ソ、フィ!
思わず彼女の名を呼びながら、Olはその小さな頭に触れる。ソフィアはそれに、彼の肉槍を擦る速度をあげて応えた。
く、あ、ぁっ!
たまらず、Olはソフィアの口内へと白濁を放っていた。一度ではとても出しきれず、Olは二度、三度と射精する。だがソフィアは口を離さず、それを受け止めながら更に促すようにペニスを胸で扱き立てた。
んっうぅ
大量の精液にぷっくりと頬を膨らませながらも、ソフィアはもごもごと口を動かし、それを嚥下していく。
はぁ、なんとか飲めた
やがてこくんと喉を鳴らして飲み干すソフィアの頭を、Olは撫でてやりつつ覚悟を決めた。娘とは言え、女にここまでさせたのだ。これ以上グダグダと悩むのは男として情けない。
他の男を知らぬと言うなら、知らなくとも良いよう幸福にしてやるまでだ。
望み通りにしてやる。横になれ
喜色満面の笑みを浮かべ、地面に横たわるソフィア。
Olは彼女の身体を組み敷いて、その入口に己のものを押し当てた。
ソフィアの瞳から、知らず涙が零れ落ちる。
ずっと、こうして欲しいと願い続けていたのだ。
良かったね、ソフィ
思わずマリーが呟き、目を細める。
幼少の頃からOlの娘のようにダンジョンで暮らし育った彼女は、ソフィアの気持ちを誰よりもよく理解できていた。
不意に、Olが声をあげる。
それは小さな声だったが、いつになく焦りを含んでいた。
どうしたの、パパ?
いや何故だ?
Olは困惑を滲ませて、己のものを見つめる。
今まさにソフィアの膣内に打ち込まんとした、その時。
突然、Olの逸物はその硬度を失い、萎え果てていた。
パパ?
信じられないものを見る表情で、ソフィアが目を見開く。
しかしそれは彼女のみならず、その場の全員が同様であった。
Olの性欲は限界というものを知らない。何百人を相手にしようとけして萎えることなく、毎夜美女を相手にしながらも飽きることなく抱き続ける。一度放って多少柔らかくなったとしても、美女をくみしけばたちまち剣のような硬度を取り戻すのだ。
それが萎えて役に立たなくなってしまったところなど、誰一人見たことがなかった。
流石のご主人様も、緊張することなんてあるのね
冗談めかしてリルが言いつつ、その柔らかな手のひらでOlの逸物を撫で擦る。性技を極め、長年連れ添った淫魔の手淫だ。それはほんの一撫でで元の硬さを取り戻す。
だが、結果は同じであった。それがソフィアの秘所に触れた途端、崩れるかのようにそこは硬さを失ってしまう。何度繰り返しても、リルが常に刺激しながら試しても、同じであった。
なん、で?
先ほどとは真逆の涙が、ソフィアの瞳からこぼれ落ちる。
Olとしても、全く原因がわからなかった。
不能になってしまったというわけではない。現にリルが触ればそれは瞬く間に力を取り戻す。ソフィアに魅力を感じないというわけでもない。口や胸でなら、いけたのだ。
ソフィアを穢したくないという忌避感、か?
見た目以上に焦っていたのだろう。考えられる唯一の原因を、Olは思わず呟く。
それを聞きつけて、ソフィアは顔色を変えた。
じゃあじゃあ
よろめきながら、ソフィアが立ち上がる。彼女が腕を振るうと、浴室の中からOlとソフィア以外の姿が消え去った。テレポーターでどこかへ飛ばしたのだろう。
ソフィア、お前何を
Olが尋ねるよりも早く、ソフィアの隣に巨大な肉塊が現れた。
至る場所に穴が空いて血を流し、砕けた骨と肉と脳漿が入り混じった、グロテスクな肉の塊。
わたしが穢れたら、パパは、わたしを抱いてくれる?
腐れ、朽ち果てる寸前だったそれが、みるみるうちに整い血色がよくなっていく。
その段になってようやく、Olはその肉塊が潰れたウセルマートの死骸であることに気がついた。
しかしOlのその考えは、厳密には間違っている。Olが気づいたその瞬間に、ウセルマートの胸板が大きく前後に動いて自発的な呼吸を始めたからだ。もはや、死骸ではない。
蘇生の術は極めて高度なものだ。それをこれほどの精度で成し遂げるとは、とOlは目を剥く。そして同時に、彼女の狙いを察知した。
待て!早まるな、ソフィア!
ん、む?
叫ぶOlの声に覚醒したのか、ウセルマートが目を見開く。
なんと美しい
そしてソフィアを見るなり、大きく目を見開いて熱に浮かされるような口調でそう言った。彼は起き上がって跪くと、ソフィアを見上げうっとりとした表情で呟く。
余の全てを差し上げる。そのかわりに、余のものになってはくれないか
ば!
馬鹿なことを言うな。
Olがそう叫ぶより早く、ソフィアの身体が光り輝いた。
それと同時に、凄まじい衝撃がOlを襲う。全身からごっそりと何かが奪われるような虚脱感に、彼は思わず膝をついた。
礼を、言おう
声が、降り注いだ。
大きいわけでも、強いわけでもない。
しかし降り注ぐと形容する他ない、その声。
それは、ソフィアがいた方角から発せられていた。
ははははははははは!ははははははははははは!
その声を聞いて、ウセルマートが哄笑を響かせる。
まさか!まさか、あなたがそうだったとは!だがしかしそれも納得というものよ!
彼はOlとは違い、ずいぶんと元気そうだった。
その美貌。その清らかさ。そして何より、その大いなる乳房!それでこそ、我が花嫁に相応しい。さあ、今こそ余と一つに
しかしその元気な声は、すぐに止まった。その身体が突然吹き飛んだかと思えば、壁に叩きつけられたからだ。首がありえぬ方向に曲がったその肉体は、どう見ても即死だった。
わたしが礼を言いたいのは魔王Ol。あなただ
光は、再び声を降らせた。
けれど、Olは気づく。
お前はソフィア、なのか?
それは愛しい我が子の声であった。
いいえ
だが光は、ソフィアの声でそれを否定する。
我は世界をあまねく照らす光
彼女の声に、別の声が重なる。聞き覚えのない男の声だ。
我は全てを滅ぼす原初の炎
そこにもうひとり、別の男の声が加わる。
我はけして滅びぬ不滅の風
そして更に女の声が加わった。それもまた、聞いたことのない声。
しかしOlはその声に、覚えがあった。
我こそは全知にして全能なる、まったき一つ
四つの声は混じり合い、男とも女ともつかない声になって、宣言した。
あなたが、神と呼ぶものである
第16話愚かしい決断を選び取りましょう-3
馬鹿、な神だと!?
激しい混乱の渦に巻き込まれながらも、Olは己の不調の理由を悟る。
これは、魔力欠乏症だ。
人間は魔力を使いすぎると身体が動かなくなり、昏倒する。
全身に感じる激しい虚脱感は、まさにその症状だった。
お前が神だとかつて魔道王と戦い破れた、天に住まう神だというのか!?
そう理解してくれて構わない
ソフィアから溢れ出る凄まじい理力が、Olの体内の魔力を打ち消している。
この大陸にすまう神々サクヤやタツキ、ミシャといった者たちが使う力は、魔力と理力が混じり合った、霊力と呼ばれるものだ。
ならば本当に、目の前にいるのは神そのものなのか。
ソフィアを、どこにやった。お前はどこからきたのだ
あなたはわかっているはずだ
Olの問いに光は答える。
私がまったき一つになった今、一側面でしかないあなたがソフィアと呼ぶ存在は
やめろ。Olはそう叫ぼうとしたが、その叫びに意味はなく、声をだすことすら叶わず。
消えた
Olの身体が、地に崩れ落ちた。
馬鹿な。そんなはずがない、と思う一方で、その言葉が真実であると確信している自分がいた。
私は、全ての魔を滅ぼす
光はそう宣言し、手をOlにかざす。
魔王Ol。私を復活させた礼に、あなたはせめて苦しまぬよう、滅ぼそう
その手の中に、純白の炎が生まれた。
それはウセルマートが放ったような、全てを滅ぼす暴力を秘めた破壊の塊ではない。
全てが溶け浄化されていくような、心地よい熱を持った炎だ。
させないよっ!
Olがその火に己が身を委ねかけたその時、ユニスの声が響いた。
純白の衣服と鎧に身を包んだ彼女は、サクヤにザナ、タツキを抱えるようにして空間を転移し、Olを庇うように立ちはだかる。
タツキが腕を振るうと温泉の湯が渦巻いて光を飲み込む。
凍りなさいっ!
それを即座に、ザナが凍てつかせた。
早く行きなさい、長くは
保たない。その言葉を待つことすらなく、巨大な氷の塊は一瞬で溶解する。
邪魔は、許さない
怒りも苛立ちも含まない、ただ事実を宣言する声。それと共に、無数の火炎球が光の周囲に生まれた。
お下がり下さい
サクヤが扇を振るい、光とほぼ同数の炎を作り出す。それは光の作り出した火炎球を飲み込んで、尽く相殺した。
ほう
微かに愉快そうに、光が声をあげる。
無礼であるぞ
サクヤは扇を開き、声を轟かせた。薄紅色の長い髪がざわざわとはためき、赤い瞳が燃えるように輝く。
妾は山戸(ヤマト)国が主、不尽の山の木花咲耶!無断で妾の邸宅に踏み入りしその咎、なんと心得るか!
赤く輝くマグマが壁を突き破って迸り、光に向かって降り注ぐ。それは湯と入り混じって猛烈な蒸気を発しながら、赤黒い岩となって光を包み込んだ。
旦那様
サクヤはOlを振り返り、穏やかな表情で跪くと、倒れ込んで動くことが出来ない彼にたおやかに微笑む。
旦那様にお会いして、ほんの僅かな一時なれどサクヤは、仕合わせでございました
待、て!
渾身の力を込め、鉛のように重い腕を持ち上げ掴もうとするその手をするりとかわし、サクヤはOlに口づける。
さあ、塞の神。頼みましたよ
ああ。任せておけ
音もなく壁に空いた穴からミシャが姿を現して、Olたちの身体を引く。
マグマが冷え固まった岩が、戸を開けるようにして押し開かれ。そこには先程に倍するほどの光が浮かび
サクヤ────────!!
花のように儚い笑みを浮かべながら、サクヤは光に包まれた。
ここ、は
Olが次に目を覚ますと、そこは暗い石造りの迷宮の中だった。
コボルトたちが一つ一つ積んでいった煉瓦壁と、ソフィアがその権能で一瞬にして作り上げた石壁では造りが全く違う。Olはすぐに、そこが自分のダンジョンであると気がついた。
大丈夫?
純白の、英霊としての姿で、ユニスが心配そうにOlの顔を覗き込む。
恐らく意識を失っていたのはほんの一瞬だったのだろう。
その後ろにザナとタツキ、ミシャの姿もあった。
気絶したのは、空っぽになった身体に急激に魔力が入り込んだ反動だったのだろう。
自身のダンジョンに戻ったOlの身体には、ダンジョンコアを通じて流れ込む魔力で満ち満ちている。
状況を教えろ。逃げ出せたものは、何人だ
ソフィアのダンジョンにいたわたしの身体と、ローガンは消滅。理力を浴びて消えただけだから、召喚しなおせばいいだけ。あとはスピナが気絶したけど、少し休めばじきに目を覚ますと思うわ。後はだいたい、皆無事でこっちのダンジョンに避難してる。逃げられなかったのはサクヤとソフィア、ね
Olの問いに、リルが如才なくそう答えた。
サクヤは、火山の神だ。海を司るタツキや空間を司るミシャと違って、他の場所に動くことが出来ない。どうしても、逃げることは出来なかった。
すまぬ、我が主よ。我としたことが、不覚であった
ミシャが暗い顔で、Olに頭を下げる。
姿形も、霊気も、何もかもが違った。だからといって汝らがソフィアと呼ぶあの娘に、今の今まで気づかなかった
正体
そう言われて、Olはようやく気づいた。
あの娘は
大地に隠れた太陽の神。そうなのだろう?
Olが問うと、ミシャは驚きに目を見開いた。
知っておったのか?
気づいてしかるべきだったのだ。大地の下に隠そうと、太陽が無くなるわけではないと、Ol自身も言ったではないか。
だが気づかなかった。なぜか。
Olにとって、ソフィアはもはや大事な娘でしかなかったからだ。
その正体が何なのか。
一体なぜ森の中に赤子の姿でいたのか。
なぜ神でありながら成長するのか。
ソフィアの姿が十歳くらいの時までは、そんな事を疑問に感じていたように思う。
しかし彼女の成長を喜び、どうすれば幸せにしてやれるのか苦悩し、女としてOlを見始めた彼女に戸惑ううちに、そんな事はどうでも良くなっていた。
血の繋がりなどなくとも、ソフィアはとっくに、Olの娘であったのだ。
だがしかし、まさかあのようなことになるとは
ホスセリに宿った、昇る太陽の神、純白のククル。
イェルダーヴが奉じていた、中天に座す太陽の神、金色のイガルク。
そしてウセルマートが操る、沈む太陽の神、赤きアトム。
太陽を幾つかに分けるのであれば、それで全てのように思える。しかし違ったのだ。
見えなくなっても、太陽はなくなるわけではない。
地に隠れし太陽の神、オオヒメ。数千年の昔に消えたものと思っていたのだがな
そうかそういうことか
ミシャの呟きに、Olは得心する。
その地に、Olは形を与えてしまった。ダンジョンという形を。
つまりそれは肉体だ。
そしてそこから見出された赤子に、マリーは名を与えた。ソフィアという名を。
つまりそれは魂だ。
肉と魂とを与えられて、ソフィアは成長していった。
それは成長であって成長ではない。
彼女は元の姿に徐々に戻っていっただけだったのだ。
そしてダンジョンという形を与えてしまったがゆえに、ソフィアはもう一つの力を手に入れた。他を取り込み、己の力とする能力。ダンジョンは全てを内包し、あらゆるものがダンジョンとなりうる。だからこその力だ。
そうして全ての太陽神の力を一つに集めた結果が、あの光。
神。天に座し、かつて魔道王と戦い滅ぼされた全知全能の存在だ。
Olは、神と呼ばれる存在が多数存在するソフィアの大陸を、奇妙だと思っていた。
神という言葉がただ唯一を指すのではなく、海や山といった自然物から、性愛のような概念、月や太陽にまで宿る大陸のことを、奇妙だと。
だが、違ったのだ。
例外は、Olたちが生まれ育ったこの大陸の方だった。
おそらくかつては、この地にも幾千、幾万もの神々が住んでいたのではないか。
しかしそれは全てが滅ぼされ、あるいは吸収され、唯一にして無二となった。
その中でもっとも強く大きい、太陽そのものの神はそれが太陽の化身であることすら認識されず、ただ天の神、光の化身であると呼ばれた。
そういうことなのではないか。
どうするの?Ol
リルが、心配そうに問いかける。
結局の所、テナの予知は今回ばかりは外れなかった。
ホスセリに宿ったククルを下してなおその運命からは逃れられず、Olは炎に包まれて死ぬか、ダンジョンに逃げ帰るしかなかった。
そしてダンジョンに逃げ帰れば災いを避けられると言っていた以上、この地にいれば安全なのだろう。太陽の神の力も、太陽そのものというわけではない。他の大陸にまでは、その力は及ばない。
光の神に挑んだとして、勝てるわけがない。
かつて魔道王がその全力を持って相対し、共に滅んだ相手だ。
Olは十数年前、その力のほんの一端を持ったメリザンドとすら、全力を振るって辛うじて勝利を収めたに過ぎない。
勝利の目はゼロと言っていい。だから挑むなどと言うのは、愚かしいことだ。
取り戻しに行くぞ。俺の娘を
その愚かしい選択を、Olははっきりと宣言した。
第17話反撃の準備を整えましょう-1
魔王Olの治めるダンジョンは、三つの宮を兼ねていると言われている。
一つ目は、侵入者を拒み惑わす罠と怪物たちの迷宮。
二つ目は、魔の眷属とその王が住まう絢爛たる王宮。
そして三つ目は、魔王の美しき妻たちが控える後宮だ。
旺盛な精力を持つ魔王はその後宮に何人、何十人と美姫を侍らせ、一度に相手をすることも少なくない。であるからその日、魔王の妻、妾、愛人たちが一所に集まり顔を突き合わせているのもそう珍しい光景ではなかった。
──その主たる、魔王Olの姿がないことを除けば。
主殿が倒れられたというのはまことか?一体何があった!?
中でも殊更に血相を変えて問いただすのは、黒アールヴたちの長、エレンであった。彼女率いる黒アールヴの弓兵隊は、通常の王宮で言えば親衛隊に当たる魔王の直属部隊である。
その手の届かぬところで主人が倒れたと聞いてはましてや、砂の国サハラや風の国フウロといった敵国を無事に下し、あとは凱旋するのみという段になってそのようなことになったとあっては、心穏やかにいることはできなかった。
安心して。倒れたと言ってもただの魔力失調よ。二、三日安静にしていれば良くなるって
魔力失調ですって?
病床に伏せるOlに代わり説明するのは、魔王の右腕にして使い魔、サキュバスのリルである。しかしその説明に、熟練の魔術師であるウィキアが目を光らせた。
冗談でしょ?未熟な魔術師見習いならともかく、あの魔力操作の化け物が、魔力失調になんてなるわけないじゃない
魔力失調って何だ?
鋭く視線を向ける彼女の横でこそりと尋ねたのは、同じく熟練の腕を持つ剣士、ナジャ。剣の腕は確かな彼女であるが、魔術に関してはからきしであった。
魔力を大量に失ったり、逆に急激に回復したりするとなる不調のことです。ウィキアさんの言う通り、自分の魔力量を把握できてない未熟な魔術師が分不相応な魔術を使おうとしたり、効き目の有りすぎる魔力ポーションをうっかり飲んじゃったりするとなるんですが
これに答えたのは白アールヴの僧侶、Shalだ。
Ol様がそんなミスをするわけはありませんし、あの方ほどの魔力容量で軽いめまいとか吐き気程度ならともかく、倒れるほどの量を回復できるポーションがこの世にあるとも思えませんね
その言葉を引き継ぐようにして、同じく白アールヴの長、セレスが眉根を寄せる。
あるじゃん
しかしそれに、クドゥクの盗賊、Faroが異を唱えた。
このダンジョンだよ。Olはダンジョンの中でなら無限の魔力を揮える。逆に言えば、魔力を失った状態でこのダンジョンに戻れば、限界まで回復するってことでしょ
普段のOlであればそれでも己に流入する魔力を制御できるであろうが、限界まで魔力と体力を失い、疲労困憊していた状態であればそういったこともありうるかも知れない。Faroの言葉に、一同は納得する。
あのうでも、なんでそれほど魔力を失う事になったんでしょうか?
そんな中おずおずと手を挙げ、自信なさげに意見を述べたのは牧場主のミオであった。
それは異大陸でも随分と女性をお増やしになられたようですから、大層お励みになったということではないでしょうか]
ニコニコと笑みを浮かべながらもグサリと刺すのは、魔王お抱えの商人、ノーム。いくらOlが人知を超えた絶倫であると言っても、人間の体には限界がある。何人も相手にする時は体力を魔力で補い回復させていることは周知の事実だ。
己のダンジョンの中でならば魔力自体も回復しながら無限に女を抱くことが出来るが、彼は遠い異大陸、別のダンジョンにいた。新しい愛人への寵愛に熱を入れるあまりに倒れるというのも、ありそうな話であった。
たとえ魔力がなくても、Ol様が十数人相手で倒れるとは思えないです
そもそも魔力が切れた時にこちらに戻れば失調を起こすのは自明のこと。Olがそれに気づかぬというのは不自然だな
控えめな態度ながらもはっきりと口にするミオを、元聖女のメリザンドがフォローする。
わかった、わかったわよ。ちゃんと説明する
じっと己を見つめる何対もの瞳に、リルは諸手を挙げて降参した。
といっても、わたしにも正直何が起こったのかまだよくわかってないの。わかってるのは
リルは己の目で見た出来事を思い返し、言葉を紡ぐ。
自らを、神メリザンド。あんたが仕えていた天の神。アレだって名乗る何かが、敵に回ったこと。そして、マリーとOlが我が子のように育ててたソフィアが消えたってことよ
馬鹿な神だと!?
飛び出した言葉に、いつも沈着冷静なメリザンドが驚愕し目を見開いた。
神は六千年前の神魔戦争で滅んだ。私が使っていたのはその名残、残党に過ぎん。他ならぬこの私がこの目で見たことだぞ。間違いない
説明されなくったってわかってるわよそんなのは。でも本人がそう名乗ったんだから仕方ないでしょ。それに
リルは目を伏せ、苦しげに口にする。
いくら奇襲だったとはいえ、わたし達が全員でかかっても為す術がなかった
未来を予知し変幻自在の幻術を操る巫女、テナとユツ。
常に最善の手を導き出す月の女神の加護を持つ、ザナ。
自在に空間を跳躍しあらゆるものを切り裂くユニスに、それに匹敵する力を持つスピナ。
そしてそんな彼女達を纏めて単独で相手できる程の力を持つ火山の神サクヤ。更には海の神タツキ、塞の神ミシャといった面々を、子供のように扱い軽々と倒してみせたのだ。
サクヤを置いて逃げ帰るしかなかったのよ
それはまさに、天の神と呼ぶに相応しい力であった。
天の力、理力は魔力と相反する。確かにそのような存在と直面したのであれば、Olの持つ膨大な魔力とて霧散するのは道理、だが
天の神をよく知る分、かえって信じられないのだろう。メリザンドは難しい表情で唸る。
その神とやらが何者なのかはどうでもいい。私が知りたいのは唯一つだ
エレンが、噛み付く寸前の狼のような眼光を持って、リルを見つめる。
主殿に楯突く相手によもややられたまま泣き寝入りするというわけではあるまいな?
相手を滅ぼせと命じてくれ。エレンの瞳はそう言っていた。
ええ。Olは、戦うつもりよ
それでこそ主殿だ!我が弓、今度こそ存分に揮おう!
黒アールヴは歓喜の声をあげ、腕を振り上げる。それに呼応して、他の面々もそれぞれに戦いの覚悟を決める。
だが、相手が本当に神だとするのなら勝ち目はあるのか?
そんな中ただ一人、眉根を静かに寄せるメリザンドに。
もちろん。あのOlが、何の勝算もなく挑んだりするわけないでしょ
リルは自信満々に、そう答えた。
第17話反撃の準備を整えましょう-2
その、数日後。
勝算など、あるわけないだろう
ようやく身体がまともに動くようになり、病床から起き上がった主人の言葉に、リルは大きく目を見開いた。
うそ、わたし、皆にもう言っちゃったわよ!?あのOlが、何の勝算もなく挑んだりするわけないでしょって!
考えてもみよ
慌てる使い魔に、魔王は諭すような口調で言う。
敵は天の神。全知にして全能。かの魔道王さえ勝つことが出来ず引き分けた相手。メリザンドが操った一端ではない、天そのものだどこに勝ちの目がある?
うう
非常識な存在が口にする至極常識的な言葉に、リルは呻いた。
けど
だが彼女は怯むことなく、言った。
Olが勝負を挑むなら、あるのよ。勝てる可能性が。少なくともゼロじゃない
真っ直ぐな視線がOlを貫く。その眼差しに、Olはふっと笑みを浮かべた。
からかったの!?
いいや。俺が言ったことは嘘ではない。が、お前の言うことも間違ってない
眉根を寄せるリルに、物覚えの悪い生徒に教える教師のようにOlは言う。
勝てると断ずる論拠はない。が、絶対に勝てぬと決まったわけでもない。ならば勝利を手繰り寄せるには一つ、必要なものがある
んーと情報?
いいや、とOlは首を振って、リルを見つめた。
勝てると信じることだ
それがなければ、あらゆる試みは無駄となる。
信じる、かあでもそれってOlが苦手なことなんじゃないの?
なにせ、人間はひいては世界は裏切る、を座右の銘とする男である。勝利を信じる、何ていうのは妙に似つかわしくない気がして、リルは首を傾げる。
ああ、そうだ
水を指すような彼女の言葉に、しかしOlは素直に頷き、
だからそれは、お前がやれ
そういった。
リルは驚いたように瞬きをした後、こくりと頷く。
地の底に住む魔王の、遥かな天への挑戦は、そのようにして始まった。
そして、それは。
無理ね
不可能じゃな
氷の女王ザナと、天狐を操る大巫女テナ。二人の異能者によって即座に否定された。
どれだけ最善手を手繰り寄せても、攻め出るという手段は取れないわ。ここでのんびり暮らすのがあたしにとっての最善よ
先見も同様じゃな。彼の地に行くこと自体は塞の神の力を借りれば可能じゃが飛んだ瞬間、未来はそこで掻き消える
最善と予知。似て非なる能力を持つ二人にそう言われ、流石にOlは呻く。
此度ばかりは相手が悪い。あらゆる事を知り、あらゆる事を成す。全知にして全能とはそういうことじゃ
重々しく告げるテナ。
ならば奴は、何故攻め込んでこない?
しかしOlがそう返すと、それに答えることはできなかった。
全知にして全能。飛んだ瞬間に消すほどに敵意を持つ。ならば、このダンジョンにまで来て滅ぼせばいいだけだろう。だがそうしない。何故だ?
天の神の考えることなど知ったことか、と答えたいのが正直なところではあったが、そう答えればOlの呆れ顔がかえってくる未来が見えてしまったので、テナは少し考える。
可能性は、三つじゃな。まず第一に、ただの気まぐれでそうしないという可能性。全知全能から見れば儂らなど深追いしてまで滅ぼすには値せず、ということじゃな。第二に、そうしない理由があるという可能性。例えばOlを生かしておいた方が奴の有利になるとかじゃろうか。第三は全知全能というのがハッタリで、実はこのダンジョンにやってくることはできん、というものじゃな
指折り数えるテナに、Olは深く頷く。
俺はそのうち、三番目。奴は物理的にこのダンジョンには攻め込めぬのだと考えている
あんたにしては随分楽観的なものの見方ね
半ば断言するOlを、ザナは懐疑的な視線で見つめた。
根拠はある。奴は己を全知全能と称したが、取り込んだ力の中には足りぬものがあるだろう
四柱の太陽神の力。
昇る太陽の神、純白のククルは不滅。けして滅びず、その力を無限に増す。
中天に座す太陽の神、金色のイガルクは千里眼。世界の全てを見渡す全知の片割れ。
沈む太陽の神、赤きアトムは過去視。あらゆる過去を見据える全知のもう半分。
地に隠れし太陽の神、黒きオオヒメは全能。あらゆるものを支配し動かす。
ククルとオオヒメは良かろう。不滅にして全能。まあわかりやすく最強だ。だが、残り二柱については何が欠けているかすぐに察しがつくだろう?
千里眼は、言い換えるならば現在視だ。現在と過去とが揃っているなら、残る一つは明白である。
その場の視線が、テナに向かった。
ま、待て待て待て。言っておくが儂の先見はそんな大層なものではないぞ
わかっておる。別にお前が隠れた五番目の太陽神だなどと言っているわけではない
テナの先見は強力ではあるものの、欠点は山ほどある。そもそも太陽神が関わる事象だとほとんど見えなくなってしまうのだから、同格であるわけがなかった。
──だがそれでも。
奴には出来ず、他のものには出来ることがある、と言っているのだ。それは即ち全能の欠如ではないか
なるほど。筋は通っておるな
半信半疑ながらも、テナは頷く。
こちらには海の神、タツキがいる。故に奴は海を渡ることは出来ぬ。境界の神、ミシャがいる。故に境界を超えて追ってくることは出来ぬ。そういうことではないか?
かつてこのラファニス大陸を支配していた天の神は、唯一絶対の存在であった。つまりは、この地にあった他の神の権能全てを手に入れていたのだろう。であれば少なくとも二柱、手元に神が残っているこの状況からしてみれば、かの神は全知全能とは呼べないだろう。
だからって勝てるわけじゃないでしょ。全知全能がほぼ全知全能だったからって、それがなんだって言うのよ
吐き捨てるように、ザナが口を挟んだ。
そりゃ、あたしだって何とかなるもんならしてあげたいわ。国の皆だって残してきちゃってるんだから。けど、どうにもなんないのよ
どうにかする手段があるのなら、彼女の力は月の女神マリナの権能は、その最善を引き当てる。しかし何度啓示を求めても、返ってくるのは同じ。──何もなさずその場に留まるべし、という答えだ。
つまりはザナにできることはなく、為す術はない。現状を打破する方法など、どこにもありはしないのだ。
お前は諦める。それでいいのだな
別に、諦めたわけじゃないわ。ただ無駄死にしたって仕方ないでしょ
どんなに絶対的な力を持とうと、神である以上、人からの信仰を必要とするはずだ。だからヒムロの人間が皆殺しにされるわけではないだろう、とは思う。けれどその暮らしが今まで以上に過酷なものになるであろうことは想像に難くない。
俺は無駄死にすると思うか
その調子なら、そうなるでしょうね
素っ気なく言い放つザナに、流石に腹を立ててリルが口を挟もうとする。しかしその前に、Olは腕を軽く挙げて己が使い魔を制した。
ならば止めてみるか?お前が哀願するのであれば、考えてみても良いが
なんであたしがそんな事しなきゃいけないのよ。好きにすればいいでしょ
挑発的なOlの物言いにムッとして、ザナは言い放つ。
Olは頷き、ニヤリと笑みを浮かべる。
お前からその言葉を聞きたかった
あ、これは碌でもない事考えてるときの笑いだ、とリルは内心呟いた。
第17話反撃の準備を整えましょう-3
それは、石造りの井戸に似ていた。
深く深く大地に穿った穴に、堅牢な石塁を覆うように組み上げていく。
井戸との違いは、その底に水源がないこと。
そして、周囲が水で満たされていることであった。
四方五マイル(約八キロメートル)の人工池、その中心に据えられた池を穿つ穴だ。
なんなの、あれ?
月明かりに照らされたそれを見下ろしながら、ザナは眉をしかめた。
時刻は夜半過ぎ。寝ているところを起こされ見せられたのは、そんなわけのわからない池の井戸だったのだから、その不機嫌そうな表情も無理のないことだ。
見よ
Olは腕を掲げ、空に魔力を飛ばす。琥珀色の光が虚空に線を引き、見る間に複雑な方円を描き出した。それは天空から降り注ぐ月の光を増幅して、池の上に丸い月を大きく映し出した。
こ、これが何だって言うの?
その美しい光景にザナは思わず見惚れるが、Olに限ってまさか月を愛でて女を口説こうというわけもないだろうと思い直す。
うむ。ゆくぞ
Olは説明もせずにザナの身体を抱きかかえると、宙をとんと飛んで井戸の中に入り込んだ。
ちょっ、何!?何なの!?
そのまま彼は井戸の底へと降り立つと、再び地上を目指して跳躍する。
いったい
文句をつけようとして、ザナは唖然とした。
己の口から声が全く出ないことに。そして、池が広がっていたはずの井戸の外が、荒涼とした真っ白な平原に変わり果てていることにだ。
なにこれ!どういうことなの!?
出ぬ声をそれでも必死に張り上げながら、ザナはOlの裾を引っ張る。
彼はそれでザナの事に気が付き、何事か答えようとして己の喉に触れた。
なるほど。
Olの唇がそう動いたかと思えば、その指先が虚空に呪を描き出す。
一体ここはなんなのよー!
途端に、ザナの喉の奥からいつもどおりに声が飛び出した。
見てわからぬか?
周囲をぐるりと見回すOlにならうようにして、ザナは周りに視線を巡らせる。
なにもない、殺風景な景色だった。夜であったはずなのに、周囲は眩しい光に溢れ、その白い大地は果てまでくまなく見通すことができる。だと言うのに、真っ黒な空はなんとも奇妙だ。
見渡す限りは全て白い石で覆われていて、池どころか草も木も生えていない。延々と続く不毛の荒野だ。
まさか魔界?
それは、リルから話に聞いていた悪魔たちの住処に酷く似ていた。
当たらずとも遠からずと言ったところか
生の息吹を微塵も感じぬその光景に眉根を寄せるザナに、Olは告げる。
ここは、月だ
思ってもみない答えに、ザナは間の抜けた声を返した。
池に浮かべた月影に穴を穿ち、ミシャの力を用いて影と実体の境を消した。そして今、実体側から出てきたというわけだ
月の上は見えず触れぬ水で満ちている、という。故に身体は軽く、息は絶え、凍えるほどに寒い。
呼吸と温度は魔術で対策を施していたが、言葉を発せなくなる事にまでは気が回っていなかった、とOlは言った。
でも何だってこんなところに
嫌な予感を覚えつつ、半ばつぶやくように言うザナに、Olは当然のように言い放った。
お前が信仰を奉ずる月の女神、マリナに会うためだ
ああんた、なんかロクでもないことする気でしょ!?
さてな。それはあちら次第だ
Olは視線を巡らせて、それを見つける。小さな光が尾を引いて、白い荒野の上を走っていった。
どうやら歓迎してくれるらしい。いくぞ
光の線を辿り歩くこと四半刻ほど。純白の荒野の只中に、それはあった。
どこまでも殺風景な景色に似つかわしくない、美しい城であった。
なんかあれ、あたしの城に似てない?
というよりも恐らく、お前の城がこれに似ているというべきだろうな
違いは、城をぐるりと囲む堀がないことだ。
ねえ、これ、勝手に入って大丈夫なの?
光で案内があるのだ。勝手ではなかろう
しきりに周囲を気にしおどおどと見回すザナを尻目に、Olはすたすたと門をくぐっていく。
ようこそいらっしゃいました
入ってすぐの大広間。そこで迎え入れた女神の姿に、ザナは息を呑んだ。
すらりとした長身に、床に垂れ落ちてなお伸びる眩い金糸のような髪。この世の美を結集したかのような、端整でありながらもどこか儚い顔(かんばせ)。輝くような、それでいて控えめな月光を纏った白いゆったりとした衣装に身を包み、静かな凛とした光輝を纏った女性。
それはまさに、ザナが理想と描き続けていた女神の姿であった。
ただ一点。
女性らしい膨らみを一切持たず、絶壁のような胸元を除いて。
女神マリナと見受ける。我が名はOl。魔王を名乗るものだ
ええ。こうしてお会いするのは初めてですね、魔王Ol。まさか、こんなところまでやってくるとは、思いもしませんでした
穏やかに答えながらも、マリナの手に月を象った杖が生まれる。瞬間、ザナはOlの敗北を悟った。
彼がどのような策略を練り、いかな戦力を有していたとしても、マリナには敵わない。目の前の女神の神威は、強大な火山の神であるサクヤや広大な海を統べるタツキとさえ比べ物にならない。それが、肌に感じる程の圧力でわかった。
マリナは杖を手にしただけで、別段攻撃的な姿勢を見せてすらいない。だというのに、押しつぶされそうな程の重圧がザナの膝を折る。彼女は半ば無意識に、祈るように跪いていた。
さてあなたの手は知れています。騙し、惑わし、犯し、籠絡するどのような策を用意してきたかは存じませんが
女神マリナがザナに貸し与えた権能は、当然のことながら彼女自身も使うことができる。すなわち、あらゆる状況に対し最善の手を見出す力。運命の糸を紡ぎ、勝利を導く力だ。
それはOlの練ってきた策略を見通すことは出来ない。だが、見通さぬままに潰し、無効化する能力だった。
それを扱うのがザナであれば、まだ勝ちの目もあっただろう。只人たるザナには出来ることの限界があり、また、ザナの考える最善とマリナの考える最善が食い違うという欠点もある。
だがマリナ自身がその権能を振るうのであれば、それらの弱点は全て消え失せる。偉大なる女神が扱う限り、その権能は無敵だ。
それとも女神ごとき、組み伏せ陵辱してしまえばいかようにもなる、とでも思いましたか?数多の女たちにしてきたように。もしそうであれば──
マリナの放つ圧が増した。それに押されるように、がくりとOlの膝が折れる。
それは、心得違いというものです
穏やかな口調。しかしそこに込められた敵意と憎悪は、ザナには計り知れないほどの深さを覗き見せた。
女神、マリナよ
圧に耐えるようにOlは両手を床につく。
そして顔を上げ、マリナを睨みつけてニヤリと笑う──ザナは、そう予想した。だが違った。Olは圧力に屈するかのように、その頭を垂れたのだ。
伏して、俺は助力を請う。どうか、力を貸してくれ
だがそれも違った。Olは神威の圧に耐え、己の意思を持って、その頭を下げていた。さしもの女神マリナもこれには目を見開く。
月という巨大な天体を司る女神の放つ圧力の中、膝を屈さず見上げるのはそう出来ることではない。だが──己の力で頭を下げるのはその比ではなかった。そのまま床に押しつぶされる力に耐えながら、下げねばならないからだ。
まさか何の策も謀もなく、ここまで来たのですか?
女神マリナはその瞳を瞬かせ、信じられないと言わんばかりの声色で問う。
魔王であるあなたが、ただわたしに頭を下げるためだけに?
そのOlの言葉が本当であるか嘘であるか、判断する力はマリナにはない。だが、その言葉が彼女を破滅に導くのであれば、今この場で杖から発せられた熱線がOlの身を魂ごと焼き滅ぼしているはずであった。
俺の娘が、捕らわれたのだ。これを助けるのに、我が身には力が足りぬ。ならばこの頭一つ、下げることに何を躊躇うことがあろうか
Olは膝を伸ばし、立ち上がる。神威に反して立ち上がれば、圧に骨が軋み肉が引き千切られるような痛みが走るはずであった。それは物理的な重さではない。いかなる怪力無双であっても等しく感ずる、魂を押しつぶす圧力だ。
故にOlを立たせているのもまた、肉体の力ではない。そこに込められた、精神の──意志の力だ。
重ねて頼む。この通りだ
そして、信じがたいことに。直立した姿勢のまま、Olは頭を下げてみせた。
頭を下げる人間に、女神マリナはどうしたものかと頭を悩ませる。
いくら愛し子、ザナを預けた庇護者といえども、それは他に適当な相手もおらず方法もなかったがゆえの止むに止まれぬ事情からだ。別に、Olを気に入っているわけでも見込んでいるわけでもない。
己を軽んじ利用しようとましてや、かの火山の女神のように征服し支配しようなどという腹積もりであれば、最大限の苦しみと屈辱を与えた上で殺すつもりであった。
だが、正面から真っ正直に助力を請うてきたならどうするべきか。
こういうときに、彼女の権能は使えない。なぜなら、何を最善とするかをまず決めなければならないからだ。つまりOlに力を貸すのか、それとも見捨てるのか。その心持一つで、何が最善であるかは変わってしまうからだ。
いいでしょう。ですが無条件に許可するというわけにも参りません
そのような場合、神々にはある一つの決まりがある。
今からわたしが言うものを持ってこられたら、力を貸しましょう
人間に試練を与えるという、決まりである。
第17話反撃の準備を整えましょう-4
まさかあんたが何の策もなく真正直にマリナ様に頼み事をするとは思わなかったわ
月からダンジョンへと戻り、ザナはようやく重圧から開放されてため息を付きながら言った。
何を言う。無策で行くわけがなかろう
どんな策があったっていうの?
ザナの見る限り、Olはただ真正直にマリナに頼み事をしたようにしか思えない。あるいは、愚直さこそ最善の策とでも言うつもりだろうか。
何のためにお前を連れて行ったと思っているのだ。月の上は人間が生きていける環境ではない。俺が魔術で保護していたから無事だったが、それが切れればお前は即座に焼け死ぬか溺れ死ぬかしただろう。故に、マリナは俺を殺せなかった
などと呑気なことを考えていたら、思っていたよりもかなりエグい手を使っていた。己が知らぬ間に人質にされていたと知って、ザナは絶句する。
奴の能力の欠点だな。最善は引けても、なぜそれが最善なのかを知ることは出来ない。俺を殺せないということは、殺さないことが最善であるのだと判断しただろう
あんたがそういう奴だっていうのはわかってたのに
まあ実際俺はマリナと敵対するつもりはないから、保険のようなものだ。気にするな
頭を抱えるザナに、Olはそんなことよりと話を切り替えた。
問題は奴に出された試練とやらだ。お前の能力で解決できるか?
できるわけ無いでしょ!
ザナの能力とは、要するにマリナの権能のことだ。マリナの出した試練をマリナの力で解決しては、マッチポンプもいいところである。非常識なOlの提案に、ザナは叫んだ。
そんな条件はつけられた覚えはないが仕方あるまい
っていうかあんた、マリナ様から要求されたのがなにか知ってるの?
知らん
月の女神が課した試練とは、五つの至宝を集めてこい、というものであった。
あんた、知りもしないで承諾したの?マリナ様が取ってこいって言ったのは、ヤマトの古い物語に出てくる宝物よ。あたしですら知ってるほど有名な話の
ほう。それほど有名ならば、大して労せずに手に入るのではないか?
Olの言葉に、ザナは深くため息をついて答える。
逆よ。手に入らなかったってことで有名なんだから。外つ国の聖者が持ち、自ら光り輝くという仏の御石の鉢。白銀の根と黄金の茎、真珠の実をつける蓬莱の玉の枝。火の中に入れてもけして燃えない火鼠の皮衣。龍の首の玉に、燕の産んだ子安貝。どれもどこにあるのかさえわからない代物よ
物語では、月に帰った姫君がこれらの至宝を求めたという。まさかマリナがその姫君の正体であったなどということはなかろうが、仮にも月の女神だ。何らかの関係はあるのかも知れない。
というかこれ、遠回りな拒否なんじゃないかしら
そんなことはない。拒否するなら、否と言えばいいだけのことだ
高貴な相手から求婚された物語の姫君の場合とは違って、立場はOlよりもマリナの方が上だ。確かにわざわざ達成不可能な条件を突きつけて諦めさせる必要はないように思えるが、だからといって手に入れることができるとはザナにはとても思えなかった。
なんでそんなに自信満々なのよ
にもかかわらずまるで思い悩んだ様子を見せないOlに問えば、彼は当然のように答えた。
ダンジョンには、すべてがあるからだ
とりあえず、思いつく限りのものを集めてみたよ
Olから命じられてから、一月ほど。ダンジョンに住まう者たちは、思い思いの品を手に集まってきていた。
とりあえず、火鼠という生き物は見つかりませんでしたので、代わりにこちらを
迷宮の食卓を支える大牧場の司。獣の魔王の二つ名で知られる侍女のミオがそう言って差し出したのは、体長一フィート(約三十センチ)ほどの小さなトカゲであった。と言ってもただのトカゲではない。その鱗が燃え盛る炎に包まれた、火蜥蜴(サラマンダー)だ。
代わりは構わんが、要求されているのは皮だぞ。なぜ丸ごと持ってきた
火蜥蜴の皮は殺して剥げば、炎は消える。だがもともと炎に包まれていたものだから火に投じても燃えてしまうことはないし、マリナの言う条件を満たしてはいるように思える。
だがミオが差し出したのは生きたままの火蜥蜴だ。石造りの迷宮に火災の心配は少ないが、それでも連れ回すようなものでもない。というか、なぜミオはそんな生き物を抱きかかえて火傷一つ負わないのか。
Ol様がお望みであれば、私もこの子も身を捧げることに躊躇いはありませんが。殺して皮を剥いでから、やはり不要だったなどと言われては可哀想じゃないですか
余計なものはちゃんと燃やさないよう躾けてありますからご心配なく、とミオは笑顔で言った。
まあ良い。次だ
はい。龍の首の玉ってこれでどうかな?
Olはユニスが差し出した宝玉をじっと見つめる。両手のひらにちょうど収まる程度の、真っ白な玉だ。見た目はつるりとしているが、触ってみると表面はややザラザラとしている。
これは真竜の骨を磨いたものか
ご名答!よくわかったね
その手触り、重さからそれが鉱物ではなく骨であることはすぐにわかった。だがそこに含まれた魔力量は物言わぬ骸が持つとはとても思えない量だ。
ただの骨がそれほどの魔力を持つ生き物など、竜それも、眷属や亜種ではなく、一対の翼と四本の手足を持つ真竜以外にはありえない。
メトゥスのものではないな
うん!やっつけてきた。そういえばあたし、竜を倒したことなかったなって思って、ちょっとディングラードにね
ディングラードだと?ということはこれは、デフィキトの骨か
Olの問いに、ユニスは頷く。Olたちが本拠地としているダンジョンの中心から遥か西、ディングラードに住まう火竜デフィキトといえば、最古の竜メトゥスと並ぶほどに有名な悪竜だ。
メトゥスよりは若い竜ではあるが、こちらから手を出さなければ大人しかったメトゥスと違って数十年に一度の頻度で気まぐれに人里を襲うため、遥かに恐れられていた。
一人で倒したのか
うん。英霊の力を使うのはちょっとズルかも知れないけど
どこか誇らしげに頷いたユニスの表情は、しかしすぐさま曇る。
でも首に玉はなかったから一応、球状に磨いてみたんだけど
Olの知る限り、真竜の骨格構造は種を問わずおおよそ同じだ。そして首に玉などないことは、メトゥスの死骸を検めて確認している。
とはいえ竜の身体は全身これ膨大な魔力の塊だ。何に使うにせよ有用だろう。次は
こちらをご覧ください
周囲に視線を巡らせるOlにきらびやかな黄金の枝を差し出したのは、迷宮で商人を営む女、ノームであった。その手に掲げ持つ枝には大粒の真珠の実が連なり、翠玉(エメラルド)の葉が茂っていた。
作らせたか
最高の腕を持つドヴェルグの職人にお願いしました。金貨二万五千枚になります
その来歴をOlがひと目で見抜けば、ノームは営業用の笑みを貼り付けたまま答えた。
物語では、作り物は見破られてしまったのではなかったか?
いや、正確には見破ってはおらぬな。その枝を作った職人たちが支払いを迫ったことで発覚したはずじゃ
ヤマトの大巫女、テナは流石にこの手の伝承には詳しい。Olの問いに、すらすらとそう答える。
今回は職人に対しては既に十分な報酬を支払っております。陛下からお代が頂けない場合は
ノームはするりとOlの傍らに身を寄せて、
身体でお支払い頂きますから、文句をつけることもございません
冗談めかしてそんなことを言った。
リル、金貨を手配しておけ
あらつれませんこと
唇を尖らせるノームごと有能な使い魔に押し付けて、Olは次の品を取る。
これは仏の御石の鉢か?
うん、そうだよ
白く深い皿を手にとって眺めるOlに頷いたのはマリーだった。
特に飾りもない簡素な陶器の皿は、しかしほのかに光を放っている。
それでいて、魔力を殆ど感じない。
いや、殆どではない。熟達の魔術師たるOlですら見つけられないということは、全く魔力を持っていないと言っていい。
それは魔力に溢れたOlの魔王宮に存在する物質として、極めて不自然なことだった。
どこかで見た気が
そ、それは私の碗ではないか!
矯めつ眇めつ皿を眺めていると、不意にメリザンドが叫んだ。言われてみれば、それはメリザンドが普段食事に使っている陶器の碗である。
なるほど。ホトケというのは聖者の一種だったな
聖者の使っていた石で出来た食器が仏の御石の鉢であるとするなら、元とはいえ聖女であるメリザンドが使っている陶器の碗は確かにそれに当たるだろう。
燐光を纏っているのはメリザンドから漏れ出した理力が染み込んでいるがゆえ。魔力と理力は互いに打ち消し合うものだから、魔力を全く持っていないのも当然だ。
待てえぇぇっ!それを何に使う気だ!?
ようやくまともなものが出てきたな、と碗を懐にしまおうとするOlを、メリザンドは必死に止める。漏れ出た理力が染み込むほどに使い込んだ食器である。それを他人に、ましてやOlに持っていかれるのは何というか非常に恥ずかしかった。
何を言っておる。女神マリナに捧げると説明したであろうに
やめろ!ええい、マリー、離せ!離せと言って
メリザンドは必死に抵抗を試みるが、元聖女とは言っても肉体的には何の素養もないただの少女である。あっさりとマリーに引きずられ、退去させられていく。
こちらにご用意しました。燕の産んだ子安貝です
まるで市場に売られていく家畜のような目でこちらを見つめるメリザンドを見送って、視線を巡らせるOlの前に一歩踏み出したのは、彼の一番弟子であるスピナだった。
見せてみよ
その時点で嫌な予感がしたが、無視するわけにもいかずOlは促す。
うなずき、どこか嬉しそうにスピナは手にした鳥籠から覆いを剥ぎ取る。
その中にいたのは、なんとも形容しがたい生き物であった。
なんだ、これは
燕の産んだ子安貝です
スピナは愚直に繰り返す。それは、おおよその形としては、確かに燕に似ているようにも見えた。全身を貝殻のような鱗で覆われ、脚部がカタツムリのようなヌメヌメとした偽脚になってさえいなければ。
魔法生物か
はい。燕と子安貝を配合した合成獣です
燕の産んだ子安貝が他の四つの宝物と違うところは、燕も子安貝タカラガイの一種も実在することだ。しかしその二種は全く別の生き物であるから、燕が貝を生むことなどありえない。
であれば、そのような生き物を作ってしまえば良いと、スピナは考えた。
これは、燕でありながら同時に子安貝です。成長するに従い子安貝としての性質は徐々に消えていき、燕の性質が強くなり、そして──
スピナは鳥籠を床に置くと、もう一つ、こぶりな木箱を取り出す。
その中には水が湛えられており。
貝の性質が強い、子を生みます
くちばしが生え始めた奇妙な貝が、その中に横たわっていた。
定着したのか
Olが呻くように言うと、スピナは首を傾げた。
二つ以上の生物を掛け合わせた合成獣は基本的に生殖能力を持たず、一代限りの存在だ。仮に生殖能力を持っていても、子の代は繁殖できなかったり、そもそもうまく育たなかったりする。が、ごく稀に、正常な生殖能力を持ち、種として一般化するものがいる。それが、定着と呼ばれる現象だ
最も有名な例が、山羊の体に獅子の頭、蛇の尾を持つ魔獣キマイラである。何百年も前に魔術師によって作られた合成獣だと言われているが、現在では種として定着し互いに繁殖して増えている。故に、キメラの中でもかの魔獣を特別にキマイラと呼ぶ。
しかしそんな存在は長い魔術の歴史を紐解いても数えるほどしか存在せず、それも偶然の産物であって、意図的に作り出す技術などOlですら聞いたことがなかった。
でしたら、定着しております。この子は四代目ですので
そんな師の思いを知ってか知らずか、スピナはさらりとそんな事を言ってのける。
もはや魔法生物作りの分野ではOlすら遠く及ばないだろう。いつの間にか遥か彼方へと至ってしまった弟子を、魔王は唖然として見つめることしか出来なかった。
第18話欠けたる月を満たしましょう-1
本当にこれ、持っていくの?
呆れさえ含まれたザナの言葉に、Olはうなずく。
火鼠の皮衣として用意した、生きたままの火蜥蜴。
真竜の骨を削り出して作った龍の首の玉。
蓬莱の玉の枝を模して作り上げた、黄金の枝。
仏の御石の鉢代わりのメリザンド愛用の碗。
そして、燕の産んだ子安貝たる、形容しがたい生き物。
それら珍妙な五つを腕に抱えたOlの姿は、一種異様なものがあった。
少なくともこれから神に捧げられる宝物にはとても見えない。
というか、その燃える蜥蜴を抱いても焦げ目一つつかないローブの方がよほど火鼠の皮衣に近いのではないか。
色々な文句を脳裏に駆け巡らせた挙げ句、ザナは突っ込みを放棄した。
Ol相手にこの程度で騒いでいては身が持たないと遅まきながら学んできたからだ。
まあ、いいわ。とにかく行ってみましょう
それに、とザナは思う。
悪辣で、疑心の塊で、まるで信用ならず、何かと気に食わない男ではある。
だが──ある意味で、信頼できる主人でもある。この男であれば、あるいはなんとかしてしまうのではないかと。そう、信じてしまうような。
話になりません
ええー!?
だから、Olが差し出した品を一瞥したマリナが即答したとき、ザナは思わず叫んでしまった。
いや驚くことですか?こんなものが宝物であると本気で思っていたのですか?というか何なんですかこの気持ち悪い生き物は
しかし呆れたように言うマリナの言葉は、至極もっともな物であった。
そもそもですねザナ。わたしはあなたが力を使っていないときも、常にというわけではありませんが見守っているのです。ですから、これが紛い物だという事もわかっております
言いながら、マリナは蓬莱の玉の枝を手に取る。
紛い物?異な事を言うものだ
そこで、黙っていたOlが口を開いた。
口を慎みなさい。わたしがザナの耳目を借りたということは、あなたがザナの安全を盾にしているということもわかっているということですよ
杖をOlに向け、威圧するマリナ。種がわかっていればザナを保護しつつOlを殺すことなど造作もない。
指定された通りのものを持ってきたではないか。古の物語に登場する蓬莱の玉の枝。職人たちに金と白銀、真珠で作らせた枝だ
なっそのような屁理屈を!では、他のものはどうなのです?これは明らかに鼠ではないではないですか
マリナは火蜥蜴を示して言い募る。
珍しい獣なのだろう。実際に見たものはおらず、書物の絵で外見を伝える際に誤って伝わったのであろう。描いたものには絵心がなかったと見える
対してOlはしれっとそう答えた。
で、ではこの竜の首の玉はいかがです。骨を加工しただけではありませんか。しかも玉というにはいささかいびつです
竜を倒せる英雄などそうはおらぬ。竜の死骸はかつての神魔戦争の折に死んだものが見つかるのが大半だ。数千年も風雨に晒されれば、竜の骨とて丸くもなる
仏の御石の鉢は?
紛れもなく聖者が使った碗だ。碗と鉢の違いにそこまで拘るのは、本質的とは言えぬだろう
では燕の産んだ子安貝はいかがです。このような生き物が宝などと呼べるわけがないでしょう
確かに不気味だ。しかしそれ以上に珍しい存在だ。他の場所ではこのような生き物は見られぬであろう
作ったからでしょう!?
とうとう耐えきれず、マリナは叫んだ。
あなたの!弟子が!作ったからでしょう!?
思わず傍で聞いていたザナが頷いてしまうような、見事なツッコミであった。
では聞くがな
しかしOlは微塵もたじろぐことなく、壇上に立つマリナを睨め上げる。
お前の言う本物とやらはどこにある?
鋭い口調に、マリナは返答に詰まる。
俺のダンジョンは世界の縮図だ。そこにはあらゆる物が存在し、あらゆる物が作り出せる。故に俺は、俺の配下が集めてきたこれらを本物であると確信している
Olは心の底からそう思いながら、口にしている。少なくとも、ザナにはそのように聞こえた。
それを否定するのであれば──お前が証明するのだ。本物を、俺に見せてみよ
なそれは
その一言で、Olとマリナの立場は逆転した。
お前の能力であれば、本物を示すことなど容易いことだろう?
お前の能力で解決できるか?
Olからそう問われたことを、ザナは思い出した。何の気なしに聞いた、試練を無意味にするような非常識な質問。だが、そうではなかった。
──実在するのであれば、な
マリナの能力では解決できないことを知りながら、Olはあえてそう尋ねた。解決できないということに気づいていないと思わせるために。
あれはこの時のためにマリナに聞かせた、布石だったのだ。
良いでしょう。あなたの用意したものを本物と認めましょう
最善の力を持ってしても解決できなかったのか、それともOlの力を認めたのか。
ザナ。彼を助けておあげなさい
深々とため息をつきながらも、マリナは渋々と言った様子でそう答える。
わかりまし
頷きかけるザナを、Olのよく通る声が遮った。
俺が欲しいのはマリナ、お前だ
わたしですか?
己を射抜く鋭い視線に、マリナは目を瞬かせた。
つまりザナを経由せず、あなたに直接加護を与えて欲しいという事ですか?残念ですが、月の女神たるわたしの力は男性には貸すことが出来ません。代わりにあなたの部下に与えるという事でよろしいでしょうか?
そうではない
神殿の奥、一際高くなった壇上からOlを見下ろしながら、マリナは僅かに不満げに首をかしげる。
では、どういうことなのでしょうか?はっきりと仰ってください
最初から言っているではないか
その壇上へと続く階段を登りながら、Olはマリナの瞳を覗き込むようにして言った。
俺が欲しているのは女神マリナ。お前自身、そのものだ
何馬鹿なこと言ってんのよっ!
Olの意図を違わず察し、ザナは蹴りを放つ。しかしOlはそれを振り向くことなくいなした。
つまりわたしを抱きたい、ということですか?
別に抱きたくて欲しいと言っているわけではないがまあ、平たくいえばそういうことだ
頷くOlに、マリナはすっと目を細める。
不遜とは思わないのですか?
思わぬ。神なら既に火山と海と境の神を妻にしておる。格の差はあれど種としては同じであろう。それに
Olは後ろを振り返って、持ってきた品々を視線で示した。
お前はあれを本物と認めた。あれはそもそも求婚の証だろう?
マリナは己の衣服の胸元に指をかけ、ぐいとはだけてみせる。
マリナ様!?っ!?
その光景にザナは悲鳴のような声を上げそして、固まった。
ただし
マリナは嘲るような笑みを浮かべながら、自分の胸を示す。
この体を見ても、その気になればですが
そこには女の体にあるべきものは何もなく。
代わりに乳房を削り取った醜い傷跡だけが、広がっていた。
第18話欠けたる月を満たしましょう-2
構わん。寝所はどこだ?この奥か?
えっ、ちょ、ちょっと、お待ちになってください!
躊躇なくマリナの手を取り神殿の奥へと歩き出そうとするOlを、女神は慌てて止めた。
何だ?この場でするのか?まあ、それも構わんが
ちらりとザナを一瞥し、Ol。
構うわよっ!あ、あんた、正気なの!?
ザナは顔を真赤にしながら叫んだ。
だって、マリナ様の、その胸
マリナがあらわにしたそこは、痛々しいまでの傷跡が残るのみで、乳房はおろかその先端の蕾すら残ってはいなかった。
胸の大小がどうした。お前だって人をとやかく言えるほど大きくないだろう
悪かったわね!?っていうか流石にマリナ様よりはあるわよ!
思わず叫んでから、ザナは自分の口を押さえる。
いや、あの、すみません、マリナ様
いいのですよ、ザナ
にっこりと微笑み、マリナは何もない胸元にそっと手を当てる。
この胸は、わたしが自分で切り落としたのですから
その言葉に、ザナは目を見開いた。
かつてわたしは兄である太陽神イガルクに、無理やり穢されました。故にそれ以上穢されぬよう、女であることを捨てたのです
笑みを浮かべたままのマリナの表情が、わずかに歪む。
このような悍ましい、兄に陵辱されて乳房を削ぎ落としたような女を、本当に抱きたいとお思いですか?
微笑みかける月の女神に。
ああ、思うぞ
間髪入れずにそう答えると、Olはマリナの華奢な身体をひょいと抱き上げ、奥の部屋へと進んだ。
ちょ、ちょっとお待ちください!
マリナの悲鳴じみた声に、彼はピタリと歩みを止める。
そのあの
しどろもどろになって答えを紡ごうとするマリナの反応を、Olは急かすでもなくじっと待つ。
自分で歩け、ますから
熟慮した末に出たマリナの言葉にOlは頷き、素直に彼女を床へと下ろす。
では、寝所に案内して貰えるか?
ははい
そして差し出された手を取ると、女神は逡巡しつつも促された通りに奥へと向かった。
ええー
一人取り残されたザナは、ただ呆然とそれを見送ることしか出来なかった。
あの本当に、するのですか?
ああ。嘘や冗談でそのようなことは言わん
先程までの余裕ある態度が見る影もなく、狼狽えた様子で問うマリナに、Olは至極真面目な表情で頷いた。
脱がしてもいいか?
着たままの方がまだ、良いのではありませんか?
問われ、マリナは既に着直していた胸元を隠すように手で押さえる。
何をいうか
Olは短く言い放つと、マリナの衣服にゆっくりと手をかけた。
脱がすぞ
有無を言わせぬ、しかし穏やかな口調で問う。
は、い
マリナは抵抗するでもなく、彼に身を任せた。するすると静かな絹擦れの音が響き、輝く衣がぱさりと床に落ちる。
美しい
目の前に現れた裸身を眺め、思わずOlはそう漏らした。
そのようなお世辞を
世辞なものか
恥ずかしげに視線を逸らすマリナに、Olは熱のこもった言葉をかえす。
マリナの金の髪は夜闇の月のように美しく輝き、ゆるくウェーブして足首までを覆いながらも一点の乱れもない。白磁の如き肌はどこまでも滑らかで、きゅっと括れたウェストからスラリと伸びる両脚は稀代の芸術家によって作り出されたかのよう。
全体的にほっそりとした印象でありながらも太ももや尻にはむっちりとした肉が付き、清楚でありながら同時に男を惑わす蠱惑的な魅力がある。月というもののもつ二面性そのものを体現したかのような裸身であった。
ではこの胸も、美しいとおっしゃいますか?
ただ一点。彼女自身の手で抉られた、乳房を除いて。
そうだな確かにそれをも美しいと言えば、嘘になろう
Olはゆっくりと彼女の乳房があるべき場所をなぞるように手を伸ばし、撫で擦る。
どちらかと言えばそうだな。凛々しいとでも言うべきか
凛々しいですか?
思っても見ない言葉に、マリナはキョトンとした。
兄に襲われながらも、乳房を切り落として見せてやったのだろう?痛快な話ではないか。イガルクの奴はどんな顔をしていた?
遥か昔、神話の時代を思い出すようにマリナは顔を傾ける。
わたしが切り取った乳房を投げつけてこれでも食べなさいと言いましたらあれが鳩が豆鉄砲を食らったような顔、というのでしょうか。そんな顔をしていました
ハ!
それを聞いて、Olは声を上げて笑った。
大人しそうな顔をして、やるではないか。ククク、その顔、是非俺も見てみたいものだ
イガルクに、思うところがあるのですか?
ザナの目を通して見た限り、Olとイガルクの間に関係はない。彼にとってはただ太陽神を構成する一柱に過ぎないはずだ。だがそれにしては、Olの言いざまは悪意に満ちていた。
声くらいしか知らぬ相手ではあるがな。だが間違いなく虫のすかん奴だという事はわかっている
なぜですか?
マリナはわずかに目を細め、Olを見据える。女を無理やり犯すような奴だからだなどと言い出すのではないか、と思ったからだ。
Ol自身が今まで幾度もそうしてきたことは知っている。そのことに不満を持っている女性はいないようではあったが、だからといって許せることではない。そもそも、今しようとしているのだって半ばそれに近い。
ましてやそれを棚に上げて他の男を批難するというのなら、それはマリナにとっては看過できぬ感性だった。
奴はザナに加護を与えなかったからだ
しかしまたしても、Olの答えはマリナの予想したものとは外れたところから返ってきた。
おそらくそれは、わたしのせいでしょう
家系的にヒムロの王族の女たちは皆、年頃になると豊満な乳房に成長する。だがザナに限ってその成長は芳しい物ではなく、今に至っても成長に乏しい。
それが、マリナの切り落とした乳房を連想させるのだろう。だからイガルクはザナに加護を与えず、妹のイェルダーヴにのみ与えたのだ。
太陽の神ともあろうものが、なんとも器の小さいことではないか。たかが胸が小さいくらいで、あいつはどれほど苦労する羽目になったことか
姉として生まれたことも、胸が成長しなかったことも、ザナに責任がある問題ではない。だがそのせいで彼女は自分が王に相応しくないと思い悩み、妹を奪われ、愛憎の狭間で苦しみ、好きでもない男(Ol)に身体を捧げてまで責務を全うして、その果てに死を選ぼうとまでしたのだ。
なんとも悲惨な人生ではないか。
奴は聡明で、気高く美しい女だ。その一生が、たかが乳の大小で台無しになるなど馬鹿げておる。奴は幸福になるべき人間だ
もしそれが演技であるとするのなら、Olは今すぐ魔王など廃業して役者になった方がいいだろう。マリナがそう思ってしまうほど、Olは本気で怒っているようだった。
そして、俺はお前にもそう思う。月の女神マリナよ。お前ほどの女が不幸を引きずり続けることなど、我慢ならん
不幸?
マリナは目を瞬かせる。自分を不幸だと思ったことなどなかったからだ。
月は常に美しくあるものだろう。それを、そのような下らぬ男のせいで愛でられぬなど、不幸でなくて何だというのだ
マリナの胸元に触れて、Olは眉をしかめてみせた。それは醜い傷口への嫌悪ではなく、彼女の境遇への憐憫でもなく。
純粋に、失われたものへの惜しみがにじみ出ていて。
それでは幸福とは何か、教えてくださいますか?
微かに笑みを浮かべるマリナに、Olは頷いた。
第18話欠けたる月を満たしましょう-3
マリナの長い金の髪が、寝台いっぱいに広がる。
どこか心細げに横たわるマリナの華奢な身体を、Olはそっと包み込むように覆いかぶさる。
小さく耳元でそう呟くと、Olは彼女の首に軽く口づけた。
思っていたよりも、ずっと抵抗は少なかった。それはあるいはザナの目を通して彼に抱かれる少女を見ていたからかも知れないし、月の女神を相手にして臆せず裸身を晒す男の言葉のせいかも知れない。
唇が、マリナの反応を確認するようにゆっくりと、二度、三度と落とされる。首筋からゆっくりと鎖骨の方へ下がっていき、醜い傷跡へと。
あのそこは結構ですから
なに、任せておけ
思わずマリナが言うと、Olはそう答えた。
無理やりされて以来、経験もないのだろう?であれば生娘のようなものだ。生きてきた時間は比べ物になるまいが、耳年増に閨房で負ける気はせん
み、みみどしま
さり、とOlの舌が胸元に傷跡に触れる。痛みがあるわけではないが、かといってそうされて気持ちいいわけでもない。彼のするに任せながら、奇妙な面持ちでマリナはただそれを見つめた。
あのしないのですか?
任せておけと言っただろう
その気になった、という程でもないが、わずかに期待する気持ちはある。だがマリナがそう促しても、Olはそう答えるばかりで一向にマリナを抱こうとはしない。
何もない胸など舐めても面白いことなどないだろうに。まるでそうすることで乳房の傷が治るとでもいうかのように、Olは熱心に傷跡に舌を這わせていく。
いやと、不意にマリナは気がついた。彼は実際、傷を癒やそうとしているのだ。
しかしそれは肉体についた傷ではない。その奥、胸の中に空いた傷だった。
もはや記憶さえおぼろげになるほどの遠い昔。イガルクとマリナは、仲の良い兄妹であった。少なくともマリナはそう思っていた。
だが互いに成長した二人は男女に別れて暮らすようになりそして、イガルクは夜中に寝所に忍び込み、マリナを犯した。
あの時の恐怖と苦痛だけは、未だマリナの中に根付いている。男がマリナを組み敷き、力づくで身体を押さえつけ、準備も出来ていない性器に無理やり侵入され。泣いても叫んでも解放されず、ただただ絶望の中で一刻も早く嵐が過ぎ去るのを待つしか出来なかった、あの恐ろしさは。
だが不思議と今のOlからは、そういった恐怖を感じなかった。
イガルクに比べ小柄で細身だからというのもあるのだろう。しかしまるで絹を扱うような柔らかな手付きでマリナに触れ、傅くように舌を這わせる態度には、マリナを思いやる気持ちが感じ取れるかのようだった。
少し硬さが取れたな
マリナの顔を見て、Olがふっと微かに笑みを浮かべる。そう言われ、マリナは初めて自分が緊張していたことに気がついた。
Olの指先が胸元から下に滑って脇腹の辺りを掠って、マリナはぴくりと身体を震わせる。それは快楽と言うには程遠く、くすぐったさを堪えるのに近いような感覚。
けれどけして、不快な感触ではなかった。
ゆっくりと形を確かめるように、Olの指先がマリナの肌をなぞっていく。鳥の羽毛を撫でるかのような、ごくごく柔らかな触れ方だ。
もっと強く触れても構わないのに。一瞬そんな事を考え、マリナは己の考えに驚愕した。それでは、まるで触れて欲しいかのようではないか。
そんな事を意識した瞬間に、するりとOlの手が下肢へと伸びる。そっと軽く触れられただけの指先に、じわりと熱を感じる。まるで触診でもしているかのような、性的なニュアンスを感じさせない触れ方。
んっぅ
にもかかわらず口からは微かな声が漏れ出て、マリナは思わず息を呑んだ。
Olは彼女を一瞥し、人差し指を己の口の前にピンと立てる。声を出すな、という意味だ。
なぜ、と思う間もなく横に滑るOlの視線を追えば、寝室の扉の向こうにザナの存在が感じられた。何の意味もなくそんな場所にいるわけがない。聞き耳を立てているのだ、と思い至った瞬間に、マリナの頬はかっと紅潮した。
んっ!
それを見計らったかのように、Olの指先がマリナの太ももを撫でる。慌てて奥歯を噛みしめるも、微かな声が飛び出てマリナは己の口を両手で塞いだ。
先程までの繊細な動きが嘘のように、Olは彼女の両脚に手をかけると強引に押し開く。男の眼前に秘部が晒される恥辱を感じながらも、マリナはそれに抵抗することができなかった。
っ!ぅ、っ!
Olが顔を埋め、舌先がマリナの入り口を突く。ねっとりとした柔らかな感触がなぞるだけで、マリナがビクビクと身体を震わせてしまった。
しかしそれが二度、三度とスリットをなぞり、ゆっくりと入り込んでくる。初めは入り口のごく近い部分を撫でるように。少しずつ少しずつ、坑道を掘り進むように侵入してくる。気遣われ、優しくされているのが、否が応にも感じられてしまった。
気持ちいいのか、と自問してみれば、それは正直なところよくわからない。だが、少なくとも恐れも嫌悪もないことは確かなことだった。
ヌルヌルと蠢く舌が縦横無尽に膣内をねぶり、唾液を塗り込めていくさまを、マリナはただ両手で己の口を塞ぎながら眺めるしかないというのに。
不意に、Olの口が彼女の股間から離れる。水気を帯びた生ぬるさが失われ、それにどこか喪失感を抱く。だがマリナがそのことについて思いを馳せるよりも早く、舌とは違う、何か硬いものが彼女の中に入ってきた。
男根ではない。それは、指だった。
Olの右手の人差し指が、ゆっくりとマリナの膣内に挿入されていく。
ああ
それがずぶずぶと埋め込まれていくさまを、マリナは目を見開いて見つめた。
──受け入れて、しまった。
小さく柔らかな舌とは違う。男のそれよりずっと細いとは言え、平時の女のそこは指を入れられるようにはなっていないことくらい、マリナとてわかっている。
それが、指の根本までほとんど抵抗もなくすんなりと埋まり込んでしまっている。意識はともかく、マリナの身体はOlの指を受け入れてしまっているのだ。それは衝撃的なことであった。
ゆっくりと、抽送が始まる。Olの指が中ほどまで引き抜かれ、そしてまた埋め込まれていく。その指が濡れているのは、彼の唾液だけが原因ではないのは明白だった。
指の動きは徐々にその速度を上げて、マリナの膣壁を擦り上げていく。それでもなんとか声を我慢していたマリナの耳に、くちゅりと水音が響いた。
ぁっ!
それが己自身が分泌した蜜の立てた音であることを悟って、マリナは思わず声を上げる。だがそれは一度で終わるばかりか、意識すればするほどに頻度が上がっていく。
ふっ、ぅっ
いつの間にか彼女の息は荒く乱れ、吐息とともに喘ぎ声が漏れ出ていくのを止められない。Olが指を出し入れするたびに、そこはくちゅくちゅと微かではあるが明らかな淫猥な音を奏でた。
マリナは悲鳴のような声を上げた。
指を差し入れたまま、Olの舌が彼女の陰核を捉えたからだ。
やっだめぇっ
思わず口を手で押さえることも忘れてOlの頭を押すが、腕にはまるで力が入らず、ただただ琥珀色の髪を押さえるばかり。それどころかそれはむしろ己の大事な部分を愛撫する頭を抱きかかえるのにも似た心境になった。
あっ、んんっ、やぁっ
口からは嫌だ駄目だと言葉は出るが、それはまるで空虚な言葉であった。マリナ自身、もし本当にここでやめられてしまえば愕然とするだろう。気持ちいい、などとは思っていない。──そのように自分を客観視できる状態は、とうに通り過ぎている。
そして、あれほどマリナを気遣う様子を見せていたというのに、Olはやめる気配どころか様子を伺うことさえせず、愛撫を続けていた。
ああっ!だめっ、やぁっ!いや、ああぁっ、そこぉっあ、だめ、くちゅくちゅ、音、たてない、でぇっ!
それどころか、マリナが嫌だと言ったことをこそ執拗に繰り返してくる。
あぁっ、そこの、奥、そこ、だめですっああんっ、そんな、はやくしちゃ、やぁんっ!あっ、やぁっ!
だからこそマリナは悶え、乱れた。
ああ、あ、あ、あ、あ、あ、だ、め、えぇっ!や、あ、何、か、くるっきちゃい、ま、すぅっ!
押し寄せる快楽の予感に、マリナはOlの身体を強くぐいと押す。それはある意味では、はじめての真の拒否だった。
その時だけOlが顔を上げ、言う。
呟くような低い声は、しっかりとマリナの耳に届き。
ああ、ああああ、あああああああっ!
マリナはOlの首に両脚を巻きつけるようにして、気をやった。
あっああああ、あ
己の身体に何が起こったかわからず、マリナは荒く呼吸を繰り返す。
マリナ
Olは彼女の股間から顔を離すと、己の裸身を晒すようにして、問う。
いいか?
は、い
己の顔を両手で隠すようにしながら、マリナはこくんと頷いた。
第18話欠けたる月を満たしましょう-4
マリナは、思わずOlの股間に釘付けになっていた。
隆々とそびえ立つそこは、彼のへそに付きそうなほどに反り返り、太い血管がどくどくと脈打っている。
彼女の視線に気づいたOlの問いに、マリナは思わずこくんと頷いた。
これは骨が入っているわけでは、ないのですよね
長い月日を生きてきた女神のあまりにも初心な言葉に、Olは思わず苦笑する。
硬いような柔らかいような不思議な感触
しなやかな指先で恐る恐ると言った風に握りしめ、マリナは怒張をじっと見つめた。
そのわたしの、を舐めながら、こんなにしてくれたのですか?
迷いなく答えるOlに、マリナの方が赤面する。
その舐めるのが、気持ちいいのですか?
男のそれが、快楽によって大きくなるという程度の知識はマリナにもある。
だが、マリナの秘部に舌を這わせる行為が快楽に繋がるとは思えなかった。
そういうわけではないな
案の定、Olは首を横にふる。
では、なぜ?
お前は気持ちよかったのだろう?
返ってきたのは意外な言葉だった。
それはまあ、そのよくなかったわけでは、ありませんけれども
あれだけはしたない声を上げ、息を乱してしまったのだ。否定すれば嘘になる。
俺自身に快楽がなくとも、お前が乱れ善がっていれば興奮もする
それは、マリナにとって衝撃的な言葉だった。
ではその、これはわたしのを、舐めていたときからずっと?
いや。それよりももっと前からだな。お前の胸元を愛撫していた時からだ
驚きに、マリナは思わずOlの怒張を凝視してしまう。
おつらくはないのですか?
こんなに硬くしているのであれば、男はすぐにでも女の穴に突き入れたいと思うのではないか。
辛いに決まっておろう。質問の時間は手短に済ませてもらえると助かる
そう思って問えば憮然とした返事が返ってきて、マリナは思わずくすりと笑い声を漏らした。
そうした後一拍置いて、彼女はすうと息をすい、意を決した表情で。
ザナも、こうしておりました、よね
Olの剛直の先端を、ぱくりと口に含んだ。
先程して頂いた、お礼、です
くっ
マリナの舌先が雁首をするりとなぞり、唇で締め付けながら亀頭を扱き立てる。辿々しさはあるものの、とても初めてとは思えぬその口技に、Olは思わず呻いた。
お前、それ、力をくっ!
女神マリナの権能、最善手を打つ導きの能力。口淫奉仕にその能力を使っているのは明らかであった。技巧自体はとても上手いとは言えないが、Olの感じるツボを的確に、最適なタイミングで突いてくるのだ。
竿を指先でゆるゆると扱きながら顔を傾げてその肉茎を食むように愛撫し、精の詰まった袋から先端までを捧げ持つようにして舐めあげる。マリナの金の髪がさらりと揺れて、舌を長く伸ばしながら男のモノに奉仕する顔があらわになる。
淫靡極まりないその動作は、その顔の角度までもが男に媚びるような色香に満ちていて、それを見下ろすOlの征服欲を満足させた。それでいて、彼女自身は計算などしていないのだ。ただ己の能力に従い行動しているだけで、それがどのような意味を持っているかなどわかっていないのだろう。
それがかえって、Olの獣欲を煽る。
その一方で、快楽に呻くOlの姿にマリナは目を細める。声を漏らすOlは苦しげではあるが、それが快楽の発露であることはわかっていた。先程のマリナと同じく、気をやらぬよう、乱れぬよう必死に堪えているのだ。
その姿を見て、なるほどと得心する。確かに男の肉棒に奉仕することそのものは、気持ちのいいものではない。むしろ喉の奥にまで咥え込むのは苦しいし、舌や顎も疲れてくる。
だが、魔王ともあろう男が己の口と舌とで感じている姿を見るのは、なかなかに悪いものではなかった。
出す、ぞっ!
不意に、Olがマリナの頭を押さえるようにして宣言する。マリナは能力に導かれるまま、口の動きを早めて強く吸い上げた。
ぐ、うっ!
肉塊がぶるぶると震えながら、膨れ上がる。そしてその次の瞬間、大量の精がマリナの口内に飛び込んできた。
どくり、どくりと断続的に吐き出される白濁の液を、マリナはすべて口で受け止め、飲み干していく。どろりと粘つく青臭い液体を飲み込むのは大変だったが、それも能力を使えば難しくはなかった。
そう。精液を飲み干すことの最善手を打てば。
美味いものではなかろう
マリナは口元を押さえながら、失敗した、と思った。
思えばこの荒涼とした月の上で、数えることも出来ないほどの月日を過ごしてきた。ヒムロの民に加護を与え、見守り続けていたから、すっかり忘れていたのだ。
味、というものを。
初めて口にする男の精液は酷い味であった。生臭くて、ネバネバしていてねっとりと喉に絡み、苦くエグい。
だが久方ぶりのそれを、彼女の身体は、美味として覚えてしまった。
もっと欲しい。肉体そのものがそう望み、Olの男根を見つめるだけでじゅんと子宮の奥が疼く。唾液が分泌されて、マリナはそれを握りしめたまま食い入るように見つめた。
様子のおかしいマリナに、Olは問う。
はい大丈夫、です
嘘だ。全く大丈夫ではない。こんな状態でこんなものを入れられてしまえば、一体どうなってしまうのか予想もつかない。
安心しろ
Olは、ぽんとマリナの頭に手を乗せてそういった。
悪いようにはせん
大丈夫だと答えたにも関わらず、なぜOlはそんな事を言うのか。
わからないままに、マリナはこくりと頷いた。
緊張した面持ちでマリナが頷くと、Olの切っ先がゆっくりと彼女の被裂を押し広げ、侵入してくる。思ったよりも、ずっと痛みは少なかった。
痛むか
いいえ大丈夫です
問われ、マリナは首を振る。かつてイガルクに無理矢理されたときはそのまま自分が二つに裂かれて死んでしまうのではないかと思うほどだったが、この程度であれば我慢できる痛みだった。
Olは無愛想に答えて言葉を切った。マリナは内心首を傾げる。Olが何をするでもなく、じっとマリナの顔を見つめていたからだ。
あの何か?
痛みは、収まってきたか?
ええと、大丈夫だと申し上げましたが
それはけして嘘ではない。確かに痛いことは痛いが、喚くほどの痛みではなかった。
そうか。では、動くぞ
Olは淡々とそう答え、ゆっくりと抽送を開始する。
肉と肉が擦れ合い、太い棒がマリナの奥をめりめりと押し開いていく。すると、途端にずきりと腹の奥が痛んだ。まるで肉と肉を剥がされるような激痛。
しかし大丈夫だと言った手前、すぐに前言を覆すのもきまりが悪い。マリナは声を漏らすのを何とか堪えた。
にもかかわらず、Olはぴたりと動きを止める。そして無言のまま、先ほどと同じようにマリナを見つめた。
──いや。違う。Olは、ずっとマリナの顔を見ていたのだ。
それに気づいた時、言いようのない思いがマリナを襲った。羞恥とも喜悦ともつかぬ、複雑な感情。それでいて、心の底から湧き上がるような、そんな想い。
もう大丈夫です
Olはそっけなく頷き、動きを再開する。ぐっと彼の太いモノが、先程よりもずっと奥まで押し入ってくる。しかし、今度こそは殆ど痛みはなかった。
ゆっくりとした抽送は次第に滑らかな動きになって、小刻みに前後しながらマリナの膣内を少しずつ進んでいく。それは坑道を掘るような動きであり、同時に扉をノックするようでもあった。
この奥に進んでもいいか。そう、問うようなノックだ。
マリナの喉から、自然と声が漏れ出る。痛みではなく、さりとて快楽という程のものでもない。繋がった場所を突かれた分、押し出されたような吐息の音。
しかしそれは、マリナにとってはノックの返答のように感じられた。自然とOlを受け入れ、許しているからこそ出る声のように思われたのだ。
ん、あっふ、ぁん
許しを与えればOlの肉塊は更にマリナの奥へと踏み入り、コツコツと具合を確かめながら壁を刺激する。その感覚にマリナは吐息を漏らし、更に己の内側を許す。その繰り返しを経るたびに、漏らす息には熱がこもり、色香を帯びていった。
はぁぁんあっそこ!
気づけば腹の奥がじんと痺れ、疼くような感覚が生まれていた。そこを、Olの肉槍が的確に抉り、思わずマリナは高く声を上げる。
ああっ駄目っ!駄目、です!
未知の感覚にOlの腕を掴み、マリナは哀願した。しかしOlは動きを止めるどころか、むしろ更にそこを突いてくる。
やぁっ!い、やぁ!
反射的に否定の声をあげてしまってから、マリナの頭の片隅を冷静な考えがよぎる。本気で嫌だというわけではない。むしろ、この状態で止められてしまう方がよほど辛い。
しかしOlは動きを止めることなく、低い声でそう囁いた。
あぁっ!や、あぁっ!そこっ、駄目ぇっ!
己の身体を押さえつける逞しい腕も、威圧するような低い声も、荒々しく奥を突く太い肉の槍も。全てが、マリナが今まで嫌悪してきた男のそれであるはずなのに。
彼女を裏切り犯したイガルクのそれと同種であるはずなのに。
何故か、マリナはそれに安心感を覚えてしまっていた。
──目だ。
マリナは、そう思う。ただ一つ、こちらをじっと見つめている瞳だけが、イガルクとは違う。彼は夜闇の中でマリナを襲い、誰であるかすらわからなかった。どんなに悲鳴を上げ、助けを呼び許しを請うてもただただ一方的に犯され、穢された。
しかしOlの瞳はマリナをじっと見つめ、反応を見ながら彼女を抱いている。そして口から出る言葉が内心と間逆であっても、それをしっかりと察してくれるのだ。
それに気づいた瞬間Olの顔が近づき、唇が重ね合わされる。唇を割って入り込んでくる舌先を、マリナは抗うことなく受け入れた。
ふ、あっ!
次の瞬間、突然ずんと胎に響く衝撃にマリナは思わず背筋を反らす。
そ、こぉっ
奥の奥、子宮の入り口に、Olが辿り着いたのがわかった。その太く硬い男根が根本までずっぷりと突き刺さっているというのにもはや痛みは微塵もなく、代わりに震えるような快感が腰から全身へと波打つように広がっていく。
あぁっ!いやぁっ、だめぇっ!
奥を突かれるたびに、否定の言葉がマリナの口から飛び出した。本気で嫌がっているわけではないし、Olに対してそんな態度を取りたいというわけでもない。しかし彼から快楽を与えられるたびに、自然と身体はそれから逃げるように動き、そう声を発してしまう。
だがそれは、Olがマリナの真意を悟ってくれているという確信があるからこそだった。どんなに嫌だと叫んでも、Olは行為をやめることはしない。その一方で、本心からやめてくれと頼めばやめてくれるだろうという確信もあった。
マリナ自身は気づいていなかったが、それは甘えとでも言うべき感情だった。兄である太陽神に裏切られ、ただ一人で月の上に住まい、ヒムロの民を見守ってきた母神たる彼女が、初めて誰かに甘え頼ったのだ。
だめっ、いや、やぁんっ!そこ、だめ、だめぇっ!やぁあっ!
それは酷く甘美な酒だった。マリナはOlの背中を抱いて、否定の言葉で懇願する。その度にOlの肉槍は力強く彼女の最奥を貫き、女としての悦びをその身体に打ち込んでいく。
信頼で結ばれた性交がこれほどの快楽を齎すということを、マリナは初めて思い知った。
あぁぁっ!だ、めぇっ!も、もうわたしっ!
媚肉がわななき、きゅうとOlの逸物を咥え込んで、マリナは身体をビクビクと震わせる。
行く、ぞ!
うんっ
腰の動きを加速させるOlに、マリナは初めて素直に頷き。
来てお兄ちゃんっ!
その言葉と共に、絶頂へと至った。
自身に対する驚愕と、初めて感じる深い快楽と、あらゆる感情がないまぜになったマリナの内を、Olの白濁の液が大量に流し込まれ、白く白く染め上げていく。
胎の中に打ち付けるように吹き出す精の奔流に何もかもを洗い流されるような感覚を覚えながら、マリナは意識を手放した。
ああああああああああちがうちがうんです
マリナが意識を手放していたのは、ほんの数瞬であった。流石は旧き女神と言うべきか。彼女は忘我の境からすぐに立ち戻ると、寝台の上で頭を抱えながらそんな風に言い訳を始めた。
あの、最後のは、別にあなたをイガルクと同一視したとかそういうのではなくむしろその真逆と言うかイデアとしてのお兄ちゃん像といいますかあああわたしは何を言っているのでしょうかだいたいわたしの方が比べるのも烏滸がましいほど遥かに年上だと言うのにでもでもつい口をついて出たと言うかいえあれは
延々と続くそれを遮って名を呼ばれ、マリナは反射的に居住まいを正す。
それは、どうしたことだ?
Olの指先が、マリナの胸元を示す。そこには、見事な双丘が復活していた。大きすぎず小さすぎず、彼女の美貌を最大限に輝かせるような、美しい形の乳房。欠けていた月が満ちたかのような、完璧な美がそこにはあった。
そもそも、最も旧く偉大な女神たる彼女は不死不滅に限りなく近い存在だ。熟練の魔術師とはいえただびとたるOlにとってさえ、欠損部位の再生程度はさほど難しい術でもない。治らぬというのならば、彼女自身の意志でそうしているに他ならなかった。
えっと、その
裏を返して言えば、それが治ったということは。
触ってみます?
甦った二つの果実を己の手のひらで持ち上げ、マリナは首を傾げてそう問うた。
第19話高慢なる砂漠の王の鼻をへし折り絶望の淵に落としましょう-1
──寒い。
彼が初めに思い出したのは、凍てつくような寒さだった。
砂漠の空は、昼と夜とでその有様をがらりと変える。
昼間は焼け付くような暑さで何もかもを照り焦がしておきながら、偉大なる太陽神の恵みが失われれば即座に何もかもが凍りつく極寒の夜が訪れる。
だが今の寒さは、彼が感じたことのあるいかなる寒さとも別種の冷えであった。身体の芯の芯、魂の奥底から凍りついてしまったかのような
意識が、僅かに覚醒する。
ここはどこだ?なぜこんなに寒い?
余は余は、どうなった?
ようやくのお目覚めか
そう考えた瞬間、声がまるで頭蓋に直接放り込まれたかのように、ぐわんぐわんと鳴り響いた。
本当に貴様は鈍いやつだな、ウセルマート
オ、ウ、ルゥゥゥゥウウウウ!
忘れるはずもない、憎き相手の声。
その声で、彼は全てを思い出した。
己こそは太陽神の化身にして万物の支配者。砂の国、サハラの王、ウセルマート。
そしてそれに語りかけるのは、彼を殺した魔王、Olの声だと。
ゆぅぅるぅぅぅさぁぁぁあぬぅぅぅ!
怒声を放ちながら、ウセルマートはOlの姿を探す。
気づけば周囲は眩い光に埋め尽くされていて、何も見えない。
まるで太陽の中に放り込まれたかのようだ。
オォォォオオウゥゥゥゥルゥゥゥ!どぉぉぉこぉぉぉだぁぁぁぁ!
目元を腕で遮ろうとしても、瞼をどれだけきつく閉じようとしても、光はウセルマートを刺し貫くかのように輝く。
──いや。
腕も瞼も、今の彼には存在しなかった。
なぁぁぁんんんだぁぁぁ、こぉぉぉれぇぇえはぁぁぁあ!
それどころか発した言葉さえ幾重にも反響し、茨の棘のように突き刺さって彼を苛んだ。
眩しいか。どれ、火を消してやろう
Olの言葉と同時に、ほんの少しウセルマートの苦痛は和らぐ。周囲を埋め尽くす光の洪水は消え失せ、ただ赤く揺らめく炎の残照だけが燻っていた。
今のお前にとっては松明の明かりすら辛かろうな
そう言ってOlが炎を消した松明を投げ捨てると、ようやく周囲の様子が感じ取れるようになる。それは黒い紙の上に黒い墨で描いたような、漆黒の景色であった。
何をぉぉ余にぃぃ、何をしたぁぁぁぁ
己が発する声すらガンガンと響き渡り苦しみを味わうため、叫ぶことすらままならない。ウセルマートは闇の中のOlを睨みつけながらも、そう尋ねる。
別に俺が何をしたわけではない。強いて言えば、お前を起こしただけだ
Olの視線が下を向く。それにつられるようにして意識を向けたウセルマートが見たものは。
剥き出しの魂で感ずるものは、刺激が強すぎるだろう?
あらぬ方向へと首の折れた、無惨な己の死骸であった。
馬鹿な──馬鹿な、馬鹿な、馬鹿なぁぁぁっ!
己の見たものを信じられず叫ぶウセルマートの首を、Olの右腕が掴む。その動作によって初めて、ウセルマートは己の実体をすなわち、霊魂となった己自身を、知覚した。
それだけわめく元気が有り余っているなら心配はいらんな。──選べ
Olはそのままウセルマートの霊を引きずり下ろすと、彼の死骸に突きつけて宣告した。
このまま腐り果て、無に帰すか。蘇生して俺に手を貸すか。どちらかを
蘇生、だと!?
そんな事が出来るはずがない。ウセルマートの常識は、そう叫んでいる。
しかしその一方で、己がその死の淵から既に二度、蘇っている事を記憶していた。
一度目は目の前にいるOlによって。
そして二度目は、あの誰よりも輝かしく美しい、太陽の女神によって。
一度目だけであれば。あるいは、二度の順番が逆であれば、何らかの誤魔化し、詐術の類だと唾棄したであろう。
だが、ウセルマートは知っている。
この芯の底から凍りつくような死の寒さを。そこから舞い戻る暖かさを。
手を貸す、とは何にだ
問うウセルマートに、Olは渋面を作りつつも答える。
我が娘をソフィアを、取り戻す
ソフィア。その名をウセルマートは記憶していなかったが、誰のことを指しているのかはわかった。隠れし太陽の女神。この世で最も尊き女。
いい、だろう
つまりはウセルマートの物、妻となるべき者だ。
この地上の全ての支配者、神帝たる余が手を貸してやる。感謝せよ、下郎
Olに手を貸し太陽神を下したあと。
──この魔王も滅ぼして、女神を手に入れれば良い。
(わたしが言うのも何なのですが)
Olの脳裏に、涼やかな声が響く。
(本当にこれで良かったのでしょうか、お兄様)
加護によって伝わる、女神マリナの預言だ。流石にお兄ちゃんは女神としての威厳が保てないと思ったのか、預言ではOlをお兄様と呼ぶことに決めたらしかった。
月の女神マリナの権能は、最善手を導きはするがその結果がどうなるかまでを見通すことは出来ない。そしてその力が導き出したのは、砂の王ウセルマートを蘇らせ、助力を仰ぐことであった。
ある意味、全ての元凶となった男だ。命を盾にしたところで、素直に従う玉でもないだろう。マリナの不安はわからないでもない。
だがあの男は愚かとはいえその力は侮れるものではない。戦力にならんということはないだろう
敵対した際に見せた、それこそ太陽が大地に降りたかのような強大な炎。その質こそ太陽神の力を借りたものだろうが、量は純粋にウセルマート自身の力量だ。Olもダンジョンの中であればあるいは、己の魔力を仕込んだ女を大量に用意すれば、同じことは出来るだろう。
しかしそれはOl自身の精微極まる魔力操作と、長年の研究の果てに辿り着いた魔力蓄積のすべのあってこそ。ましてや連発するなど、Olでさえ不可能。
ウセルマートはそれをやってのけたのだ。それはまさしく天稟と呼ぶに相応しい力であり、万物の支配者などという大それた名乗りもあながち大言壮語と言うわけではない。
まぁぁぁぁぁぁおぉぉぉぉぉぉうぅぅぅぅぅう!
出し抜けにドタドタと足音が響いたかと思えば、Olの私室のドアがノックもなしに乱暴に開かれる。
これはどういうことだ!?
そして目の醒めるような美女が飛び込んできたかと思えば、艶のある声で叫んだ。
Olは舐めるような視線を、無遠慮に美女に向ける。気の強そうなアーモンド型の瞳。短く切った黒い髪。艶めかしい褐色の肌は白い衣装に包まれていて、所々に施された金の装飾がその肌の美しさを一層輝かせている。
そして何より特徴的なのはスラリとした長身と、リルやサクヤに匹敵するほどの豊かな双丘であった。
存外似合うではないか、ウセルマート
ふざけるなぁぁっ!これはどういうことだと聞いている!
笑いを漏らすOlに、美女──ウセルマートは詰め寄る。
大きい乳房が好きだと言っておったではないか。だからその希望を叶えてやったまでのことだ
自分に巨乳がついていても何も嬉しくないわっ!
死体の傷を癒やし、動いてない心の臓を動かし、その骸に命を戻す術。Olにとっては造作もない魔術ではあるが、それは極めて高度な術だ。それに比べれば、肉体の在り様を変化させて性別を変えることなど、大した技ではない。
なにせOlの迷宮というのは後宮をも兼ねている。そんなところを、Olの寝首をかく気満々の好色な男にうろつかれるわけにも行かない。裏切り防止の人質も兼ねた、策であった。
嬉しくないと言うならなぜ自分で揉んだのだ?
なっみ、見ていたのか!?貴様、余の肌を盗み見るなどなんと不埒な!
うろたえるウセルマートに、Olは思わず呆れて答えた。
冗談のつもりだったが、お前、本当に揉んだのか
ええい!眼の前にこれほど豊かな、理想と言える乳があるのだ!揉まずして何が男か!
開き直ったかのように胸を張るウセルマート。Olはその乳房を無造作にむんずと掴んだ。
何をする!?
眼の前にあれば揉まなければ男ではないと、お前が今言ったのではないか
ウセルマートはすばやくOlから飛び退いて、涙目で己の胸を腕で庇う。
ふ、ふ、ふ、不埒な!この高貴な余の胸を揉むなど、万死に値する!
元は男だろうに、乳の一つや二つ気にするでない。大体、お前に施術したのはこの俺だぞ。肌を見るだの触れるだの、今更であろうが
別段見て楽しいというわけではなかったが、男のときからウセルマートは均整の取れた美丈夫ではあった。それを元に女の姿にしたのだから、美しくないはずがない。今のウセルマートの姿はOlをして、なかなかの力作であると自負するほどであった。
せ施術しただと!?余の身体にこの聖体に触れたというのか!?
それがどうしたというのだ
Olほどの術者ともなれば触れずとも施術はできるが、わざわざそんな事をして難易度を上げる意味もない。
まさか、裸身を見たなどと言うのではなかろうな!?
見ずにどうやって施術する
別にOlとて男の裸など見たくはないし、女に作り変えたあともまじまじと見るようなことはしていない。だが、ウセルマートはショックを受けたように両手をわななかせ、己の顔を覆った。
別段、見られて困るようなものはなかったと思うが
当然だ!万物の支配者たるこの余に、そのようなものがあるか!
では何だというのだ、とOlは困惑する。
誰にも見せたことのない我が聖体、生まれたままの姿を、よもや最初に見たものが男になるとは
誰にも見せたことがないだと?
Olは首を捻って尋ねた。
お前の国では、着衣のまままぐわうのが普通なのか?
痴れ者め! そのようなことがあるわけがなかろう!
ではどういうことなのだ、と問いかけて、Olはふとある可能性に思い至る。
まさか、貴様
絶対権力者として一国を支配し、何人もの美女を後宮に侍らせておきながら。
童貞なのか?
童貞の何が悪い!?
Olの問いに、ウセルマートは渾身の力を込めて叫んだ。
(本当にこれで良かったのでしょうか)
脳裏に響くマリナの言葉に、Olは答えることが出来なかった。
第19話高慢なる砂漠の王の鼻をへし折り絶望の淵に落としましょう-2
あはははははは!良い格好ねウセルマート!しかも童貞なんですって?折角だからOlに処女を奪って貰ったら!?
お、おのれぇー!貴様、言わせておけば!
ウセルマートを指差し爆笑するザナ。ウセルマートは激高し炎を出そうとしたが、それはザナに向けた途端に掻き消えた。彼いや、もはや彼女となったその身には、Ol特性の呪いがたっぷりと練り込んであるからだ。
あまり煽るな
実に楽しそうな氷の女王を、流石にOlは諌めた。
ザナの妹、イェルダーヴが怒り狂うウセルマートに怯え、Olの影に隠れるようにしていること。そして、十重二十重に構築した呪いの一部が、ウセルマートの放とうとした膨大な霊力によってピシリとヒビが入るのを見てしまったからだ。
力づくで鉄の檻を破るような、常識はずれな力だった。
お館様。準備が整いました
お茶とか用意したよー
そこへ、会談の用意を言付けていたホスセリとマリーが報告にやってくる。
うむ。ではお前たちも同席せよ
昇る太陽の神、純白のククルの巫女たるフウロの末裔、ホスセリ。
中天に座す神、金色のイガルクの巫女たるヒムロの姫、イェルダーヴ。
沈む太陽の神、赤きアトムの巫覡、砂の国サハラの王、ウセルマート。
地に隠れし神、黒きオオヒメの親にして地下迷宮の娘、マリー。
そして月の女神マリナの巫女ザナと、魔王Ol。
会議室に、太陽神に直接関わる者全員が集まっていた。
大体だな、この世で最も高貴なる余の胤(たね)をそうやすやすと下賤な女に渡せるわけもなく、ましてや何よりも尊い我が童貞をだな──
貴様の性経験の話はどうでもいい
ザナに煽られたのがよほど腹に据えかねたのか、椅子に座ってもなお言い訳じみたことを言い募るウセルマートに、Olはピシャリと言い放つ。
神に対して、基本的にはこの六人で挑む
嘘でしょ!?
そしてそう切り出したOlに、まずザナが異議を唱えた。
相手は四柱の太陽神の習合、全知全能の神なのよ!?それを、たった六人でって、正気なの?
だからこそだ
彼女がそう来ることはわかっていた。Olは落ち着き払って答える。
数を揃えたところで意味がない。対抗できる、ごく少数の精鋭。それこそが最善だ
──だとしても!
机を叩き、ザナは向かいに座ったウセルマートへ指を突きつける。
こいつは信用できない
ほう。不埒にもこの余を疑うか。王の中の王たる余が協力してやろうと言うのだ。それとも、この余が魔王との約定を違えるとでも?
ウセルマートは豊満な双丘を支えるように腕を組み、すらりとした脚も組んで椅子の背もたれに身体を預けた。元男とは思えぬほど妖艶な仕草に歯噛みしつつも、ザナは答える。
ええ、破るわ。あんたは他人との約束なんてなんとも思ってない
ははははははは!その通りだ。そも約束事、契約など対等な関係でするもの。万物の王たる余がなぜ貴様ら凡夫と結んだ約束を守ってやらねばならぬ?
ザナの指摘にウセルマートは隠しすらせず哄笑した。これには流石にマリーとホスセリも鼻白む。
それは構わんが、一生女の体のままでいいのか?
しかしOlの指摘にその笑い声はピタリと止んだ。
くっだがそのようなもの、全能の力を手に入れさえすれば
手に入れるまでは、否応なく協力する必要があるということだな
流石にウセルマートも一人でどうにかできると思っているわけではないのだろう。悔しげに表情を歪めつつも押し黙る。
まあ良い。だがむしろ、余の方こそ人選には不満がある。こやつらが何の役に立つというのだ?
ウセルマートはぐるりと一同を見回すと、尊大に言い放った。
太陽神の力を失い赤子同然の娘。未熟な半人前。犬ころ風情。一番マシなのが月の加護を得た氷の女王とはな。太陽に月が勝てるとでも思っておるのか?
あんた、誰のせいでイヴが!
太陽神と敵対しその加護を失った今、イェルダーヴは無力なただの女に過ぎない。それどころか服従の首輪によって自由を封じられ続けたために、できることは童女の頃と変わりないのだ。
誰のせい、だと?笑わせるな
激高するザナを、ウセルマートは嘲笑う。
お前がその軽い尻を振って、余を迎え入れたからではないか。余に拒まれれば今度は魔王に股を開いて助けを乞うなど、まこと呆れた淫売よ
ザナは怒鳴りも叫びもしなかった。代わりに彼女の手のひらから鋭い氷の槍がほとばしり、瞬き一つの半分の時間でウセルマートの心臓を貫く。
見よ
だが。その一撃は、ウセルマートの豊かな胸に届くより先に、放たれる熱波によって溶け消えてしまっていた。
余にすら歯が立たぬこの女が、一体何の役に立つ?
ギリ、と噛み締めたザナの唇から、血が滴る。ザナとウセルマートの術には絶対的な相性差、そしてそれ以上の出力差があった。どれだけ早く氷を繰り出しても、ウセルマートの纏う熱の鎧を彼女の氷は貫けない。ザナがウセルマートに攻撃を当てるためには、以前やったように完全に油断している隙を突くしかないのだ。
そして一度それを行った以上、もうそれが成功することはないだろう。ザナの目の前でウセルマートが油断することはない。
お前もだ、魔王。運もあったとはいえ余を下した智謀智略。余を蘇らせたその技術。見るべきところはないとは言わぬ。だが余の伴をするにはあまりに貧弱。お前の配下をよこせ。あの空を斬る赤毛の女や、獣を繰る女であれば多少の役にも立とう
ほう、とOlは内心声を上げる。ウセルマートは他人を歯牙にもかけないように見えて、存外Olの配下のことを見ていると思ったからだ。確かに、純粋な実力で言うなら連れて行くのはその二人だろう。
ユニスにミオか。無論奴らにも協力はしてもらう。だが、俺より部下の扱いが下手な奴に任せるわけにはいかんな
どんなことでも負けるのは気に食わないのか、ウセルマートは柳眉を釣り上げる。
俺ならば、この四人を従えお前を倒すこともできる
──ほう
しかしその表情は続くOlの言葉に、値踏みをするような笑みへと変わった。
大きく出たな。この半端ものどもで、余を倒すだと?
容易いことだ。何なら試してみるか?
──かかった。そう内心で笑いつつ、彼は答える。
良かろう。しかしよもや、この神帝たる余を試すなどという愚挙ただで済ますとは思ってはいまいな?
言ってみろ
余が勝ったときには、この女どもは余のものとする。もちろん、余の身体も男に戻せ
ば
馬鹿じゃないの、とザナは叫ぼうとする。そんな勝負を受けるメリットが全く無いからだ。
いいだろう
マスター!?
しかしあっさりと頷くOlに、彼女は驚愕した。彼が思っている以上に、ウセルマートの防御は鉄壁だ。たとえ四人がかりだろうと、勝てるとは思えなかった。
負けた時はどうするの?
それまで無言だったマリーが、不意に尋ねる。
は。余が負けることなどありえぬ
その問いをウセルマートは鼻で笑った。
いや普通に負けたじゃん
ぐっあれは例外だ。二度はない!
しかし鋭いマリーのツッコミに、狼狽えながらも言い放つ。
ないんだったらどんな条件だっていいよね
吐き捨てるようなウセルマートの言葉に、マリーはにんまりと笑う。
これが狙いだったのだろうか?と、ザナは思う。けれどそれはあまりに無意味に思えた。ウセルマートに言うことを聞かせるのであれば、そもそもその身体をもとに戻す約束を盾に取ればいいのだ。
ただの口約束なら、ウセルマートはそれを守る気などない。だが自分が勝ったとなれば平気でそれを守らせようとするだろう。相手と同様、そんな約束など守る理由がないと拒否する事もできるがそうなれば、ウセルマートは協力しなくなるだろう。
悔しいが、砂の王の実力は本物だ。太陽神と戦うのであれば必要だというマリナの判断はおそらく間違っていない。だが、この勝負にはあまりにも益がなく、失うものばかり多いように、ザナには思えて仕方がないのであった。
第19話高慢なる砂漠の王の鼻をへし折り絶望の淵に落としましょう-3
四対八つの乳房が、Olをぐるりと取り囲むように並ぶ。
ザナ、イェルダーヴ、ホスセリ、マリーの四人は、上着をはだけ胸を露出するようOlに命じられ、言われるがままに乳房をさらけ出していた。
無論、別に淫らな欲望からそうさせたというわけではない。胸元に特殊な顔料で塗り込めるのは、術の媒介となる魔法陣。ウセルマートとの勝負に向けての下拵えだ。
その光景に人知れず、ザナは苦悶の声を漏らす。
たわわに実ったイェルダーヴの双丘はもとより、Olの手のひらにちょうど収まる程度のホスセリの乳房、そしてもっとも年若いマリーの青い果実ですら、ザナの薄い胸より明らかに大きかった。
遅いぞ魔王、早くせぬか!
それどころか部屋の外から怒鳴り声を上げる元男にすら負けているのだ。
どうした。緊張しておるのか
あ、ええそうね。どうしてあんな条件で受けたの?
気づけば己の顔を覗き込んでいるOlに、ザナは慌ててそう問う。
簡単な話だ。お前たちは負けん。それに
Olはザナの胸元に呪印を描きながら答えた。
奴の鼻っ柱をへし折ってやりたいだろう?
ええ!
ニヤリと笑うOlに、ザナも笑みを返す。
一度殺したせいか、妹を取り返したせいか、それとも目の前の男のせいか。かつての殺したいほどの憎しみも、焦がれるような思慕ももはやない。だが叩きのめしてやりたいとは思う。
(それと、胸のことはあまり気にするな。俺はお前の感度の良い乳も好きだぞ)
と、ザナの頭の中にOlの声が響いたかと思うと、彼は無造作にザナの胸を鷲掴みにした。
思わずザナは胸を庇うように腕で押さえるが、Olが手を離さないせいでかえって彼の手を自分の胸に押し付けるような形になる。
この呪印の効果だ。以前お前と結んだ魂の紐の簡易版と言ったところだな。互いの思考を速やかに伝える効果を持つ
どうも
伝わってきたのは思考の声だけではない。Olが心からザナの胸を褒め、僅かに欲情している事までが伝わってきて、彼女は羞恥に頬を染めながらもゆっくりと丁寧にOlの指を外した。
まだか、魔王!余を待たせるとは万死に値するぞ!
ええい、気の短い奴め
Olは舌打ちすると、四人にはだけた衣服を直すよう命じる。
そら。もう入っていいぞ
まったく余を待たせおって!さあすぐに──
Olが言った瞬間ウセルマートは弾かれるように部屋に踏み入り、好色な目で女達を見回す。だがすぐに、その表情は何かを訝しむようなものへと変わった。
いや何でもない。さあ、さっさと始めろ、魔王!
マリーの問いにウセルマートは首を振ってOlを急かす。
そう急かすな
Olがパチンと指を鳴らすと、会議室が広がって家具や装飾が取り払われ、戦うのに十分な広さを持った大広間となる。
これで良い。では始めるとするか
待ちかねたぞ。どこからでもかかってくるがいい!
対峙するマリー、ザナ、イェルダーヴ、ホスセリに対し、ウセルマートは堂々と腕を組みながら胸を張った。その全身は、既に猛烈な炎熱によって覆われている。それはあらゆる攻撃を防ぐ、炎の壁だ。
喰らいなさいっ!
バカの一つ覚えめ
ザナが氷を放つが、ウセルマートは髪の毛一本揺らすことなくそれを身に受ける。
壊れよ、水よ!
そこにマリーが冷性剣グラシエスと湿性剣ウミディタスを振るい、ザナの作り出した氷を切り裂く。途端に氷は崩壊し、大量の水となってウセルマートへと流れ込んだ。
ぬおおおお!?
水は蒸気となってもうもうと立ち上り、視界を塞ぐ。その隙に、イェルダーヴは小さな炎を生み出し放った。
小癪な!
しかしウセルマートの一喝とともに熱風が吹き荒れ、イェルダーヴの放った炎は蒸気ごと吹き飛ばされる。
これでも、喰ら──
ウセルマートの手のひらで炎の玉が急速に膨れ上がり、投げ放たんと振りかぶった瞬間。ホスセリの放った手裏剣が火炎球に突き刺さって大爆発を起こした。
ええい、鬱陶しい!余に敵わんというのがわからんのか!?
しかし爆炎の中から現れたウセルマートは髪の毛一本焦げていない。炎熱の鎧は炎そのものも焼き尽くし防ぐ。
よかろう、一匹ずつ踏み潰してくれる!
再びイェルダーヴの放った炎を片手で払い除け、ウセルマートはザナに向けて片手をかざす。そこから炎がうずまき、奔流となってザナを襲った。炎の渦に巻き込まれ、ザナは一瞬でかき消える。
む?
その光景にウセルマートは怪訝そうに眉を寄せた。流石に即死するほどの威力は込めていない。それが骨も残さず蒸発するとは
などと思った時、背後から氷が突き刺さった。無論それは炎鎧に阻まれウセルマートに傷を与えることはなかったが、明らかに今倒したはずのザナの仕業だ。
何!?
氷を払い除けて見れば、そこには何人ものザナの姿があった。
知らせよ、風よ
そしてマリーの軽やかな声とともに、更にザナの姿は増えていく。ウセルマートは先程の蒸気で視界を塞がれた時に、幻影に成り代わったのだと悟る。
だからどうしたというのだ!
ウセルマートは炎を放射して幻影を打ち払おうとするが、その度にザナの氷が邪魔をする。ダメージは全く通らないが、視界はどうしても遮られる。氷の放たれる瞬間にザナの位置を特定して反撃しようとしても、氷術の速度があまりに早すぎてどちらから放たれているかすらわからない。
ならば纏めて葬ってくれると爆炎の術を放とうとしても、火炎球を生み出すほんの僅かな隙にホスセリの放つ手裏剣が火炎球を破裂させてしまう。
生じよ、土よ
手裏剣とて無限にはあるまいと消耗を狙うウセルマートの目論見は、乾性剣アリディタスと冷性剣グラシエスを打ち鳴らして無から手裏剣を作り出すマリーの姿の前に崩れ去った。
いくら膨大な霊力を持つウセルマートと言えど、小さな鉄片を作り出すだけのマリーに対し、相手を全滅させられるだけの火炎球と常時展開する炎鎧で耐久勝負に持ち込むのは分が悪い。
そうしたとて、貴様らに勝つすべはない!余には傷一つ付けられぬのだからな!
どれだけウセルマートの攻撃を無効化しようと、相手には攻撃の手段がない。たとえ勝てなかったとしても、負けることだけは絶対にない。
空きました、お姉様!
ウセルマートはそう、思い込んでいた。間近に迫ったザナの、丸太のような氷塊を纏った拳が、彼の脇腹を抉って思い切り吹き飛ばすまでは。
ふー。すっきりした!
壁に激突し床に叩きつけられるウセルマートの姿をみて、ザナはこれ以上ないほどの笑顔を見せた。
いぇーい!
そこにマリーが駆け寄って両手を叩き合わせ、ホスセリとイェルダーヴも巻き込んで勝利を喜び合う。
何故だ余の炎熱の鎧は、無敵のはず
その光景を遠くにみながら、ウセルマートは殴られた脇腹を擦る。そして、炎鎧の一部に穴が空いていることに気づいた。
何度か打ち払ったイェルダーヴの小さな炎。出力は比べるもおこがましいが、しかし性質自体はウセルマートの使う神火と同じ種類の炎。それが何重にも積み重なって、炎鎧を打ち消し穴を空けていたのだ。
ウセルマート。お前の炎術は確かに大したものだ。威力だけはな。だがザナのような速度はないからホスセリならば撃ち落とせる。マリー程の応用力もないから封殺されれば手が出ん。そしてその威力も、持久力に優れたイェルダーヴの炎を重ね合わせれば打ち破ることができる
壁際に崩れ落ちるウセルマートを見下ろして、Olはそう言い放つ。
お前が弱いと切り捨てたものの強さがわかったか?
良かろう。彼奴らにも多少は骨があるとは認めてやろう。だがそれも所詮四人がかりでの事だ。余が最強であることには変わりない。先程言った探索行のあるじ、余が取るのであれば受けてやろう
今の戦いも指示は俺が出していたのだがな
ここまで完膚なきまでに負けておいてなお居丈高なウセルマートの物言いを、Olは呆れ半分、感心半分で聞き流す。
まあ良い。そこまで言うなら、次は俺と戦ってみろ。無論一対一でだ
Olの戦闘能力ははっきり言って下の下だ。そう認識していたウセルマートは、目を剥いた。
まさか貴様が、余よりも強いというつもりか
ああ。その通りだ
自信満々に頷くOl。
お前など、この指二本で十分だ
それどころか人差し指と親指を立ててみせる彼に、ウセルマートは激高した。
ふざけおって!加減はせぬぞ!
ウセルマートは全身に炎を纏い、無数の火炎球を作り上げる。纏う炎は先程までの防御のための鎧ではなく、攻撃のための衣だ。たとえ火炎球を全て撃ち落としたとしても、膨れ上がる炎の衣を広げて部屋を覆い尽くし焼き尽くす。先程はザナの氷術による邪魔のせいで出来なかった大技だ。
喰らえっ!
ウセルマートがそれを放たんとしたその瞬間、Olはパチンと指を鳴らした。途端、ウセルマートの立っていた床が消失し、彼は落とし穴にすっぽりと入り込む。即座にガチャンと蓋が閉まって、彼は石の中に閉じ込められた。
何だ!?何が起こった!?
身動きすら取れない狭い穴の中で、ウセルマートは混乱に陥る。そこへ、大量の水が流れ込んできた。
水攻めなどというものが、余に効くと思うてか!
水はウセルマートの纏う炎鎧に阻まれ、瞬時に蒸発する。しかしどれほど蒸発させても、水はどんどん流れ込んでくる。
ぬうおおあ、暑い!何だこれは!?
ウセルマート自身は炎鎧の熱の影響を受けず、炎の熱でさえも完全に遮断する。しかし、空気だけは別だ。空気まで遮断してしまってはすぐに窒息してしまう。そして狭い空間で大量に蒸発させた水分とともにあれば、ウセルマートの不快指数はあっという間に上限を突破した。
暑い!暑い!暑い!魔王、開けよ!何だこの暑さは!?
それは灼熱の砂漠に生まれ育った砂の王が経験したことのない、地獄のような暑さだった。肌をじっとりと濡らす水蒸気の不快さと、肺の焼けるような暑さ。それが同時に襲いかかってくるのだ。
開けよ!ぐおおおお!わかった!余の負けでいい!開けよ!
炎鎧で周囲の壁を焼き溶かして逃れようとしても、更に周囲の気温は上がって不快さが増していくのみ。
勝負はついたと言っているだろうが!聞こえているのか、魔王!?開けろ、開けてくれ!頼む!
何も見えず、水音以外何も聞こえず、ただただ気温と湿度が上がっていく恐怖。
お願いだ、開けてくれ余が余が、悪かったこの通りだ
謝ってもOlの反応はなく、膨大な水蒸気は圧力となってウセルマートを襲い始める。もしや、聞いてすらいないのではないか。そんな恐れが、ウセルマートの心を支配した。
そうして、一体何時間が経っただろうか。
謝る、ごめんなさい、開けてくださいお願いします
ウセルマートが啜り泣きながら懇願していると、突然蓋が開いた。
その、開放感。落とし穴の中に立ち込めた濃密な水蒸気がむわっと飛び出して、代わりに新鮮で冷たい空気が流れ込んでくる。空気というものをいや、何かをこれほど美味いと感じたことは、生まれて初めてであった。
だがウセルマートの身体は虚脱しきり、穴を這い登ることも出来ない。そこへ、手が差し伸べられた。
そら、掴まれ
文字通りにその手に取り縋ると、ウセルマートの身体はひょいと持ち上げられて、勢い余ってOlの懐へと転がり込む。
ああ助かった恩に着る
全身びっしょりと汗をかき疲れ果てた姿で、ウセルマートはそう呟いて気を失った。
第19話高慢なる砂漠の王の鼻をへし折り絶望の淵に落としましょう-4
マリーちゃん、と呼びなさい
目を覚ましたウセルマートに開口一番、マリーはそう告げた。
貴様とか金髪の娘とか半人前とかそんな呼び方しかしないじゃない。ちゃんと名前を呼ぶ。はいっ、リピートアフターミー、マリーちゃん!
な、なぜ余がそのような事を
気づけばウセルマートは小さな部屋で寝台に寝かされ、シーツを被せられていた。おそらくは医務室なのであろう。目覚めたばかりでいきなりそんな事を命じられ、ウセルマートは狼狽えながらも答える。
負けたら何でも言うこと聞くって言ったでしょ?
余が約束を守らねばならぬ道理もないと言ったであろうが。余とマリーちゃんでは格が
口をついて出た言葉に、ウセルマートははっとして口をつぐむ。
マリーはにんまりとして言った。
口約束とは言え、魔術師と軽々しく約束するとそうなるんだよー。勉強になったでしょ、うーちゃん
う、うーちゃん!?
今まで経験したことのない馴れ馴れしい呼称に、目を白黒させるウセルマート。
ウセルマートって長いじゃん。だからうーちゃんでいいでしょ
マリーちゃん、余を誰だとくっ、何なのだ、この忌々しい呪いは!
貴様、などとマリーを呼ぼうとすると、自動的にその語がマリーちゃんに変換されてしまう。どのようにかけたかすら皆目見当もつかない意味不明な呪いに、ウセルマートは思わず毒づいた。
いいじゃん、友達なら名前でちゃんと呼び合うものだよ
と、友達だと!?
ソフィアを助けに行く仲間でしょ。ついでに友達にもなってあげる。うーちゃん友達いなさそうだし
不遜に不遜を重ねた物言いに、ウセルマートは絶句する。
あ当たり前だ!余は王の中の王、万物の支配者!そのような物は不要!
いや必要でしょ普通に。王様だって何だって、気を許せる友達は必要だよ。Olさまだってそうだもん
魔王に英雄王、大聖女に氷の女王。マリーが今まで見てきた国の支配者は、確かに皆孤高の存在であった。決断は一人でしなければならず、その責任を負わなければならない。
けれど同時に、誰一人孤独ではなかった。その傍らには気を許せる腹心が、仲間がいた。王であろうと何であろうと、孤独では生きられない。
そしてもし本当に孤独であろうとするのなら国を治め王であろうとする意味などないのだ。
魔王も?
お、気になる感じですかー?
べ、別に気にしてなどただ、魔王の友人とやらに興味があるだけだ
それが気になるってことなんじゃないかな、と思いつつもマリーは口に出さない。
リルやユニスも友達っぽいっちゃ友達っぽいけどねー、やっぱり奥さん枠だから友達枠で一番はなんだかんだ言ってローガンなんじゃないかなあ。意外と仲いいんだよねあの二人。それにユニスのお父さんとも前お酒飲んでたし、お兄さんともそれなりに付き合いあるみたいだしあとトスカンさんとか、下町のドヴェルグさん達とか。Olさまああ見えて結構コミュ力高いっていうか
そ、そんなにか?
指折り数えるマリーに、我が身と比べて慄くウセルマート。
王とは孤高なるもの!他者に縋るとは惰弱の極みよ。魔王ともあろうものがその体たらくとは、呆れるわ!
ふうん。本当にそう思うんなら、別にそれはそれでいいと思うけど
マリーの青い瞳が、ウセルマートの目を覗き込む。
それ、誰に言われたの?
まるで、その奥底までを見通すかのように。
だ誰にでもない。己で辿り着いた答えだ
答えるウセルマートの声には、しかしまるで覇気のないものだった。
起きたか、ウセルマート
二人の声を聞きつけたのか、医務室の扉が開き、Olが姿を現す。
魔王っ!
ウセルマートは反射的に上半身を起こそうとするも、あることに気づいてすぐにシーツを被り、再び横になった。
ああ、もう少し寝ていろ。肋骨が五本折れていたからな。治療はしたが蘇生もしたてだ、生命力が足らん。後で粥でも持ってきてやる
貴様が余を、治療したのか?
淡々と告げるOlに、ウセルマートはシーツで口元を隠すようにしながら問う。
いや、Shalという娘だ。それがどうかしたか?
何でもない
そうは言うが、ウセルマートはあからさまにホッとした様子だった。
治療の腕は俺よりいい僧侶だ。骨接ぎを仕損じる事は万に一つもないから安心しろ
別にそのようなことは案じておらぬわ。貴様の腕は認めていると言ったであろうが
吐き捨てるように言うウセルマートをじっと見つめ、出し抜けにマリーは口を挟む。
うーちゃん、Olさまのこともちゃんと名前で呼ぼうか。何がいいかなー?結構皆バリエーションあるんだよね。Olさまとか主殿とかOlさん、最近はお館様とかてて様とかあなた様とか
オ、Ol!Olと呼べばいいのだろう!
慌てて、ウセルマートは叫ぶ。このままではどんな恥ずかしい呼び方をさせられるかわかったものではない。このマリーという小娘、やると言ったらやる女だ。ウセルマートはそう認識した。
なんだ、そのうーちゃんというのは
ウセルマートって長いでしょ?だからうーちゃん
Olにまで呆れた様子でそう呼ばれた時、かつてない感情がウセルマートを支配した。
メス、だ
その感情をなんと呼んだらいいかわからぬまま、彼女はそれを口にする。
余の名は、ラーメスだ。ウセルマートとは即位名王としての名に過ぎぬ
ウセルマートいや、ラーメスは横たわって天井を見上げたまま、呟くように告げる。
余のことはラーメスと呼べ。特別に許す
じゃあ、ラーちゃんだね!
すぐさま、マリーが愛称をつけ直す。
ほとんど変わっておらんではないかっ!
ええー、全然ちがうよ、うとラだよ?
そこではないわ、この痴れ者がっ!
言い合うマリーとラーメスの姿をみて、Olはククと喉を鳴らす。
それだけやりあう元気があるなら心配は要らぬな。また来る。養生しておけよ、ラーメス
ううむ
Olが言うとラーメスは途端に大人しくなり、こくりと頷き部屋を出ていく彼を見送った。
おいマリーちゃん
Olが部屋を出ていってしばらくし、ラーメスはマリーに声をかける。
寒い。服を持て
治療の邪魔だったからか、ラーメスのシーツの下は一糸まとわぬ裸であった。
Olさまに裸見られるの恥ずかしいもんね
寒いからだ!
クスクスと笑うマリーに、ラーメスは怒鳴り返した。
順調みたいね
ダンジョンの通路を歩く、Olの影。そこからするりと這い出すようにして、美貌の使い魔は囁いた。
お前の目にもそう見えるか
Olの問いに、リルはこくりと頷く。
ならば重畳。まあ、油断はできんがな
マリナの力も使ってるんでしょ?
そういう時こそ落とし穴は口を開けて待っているものだ
相変わらずねえ
常に最善手を打つ女神の啓示。そんな能力を持っているなら多少なりとも油断するのが人の常であろうに、それをこそ最大限警戒する己の主人に、リルは苦笑した。
人は必ず裏切るこういうのも、それに入るのかしら?
無論だ。自分自身こそ、真っ先に己を裏切る
ラーメスに施した性転換は表面的なものだけではない。骨格や筋肉、内臓に至るまで全てを女性化してある。そしてその内臓には、脳の作りすら含まれる。
人智を超えた所業であるが、女神マリナの最善手と、精微を極めたOlの医療魔術を組み合わせれば不可能ではない。
段々と、ラーメスは考え方や性的指向すら女性化していっているのだ。
所詮精神など肉体の傀儡に過ぎぬ。奴にはそれを存分に思い知ってもらおう
久々に悪い顔してるわねー
でもそれでこそOlなのかも知れない。
調子の戻ってきた主人に、使い魔は笑みを見せた。
第20話一歩踏み入れば即死するダンジョンに挑みましょう-1
大丈夫だよ、おうる
ちゃぷりと魚の尾に変じた下半身を海水につけ、タツキがそう請け負う。
準備を整えたOlたちはラファニス大陸の東の果て。海岸へと訪れていた。
この中にいる間は、たつきが守ってあげられる
うむ。頼りにしているぞ、海神タツキよ
そう言って頭を撫でるOlの手を、タツキは気持ちよさそうに受け入れる。
神の名を呼べば力を与えられると言うが、タツキにとってはこの手の方がよほど力になるのかも知れない。
ではつなぐぞ、我が主
ああ。頼む
境界を司る塞の神、ミシャが波打ち際に立って着物の袖を翻す。
足元は水際。先に進めば溺れるが定め
彼女は呪文のようなものを口にするが、相変わらず光も出なければ音もない。
そら。我を超えて、三歩進んでから振り返れ
言われた通りに、Olたちはミシャの横を通って三歩、海へと足を踏み入れた。
相変わらずの技だな
振り返るとそこはもう、異大陸の浜辺。かつてOlが船でリルとともに辿り着いた海岸であった。Olを持ってしても、一体どの時点で転移したのかわからない自然さだ。
波から外に出ないように気を付けて
タツキが沖合を泳ぎながら、警告を発する。
一歩でも出たら、見つかっちゃうよ
言われるまでもないことだった。大気自体に神気が満ち満ちて、わずかでも足を踏み入れれば即座に粉々に砕かれてしまうであろうことは、その場にいる全員が肌で感じていた。
山が
不意にホスセリが彼方を見据え、ぽつりと呟く。
山が、ない。不尽の山、姫様の山が!
ヤマトのどこからでも臨むことが出来た、サクヤの火山。美しい曲線を描いていたあの山が、ぽっかりとヤマトの景色から失われていた。
姫様!
待て、ホスセリ!
駆け出そうとするホスセリの腕を、Olは咄嗟に掴んで止める。
御館様、でも!
落ち着け。サクヤならば無事だ
断言する彼に、ホスセリは僅かに落ち着きを取り戻す。
本当?でも、どうして
アレがそう簡単にくたばる玉か。それに、見よ
Olは景色を指し示す。
火山がなくなっている以外、風景に何の変化もなかろうが
そう言われても、ホスセリとてヤマト全土の風景を記憶しているわけではない。しかしOlははっきりと記憶していた。何なら詳細な地図も作っていた。
あれほど巨大な山、崩すにしろ砕くにしろ、大量の土砂が出るだろう。跡形もなく消えるというのはおかしいとは思わんか?
それは確かに
なにせサクヤの火山はヤマト一の高さを誇る霊峰だ。ただ破壊したのであれば景色に見覚えがないと言ってもすぐわかるはずだ。
お引越ししたのかな?
どうやって山が引っ越すっていうのよ
首を傾げるマリーに、ザナが呆れる。
おそらくはそうだろうな
だがそれを肯定するOlに、驚きの声をあげた。
ダンジョンの場所の入れ替えはソフィアもやっていたことだ。全知全能であればその程度、造作もあるまい
なぜそんな事をしたんでしょう
ぽつりと呟くイェルダーヴ。いい視点だ、とOlは頷く。
サクヤの火山は龍脈の真上にあった。無尽蔵の力が流れ込む。それこそがあいつの強さの源だ。たとえ滅ぼしたとしてもやがて蘇る。かといってもはや火山自体はソフィアを取り込んだ神にとって身体の一部だ、破壊することはかなわぬ。故に僻地にでも飛ばしたのだろう
ということは
ホスセリは目を見開き、輝かせた。
ああ。先程も言ったとおり、サクヤは無事だということの証左でもある
良かった
ホスセリにとってサクヤとはただの主ではない。ずっと一族を見守ってきた、姉、あるいは母にも近しい存在だ。彼女はうっすら涙すら浮かべて、ほっと安堵の息を吐く。
けれどOlの言い方に、マリーは違和感を抱いた。確かに筋は通っている気はするが、どこかおかしい気がする。それがどこなのかはわからないが、Olらしくないと言うか、いつもと違うという漠然とした感覚があった。
それは何よりだけどここからどうするの?一歩でも上陸したら死ぬんでしょ?
波に濡れるブーツに顔を顰めつつ、ザナ。
ああ。まずは海中を行く。タツキ、先導を頼むぞ!
まかせて!
海面をぴょんと飛び跳ねて、人魚のような姿でタツキが水中をゆく。Olは全員に水中呼吸と水中歩行の術をかけると、海の中へと進んだ。
わー、すごい
普段目にすることのない海中の光景にマリーは思わず声をあげる。咲き誇る珊瑚に花のようなイソギンチャク、色とりどりの魚達とともに泳ぐタツキの姿は、まさしく海の姫君とでも言うべき美しさだった。
タツキがひょいと魚に手を伸ばし、おやつ代わりにムシャムシャと食べるまでは。あれは姫ではない、暴君だ、とマリーは認識を改める。
しばらく海中を進んでいくと、切り立った岩肌に人工的な真四角の入り口が見えた。
あれは
タツキ専用の通用口だ
それはかつてタツキが海からダンジョンへと通うのに使っていた、水中回廊だ。彼女がソフィアのダンジョンに常駐するようになってからは使われていなかったが、わざわざ潰す必要もなく残しておいたものだった。
まさか初めて外敵の侵入を許した通路から自分が侵入することになるとは、とOlは内心呟く。
ここから森のダンジョンの地下に出られる
森のダンジョンって、敵の真っ只中なんじゃないの?
回廊の終わり、頭上の水面を指し示すOlに、ザナは難色を示す。ここまではタツキの加護によって無事に来られたが、水中から一歩出た途端太陽神に補足される状況は変わらないままだ。
うむ。故にこうする
Olがザナの胸元をとんと指で突く。途端にザナの手のひらから氷がほとばしり、水上の部屋を覆い尽くす。それは複雑な紋様を描いた壁となった。
な、何したの!?
先だって結んだ呪印を通し、お前の術を使わせてもらった。お前の意に沿わぬ操作はできんから安心しろ
ただ意思の疎通をするだけであれば、肌に印をしるすなどという大掛かりな事をする必要はない。わざわざそんな事をするだけの意味があった。
これでダンジョンの内側に、ダンジョンがもう一つ出来上がったことになる。つまりは俺の領域だ。神とて簡単には手出しできぬ
Olは神ではないだろう
流石に聞き咎めたのか、これまで珍しく沈黙を守っていたラーメスが口を挟む。
忘れたか。俺は塞の神の加護を受けている神主なのだぞ。境界を操ることは我が権能。そして
ぐっと床がせりあがり、Olたちは水中から浮上する。
ダンジョンの中では、俺もまた全知全能だ
予想された太陽神の攻撃はなく、神気もまた部屋の中からは完全に取り払われていた。
うう~びしょびしょだよ~。水中歩けるのはいいけど、濡れるのはどうにかならなかったの?
無茶を言うな。膨大な海水を押しのけるのにどれほどの魔力を消費すると思う。第一、海水を退けてはそこは海ではない。太陽神からの攻撃を受けてしまうだろうが
スカートの裾を絞りながら不平を漏らすマリーに、心外そうに反論するOl。
でもさあ
マリーは周囲をぐるりと見回して、言った。
皆すっごくえっちな感じになってるじゃん
いずれも劣らぬ美女美少女たちは、皆一様にびっしょりと濡れそぼっていて、服がぴったりと肌に張り付きなんとも色っぽい様相を呈していた。
まさかこれが狙いだったんじゃないでしょうね
愚か者。見たいのであれば堂々と見るわ
恥ずかしげに胸を庇うザナに、Olはそう言い返した。
ラーちゃん、どうしたの?大丈夫?お腹痛くなっちゃった?
し、痴れ者がぁ!見るでない!
マリーが膝を抱いて蹲るラーメスに声をかけると、彼女は顔を真っ赤にして怒鳴る。ただでさえ薄くラインの出る衣装がぴったりと張り付いて、いっそ裸よりも艶めかしい。
見るなと言っておろうが!
放たれた火炎を手で受け止めて、Olは部屋の中心に据える。
ちょうど良い。氷で冷えるからな、これで暖を取りつつ着替えろ
言って、Olは背負っていた革袋から着替えを取り出した。
なんでこれ濡れてないの?
着替えを受け取りつつ、マリーは素朴な疑問を口にする。革の袋と言っても口は紐で縛るだけのもので、浸水を防げるようには見えない。
この袋は俺のダンジョンに繋がっている。必要な物資があれば用意させる
はぁい
袋の中を覗いてみれば、その向こうからリルが手を振りながらウィンクしていた。
便利ね、境界の神の力
ぼやくように言いつつも着替えを受け取り、服を脱ごうと上着に手をかけたところで、ザナはぴたりと動きを止める。
あっち向いててよ
言ったであろうが
恥ずかしげに言う彼女に、Olは傲然と宣言した。
見たければ堂々と見ると
このエロジジイ!
減るものでもあるまい。それに、今まで散々見ているであろうが
うるさい!それとこれとは別!むこう向けー!
呆れたように言うOlにザナは何度も蹴りを放つが、ことごとくかわされる。なんでこんなに機敏なのよこの爺は、と内心毒づいていると、不意にマリーが言った。
っていうか、ラーちゃんはいいの?
完全に忘れていた。ここしばらくやけに大人しい上に、濡れ姿を恥ずかしがる様があまりに女らしかったため、ザナですらラーメスが元男であることを失念していた。
良いわけあるか!
当のラーメスはあいも変わらずしゃがみ込みながら叫ぶ。
天幕を寄越せ、さもなくば衝立だ!
えっ、そっちなんだ。とザナとイェルダーヴは顔を見合わせた。
そんな暇はないようだ。さっさと着替えろ!
御館様、着替え完了した
そんなやり取りの間にさっさと着替えていたホスセリが二刀を構える。
その瞳が見据える通路の先から、敵が迫ってきていた。
第20話一歩踏み入れば即死するダンジョンに挑みましょう-2
ふっ!
ホスセリの一呼吸で、小鬼が三体、真っ二つに切り落とされる。左右の短刀と刃物のように鋭利な回し蹴り。まるで踊るように滑らかな、見事な連携だった。
なに?森のダンジョンに棲んでた小鬼が迷い込んできたの?
そんなわけがあるまい。太陽神の遣わした尖兵だ。直接殺せぬと見て送ってきたのであろう
あるいはそれは、ダンジョンの防衛本能とでも言うべきものかも知れなかった。ダンジョンを訪れた異物に対してまず真っ先に反応するのは、Olの魔窟でもまずはこういった小物たちだ。
御館様、キリがない
次々と襲い来る小鬼を切り捨てながら、ホスセリは呟く。
進むぞ!さっさと着替えろ!
Olは未だもたもたと着替えをしているラーメスたちに叫んだ。
だ、だが余は
ああもう、これでいいでしょっ!
うじうじと恥ずかしそうにしているラーメスに業を煮やし、ザナは氷術で彼女の周りに壁を作る。
すまぬ。恩に着る
わざと屈折させて透明度を下げた白い氷の壁の向こうからそんな声が聞こえてきて。
あいつが、礼を言った?
ザナは思わず、己の耳を疑った。
着替え終わったな。道を作るぞ
言って、Olは呪印を通じて同時に干渉する。ラーメスの放出した炎の霊力をマリーの持つ冷性剣で変換。ザナへと流して氷の通路を作り出し、その権限をイェルダーヴに譲渡。彼女の霊力で維持する。
ラーメスの無尽蔵の出力。マリーの応用力。ザナの速射性。イェルダーヴの持続力。
その全てを、Olの精微極まる魔力操作で引き出し、混合した結果であった。この方法であれば、広大なダンジョンを端からOlのものに塗り替えていける。
そして道を進む際の露払いは、その大半をホスセリが担う。いくら手練れの忍びといっても、連戦が続けば細かな傷は免れない。小さな傷でも重なれば致命傷となる。しかし彼女に限ってはその心配は無用であった。
ククルにその身体を明け渡した後遺症か、傷の治りが異常に早いのだ。ちょっとしたかすり傷程度であれば、数歩歩いた程度の時間で治ってしまう。相手が小鬼程度の相手であれば、疲れすらなく幾らでも倒すことが出来た。
よし地上部に出るぞ!
あ、懐かしいね、ここ
マリーの剣がダンジョンの天井を切り開き、ザナの氷術が筒状の通路と螺旋階段を作り出す。それを登れば森のダンジョンの地上部分、木々の壁が生い茂る天然の迷宮だった。
かつてOlが初めてこの大陸を訪れた時、マリーとともにやってきて。
──そして、ソフィアと出会った場所だ。
とりあえず一息つけそうだな
階下への通路を氷で塞げば、間断なく続いていた小鬼たちの襲撃が途絶える。Olは簡易的な結界を張って、革袋からテーブルと人数分の椅子を取り出した。
ダンジョン探索には相応しくない内容で悪いが
そう言って出されたのは、リルが丹精込めて作り上げた出来たての料理だ。
そんな理由で文句言うのOlさまだけだよ
なおOlの言うダンジョン探索に相応しい食事の内容とは、硬く焼き締めたパンに干し肉、革袋のワインといったものである。
前々から思っていたのだが、いくら余が王の中の王と言っても、毎日毎日これほどの贅を凝らさなくてもよいのだぞ
仔牛のソテーを口に運びながら、ラーメスはぽつりと言った。それは肉とは思えぬ程に甘く、歯を立てずとも舌の上でほろりと解ける程に柔らかい。サハラ中の富を集めた首都でも、年に一度の大祭くらいでしか味わえぬ美味だ。
信じられないけどね、これ、普通の食事なのよ、こいつらの
すっかりその味に慣れてしまった舌で味わいながら、ザナ。無事故郷を救って戻れたとしても、ヒムロの国の粗食に自分は耐えられるだろうか、などと危惧を抱くほどであった。
流石に普通はいいすぎだよ。Olさまは王様だし、リルはとっても料理が上手だから
絶句するラーメスに、庶民の生活も知るマリーが補足する。
あの角と翼の生えた女かぜひとも余の料理番に加えたい腕だ
リルのことを話す時にあのおっぱいに言及しないなんて、ラーちゃん本当に女の子になっちゃったんだなあ、などと思いつつ、マリーは食事を平らげる。
さて、そろそろ我々が目指すところを話しておこうと思う。そのまま食べながらで良いから聞け
食事が一段落したところで、Olはそう口を開いた。
神からソフィアを救うこと、じゃないの?
うむ。その、具体的な手段についてだ
マリーの問いにOlが頷いた、その時。
突然、轟音とともに地面が揺れた。
何!?地震!?
いや、これは
ヤマトは地震の多い国ではあるが、その揺れ方は地震のそれとは明らかに異なっていた。テーブルの上の皿がガタガタと音を立て、ガラス製の器が落ちて割れる。
ああっ!余のジェラートが!
言っている場合か、来るぞ!
初めに見えたのは、巨大な触角。それに次いで真っ赤な頭が現れて、毒々しいオレンジ色の脚が幾本も木々の間からずるりと出てくる。
ヤタラズだ!
山をぐるりと八巻するのにやや足りぬ。そう呼ばれるほどの巨大なムカデが、Olたちを見下ろしていた。
問題ない。あれなら処理できる
とは言えかつてホスセリがさしたる苦もなく一度倒した相手だ。
彼女はとんと跳躍して身軽な動作で大ムカデの背に取り付くと、麻痺毒を塗った短刀を引き抜いた。それで一本目の脚と二本目の間の神経を麻痺させてしまえば、全て終わりだ。
一匹であれば。
突然、もう一匹の大ムカデが森の影から現れたかと思えば、ムカデの背に乗ったホスセリを跳ね飛ばす。不意を打ったその一撃をホスセリはかわしきれず、彼女は地面に叩き落された。
ホスセリ、無事か!?
ごめん、御館様。しくじった
ホスセリは上半身を起こしつつ、顔をしかめる。強力な毒を秘めた大顎の一撃はなんとかかわしたが、脚の先端を避けきれず太ももがざっくりと裂けていた。Olは手早く魔術で止血するが、完全治癒には程遠い。この身体でムカデの背に取り付くのは無理だろう。何より二匹いるのでは、先程のように跳ね飛ばされるだけだ。
あれ、奥さんかな
悠長なことを言っている場合か。仕方あるまい、援軍を呼ぶぞ
大ムカデを見上げて呟くマリーを叱責しつつ、Olは革袋の口を大きく開く。
ミオ!
Olがその名を呼べば、小麦色の髪を三編みにした素朴な娘が現れる。魔王軍最強の名をほしいままにする獣の魔王。牧場主のミオであった。
アレを手懐けられるか?
ご
大ムカデを指し示すOlに、ミオは蒼白になる。
ご、ご、ご、ごめんなさい、あれは無理ですううう!脚が脚が十本より多い虫だけはちょっと!
あるいは虫の類は操ることは出来ないのではないかとは思ったが、予想を上回るまさかの弱点であった。
逆に十本以下ならなんとかなるの?
アラクネさんとかならギリギリ
アラクネとは蜘蛛の下半身と人の上半身を持つ魔獣だ。蜘蛛で八本、人の腕が二本。確かにちょうど十本ではある。
くっ、しかしあのデカブツを二匹相手にするとなると
手懐けられない事は予想してはいたが、ミオ自身が戦力にもならないと言うのは想定外であった。他にあれを相手にできるとすれば、ユニスか、ウォルフか。しかしどちらも戦うには大量の理力を消費する、いわば切り札だ。
お任せあれ、主殿
逡巡するOlの手にした革袋から涼やかな声が響き、褐色の腕がぬっと突き出る。
友の窮地は我が窮地!助けに来たぞ、ミオ殿!
現れたのは黒アールヴの長、エレンであった。
しかしエレン。あれをどう倒す?
なにせあの大ムカデはユニスの剣すら弾く甲殻を持っている。いかに黒アールヴの剛弓と言えど分が悪い。矢足らず(ヤタラズ)の名は伊達ではないのだ。
テナとかいう娘に聞きました。何でもあれは人の唾液に弱いとか。主殿、失礼するぞ
言ってエレンはOlに突然口づけた。のみならず、舌を存分に絡めて濃厚なディープキスをかわし、ちゅぷちゅぷと唾液を交換する。
妖艶な吐息を漏らしながら銀の糸を伝わせると、彼女はその唾液を矢に吹きかけて弓を構えた。
大ムカデが突進してきた瞬間エレンは蔓草を木の枝に伸ばし、振り子のようにぐんと身体を揺らすと、そのまま高く飛び上がってそれをかわす。
そしてそのまま空中で身体を捻ると、立て続けに二発、矢を放った。
それは狙い違わず二匹の大ムカデの左目と右目とに突き刺さる。ムカデの巨躯からすれば、ほんの小さな傷。しかしそれは致命の傷であった。
矢の刺さった目の部分から大ムカデの身体は灰に染まり、動きが緩慢になっていく。そして数秒もすると、完全に石と化して停止した。
何をしたのだ?
大ムカデは唾液に弱いと言っただろう?
エレンは自信満々に答える。
ちょうどミオ殿から譲り受けたバジリスクの唾液を仕込んだ矢を持っていたのでな。使ってみた
バジリスクの唾液に弱くない生き物など、この世にいるかっ!
ミオだけが、流石エレンさん、すごいですと素直にパチパチ手を叩いていた。
第20話一歩踏み入れば即死するダンジョンに挑みましょう-3
日が落ちてきたな。今日はここで野営をするぞ
二匹の大ムカデを撃退し、更に進むことしばし。木々が夕焼けに赤く染まり始めたところで、Olはそう言って足を止めた。
野営まさか、寝るってこと!?この敵地のど真ん中で!?
そのまさかだ
ザナが叫ぶ間にもOlは袋からテーブルと椅子を取り出し、夕食の準備を進めていく。
ダンジョン内での野営など、俺の魔窟を攻略する冒険者共なら皆当たり前にやってることだ。驚くほどのものでもあるまい
あんたの加護が切れれば即死するダンジョンなのよ!?
別に俺が寝たところで境界が途切れるわけでも加護が失われるわけでもない。むしろ休息は必須であろうが
それはまあ、そうだけど
慣れぬダンジョン行で、ザナ達はヘトヘトに疲れていた。一歩でも足を踏み出せばすぐに死んでしまうような場所で、何度も襲撃を受けながら進んでいれば当然のことだ。
元気そうなのはOlと
イヴ、あんた大丈夫?
わ、わたしは、何もしていませんから
イェルダーヴだけだった。
相手は太陽神だ。日が沈んでいる間は大したことは出来まい
なにせ隠れた太陽の女神であるソフィアでさえ、日が沈んでいる間はけして起きることはなかった。四柱の習合である太陽神であっても、それは同じことだろう。全知全能の神の、数少ない欠点と言えるかも知れない。
そうはいっても流石に抵抗がそれに、こんな床で眠れる?
Olが自分の陣地としているのは、ザナの氷術で作り出した氷の回廊だ。自然、床も硬く冷たい氷が張っていて、そんなところでまともに眠れるとは思えなかった。
Olが革の袋から、ずるりとベッドを取り出すまでは。
あ、うん。よく眠れそうね
余は天蓋付きのものを所望するぞ!
ラーメスに至っては良質な睡眠を満喫する気満々であった。そしてOlは本当に天蓋付きのベッドを出した。
あたしの知ってる野営と違う
安心しろ。見張りは立てる
それの何が安心なのかはわからなかったが、ザナの想像する野営に近くなることは確かであった。
では頼んだぞ
はいっ、承知しました、Ol様!
Olが例の革袋から、四人の黒アールヴを呼び出すまでは。
絶対にこれ野営なんてもんじゃないでしょ
夜の森の警護に黒アールヴに勝るものがいるものか。無論こやつらは昼間に睡眠を取らせてあるから、夜を徹した警護も苦でもない
何なら夜型でーす
Olの言葉に、エレンの部下の一人が明るくそう言ってのけた。
まあいいわぐっすり寝られるのはありがたいことだし。よろしくね
はっ。命に代えましても!配置に付け!
四人のうちリーダー格らしい真面目そうな一人がそう答え、Olたちを守るように三方に散る。
そして残った一人、四人の中でもっとも豊かな胸を持ったものが、天蓋の付いたOlのベッドへと潜り込んだ。
待ちなさいよ
我らの主君であるOl様には、特別な警護が必要だと思いましてぇ
いや絶対セックスするつもりでしょ!?
おっとりとした口調で説明する黒アールヴに、ザナは叫ぶ。
勘違いするな、ザナ
その間に割って入って、Olは言った。
別にクロエの胸が大きいから閨に呼んだわけではない。順番に四人とも抱く
そんな隣で寝られるか!
だが実際は、疲れとベッドの気持ちよさに、ザナは布団をかぶって十秒で眠りに落ちた。
深夜。四人の黒アールヴ達との性交を終え、眠りについていたOlはふとベッドの中に侵入してきたものに目を覚ました。
ザナには説明しなかったが、黒アールヴとは何も楽しみのためだけに交わったわけではない。一日で消費した魔力を性交によって補充したのだ。
他者から受け取った魔力は十分に休んで己のものへと変換しなければならない。それを知っているアールヴ達がみだりに自分を起こすはずはないのだが、とOlは警戒する。
ご主人様
だが寝所に忍んできたのは、黒アールヴではなかった。
イェルダーヴか。どうした
こんな時間にすみません。一つ、どうしてもお聞きしたくて
首輪から解放されてもなお、何かと自己主張の薄い娘である。珍しいこともあるものだ、とOlは内心呟く。
言ってみろ。この天蓋の中の声は外には漏れぬようになっている
なぜご主人様はわたしをお連れになったのですか
押し殺すような声色で、イェルダーヴはそう尋ねた。
わたしはここまで、何のお役にも立てていません。わたしは、何も出来ない人間です
やれやれまさか、そこまでとはな
ため息をつくOlに、イェルダーヴはびくりと身を竦ませる。そんなことすらわからないのかと、呆れられたと思ったのだ。
本当にわからぬのか。この氷のダンジョンは今、お前の力によって維持しておるのだぞ
だからそんな事を言われて、彼女はキョトンとした。
わたしの?
そうだ。ザナの氷は恐るべき速度で構築されるが、その分持続するものではない。数拍もあれば消え去ってしまう類のものだ。それを、お前の霊力を用いて維持しておる
霊力を維持する力というのは、出力や速度とはまた別次元の能力だ。
圧力というか重さのようなものを、感じはせぬか?
いえ特には
出力や速度はラーメスやザナとは比べ物にならない程低いイェルダーヴの霊力だが、こと維持力、持続力という点においては並外れたものがあった。といっても具体的にどれほどのものか、Olも知ってはいなかったが。
お前は今、森のダンジョンをほぼ覆い尽くす氷を維持して平然としているのだぞ
それもまた、人知を超えた能力であった。
でもわたしに出来るのであれば、誰にでも出来るのでは?
出来てたまるか。並の術者ならば、部屋を一つ半日も維持すれば魔力が底を尽きるわ
疲れが見えないということは、まだ維持する力よりも自然な回復力の方が勝っているということである。
言っておくが今回の一行で代替の効かぬ要は、お前だぞ
そう言うと、イェルダーヴは震え始めた。
そんなそんなはずは
ザナの氷術は、時間はかかるが俺の迷宮魔術でも出来る。ラーメスの無尽蔵の霊力も回復しながら進めば良いだけだ。ホスセリも、複数人で傷を癒やしつつ前衛を受け持てば良い。だがお前の力だけは、他のものには不可能だ
正確には魔術師を何十人と集めてそれぞれ維持させれば、可能といえば可能ではある。だがそれはあまりにも非現実的であった。
わたしにそんな力があるはず、ありません!
だがイェルダーヴはこれを否定した。
わたしは何もしてこなかった女です。何の力もありません
面白いことを言うやつだ
Olは愉快そうに笑みを漏らす。
つまり、お前は俺が間違っているというのだな?
そう言ってやると、イェルダーヴは目を大きく見開いた。
お前と俺と、真っ向から意見が食い違っている以上、少なくともどちらかは間違っているという事だ。そしてお前が自分には何の力もないと主張するということは、それ即ち俺が間違っているということだろう?
それはその
イェルダーヴは言いよどみ。
はい。ご主人様の思い違いだと思います
しかし、はっきりとそう答えた。
自分に自信がないのだな
あるはずもありません
だがその自信のなさは、主人と仰ぐ相手を否定するほどに強固なのだ。それは一種の信仰とさえ呼べるものであった。
これは俺の推測だが、お前はずっとあの首輪から抜け出ようとしたのではないか?
魂を封じる服従の首輪。指一つ自分の意志では動かせぬ状態で、イェルダーヴに出来ることはただ思うことだけだった。抜け出したい。なんとか自由になりたい。そう思い続けることしか、出来なかった。
無為な、努力でした
Olは首肯する。あれは内側からどうこうしたところで解ける類のものではない。
だが、無駄ではなかった。それがお前の持続力を育てたのだろう
途方も無い時間を、ただ出たいと願い祈ることに費やしたのだろう。祈りとは、即ち神術の行使だ。小さな首輪に閉じ込められた魂だけで使える、ごくごく僅かな術。それを眠っている時以外の全ての時間をいや。眠っているときでさえ、費やさねばこれほどにはなるまい。
天稟だけでそのような力が身につくものか。お前の持つ唯一の、しかし類稀なる力だ。誇って良い
本当にわたしに、そんな力が?
それはつまり、彼女は最後の最後まで諦めなかったということだ。そしてその努力は結局実を結ぶことなく、救いは全く別の場所から降って湧いた。彼女の自己不信はそれゆえのことだろう。
信じられぬか
すみません
正直なやつだ、とOlは笑う。
信じずとも良い。どちらにせよ俺にはお前が必要だ。明日以降も働いてもらうことには変わりない
自分を信じられないがゆえに、他の誰をも信じることが出来ない。
そんな心根には、彼も心当たりがあった。評価が主観的なものか客観的なものかの違いはあるにせよ、同じことなのだ。
冷えるな。来い
己に与えられた責任の重さに青ざめ震えるイェルダーヴに、Olはそう声をかける。せめて今夜くらいは、重責を忘れ眠れるように。
イェルダーヴはただOlの暖かな身体に、その身を委ねた。
第20話一歩踏み入れば即死するダンジョンに挑みましょう-4
なんでイヴがOlのベッドに入ってるのよ!
Olはそんな叫び声とともに目を覚ます。天蓋に取り付けられたカーテンは開け放たれて、差し込む朝日とともにザナが氷よりも冷たい視線をOlに向けて降り注がせていた。
寒いと言うので温めたまでのこと
じゃあなんで二人とも全裸なのよ!
寝ぼけた頭で言えば鋭く返されて、Olはむっと唸る。
Olの腕を枕にしてすやすやと眠るイェルダーヴの姿はほとんど掛け布団に隠れているが、何も身に着けていないことははみだした脚や肩口、そして何よりベッドのそばに脱ぎ落とされた衣服で明らかであった。
色ボケもいい加減にしなさいよ!あんたがこんな所でまで盛るのは勝手だけどね、あたしの妹まで巻き込まないで!
待て。これは
Olの弁明に聞く耳持たず、ザナはカーテンを締める。
あご主人様、おはようございます
それと入れ違うようにして目を覚まし、寝ぼけながらもふにゃりと笑うイェルダーヴに、Olはどうしたものかと内心ため息をついた。
ザナ。精神を乱すな。うまく指示を送れん
うるさいわね。これでいいんでしょっ!
怒声とともに、目に見える範囲の通路が全て凍りつく。ただ凍らせればいいというわけではないのだが、と嘆息しながら、Olは仕方なく自前の魔力で氷に干渉し、壁に紋様を描き出した。
太陽神の干渉を防ぐには、そこがOlのダンジョンであるという明確な印が必要だ。それが壁に描かれた紋様であり、同時に氷が溶けぬようにイェルダーヴの霊力で維持させる為の媒介であった。
昨日は消耗を防ぐために、ザナの能力をOlが操作して氷を生成する時点で紋様をも作り上げていたのだが、イライラした様子のザナはそこまでの精度で操ることができなくなっていた。
本人の意志を無視して操ることは出来ないようにしておいた事が災いして、Olに対して不満を感じている程度でも操作に支障をきたした。
結果としてザナもOlも消耗が激しくなるので落ち着いて欲しいところだが、下手に弁明したり諭したりすれば余計に激高するのがザナという女だ。氷の女王などと呼ばれているくせに、その性根はむしろ烈火に近いのである。
あれは!
それでも進行速度そのものは一日目よりも早く、昼前にはOlたちは森のダンジョンの最奥へと差し掛かる。そしてそこで目にしたのは、白く輝く氷の通路。
やってくれたわね!
ギリリとザナが奥歯を噛みしめる。城の形こそしていないが、それがザナの居城を組み替えたダンジョンであることはすぐにわかった。
落ち着け。お前の臣下たちは無事だ
ええ。大丈夫よ。あたしは落ち着いてるわ。とてもね
本人の言う通り、先程まで波打っていたザナの精神はすっと平静を取り戻す。いや、平静どころか、まるで凍りついたかのような静かさだった。それはかえって良くない兆候であるとOlは悟っていたが、だからといってそれを指摘してどうなるものでもない。
さあ。行きましょう、Ol
それを示すかのように、ザナの精神はOlの操作を一切受け付けなくなっていた。
寒いな
一歩足を踏み入れた時点で、Olはその異常性に気がついた。かつて訪れたザナの居城は厚着をしていてはかえって暑いほどに暖かかったが、この氷の回廊は酷く冷える。
待て。服を用意する
!そんなことしてる暇はないでしょ
ザナはともかく、イェルダーヴやラーメスはかなりの薄着だ。とてもこの寒さには耐えられまいと防寒着を出そうとするOlにそう言い捨てて、ザナは壁に向かって腕を振る。一瞬にして回廊の壁に紋様が描かれて、彼女はさっさと進んでいった。
待て、ザナ!
指図しないで!ここはあたしの城、あたしのダンジョンよ!
氷であれば作り出すだけでなく、削ったり形を変えたりも出来るらしい。彼女が掘っても紋様は正常に働き、そこはOlの境界となって太陽神の力を阻む。
くそお前たちはここで待っていろ!
Olは着替えをマリーに手渡すと、単身でザナを追いかけた。彼女の氷術の速度はあまりにも早く、集団で追いかけたのではバラバラになってしまう恐れがある。
ザナ!待て!止まれ!その方法では太陽神の干渉を防げぬ!
叫びながら走るが、ザナの姿はあっという間に迷宮の奥に消え去って見えなくなってしまった。
くそ!
確かに壁に紋様を刻めば、そこはOlの領域となる。太陽神はその中のものに直接干渉することは出来ない。しかし、その紋様を刻んだ壁自体は別だ。
ザナが作り出しイェルダーヴが維持する氷ではなく、この場に移動させたザナの城の氷自体は、太陽神が支配している可能性が高い。
であればそれはいつでも消す事ができる、砂上の楼閣のようなものだ。
ザナを追いかけ奥へと進むうちに、Olは吐息が白く染まっていることに気づいた。走って体温が上がったからではない。周囲の気温自体が、下がっているのだ。
それどころか次第に辺りには白いものがちらつき始め、屋内だと言うのに風が吹いて氷雪が打ち付けてきた。
ザナ!いるのか!?
壁に描かれた紋様を追ってきているから、すれ違ったということはない。ザナは間違いなくこの先にいるはずだ。しかしいくら何でもこの吹雪で先に進んだとは思えず、Olは声を張り上げた。
しかし、返ってくるのは風の音ばかり。そもそもこの吹雪の中では聞こえたかどうかすら定かではない。
ふと思いつき、Olはザナの胸に描いた呪印に干渉して彼女の操作を試みる。この吹雪で頭を多少なりとも冷やしていればいいが、などと思いながら魔力を確かめると、予想以上に覿面に反応があった。
その繋がりを逆に辿って、Olは吹雪の中足を進める。そしていくらもしないうちに、立ち尽くす彼女の姿を見つけた。
正確には、無数の氷像に囲まれた彼女をだ。
Ol
Olの存在に気がついて、ザナは振り返る。その顔は虚ろで何の表情も浮かんでいなかったが、Olには泣いているように見えた。
あたし
話は後だ。壁を作れ
促しながら、Olはザナを操作し氷の壁を作り上げて自分たちを囲む。太陽神の干渉を防ぐ意味合いもあったが、それ以上に凍死するのを防ぐためだ。