、山の洞窟の中腹で、幸福な日々を過ごしながら終末の時を待っていればそれで満足だったのだ。

しかし、ある日彼女に転機が訪れた。冠が一つ、巣から無くなっていたのだ。彼女は血相を変え、巣の中を探し回った。しかし、冠は見つからず、代わりに三人の人間の臭いと一人のクドゥクの臭いをかぎつけた。

何者かが、彼女が眠っている間に宝を一つ盗み出したのだ。

彼女は怒り狂い、洞窟を飛び出した。外に出ると冠に付いた匂いははっきりと感じられ、その通りに彼女はまっすぐ空を飛んだ。数百年ぶりの外界を楽しむ余裕すらない。彼女の頭にあるのは宝を取り返す事と、それを盗んだ人間共を容赦なく滅ぼし、灰も残らぬほど燃やし尽くす事だけだった。

彼女は空を矢よりも早く駆け、あっという間に宝を持っているものを見つけ出した。それは盗んだ者の匂いとは別の匂いを持った人間だったが、彼女にとっては関係ない。自分の宝を持ち、人間であると言うだけで攻撃の対象となった。

一方、ウォルフは腹を決め、宝剣フラントを構えてメトゥスを迎え撃った。敵は神代から生きる竜の中の竜。勝っても負けても、これが人生最後の戦いになると彼は直感した。

者ども、退け! 民を避難させよ!

し、しかし、陛下!

俺に恥をかかせる気か

王の言葉に、兵達は涙を流し、敬礼してその場を去った。英雄と竜の一騎討ちは、古来より最も栄誉のある戦いの一つだ。

しかし、それがわかっていながらも、兵達は槍をとらずに入られなかった。己が主君の最期を、はっきりと予感したからだ。

ウォルフはふと、笑みを浮かべている自分に気が付いた。

そうだ。これだ。これこそが、我が最期に相応しい戦だ。

我が名はウォルフ。ウォルフディール・セヴラン・ル・エラ・グランディエラ一世!さあ、古き竜よ。いざ、尋常に勝負だ!

ウォルフは高らかに名乗りを上げ、宝剣を振るう。彼がまだ若い頃、巨人の英雄を一撃の下に屠った剣。しかしその一撃は、メトゥスの鱗にたやすくはじかれ、傷一つつけられない。

メトゥスは口から毒炎を吐き出し、ウォルフを襲う。毒炎はすぐさまウォルフ以外の全てを腐らせ、石を割り、誰も近づけぬ魔域を作り出した。兵士が迂闊にそこに近付けば、腕はすぐさま腐り落ち、毒に肺をやられて息絶えた。

英雄たるウォルフとて無事ではない。皮膚は爛れ、全身から血が噴出す。しかし、希代の英雄王はそれしきで怯みはしなかった。二度、三度鋭い一撃をメトゥスに叩きつけ、その額から緑色の血飛沫を散らせる。

その血もまた、猛毒であった。血が流れた大地は穴を穿ち、ウォルフの身体を焼く。金属でできた鎧はおろか、神に祝福された宝剣さえ刃がなまり、欠け落ちる。

両者の激しい戦闘は、三日三晩続けられた。そのあまりの激しさに、避難を終えた後も兵士達はいかなる手助けもできなかった。

四日目の朝、ついに勝敗は決した。

メトゥスは唯一鱗で守られぬその柔らかな腹を、財宝で鎧のように覆い守っていた。しかし、Olが盗み出した冠が守っていた部分だけ、ほんの僅か腹が露出していたのだ。

ウォルフはそこに剣を突き入れ、心臓を貫いた。メトゥスは暴れまわり毒炎を吐き散らしたがウォルフはひるまず、肩や胸を鋭い爪で引き裂かれながらも更に力を込めて剣を奥へと突き刺す。

メトゥスの動きは徐々に緩慢になり、そしてついに、数千年動き続けた心臓はその動きを止めた。

依然として毒炎で近づけず、伺う事すらできぬその領域に、魔王が一人、姿を現す。

感謝、する

ウォルフは、力を振り絞ってそういった。

我が力全身全霊を持って相対できる、最高の敵をずっと、俺は、待っていた

そんな事の為に、娘と息子を殺したのか

Olの問いに、ウォルフは自嘲染みた笑みを浮かべた。

貴様も、知っておろうわれらは、英雄などと持て囃されては、いるが所詮、天の奴隷よ死してなお、それは変わらぬ

英雄に試練が課せられるのは、魂を磨く為だ。

長く生きれば生きるほど、偉大であればあるほど、英雄には辛く過酷な試練が課せられる。そしてそれは、死ぬ時に最も顕著になる。試練は必ず英雄の大切なものを巻き込み、悲劇を持って死に至らしめる。

若きユニスは、愛を抱いて死んでいった。

ザイトリードは、愛する妻を殺し、自らも幻の中に没した。

そして、老年のウォルフは、愛する子と国民を何千と巻き込んで、ようやく死ねるのだ。

ならばせめて安らかな死を、と? それは貴様の自分勝手な思い込みだ

そうかも知れぬな

ウォルフは咳き込んだ。肺は奥まで毒でやられ、腐りきっている。この状態で生きているのが信じられないほどだ。

王よ魔を従えし王よ。俺もまた、王として頼むこの国を、どうか

ああ。悪いようにはせん。任せておけ

ウォルフはOlの言葉をすんなりと信じた。お互い、憎しみさえ抱く敵同士だ。しかしそこには、不思議な信頼のようなものがあった。

そして父として、頼む。娘を、どうか

そこまで言い、ウォルフは事切れた。

死ぬなら、最後まで言い切って死ね

Olの言葉は、誰にも届かず腐り果てて消えた。

認めるだと?

はい。それが前王の遺言にございます

恭しく頭を下げ、宰相トスカンはそう答えた。

もし自分を倒すものがあれば、それを王と認めよ、と

俺が倒したわけではない

ご尤もです。が、前王はウォルフ様は、そうは仰らないでしょう

トスカンは絶対の自信を持って言い切った。あの王であれば、そういうに決まっている。

知略如きに我が武が負けたであれば、それは敗北に他ならない、と

俺が憎いか

それはもう

トスカンは憎しみを隠しもせず、Olをにらみつけた。

我が主の仇、姫様の仇、殿下の仇。どれか一つでも殺すに値する憎しみが、三つも重なっておるのです。何度殺しても飽き足らぬほど、憎んでおります

国を盗られた事は仇に入らぬか

く、とOlは思わず笑いを漏らした。それほどまでに憎む相手に、前王の言葉によって忠義を誓う。一体どれほどの忠誠心が、この男にあると言うのか。

然様な物は、亡くなられた方々の命に比すればないも同然です

蘇らせる方法があると言ったら、どうする

お戯れを。死した英雄の魂は天に召し上げられ、蘇る事適わぬと申したのはあなた様ではございませんか

僅かに言いよどむトスカンに、Olは頷いた。

その通りだ。ならば、迎えに行けばいいだけの話だ

あっさりと答えるOlに、トスカンは目を瞬かせ、彼を見つめた。

迎えにと、申しますと?

決まっておろう

Olは空を指差し、当たり前のように言った。

次は、天を攻めるのだ

第15話阿鼻叫喚の地獄絵図を描きましょう-1

お師匠様! どうか、どうかお考え直しください!

ならん。これはもはや決定事項だ

縋りつくように懇願するスピナを、Olはバッサリと切り捨てた。

しかし、ラファニスに手を出してはならぬと言ったのは他ならぬお師匠様ではありませんか!

くどい。それは現在の話だ。戦力が整えばいずれは戦いを挑む。それが多少早くなるだけの話だ

戦力が整い次第、宗教国家ラファニスを攻める。そう宣言したOlに、スピナは真っ先に反対を口にした。口には出さないが、エレンやリルも賛成は出来ない。勝てない相手だと言ったのはOl本人なのだし、それ以上に攻める理由がユニスを取り戻す為だからだ。

死は、絶対的なものだ。死んですぐであれば、高度ではあるが蘇生の術はある。強い恨みや情念を遺したものが、霊魂となってこの世に留まることもある。

しかしそれでも、完全に死んだものが蘇ることはない。死の国へと赴き、妻を、子を取り戻そうとした逸話は幾つもあるが、それに成功したという話はついぞ聞かない。どれもが失敗するか、取り戻したとしてもその代わり果てた姿に驚き、恐れ、逃げ出すか食い殺されるといった話ばかりだ。

死した英雄が神々の末席に加わり天にいるからと言って、天を攻めてそれを取り戻すと言うOlの考えはあまりにも突飛で無謀なものに思えた。

これ以上話す事はない。お前は部屋で待機していろ

スピナを振り切り、手を伸ばす彼女を捨て置いてOlは迷宮の中を進む。リルはその横にそっと近付き、ずんずんと歩く彼に並んで飛びながらおずおずと話しかけた。

ねえ、Olスピナじゃないけど、私も上手く行くとは思えないよ今のOlは、なんていうかOlらしくない

らしくないだと?

Olは歩みを止め、リルを睨み付けた。

そんなに苛立って、感情的になってるなんて、Olらしくない。何でも冷静に計画を立てて、無駄な事なんて一切しないのがOlのやり方じゃない

知った風な口を聞くな

Olはリルの首をつかんで引き寄せた。

俺は何も変わってはおらん。元々目指していたのは、全てあらゆる物をこの手に収める絶対的な力だ

ギラついた目がリルの瞳を覗き込む。これは、初めて会った時の目だ、とリルは思い出した。

冷静沈着、慎重で堅実。そんなものは、この男の上辺、ほんの一面でしかないことをリルは思い出した。もし龍脈が見つからなければ。掘り当てることが出来なければ。思ったほどの魔力が得られなければ。ダンジョンコアが作れなければ。

ほんの少し、何かが失敗していただけで全てをふいにする様な事を、人生全てを賭けて行ってきた男なのだ。

しかし、それでも。Olの今の態度はおかしいと、リルは感じた。

あの時、さ

その光景は、リルの目にも今もなおはっきりと焼きついている。Olに口付け、ザイトリードに首を刎ねられたユニス。あの瞬間。

抱きとめてれば、ユニスは無事だったかもしれないって、そう思ってる?

そんなものは、ただの結果論だ

もしあの時、Olがユニスを信じていたら、素直に仲間として受け入れていたら、彼女は死ななかったかもしれない。そんな葛藤が、彼を苦しめているのではないかリルのそんな考えは、半分当たり、半分はずれていた。

俺の考えは変わらん。それを言うなら、あの時点でザイトリードを圧倒できるだけの戦力がこっちにあればよかっただけの話だ

口に出すことで多少落ち着いてきたらしく、Olはリルの首から手を離す。

どうもお前達は俺を暗愚か何かかと思っているようだな。言っておくが、俺は別にユニス一人の生死に拘っている訳ではないし、勝算のない戦いをする気もない。まだまだ戦力が足りんのはわかっておる。今すぐラファニスを攻めるわけではない

Olは踵を返し、リルに命じた。

会議室にエレンを呼べ。白アールヴの件で話があると伝えろ

ん。わかった

リルは頷き、彼の背中をしばし見つめた。多少平静を失っても、その根底はやはりOlのままだ。しかし、平静を失うこと自体、今までの彼にはなかったことでもある。

そして何より、ユニスの遺体は傷まないように魔術で厳重に保護され、今も彼女の部屋に安置されている。目の前で失ったユニスを、Olは愛していたと言う師、ラズと重ねてみているのだろうか。

そう想うたびに、リルの胸はちくりと針が刺さるかのような、不可解な痛みに襲われた。

お前は感謝されているらしいぞ

感謝?

開口一番、Olの放った言葉にエレンは首をかしげた。

金糸の如き髪と絹の如き肌を持つ麗しの姫、白アールヴのセレス。木肌の如き茶の髪と木の葉の如き緑の目を持つ勇猛なる森の民、イーヴァン。愛し合う二人はしかし、種族の壁に阻まれ結ばれることあたわず。しかしそこに襲い来るは邪悪にして獰猛なる黒アールヴ、人と白アールヴは手を取り合いてこれを撃破。互いの溝もそれ以来埋まり、今は力を合わせ一つの村を作り共に生きていると言う

ほう

エレンは薄く笑んだ。氷で出来たナイフの様な、酷薄で迫力のある笑みだ。いっそ怒り狂うよりも何倍も恐ろしい。

体のいいだしにされて悔しいのは配下の四人も同じだろうが、彼女達はむしろエレンの笑みを恐れて身を竦ませた。

酷いです! 目に物見せてあげましょう!

そんな彼女に臆することなく声を張り上げたのはミオだった。Olからしてみれば、先に手を出したのはエレン達なのだから自業自得と言う気もしないでもないが、すっかりエレン達に肩入れしているミオにとってはそうではないらしい。

ああ、ミオ。我が友よ。復讐に手を貸してくれると言うのか?

勿論ですよ。エレンさんの敵は私の敵です

きっぱりと言い放つミオ。いつの間にやらすっかり仲良くなったらしい。以前は見えたエレン達に対する気後れの様なものもすっかり消え、気安く対等に言葉を交わしている。

ですが、敵は精強。我が黒の氏族の全力をもってしても敵わなかった相手。如何にして戦いましょう?

エレンの配下の問いに、Olは頷く。

人間どもや妖魔の兵を出してもいいが、ミオが力を貸すなら話は早い。お前達が了承するなら労せず勝ちうる方法が一つある

その方法とは?

問うエレンに、Olはニヤリと笑みを見せ、言った。

焼き討ちだ

第15話阿鼻叫喚の地獄絵図を描きましょう-2

それはまさに地獄絵図と呼ぶに相応しい光景だった。

ははははは! 燃えろ、燃えろッ!

普段の小気味良いサッパリとした気性は完全に鳴りを潜め、残忍さを隠す様子もなくエレンは次々と火矢を射掛ける。

今よ、皆。火を吹きかけなさい!

ミオが地獄の猟犬どもを操り、火炎の吐息で瞬く間に木々に炎を燃え移らせていく。

森の民と白アールヴ達はその攻勢に抗うことも出来ず、ただ逃げ惑うのみだった。炎の光と吹き上げる上昇気流で矢は狙いもつけられず、まともに飛びもしない。木々を操り動物の声を聞く白アールヴの魔術も、あらゆる植物が燃え、相手が地獄の魔獣では何の役にも立たなかった。

しかし主殿、いいのか? 白アールヴは生け捕りにせよとの事だったが、この火の手では助からんぞ

一通り矢をかけ終えて満足したのか、エレンはふとOlに尋ねた。

問題ない。火は奴らの村を囲むようにつけているが、一箇所だけ逃げられるように空いている。そこから無事逃げるだろう

もっとも、その先こそが本当の地獄だが、とOlは付け加えた。

本当の地獄とは?

ローガンを配している

なるほど、悪魔が待ち構えているならそれは地獄だ、とエレンは納得した。

鉛の英雄ザイトリードの死体に取り付いたローガンはOlの配下の中でも飛びぬけた強さを持つ随一の戦士となった。

魔術を受け付けぬ鉛の呪いは解けているが、高位の悪魔であるローガンはそもそも生半可な魔術を受け付けない。それなのに、ザイトリードとは違って炎を操ったり空を飛んだりする魔術めいた能力は使う事が出来る。

また、生前のザイトリードが持っていた非常識な膂力はほとんどそのまま。堅牢な城壁を一撃で吹き飛ばす程の破壊力をただの拳が備えているのだから恐れ入る。

出口でそんなものに居座られていては、白アールヴ達の命運も尽きたことだろう。

エレンがそう考え、溜飲を下げたその時、彼女の頬を矢が掠めた。

やはり来たか。貴様らは来るのではないかと思っていたぞ。森の民、そして白き姫君よ!

エレンは流れ出る血をぺろりと舐め、こちらを睨みつける一組の男女を見て笑みを浮かべた。

そちらこそやはり生きていたのですね。黒き女帝、エレン!

そういい、エレンを睨みつけるのは噂に違わぬ美貌の持ち主、白アールヴのセレス。すらりとした長身に小さな顔、高貴さを感じさせるその出で立ちは炎の中、煤に塗れてもいささかの陰りも見て取れなかった。

二度に渡り我らが村を襲ったその咎。今度こそ、お前の死を持って償わせてくれる

その隣で弓を構えるのは、森の民イーヴァン。つばの広い羽根付き帽子を目深にかぶるその奥から、鷹の様に鋭い緑の眼差しがエレンを射抜いていた。

それはこちらの台詞だ。我が同胞(はらから)を殺した報い、今こそ味わうがいい!

とは言うものの、セレスもイーヴァンもエレンに匹敵するほどの腕を持つ一流の射手。一筋縄でいく相手ではない。

あ、話終わりました?

しかしそこに、場違いなのんびりとした明るい声が響いた。

じゃ、いきまーす

直後、鋼鉄の塊がエレンの目の前を通り過ぎていった。セレスとイーヴァンの身体が天高く跳ね上がり、まるで人形の様にぼとぼとと地面に落ちる。

な、なんだ、今のは?

ゴルゴンのジョーです。全身鋼鉄の皮膚で覆われてるから、矢じゃ殺せないんですよー。ジル、ジョエル、それ持ってきて

ミオの指示に、黒犬達がセレスとイーヴァンの服を噛んで背に乗せる。ピクリとも動かないし手足は妙な方向に曲がってはいるが、死んではいないようだ。

ミオ、貴殿が友でよかったと、今心からそう思ったぞ

二頭の巨大な黒犬と鋼鉄で出来た雄牛、ゴルゴンを従えてニコニコと笑う素朴な少女に、エレンはしみじみと言った。

? はい、私もエレンさんと友達でよかったですよ?

そんな彼女に、ミオは不思議そうに首をかしげたのだった。

さて、これは壮観な事だな

牢に詰め込まれた者たちを見て、エレンは笑みを隠さずそう言った。森の民と白アールヴ達は、多少の死者はあったものの概ね生け捕りにされていた。特に、幼い少女は傷一つない。

たまにお前の事を凄いと思う時がある

だったらもうちょっと労ってくれよ、旦那

さすがに疲れた様子でローガンが答えた。あの火勢の中からもっとも逃げ遅れ、もっとも死に易そうな幼女を完全に守るのは並大抵の努力ではない。

で、主殿。この囚人どもをどうするのだ?

里を襲い、圧勝した事でエレン達の溜飲は随分と下がったようだった。Olが戦力を欲しているのも理解している為、壊れるまで嬲れとは言わない。どっち道、己の意に反して仲間の仇に使われるのならそれほど愉快な事もあるまい、とエレンは彼らを哂った。

一人二人であればじっくりと洗脳するなり調教するなり、幾らでも手はあるのだがこの人数となるとやはり、人質をとって言う事を聞かせるしかないだろうな

Olは捕虜達を種族問わず、男女に分けて別々の牢に入れた。そして、男達の牢で声を張り上げる。

森に住まうもの達よ。我が名はOl。魔王と呼ばれている者だ。汝らは我に負けた。なれば、我が命に従い、その弓を預けよ

ふざけるな! 誰が貴様などに!

死んでもお断りだ

誇り高き森の民は、悪に屈しなどしない!

口々に言うアールヴと森の民。その反応を存分に待ってから、Olは言葉を続けた。

その意気やよし。だがお前達は、何か一つ忘れてはいまいか?そう。貴様らの女達だ

Olの言葉に、男達はぎくりと身を震わせた。

我に素直に従うと言うならば、その身柄は保証しよう。だが、もし歯向かうと言うなら

卑怯ものめ

苦々しく吐き捨て、男達はOlを睨みつける。

とはいえ、貴様らは高潔勇猛で知られる森の民。女と言えどそれは変わらぬ。犠牲を覚悟で歯向かう事も考えられる。そこで、貴様らのような正義の心を持つ者にとってもっとも効果的な方策をとらせてもらう

Olの言葉に、男達は表情に疑問符を浮かべる。

人間の男が歯向かえば、アールヴの女を罰する。アールヴの男が歯向かえば、人間の女を罰する。自分の同胞より、親しい隣人を罰せられる方が堪えるだろう?

なっ!

ふ、ふざけるなッ!

Olがニヤリと笑みを浮かべて言うと、男達は口々に騒いだ。

人間が歯向かったなら、人間を罰するのが筋だろうが!

アールヴの誰かが叫び、牢の中がしんと静まり返る。今までバラバラに混在していたアールヴと人間が、じわりと距離をとった。

ああ、まあ言うとおりだ。しかし、そうでない方が信頼につながれた貴様らには効果的だろう? とは言え、女達はとばっちりだからな。救済策も用意してやろう

救済策?

僅かに、すがるような気配で問う男に、Olは鷹揚に頷いてやる。

アールヴが人間の反乱の準備を密告すれば、処罰するのはアールヴではなく人間の女にしてやろう。逆もまた同様だ。さすれば因果応報。正しき者に災いは降りかからぬと言うわけだ

男達はようやくOlの言わんとしている事を理解した。本人を処罰するより他人を処罰した方が効くなどとは、実際にはOlは微塵も思っていない。これは人間とアールヴ達を離反させ、お互いに監視させる為の条件なのだ。

一斉に蜂起すれば、こんな条件は意味がない。しかし、片方が裏切れば、もう片方の女達だけが処罰される。片方には知らせずに準備をすれば、もう片方が被害を被る。人間とアールヴの間に生まれた信頼を、Olは試しているのだ。

そして、一斉蜂起できるほどの真の信頼は、人間とアールヴの間には芽生えないとOlは踏んでいた。黒アールヴに襲われた時に団結できたのは、それしか生きる道がなかったからだ。火の手のない方に逃げるのと同様に、それしか方法がなければ当然その方法をとる。これは人間もアールヴも同じだ。

しかし、いくつも方法がある場合、それは成り立たない。

価値観が違う。寿命が違う。立場が違う。人間同士、アールヴ同士でさえ、意見を纏めるのには時間がかかるだろう。ましてや、これだけの人数の人間とアールヴが、一人残らず同じ意見に達する事は不可能だ。一人でも裏切れば、それで反乱計画は崩壊する。

これで、男達は当分奴隷として扱えるだろう。付かず離れずの距離で使ってやれば、お互いに監視しあってくれるはずだ。

Olは踵を返し、別の牢独房へと向かった。

大衆を処理したら、次は頭。

セレスとイーヴァンの番だ。

第15話阿鼻叫喚の地獄絵図を描きましょう-3

今すぐ私を解放しなさい

開口一番、白アールヴの姫セレスは居丈高にそう命じた。姫と言ってもそう呼ばれているだけで、彼らの集落は国と呼ぶにはあまりにも小規模だ。精々が村、ただの集まりと言った程度の人口に過ぎない。

しかし、美形揃いの白アールヴの中でも、セレスの容姿は更に飛びぬけており、正に姫と呼ぶにふさわしい容貌をしていた。同じ白アールヴでもShalはあどけない少女にしか見えぬ容姿をしているが、セレスはしっかりと成熟した女の魅力を備えている。

手足は細くすらりと長く、その身長はOlとさほど変わりない。気品と美しさを兼ね備えたその姿は計算しつくされた芸術品のようだ。赤く燃える森の中でもその美しさは損なわれていなかったが、湯を浴び磨かれた肌は玉の様に光り輝いていた。

粗末な囚人服を押し上げる二つのふくらみは並みの人間と比べても豊かなもので、スレンダーな白アールヴの中では破格の巨乳と言ってよい。

Загрузка...