お、おう

どう反応していいかわからず、ローガンは気まずげに頷いた。

二度と同じ真似をすることは許さん。だが、今回ばかりは褒めてやる

Olの表情からは焦燥が消え去って、不敵な笑みが戻る。

さあ、反撃の開始だ

第11話愚かなる王を叩き潰しましょう-5

ちくしょー!幼女でさえあればー!この身体が幼女でさえあればー!

うるさい、ローガン

自分の身体を操って叫ぶローガンに、マリーはうんざりとした声で言った。

Olさまー、これどうしても外せないの?

今は無理だ、諦めろ

マリーの要求に対し、Olの返答はにべもない。

服従の首輪は解除不能と言うだけあって、Olにすら簡単には解呪できるものではなかった。

別段、自爆機能や遠隔爆破機能はついておらん。ならば当面そのままでも困らんだろう

困るよ!すっごく困るよー!

俺もなあ、昔のマリーちゃんならまだしも今の身体じゃなあ

故にマリーの身体は当面ローガンに任せることにして、Olは首輪に更に機能を追加した。声を発することが出来る機能だ。

リル。そちらの様子はどうだ?

駄目。反応なしー

やかましい二人を黙殺しつつ問うと、イェルダーヴの身体から這い出しながらリルは首を横に振った。そちらの首輪にも同様の機能を付けたが、イェルダーヴの反応は全くない。リルに取り付いて調べてもらったが、相当深く封印されているのかマリーのように魂越しに交信を試みることもできなかった。

こうして鹵獲された時の対処くらいはしていたか

ザナが言うには、ウセルマートの全知の半分はイェルダーヴの力によるものだという。その力をこちらが使えれば、とも思ったが、流石にそこまで甘くはないらしい。

気を落とさないで、大丈夫よ

浮かない表情のザナに、リルはことさら明るく言った。

所詮は人間の作ったものだもの。わたしとOlなら必ず解除できるわ

ええ大丈夫です、ありがとう

ザナはにこりと微笑む。

だがその胸のうちは変わらない。

不安と焦燥。

そして、激しい憎しみだった。

パパ、来たよ

黙々と作業を進めるOlの元にソフィアが訪れたのは、それから三日後のことだった。

映像を出せるか?

ソフィアが頷くとともに壁面が透け通り、そこに窓でもあるかのように外の光景が映し出される。まだ遠くてよく見えないが、無数の屍兵達がヤエガキ山脈を越え、こちらへと向かってきているのがわかった。

やはり、少ないな

その数は膨大。だが、地平を埋め尽くすと言うほどではない。テナが予知で見たものよりも、相当少なかった。

炎を作るのに数日かかるっていうのは本当だったみたいだね

雪を溶かしきれずに無理やり山を越えてきたせいだ。

改めて大火球を作り終わるまで待つよりも、一刻も早く攻める方を選んだということだろう。

それは悪手であるが、同時に最善の手でもあった。

さて、ソフィア。出来るな?

がんばる

ソフィアは震えながらも、しかしこくりと頷いた。

そう気負う事はない。タツキ、サクヤ、ミシャ。補佐を頼んだぞ

うん、たつきがんばるよー!

非才の身ながら、微力を尽くしましょう

子を守るは年長者の務めか。褒美に精をたっぷりと弾んでくれろよ

三柱の神々は若き神であるソフィアをそれなりに可愛く思ってくれているようだった。

彼女たちはOlの部下というわけではないし、直接の利害があるわけでもない。

ユツ、テナ、ホデリ。無理はするなよ

はい、わかりました!

言われんでも、危なくなったらさっさと逃げるからな儂は

はっ。この身命を賭しましても

賭すな

ホデリの反応に、Olは本当に大丈夫だろうかと心配になる。

だが今は彼らに託すしかなかった。

Olは小さな門をくぐり、作業へと戻る。

後はこれが間に合うかどうか。時間との勝負だ。

じゃあ、やりますっ

ソフィアがそう宣言し、両手を前に向けて眉間に力を込める。

んんんーっええーいっ!

彼女が気合の声を発すると同時に、試練の山の前方に突如として森が生えた。

後方に位置している森のダンジョンの一部を入れ替えたのだ。

ミシャお姉ちゃん、力を貸してくれる?

良い良い。そら、持ってゆけ

お姉ちゃん、などと呼ばれて気を良くしたミシャがソフィアの手を握り、その力を受け渡す。

木々が蠢き大きなアーチを作り上げたかと思うと、そこからずるりと巨大な生き物が引き出された。

鉄の如き黒光りする身体に、毒々しいオレンジ色の無数の脚。

それはいつかOlが捕らえた大ムカデだ。

突然日の当たる場所に引きずり出された大ムカデは怒りに任せて暴れまわる。

屍兵などその眼中にはないが、ただ移動するだけで何十という屍兵が跳ね飛ばされ、巨体に潰されていった。

さあ小鬼ども。我とあやつら、どちらが恐ろしい?

Olの姿に、森に潜む小鬼達が蜘蛛の子を散らすかのように慌てて逃げ出していく。

頑張ってくださいね

Olは手を振ってそう呟くと、くるりと宙返りして一転、鳥へと姿を変えた。

臆病な小鬼たちではあるが、こうしてユツがOlの姿で脅して回ると彼の姿から逃げるために屍兵たちへと向かっていった。一匹一匹は雑兵にも劣る弱さであるが、数だけであれば屍兵たちにも劣らない。

その上狡猾な彼らは、あまり判断能力を持たず愚直に進んでくる大半の屍兵と非常に相性が良かった。逃げるふりをしては落とし穴に誘い込み、そのまま土に埋める。妖樹の住処に誘導してその餌食にする。進路を読んで投石で敵を押しとどめ、暴れまわる大ムカデに敵を轢かせる。

無論その度に少なくない犠牲は出ていたが、どうせ彼らはすぐ増える。本人たちもそういう認識なのだろう。仲間の死を厭うことなく、屍兵たちを血祭りにあげることに躍起になっていた。

だが屍兵の全てが判断力の低い雑兵ばかりではない。例えば骨の不死馬に乗った騎兵だ。

生きていた頃名のある戦士だったのか、特別に呪力を込められたのか、或いはその両方か。

高い技量と判断能力の両方を併せ持つ屍騎兵が何体も、小鬼を蹴散らし大ムカデを避けて森のダンジョンを抜け、試練の山へと足を踏み入れる。

ここを通すわけにはいかん

その行く手を、テナが阻んだ。

頭からは耳を、腰からはふさふさとした四本の尾を生やし、衣の袖を翻せば狐火がいくつも浮かぶ。

屍騎兵たちは彼女を警戒して足を止め、後続の仲間を待って隊列を組んだ。

その数は五。騎馬、兵ともに最も体格の良い一騎を守るように四騎が壁になって守る構えだ。

狐火の威力はさほど高くない。四本の尾を変化させて武器にしても一騎落とせない完璧な布陣。

行くぞっ!

狐火を放ちながら襲いかかるテナに応じるように、屍騎兵は突進し

もろともに、地面から吹き出すマグマに飲み込まれた。

判断力を持つということはこちらの都合を考えるということ。つまり騙せるという事じゃな

テナが物陰から姿を現し、焼け焦げ動かなくなった屍兵たちを見やる。

ですが的確なあの対応。やはり、こちらの戦力自体は知られているようですね

マグマの中からもう一人のテナが出てきて、焦げ目一つない着物をパタパタと払った。

小柄なその姿は見る間に大きく膨らんで、サクヤへと戻る。

そうじゃな。指揮をとっている様子がないのは幸いじゃがサクヤ姫、避けよ!

テナの鋭い警告に、サクヤは素早く身を翻す。その衣の裾に短刀が突き刺さり、同時に襲い来る斬撃をサクヤはどうにか扇で防いだ。

炎で反撃する前に、小柄な屍兵は素早く退いて剣を構える。

その背後から、似たような姿の屍兵が更に数体。

あらまあ。ホスセリのような動きですわね

我々の苦手な手合いじゃな

サクヤもテナも炎を使う。高熱で飛び道具を防ぐのは難しい。

しかし体捌きでかわせる程の戦闘の素養は二人にはなかった。

ですので、交代です

サクヤに向かって屍兵が短刀を投擲した瞬間、彼女の姿は掻き消え背後の通路が音を立てて塞がれた。

相当な手練とお見受けする

そこへホデリが姿を現して、すらりと刀を抜き放った。

ただそれだけの動作で、屍兵たちは彼の凄まじいほどの強さを察する。

隻腕の男一人に対し五体の屍兵。すぐに彼らは扇状に広がって、ホデリを包囲した。

いざ尋常に

勝負、と言いかけたその時、彼らの頭上から大量の海水が降り注ぐ。

タツキ殿。彼らはいずれ劣らぬつわもの。勝負させてくださらぬか

えーやだ

首のエラから泡を吐き出しながら懇願するホデリに、タツキはあっさりとそう答えた。

屍兵は死者だ。呼吸が出来ないところで死ぬことはない。

だがその身軽な動きと投擲の技術は、水中では完全に死んだ。

詮方あるまい。これも主命だ、恨んでくれるなよ

ホデリの口が頬まで裂け、瞳が真円を描き、彼は剣を振るう。

水中であることなど全く感じさせぬ、滑らかな動き。

屍兵たちは避けることも出来ず、瞬時にして体中をバラバラにされた。

だが彼らはそうされてなお、戦意を失わない。

懐に仕込んだ毒瓶を握りつぶさんと、腕だけを動かして水中を這う。

たった一滴で池の魚を全て殺す猛毒。

いっただっきまーす

それごと、タツキは大きく口を開けて一息に飲み込んだ。

バキボキと音を立てながら咀嚼し、ごくんと嚥下して一言。

まずーい

それだけですか?

?ええとおかわり?

ホデリの言葉に、タツキはこてんと首を傾げる。

池を皆殺しにできる毒も、広大な海の前では無力に等しい。

ましてや国をも滅ぼす毒蛇を呑んだタツキにとって、この程度の毒など味の悪い調味料に過ぎなかった。

お疲れさま、みんな

どうにか第一波をやり過ごし、ソフィアは深く息をついた。

小鬼を除けばダンジョン側の犠牲はほぼなし。一方的と言っていい展開だった。

今のうちは。

テナ、これって何日続くんだっけ

十日と言ったところじゃな

問いに返ってきた言葉に、ソフィアはげんなりとする。

ここからは輪番を組んで対処しましょう

サクヤの言葉に、皆が頷いた。

疲れも恐れも知らない屍兵たちの進攻には朝も夜もない。

対応そのものはさして難しくはないものの、減るどころかどんどん増えていく敵にソフィアたちの疲労は溜まっていった。

まずい。予知よりも早いぞ!

そしてそれは、防衛を始めて七日目のことだった。

一気に屍兵たちの数が増えたのだ。

不覚。これは、妾のせいです

サクヤはチラチラと見える薄紅色の花を目にして、己の失敗を悟った。

彼女は火山の神であると同時に、春を告げる樹木の神でもある。

そのサクヤが力を使いすぎたあまりに季節の移り変わりが僅かに早まり、雪を溶かしてしまったのだ。

大地を埋め尽くし黒く染める屍兵たちの群れは、もはや押しとどめることなど出来ない。子鬼たちの掘った落とし穴など埋める間もなく踏み潰され、山のように伸し掛かられて大ムカデさえ動けなくなり、自分たちの身体を梯子代わりに山肌を登って試練の山の奥へと進む。

それは蟻の大群に大型の獣が成すすべなく食い殺される光景に似ていた。

ここはもう駄目です。お逃げなさい、ソフィア

いよいよ外郭が食い破られてどっと侵入してきた屍兵たちの存在を感じながら、サクヤはそう命じた。既に他の面々はダンジョンの外へと避難させた。だがソフィアだけが、頑なに逃げようとしない。

こうなればこの山を溶岩で満たし、灼き滅ぼしてやるより他はありません

それもほんの僅かな時間稼ぎにしかならないだろうが、とサクヤは心中で呟く。

パパがパパが、きっと

いいえ。それももはや叶わぬでしょう

勝つための準備をする。だから時を稼げ。

全知に気取られるのを避けるためだろう。Olからの指示はただそれだけだった。

Olが彼女たちを見捨てて逃げたなどとはサクヤも思わない。

だがこの状況を、一体どうやったら覆すことが出来るだろうか。

強力な兵器?それとも無数の援軍?

どちらがあっても、数の暴力の前には無力だ。

状況を今から覆す奇跡のような方法があるとはとても思えなかった。

Olは、間に合わなかったのだ。

やだ!

だがソフィアは首を振って、サクヤの手から逃れる。

聞き分けなさい。あなたの父君も、そんなことを望んではおりません

そんな事ないもん。だってパパは、サクヤお姉ちゃんの事も大好きだから!

死ぬわけではありません。神はそう簡単に滅びませんから

だがこの山を噴火させれば、サクヤは深い眠りにつく。ソフィアはそれを敏感に察していた。

目覚めるのは千年後か、万年後か。いずれにせよOlは生きてはいまい。

パパは絶対来るよ。だって、ソフィとわたしと、約束したんだもん!

ソフィアが叫んだその時、部屋の壁が打ち破られて屍兵たちが雪崩込んでくる。

扇を振るい投げ放った炎は予想の半分も熱量を持たず、サクヤは己の力が尽きかけていることを知る。これではもはや、山を噴火させることすら叶わない。

無理をするなと、言ったであろうが

だが次の瞬間降ってきたのは、屍兵たちの汚れた指に引き裂かれる感触ではなく、そんな呆れ声であった。

全く、そこまで俺を盲信するとは我が娘ながら一体誰に似たのやらだが、よくぞ言った

サクヤが恐る恐る目を開ければ、あれほどいた屍兵たちは皆真っ二つに両断され、地に倒れ伏していた。一体どんな刀を使えばこうまで見事に切れるのか、断面は恐ろしいほどに鋭利だ。

ソフィアがOlに駆け寄って、勢いそのままに飛びつく。それを受け止めたOlはぐらりと身体をよろめかせた。

旦那様お体が?

ああ。突貫工事だったからな。流石にちと疲れた

欠伸を噛み殺しながら、Olは答える。

だが、間に合ったぞ。よくやった

ですが一体、何を?

わしわしと無造作に頭を撫でられ頬を染めつつも、サクヤは思わず問うた。

最高の援軍だ

第11話愚かなる王を叩き潰しましょう-6

それは、巨大な土の塔のようなものであった。

あれはなんだ。なんの意味がある

砂の王の問いに返事はない。答えるべき口を持たないからだ。

ただただそれはウセルマートの望みに応じて、遥か彼方の地の光景を彼の脳裏に浮かばせる。

土で出来た円柱形のその塔は、ただただ土を掻き集めて盛り立てているようにしか見えなかった。凄まじく巨大ではあるが、大きいだけだ。中には何の機構も備え付けられておらず、術がかけられているわけでもない。

仮にあれが兵器だったとしても、脅威とはなりえない。

なぜならそれは遥か遠く海の向こう異なる大陸にあるからだ。

魔王が門を繋いでそちらから戦力を持ってこれることは知っていたが、それには限度があることもまたわかっている。あれほどまでに巨大な代物を持ってくるのは不可能だ。

考えられることは、陽動か。ウセルマートはそう結論づけた。

意味有りげな事をして彼の気を引き、他への意識を引き離す。

それは有効な手段ではあった。

全知は強力な力だが、いくつか欠点がある。

その最たるものが、人間の頭には手に余る、ということだ。

やろうと思えばそれこそこの世の全て、砂粒の数までも数え上げることも出来るだろうが、人の頭では処理しきれない。世界のどこにでも目を向けることが出来るが、見ていない場所を見ることは出来ないのだ。

なるほど。これか!

Olの周辺を探って、ウセルマートはそれを発見した。

赤い髪の剣使い。恐らくは魔王の手の中で最強の駒。

それが、斬撃を転移させて飛ばし斬り裂く練習をしていた。

なるほど、この状況でウセルマートに勝つのであれば、彼本人を殺すのが最も手っ取り早い。

どこにでも転移できるあの娘の力を持ってすればそれも或いは可能だろう。

ならば奴はまだ気づいていないのだ。そんな策にはとうに対策を講じているということに。

ピラミッドはただの要塞ではない。それ自体が力を持つ巨大な結界の発生装置だ。

その中では彼の信ずるアトム神以外のありとあらゆる神が力を削がれ、権能を失う。

あの娘がこの中に飛び込んできたが最後、二度と転移は叶わない。

神の力がなければ強いと言っても小娘一人、始末するなど造作もない。

何なら奥の手を使っても良い。いずれにせよこれで、ウセルマートの勝利は揺るぎようがなくなった。

そう確信した瞬間。

砂の王は表情を歪ませた。

呆けたようにその光景を見つめ、目を見開く。

ありえない光景が、そこには広がっていた。

人の男の器と聞いて、お前は何を想像する、サクヤ

器ですか?

眠たげに問いかけるOlに、サクヤは首を傾げた。

難しいですね。他者を許し受け入れる心根でしょうか

なるほど。ミシャの能力があるだろう。あれが俺にもあるのだそうだ

よほど眠いのだろうか。ポンポンと話題が飛ぶOlの言葉に、しかしサクヤは生真面目に付き合う。

そうですね。神が人に力を与える時は普通、女性に巫女に降ります。ですが塞ノ神はその特殊な神でして。男性に力を与えるのだそうです

塞ノ神は元々男根の姿をした神だ。それが男に力を貸すのは、ある意味で自然なことなのかもしれない、とサクヤは思う。

うむ。で、ミシャが言うには、本来俺とあいつとで揮える力に差はないらしい。だが俺がほんの小さな力しか揮えぬのは、俺の器が小さいからだと言う

はあでは、霊力ですとか、魔力の話だったのでしょうか

Olは首を振って、言った。

ペニスの大きさだ

ぶっ、ぐ、く、くふ、ぐぅっ!

サクヤは思い切り吹き出して、顔を真っ赤にしながら笑いを堪えた。

下ネタに弱すぎるだろう、と呆れつつOlは話を続ける。

奴は塞ノ神。境界を塞ぐ神だ。であればその境界の大きさは、塞ぐものの大きさに比例する。つまりはペニスだ

ぶふぅっ!や、やめ、やめてくださいましっ

はしたないと知りつつも腹を抱えて笑うサクヤ。

だから作ってやったのだ。我が天のダンジョンが通れるだけの大きさを持つ、男根をな!

自棄になったように、Olは叫んだ。

それはかつてOlがメリザンドと戦った時に作り出した歩くダンジョンの、成れの果て。もはや二度と動かすこともないだろうと放置されたその体格に相応しい怒張を作り上げ、Olはそこに宿った。もはやその体を立たせるほどの魔力は用意できないが、局部を勃たせるだけであれば造作もない。

そして、その凄まじく馬鹿馬鹿しい方法で、異なる大陸からやって来た。

ウセルマートにとっての破滅が。

実にいい顔をしている。そうは思わないか?

メリーもね

この上なく楽しそうな顔をしながらウセルマートの姿を投影する年上の妹に、マリーは呆れ混じりに答えた。

しかしこれは便利だな。まさか英霊にこのような使い方があるとは、思いもしなかったぞ

メリザンドの身体に宿るのは、無明の名で呼ばれる英霊。全てを見通す千里眼の持ち主、盲目のガイウスだ。

ちょっと教えただけなのに妹があっという間に口寄せをマスターして、お姉ちゃん悲しいやら誇らしいやら

年季が違う、年季が。さあ待たせたな、諸君

英霊をその身に宿したメリザンドは、マリーどころか英霊自身よりも巧みにその力を引き出すことが出来た。メリザンドの見た光景が、窓のように無数に浮かんで居並ぶ射手たちの目の前に映し出される。

エレンを筆頭とする黒アールヴの弓使いたちだ。

矢弾は無限にあるぞ!好きなだけ射殺せ!

その矢になるのは、天のダンジョンの森に生える無数の木々。彼女たちが棲み慣れ親しんだそこは、そのものが強力な魔力を帯びた聖地のようなものだった。その枝を折って矢に加工するのには材料も魔力も必要ない。枝自体に既に大量に魔力が含まれているからだ。

天に浮かぶダンジョンから雨のように降り注ぐ矢は、しかし正確無比に屍兵たちを射抜いていく。メリザンドの操る千里眼とアールヴの魔技が合わさって初めて出来る絶技であった。

だが矢に対して屍兵たちはあまりに多く、また既に死んでいる彼らには急所というものがない。矢で貫いただけでは動きを止めないものも多かった。

風よ。雲よ。我らが友よ。その恵みをどうか分けておくれ

そこへ、セレス率いる白アールヴ達が一斉に魔術で雲を呼び寄せる。異大陸からも掻き集められた雲は本物の雨を降らせ、屍兵たちを濡らした。

無論水に弱いとは言え、屍兵は雨に濡れた程度で崩れるほど軟弱ではない。

しかしそれも、身体の内に生木の矢を抱えていなければの話だ。

肉に食い込み、雨を吸ったアールヴの魔木は瞬く間に成長し、周囲の屍兵をも取り込みながら大きくなって彼らを喰らい尽くす。

そこへダメ押しとばかりに、白銀の竜が舞った。英雄王ウォルフが宿ったメトゥスの身体だ。

その身が吹き出す毒の息は死者たちの身体さえもあっという間に溶かし腐らせる。

ソフィアの方はうむ、問題ないようだな

メリザンドが眼下からダンジョンの中へと意識を転じさせれば、目にも止まらぬ速さで三つ首の猛獣が駆けていた。その背に跨るのは勇ましい女騎士ではなく、純朴な娘。しかし誰より恐ろしい獣の魔王、ミオだ。

彼女の最大の欠点はザナが突いてみせたように、魔獣を操るミオ自身は無防備である事だ。

大群や巨大な敵相手であれば問題とならないが、単独の強者には遅れを取る可能性がある。

否。あった。

つい先日までは、の話だ。

ケルベロスの爪と牙を掻い潜り、死角から不意を突いて小柄な屍兵が斬りかかる。

ミオはそちらを見ることもなく、すっと左手を掲げた。

その袖口からするりと小さな蛇が飛び出して、剣を咥えて受け止める。

同時にその蛇の尾に生えたもう一つの頭が、屍兵の首に噛み付いた。

双頭蛇(アンフィスバエナ)と呼ばれるその蛇の毒は、瞬く間に屍兵を石へと変えて砕く。

天井に張り付き、落下して奇襲をかけた屍兵は、ミオの右腕に乗った小さな火蜥蜴(サラマンダー)の炎に焼かれて一瞬で燃え尽きた。

投げ放たれた短刀は、ミオの胸元に入った小さな獣が額の宝石を輝かせると見えない壁に弾かれ落ちる。結界を自在に作り出す魔獣、カーバンクルだ。

何十何百という犠牲の末に、屍兵たちはようやく魔獣の防護を掻い潜ってミオの頬に僅かな傷をつけることに成功した。だが彼女の頭の上に乗った白い小鳥がぺろりと舐めとったかと思えば傷は瞬く間に消え、小鳥の吐き出した息に触れた屍兵の同じ場所に何十倍も深くなった傷がつく。医療を司る神鳥カラドリウスは、人の傷や病を吸い取り他人に与える力を持っていた。

ミオ自身が攻撃に気づかずとも、全方位にあらゆる感覚を巡らせた魔獣が必ずそれを察知し防ぐ。防ぎきれなかったとしてもすぐに癒やす。小さな魔獣を何匹も身につけたミオは、もはや全身凶器であり、単独で軍隊に匹敵するような存在に成り果てていた。

あれ、反旗を翻したらどうもならんぞ

その時は諦めよう

頭を抱えるメリザンドに、マリーは潔く答えた。

第11話愚かなる王を叩き潰しましょう-7

くははははははは!痴れ者め。むしろ好都合というものだ

ウセルマートは哄笑した。

それは負け惜しみなどではなく、心からの笑いだ。

核熱(アトム)の炎。防げるものなら防いでみるが良い!

山頂の雪を溶かしていた炎に、霊力を込める。

防げるわけがない。それこそはこの世で最も力を持つ神の威光。

全てを滅ぼす始原の炎なのだ。

Ol。あたしに出来ると思う?

悪戯っぽい笑みを浮かべ、ユニスはOlに問うた。

わかっていて聞いているな、とOlは思う。

彼はそう言った不確実な事を断言する性格ではない。

それをわかっていながら、ユニスはそう望んでいるのだ。

そうだな

それはつまり。

お前になら絶対に出来る。なにせこの俺が愛する正妃なのだからな

甘える妻に、Olは最大限の譲歩をした。

もう照れる

流石にそこまで言ってくれるとは予測していなかったユニスは、自分で言わせておいて頬を染めて俯く。かと思えばぱっと顔を上げて、Olの首に腕を回してキスをした。

でも勇気は満点になったよ!ありがと!

そして剣を抜いて、天のダンジョンの先端に立つと迫りくる始原の炎に向き直った。

なんでこんな状況でいちゃついてんだよ

その一部始終を横で見せつけられたローガンは、うんざりとした口調でぼやく。

ローガン。そう言えばさ、前アドバイスくれたじゃない?

竜が人の真似をしてどうなる。そう、ローガンはかつてユニスに言った。

あれ何の役にも立たなかった

そうかいそりゃどうも役立たずですみませんね!?

なぜなら、ユニスが目指すものは竜ではない。それを殺すものだからだ。

兄は英霊として、その力を拡大してみせた。英霊となっても成長の予知はあるということだ。

父は剣の一振りで、遠く離れた飛竜を皆殺しにして見せた。ユニスの知る、強さの頂点だ。

その二つをイメージしながら、ユニスは剣を振り下ろす。

だが飛ばすのは斬撃ではない。

刃を隔てた世界の、片側だ。

ごめん、Ol

ずるりと、空間が滑り落ちて。

やりすぎちゃった

えへ、と気まずげに笑って誤魔化すユニスの向こうで、炎と一緒に大地が真っ二つに割れた。

ユニスの剣が残した傷跡は、それは凄まじいものだった。

なにせウセルマートのピラミッドが中央から真っ二つに割れて柘榴のように開き、それだけに留まらず大地についた傷跡は地平の向こうまでも続いていた。

もっともユニスが切り裂いたのは砂漠の真っ只中で、切断面の幅は紙一枚よりも薄い。よほど運が悪くない限りは切り裂かれた人間はいないだろう。

つまり目の前で頭の天辺から股の間までを両断されている巨大な屍兵は、よほど運が悪かったといえる。

運が悪いっていうか、一応狙ったんだけどねウセルマートの方を

悪鬼のような形相でこちらを睨みつけるウセルマートを囲むのは、ユニス、Ol、ザナの三人だ。追い詰めたとは言え油断ならない砂の王を相手にするには、戦力はむしろ少数精鋭である方が良い。

何か言いたいことはあるか?

ないわ

Olの問いに、ザナは短く答えた。

もう勝ったつもりか!

ウセルマートは杖を掲げ、その先端に小さな火球を作り出した。

外すなよ。外した瞬間お前は死ぬ

剣を構えるユニスに対し、そうプレッシャーをかける。

空間を切り裂くあの技はまだ完全にものにした訳ではない事を、彼は見抜いていた。

切り裂くことに失敗すれば、そのままユニスは焼かれて死ぬ。

無駄な足掻きを。やれ、ユニス

だがユニスは何の気負いもなく、剣を振るった。

余は王の中の王。滅びはせぬ!

同時にウセルマートが炎を放つ。

ユニスの剣はそれを真っ二つに断ち割り

避けろ、ユニス!それは囮だ!

Olが気づき叫んだときには閃光が槍のように伸びて、この世のどんな矢よりも早くユニスへと迫っていた。それが彼女の胸を貫くその寸前、ユニスは突き飛ばされて地面を転がる。

そして代わりに閃光を受けたザナが、胸を押さえて蹲った。

このっ!

すぐさま起き上がって、ユニスはウセルマートへと斬撃を飛ばそうと剣を奔らせる。

だがそれは、砂の王を切り裂く寸前でピタリと止まった。

彼女の両腕が、凍りついたのだ。

外したかまあ良い

腕だけではない。脚も、身体も、みるみるうちに氷に包まれて動けなくなっていく。

氷の女王よ、魔王も捕らえよ。まだ殺すなよ

ウセルマートの命に、瞳から意思の光をなくしたザナは一瞬にしてOlを凍りつかせた。

なるほどそれがお前の狙いだったか

全身を氷に拘束されながら、Olは独白するように呟いた。

気づいてももう遅い。これこそ余がこの世の覇者であることの証。全てを制し操る、支配の杖の力だ

杖を掲げながら、ウセルマートは高笑いする。

服従の首輪はこれを模した副産物に過ぎぬ。一度に一人しか操れぬのが難点ではあるがな

おそらく今までは、その杖の力でイェルダーヴを囚えていたのだろう。故にギリギリまで使わなかったし、使えなかった。

形勢逆転だな異境の魔王。だがこれが余と貴様の格の差と

うるさい。会話の途中だ。お前は少し黙れ

この状況で言葉を遮り、あまつさえ高圧的に命令するOlに、ウセルマートは思わず言葉を失う。

土壇場で裏切るか、それともお前自身も死ぬか。その辺りだとは思っていたが、まさかそんな行動に出るとはな

貴様は何を言っている。気でも触れたのか?

意味不明な事を言うOlに、ウセルマートは怪訝な表情を浮かべ近づく。

お前こそ油断しすぎだ。死ぬぞ

あ?

ウセルマートは目を瞬かせ、己の胸から突き出た氷を見つめた。

それは赤く濡れ、先端からポタポタと血を垂らす。

ザナの手のひらから伸びた氷の槍が、背後から彼の胸を貫いていた。

馬鹿、な何、で

ぐっと氷の槍を両手で掴むが引き抜けず、引き抜いたとしても助かるわけもなく。

ウセルマートは何が起こったかも理解できぬまま、絶命した。

見事だ、ザナ。いや、月の女神マリナと言った方が良いか

お気づきになられていたのですか

素のザナとはまるで異なる口調で、彼女は答える。

それはザナが猫を被っている時の口調であると思っていた。

だが何の事はない。彼女が啓示を受けるときつまり、女神マリナに身体を貸した時の口調なのだ。

ああ。だが何故ウセルマートはお前に気づかなかった?

魂を封じられても、その能力までは封じられない。そして操れるものは一度に一つ。

そこまでわかっているなら、ザナを封印しても何の意味もないことは察しがつくだろう。

ましてやローガンがマリーに取り付いて大暴れした直後なのだ。Olがマリナの存在に思い至ったのもそれがゆえ。いくらウセルマートでもそれを見逃すほど愚かとは思い難い。

わたしは月の女神。日の出ている時に月を見ることができましょうか

なるほど、道理だ

ザナと魂を繋げたOlでさえ、直接的にはその存在に気づかなかった。

しかしその繋がり故に、マリナは度々内心を誤魔化すためにザナとして振る舞わなければならず、Olはそこに違和感を覚えて気付きの手がかりとなった。マリナがザナを真似るとき、ほんの僅かにだが口調が違うのだ。

破壊する気か

支配の杖を手に取るマリナに問いかけると、彼女はあっさりと首肯した。

魂をそこに囚えた状態でそれを破壊すれば、魂もまた破壊される。

それはつまり、ザナの死を意味していた。

それこそが、ザナが望んだことですから

ザナのウセルマートに対する憎しみは本当だった。

だがおそらく同時に、彼を愛してもいた。

そんな彼女の望みは、ウセルマートの物になりそして、彼を殺し自らも死ぬことだったのだろう。

下らないことだとOlは思う。そしてそう思うのはOlだけではない。

だがお前の望みではあるまい

Olが言うと、マリナはにっこりと笑った。いつもの、人好きのする笑みだ。

全くお前は食えぬ神だな

最善手とは一体誰にとっての最善であるのか、Olはずっと疑問に思っていた。

それがザナにとっての最善であるなら、本人に何が起こるかわからないのはあまりにも不自然だ。

だがザナ以外の者にとっての最善にしては、彼女はその能力に信を置きすぎている。

ここに至って、ようやくOlは得心がいった。

最善とはつまり、女神マリナが考えるザナにとっての最善だ。だがそれは、ザナの望みとは必ずしもイコールでは結ばれない。

結局俺はお前たちに利用されただけ、かまあ良い。使われてやる

言いつつOlは己の魂をぐいと引っ張る。

服従の首輪を解析して、その仕組みはおおよそ把握している。

原理的には大して高度なものではない。単に鍵が複雑なだけの金庫のようなものだ。

破壊せずに開けるのは骨が折れるが、それもしっかりと鍵がかかっていればの話。

魂が他の魂と紐付き繋がったままでは、扉などしっかりと閉められるわけがない。

ほんの僅かな隙間があれば、そこからこじ開けるなどOlにとっては造作もないことだった。

ザナの魂を彼が引っ張り出すのとほとんど同時、マリナが支配の杖を凍りつかせて砕く。

あれ程の力を持つ魔道具を壊してしまうのは少々惜しい気もしたが、仕方あるまいと諦める。意思さえ奪い去るのはOlの趣味でもない。

どうして

俺はお前のことを気に入っておる。他の男に渡したくないと思う程度にはな。それが例え、死後の世界であろうと

恨みがましい目で睨みつけてくるザナに、Olは涼しい顔でそう答えた。

わかったならさっさとこの氷を解け。寒くてかなわん

Olがそう命じると、ザナは渋々とOlたちの氷を消し溶かす。

はー、さむーい!

途端ぴょんと飛びついてくるユニスを、Olは当然のように受け止めた。

今更とは言え、目の前で他の女を口説いてもこうして許してくれるのだからできた妻だ。

あったかーい

ぎゅっとOlに抱きつきながら、ユニスはちらりと横目でザナを見る。

混ざるわけ無いでしょ!

片手を空けて問うユニスに、ザナは叫んだ。

第ニ章終幕

ザナがウセルマートに初めて出会ったのは幼いころ、まだ母が存命の頃だった。

その頃はヒムロとサハラの両国も敵対しておらず、王族同士で交流を持ち、折に触れて式典などに参加することもあった。

彼女が彼に出会ったのは、そのようなパーティでの一席でのことだ。

幼いながらもその見目は精悍で気高く、褐色の肌に包まれた肉体は活力と自信に満ち満ちていた。

しかし何よりザナが惹かれたのは、その瞳であった。

覇気に溢れ、滾る野心を隠そうともしない強い瞳。

闇の中振るわれる白刃のように。猛毒を持つ蛇のように。空を統べる鷹のように。

危険である程に美しく、恐れる程にザナは彼に魅了された。

彼がザナにさほどの関心を持たない事には、すぐに気づいた。

少しでも興味を持ってもらおうとザナは彼に尽くすよう努力を重ねた。

肌を磨いて髪を整え、氷術や巫術を覚え、女としても巫女としても己を磨き上げた。

そしてついに部屋に招いて欲しいとウセルマートから頼まれた時には、この上ないほど舞い上がったものだ。

だが人知れず宮廷に招かれたウセルマートがしたのは、ザナの妹、イェルダーヴを拐かすことだった。

太陽の巫女を失ったヒムロの国は以前にもまして深い雪の中に閉ざされ、民は飢え、その対応に奔走した女王である母は病を拗らせてこの世を去り、ザナは若くして女王となった。

何もかもを失って、彼女は深い深い憎しみに包まれた。

己を騙し、裏切ったウセルマートへの憎しみ。

彼に選ばれたイェルダーヴへの憎しみ。

そして何より騙されてなお彼への思慕を捨てられぬ、愚かな己への憎しみ。

だが幸か不幸か、彼女に残されたのはもう一つあった。

これほど愚かな王に従い、苦しい思いをしている哀れな民衆だ。

何の罪もなく、貧困に喘ぎながら、しかし自分を慕い敬ってくれる人々。

冷たい地に住みながらも暖かな心を持つ彼らに報いなければならない。

ザナは良き女ではなかったが、良き王でありたいと願った。

陽(ヒ)に逃げられた愚かな氷(ヒ)の女王を憐れんだ月の女神の手を借りて、妹を救い、ウセルマートを殺し、己を滅ぼす。例えどんな手を使ってでも。

様々な愛と憎しみとが入り混じり、いつしかそれがザナの唯一の望みとなっていた。

その望みは二つ叶えられ、一つ叶わず。

ザナは長い夢から目覚めた。

パチリと目を開け、ザナは上半身を起こす。

夢を、見ていた気がする。だがどんな夢だったのかは思い出せない。

泣いていたのだろうか。頬が濡れていた。

そして

やっちゃった

隣で眠るOlを目にし、彼女は頭を抱えた。

夢の内容は思い出せないが、皮肉にも昨夜の記憶であれば克明に思い出せた。

ザナは浴びるように自棄酒を飲み、Olに絡み、文句を言い、泣き叫び、二、三度吐いて、歩けなくなったところをこの部屋まで運ばれ

(ああああああああああ)

襲われたのならまだともかく、完全にザナの方から襲ったのだった。

(殺すしかない)

咄嗟にザナはそう判断した。寝ている今がチャンスだ。

元々殺すと宣言はしていたのだから、油断するほうが悪い。

万全を期すため、ザナは月の女神の啓示を受ける。

朝から随分熱烈だな

気付けばザナは、Olに口付けていた。

おおおおおお、起きてたの!?

頭の中でああも騒がれれば嫌でも目覚める

眠たげに顔をしかめながら答えるOlから、ザナは慌てて飛び退いた。

って言うかマリナ様何やってるの!?

女神がザナの身体を操っている間、意識はあるがマリナが何をするかまではわからないし、何故そうしたのかもわからない。人知を超えた認識能力を持つ彼女の意図を計りかねるのは珍しいことではないとは言え、今回は全く意味不明だった。

お前は自分のことが全くわかっておらんのだな

だがOlは落ち着き払った様子で、呆れたようにそう言った。

どういうことよ!

まあわからぬのなら、今はそれでも良い

月の女神とやらも過保護なことだと思いはするが、これでは目を離せぬのも分からないではない。

一体何の話を

やかましい。俺は疲れてるんだ

ウセルマートの件はとりあえず片付きはしたが、Olの仕事は山積している。

屍兵たちの侵攻によって破壊されたダンジョンの修復に、大陸から引っ張ってきた魔宮の処理。

マリーやイェルダーヴの封印も解いてやらねばならないし、ピラミッドから姿を消していたホスセリのことだって探してやらねばならない。

王を失った砂の国の統治の問題もある。暴君でも王は王だ。いなければ国は回らず、民を捨て置くわけにも行かない。

だがそれも、せめてもう一眠りしたあとのことだ。

七日間ほとんど不眠不休で作業を続け、流石のOlも疲れ切っていた。

とにかくもう少し寝かせろ。話はその後いくらでも聞いてやる

生欠伸を噛み殺しながら、Olはザナの裸身を抱き寄せる。

ちょっと!

人を叩き起こした責任を取れ

その柔らかな身体を抱きしめながら、Olは目を閉じた。

あたしみたいなガリガリなの抱いたって、面白くないでしょ

拗ねたような口調のザナにOlは答えず、ただ彼女の髪を撫でた。

確かに凹凸には乏しい身体だが、その肌の滑らかさ、髪の艶やかさはただ触れているだけでも気持ちいい。華奢で柔らかな肢体の抱き心地は筆舌に尽くしがたい物があった。

未だ繋がったままの魂は、Olのそんな心持ちを口に出すよりも何倍も雄弁にザナに伝える。

仕方ないわね

嘆息し、ザナが許しを与える頃にはOlは既に寝息を立てていた。

寝ているときまで眉間にしわを寄せ、まるで怒っているかのような表情で眠る彼の姿に、ザナは思わずクスリと笑う。

演技でなく笑うのなど、一体何年ぶりだろうか。

そうひとりごちながら、ザナはもう少しだけ、Olを殺さないでいよう。

何となく、そう思った。

登場人物その3

ホスセリ

忍びの者。24歳。サクヤに仕える兄妹の妹。短い橙色の髪に茶の瞳。火山の風景に溶け込む赤装束に身を包む。山犬の呪いを受けており、気を抜くと狼の耳と尻尾が生えだす。

無口で無表情だが感情そのものは豊かで、冷静に内心を吐露する癖がある。不意打ち、闇討ち、騙し討ちを身上とする忍びの者。毒薬に通じ、生き物の急所についても造詣が深い。敵の死角に隠れ潜んで、急所や毒による攻撃によって一撃で命を奪う戦法を得意とする。

サクヤ

火山の神。13902歳。桜色の髪を足首まで伸ばした、神々しい雰囲気の美女。見た目は二十代半ば。山の恵み、特に活気や生命力を司る神であり、火の神であると同時に春を告げる花、桜の象徴でもある。

おっとりとして気品に満ちた風を装っているものの、内面は耳年増のムッツリ。炎を自在に操る事ができ、その熱量は相当のもの。武術の心得があるわけではないが、比較的高位の神である為その能力は人間とは比べ物にならないほど高く、生まれ持った基礎能力だけで相当な実力を備えている。

ミシャ

塞ノ神の半身。年齢不詳。肩の辺りでキッチリと髪を揃えた和装美女の姿。見た目は二十そこそこといったところだが、サクヤを子供扱い出来る程度には生きている。

性交を司る神であり、常に泰然として隙あらば卑猥な単語を織り交ぜてくるが、反面子作りに繋がらない性行為に関しては非常に疎く、ペースを崩されると弱い。境界を自由に区切り、繋ぐという強力な能力を持っているものの、神としての力は殆ど失われてしまっており、肉体的な能力は見た目以下である。

ザナ

氷の女王。19歳。紫水晶を削り出したような美しい髪と透けるような白い肌を持つ、儚げな美少女。女性にしては長身で、スレンダーなモデル体型。

その妖精のような容貌とは裏腹に勝ち気で癇癪持ちな負けず嫌い。氷術を得手としており、その創出速度はOlでさえ舌を巻くほど。一呼吸の間に視界全てを凍らせられる程の能力を持つ。また、月の女神をその身に憑依させることにより、常に最善手を打つという規格外の異能を誇る。

第12話戦後処理を片付けましょう-1

魔王Olが作り上げ、その娘であると共にダンジョンの神でもある少女、ソフィアが管理する広大な地下迷宮の最深部。魔王本人の部屋よりも更に厳重に守られた場所に、そこはあった。

それは外部からの攻撃への備えであると同時に、内部からの脱出への備えでもある。品の良い調度品が飾られ、使い心地の良い家具が揃えられ、扉には鍵すらなく。

それでもそこは、ある種の牢獄であった。

入るぞ

Olはその部屋を訪れ、几帳面に三度ノックする。

あ、Ol、いらっしゃーい

はい、お入り下さい、陛下

扉を開けると、そこには女が一人。しかし二つの同じ声がOlを出迎えた。

何か不都合はないか?

いいえ。とてもよく、して頂いておりますから

褐色の肌に、紫の髪の少女。イェルダーヴは、口を動かさぬままにそう答える。

何とかなりそう?

彼女の口を動かしてそう尋ねるのは、イェルダーヴの身体を操るリルだ。

いや悪いが、もう少しかかりそうだ

砂の国の王ウセルマートの持っていた支配の杖。その中に封じ込められたイェルダーヴの魂は、ザナの魂と入れ替わりに元々の肉体に戻っていった。しかしその首に嵌められた服従の首輪によって再び封じられ、自由を奪われたままであった。

服従の首輪に封じられてからは何の指示も与えられていないせいかOlたちに襲いかかるようなことはなかったが、そのままでは行動どころか食事や排泄すらままならない。仕方なく、リルがその身体に宿って必要最低限の生活をこなしている状態だった。

じゃあ、わたしはちょっと休憩いってくるから、イェルダーヴのことお願いね

リルは突然そう言うと、イェルダーヴの身体からするりと抜け出す。途端、イェルダーヴの身体は支えを失い、ぐらりと揺れた。

おい!全く、奴はどうも仕事が雑でな。怪我はないか

はい、いえ、あの大丈夫です

慌ててその身体をOlが支える間に、リルは部屋を出ていってしまう。Olが服従の首輪に追加した発声機能のお陰で何とか意志の疎通だけは取れるが、それ以外は人形のようなものだ。厄介なことに今のイェルダーヴはウセルマートの命令がなければ、自分で立っていることさえできなかった。

お聞きして、よろしいでしょうか

Olがその身体をベッドの上に寝かせてやると、イェルダーヴはおずおずとした様子でそう切り出した。

何故陛下はわたしに、このように良くしてくださるのですか?

自分の意思で指一つ動かせぬ女に部屋を与え、部下に甲斐甲斐しく世話をさせ、暇な身分でもなかろうにこうして度々訪れては何か困っていることがないか尋ねる。

イェルダーヴの力を利用するのが目的だとしても、あまりに丁重な扱いだった。

何故だと?

Olにしてみれば思っても見ないことを問われ、返答に詰まる。言われてみれば、これほどに世話を焼く理由もなかった。

ザナの妹だから。美しい女だから。そう言った理由が無いわけではない。

そうだな。強いて言えば同情か

だが改めてよくよく考えてみれば、一番の理由はそれだった。

己の意思さえ奪われ、選択の余地もなく無理やり従わされるのは辛かろう

それはかつてOl自身が受けた、もっとも苦い過去の記憶。同じ目に、それも何年もあってきた彼女に対する憐憫の思いが強くあった。

やっぱり

Olの言葉に、イェルダーヴは小さくそう呟く。

陛下。不躾ながら、一つだけ、お願いをしても宜しいでしょうか

なんだ?必要なものがあるなら、一つと限らずともある程度は便宜してやるぞ

いいえ

振れぬ首の代わりにイェルダーヴは答え、そこで言葉を切る。

そして暫くの間沈黙したあと、逡巡を振り切るように声をあげた。

わたしを抱いては、頂けませんでしょうか

出し抜けの要望に、Olは眉をひそめる。

はい。わたしを助けて頂き、尽力して頂く御恩。今のこの身では、それくらいしか返す術がありません。このような粗末な身体で良ければ、どうか

粗末な身体、というのは随分な謙遜であった。金の装飾で飾られた褐色の肌はその黄金に負けぬほどの輝きを放っているかのように艶めいていて、まるで芸術品のように美しい。彼女の身体を申し訳程度に覆う布を押し上げる豊満な双丘ときゅっと括れた腰、そして熟れた桃のような尻は男であれば誰もが手を伸ばしたくなるに違いない。

Olはイェルダーヴのむっちりとした太腿に手を添えて、ゆっくりと撫ぜる。どこまでも柔らかく、しかしそれでいて指を押し返す張りの強さ。極上の触り心地だ。

陛下のお好きなようになさって頂いて構わないんですよ

それは実に魅力的な提案だな

動かぬ人形のような身体と言えど、彼女にそう言われて滾らぬ男はいないだろう。

本物の人形ならともかくとして、身体を動かせないだけで魂はそこにあるのだ。見聞きが出来ているということは、触れられる感触もあるということだ。

んっ

ついと滑らされるOlの指先。それはイェルダーヴの膝の辺りを軽く撫ぜただけであったが、イェルダーヴは敏感に声を漏らした。この極上の肉体をほしいままに弄び、征服し、鳴かせるのはどれほど心地よいことだろうか。

要らん

しかしきっぱりと拒否するOlに、イェルダーヴは小さく声を漏らした。

生憎と俺は女には困っておらんからな。わざわざ身動きも出来ぬ女を抱く必要はない

それに、とOlは鋭い視線をイェルダーヴへと向け、言った。

抱けばお前は力を失う。それが狙いであろう

ご存知でしたか

イェルダーヴの問いに、Olは頷く。

神の中には純潔を重んじるものも多いそうだな。男神ならば尚更だ。抱かれればお前は力を失い、価値を失くし、これ以上利用されることもなくなる

はい

力なく返事をするイェルダーヴに、Olは呆れたように深く息をついた。

案ぜずとも、俺はお前を利用するつもりなどないと言っても信用ならぬだろうがな。まあ悪いようにはせぬ。あたら純血を散らすこともあるまい

全知の力の一端を担う彼女であれば、Olがザナや他のものたちにおこなってきた悪辣な所業も知っているだろう。疑心暗鬼になるのは無理もない事だとは思うが、Olには本当に彼女を利用するようなつもりはなかった。

そんなことは、ありません!

だがOlのそんな言葉に初めて、イェルダーヴは声を大きく張り上げる。

陛下はわたしを、助けて下さいました。そればかりか、わたしをこの首輪から解放するために自ら尽力して下さってます。そんな恩人を疑うような恥知らずではありません

熱のこもったイェルダーヴの言葉にOlはかえって居心地の悪い思いを感じ、額に手を当てた。

こう言っては何だが、お前はもののついでだ。別にお前自身を助けようと思って助けたわけではないし、首輪の解除方法を調べているのもうちの部下が巻き込まれたからだ。俺が自ら作業にあたっているのも、俺以外にそれが出来るものがいないからに過ぎん

はい。それは勿論、わかってます

あのザナの妹にしては随分と義理堅い奴だ、とOlは思う。魂を直接響かせるその装置では、肉体を持っているときのように虚言を弄することは出来ない。思っていることがそのまま出力されるからだ。

つまりはザナのように猫を被っているわけではなく、真実彼女はOlに感謝しているということだ。

ですから、これは、運命だと思うのです

運命だと?

表情を歪め、Olはオウム返しに言葉を返す。

それは正直嫌いな言葉であった。天の定めた進むべき道など、反吐が出る。

はい。空に座す太陽の神すら見通せぬ、埒外の出来事。望むべくもなく、与えられるべくもない僥倖。わたしがいくら願い祈っても、天は助けてなどくれなかった

ですから、陛下。あなたが、あなたこそがわたしの運命。望むと望まざるとに関わらず、わたしの行く末を決めて下さった方なのです

声を震わせ語られるイェルダーヴの言葉は、Olが思ったそれとは真逆の意味が込められていた。

ですからわたしはこの身を神ではなく、あなたに捧げたいのです

魂は嘘をつけない。力を失いたいという思いはあったにせよ、恩を返すために身を尽くしたいというその思い自体には一切の虚飾なく、イェルダーヴの本心であったのだ。

わかった。そうまで言うなら、抱いてやる。だが肉体の自由を取り戻したあとでも遅くはあるまい。もうしばし待て

それはこのままでは、いけないのですか?

存外食い下がってくるイェルダーヴ。

物のように扱われ、人形を犯すように純潔を失いたいというのなら構わんが。お前はそういった性癖を持っているのか?

いいえ、そういうわけでは、ありませんが

ならばもうしばし待て

Olの言葉にイェルダーヴは押し黙るが、あまり納得がいっていないようでもあった。肉体の制御を失い表情や身体はピクリとも動かないのに、そんな雰囲気が漂うというのも奇妙な話だ、とOlは思う。

では、別にもう一つ、お願いしてもよろしいでしょうか?

しばしの沈黙の後、おずおずとイェルダーヴはそんな事を言い出した。

第12話戦後処理を片付けましょう-2

ついたぞ

ご面倒をおかけします

イェルダーヴの身体を横抱きにして、Olがやってきたのは浴場であった。

火山を丸々取り込んだソフィアのダンジョンの中には、大小様々な浴室がある。

彼らがやってきたのはその中でも比較的こぶりな一室だ。

身体を洗って欲しい。それが、イェルダーヴの告げた望みであった。

無論、わざわざ魔王にさせるようなことではない。侍女でもリルにでも頼めばいいことではある。つまりそれは、露骨な誘惑だ。何をそんなに焦っているのやら、とOlは内心嘆息した。

一体何を企んでいる?

言えません

尋ねれば、素直にそう返ってくる。魂から直接発せられる言葉は、嘘を言うことは出来なくとも黙っていることは出来るのだ。

まあ良い。俺を害するような理由ではないのだろうな

はい。それは勿論です

そうとだけ言質が取れればいい。彼女が文字通り手も足も出ないのは確かなことなのだ。Olに何かを能動的に仕掛けられるような状態であれば、こんなに苦労はしていない。

ならばいい。脱がすぞ

脱がすと言っても、イェルダーヴが身にまとうそれは殆ど服の用を成してはいなかった。リルが普段着ている服よりも身体を覆う面積が小さく、扇情的だ。そのくせ、面紗で顔の半分は覆われて見えないのがかえって蠱惑的であった。

それを取り払って現れた顔立ちは、存外に若い。いっそ幼いと言ってしまってもいいかもしれないくらいだ。ふわふわとウェーブした紫色の髪に、宝玉のように澄んだ紫の瞳。どこか儚げな美しさを持つ姉(ザナ)とは違って、柔らかな愛らしさがあった。

しかし下には、あどけない顔立ちに不釣り合いな二つの膨らみが強烈に己の存在を主張している。そこを覆う布は肩と首にかかった金枠からまるでカーテンのように垂れ下がっているだけで、めくり上げればすぐに褐色の双丘と、恥ずかしげにその頂点を彩る薄桃色の蕾が丸見えになってしまった。

いい趣味をしているな

王のウセルマートの趣味です

Olの皮肉に、イェルダーヴは消え入りそうな声で答える。自らの意思を全て封じられていたのだ、本人の趣味でないことは明白だった。

これはどうああ、ここか

服と呼んでいいのか判断に悩むそれの金具を、Olは一つ一つ外していく。そして最後に腰を覆う小さな布を取り去れば、イェルダーヴは一糸まとわぬ生まれたままの姿となった。

その美しさ、悩ましさと言ったら。小柄な体つきとあどけない顔立ちは否が応でも庇護欲をそそるような幼げな様でありながら、胸元の二つの果実ときゅっと括れた腰つき、そしてむっちりとした大きめの尻に滑らかな太腿は、これ以上ないほどに女としての色香を身にまとっている。濃い褐色の肌が、その魅力に更にエキゾチックな味わいを加えていた。

男ならば、誰もがむしゃぶりつかずにはいられないであろう、その肢体。もし興味を持たない男がいるならば、それは同性愛者か幼児性愛者くらいのものだ。

いかがで

自身もそれを知りながら、控えめな声色で尋ねるイェルダーヴ。その頭に、Olは桶で掬った湯を思い切りぶちまけた。

途端、ふわふわの彼女の髪の毛は顔に身体に張り付いて、見る影もなくなってしまう。

な、なにを

Olが指を振ると、石鹸や洗い布が浮遊してイェルダーヴの身体をあっという間に泡だらけにし、磨き上げていく。そして再び湯をざばりとかけられすっかり垢を落とされると、浴槽に叩き込まれた。

酷いです、こんな、こんな

洗ってほしいと言ったのはお前であろうが

確かにそうは言った。言ったが、このような扱いを求めてのことではない、とイェルダーヴは思う。なんというかもっと、色めいた雰囲気を求めての発案だったのだ。断じてこんな、犬猫を洗うような下手をすれば衣服を洗うかのような雑な扱いを望んでのことではない。そもそも、Ol自身は服を脱いでさえいなかった。

そんなにわたしには魅力がありませんか

別に、そういうわけではないが

むしろ、真逆だ。流石に欲望に負けて襲ってしまうと言うほど自制心が薄いわけではないが、その身体に触れれば男として欲情しないわけがない。自由を取り戻すまでは手を出さないと宣言した手前、生殺しの気持ちをわざわざ味わう気にはなれないだけだった。

無論、巨大な後宮を抱える魔王には、溜まった欲求を吐き出せる相手は何十人、何百人といる。しかしイェルダーヴに対して抱いた劣情を他の女にぶつけるなどいうのは、Olのプライドが許さない。

でしたら何故、触れても下さらないのですか

言っただろう。お前が望むのなら、自由になった後で幾らでも抱いてやると

そのような慰めを仰らないで下さい。わかっているのです。わたしが

震える声で、イェルダーヴは言った。

わたしのこの身が、穢らわしく、おぞましいものだと言うことは

何の話だ?

またぞろ、呪いだなんだと言い出すのだろうか、とOlは思った。ホデリやホスセリといい、この大陸の人間はとかく面倒くさい。

能力の為に犯されこそしませんでしたがこの身体に、ウセルマートが触れていない場所はありません。そのような女を、陛下のような方が好むわけもありません

だが、イェルダーヴの口から語られたそれは、面倒だと切って捨てるには重いものだった。

そんなことは言っておらぬ。その忌々しい首輪さえ外れてしまえばああ

唐突に、Olはそれに思い至った。

お前、それが外れぬと思っているのか

Olにとってすればそれは、多少面倒な錠前に過ぎない。下手に壊せば中身の魂ごと壊れてしまうから慎重になってはいるが、けして解除できないような代物ではない。

けれど、イェルダーヴにとっての首輪は、長年己を縛り付けてきた絶望の象徴だ。それを外せるなど、にわかに信じられないのだろう。

この服従の首輪は、永遠の隷属の証。魂ごと破壊する以外に外す方法はないのです

イェルダーヴの言うことは正しい。この首輪には、外して魂を解放するための機能が一切なかった。普通なら何らかの解除方法は用意しておくものだが、ないものはない。

だが、それは外せないという事を意味しない。やりようはいくらでもある。そう思うのは、Olが優れた魔術師だからだ。イェルダーヴにはその実感がない。Olがありもしない希望を言って聞かせているものと感じているのだろう。

仕方あるまい

そう信じ込んでいる彼女に、どれほど口で理屈を説いても無駄なことだ。態度で示す他ない。

ならば望みどおりにしてやる

陛下?

服を脱ぎ捨て、浴槽へと入ってくるOlにイェルダーヴは怪訝な声を上げた。

触れても構わんな?

それが、陛下のお望みであれば

念のため尋ねれば、すぐさまそう返ってくる。Olとウセルマート。やっていることにそう差はないだろうに、何故こうまで懐かれているのか、とOlは首をひねるばかりだ。

とは言え、本人がそういうのならば是非もない。

Olはイェルダーヴの背に腕を回すと、彼女を支えながらその形の良い顎を持ち上げて、まずはその艶やかな唇を奪った。

あっ!?

口を塞いでも、首輪から直接出力される心の音には無関係だ。漏れ出る驚きの声には、ただOlの行動が意外であったという以上の響きがあった。

何だ。何かあったのか

いいえ、その

言いづらそうにイェルダーヴは答える。

口づけをされるのは、初めてでしたので

全身触れられたと言っていなかったか?

そう答えつつも、Olはイェルダーヴを抱きしめ、その耳元から髪、首筋、鎖骨の辺りへと丹念に口づけを落としていく。

それは、その、そう、ですが

何となく想像はついた。Olがウセルマートと実際に対面したのはごく僅かな時間だったが、尊大な王であったことは疑うべくもない。わざわざこんな風に女を慈しむような事はしなかったのだろう。

洗うぞ

Olは石鹸を泡立てると、自らの手にそれを盛りつけ、イェルダーヴの身体を後ろから抱きすくめるようにして抱えた。その腕を伸ばしてやり、二の腕から肘、手のひらから指の間までを丁寧に丁寧に洗い上げていく。

両腕を泡まみれにしてやって、胸元へと手を伸ばすと、その先端はピンと硬く尖っていた。身体の制御を失っても心臓が動きを止めないように、彼女の肉体そのものはきちんと反応しているのだ。

あその

自身もそれをわかっているのか、恥ずかしげに声をあげるイェルダーヴに答えることなく、Olは柔らかな双丘を優しい手つきで撫でた。むっちりとした乳房は触れているだけで気持ちよく、途方も無いほどに柔らかで、思わず揉みしだいてしまいたくなる。だが彼は精神力を総動員してその誘惑に耐えた。柔肉を持ち上げ、その下側までも丁寧に洗い清めていく。

あの、陛下当たって、ます

だが、反応する己自身までは堪えることが出来なかった。この状況で反応せねばそれは不能だ。密着している関係上隠すことも出来ず、硬く反り立ったOlの愚息がイェルダーヴの尻に当たる。

だからどうした

そのままして下さっても

せんと言っただろうが

このままイェルダーヴの腰を掴んで突き入れ、その膣内に白濁をぶちまければどれほど気持ちいいだろうか。本人も良いと言っているのだから、もはやそうしないのはただOlの意地でしかなかった。

胸を洗い終えて、Olはイェルダーヴの腹から腰に掛けてを撫ぜる。余分な贅肉など欠片もついていないなだらかな腹は、殆ど胸や尻と変わらないほどの破壊力を備えていた。きゅっと括れた腰つきも、Olの獣欲を刺激し理性を削るには十分だ。

だが、そこから下。尻と太腿に至っては、さしもの魔王も己の選択を後悔し始める程の力を秘めていた。同じ生き物の肉とは思えぬ、何故形を保てているのかと疑問に思ってしまうほどの柔らかさ。

ことに内腿の触り心地ときたら、Olでさえ思わず手を止めその感触を堪能してしまう程であった。しかし魔王は強靭な精神力で持って一瞬で我に返り、作業的に彼女の身体を洗いきる。

後はここだな

Olは言ってイェルダーヴの身体を寝かせると、その脚を割り開いた。

陛下、そこは!

汚れの溜まりやすい場所だ。しっかりと清めねばな

花弁を割り開くと、褐色の肌とは裏腹に鮮やかなピンク色の肉が覗く。その奥に、彼女の純潔の証拠までが見て取れた。Olは躊躇わず、彼女のそこに口をつける。

いけません、そこは汚い、穢らわしい場所です

だから清めるのだろう

イェルダーヴは必死にOlを止めようとするが、文字通り手も足も出ない。Olは構わず、彼女の秘芯に舌を這わせた。

ああぁっ!駄目、です!そんな、陛下!

断続的に声を上げるイェルダーヴ。

あぁ、ああぁぁっ、ああぁぁぁっ!

その声が、不意に二重に重なって聞こえた。

喘ぎ声というのは元々、意識と無意識の間にある。それは声ではあるが、快楽が身体を震わせ鳴らす音でもあった。イェルダーヴの肉体が反応し、声を上げているのだ。

なるほど、その手があったか、とOlはあることを思いつく。

悪いが、少し本気を出すぞ

そう言って、魔力を込めた指先で彼女の下腹部に紋様を描いた。それは、性感を増幅する魔術だ。

ひあぁぁっ!

途端、イェルダーヴの腰が跳ねた。

魂を封じられても、イェルダーヴは周囲を見聞きし、触れられた感触を認識している。それはつまり、魂は完全に封じられたわけではなく、何らかの経路が肉体との間に繋がっているということだ。

あ、や、駄目、陛、下ぁっ!駄目、あぁっ、ふあぁぁっ!駄目です、もう、あぁぁぁっ!だめぇ、イッちゃ、あぁぁ!

イェルダーヴの魂と肉体の声がブレ始める。

外から首輪を破壊すれば、中の魂諸共に砕けてしまうだろう。

だが、中から破壊すれば?

勿論、常人の魂に物質を破壊できるほどの力は存在しない。魔術を使うためには詠唱や印つまりは口や舌、身振り手振りが必要であって、魂だけでは普通は使えない。

普通は、だ。

あぁあぁぁぁ、ああぁぁぁぁっ、あああぁぁぁぁぁっ!

イェルダーヴの声が上ずり始め、魂はもはや文句を言う余裕さえ失う。

いいぞ、イけっ!

イェルダーヴの魂に繋がる経路のうち、もっともOlの扱い慣れたものつまりは性感を通じて、彼は彼女の魂に魔術を使わせた。それは暗闇の中、垂らした釣り糸の先にくくりつけたペンで文字を書くようなものだ。

ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

だがOlは世界で五指に入るであろう魔力制御の名手は、それを成し遂げた。

イェルダーヴの首輪が光を放ち、パキリと音を立てて中央から両断される。Olはすかさず、外に放たれようとする魂を彼女の胸の中に押し込めた。

陛、下?

イェルダーヴの瞳がぱちぱちと瞬き、Olの顔を見つめる。その頬には赤みがさし、人形のようであった顔立ちに命が吹き込まれ。

そして彼女は、己の胸を鷲掴みにするようにして押し当てられた男の手を見た。

いやあぁぁぁぁぁっ!!

待て、嫌とはなんだ、嫌とは

絹を裂くような悲鳴に、Olは渋面を作る。

ご、ごめんなさいぃ、で、でも、こんな、は、恥ずかしすぎてぇ

首輪の発話機能ではなく、舌を動かし喋るイェルダーヴの肉声は、今までの理知的な印象とは裏腹にどこか舌足らずで幼いものだった。

何を恥ずかしがる事がある。俺は今までお前の全身を洗ってやったしそもそも、動けるようになったら抱いてやる約束だろう

Olが言うと、イェルダーヴの褐色の肌が目に見えて分かるほど真っ赤に染まった。

そ、そんなは、恥ずかしすぎますぅ!

そして胸を掻き抱き、彼女はうずくまってしまう。

今まで自分の意志では動かぬ身体を、自分のものだとあまり実感できていなかったのだろう。それが動くようになった途端、人並みの羞恥が表出した。

理屈としては、わからなくもない。わからなくもないが

散々柔肌に触れて愛撫し、昂ぶりきったこの欲求をどうしろというのか。

泣き喚くイェルダーヴを見下ろしながら、Olはやはり放っておけば良かったと後悔したのであった。

第12話戦後処理を片付けましょう-3

あっ、んっ、あっ、いいっ、んっ、いい、よぉっ、Ol、さまぁっ

濡れた肉が打ち付け合う音とともに、リズミカルに嬌声が響く。

その声の主マリーは尻を高々と掲げ後ろから貫かれながら、ベッドのシーツを強く掴んだ。

もう、だめぇっ!イッちゃう、イッちゃうよぉっ!

きゅうとその膣口がOlの男根を締め付けて、マリーはふるふると身体を震わせる。

ああ、イく、ぞっ!

ふぁっ~~~~~~~っ!

ピタリと呼吸を合わせ、Olが彼女の膣奥に精を放つのと同時に、マリーは絶頂に達する。どくり、どくりと断続的に白濁の液を少女の中に注ぎ込むと、張り詰めていた彼女の身体から不意に力が抜けた。

ぐったりとするマリーの膣口で、尿道に残る精の一滴までも絞り出すかのように二度、三度腰を前後させて扱き立てたあと、Olは繋がったまま彼女の身体を回転させて、前から抱きすくめ顔を寄せる。するとマリーは嬉しそうに微笑んで、よく懐いた子犬のような仕草で唇を重ねた。

えへへなんか、Olさま、やさしいですね。久しぶりだから?

ぐりぐりと男の胸板に頭を擦り寄せるマリーの首には、既に無骨な首輪の姿はない。イェルダーヴと同様の方法で簡単に外すことが出来た。しかし首輪が外れてからもOlはマリーを求め、何度も抱いていた。

それはいつもよりも心なしか丁寧で優しげな寵愛で、マリーはすりすりと頬を寄せてOlに甘える。そんな彼女のふんわりとした髪を、Olは無言で撫で付けた。

イェルダーヴに拒否された欲求の捌け口にしたわけではないが、それでもどことなく後ろめたいものがあったが故にかえって丁重な扱いをしてしまったとは流石に言えない。

いずれにせよ、懸念はこれで一つ片付いた。

後の懸念は一ついや。

二つ、か。

Olはゴロゴロと喉を鳴らすマリーの頭を撫でてやりながら、そう心のうちで呟いた。

それは、夕食時のことだった。

卓を囲むのはOlにリル、ユニスにスピナ、マリーとソフィアと言ったいつもの面々。そこに今日はサクヤとミシャ、ザナまでが呼ばれていた。

呼んでもいないタツキがちゃっかり食事にありついているのはいつものことだ。

この地を、ソフィアに委譲しようと思う

出し抜けにいい出したOlの言葉に、ソフィアの手からぽろりとパンが転がった。

パンが地面に触れる前に掻っ攫うように受け止めながら、マリーは呆然とする我が子の代わりにそう問う。

そのままの意味だ。この大陸での俺の立場をソフィアに継がせる。当面の脅威は去ったようだからな

ソフィアの力を狙う大国サハラは潰し、ヒムロとは同盟関係にある。更に東に小国は幾らか存在するものの、サハラやヒムロを越えてまでヤマトへと侵攻してくるほどの力を持った国は存在しないという。ならば、もうOlがここに残る理由は殆どなかった。

元々、Olが新大陸にやってきたのはただの偵察にすぎない。それが色々面倒事に巻き込まれて、あれよという間にソフィアもダンジョンも随分大きくなってしまった。だがいい加減、Olが本国を留守にするのも限界が近づいてきている。

無理無理無理!無理だよぉ!

我に返ったソフィアがぶんぶんと首を振りながら、悲鳴のように叫んだ。

今の彼女の姿は十二歳程度だろうか。政を執るには幼すぎるが、それがどれほど困難なことであるか想像できる程度の分別はあった。

案ずるな。無論今のお前に無理なのはわかっておる

何せ一年足らずで今の姿にまで成長したのだ。成長に応じてある程度の知識や技術は備わっているようであったが、政治の勉強をする間などあったわけがない。

補佐はつけるし、手も必要であれば幾らでも貸そう。だが、この地の魔王はこれからお前だ。お前はこの俺の娘なのだ。出来るな?

Olの言葉にソフィアはハッとして、彼の瞳を見つめ返す。

うん。わかった、頑張ってみる

うむ。それでこそ我が娘だ

幼い顔を精一杯に引き締める愛娘に、魔王は満足気に頷いた。

だからあたしまで呼んだってことね。別にいーけどさ

平素被っている猫を脱ぎ捨てて、食卓に行儀悪く頬杖を突きながらザナ。部外者である彼女までがこの場に呼ばれた理由は、要するに国単位でソフィアの補佐をせよという話だ。といっても小国であるヒムロにとって、ソフィアと協力関係を結ぶことはそう悪い話ではない。

旦那様故国に、帰ってしまわれるのですか?

悲しげに眉根を寄せてそう問うのは火山の神、サクヤだ。

帰ると言っても、俺のダンジョンとソフィアのダンジョンはミシャの能力によって繋がっておる。今と大差はない。何なら、お前の部屋から直通の通路を作っても良い

まあそれは、素晴らしい案ですわね

Olの言葉に、サクヤは両頬を手のひらで押さえて顔を赤らめる。

その様子を見ながら、あ、それ知ってる。中ボスって奴だ、とリルは思った。

ユニスとローガンをまとめて相手に出来るほどの戦闘力を持つサクヤであれば、守衛としてはこの上ないだろう。

ふむ。なれば我は主のだんじょんとやらに住まうか

えっ、ずるいですわ!

ぼそりと呟く塞の神ミシャに、サクヤが敏感に反応した。

我は主に祀られる神ゆえ、共にあらねばならぬ

では妾も

汝はこの山を離れられぬだろうが

ピシャリと言い込められて、サクヤはぐぬぬと歯噛みする。

おうるのおうち、美味しいご飯ある?

無論だ。ここで取れる食材とは量も質も比べ物にならん

じゃあたつきもいく!

ビチビチと尻尾を振りながら、タツキは楽しげに言う。神は自らの領分を離れたがらないものだが、この海の女神はどこまでも自由奔放だ。

いずれにせよ、今すぐという話ではないし、こちらとの繋がりを断つわけでもない。徐々にソフィアに仕事と権限を渡しつつ、移譲が済めばミシャの門を使って交流する形になる

Olの言葉に、ソフィアはホッとして胸を撫で下ろした。いきなり全てを渡されるかと思ったが、よくよく考えてみれば慎重で過保護な父親がそんな事をするわけがない。

ちょっと住む部屋が変わるだけで、今までと変わらず見守ってくれるはず。

そう思ったからだ。

だから。

無理無理無理無理、絶対に、無理ぃっ!

大丈夫だ。お前なら出来る

サハラの民に新たな王として演説しろ。Olがそう言い出して、ソフィアは全力で抵抗した。

砂の王ウセルマートを討ち、その後のサハラは無政府状態となっていた。Olとしてはてっきり他の人間がすぐに跡を継ぐものと考えていたのだが、神帝とまで名乗っていただけあって王の権威は相当強いものだったらしい。

そのまま捨て置けば、国は乱れ人々は困窮し、難民がヒムロやヤマトへ押し寄せかねない。そんなわけで、Olはこれを簒奪することにした。せっかくだからソフィアを王として立てて、だ。

そら、さっさと覚悟を決めろ

無理、むぅーりぃー!

一流の仕立て屋に誂えさせた豪奢なドレスに身を包み、飾り立てられた姿でジタバタと暴れるソフィアを、Olは即席で作った高台の上に突き出した。

予め触れ回ったので、新たな王の姿を見に民衆は高台の前に集まってきている。その数は何百、何千、あるいは何万か。産まれて初めて見る数の人間に、迷宮生まれのソフィアは石のように固まった。

一応演説の内容は叩き込んでおいたが、この様子では満足に言葉も出せないか。最悪Olが魔術でソフィアの口を動かし肩代わりする方法もないではないが、それは最後の手段だ。例えしどろもどろであろうとも、この大人数の前で演説することができればそれは一つの経験になるだろうが

ねえ

思案するOlの前で、ソフィアはふと声を上げた。

皆、なんでそんな格好をしているの?

それはOlが渡した演説の内容とはかけ離れたもの。ただの、純粋な疑問の声だった。

ソフィアの目に映るのは、砂漠の民たち。ボロボロの布を纏い、虚ろな瞳で彼女を見つめる、見窄らしい人々の姿だ。

彼らが身に着けているのは衣服というのもおこがましい粗末な布切れで、男たちは腰に布を巻きつけただけのもの、女も胸から下を辛うじて覆っているだけで、それすら着れずに腰だけを隠し胸は露出しているものさえ散見される。肌もあらわな彼らの身体は皆、一様に酷く痩せ細っていた。

お腹がすいているの?

トン、とソフィアは高台から飛び降りて、手近な民の一人へと近づく。

それは、魔王の娘としてダンジョンに生まれ育ち、裕福なものしか見てこなかった彼女にとって衝撃的な光景であった。

ソフィアは食べるものにも着るものにも困ったことがなくそれどころか、そんな人間がいることさえ知らなかったのだ。

食べる?

彼女の手のひらの上に、パンが一つ現れた。彼女はダンジョンの中にあるものならなんでも自由に移動させることが出来る。台所から失敬してきたリルの焼き立てのパンは、ほかほかと湯気を立て香ばしい匂いを放っていた。

それを差し出された男は、ソフィアからひったくるようにパンを奪い、齧り付く。

もう、そんなに急がなくても

言いかける彼女の元に、民衆が一斉に殺到した。

えっ、ちょ、待っ

まるで幽鬼のように伸ばされる無数の手から、ソフィアは慌てて逃げ出す。だが、まだ幼い彼女の脚は慣れない服の重さもあって非常に遅く、あっという間に追いつかれてしまう。

やめなさーい!

折角Olに用意してもらった美しい衣装を容赦なく引っ張られ、ソフィアが叫ぶとともに地面が隆起した。突如現れた無数の壁は幾何学的な迷宮を作り出し、ソフィアと人々の間を隔てる。

乱暴にしないの!

その壁の上に立ち、ソフィアは声を張り上げた。その幼くあどけない容貌とは裏腹の、神業としか言いようがない奇跡の現出に人々は畏れ戸惑う。大地が何の前兆もなく水のようにその形を変え、巨大な迷宮を一瞬で作り上げたのだ。彼女がその気になれば人々をその壁で押しつぶしてしまえる事は明らかだった。

ご飯が欲しいんなら、ちゃんと並びなさい!

腰に手を当てソフィアが宣言すると、迷宮の壁がやや低くなって互いの顔が見えるようになる。それと同時に、人々は迷宮の構造をあらかた悟った。それは迷宮とはいっても、分岐のない一本道だ。

ぐるぐると周りながらやがてソフィアの元へと辿り着き、そこを過ぎればまた周囲をぐるぐると周りながら出口へと向かう一本道。人々はそこを歩き、王の元を訪れ、順番にパンの施しを受けていく。

今まで強大な権力によって支配されてきた彼らにとってそれは身に馴染んだ行為であり同時に、今までには受けることのできなかった手厚い慈悲であった。

その光景を見つめながら、Olは顎を撫でる。ソフィアが行おうとしているのは、自分とも、恐らくはウセルマートとも全く違った治世だ。

だが、悪くない。ふとなぞった己の口元が笑みの形を作っていることに、Olは気づいた。ソフィアは存外、良い王になるかもしれない。

そう思いながら、Olは念話を通じて己が使い魔にパン粥を大量に作るよう伝えた。数はざっと五千といったところか。パンそのものより粥にする分手間はかかるが、飢えた身体にはその方がいい。

リルの怒号混じりの悲鳴が聞こえてくると同時に、Olは念話を切った。

第12話戦後処理を片付けましょう-4

さっさと起きろ

ばしゃりと冷たい水を浴びせられ、横柄な口調をかけられて、不遜の極みに激高しつつウセルマートは意識を覚醒させた。

そこは白く輝く石で作られた彼のピラミッドとは似ても似つかない、薄暗く陰気なレンガ造りの部屋であった。そして目の前には、仏頂面を貼り付けた琥珀色の髪の男。

魔王、Ol。

貴様!

その顔を見た瞬間ぼんやりとしていた思考を覚醒させて、ウセルマートは叫んだ。

だがどうしたことか、放たれた声はいつもの彼の美声ではなく作り物めいた不愉快な響きを含んでいて、身体は指一本として動かない。拘束されているのではなく、まるで動かし方を忘れてしまったかのようだった。

服従の首輪、と言ったか。醜悪な魔導具ではあるが、確かに便利だな

Olの言葉に、ウセルマートは自分の首に首輪が付けられていることを悟った。自身で装着したことなどないが、確かに意識だけがあって身じろぎ一つ出来ないのは服従の首輪を嵌められた人間の特徴だ。

それと同時に、彼は己の最後を思い出す。

何故余は、生きている?

氷の女王ザナに胸を貫かれ、ウセルマートは死んだはずだった。王である彼に医学の心得などあるわけもないが、あの傷で助かるはずもないことくらいはわかる。

蘇生した。聞きたいことがあったのでな

は?

軽く言うOlに、ウセルマートは思わず間の抜けた声をあげた。蘇生。いま、蘇生と言ったのか、この男は。

き貴様、事もあろうに、この余を屍兵に仕立てたというのかッ!

腐敗を防ぐために臓腑を抜き、乾燥させた死骸に布を巻いて魂を閉じ込めた屍兵は、首輪付きの奴隷にすら劣る卑しい立場だ。屈辱という言葉では表せないほどの屈辱、激昂という言葉では足りぬほどの激昂が、ウセルマートを襲った。

屍兵?あの特殊なリビングデッドのことか?わざわざそんな手間を取るか。ただ傷を治し魂を戻して復活させただけだ

だが続くOlの説明に、ウセルマートは言葉を失う。

そのようなことができる、はずがない。余は余の心の臓は、完全に破壊されていたはずだ

心は、魂は、胸の内。心臓に宿るものであるはずだ。そこを貫かれて、生きていられるわけがない。心を失っても生きているとするなら自分とは、いま感じているものとは、何であるのか?

だから何だ?心臓なんてただの血液を循環させる喞筒(ポンプ)に過ぎん。そもそも蘇生なんぞ、魂が失われなければ灰からだって出来る

灰からだと!?馬鹿を言うな!そのような事、出来るものか!

皮も肉も骨すらも失われた状態からの蘇生それも、不死者としてではなく生者としての蘇りなど、神の御業ですら出来ぬ所業だ。

ならば今のお前は何だというのだ

ありえるはずのないそれはしかし、ウセルマートの存在自身が証明していた。屍兵となったものは生前の知識や経験は備えてはいるものの、こんな風に考えたり喋ったりする程の自我など備えていない。

それは仮に比類なき王たる精神の賜物だとしても、視界に映る肌の色艶は元々と全く変わっていない。死から蘇ったというのは、事実であるようだった。

貴様らの技術レベルに興味などない。お前に聞きたいのはただ一つだ

信じがたい出来事に呆然とするウセルマートに、Olは吐き捨てるように言った。

ホスセリは、どこだ

誰だ、それは

お前がウプウアウトなどと呼んでいた、狼の娘だ

ああ

狼神ウプウアウト。正確には、その呪いを受けた娘。ホスセリという名を聞いたこともあった気はしたが、そんなものはすっかり忘れていた。

知らぬ。余はDカップ以下の女に興味はない

きっぱりと言い捨てるウセルマートに、Olは思わず唖然とする。

魂から漏れ出た言葉である以上、それは虚飾なき真実の言葉であるからだ。

愚かな。それでも、一国の王か?

では聞こう。異境の魔王よ

ウセルマートの身体はピクリとも動かせず、魔術で作り出されたその声色に覇気が乗ることはない。だがしかし、そこに何か重圧のような物を感じて、Olは居住まいを正し

女の乳房以上に重要なものなど、この世にあるか

そして予想を遥かに上回るいや、下回る言葉に深く嘆息した。

下らんことを

わざわざ服従の首輪を複製し、蘇生しまでしてやったと言うのに、とんだ無駄足だった。これ以上は口を聞く価値もない。再び物言わぬ屍に戻してやろうとOlが指を鳴らそうとした、その瞬間。

あれほどの女を侍らせておきながら、あの胸を下らんと言うか。貴様、それでも男か?

ウセルマートの言葉に、ピタリとOlの動きが止まった。

勘違いするな。俺が下らんと言ったのは貴様の方だ

そうだろうとも。特に羽と角を持つ黒髪の女。あの大きさ、あの形、至高の乳房と言っていい

吐き捨てるOlに気を害した様子もなく、ウセルマートは熱のこもった口調で語る。

愚かな。女の良さは胸の大きさで決まるものではない。小さいからとて無価値と断ずるは浅慮にも程がある

では貴様は、豊かな乳房をみた時その大きさに心躍らぬというのか!

言い放つウセルマートに、Olは内心呻く。彼の言葉はあまりに偏っていたが、厄介なことにある種の真理を含んでもいた。

余を殺すか。それもまた良かろう。だがそれは余の言い分を認め、反論できぬという証左に他ならぬ。異境の魔王よ。敗北を認めるというのなら、この心の臓を貫くが良い!

高笑いとともに、ウセルマートはそう宣言する。

なるほど、とOlは心の中でつぶやいた。

戯言ではある。だが、看過できるものでもなかった。

王というのは面子を気にするものだ。下らない妄言と言えどそれが敗北を意味するのならば、おいそれと屈する訳にはいかない。

かといって、ウセルマートはOlが万の言葉を弄しようと納得し負けと認めることはないだろう。

そうか、では死ね

しかしOlは気にすること無く指を鳴らした。己と性癖の違う者と語ることの愚かしさなど、どこぞの幼児性愛(ロリコン)悪魔で嫌というほど味わっている。

何より彼は生まれつきの王ではなく、面子よりも実利を重んじる叩き上げの魔王であった。

待て待て待て待て!やめろ!余を誰と心得貴様、ただですむと思っているのか!

壁の表面から無数の槍が剣山のように生え並び、轟音を立てながらウセルマートを串刺しにせんとゆっくりと迫る。見苦しく喚く男の声を聞き流しながら、Olは彼に背を向けその場を後にしようとしふと、その足を止めた。それと同時に、壁の動きも止まる。

ふフハハハッ!それで良い、それで良いぞ!

そういえば貴様なぜマリーを。あの金の髪の娘を欲した?

あくまで居丈高に笑うウセルマートに、Olは問うた。この尊大な砂の王がかつて要求してきたのは、リル、サクヤ、そしてマリーの身柄だった。

迷宮の中でも屈指のバストサイズを持つ前者二名を指定した理由は明らかだ。しかしマリーにだけは違和感が残る。

仮にこれから成長する余地が残されているとしても、ウセルマートの全知が未来を見ることが出来ないというのは彼本人が言ったことだ。仮にそれが偽りだったとするなら、砂の王は今こんな姿を晒してはいないだろう。

アレが、余のモノだからだ

ウセルマートはポツリと、呟くようにそう答えた。

どういうことだ。なぜマリーがお前のものだということになる

Olの言葉に呼応するかのように壁が動き、尖った先端がウセルマートの額を貫いて血が流れる。だがそのまま棘が肉を割り頭蓋にめり込んでも、ウセルマートは答えようとはしない。

死ぬぞ

忠告にも返ってくる言葉はなく。

そのまま、肉と骨とが潰れる音だけが、ぐちゃりと鳴った。

Olは鼻を鳴らし、先程までウセルマートであった肉塊を見下ろす。

あれほど見苦しく生を乞い願った男が、いかなる理由で口を閉ざしたのか、それはわからない。

だが、彼自身が死んだ以上、気にする必要はないだろう。死者は何も成すことが出来ない。ウセルマートがその内心に何を秘めていたとしても、こうしてその生命が失われた以上、全ては無意味だ。

そのはずで、あるのに。

Olの胸中にへばりついた漠然とした不安は、まるで膠(にかわ)のように拭うことができなかった。

第13話愛されるダンジョンを作りましょう-1

あ、パパ!

薄茶の岩壁に囲まれた、簡素な一室。

そこに現れたOlの姿を認めるやいなや、ソフィアはその翠緑の瞳に喜色を浮かべ、彼に飛びついた。それは父のことを慕うがゆえの行動であったことに違いはない。

悪くはありませんな。少なくとも、姫様よりはよほど覚えがよろしい

だが半分は、笑みを浮かべつつ辛辣な所見を述べる老人から逃げ出す為のものであった。

姫様って誰?

ユニスのことだ

ソフィアの問いに、男の代わりにOlが答える。

真っ白な髪に片眼鏡、七十を数える年にもかかわらず、長身の痩躯を剣のように伸ばしたその男は、世に疎いソフィアの為につけた補佐役兼教育係だ。

その政治手腕はOlの知りうる中でも最高。Ol自身はおろか、数千年に渡って大国を運営してきたメリザンドにすら勝るかもしれない。

おっと、失敬。魔王妃殿下とお呼びすべきでしょうか

思ってもいない事を口にするな。構わん、好きに呼べ

なにせあの英雄王、ウォルフの片腕として長年国を支えてきたのだから。

男の名は、トスカン。元グランディエラ王国宰相だ。

数年前に職を辞して隠居生活を送っていたところを、ソフィアの教育係としてOlが引っ張ってきた。

あのね、パパ。今みんなにこの石のダンジョンを直してもらってるんだけどね。ユニスママが真っ二つにしちゃったやつ

ソフィアの手のひらの上に、巨大な岩を砂の民たちが運ぶ光景が浮かび上がる。その岩は、ウセルマートがピラミッドと呼んだ石造りの迷宮の材料だ。驚くべきことに、彼らは魔術も魔道具も使うことなく、コロと呼ばれる岩の下に敷いた丸太とロープなどを用いた人力だけでそれを運んでいた。

それは凄まじい技術と労力だが、同時に恐ろしく無駄にも見える。Olの魔術を用いれば、あの岩を一体で運ぶゴーレムを作り出すことはおろか、大岩自体に自力歩行させることすら可能だ。

非効率的であることは承知のうえです。ですが、そうでもしなければ、仕事がないのです

絶句するOlに、トスカンが補足する。

仕事がないだと?

うん。あのね。この国の畑は、沢山取れるけどあんまり広くないの。それで、えっと、前の王様が管理していたんだって

こちらがこの国の地図です

ソフィアのたどたどしい説明にOlが眉をひそめると、すかさずトスカンが如才なく地図を広げた。

んっとね。ここと、ここと、ここと、ここは砂漠で、何もないの。で、真ん中の川のそばのここが、畑

地図を指差しながら、ソフィアは懸命に説明する。要するに砂の国サハラはその大部分九割程が、不毛の砂漠であった。

そしてその中央を流れる大河に寄り添うようにして、残りの一割で暮らしている。

なるほどなこれは、一種の龍脈だ

その地形を鋭く見つめ、Olはそう看破した。

魔力というのは、水にも溶ける。北の地の魔力はこの川に溶け、流れてきているのだ。とはいえ普通であれば川に含まれた魔力は大地に染み込んでいってしまうものだが、この不毛の地は一種の絶縁体になっておるのだろう。砂に覆われ他に行き場のない魔力は川に沿って僅かな大地を潤し、豊かにする。この地形であれば何もせずとも勝手に作物は育ち、絶えることはなかろう。そして

つい、とOlは指を動かし、地図上で今彼らがいる位置ピラミッドの中枢を指差す。

その魔力は最終的にこのピラミッドへと辿り着く。ヤツのウセルマートの異常極まる魔力量は、これがタネか

多少の違いはあれど、やっていることはOlと同じだ。違いがあるとするなら、ウセルマートはダンジョンコアを使っていないということだろうか。代わりになっているのがこの複雑な構造になっている石造りのダンジョン、ピラミッドだ。

石で出来た迷宮はその所々に魔力を孕み、ゆっくりと循環させる。放っておけば大気に溶けて消えてしまう魔力を貯蔵しながら、同時に流入しすぎて破裂してしまう危険を避けている。

ダンジョンコアに比べれば原始的で泥臭い装置だ。だが作られたのは数百年、下手をすれば数千年前のことだろう。太古の昔にこんなものを作り出した技術力と発想力は、Olでさえ舌を巻くものだった。

そしてその溢れる富を、王が独占していたわけか

Olの言葉に、ソフィアはこくりと頷く。

だからね。川の周りに住んでない人砂の上で暮らしている人たちは、すごく貧乏で、お腹も空いてるの。ご飯をあげたいけどけど、何もせずに食べるのは、よくないでしょう?

Olの脳裏に、特に働きもせず人の何倍も飲み食いするタツキの姿が浮かんだ。もしかしたらソフィアも彼女を見てそう思ったのかもしれない。

だから仕事を与えた、ということか

ピラミッドユニスが真っ二つに切り裂いたその残骸を、ソフィアはまだ掌握できていない。十二歳前後から成長していないその姿を見ればそれは明らかだ。

彼女が言うには、現在ピラミッドはダンジョンとしては死んだ状態にあり、己のうちに取り込むことが出来ないのだという。

膨大な魔力の受け皿であり、要塞としての機能も併せ持ったピラミッドは極めて有用だ。その復旧を急ぐことは理にかなっている。加えて、働く先のない民に仕事を与え食料を施すというのは、この国におけるソフィアの立場を固めるのにも繋がる。

トスカンの入れ知恵があったにせよ、悪くない選択だ。Olは満足気に頷いた。

でね、パパ

するとソフィアは甘えるようにそっとOlの袖を掴み、彼を上目遣いに見上げる。

働かせるのは良いんだけど、みんなに配るには食料が足りないの。もともと絶対量が少ないっていうのもあるんだけどこの前タツキお姉ちゃんが起こした津波のせいで駄目になっちゃった畑も多くって

ああ、あれか、とOlは思い返す。

ウセルマートとの初戦、砂漠の上にまで海を引っ張ってきたタツキの貢献は大きなものであったが、同時にその代償も高くついた。消費した力を取り戻すために彼女が求めた食料の量ときたら、Olすらたじろぐ程のもの。本国との連絡が取れていなければ、備蓄が底をつくところであった。

だから、パパのところから食料を分けてくれないかな?

間髪入れず即答するOlに、ソフィアは目を丸くした。なんだかんだ言ってOlはソフィアに甘いし、ソフィア自身もそれを承知している。だからまさか、断られるとは思っていなかったのだ。

え、な、なんで?

俺が、王だからだ

戸惑う我が子に、Olは厳かな口調でそう告げた。

無論、俺の国には余裕があり、お前の国を助けてやることもまた可能だろう。だが俺には、部下を、民を養う責任がある。ソフィアが困っているからとて、下々を活かす糧をおいそれとくれてやるわけにはいかん

幼い我が子に視線をあわせ、Olは諭すように言う。

聡明なる幼き王は、父の言葉をあやまたず受け取った。

対価が必要ううん、違う。そっか。パパの国も、わたしの国も、両方得をしないといけないんだ

つぶやく彼女に、その後ろに控えたトスカンが笑みを浮かべながら二度、深く頷く。

逆に言うと、対価じゃないなら、それを支払うのは別に今じゃなくてもいい?

ハッと気づいたように顔を上げ、ソフィアはOlにそう尋ねた。

ああ。何をするにも人手と、その元になる食料は必要だろう。しっかりとこちらの利を示し、根拠となるものを提示できるのなら、現物は今すぐ用意出来ずとも良い

そもそも現状でソフィアに差し出せるものなどないのだ。国の統制は取れておらず、信頼できる部下もおらず、制度も出来ていない。そんな状態でOlの国と対等に取引など出来るわけがない。

だが、投資なら話は別だ。

将来的にでも利が得られるということがわかりさえすれば、Olはソフィアに手を貸すことができる。僅かな会話からその発想に至ったソフィアに、Olは内心驚く。

かの英雄王がソフィア陛下の半分で良いから政に聡ければ、私も随分楽が出来たでしょうな

熱心に考えを巡らせる幼き王の姿を見ながら、トスカンが遠い目をしながらポツリと呟いた。

第13話愛されるダンジョンを作りましょう-2

さあついたよ、サリハ

父親の優しげな声に、サリハはパチリと意識を覚醒させた。

ほんとう!?

叫ぶように声を上げながら、サリハは寝台から跳ね起きる。

わぁ!

そしてすぐさま船室を飛び出して、そこに広がる光景に歓声を上げた。

途端、吹き付ける風がサリハの長い濃紺色の髪をなびかせて、彼女は目を細める。

雄大なるアンニルの川のその先、強い陽の光を受けて金色に輝くのは、神殿であり、城であり、砦である。この国に住むものであれば誰もが知り、しかし足を踏み入れること叶わぬ聖域王の居城、ピラミッドであった。

しかし、そこに入ることができなかったのは、ほんの数週間前までの話だ。

まだ幼いサリハは詳しいことを知らないが、以前の王、神帝ウセルマートを打ち倒した新しい王は下々のものたちをよく顧み、こうしてピラミッドをも開放しているのだという。

お父様、はやくはやくっ

慌てて転ぶんじゃないよ

子鹿のような足取りで桟橋を渡るサリハを笑いながら、父親がゆったりとその後を追いつつ、奴隷たちに荷物を運ぶよう指示を飛ばす。

ねえねえ見て、お父様!すごい!

先行するサリハは、ピラミッドへと続く道を目にしてはしゃぎ声をあげた。

ピラミッドの荘厳さを損なわぬよう、しかし色とりどりに飾られた店の数々。

活気に満ち楽しげなそれは、まるで何かの祭りのようだ。

しかしどの神の祭日でもなく、またそれを示す紋章も掲げられていない以上は、これがこの場所の平素の姿なのだと知れた。

やれやれ。それじゃあもう、ピラミッドに行ってみるかい?

まずは宿に身を落ち着けてからと思ってたのだが、と父親が呆れ混じりの言葉を漏らす。こうなったサリハは抑えが効かないというのは、よくよく身にしみていた。

奴隷たちに宿に荷物を運んでおくよう指示して、彼は愛娘と共にピラミッドへと向かう。

これは素晴らしい

間近で目にするピラミッドのその威容は、幾多の神殿や芸術品を見慣れた彼をして思わずため息をもらさずにはいられないものだった。

途方もない技術と労力を用い積み上げられた巨大な石は、数えるのも馬鹿馬鹿しいほどに無数に聳え。そこには数多の神々が象られ、飾りあげている。それを見上げるだけで、いくら辣腕の豪商と讃えられようと、己が身が只人でしかないことを思い知らされるかのようであった。

ねえねえお父様!あれよ!

感動に打ち震える父の心など知ったことでなく、サリハは入り口を指差しながらぐいぐいと彼の袖を引いた。ピラミッドの正面入り口とは別に、横手にぽっかりと空いた小さな穴。

そこに立てられた看板には、石のダンジョン攻略体験はこちらと書かれていた。サリハが熱望し、わざわざここまでアンニルの川を下ってやってきた理由。新たな王が作り上げたという、一大娯楽施設(アトラクション)。

早く早く!

わかったわかった。そう引っ張らないでおくれ

亡き母に似たのか、気が強く好奇心旺盛なサリハは何日も前からこれを楽しみにしていた。父親としても、下手に冒険者などになられるよりも、こういったもので発散してくれるのならありがたい。

入場料、五百銀だって、お父様

奴隷を十人買える程度の金額だ。安くはないが、しかしピラミッドに入ることが出来ると考えれば破格の値段だろう。以前はそれこそ金を山と積めるような人間でなければ、ここまで目前に近づくことすらできなかったのだから。

お父様はいかないの?

ああ。私はあっちの方を見てくるよ。終わったなら、宿の場所はわかるね?

聡明に頷く娘に満足し、父親はピラミッドの正面入口の方へと向かった。そちらには過去の王の墳墓や、珍しい異国の品の数々なんかが展示してあるらしいが、サリハには興味のない代物だ。

ようこそ、勇敢なる探索者よ。まずは、武器をお選び下さい

意気揚々と代金を支払い中に入ると、いきなりずらりと様々な武器が並べられていて、流石のサリハも面食らう。剣、槍、曲刀に棍棒。名前も知らないものや、使い方すら見当がつかないものさえあった。

あの、えっとこれで、戦うの?私が?

大丈夫ですよ、本物ではありませんから

受付の女ににこやかに言われ、半信半疑で手にとって見れば、なるほど確かに軽い。サリハは本物の剣など持ったことはないが、木かなにかに塗料を塗って本物に見せかけているだけのものだという事はわかった。

サリハはそれらをじっくりと吟味して、やがて両刃の小剣を選び取った。彼女の身の丈ほどもある大剣や、斧のような恐ろしい刃のついた複雑な形の槍なんかも気にはなったが、狭いピラミッドの中で振るうには小剣の方が適していると判断したのだ。

剣を選びし勇敢なるものよ。ダンジョンの中に現れる怪物たちを打ち倒し、無数の罠をくぐり抜け、魔窟に囚われし我らが神を救い給え

厳かに告げる女性に、サリハは小剣を掲げ答える。僅かな緊張と恐怖、そしてそれを塗りつぶす期待と興奮が、彼女の小さな胸を満たしていた。

そして、冒険が始まった。サリハは武器と一緒に渡されたランプを片手に掲げながら、ピラミッドいや。ダンジョンの中を進んでいく。ゆらゆらと揺らめく炎が映し出す石の通路は、光によってかえって闇が深くなっているかのようで、何とも恐ろしい。

と、不意にその闇が揺らめいて渦巻いたかと思うと、それは醜悪な小鬼の姿を取って実体化した。

っ!

サリハは息を飲み、剣を構える。小鬼はサリハの半分ほどの背丈しかなかったが、それでもしわくちゃの顔に牙を剥き出し威嚇する姿は恐ろしい。

ややぁぁっ!

だが、先に打って出たのはサリハの方だった。剣を手に取るものから見れば笑ってしまうほどに遅く、弱く、拙い一撃。だがそれはしっかりと小鬼の脳天を切り裂いて、その身体を元の闇へと還す。

途端、辺りにファンファーレが鳴り響いた。

えっ、何?何?

<あなたはレベルアップしました>

その声も音も剣から聞こえてきているようで、サリハは手元を凝視する。

<火球の魔術を覚えました>

火球?

聞こえてくる言葉をつぶやくと、やにわに剣が光り輝き、その刀身から炎の弾が飛び出した。

わっわっ!

サリハは慌てて身を引くが、火球は彼女の前髪を焦がすこともなく、すうっと天井の中に消えていく。

あこれも、本物の火じゃないんだ

火球をもう何度か撃ってみて、サリハはそれに気がつく。刀身から吐き出される炎は燃える匂いもしなければ、熱さもない。誤って自分を燃やしてしまう心配はないようだった。

よし

彼女は笑みを浮かべ、先程までよりも大股で進み始めた。

石礫!氷壁!雷撃!

サリハの振るう剣から石の弾丸が飛び出して魔物たちを貫き、氷の壁が押しとどめて、轟く稲妻が壁ごと穿つ。

全身を焼かれながらも襲い掛かってくる牛頭の怪物を、サリハの小剣が真っ二つに切り裂いた。

<あなたはレベルアップしました。幻影の魔術を覚えました>

やったっ

そして鳴り響くファンファーレに、サリハはぐっと拳を握りしめる。

幻影っ

すぐさま新しい魔術を試してみれば、剣で示したその先に、サリハそっくりの姿が現れる。

囮になるってことかな乱戦で使えそう

魔術はレベルアップの時に名前を教えてもらえるだけで、使い方は使用者が見つけ出さなければいけない。石礫に敵を怯ませる効果があることも、雷撃が氷壁を貫通することも、戦いの中でサリハが見つけ出したことだった。

ダンジョンの奥へと進むに従って、敵もどんどん強大になってきている。怪物たちの爪がサリハを傷つけることはなかったが、代わりに体力と呼ばれる数値が減ってしまう。これがゼロになるとおしまいらしい。

サリハが更に進んでいくと、今までにない巨大な玄室が見えた。その奥には祭壇があり、彼女は本能的にここが最後の戦いであることを察する。

部屋の中を満たす闇はぐるぐると渦巻いて、部屋の大きさに見合った巨大な怪物の姿を象った。ワニのような長く凶暴な顔。無数の鱗と棘に覆われた身体。一対の巨大な翼。

それがドラゴンと呼ばれる怪物であることを、サリハは知らない。だがその強大さは、嫌というほど感じられた。

火球!火球!火球!!

矢継ぎ早に火球を飛ばしながら、サリハはドラゴンに向かって駆ける。最初に覚えたその魔術は、威力は低く弾速も短い代わりに射程が長く連射が効く。素早い怪物には避けられてしまうが、これだけの巨体ではかわしようもない。

火球は狙い違わずドラゴンの顔に直撃し、大きな炎の花を三つ咲かせた。

その隙に雷撃の射程範囲まで走ろうとしたその時、火煙の中からドラゴンはぬうと顔を突き出して、その大きな口をぱっくりと開いた。

次の瞬間、サリハの視界は真っ赤に染め上げられる。

<四十のダメージ。残り体力、六十>

嘘でしょ!?

何が起こったのかさえわからず、サリハは悲鳴をあげる。巨大な石人形の太い腕に殴られた時も、牛頭の怪物の斧が突き刺さった時も、受けるダメージはせいぜいが十だった。それがここに来て、実に四倍もの大ダメージだ。後二回、同じ攻撃を受ければおしまいになってしまう。

あっ、そうだ幻影!

先程覚えたばかりの魔術を部屋の片隅に向けて唱える。サリハの似姿がそこに作り出されると、ドラゴンは長い首を曲げてそちらをみやった。

今のうちに回復!

<十の回復。残り体力、七十>

自分の胸に刀身を当てるようにして唱えると、剣からそう声が聞こえた。回復は連続では使えないが、こまめに回復していくしかない。

そうする間に、ドラゴンの口から吐き出された炎によって幻影が消滅する。それを見てようやく、サリハは先程視界を埋め尽くした赤色が炎であったことを知った。

げ、幻影!

あれ程の炎、避けることも防ぐこともできそうにない。幻影で狙いを反らし、サリハは竜の懐まで潜り込む。

雷撃!

放たれた稲妻はドラゴンの鼻面に突き刺さって、巨竜はのけぞり呻く。初めて入るダメージらしいダメージだった。

よ、よし石礫!風刃!火球!爆発きゃっ!

矢継ぎ早に攻撃魔術を飛ばしていると、ドラゴンの長い尻尾がぶんと振られてサリハと幻影を諸共に薙ぎ払った。

<三十のダメージ。残り体力、四十>

紛い物のその攻撃はサリハ自身に痛みも衝撃も与えることはなかったが、代わりにごっそりと体力を奪い去っていく。同時に、ドラゴンが大きく口をあけてサリハの方に首を向けるのが見えた。

か、回復!

<十の回復。残り体力、五十>

<四十のダメージ。残り体力、十>

咄嗟に叫んだ直後、視界が赤に染め上げられる。回復とダメージを知らせる声はほとんど同時に鳴り響いた。

攻撃の手はほとんど使い尽くし、次の攻撃への回復も間に合わない。どうにもならないと悟ったサリハは、破れかぶれで剣を投げはなった。

回転する小剣は炎のブレスを吐き出すドラゴンの上顎に突き刺さり、頭蓋を貫通する。

<クリティカルヒット>

剣からそんな声が聞こえるとともに、ドラゴンは絶叫を上げる。

悶え苦しみながら首をくねらせ、よろけるように数歩脚を踏み鳴らしそして、地面に倒れ伏して、消え去った。

ややった!

サリハは転がった小剣を大事に拾い上げ、奥の祭壇へと向かう。

わー、すごい。クリアおめでとう!わたしのダンジョンを攻略したのは、あなたが最初だよ!

すると、祭壇の中からぴょんと緑色の髪の少女が飛び出して、サリハは驚きに目を見開いた。年齢は、サリハより少し上くらいだろうか。

あなたが神様?

その身体には今まで出会った魔物と違い、圧倒的な現実感がある。けれど、ただの子供という気もしなかった。

そうだよ。わたしはソフィア。このダンジョンを司る神にして、一応王様

少しばかり自信なさげに、ソフィアは自分の胸に手を当ててそう名乗る。

お、王様陛下!?失礼致しました!

はっと気づいて、サリハは慌てて跪いた。遊戯施設の方便、そういう設定なのだとばかり思っていたが、このピラミッドの神と言えばそもそもサハラの王を示すものだ。

いーよいーよ。あなた、名前は?

サリハと、申します

鷹揚に手を振るソフィアに、なおさら畏まってサリハは名乗る。

そう、サリハ。じゃああなたに、見事このピラミッドを攻略したご褒美をあげるね

ご褒美。その響きに顔を上げた途端、サリハの足元の床が抜けた。

悲鳴を上げる暇さえなく彼女は落下し、しかしその身体が地面に叩きつけられることはなく、徐々に緩やかになったスロープを滑っていって見知らぬ部屋に出る。

そこに、琥珀色の髪の魔王がいた。

第13話愛されるダンジョンを作りましょう-3

狭い石室に、ちゅぷちゅぷと淫靡な音が鳴り響く。

それはまだ幼い秘裂を男の無骨な指が愛撫する音であり、また少女が赤黒い男根を口いっぱいに頬張って奉仕する音でもあった。

サリハは寝台の上に横になり、Olの膝に頭を預けるようにして、彼の逸物を両手で握り拙い口淫奉仕に挑んでいる。同時に、Olの右手は男を知らぬどころか、ろくに触られたこともないサリハの秘部を念入りに解きほぐし、快楽の錠前を一つずつこじ開けていた。

んっふ、あぁんっ

若い肉体はまるでスポンジのように快楽を覚え吸収していき、甘く鳴いては強張った肉塊にしゃぶりつく。

ああ。上手いぞ

空いた左手でその濃紺の髪を撫でてやりながら、Olは思う。

一体何がどうしてこうなった、と。

観光業?

うん。それでね、パパに色々教えて欲しいの

ソフィアがその突飛な思いつきを告げたのは、Olが食料の提供を断ってから三日後のことだった。伝えられた言葉をオウム返しにして絶句するOlを気にもとめずに、ソフィアは羊皮紙をバサリと広げる。

来たくなるダンジョンって、どんなものなのか

そこに記されていたのは、ピラミッド自体を巨大な娯楽施設にする計画だ。

基本的にはね、罠を主体にしていこうかなって思ってるんだけど、やっぱり魔物なんかもちょっとはいた方がいいでしょ?ただ安全性の問題をどうしようかっていうのと、死体の処理なんかは

待て。待て待て待て。ちょっと待て。一から説明しろ

立て板に水とばかりに続けるソフィアを、Olは慌てて制止した。

ダンジョンの話をしている、そのはずだ。ことダンジョンに関する知識であれば、Olは他に並ぶものがないと自負している。

だがソフィアの話は、Olには全く理解できなかった。

ふぇ?

ご説明しましょう

目を丸くするソフィアの後ろで、トスカンが声をあげた。

サハラにおいて、貧富の差というのは極めて顕著です。中央を流れるアンニルの川付近に住むものたちは、我々に勝るとも劣らぬほどの豊かな暮らしをしております。その一方で、川から離れた不毛の地に住むものたちは、飲む水にすら事欠く始末

それで観光業を営み、その富を再配分するわけか

そこまで言われれば、Olとてソフィアの意図をおおよそは理解する。

富裕層を、ダンジョンに集めることによって

ダンジョンに入ってきた者を排除するどころか、積極的に呼び込み楽しませるという、その考え方を除けば。

うん。ママに聞いたら、パパがそういうのはすごく詳しいからって

確かに、魔物たちをあるいは、冒険者と言った連中を呼び寄せることに関して言えば、Olは熟練の技を持っていると言っていいだろう。

だがそれは、瘴気渦巻く闇の裡に邪悪な怪物たちを押し込め、愚かな侵入者たちの心を挫き滅ぼすための技だ。決して、ろくに苦労も知らず覚悟も持たない金持ちを歓待し楽しませ、金を落とさせるようなものではない。

殺しては、駄目なのだろうな

駄目なの?

駄目でしょうな

念のため確認すれば、ソフィアは背後を振り返って尋ね、トスカンはそれに頷く。

冷静に考えてみれば、問うまでもないことだ。冒険者であればいくら殺しても一攫千金を狙ってやってくるだろうが、もともと金を持ってる人間であればわざわざそんな危険を冒そうなどと考えるわけがない。

だが思わずそんな問いを漏らしてしまうほどに、ソフィアの掲げるそれはOlのダンジョン観とはかけ離れたダンジョンの運営方法であった。

とはいえ、ひとたび偏見を取り払って見てみれば、それほど悪い案ではない。

食料にせよ他の何かにせよ、物を作って売るのには元手がかかる。その点、観光であれば施設の整備くらいにしか金はかからないし、ピラミッドの修復さえ済んでしまえばその内部の運用はソフィアの思うがままだ。

それだけではない。ピラミッドはアンニルの川を辿って流れ込む魔力を受け止めるようにそびえている。それはつまり、川を下ればそれだけでピラミッドに辿り着くということになる。そして富裕層は必ず川の流域に住んでいるから、交通の便が極めて良いのだ。

そして王族とごく一部の配下だけしか足を踏み入れられなかったピラミッドを開放することは、ソフィアの王としての方向性を示すことにもなる。無論、軽んじ侮るものも出てこようが、それはOlの方で締めればいいだけの話だ。

そのような経緯で出来たのが、石のダンジョン攻略体験。

物理的な罠はどのようなものであれ事故を起こしかねないと最小限にし、魔物や魔術の幻影を発する魔導具を作り上げ、それを作り上げたリルの発案で魔改造された本格娯楽施設であった。

それは、良い。実際上手くいったし、成果は収入という形で順調にあがっている。

あ、あの、誰ですか?

<パパ、その子はね、サリハっていって初めてわたしのダンジョンを攻略したすごい子なんだ!だからご褒美をあげてくれる?>

自らの書斎に突如として放り出された怯えた少女にOlが困惑していると、部屋の中にソフィアの快活な声が響く。

ご褒美、だと?

<うん。ママたちにいつもあげてるご褒美>

無邪気に言ってのけるソフィアに、Olは絶句する。流石の魔王も、よもや娘から他の少女を抱くよう頼まれるとは思っても見なかった。まるで友達に菓子でも渡せと言うかのような気楽なソフィアの物言いに、Olはなんと答えたものか逡巡する。

とはいえ、顔を見られた以上はこのまま帰すわけにもいかないのも確かなことだ。

怖がらなくとも良い。ソフィアには会ったか?俺は、あれの父親だ

陛下の!?

ともかく落ち着いた声色で話しかけてやると、サリハの表情から僅かに怯えと警戒が消え去って、代わりに緊張と畏怖が乗った。

ああ。あいつのダンジョンを攻略したのだそうだな。お遊び程度の仮初のものとは言え、その小さな身体で大したものだ。褒めて使わす

言いつつ、Olはぽんとサリハの頭を撫でる。そうしながら、印も呪文も使わずに、彼女の頭に魔術をしかけた。

恐縮です

サリハの瞳がとろりと潤み、その表情から緊張の色が抜け落ちる。ほんの僅かに心を緩める、単純な魔術だ。しかし大した魔力も持たない幼い少女には、覿面に効いた。

何か褒美をくれてやろう。望みのものを言ってみるが良い

えっえっとその

突然望みを聞かれ、サリハは大いに戸惑う。突然出会った見知らぬ男ではあるが、サリハは彼が王の父親であるという事実を自然と受け入れていた。

疑う気持ちもないではなかったが、Olは位の高いものが纏う独特の空気を持っている。それは豪商の娘として、今まで出会った貴族から何度も感じ取って来たものだ。

それに加えてソフィアの人間離れした超然とした雰囲気とOlのかけた魔術の効果が、サリハの疑念を完全に拭い去る。結果として、彼女はひどく恐縮した。

いいえその、滅相もありません。私はただ、その、楽しく遊ばせて頂いただけですから

何、遠慮することはない。無論何もかもをとは言わんが、大抵のことは叶えてやろう

なにせ初めてのダンジョン踏破者だ。今まで少なくない客がソフィアのダンジョンに挑み、その中には子供だけでなく大人も数多くいたが、最後のドラゴンまでをも倒したのはサリハが初めてだった。無碍に扱えばソフィアは機嫌を損ねるだろう。

それにOlの存在をあまり吹聴されるのも好ましいことではない。口封じと褒美を兼ねて、言葉通り大抵のものは与えてやるつもりであった。

で、では先ほどソフィア様が仰っていた、褒美というのを頂けますか?

だがサリハは、Olにとっては予想外の、そして彼女本人にしてみれば当然の言葉を口にした。

豪商の娘に生まれ、何不自由なく暮らしてきた彼女には、何かが欲しいという欲求があまりなかった。欲するまでもなく日常は富に溢れていたし、欲すればそれこそ大抵のものは父が手に入れてくれる。

ならば目上の存在、王たるソフィアが勧めたものを選び取るのが無難というものだった。それに、物心付く前に母をなくしたサリハにとっては、男が妻に与える褒美というのにも興味があった。

ううむ。だがそれは他のものにせぬか?美しい宝石や異国の珍しい品々、滅多に手に入らぬ食べ物や魔力の篭った護符。そういったものもあるのだぞ

言いつつ、Olは先程サリハにかけた術をもう少し強めに放った。それは一種の催眠をもたらす魔術だ。判断力を奪い、他者の意見を素直に聞き入れるようにする。

いいえ。ソフィア様が仰っていたものを下さい

(何っ!?)

だがその魔術はサリハの額に跳ね返されるかのように弾かれ、Olは表情には出さずに内心で声を上げた。この手の魔術は効果を強めるほどに抵抗しやすくなるものであるとは言え、まさかこんな小娘がOlの魔術に抗うとは思っても見なかった。

<決まりだね、パパ>

何故か嬉しそうなソフィアの声が響く。まさか彼女が何らかの干渉をしたのか。だとするなら、それは恐るべき能力だ。

とはいえ、大抵のものは叶えてやると言った手前、真っ向から要求されてこれ以上拒否しても王の面子に関わる。

よかろう。それでは褒美をくれてやる

Olは観念してそう言いながら、部屋の壁に手を触れた。石造りの壁を舐めるように光が広がって、それだけで部屋を囲う壁天井はOlの支配下に置かれた。娘に情事を覗かれるのはOlとしても流石に憚られる。

まあせめて、後悔だけはせぬよう抱いてやる

第13話愛されるダンジョンを作りましょう-4

あの、Ol様、これから何をするのでしょうか?

Olの指示に従い、ベッドの上に横たわったサリハはそう尋ねた。

それはこれからの行為への不安というよりは、単純な疑問の言葉だ。

寝台の上で男女がすることなど、決まっておろう。お前にこれより、寵愛を授けてやる

チョウアイ

Olの言葉がわからなかったらしく、サリハはオウム返しに繰り返す。

今からお前を抱くということだ

えっと抱っこ、ですか?

直截的な物言いにも、不思議そうに首を傾げる。

本当にわかっておらぬのか。つまりは、こういうことだ

ならばとOlは彼女の小振りな胸を鷲掴みにする。

あはははっ!ご、ごめんなさい、Ol様、くすぐったいです

だがそれに対する反応は嫌悪や羞恥ではなく、明るく朗らかな笑い声であった。

どうやら彼女は、性的な行為に関する知識というものがまるでないらしい。

まあ良い。それならそれで、一から教え込んでやる。脱がすぞ

あ、あの、Ol様私、その、すごく、くすぐりに弱くって

Olがサリハのワンピース状になっている服に手をかけると、彼女は恐縮した様子でそんなことを言い出した。

案ずるな。別にお前をくすぐるわけではない。今からするのはもっと別の心地よいことだ

Olがそう告げると、サリハはあからさまにホッとした様子だった。彼女は力を抜いてベッドに身を委ねる。

Olはそんな彼女のスカートを、するするとめくり上げていった。サリハも抵抗することなく、軽く腰を浮かせてそれを助ける。サハラの民特有の褐色の肌。すらりとした脚から、腰を覆う白い下着までがあらわとなった。

若く幼いその肢体は、太腿にも尻にもまだほとんど肉がついておらず、色気には乏しい。しかしその代わりに、健康的な美しさがあった。

未発達でくすぐったがりだという彼女の脚や尻を撫で擦っても、笑うばかりだろう。Olはそう判断し、いきなり下着を脱がすことにした。三角形の布を繋ぎ止めている紐を解いてするりと引き抜けば、まだ毛も生え揃わぬ秘裂がOlの眼前に現れた。

あ、あの?Ol様?

Olがサリハの両脚をぐいと押し開き、その間に身体を割り込ませるに至って、ようやくサリハは不思議そうに声をあげた。

マッサージをするのでは、ないのですか?

どうやらOlがこれからする行為をマッサージと思っていたらしい。道理でリラックスして力を抜いているわけだ、とOlは思った。

いいや、マッサージの一種だ。だが少々特殊なやり方でな。奇異に思うかも知れんが、その分心地よさは保証しよう。安心して身を委ねよ

は、はい!

Olは面倒だったので、そういう方向で押し通すことにした。

ぐいとサリハの脚を立てさせて、ぴっちりと閉じたその秘裂を舌で舐める。

えっ!?

流石に舐めるとは思っていなかったのだろう。サリハは驚きに声をあげたが、事前に奇異なことをすると言っておいたせいかそれ以上の追求はなかった。

Olは丁寧に彼女のスリットをなぞり、舌先でゆっくりと押し開いていく。しばらくそうして唾液をまぶしながら舌で愛撫を繰り返し、当初の驚きも過ぎ去ってサリハの身体から力が抜けた辺りで、Olは彼女の穴に指先を押し当てた。

今まで男に触れられたどころか、自分で触ったことすらないであろうそこはキツく閉じていて、小指すらとても入りそうもない。だがその表面を指先で優しく撫でるようにしながら、Olはその上皮に包まれた秘核を、舌先で捉えた。

流石にそこは敏感なのか、サリハが小さく声を漏らす。嬌声とはとても言えぬ色のない音。しかしそれはくすぐりに対する笑いでも、けしてない。

刺激を与えすぎないよう、ゆっくりと、だが丹念に、Olはサリハの女の部分を愛撫していく。そうするうちにほんの僅かずつではあるが、彼女の膣口は緩み、徐々に指の侵入を許して、液体を分泌していく。

んふ、う

段々とサリハの口から漏れる声がその頻度を増し、熱を帯びていく。

素直な少女だ、とOlは思った。何不自由なく育てられ、その環境に驕ることもなければ嫉まれることもなく、まっすぐに成長してきたのだろう。

それは心根だけの話ではない。Olの与える感覚についても、彼女は素直に受け入れていた。

ん、あぁっふあぁんっ

いつの間にかOlの指は第二関節までがサリハの膣内に潜り込んでいて、彼女の声は艶を帯び、女のそれへと変じかけている。だがそこに、戸惑いや恐れと言ったものは微塵も見受けられなかった。

疑うことも怯えることもなく、ただただ素直にOlのもたらす快楽を享受して、それをもっとも気持ちよく発散できるように素直に声を上げている。

これは中々の逸材かもしれない。Olはそう思いつつ、彼女の内ももをするりと撫でた。

はぁんっ!

途端サリハの喉から漏れたのは、笑い声ではなくはっきりと感じた嬌声であった。くすぐったさを感じる部分は、同時に性感帯でもある。くすぐったがりということは、裏を返して言えば敏感であり、感じやすいということだ。一旦笑いが快楽に変われば、それは全身が性器になったに等しいことであった。

Olは秘部への愛撫を続けながら、ワンピースを更にめくり上げ、彼女の腹から胸元までを露出させる。なだらかに膨らんだ慎ましやかな乳房の先端は、既に硬く屹立していた。

ひぅんっ!

そこへ腕を伸ばして摘み上げてやれば、サリハはびくりと身体を震わせて高く鳴く。

オウ、ル、さまぁ

そのままくりくりと乳首を抓りあげると、サリハは潤んだ声でOlの名を呼んだ。

少しやりすぎただろうか?

おっぱい、気持ちいいですぅそこ、もっと、して、くだ、さいっ

Olのそんな考えとは裏腹に、サリハは直截にそうねだった。

胸が良いのか?

ううん、ぜんぶぜんぶ、いい、ですっその、股の、ところも

ふるふると首を振り、サリハはそう口にする。

ここのことをなんと呼ぶか、知っておらぬのか?

お、おまんこです

指でくにくにと刺激してやりつつ尋ねると、流石にそのくらいの知識はあるようだった。

ふむ。では

Olは一旦サリハから離れて服を脱ぎ、己の裸身をさらけだす。衣服の軛から開放されて、既に硬く反り勃った怒張がへそに張り付かんばかりに屹立した。

男のこれをなんと呼ぶかは知っているか

おおちん、ちん?

答えた言葉には、疑問符がついていた。もっと幼いころ、風呂で父の股間についていた自分にはないそれに疑問を持って何なのか尋ねたことがある。しかし目の前のそれは、その時見たものとはまるで違っていた。

父のそれは小さく柔らかそうで、ぷらぷらと牛の尻尾のように揺れていた。だがOlのものは長く太く、まるで剣のように真っ直ぐに上を向いている。赤黒いそれには複雑な紋様のように幾本も血管が浮かんでいて、先端はそれとは対照的に光を受けて輝くほどにつやつやとしていた。

触ってみるか?

は、はいっ

穴が空きそうなほどに凝視するサリハに声をかけると、彼女は一も二もなく頷く。

そして恐る恐る、というにはあまりに躊躇なくOlの逸物に触れた。

硬くて熱い

サリハは熱に浮かされたような口調で言いながら、形を確認するように屹立した肉の塊を手のひらで撫で回していく。

舐めてみろ

Olがそう命じてみると、サリハは戸惑うこともなくその先端に口をつけた。二度、三度舌でちろちろと舐めていたかと思うと、教えてもいないのに大きく口をあけてぱくりと咥え込む。

その小さな両手で肉茎をぎゅっと握りしめながら、ぷっくりと膨れた先端を味わうようにねぶっていく。Olは一つサリハに術をかけてやると、その口内に精を放った。

んぅっんぶ!?

突然口の中に吐き出された白濁の液に、サリハは驚き目を見開く。しかし彼女は手も口も離すことなく、それどころかこくこくと喉を鳴らしてそれをゆっくりと飲み下した。

今の、は

精液と呼ばれるもの。男の身体から作られる、命の元となるものだ

命の、元

呟きながら、余韻を確かめるようにサリハは自分の唇を指でなぞる。

とっても、美味しかったです!

無論、それはOlがかけた魔術による錯覚だ。幾らなんでも男を知らぬ処女が、生臭く粘ついた粘液を美味しく思うわけがない。

もっと味わってみるか

とはいえ変えたのは味の認識だけで、麻薬のような依存性や思考を鈍らせるような効果をもたせたわけでもない。にも関わらず、Olの言葉にサリハは喜々として頷いた。

Ol様ぁあぁっそれぇっそこぉっくりくり、しながらぁっああっ!ちゅー、して、くださいっんっんっ、んむっちゅぷ、ふ、んんんんっ!

甘く蕩けきった声色で、サリハは口づけをねだる。Olが顔を近づけてやると、彼女はすぐさま彼の首に腕を巻き付け、積極的に舌を絡ませてきた。その動きは拙く技術も何もあったものではないが、熱心にOlの舌を吸い、柔らかな唇を重ねてくるさまは中々悪くない。

その間も彼女の秘所にはOlの指が三本重ねて根本まで入り込んでいて、抜き差しする度に愛液がぐちゅぐちゅと吹き出す。指先を僅かに曲げて膣壁を擦り上げてやれば、サリハはピンと身体を硬直させて、Olの首にまわした腕に力を込めた。

イったのだ。

もう何度目になるかもわからぬ絶頂だった。

老練な魔術師によって丁寧に丁寧にほぐされた蜜壺は湯気が出そうなほど熱く蕩けきり、ほんの僅かな刺激でも気をやってしまうほどに出来上がっている。

そろそろ頃合いか、とOlは彼女の膣内から指を引き抜いた。

するとサリハは眉を寄せて、切なげに声を上げた。聞くまでもなく、やめないで欲しいとその表情が雄弁に語っている。

案ずるな。ここからが、本番だ

本番?

俺のこれを、お前の中に入れる

少し身体を引いてサリハの唾液に塗れた怒張を見せつけてやれば、彼女はごくりと唾を飲んだ。Olの男根は三本重ねた指よりも倍以上太い。指で膣内を散々に開発された今、その意味は知らずとも、入れればどうなるかサリハはよくわかっている。

行くぞ

太く長いその切っ先をサリハの入り口に押し当てて宣言し、Olは答えを待たず彼女の膣内に侵入していく。

あああああああああああっ!

時間をかけて丹念に準備されたそこは男の肉塊を容易く飲み込んで、一番奥まで一気に受け入れる。Olのペニスが半分ほど埋まったところで奥まで達し、それと同時にサリハは絶頂に達して叫んだ。

破瓜の痛みは洪水のような快楽に紛れて、ほとんど感じることはなかった。それよりも、苦しみになるギリギリ一歩手前、息もできないほどの快楽がサリハの体内で暴れまわっている。

彼女は無意識にOlの腰に脚を回し背中を抱いて、彼の胸板に額を押し付けるようにしながら全身でしがみついた。小さな彼女の身体はOlに上からのしかかられると、腕の中に全てすっぽりと収まってしまう。

Olはサリハの腰と背中に腕を差し込み抱き返すと、ひょいと身体を起こして彼女を抱き上げた。そうしてサリハを抱え上げたまま、彼女の身体を揺するようにして抽送を再開する。

あっ、あっ、あっ、あああぁっ!

まるで荷物のように抱えられながら、サリハに出来るのは押し寄せてくる快楽の大波に身を任せることだけだった。身体を持ち上げられ、そして落とされる度に太く硬い肉の剣が彼女の身体をまっすぐに串刺しにして、頭をハンマーで殴られたような衝撃が走る。

突かれる度に幼い少女は絶頂に達し、その余韻が抜ける間もなく再び奥を貫かれて、更なる高みに追いやられる。

ぎゅっと己のものを締め付けてくる膣口に、Olは小さく呻き声をあげた。小さく狭いサリハの膣口はそれでなくともOlのものを千切らんばかりに締め付けていたが、それ以上の圧迫感がOlの腰へと伝わってくる。

しかもそれは単なる偶然ではなかった。Olが奥を突く度に、サリハは膣口を締め付けているのだ。それどころか、抱きかかえられた状態にも関わらず、少しずつ腰をくねらせる動きまでが加わってきている。

これは、思っていた以上の逸材だ。Olは内心そう呟きながら、腰の動きに捻りを加えてサリハの中を抉った。自身の手首ほども太い男根に貫かれながら、しかしサリハはその快楽を貪り始める。

ああっんっ、いぃっ、いいよお!Ol、さまぁ!そこ、ゴリゴリ、してぇっ!

胸を触られくすぐったがって笑っていた少女の無邪気さは、もはや微塵もない。娼婦もかくやと言うほどの淫らさで、サリハは男を乞い願う。

一度突かれる度に絶頂しながら、その度に少女の身体は女として花開いていく。恐ろしいほどの成長速度だった。

出すぞ!

うん、ください、Olさまの、精液、おなかのなかに、たくさん、びゅーびゅーして、いっぱい、くださいっ!

性の知識もなければやり方を教えられたわけでもないのに、サリハは甘えた声でそうねだる。言葉だけでなく、彼女の身体の奥底で、降りてきた子宮口がOlの男根の先端にまるで口付けるように吸い付いてくる感覚があった。

たまらず、Olはサリハの膣内に精を解き放つ。

ああああああああああああぁぁぁっ!

凄まじい量の白濁の液が直接サリハの胎内に注ぎ込まれ、その感覚に彼女は今まで一番深く絶頂に達した。

白目を剥きながら舌を突き出し、身体を激しく痙攣させる彼女の結合部から、黄金色の液体がちょろちょろと漏れ出る。

Olはサリハの身体を大きく揺らして自身を扱きたて、彼女の中に最後の一滴まで注ぎ込む。そうして全てを絞り出したその時には、サリハはもう気を失っていた。

彼女の身体をベッドに横たえペニスを引き抜こうとすると、意識もないのにそれを拒否するように入り口が強く締まる。

処女で、これか

もう少しこの娘の胸が大きかったら、国を傾けていたかも知れん。

Olは苦笑しながら、そう思った。

第13話愛されるダンジョンを作りましょう-5

パチリとサリハが意識を覚醒させた時、そこは石造りの簡素な部屋ではなく、日干しレンガで作られ豪奢な飾り付けのなされた宿の一室であった。

おや、ようやく起きたかい、お姫様

傍らでオリーブの塩漬けを摘んでいた父親が、半身をもたげたサリハに気づいて声をかける。

あれ?私

ピラミッドの探検がよほど疲れたんだろうね。ぐっすり眠っていたよ

ピラミッドダンジョン。そっか

父親の言葉に、サリハの記憶が蘇る。そうだった。石のダンジョン攻略体験を終えた彼女は、そのまま父親より先に宿に戻って少し休むつもりでベッドに横たわり、そのまま眠ってしまったのだった。

で、冒険はどうだった?

うん、すっごく楽しかった!あのね、剣からね、火が出てね、こーんな大きな怪物たちが出てきたんだけど

寝ぼけ眼は一瞬にして覚醒して、彼女は熱心に体験したことを父親に語る。父はそれをうんうんと頷きながら、笑みを浮かべて聞いた。

それで最後は、ワニみたいな凄く大きい怪物この宿と同じくらいの大きさよ。そんな怪物と戦って、何とか勝って、捕まっていた王様を助けたの!そこまでいったのは、私が初めてなんだって!

それはすごい。流石私の子、サリハだ

パチパチと拍手をして褒め称えてくれる父親に得意げにしながらも、サリハは何やら物足りなさを感じていた。もっと何か、楽しく、素晴らしいことがあった気がする。けれどそれを思い出そうとすると記憶に霞がかかったかのように、思い出すことができなかった。

はっきりと覚えているのは、未知への興奮と、圧倒的な幸福感。すべてが満たされて、天にも昇るような心地。年に一度の夏祭り、母なるアンニルの川の氾濫を祝う豊穣の祭りで出されるごちそうを食べた時の喜びを、何百倍にもしたような。

ねえ、お父様

それを思い出すと、サリハの口からは自然と甘えたような声が出ていた。

私、またここに来たいな

それは今まで彼女が出したことのないような、どこか艶めかしさを含んだ声色だった。

熱い湯に体を埋め、Olは深く息を吐く。

愛液に精液と破瓜の血、唾液に涙におまけに尿。およそ人の分泌する全ての体液で汚れた身体を洗い流して、ようやく人心地のついた思いだった。

そこに突然、真っ白な身体が虚空に出現したかと思えば、激しく波飛沫を立てながら湯の中に飛び込んだ。

あまりにも一瞬のことでその姿は確認できなかったが、こんなことをするのも出来るのもたった一人しかいない。

Olはびしょ濡れになった顔を拭いながら、怒りを湛えた声で娘の名を呼んだ。

どうだった?楽しかった?

だがソフィアは意に介した様子もなく、きらきらとまばゆく輝く瞳でOlの顔を覗き込む。

それはまあうむ

楽しいか楽しくないかで言えば、楽しい時間ではあった。何も知らぬ純真無垢な小娘を己の色に染めていくのは、なるほど男であれば誰もが奮い立つような喜びであることは間違いない。

それが、染めれば染めるほどに生糸のように吸収していく才能あふれる少女であればなおさらだ。だが流石に娘にそう答えるというのは、どうにも憚られた。

良くなかったの?

煮え切らぬOlの言葉にソフィアはずいと詰め寄る。

いや、そういうわけではない。だが意図がわからん。一体何故あんなことをした?

んっと。理由は三つあるの

ソフィアは生真面目な表情で指を三本立てて、それを一本ずつ折りながら説明を始めた。

一つ目は、単純に嬉しかったから。初めてわたしのダンジョンを踏破してくれた子だったもん

ふむ。それはわからぬではない

ダンジョンというのは侵入を防ぐものでありながら、しかし同時にその踏破を望む気持ちがあることを、Olもまた理解できた。無論生命がかかっているような状況であればそんな悠長なことは言っていられないが、遊戯として作ったダンジョンならその心境も不思議なものではない。

二つ目は、パパにも喜んでほしかったから。サリハは可愛くてとっても勇敢だったから、嬉しいかなって思ったの

閨事は横においても、優れたダンジョン探索者と触れ合うのはダンジョンマスターとして愉快なことだ。遊びとは言え、Olも監修として関わった迷宮を攻略するのは生半可なことではない。

三つ目はパパのご褒美のところ、見てみたかったから

だってパパのお部屋は見ちゃ駄目って言ってたでしょ?

確かに今回サリハと事に及んだのはピラミッドの中に仮に作り上げた書斎であって、Olの部屋ではない。だが事前に覗かれぬよう、その壁や天井は全て掌握したはずだ。

どうやって見たんだ?

サリハの目を借りたの

そんなことまで出来るのか。素直に答えるソフィアに、Olは絶句した。

Olとて、他の生き物の視界を借りて遠くのものを見ることは出来る。猫や蝙蝠のような生き物を使い魔にして、自分の耳目にするのはよくある魔術だ。

だが、人間を使い魔にするなど聞いたこともないし、Olほどの魔術師であれば使い魔契約を結んだ生き物は見ればわかる。サリハは使い魔になどなっていなかった。ということは、ソフィアは使い魔でも何でもない生き物の視界を盗み見れるということだ。それは驚愕だった。

日に日に出来ることが増えているのはわかっていたが、想像しようもないことまでできていくのはどう対処すべきなのか。しかもおそらく、ソフィアはそれを異常なことだと認識していない。当たり前に出来るようになったことを、逐一報告しろと言うわけにもいかないだろう。

ねえパパ

ソフィアはOlに擦り寄るようにして近づいて、言った。

わたしも同じこと、して欲しい

なんとなく、そう来ることは予想していた。

駄目だ

どうして?

俺とお前は、親子だろう

そう答えつつも、Olは己の言葉に疑問を抱く。

親子と言っても血のつながりがあるわけではない。そもそも魔王であるOlに、そのような倫理観の持ち合わせがあるわけでもなかった。

であるならばなぜ。

何故、ソフィアを抱くことにいや、劣情を催すことにすら、これほどの忌避感を抱くのか。

なんで、親子だったら駄目なの

ソフィアは拗ねたような声を出しながら、ずいと詰め寄る。

わたし、もう、大きくなったよ

そしてOlの腕を取って、自らの胸に押し当てた。

その膨らみはもはや幼い子供のものではない。成熟したとは言えないものの、大きさで言うならサリハよりもよほど大きい。

しっかりと女を主張するそこはこの世のものとは思えぬほどに柔らかく、衰えを知らぬ肌のすべやかさは極上の絹にすら勝る。ずっと触り、弄んでいたくなるような感触。それでも。

そうは言っても、お前はまだ子供だ。愛と情との違いもわかるまい

Olは肉欲よりも強い衝動に、ソフィアから手を離した。

俺のことを男として好いているのか、と聞いておるのだ

そんなのわかんないよ

Olの問いに、ソフィアは眉根を寄せた。

概念としては、わかる。

例えばマリーがソフィアに注ぐ愛と、Olに対して抱く愛は、別種のものであるということくらいはソフィアにも理解できた。

けれどそれは、リルがOlに抱くものともまた別のように思えるのだ。リルだけじゃない。ユニスも、スピナも、ユツやテナにサクヤ、ザナ。同じ行為をしている間柄でも、Olに対して持っている感情は別に見える。

せめて他にそういった間柄の男女がいれば、比較もできただろうが。

だって男の人なんて、パパしかいないんだもん

ローガンとホデリは、ナチュラルにいないものとされた。

であるならば、お前にはまだ早いということだ。焦らずとも良い。いつか自然とわかる

大切な娘であるからこそ、後悔させたくない。

己が抱いているのはそういう気持ちなのだろうとOlは結論づけた。

わかった!

また癇癪を起こし、嫌いなどと喧嘩になるだろうか。

Olがそう思っていると、案に相違してソフィアは明るい声で答えた。

てっきりまた怒るか拗ねるかするものと思っていたOlは虚を突かれる。

お前が納得したのなら、それでもいいが

釈然としないOlに、ソフィアはこくりと頷いて、言った。

ちゃんとパパにご褒美貰えるように、もっともーっと大きくなるね!

そういうことでは、ない。

Olがそう答える前に、ソフィアの姿は再び掻き消えてしまったのだった。

第14話臆病者を焚き付けましょう-1

はぁー綺麗

その光景に、リルが丸く目を見開いて思わず声をあげる。

だがそれは彼女に限ったことではなく、マリーにソフィア、ユニス、スピナ、そしてOlもまた同様であった。

青白く輝くその城は全体が水晶ででも出来ているかのように透き通っていた。まるで槍の穂先のように鋭く尖った幾つもの屋根が立ち並ぶ様はどこか幻想的で、その造形の美しさはOlさえも息を呑むほど。

別に見た目ほど大したものじゃないわよ。氷なんてうちには腐るほどあるんだから

そんな中でただ一人、氷の女王、ザナはつまらなさそうにそう呟いた。

あれは、氷で出来ているのか?

ええ。なにせ放っておいてもうちじゃ溶けたりしないし、湖に行けば幾らだって手に入るからね

Olの問いに、ザナはなんでもない事のように答える。

あれほど巨大な建造物が氷でできているなどと、信じがたい話だ。しかしどうやらそれは事実であるらしい。暦の上では夏であるのに、Olたちの歩く道にも雪は深く積もっていた。

リルがこんなに厚着してるところなんて初めて見たもんね

悪魔は暑さ寒さには強いから、別にいつもの格好でもいいんだけどね

やめて下さい。見ているこっちの方が寒いです

からかうようなユニスの言葉にリルがそう答えると、スピナが身体を震わせながら言った。青く晴れ渡った空からは雪も風もなく燦々と日光が降り注いでいるというのに、凍てつく寒さは体の芯を突き刺すかのよう。

隣にあると言うのに灼熱の太陽が大地を焼く砂の国とは正反対。それが、この氷の国、ヒムロであった。

室内なら多少はマシだから、安心して頂戴

ザナが言いながら、城をぐるりと囲む堀へと手をかざす。すると途端に堀を埋めていた水が凍りついて、氷の橋が出来上がった。

姫様!

橋を渡って城の中に入るとすぐさま、武装した兵士の一団が駆けつけてザナを出迎えた。

姫様、よくぞお戻りになられました

あなた達も、よくあたしの留守中城を守ってくれたわね

ザナはにこやかに臣下たちに声をかけていく。それは月の女神を降ろしている時の丁寧な口調とも、Olに相対している時の乱暴な物言いとも違う。それが彼女本来の姿なのだろう、とOlは感じた。

そしておかえりなさいませ。イヴ様

兵士団はOlにというよりその後ろに隠れるようにして身を縮めるイェルダーヴに向かって、恭しく礼をした。

イヴ?

その子の本当の名前よ。イェルダーヴというのは、あいつがつけた名前だから

Olの疑問の声に答えたのは本人ではなく、その姉のザナだ。

本当の、名前?

それどころかイェルダーヴ自身が、不思議そうにしていた。

覚えてないのも無理はないわ。あなたが連れ去られたのは、もう十年も前のことだから

そしてその十年の間、首輪によって自由意志を封じられ、人形のように扱われてきたのだ。己の名すら忘れてしまっても無理はなかった。

イヴ様を取り戻して頂いたこの度の御恩、万言を費やしても足りませぬ。誠に、ありがとうございます

そして彼らはOlに向き直ると、膝をついて頭を垂れた。ユニスが自然な動作で、Olの横に半歩あゆみでる。

ザナよ。お前の配下は面白い連中だな

くく、と喉の奥で笑いを漏らしながら、Olは言ってやった。

でしょう?主と一緒で育ちが悪いもんでね

何、俺も元はといえば貧民の出だ。吹けば飛ぶような小国といえど、卑下することはない

Olはわざと挑発するように嘲ったが、跪く男たちから放たれる強烈な殺意には何の変化もなかった。国を侮辱されても気にも留めない彼らが怒りを抱いているのは、ザナを穢され傷物にされたからだろう。

ユニスが警戒するほどの明確な殺意を隠しもせずに放っておきながら、しかしこれ以上ない礼節を持って恭順の姿勢を取る。面従腹背というのも馬鹿馬鹿しい程の、あからさまな態度であった。

さあ、こんなところで立ち話もなんだし、応接間へいきましょう。おもてなしするわ。暖かいお茶で、身体を温めましょう。毒はいくつ入れる?

入れるな。別に効きはしないが味を損なう

実によく似た主従だ、とOlはもう一度笑った。

本当に氷でできてるのね

なのに全然寒くないのは不思議だね

しげしげと壁を眺めながら感心したように吐息を漏らすリル。分厚い外套を脱ぎ捨てながら、ユニスは首を傾げた。

壁に触れればひやりとした感触はするが、それ以上の冷気を放つわけでもない。部屋の中には煌々と火が焚かれていて毛皮のコートを着ていては暑いくらいだと言うのに、溶けるような様子もない。

氷というより、不透明なガラスで出来ていると言われた方がまだ納得できそうだが、ガラスでは重みに耐えきれず粉々に砕けてしまうだろう。尋常な氷ではないことは確かであった。

まあベッドまで氷じゃなくて良かったよね

ぎしりと軋みをあげる寝台に寝転がり、ユニス。

あまり質は高くないようですが

その音に、スピナは神経質そうに眉をひそめた。

確かに、精一杯の贅を凝らしているのはわかるが、供された食事も部屋にある調度品も、Olのダンジョンのものに比べると一段どころか何段も劣るものであった。

雪と氷以外に何もない貧困の国、というザナの言葉は真実であるのだろう。

ソフィアのことが心配?

一人言葉もなくぼんやりとベッドの縁に座り込むマリーに、リルは声をかけた。

うんちょっとね

お師匠様が一緒なのですから、何も心配するような事は無いと思いますが

頷くマリーに、スピナがただ事実を告げるかのように言った。

Olとソフィアは国家間のあれこれを決めるということで、ザナと共に部屋に篭りっきりだ。

まあ心配になるのはわかるけどね。あたしたちはあたしたちで、やるべきことしないと

ユニスの言葉にコクリと頷き、マリーは準備を始めるのだった。

こんなところか

凄まじい速度で走らせていたペンを止め、Olは羊皮紙をピンと指で弾く。

そこには一刻半(約三時間)にも及ぶ会議の末に決まった取り決めが、びっしりと書かれていた。

そら、起きろ

ふぁっ!ね、寝てないよ!?

ぽんとソフィアの背中を叩くと、愛娘はびくりと身体を震わせて目をぱちぱちと瞬かせた。完全に意識を失っていたのは間違いないが、そのことをとやかく言うつもりもない。代わりにOlは手にしていた書面を彼女に渡した。

お前も一応確認しておけ。意味はわからずとも良い今のところはな

言われるがままに、ソフィアは紙面に視線を走らせる。細かな字を追っていると再びまぶたが重く垂れ下がってきたが、その度にOlがソフィアの背に回した手に力を込めて彼女の眠りを阻害した。

そら、お前もだ

その間にOlは全く同じ内容の写しをもう一部作り上げて、対面に座るザナに手渡す。

ねえ、今何も見ずに写してたけど、あんたまさかこれ全部暗記してるの?

俺が作った内容なのだ、当たり前だろう

あっさりと返すOlに、ザナは辟易とした。文面が同じというだけならともかく、改行位置や細かな筆跡まで、まるで左右反転しない鏡にでも映したかのようにソフィアが眺めているものとそっくり同じだったからだ。

まあいいけどね

ザナはちらりと羊皮紙を一瞥すると、さっさとサインを記してOlに手渡す。

もう確認できたのか?なかなかやるではないか

そんなわけないでしょ

ザナの手とOlの指先の間で渡された書類が、ピシリと凍りついた。

凍てつく氷はそのままOlの腕を一瞬にして伝っていき、その肩から胸元までを覆い尽くす。

どういうつもりだ

反射的にOlが放った魔術の光がそこで氷の侵食を食い止めたが、その時には既に彼の半身は凍りついていた。しかも、氷の侵食はなおもじわじわと進んでいく。

どういうつもりも、何も

ザナは笑った。今回国交を結ぶにあたって、彼女とOlとの魂の接続は既に切断されている。その内心を聞き取ることはもはやできなくなっていた。

何度も言ったでしょ、あたし。あんたを、殺してやるって

確かにそれは、ザナがまるで口癖のように言っていたことだった。だがOlがそれを警戒していたかと言えば、否である。

彼女は何度もそれを実行に移せる状態にいながらそうすることは一度もなかったし何より、口先や心の中でそう悪態をついたとしても、その心がOlに対する殺意にまみれる事はついぞなかったからだ。

Olであれば、本当に相手を殺すつもりなら殺すなどといちいち脅さない。告げるよりも先に実行に移すべきだからだ。

だが、とOlは完全に動かなくなった左腕を見やる。ここまでするからには、冗談というわけでもないのだろう。ソフィアは無事なのも、わざわざ書類が出来上がるのを待っていたのも、その条文を持ってソフィアのダンジョンを利用するためだ。Olさえいなければ、内容などどうにでもなる。

となれば、Olが取れる選択肢は一つしか無い。

Olが僅かに動く右腕で石の塊を投げ渡し、叫んだ。

行け!

第14話臆病者を焚き付けましょう-2

えっ、えっ

Olの声に急き立てられるかのように、ソフィアは部屋を飛び出す。

捕らえて!

え、え、ええー!?

そこにザナの命令が飛んで、兵士たちが彼女に向かって殺到した。その胸にOlから投げ渡された石と読んでいる途中だった書類を抱きかかえ、ソフィアは四方八方から伸ばされる男たちの腕をなんとか掻い潜る。

ちょ待っ、てっ!

小さく小回りの効く身体を活かして何とか逃げ回るが、ダンジョンを離れたソフィアはただの少女でしかない。成長に伴って自分のダンジョンから離れて行動する能力は身につけたものの、神としての権能は自分の領域でしか使えなかった。

出来るならこの氷の城自体を自分のダンジョンとして掌握してしまいたいところなのだが、それも叶わない。建築物を己のものとするには、自分のダンジョンが隣接していなければならないのだ。

例えばソフィアのダンジョンから地中にトンネルを掘ってこの城の最下部と接続し、そこから占領してしまうようなことなら出来る。だがそんなトンネルの用意などなければ、最下部に辿り着くことさえできそうもなかった。

ソフィアは屈強な兵士たちに隙なく取り囲まれて、逃げ道を失う。

あっ、これ

飛びかかってくる男たちを前に、ソフィアは不意に気がついた。

彼女が呟くと同時に、兵士たちは突然吹き飛ばされ、地面を転がる。

な何が起こった!?

僅かに後方に位置していたために難を逃れた小隊長は、目の前の光景に目をむいた。地面を転がり呻き声をあげる部下たちを吹き飛ばしたのは、年端もいかないその少女であることは疑う余地もない。

だがしかし、その方法が全くわからなかった。少女は腕を振るうわけでも、何か呪文を唱えたりしたわけでもない。彼らの主、氷の女王ザナとて超高速の術の発動には極小ではあるが詠唱が伴っている。だがソフィアにはそのような兆候は全く見られなかった。

その上、どんな方法で攻撃されたかすらわからないのだ。風が巻き起こるわけでもなければ光が瞬くわけでもなく、ただ兵士たちは地面を転がっていた。

ならば、攻撃されるより早く気絶させるしかない。最短距離を最速で突き出した兵隊長の槍は、しかし目に見えない硬質な何かに遮られてソフィアの身体に届くことはない。

が、彼はその瞬間、兵士たちを打ち倒したその方法に気づく。

わかっ

叫ぼうとしたその瞬間、彼の意識は途絶えた。

ごめんなさい、あの、どいてくださーい!

兵士たちが物々しい様子で密集する廊下に、どこか場違いな少女の声が響いていた。

やめてぇー、どいてー!お願い、邪魔しないでぇー!

悲鳴のようなその言葉があがる度に兵士たちは吹き飛ばされ、地面を転がっていく。

業を煮やした兵士の一人が弓を構え、ソフィアの背後から狙い撃つ。

わあっ!?

ソフィアが悲鳴を上げたのは、その矢が彼女の遥か手前で跳ね返って、地面に転がった後のことだった。それはつまり、彼女の死角をついて認識外から攻撃しても防がれるということである。

巨人だ!

兵士の一人が叫んだ。

目に見えない巨人が、奴を守っていると思え!

ソフィアの一撃は、鍛え上げられた兵士が一撃で行動不能になってしまうほどに強く重い。風を操っているのでは、こうは行かないはずだ。無色透明の巨人などとは不条理にも程があるが、そうとわかれば手のうちようもあった。

兵士たちは僅かな目配せをして、前後左右、四方向から一斉にソフィアに襲いかかる。

そして、同時に皆吹き飛ばされた。

巨人は、二体以上いる!

その絶望的な情報は、すぐさま共有される。

下がってろ!

法衣に身を包んだ兵が前に出て、印を組みながら呪文を唱える。その手のひらからは猛烈な冷気が吹き出して、ソフィアの周囲を包み込んだ。

えっ、えっ、何!?

流れ落ちる水滴さえそのままの形で凍りつかせる冷気に包まれながらもソフィアは変わらず元気な声をあげたが、効果はあった。空気中に存在する僅かな水分が細かな氷の粒子となって、ソフィアを包み込むそれの姿を浮かび上がらせたのだ。

なんだ、これは

そしてその形容しがたい姿に、兵士たちは一様に言葉を失った。想像していたのは、盾か鎧で武装した武器を持たない巨人の姿。

だが実際に浮かび上がったのは、まるでイソギンチャクのように無数の触手を伸ばす、奇妙な怪物であった。それがソフィアをすっぽりと覆い尽くしている。これでは、どの方向からどのタイミングで攻撃しても無意味であるわけだった。

それは、Olが投げ渡した石の塊。この世で彼だけが扱える武器にして、携帯用の小型のダンジョン。ダンジョン・キューブと、その基本機能である見えざる迷宮(ラビュリントス)の姿であった。

なに、どうなってるの!?

ソフィアの叫び声とともに、触手がうねって周囲の兵士たちを弾き飛ばす。それは正確には触手ではなく、小さなダンジョンの通路だ。

己の領域たるダンジョンの外では、ソフィアは魔術も武術も使えぬ見た目通りのただの少女でしか無い。

だが、唯一の例外があった。

その所有者から許可を与えられ、貸し出されたダンジョンであれば、己のものとし意のままに操ることが出来る。ダンジョンの神であるソフィアにとっては、それこそ呼吸するかのように自然にだ。

その結果が、これであった。混乱のままに振るわれる通路はそれこそ巨人の腕のように大の男を跳ね飛ばし、剣も槍もその外壁を破壊することは出来ない。吹きかけられる冷気の術も、水気などほとんど含まぬ石造りの迷宮の前には無意味だ。

Olは極めて精微な魔術の組み合わせで、ダンジョン・キューブの形を何万通りにも変化させ、百を超える機能を持たせている。だがソフィアにかかればそれすら生ぬるい。

ソフィアはダンジョンであり、ダンジョンはすなわちソフィアである。それは彼女の意のままに形を変え、何の動作も必要なく生き物のように動く。見えざる迷宮(ラビュリントス)の通路を武器のようにふるって敵を叩きのめすことなど、Olにさえ不可能な芸当だった。

駄目だっ!引け!

打つ手なしとみたか、速やかに撤退していく兵士たちに、ソフィアはほっと胸を撫で下ろした。あの程度の武装でダンジョンの外壁が破られることはないとわかっていても、敵意を持った相手に囲まれるのはまだ幼い少女にとっては恐ろしいことだ。そしてそれを、攻撃することも。

多分、こっちだよね

一度歩いただけの記憶を頼りに、ソフィアは道を辿る。向かうはマリーたちのいる部屋だ。城の中は広い上に、マリーたちがどの部屋に案内されたのかをソフィアは知らない。別々に案内されて、直接打ち合わせの席に向かったからだ。

だが城は広いだけで、迷宮というわけではない。通路は人を迷わせるようには出来ていなかったし、部屋の配置だってごくごく素直だ。必然性と利便性に照らし合わせてみれば、マリーたちが案内された部屋の場所はおおよそ検討がついた。

ソフィアが飛び出してきた会議室は高い高い尖塔の先、言い換えるならこの城の最奥部。それに対して客を泊めるのは、入り口にほど近い客室であるはずだ。構造的にも利便的にも心理的にも、他の場所に泊める手はない。

つまり、この城の上から下までを踏破しなければならないのだ。その事実に今更ながら気づいて、ソフィアは小さく身体を震わせた。

兵士たちは引いていったが、当然あれで諦めるとは思えない。Olを完全に敵に回したのだ。なんとしてでも、ソフィアの行動を妨害してくるに違いない。それをたった一人で、切り抜けなければならないのだ。

どうしよう

しんと静まり返った氷の通路の中。

ソフィアの小さな声が、微かに響いた。

第14話臆病者を焚き付けましょう-3

きゃー!きゃー!きゃぁぁぁぁ!

高く悲鳴をあげながら、ソフィアは廊下をひた走る。しかしその声をかき消すほどの轟音が、連続的に響いていた。

彼女の背後で白い煙を立てながら降り注いでいるのは、巨大な氷柱(つらら)だ。

破城槌の如き太さのそれが、まるで雨のように降り注いできていた。

見えざる迷宮(ラビュリントス)の防壁で防げるかどうか、試してみる気にもならない。万が一防ぎきれなければソフィアの胸はさぞ風通しが良くなってしまうだろうし、そうでなくとも大量の氷に押しつぶされて身動きが取れなくなってしまうのは目に見えている。

無論、氷柱の速度はソフィアの足で避けられるようなものではない。ダンジョンキューブで作り出した床の上に乗り、その床を支える柱を回る車輪のように組み替えることで、まるで戦車にでも乗っているかのようにソフィアは高速で移動していた。

その前方を遮るように、氷柱が降り注いで壁を作る。前と後ろとを囲まれて、ソフィアは息を飲みながら目を見開いた。咄嗟に周囲に視線を走らせる。長い廊下の前後は氷の柱に、左右は壁に囲まれて逃げ場がない。

そしてその頭上から、更なる氷柱が降り注いだ。

轟音とともに降り注いだ氷の塊は白く氷煙を上げながら砕け散り、通路を埋め尽くす。

その氷煙の中から、ソフィアは飛び出しながら胸を撫で下ろした。

ま、間に合った!

キューブの通路を細く長く伸ばして前方を塞ぐ氷柱の隙間を通し、その先に小さな部屋を作り上げて転移することでくぐり抜けたのだ。もう一瞬遅ければ、元の場所のキューブを手繰り寄せて回収するのが間に合わないところだった。

ホッとしたのも束の間、突然地面を走るキューブの床が制御を失ってガクンと傾く。

な、何!?

慌てて地面に視線を向けて、ソフィアは絶句した。美しく輝く床は、石でも木でもない。透き通った氷の塊で出来ていた。

傷一つなく平らな氷の床の上では、キューブと言えども滑ってしまってまともに動くことが出来ない。ダンジョンとは本来地中に存在するもの、言い換えれば地面という基盤があってこそのものなのだ。床から離れては扱うことが出来ない。

それまでの勢いをそのままに、曲がるべき角を過ぎ去ってソフィアの身体はキューブごと床を滑っていく。単に滑るようになっているだけではない、ほんの僅かだがそこには傾斜がつけられていて、ソフィアはどんどん加速していった。

そして、その先の光景に息を呑む。廊下は突然途切れ、その先に夜空が広がっていた。このままでは外に放り出されてしまう。それだけならまだいいが、ここは高い塔の上だ。まず無事ではすまないだろう。幾ら身体を見えざる迷宮(ラビュリントス)で包み込んでも、落下に対しては無力だ。透明な棺桶が出来上がるだけである。

何とか身体を止めようとソフィアは左右の壁へと通路を伸ばすが、それも無駄だった。壁も元々氷で出来ている。掴めるような凹凸もなく、つるりと滑って速度が緩みすらしない。

せめて先端を尖らせることが出来たら。ソフィアはそう思ったが、ダンジョンキューブは飽くまでダンジョンの縮図だ。その通路は四角四面の直方体として作ることしか出来ず、先端を尖らせることは出来ない。

せめて他に何か、尖ったものがダンジョンの中にあれば!

考える暇もなく、ソフィアは廊下の端から中空に投げ出される。咄嗟にキューブの通路を伸ばして廊下に張り付かせ、叫ぶ。

棘付き吊り天井!

それはほとんど反射に近い反応だった。侵入者を押しつぶし串刺しにする、無数の棘が生えた吊り天井。それを、床のない部屋の中に発生させてスパイクのように氷の床に突き刺したのだ。

通路を辿って何とか廊下の中に戻り、吊り天井の部屋を四つに増やして身体を固定する。こうして四点で身体を支えながら進んでいけば、氷の床の上も滑らずに進んでいけそうだった。

前を見据えたソフィアの視界が、ぐにゃりと歪む。不審に思って目をこすり、眇めてみてもそれは変わらなかった。

嘘でしょ

不意に、ソフィアはそれに気がついて声を漏らす。視界が歪んでいるのではない。

奥まで見通せるほどに澄み渡った巨大な氷の球体が、音もなくこちらに転がってきているのだ!

喚いても現実が嘘に変わってしまうわけもない。氷の珠は殆ど廊下一杯の大きさで、先程のように隙間を縫ってテレポーターでやり過ごすこともできそうにない。背後は断崖絶壁だ。吊り天井では床にしがみつくことは出来ても、壁や天井に貼り付けるほどの力はない。

ソフィアはダンジョンキューブを最大限まで広げて、廊下一面を塞ぐように壁を作り上げた。石材を高密度に圧縮して作られたキューブはその見た目よりも遥かに大きなダンジョンを展開することが出来るが、それでも限界はある。

廊下を塞ぐとなれば、煉瓦壁二枚分がせいぜいだった。そして、そんなもので押しとどめられるほど氷の玉は軽くもなければ遅くもない。

ソフィアの張った壁は氷塊にとって何の障害ともならず、一瞬たりとて留めることなく突き進み

そして、そのまま音もなく通り過ぎて、廊下の端から落ちていった。

ショートカットルート。何とか、足りた

ソフィアが張った壁は、氷塊を防ぐためのものではない。通すためのものだった。薄く張った二枚のレンガ壁の間にソフィアが収まり、一枚目の表面と二枚目の裏面を転移陣で繋ぐ。氷の球体はソフィアだけを素通りして、何の障害もなく進んでいったというわけだ。

遠く、落下した氷球が砕ける音を聞いて、ソフィアはぶるりと身体を震わせる。

それは寒さによるものではなくしかし、恐怖によるものでも、なく。

たのしい!

喜びに、よるものだった。

間断なく襲い掛かってくる罠の数々は容赦なく悪辣で、恐ろしいことこの上ない。

けれどその恐ろしさは、怒号をあげて襲い掛かってくる兵士たちのそれとはまるで別種のものだった。

通路を這い上がり、下り階段を降りていると突然階段が崩れだす。足元が滑らないから油断していたが、階段自体を支えていた土台が氷でできていて、それが溶け出したらしい。ソフィアは慌てて階段の踏み板同士をキューブで繋ぎ合わせ、即席の階段を作り出して落下を回避する。

尖塔を降りきって進もうとするソフィアの行く手を阻んだのは、氷の壁だ。先程転がってきた氷の玉よりも澄み渡ったその壁は全く目に見えず、ソフィアはしたたかに額をぶつけてしまった。

大広間を埋め尽くすそれは、透明な壁でできた迷宮だ。ソフィアは迷うことなくキューブを階段状に変化させると高く駆け上がり、広間の天井を破壊して屋根の上に出た。目に見えない迷宮の中で罠を仕掛けられればその回避は困難だし、そもそも即席で作られた氷の迷宮が出口まで通じているとも限らない。少なくとも、Olが迷宮を用意する側であれば絶対に出られないようにするはずだ。

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