はいはいそうやってまた、あんたは女の子をダマしていくのね

雪乃がオレに嫌味を言う

一生、ちゃんと責任取っていくんだからさいいのよ、ヨッちゃんはこれで

やがてエレベーターが戻って来る

オレたちが乗り込むとエレベーターは浮上する

縦の上下移動だけでなくまた、横にも何度も複雑な軌道を描いて

秘密のエレベーターは、上昇していく

そのエレベーターの中でもオレと寧さんは、麗華にくっついていた

あっ、麗華お姉さんお尻がキュッとしてていいなあ

麗華のお尻を撫で回しながら寧さんが言う

あのそんなところは、触らないで

ヨッちゃんも触ってごらんよ小尻で弾力があって、とっても気持ちいいから

オレもお言葉に甘えて、麗華のお尻を触る

うわっ、鍛えているだけあって弾力が半端じゃない

麗華お姉さん本当にセクシーな身体だよね

わたくしがセクシー

寧さんの言葉に、驚く麗華

あたしはセクシーじゃないですよセクシーなのは、あなたみたいな身体の人のことでしょう

自嘲気味に麗華は言った

あたしなんて、お肉が付いててぷよぷよしているだけだもの麗華お姉さんの鍛え上げられてキュッと締まった身体の方がセクシーだってヨッちゃん、そうでしょ

オレは寧さんのグラマーな身体も好きだけど、麗華の締まった身体も好きだよ

うん中身が詰まっていて、抱き心地がいいんだ

オレは長身の麗華の胸に顔を埋める

小さめのおっぱいだけれど胸筋のせいか、弾力が違う

わたくしのこと好きですか

麗華はオレを見下ろして、言った

好きに決まっているじゃないかそうじゃなかったら、抱き締めないよ

わたくしのど、どこが気に入っていただけたのです

麗華は、見た目通りだから

あ、それじゃあ判らないか

オレもよく言われるんだけれど麗華は、すっごく判りやすいから綺麗な顔と鍛えられた身体が心とそのままシンクロしているからとっても、率直で嘘の吐けない性格だよね

嘘ぐらいは吐きますわたくし

嘘を吐いたって、すぐに嘘だって判るからだから、良いんだよ麗華は

そういう面では、オレによく似ている

判りやすいから、話しやすいし、付き合いやすい家族のみんなに愛されるお姉さんになれると思うよ

美学にこだわりすぎて、すぐに格好付けちゃうのはどうかと思うけれどっ

オレの言葉に寧さんが補足した

うん変に格好付けるのは麗華お姉さんの悪いところだと思うよ

わたくし、そんなことを言われたのは初めてです

麗華が、呟く

そりゃそうだよ家族じゃない人には、こんなアドバイスしないもの

寧さんが、微笑む

世の中の人は、赤の他人には厳しいからね特に二十歳を超えた社会人には家族か、直接の利害のある上司でも無い限り、多少、問題があっても社会生活ができていれば細かい注意はしてくれないよそういうものだから

そうかもな

特に麗華お姉さんは、特殊技能を活かした仕事に就いているから

香月セキュリティ・サービスのトップ・エリート

ほら、有名な小説家の先生とか、映画監督とかファッション・センスがおかしかったり、言動に問題があっても放っておいて貰えたりするでしょああいう感じで、麗華お姉さんも放置されていたんだよ

それで英国紳士趣味の撲殺剣士が生まれたのか

本人はこんなに綺麗なお姉さんなのに

まあ、英国紳士好きの趣味は趣味としてさこれからは、普通のお姉さんとして綺麗な格好もしようねっ

あたしも、ヨッちゃんもいや、みぃちゃんも、メグちゃんも、マナちゃんも、ルリちゃんも、真緒ちゃんだって綺麗なお姉さんと一緒に、街を歩きたいって思っているんだけどなっ

あ、もちろん英国スーツも続けていいんですよでも、他に綺麗なドレスを着た麗華も見てみたいって言っているだけだから

オレと寧さんで麗華を攻める

か、考えておきます

麗華は恥ずかしそうに、そう言った

やがてエレベーターが止まる

ドアが開くとマルゴさんたちが待っていた

問題は無いらしい

このエレベーターは、地下に戻そう

オレたちは地下の下りるボタンを押して、ドアが閉まる前に外に出る

これでエレベーターは再び、地階へ下りるだろう

完全にドアが閉まりエレベーターが下降したことを確認して

オレは麗華に言う

ブッ壊して、麗華

二度とこの階に、エレベーターを呼べないように回路を破壊して

それではわたくしたちは、緊急避難室に戻れなくなりますが

それでいいんだよ今は、地階に敵が下りられなくする方が優先だ

ジッちゃんがみすずたちの眼を盗んで、上階へ上がってくる可能性もあるし

さっきジッちゃんが言っていたろ朝まで、耐え切れたらオレたちの勝ちだオレたち5人は、下の階へ戻らなくていい

朝までこのホテルの中で、生きて闘い続ける

昨日、病院へ行ったら、母も来ていまして

母が病院の帰りに、買い物したいんだけれどこの病院の近くに商店街は無いのかしら

と行ったところ

父がああ、病院の前の通りを少し行くと、道がレンガ色に塗られた商店街があって、私鉄の駅まで続いているよ

と言い出しました

合っている

ちゃんと、病院の周囲の地理を思い出している

1週間前は、病院の位置がまったく判っていなかったのに

一瞬喜んだのですがそのあとまた、夢と現実が混じった話を始めます

それでも、良くはなっているようです

さてそれでは、今日も病院に寄ってから、仕事にいきます

298.楽しい約束

そうね覚悟を決めた方がいいかもね

関さんが、ニコッと微笑む

ちょっとあんたたち落ち着きなさいよ本当にいいの、それで

雪乃は、ビビっている

まあ、逃げ道をなくして朝まで危険な状況の中に身を置かなくてはならなくなるんだから

麗華お姉さん、やっちゃってぇぇっ

寧さんは、笑っている

まそれが一番の策だろうね

マルゴさんも、そう言った

美智は無言で、頷く

命令だやれ、麗華

ご命令ならば

スッと特殊合金製の撲殺ステッキを振り上げる

ヴァァッキッッ

金属棒の先が、エレベーターの電子回路を粉砕する

オーケイ、とりあえずエレベーターを隠していた壁を元に戻して

マルゴさんが、操作ユニットを使ってエレベーターの前面を壁で覆う

はい、麗華お姉さんこのユニットも壊して

了解です、ハァァッッ

グワッシャッ

これでもう、隠しエレベーターを開く方法は無い

ホテルの上層部から緊急避難室へ下りるルートは、完全に閉ざされた

暗い顔になる雪乃

ほんじゃあ行きますかっ

アッケラカンと寧さんは、笑った

君たちが来る前に話していたんだけれどね関さん、クルーザーを持っているんだって

マルゴさんが下から持って来たパッド式のパソコンで、ここから重役たちの居る部屋までの道筋を確認しながら、言った

ええクルーザーで海に出るのも、あたしの趣味だから

関さんは、ニコッと笑う

えーいいなあ今度乗せてぇぇ

寧さんが、関さんに擦り寄る

いいわよみんな乗せてあげるわハワイだけど

ハワイ

ハワイってあのハワイか

日本だと係留しておくだけでも、法外なお金を取られるしメンテナンスなんかを業者に頼んでも、向こうの何倍も掛かるのよだから、船はハワイに置いてあるのあそこなら一年中乗れるしね

はぁさすが、香月セキュリティ・サービスのトップ・エリートにして、ジッちゃんの専任警護人

スケールが違う

行く行く、ハワイまで行っちゃうよぉっヨッちゃんも、ミッちゃんも、マルちゃんも一緒に行こうねっ

寧さんは、嬉しそうに言った

そうね、いつもはあたし1人だけれどみんなで沖へ出るのも楽しそうね

関さんは、そう言って麗華の方へ行く

麗華は暗くうつむいたままだ

藤宮麗華、あなた、このままでいいの

関さんが、麗華を見下ろして言う

このままだとこの子たちのスポーティでアウトドア派で活発なお姉さんは、わたくしになってしまうけれど、それでいいの

関さん家族に入る覚悟をなさったんですか

そういうことではないわ

関さんは、オレを見る

さっき、この子が言っていたじゃない変な取り決めをして、無理に形にしようとするのが間違っているのよ別に家族のお友達のお姉さんから始めたっていいんでしょ

関さん色々と吹っ切れたらしい

あたしこの子たちに見せてあげたいものや教えてあげたいことが、いっぱいあるのよ車やバイクで疾走する楽しみもあるしハワイの夕焼けの海を、船上から見せてあげたいとも思うわみんなで、一緒にフィッシングもいいなあ海でも湖でも

うっとりとした眼で関さんは語る

あたし年上や同年代だと、意識し過ぎちゃって上手くできないけれど、年下が相手なら、ちゃんとやれそうな気がするのっていうか、こんなあたしでもこの子たちのお姉さんになれそうな気がするのよ

暗い顔で麗華は地面を見ている

わたくしは、剣だけに生きてきた女ですから関さんのように、年下の人たちに教えられるようなものは何もありません

嘘ばっかり

関さんは、ニコッと微笑む

あなた真緒ちゃんを見て言ってたじゃないシャーロック・ホームズとマザーグースは、自分が教えるって

この子に、あなたの英国趣味の話でもしてあげなさいこの子なら、何時間でも真剣にあなたの話を聞いてくれるわよ

関さんは、そう言ってオレを見た

あ、あたしも聞くよ、麗華お姉さんっ

寧さんが、麗華に微笑む

ハッとして顔を上げる

とにかくハワイでわたくしのクルーザーに乗る時には、藤宮さんも来なさいね

あなたも年下なのよあたしより

麗華は頭や心の整理が付く前に、家族への参加を表明してしまったが

関さんは、じっくりとオレたちと付き合って関係を深めてから、どうするか決めることにしたらしい

それでも、いつも孤立していた関さんがオレたちを受け入れてくれようとしているのは、嬉しい

でも、ちゃんと水着を着るのよいつもの男装スーツだったら、あたしのクルーザーには乗せてあげないからねっ

関さぁん、そもそもハワイの炎天下の洋上で、三つ揃いスーツは無理だよー暑すぎるっての

それも、そうねっ

寧さんと関さんは、カラカラと笑った

麗華お姉さんあんまり、自分には何ができるかとか考えない方がいいですよ

それよりみんなで、何がしたいかを考えて下さい

みんなで何をしたいか

その方が楽しいでしょ

爽やかにマルゴさんは、微笑む

あんたたち、バカじゃないのこんな状況でさ

雪乃が、吐き捨てる様に言った

こんな状況だから楽しい未来を考えるんだよ色んなことを約束するんだ絶対に全員無事で生き残るためにね

マルゴさんが、雪乃に答える

あれれれところでさあ誰か、雪乃さんと何か約束したぁヨッちゃんは

何もしていません

つまり誰も雪乃さんの未来は保障していないってことだよねっ

雪乃はゾッとして、震える

まあ何回言っても、雪乃さんは自分の立場を弁えない子だから、しょうがないよねっ

さて、ルートが決まったよそれから、このフロア周辺にはまだ敵は上がって来ていないようだおそらくは

おそらく

マルゴさんの言葉にオレは反応する

最初にホテルのロビーにガス攻撃してきた連中ガスが晴れたら、4人ほど消えていたよね

そうだそんなことがあった

その4人が今、どこにいるのかそれが一番心配だよ

その後に大型バス3台で乱入して来た敵は、班に分かれて上階に侵攻して来ているから動きが完全に把握できているけれど

最初に消えた4人の消息は丸っきり判らない

3人は判っているけれど最後の1人の正体が掴めない

判っているって

あれって、ミス・コーデリアと、白くて女のヴァイオラとロザリンドだよねっ

劇場に現れたミス・コーデリアと名乗る女性と、もう一組のヴァイオラたち

男のヴァイオラたちが、力任せに乱入してくる前に先に、ホテル内に潜入したんだと思うよ

なるほど男のヴァイオラの一党が、荒らした後では現場もメチャクチャだし、潜入しづらいだろうから

想像していた通りミス・コーデリアは、男のヴァイオラとは共闘していないヴァイオラと同じ組織の人間であることは間違いないけれど

何か、きっと、まだあたしたちの知らない秘密があるんだろうねっ

ああシザーリオ・ヴァイオラを名乗る犯罪者が複数居て、何者かが各ヴァイオラたちに指示を出しているのは間違いないと思うよそして、ミス・コーデリアは現場統括者なんだろうってこともでも、何の役割を命じられて、今回来日してきたのかその辺りが判らないね

それから4人目の潜入者が誰かってこともね

マルゴさんと寧さんで、どんどん考察を深めていく

2人とも、頭がいいしこういう状況に慣れているんだな

関さん、香月セキュリティ・サービスには、シザーリオ・ヴァイオラについての調査資料は無いのっ

調査部にはあるのかもしれませんが私も藤宮さんも現場の人間ですから、担当する警護に関わる資料しか開示してはもらえません香月セキュリティ・サービスの業務のメインは国内での警備ですし今回の様に、海外の犯罪組織が大挙して押し寄せてくるというケースは特異ですから

関さんは、そう答えた

谷沢チーフなら全てをご存じだと思いますがわたくしたちは、ロサンゼルスにシザーリオ・ヴァイオラという犯罪者のグループがあるという程度の一般的な知識しかありません

だって、今回の件はシザーリオ・ヴァイオラが襲って来るってことは判っていたんでしょっ

寧さんが、反論する

そうだ警備部の山岡部長は、数日前から動いていたはずだ

残念ながら、わたくしは閣下の専任警護人の中でも末席ですから閣下のご命令に逐次従うということ以外は命じられていません

わたくしもみすず様、瑠璃子様の警護しか命じられていません

麗華も、そう答えた

2人ともトップ・エリートだから、通常の香月セキュリティ・サービスのラインからは外れているんだ

山岡部長の部下では無いしヴァイオラの迎撃要員にも選ばれていないんだ

だからヴァイオラについての詳細な情報は知らされていない

ジッちゃんが、この2人をオレたちに接触させたのは

この2人が、詳細な情報を持っていないからなんじゃないのか

おそらくジッちゃんの専任警護人でも大徳さんと、張本さんには詳細な情報が伝えられているんじゃないだろうか

だから男の2人は、オレたちに接触させない

ジッちゃん自身も専任警護人の側を離れるという危険なことをしている

いや違うな

ジッちゃんが、そんな迂闊なことをするはずが無いし

大徳さんたちだって、ジッちゃんの警護を放棄するはずがない

多分、オレたちには見えない場所で、今も大徳さんと張本さんはジッちゃんを警護している

だから緊急避難室に警護役を残さなくてもいいと、ジッちゃんは言ったんだ

自分が最強の部下たちに護られていることを知っているから

あなたたちの知っているシザーリオ・ヴァイオラについての情報と、今言っていたミス・コーデリアだっけそれと白いヴァイオラって人たちのこと教えてくれるかしら

関さんが、マルゴさんに言った

じゃあ、重役たちの居る部屋に行く間に話します麗華お姉さんも聞いて下さい

寧これ

マルゴさんは、コンピューターのパッドを寧さんに手渡す

あたしはお姉さんたちに話しながら行くから寧がナビして

現在のホテル内はあちこちで防火扉やシャッターが下ろされ、通り抜けられるルートが決まっている

この赤く表示されたルートが、今通れる道だから

おそらく、地下の監視室から送られてきた情報なのだろう

先頭は美智さんが歩いてちょっとでもおかしなものがあったら、みんなを制止させて

寧たちは真ん中ねあたしたちが後ろを守るから

4人の潜入者が行方不明とは言えこのフロアには、大規模な敵はいない

なので、完全防御のフォーメーションを組まなくても良いとマルゴさんは判断したらしい

美智を先頭に廊下に出る

その後ろから、オレと寧さん

おい、雪乃くっつきすぎだよ

雪乃が、オレの背中にぴったりくっついている

い、いいじゃない怖いんだから、あたし

おどおどしている雪乃

その後ろにマルゴさんとお姉さん2人が、話ながら続く

あ、みっちゃんそこの角、右ね左の階段は途中で封鎖されているから

寧さんのナビに従ってみんなで進んでいく

階段で一つ上のフロアに到着するとさらに上の階へ行くためには、また別の階段を使わないといけない

階段から階段も、最短距離では行かれず大きく遠回りすることになる

ちょっとしたダンジョンだねこれ

寧さんが、ニコッと笑った

寧さんはどんな時でも、楽しそうな顔をしている

もちろんオレたちを心配させないための作り笑顔なんだろうけれど

この美少女の笑顔には、本当に心が癒やされる

寧さんの気遣いにオレはいつも助けて貰っている気がする

どうしたのヨッちゃん、あたしの顔ジロジロ見て

ん寧さん、大好きですよ

えへへあたしも、ヨッちゃんのこと大好きだよ

寧さんと一緒に歩いて行く

ずっとずっと、この人と歩いて行きたい

父上

角を曲がったところに廊下の向こうから、工藤父が居た

工藤父は、配下のフリー警護人を連れている

この人は確か

タケシ・ハンターさんだっけ

おお、ミッチーくんではないか元気にやっておるかね

工藤父が娘に笑いかける

父上こんなところでどうなされたのです

うん敵はまだ、ホテルの下層に居る

敵も工藤父の配下も分かれて闘っているはずだ

次の仕込みだそのうち、やつらもここまで上がって来るだろうしな

工藤父は敵が20階以上のエリアまで昇ってくると想定している

現在、敵集団の4割を壊滅させたといっても、敵がロシアから連れて来た素人のチンピラ連中ばかりだシザーリオ・ヴァイオラが、アメリカから連れて来た本隊は健在だと考えるべきだろうな

工藤父は大きな声でマルゴさんや、トップ・エリートの2人にも聞こえるように言った

こっちもフリーのやつらを殉職させるわけにはいかないからな敵の数を削りながら、怪我しない程度のところで撤退するように指示しているちょっとずつ、上の階におびき寄せては叩くの繰り返しだ

そろそろ、交代で戦闘メンバーを休ませてやらないといけねぇし今は、12階に防衛ラインを引いているが、すぐに突破されると思う

消耗戦は続くのか

んミッチィくん、どうしたんだ

工藤父が、娘の異変に気付く

何か腰の辺りを庇っているみたいだが、怪我でもしたのか

父上わたくし、さきほど、処女を喪失致しました

美智は真顔で、そう言った

それで、下腹部に違和感がございますが戦闘に支障があるほどでは、ございませんっ

工藤父は、凍り付いている

あのみ、ミッチィくん

わたくし、今日は危ない日でございますので確実に受精していると思います

じゅ受精

どうして、そんな生々しい言い方をするんだ、美智

ですから、父上産まれてくる子の名前を考えておいて下さいませ

工藤父がギロッとオレを見る

ええ

わたくし女の子を産みますので女の子の名前をお願いしますっ

昨日の父は、ずっと看護士さんに

まずい、このままでは鎌倉に連れて行かれる鎌倉にっ

と、言っていたらしいです

父よ鎌倉で何があった

父は昭和40年代に、鎌倉に住んでいた時期があるらしいのですが

299.父よ、母よ

きっさまぁッッオレのミッチィくんにぃぃ

激高した工藤父が、オレに襲いかかるが

スススッとオレ前に移動してきた美智が工藤父の攻撃を全て受け流す

わたくしは父上のものではございませんっ

美智は、顔を赤らめて言う

身も心もすでに、ご主人様のものですから

なんですとぉぉ

シュシュシュシュババババッ

工藤父が、さらに廻り込んでオレに接近しようと試みるが

それも、美智に阻止される

あげくに

な、何だッ

眼と眼が合った瞬間美智は招き猫の手で、宙を掻くっ

わひっ

工藤父は、強く釣り出されるようにして態勢を崩す

その瞬間、美智が工藤父の足を払った

工藤父は、スデンッと床に尻餅をつく

ミッチィくんそ、その技は

工藤流古武術奥義心月でございます父上

痛めた尻を擦りながら、ハッとして娘を見上げる工藤父

工藤流古武術奥義心月だと

ギッと娘を睨む

その場に緊張感が走る

何じゃそりゃオレは、知らんぞそんな技

オレはズッコケた

はいお祖父様は、父上には伝授していないとおっしゃっていました

ちくしょう、あのクソ親父オレに教えてない技があんのかよっ

工藤父は、喚きながら立ち上がるが

それは父上が修行を途中で放り出して、家を出られてしまったからなのではございませんか

それはその悦子が真一を孕んじまったんで、稼がないといけないという止むに止まれぬ事情があったんだよミッチィくん

工藤父は、若くしてできちゃった結婚をしている

それで家を飛び出して、工藤流を使って裏稼業の仕事を始めた

えもしかして、オレの知らない技ってまだあるのか

おそらくは心月をご存じないということは、宇呂焼沼も、円月大回転も電光雷鳴崩しも稲妻重力落としもご存じないのでは

マジっすか全然、知らんです、はい

工藤父は、ガックリとしている

父上わたくしは、これから工藤流古武術・黒森派を名乗ろうと思います

わたくしに、お前はお前の工藤流を作れと仰ったのは父上です現在のわたくしはもう、黒森家の家中におりますし

香月家ではないのか

みすず様も、すでに黒森家にお入りになりましたわたくしも、黒森家の女でございますから

美智は、父に頭を下げる

父上、申し訳ございません

わたくしは父上には、花嫁衣装をお見せすることはできません

な、何でだこいつとお前は

工藤父が、オレと美智を見る

子細は今は申し上げられませんわたくしは、この方と正式な婚姻はいたしませんしかしわたくしの生涯はすでに、この方に捧げております

オレの他の女たちを気遣ってくれている

オレとの正式な結婚は、望んでいないと

そして父親に晴れ姿を見せられないことを侘びている

お前には驚かされっぱなしだな

工藤父は言った

何が何だか、全然よく判らんがお前の覚悟だけは、判った

お前はもうオレの手から離れたということなんだな

大切にしますっ大切にしますからっ

お嬢さんをオレに下さいという言葉が喉まで出かかったが

それを言うのは場違いだと思った

美智は、すでに自分の意志でオレの女になっている

今更、父親の許しを乞うことは美智の覚悟を汚すことになる

一生泣かせませんから美智をオレ

そんな言葉だけが、口から出た

泣きませんわたくし

泣きませんからご主人様は、どうぞご自由になさって下さい

わたくしは、いつも勝手にご主人様のお側におりますどんなことがあっても離れませんからわたくしのことは気になさらずに、ご主人様はご自身の道をお進み下さい

美智の言葉に工藤父は

そうかそいつはお前にとって、人生の伴侶じゃないんだな

はいこの方は、わたくしの主です一生お仕えすべきお方です

ミッチィくんの心は判ったよ主とは、結婚できないもんな

ご主人様は、わたくしを可愛がって下さっていますそれだけでわたくしは、充分です

美智の発想はどこまでも武人なんだ

主には仕えるもの絶対に対等な関係になっては、いけない

だからオレの女にはなっても、妻にはなれない

大切にしてやってくれいい加減なことをしたら、オレがお前をブッ殺す

その前にわたくしが父上を倒します

美智は、平然と言った

そうかもう、違う家の人間だものな

はい父上であろうと、わたくしたちの家の前に立ち塞がる者には容赦致しません

お別れでございます父上

美智は父と決別する

オレと黒森の家族としての道を進むために

工藤さん最後に、美智を抱き締めてやって下さい

えおい

美智もお父さんに抱き締めてもらえ

美智が、オレを見て

工藤父の前に身を寄せる美智

工藤父が、ギュッと美智を抱き締める

大きくなったなあ、ミッチィくん

わたくしは小柄です

赤ちゃんの時はあんなに小さかったのに

そんな前と比べられても困ります

お前が居てくれて、幸せだったよ美智

美智と工藤父は心の仮面を外す

ごめんなさいわたくし

オレこそ、ゴメンずっと親父にお前を預けっぱなしで、ろくに遊んでもやらなかった

わたくしは工藤流を通じて、お父さんとはずっと近しい気持ちになっていました

幼い頃から美智は家庭が貧しかったから、祖父の家に預けられていた

祖父の元で工藤流を必死で学んだのは

それが父との絆になると信じていたから

ちくしょう今じゃあ、お前の方が工藤流ではオレより上だとはな

お父さんだって、お祖父様のご指導を受ければ

この年で今更親父に頭を下げられるかいいさ、オレは邪道な工藤流で正当な武術は、お前が継承してくれればいい

いいんだ幸せになれよ、美智

もう幸せです、わたくしわたくし、今、人生の中で一番幸せなんです愛しています愛されています守るべき主が、家族が、仲間がいます

そうかうん

工藤父は、美智から身体を離す

一番下の娘が、一番先に親離れするとはなぁまだ15歳だろでも、仕方ねぇか年齢じゃねぇもんな、人生を決めるのはオレだって、そうだったもんなぁ

それから、オレとマルゴさんたちを見て

娘をよろしくお願い致します

深々と、頭を下げる

オレも頭を下げた

それ以上の言葉は出て来なかった

じゃあな気を付けろよこのホテルの中は、戦場だからな

父上もお気を付けて

父娘は、再び武人としての仮面を被る

そうだこのホテルには、悦子も来ているぞ

美智の母親が

劇場の警備から、ホテルの警備に移ったのか

ということは山岡部長の指示だな

あいつはオレと違って物分かりが悪いぞ

うんあの母親は、美智の自立を認めないだろう

はいママ上様には、ご理解いただけるとは思っていません

ママ上様はサラリーマンであって、武人ではございませんから

自分の母を、そう評する

とにかく気を付けろ

はい、ありがとうございます父上もご武運を

うんじゃあな

そして父娘は別れていく

父は、下階へ侵攻勢力の撃退へ

娘は、上階へ裏切り者の特定と、殲滅へ

何ですご主人様

手を繋いで歩こうか

オレは、そう提案した

申し訳ありませんが片手を繋いでいると、敵に急襲された時に対応が遅れます

オレたちの集団の先鋒として美智は答えた

そっかそうだよな

ですからわたくしの制服の端を

端っこを握っていて下さい

頬を赤らめて美智は言った

服の端の方を軽く握っているだけなら、何かあった時にはオレを振り払って対応することもできる

オレは、美智の制服の背中側をちょこんと掴む

美智が、笑った

嬉しいんですほんのちょっとだけ、ご主人様と接触しているだけでも、わたくし

この小柄な、武人美少女はどこまで可愛くなるんだろう

ほらほら、緊張感を持って行くよっ

後ろから寧さんが、オレたちに言った

そのまま、オレたちは廊下を抜け階段を昇る

そのまま何のトラブルも無く、香月グループの重役たちと私塾の連中が避難しているフロアに到着した

えっとねここの部屋のはずなんだけれど

寧さんがコンピューターのパッドを見て、確認する

フォーメーションを変えましょうわたくしが正面に立つわ

香月グループの人たちと対するにはジッちゃんの専任警護人として顔の知られている関さんが前面に立った方が良い

フォーメーション変更

先頭が関さん次が麗華ほぼツー・トップな感じ

次が、オレと美智

その後ろに寧さんと雪乃

殿《しんがり》がマルゴさん

関さんが、部屋のドアをノックする

ガチャッと、ドアが開いた

覗き穴から、関さんの顔を確認したらしい

どうなさったんです関さん

顔を出したのは美智の母の工藤悦子だった

この部屋の警備を担当しているのか

閣下の勅命で参りました

関さんは、それだけ答えた

重役の皆さんはこちらのお部屋にいらっしゃるのですね

はい、そうですがあら、美智どうしたのよ、あなた

工藤悦子は、関さんの後ろに続くメンバーの中に自分の娘の姿を見て驚く

とにかく、部屋の中へ入れていただけませんか

関さんの言葉に、工藤母は

あ、申し訳ございませんどうぞ

工藤母は、年齢が関さんよりも遥かに上だし香月セキュリティ・サービスでの勤務も、関さんや麗華より長いはずだ

なのに関さんに敬語で喋るってことは

トップ・エリートでジッちゃんの専任警護人という地位は、特別なものなのだろう

その部屋は最初にジッちゃんに通されたのと同じ作りになっていた

二間続きの会議室だ

奥の部屋は、30人ぐらいが会議できそうな広い部屋になっているんだろう

避難している人たちは、そこに集められているはずだ

どうした何が来たんだ

この声は

香月セキュリティ・サービス警備部の山岡部長

わたくしです、山岡部長

関さんが、山岡部長に告げる

閣下の勅命でいらしたそうです

工藤母が、上司に報告する

勅命どういうことです

山岡部長は、ジロジロとオレたちを見る

関さんと麗華はともかく

他の面子は異常過ぎる

オレと寧さんと雪乃は高校生だし美智は中学生だ

しかも、山岡部長はオレたちが黒い森であることを知っている

あなたに説明する義務はありません奥の部屋に通して下さい

関さんは最初に会った頃の慇懃無礼さで、山岡部長に言った

そうか、若い女性が組織の中で年長者とやり合うためにはこういう強気な態度が必要なんだ

私は警備部の部長だぞ

山岡部長は、突っぱねるが

ええなぜ警備の責任者が、こんな場所にいらっしゃるのですあなたは、現場で陣頭指揮を執られる立場なのではございませんか

関さんが山岡部長に笑って言う

ああ襲撃して来た敵との交戦は、工藤さんの警護課が担当になられたので、山岡部長はお暇なんですね

関さんの毒のある言葉に山岡部長は、グッと耐える

いいですね、警備部の方たちは普段は華やかですが、本当の緊急事態になった場合は退避ですものねいつもあなたたちの尻ぬぐいをさせられる、警護課の人たちは可哀想ですわね

わ、我々だって一生懸命やっているんですっ

一生懸命やってこれですか

関さんは、山岡部長を追い詰める

敵は大型バス3台に分乗して突入してきましたホテル入り口での検問は、警備部の仕事では無かったのですか

検問していた制服組の警備員はどうなりました全員、敵の銃撃で死亡しましたか何の抵抗もしないまま、敵の侵入を許すことなどありえないと思いますが

関さんの問いに山岡部長は

不明です

不明

ホテルの周囲で検問していた警備員とは全員、連絡が取れません行方不明です

何だよそれ

わたくしと藤宮さんは瑠璃子様とみすず様を劇場からこのホテルに移送する途中香月セキュリティ・サービスの制服を着た警備員に襲われました

報告は受けています

恐縮する山岡部長

敵の襲来後警備部の制服組は、全員、ホテルから撤退させたのですね

はい閣下のご命令で、谷沢チーフが地下駐車場より、外へ退避させたそうです

制服組の中には、どれだけ敵が混じっているか判らないですものね今、このホテルの中にいらっしゃる警備部の方は

私と彼女を含めて管理職の人間が数名残っているだけです

口惜しそうに山岡部長は言った

部下がいなくなれば警備責任者としての仕事もなくなる

制服警備員の長である山岡部長のメンツは丸潰れなんだな

私は閣下に進退伺いを提出するべきなんでしょうね

そんなことは敵を全て撃退してから考えて下さい

関さんは、厳しい口調で言った

今もなお、工藤さんの配下の方々は闘っていらっしゃるのですよ

わたくしたちが、閣下の勅命でここに来たのもこれ以上敵の跳梁を許さないためです

関さんははっきりと、そう言った

一昨日、夕方に綺麗な虹を見ました

東京では、あちこちで見られたらしいです

完全な半円のアーチになった虹を見たのは、生まれて初めてでした

思わず、オーバー・ザ・レインボーを口笛で吹いてしまいました

何かよいことの兆候かと思ったのですが

その夜、交通事故の現場に出くわして、血まみれになった人を見ました

そういや虹は必ずしも良いことの兆候では無かったんでしたっけ

300.大人たちと

さて重役の皆さんに、お目に掛かりたいのですが

関さんは山岡部長を急かす

あの彼らも一緒にですか

山岡部長がオレたちを見る

勅命です山岡さんあなたも、香月セキュリティ・サービスの管理職なら、この言葉の意味はよくご存じだと思いますが

嘲りの眼で関さんは山岡部長を見る

判りましたおい、この人たちを中へ入れてやれ

山岡部長は、奥の部屋のドアの前で警護している紺スーツの巨漢2人に命じた

あのそれで、閣下は今どちらにいらっしゃるのです

恐縮して、山岡部長は関さんに尋ねる

教えられませんわ

私は警備部の部長です最重要警護対象者である閣下の現在地を知らないことには

ジッちゃんの居場所が判らないから山岡部長は、ジッちゃんよりも重要度の低い重役たちの警備をしているんだ

自主的に

襲撃者との戦闘は、工藤父たちがやっているし

そもそもホテル内に残った山岡部長の配下の警備員の数では、銃を持った敵との交戦は不可能だ

となれば、ジッちゃんの身辺を固めるぐらいしか、山岡部長にはできない

というかこの状況で、ジッちゃんの警護ができなくては、警備部長としてのメンツが立たない

なのに山岡部長には、ジッちゃんの所在地が知らされていない

仕方無いので山岡部長は、次善策として香月グループの重役たちの警護を自主的にしているのだろう

あなたには、教えられません

関さんは、キッパリと言った

私には教えられないと

少し興奮気味に、山岡部長は言う

あなただけではありませんから、ご安心ください工藤さんも、ご存じないですよ谷沢チーフはご存じだと思います閣下は、大徳さんと張本さんの警護で安全な場所に退避なさっています

関さんは、嘘を言う

地下の緊急避難室にジッちゃんの専任警護人の2人の男性はいない

しかし、ジッちゃんがその2人に護られていると知れば、取りあえず安心できるはずだ

普通の人間なら

あなたたちは、閣下の警護を専任警護人の方たちだけで独占しようというのですか

その山岡部長の言葉に関さんは

ハァと鼻で笑う

そういうお考えだから、あなたは信頼していただけないんですよ

全ては閣下のお考えですわたくしたち専任警護人は、常に閣下のご意志に従って行動していますあなた、本当に何も判っていらっしゃらないみたいですね

関さんが、山岡部長を睨む

山岡さんあなたは非常に考えの浅い方だし、無駄なお喋りがお好きの様ですそれに人の本質を洞察する眼にも欠けていらっしゃるみたいですねだから、警備部長ぐらいの軽い役職しか与えていただけないんでしょうね

山岡の表情が、強ばる

警備部をバカにするのか、あなたは

ご冗談をわたくしが小馬鹿にしているのは、あなただけです

小娘が

怒った山岡部長が、関さんに掴み掛かろうとするが

その瞬間に、関さんが高速で動く

フハッ

山岡部長の身体は空中をくるりと廻って

そのままドスッッンッ

強く、床に叩き付けられる

き、貴様ぁッ

起き上がろうとする山岡部長の眼前に麗華の撲殺ステッキがドスッと突き刺さった

特殊金属の石突きがカーペットを破って、コンクリートの床に突き刺さっている

マルゴさんは、寧さんを

美智は、オレを護っていた

雪乃は放っておかれている

あなた、今の見ていたわよね

関さんは、工藤母に言った

そこのあなたたちも

奥のドアをガードしている、2人の巨漢にも関さんは尋ねる

み、見ておりました

工藤母は呆気に取られて、答えられなかったが

山岡部長の部下の2人は、関さんに答えた

先に手を出したのは、山岡部長で今のは、わたくしの正当防衛よね

そ、そうだと思います

巨漢たちは、山岡部長の眼を気にしながら答えた

思いますでは困るわ後で、報告書を廻すから、サインして頂戴ね

関さんは、クールに言った

山岡部長が、関さんを見上げる

報告書だと

わたくしは、香月セキュリティ・サービスの人間ですけれど専任警護人である以上、社内の命令系統からは外れています直属の上司である谷沢チーフの命令よりも、閣下の勅命を優先することになっていますし事実上、閣下の直属の部下ですわですから香月セキュリティ・サービスの管理職社員であるあなたとトラブルを起こしたことは、閣下に報告する義務が生じます

私を脅迫するつもりか

関さんは、工藤母を見る

この頭の回転の鈍い人に、教えてあげて下さいませんかわたくし、もう相手をするのは嫌です

工藤母は情け無さそうな顔で、山岡部長を見て

関さんには、山岡部長を脅迫する理由も、メリットも無いわ

しかしこの小娘は今、この一件を閣下に報告すると言ったぞ閣下に、私のことを悪く吹聴するつもりなんだきっと

違いますわ

工藤母は、言う

関さんが報告しなければならないのは山岡部長とのトラブルを、あたしやこの部屋に居る人に見られたからです目撃者がいる以上は、きちんと閣下の裁定を仰がなければなりませんから

こんなことで、警備部と専任警護人の間にわだかまりを作るわけにはいかないじゃありませんかっそんなことも判らないの、あなたは

工藤母の言葉に、山岡部長は黙り込む

すみませんこの人、普段はこんなでは無いんです今日は、劇場以来失敗続きで閣下の信頼を損ねて見限られてしまったのでは無いかと感じて 、少しイライラして、気が立っていたんです申し訳ございません本当に申し訳ございません

工藤母が山岡部長のために、頭を下げる

山岡部長は、最初から考え違いをなさっていますわ

関さんが、言った

そもそも閣下は山岡部長には、最初から期待なさっておられません

その言葉に山岡部長は、深いショックを受ける

山岡部長に、閣下に信頼されるだけの能力がお有りならとっくの昔にトップ・エリートに選出されていますトップ・エリートだけが、香月セキュリティ・サービスの本当の仕事をする人間ですから

関さんは穏やかに言った

優秀な戦闘能力と、専門的な知識、素早い判断力を有しているだけでなく閣下の信頼に足る人間でなくては、トップ・エリートにはなれません谷沢チーフの推薦を受け、閣下自らの審査を受けて人間としての品格を認められなければ

人間としての品格

わたくしたちも人間ですからお金も欲しいですし、欲もありますしかし、だからといってわたくしたちは、主を裏切ったりは致しませんもし、わたくしが閣下の敵に廻ろうと思ったらまず、閣下にその旨を報告し、主従関係を破棄する許可をいただきますそのプロセスが済むまではわたくしは決して閣下を闇討ちしたりなどしませんし、閣下も何も言わずにわたくしを処分なさったりはしません

うん主従の信頼

それは、金銭とか、地位とか名誉で保たれているのでは無い

お互いにお互いの心を信頼しているから

品の無い、下衆な人間では裏切られるかもしれないけれど

そういう人間では無いと判っているから

だから信じられる絆がある

閣下は最初から、私のことを信用なさっていない

そうでしょうね信用なさっておられたら、山岡部長の今夜の失態について、直接、お叱りの言葉があるはずです閣下から何かお話はありましたか

ありません閣下だけでなく、谷沢チーフからも

もっとも今は、山岡部長を叱るための時間を取るのは難しいのかもしれないですわね何しろ敵の襲撃中の非常事態ですからみなさん、とてもお忙しいですものね

関さんは、皮肉っぽく笑う

その非常事態に現場から外される警備部って

そ、それでは私たちは警備部とは、何なのです閣下にとって

悲痛な叫びを上げる山岡部長

警備部は安全な時にこそ、必要なものです強そうな制服姿の警備員が並んで居るだけで、犯罪行為を諦めさせるのが、その存在意義の全てですですから、そこそこの格闘能力があって、制服の似合う体格の良い人間ならば誰でも構いません上司の命令を理解するだけの知能と、無闇に犯罪に走らない性質は必要でしょうが

関さんは、説明する

しかし警備員による厚い人壁を見ても、犯罪を諦めないような人間むしろ、その裏を掻いてやろうとするような極悪人には、わたくしたちトップ・エリートが立ち向かわなければなりませんわたくしたちは、ありとあらゆる方法で合法、非合法に関わらず、そういう悪人と闘い滅ぼします閣下より、それを可能とするだけの数々の権限を与えられる以上、戦闘力と同じくらい品格を重視されるのです

人としての品格

一応、お伝えしておきますが工藤さんも、閣下のトップ・エリートの1人ですよ工藤さんご本人はそのことを認めておられませんから、香月セキュリティ・サービスの中ではあの様な中途半端な形での在籍となっておられますが閣下は、工藤さんを完全に信頼なさっていますので

工藤父は警護課のトップっていうことになっているけれど

書類上は、香月セキュリティ・サービスとは別の会社である工藤探偵事務所の人間で、業務提携で出向しているということになっている

香月セキュリティ・サービスの正社員になることを、自ら拒んで

さてもう、よろしいですわねわたくしたちは、中に入りますよ

山岡部長は

私は私は今後、どうしたら良いのでしょうか

そんなことは私の知ったことではありません大人の男性なら、自分でお考えになって下さい

うなだれる部長に工藤母が、寄り添おうとする

こんな状態でもまだ工藤母は、山岡部長に気があるんだ

しばらく、放っておいてくれ

そんな工藤母を、山岡部長は拒絶する

君には私のみっともない所を、これ以上は見て欲しくない

つくづく、身勝手な男なんだな

こんな男だから、夫と子供のいる女性に手を出した

そしてそんな男にフラフラしてしまったのが、工藤母という女

美智がオレの眼を見て囁く

自分の母親のみっともないところって見るのは辛いよな

オレにも覚えがある

美智の小ぶりなお尻を触る

あふっご主人様

思い出せ、美智はもう全部オレのものだ

はいそうでございました

美智の眼から、戸惑いが消える

な、何だね何かあったのかね

隣の部屋に入った途端、スーツ姿のオッサンの1人がオレたちに言った

うん、この何でも食い付いてくる感じは

角田の親父だな

オレたちは、ゾロゾロと部屋に入っていく

最初にジッちゃんと会った会議室よりも、少し広い

ブロンズ像の彫刻が大理石の上に乗っていたりするしちょっと豪華な部屋だ

木の机が幾つか並んで居る

あれ山岡部長に1人にしてくれと言われた工藤母も、オレたちにくっついてこっちの部屋にやって来ている

関さんが、颯爽と宣言する

閣下はご無事なのかっ

これは香月操と昴と一緒にいるから、兄弟の父親だろう

この中では、ジッちゃんに一番近い血筋のはずだ

はい、現在は別室で退避していただいております

閣下にお会いしたいいや、電話でもいいとにかく閣下と連絡を取りたいのだが

そう言ったのは、夏木惇の父親だった

なるほど集団内の人間関係や、順列、役割が子供たちと同じだ

それはできません

関さんは強く言った

香月操の父が、尋ねる

ここからは、オレにやれって言うのか

まあそうだな

ジッちゃんは、オレにそう命じたんだし

あの、皆さんの中に裏切り者がいるみたいなんです

オレは、穏やかに言った

だから裏切り者の人を排除しないまま、香月さんに会わせるわけにはいきませんし香月さんの現在位置も教えられません裏切り者が、敵に知らせる可能性がありますから

オレの言葉に一堂はどよめく

バカなこと言うな

私たちの中に裏切り者がいるはずなんて無いだろう

そもそも誰なんだ、お前は

子供の相手をする気は無い早く、閣下に取り次いでくれ

一気に騒ぐのはやっぱり、プリンス派の親父たちだな

新興グループの親父たちは、様子見をして黙り込んでいる

プリンス派は親同士、子供同士で、ざわざわ勝手に話を始めて

このままでは、ラチがあかないな

麗華あそこのブロンズ像、ブッ壊してくんない

オレは麗華に、言った

何か一発ガツンと決めて、この人たちの度肝を抜いてやらないと

権威を笠に着るやつらには現実的な力で圧倒するしかない

ご主人様それには、及びません

スッと美智が、オレに近寄る

あの像は美術品ですその様な目的で破壊するべきものではございません

それに、麗華お姉様よりもわたくしの方が強い衝撃を、皆様に与えることができます

確かに麗華は、香月セキュリティ・サービスの人間だから

撲殺ステッキの威力を知っている人もいるだろう

どうか、わたくしにお任せ下さい

美智は真剣な眼で、オレを見る

何か考えがあるのか

オレは、美智に託すことにした

いざ

ススッと、美智が前に出る

小柄な愛らしい美少女の接近を重役たちは、気に留めない

ハァっ

瞬間、シュバッと風が巻き起こるッ

美智が、スカートの下に隠した赤いムチを引き放つッッ

ビシュッ

重役たちの前にあった木の机がバラバラに吹き飛ぶッ

シュバビュッ

空中に舞った机の破片を、さらにムチの先端が砕いていく

ズッ、シュバッ

グワッ、シュバッ

さらに細かく破片を弾いていくムチ

ハィィィッッ

美智のムチが、徹底的に机を破壊していく

重役たちも、私塾の連中も

あまりの破壊力に、呆然となっている

シュビュビュン

美智は、ムチを止めてスッと顔を上げる

呆然としている男たちに小さな美少女中学生は言った

黒森の家で、最も冷酷にして残忍と言われている女美智です

工藤母が、娘の変貌に驚いていた

時間がもったいありません裏切り者は名乗り出て下さい十数える間に、名乗り出なかった場合は

あなたたち全員を殺します

父はまた、自分が何処にいるのか判らなくなっていました

ここの病院の位置、判る

恵比寿か

全然違う

別の病院と間違えているらしい

毎日、説明しているのに

何か、楽しいことでも起きないかな

最近ちょっと、げっそりすることばかりで

301.裏切り者を探せ

ちょちょっと、待てよ

角田父が、そう言うが

残念ですが時間がございません早急に裏切り者を始末しなければ、現在ホテルの中にいる全員に危険が及びます

美智は鋭い目で、重役たちを見据える

美智の言葉に、関さんが慌てて補足をする

香月セキュリティ・サービスの制服警備員の中に敵が紛れ込んでいましたまた、こちらの情報が敵に筒抜けになっており、検問は勝手に解除され、ホテルの敷地内への敵の侵攻を簡単に許してしまっていますこれは重役の皆様の中に、裏切り者がいるかとしか思えません

お互いの顔を見合う重役たち

私塾の青年たちも、ざわめく

しかし私は、非合法組織や犯罪組織に、知り合いはいないぞ

香月操と昴の父親が、叫ぶ

今、襲って来ている連中は一体全体、何者なんだ閣下は、シザーリオ・ヴァイオラとか言っていたが

夏木父の問いに、関さんは答える

敵のボスは、アメリカの犯罪組織のシザーリオ・ヴァイオラという人間ですしかし、敵勢力の大半はロシアの極東地区のチンピラのようです新潟港から来日してきたことまでは判明しています

ロシアにコネがあって、新潟に地盤があるのは香月昇様では

発言したのは、プリンス派の大張父だった

ホント親も子も、プリンス派は遠慮無くポンポンと発言をする

一方、事態が見えてくるまでは、ジッと黙って様子を見ているのが新興グループの特色らしい

そう言えば昇様は、来ていらっしゃらないですね

角田父が言った

香月家の分家ながらプリンス派ではなく、新興グループに属しているのが香月昇だ

息子の香月健思は、この場に来ているが

父親の昇の方は、何の連絡もなくジッちゃんの呼び出しを無視したままで居る

ならば、裏切り者は昇くんだろう

不快そうに、香月操の父が言った

いや、閣下の緊急招集を無視しているのは昇様だけではありません

司馬さんも来ていらっしゃらないじゃないですか

新興グループの中で一番勢力があり香月グループからの独立も考えているという敏腕役員の司馬沖達は、中国への出張の帰りで羽田空港を出たという連絡を最後に消息を絶っている

やっぱり、怪しいのは今ここにいない人間でしょう私は、そう思いますがね

角田は強く、主張する

あのえっと、閣下はこう仰っていました

閣下の言葉ということで重役たちの眼が、オレに集中する

ロシア人を使ったり、わざわざ新潟港から入国した証拠を残したりしているのはちょっと、出来すぎている香月昇さんを陥れるための罠なんじゃないかって

私も、そう思います昇さんは、こういう破壊的なことをなさる様なお方ではありません

そう言ったのは

ええっと、新興グループの高木風太の父か

高木風太は、私塾の中で全然喋ったりしていないから父親の方の性格も、立場もよく判らない

むしろこのまま裏切り者と一緒にいると、他の重役や私塾の方たちが危険なんではないかと、ジッちゃんいえ、閣下はとても心配していらっしゃいました

どうして危険なんだ

夏木父が、オレに尋ねる

他の重役たちも、ポカンとしている

想像力ってものがないのか、この人たちには

ですからその裏切り者が、この場に敵を招き入れて、自分以外の重役を皆殺しにさせたらどうなります自分だけはかすり傷で、何とか助かったことにすれば

自動的に、生き残った裏切り者が香月グループの運営を取り仕切ることになる

ふんとても面白い想像だが、私はこの中にはそんな大それたことを考えている人間はいないと思うね私たちは、それぞれ異なった意見の持ち主だが閣下を敬愛し、香月グループを愛しているそんな欲望に身を任すような愚か者はいないよ

香月操の父は、そう言うが

それはきちんとした事実ではなくあなたの勝手な想像でしょう

論理的な推察だよ今までの私の経験に基づく疑わしきは罰せずと、昔から言うだろうなあ

自信満々に、香月操の父は言う

ああ、思い上がりでバカなのも父親譲りだったんだ

その通りでございます

お追従するのはやっぱり、角田父か

シュビビンッ

美智のムチが、激しく床を叩く

もう時間がございません、ご主人様こんな方々は、さっさと始末を付けてしまいましょう

って、お前、まさか

皆様激しい痛みを体感すると、ショックで気絶するということをご存じですか

シュバルルンッ

再び、美智のムチが鳴る

まさか、君そのムチで

恐る恐る尋ねる夏木父に、美智は言った

はいこのまま全員、激痛で気絶していただきますそうすれば、どなたが裏切り者であったとしても今後、敵と連携してわたくしたちを悩ませることはできなくなるわけですから

シュシュシュババッ

赤いムチが、空気を裂く

一応、お伝えしておきますが心臓の弱い方ですと、ショック死なさる場合もありますまた、当たり所が悪ければ神経や血流の流れを阻害して、障害が残ることもございますのでご了承下さい

美智の冷たい眼が、重役たちを射貫いていく

おい、ちょっと君

皆様も香月グループの重役ならば、お覚悟を決めて下さい

美智は、ムチを構えてじりじりと重役たちの方へ近付いていく

せ、関くん止めてくれ

重役の1人が、関さんに声を掛ける

そうだ、君は香月セキュリティ・サービスの人間だろう私たちを護る義務があるはずだ

残念ですわわたくしは、閣下の専任警護人ですしこの件に関しての処理について、閣下は全て、こちらの方にお任せになられましたからわたくしには、どうすることもできません

そう言って、オレを見る

こ、こんな子供に

はい閣下の勅命を受けたのは、この方でございますから

一堂の注目が、オレに集まる

おい、君その子を止めろ鞭打ちなんて

そんなことをされては、たまらん

そうだとも

重役たちは、口々にオレに言う

だいたい君は誰なんだ閣下とは、どういう関係なんだ

香月操の父の問いに子供の方の角田が、口を開く

ああ、こいつはですねぇみ

シュババババッ

みすずという言葉が発せられる前に、赤いムチが角田の足下を叩く

痛っぇぇぇぇぇ

ムチの先端で足の甲を叩かれた角田が飛び上がるッ

堅牢で分厚い革靴の表皮が裂けていた

今のはわざと護られている場所を叩きました

美智が、呟く

て、てめぇぇ

あなたは随分口が軽いようですね次は、口を引き裂きます

美智は赤いムチを構える

美智、本気か

ちくしょう、やれるもんならやってみろよっこの野郎

怒った角田が、美智に突進しようとする

部屋中の誰もが2人に集中したその時

ハァァァッ

不意に、美智のムチが斜め横に飛ぶ

美智はムチの方向を見ていない

見ていないのに赤いムチの先端は

確実に、高木風太の父親の腕を、打つッッ

ビシィィッ

うわぁぁッッ

高木風太の父親は、背広の内ポケットに手を入れたまま後ろに引っ繰り返る

動くな

次の瞬間麗華がササッと跳んで、撲殺ステッキを高木父に突き付ける

ゆっくり、ポケットの中の物を出しなさい

麗華の厳しい視線に高木父は、ポケットから手を引き出す

手に握られていたのは携帯電話だった

ちょっと、携帯を取り出そうとしただけじゃないか

そういう高木父に麗華は

部屋の中の人たちが、全員、あの子たちに注目した瞬間に

美智も口を開く

他の方たちの気は、全てわたくしに向かっていましたなのに、あなたの気だけは他のことに向かっていた

人間の気を察知する美智の能力は凄い

角田(子)と対峙する振りをしながら美智の心は、ずっと重役たちの気の方向を探っていたのだろう

関さんが、高木父の携帯電話を引き剥がす

画面を見て

ポケットの中で、画面を見ずにメールを打っていたみたいねきんきゅうじたいきゅうえんたのむ漢字に変換しようにも候補が読めないから、ひらがなだけで打っていたんだわ

送信先は

麗華の問いに、関さんは

ミスターとしか書いていないわ電話してみれば、すぐに判るでしょうけれど

まさかシザーリオ・ヴァイオラと直通なのか

いずれにせよ高木さん、あなたが裏切り者だったのね

関さんの言葉に高木父は、うな垂れる

高木さんが

いや、しかし

メールの文章が本当なら間違いないだろう

重役たちは、ざわざわとなる

父のすぐ後ろで、息子もガックリと肩を落としていた

確かに、高木父は新興グループの所属なのに、オレたちとの会話に絡んでこようとしたし

変な兆候はあった

そうかこいつだったのか

ジッちゃんも言ってたもんな

裏切り者は新興グループの中にいるだろうって

もちろん気絶なんかさせてあげませんからね高木さんには、別室で尋問を受けていただきます

ヴァイオラとの繋がりを何とか聞き出したい

とにかく、他の重役の方とは離れて貰います工藤さん

関さんは、美智でなく母親の方を見る

工藤母は、すっかり気が動転しているようだ

谷沢チーフと連絡を取って、尋問用の部屋を一つ用意して下さるように言って下さらないかしらこのフロアでは無い部屋よそれから重役の方たちも、この部屋から移送した方がいいわねこの部屋の位置は、すでに敵に特定されているでしょうから

工藤母は、慌てて壁のインターフォンを取る

谷沢チーフとは、ホテルの業務用の回線で連絡を取り合っているらしい

その間に、麗華が高木父を引き起こす

逃げたら手足を一本ずつ、破砕していきますいいですね

撲殺ステッキを床にドンと突いて麗華は、高木父を牽制した

あの僕も、父と一緒に行ってもいいですか

高木風太が、関さんに言った

僕はもう他の皆さんとは一緒にいられませんから

父親が裏切り者なら自分も、もう私塾にはいられない

そう判断したらしい

そうねあなたも、一緒にいらっしゃい

さてとりあえず、この部屋での任務は終了ね

関さんが、オレに微笑みかける

美智が、うんとオレに頷く

麗華も、ニコッとオレに微笑んだ

何か、釈然としない

心がまだワサワサしている

オレの反応に、不安になったのか関さんが、オレを覗き込む

いえ何か、気持ち悪くて

美智が、オレの言葉に再び室内の気を測る

麗華も、高木父を捕まえたまま重役たちの顔を見る

何がスッキリしないんだい

振り返るとマルゴさんと寧さんが、オレを見てにっこり笑っていた

2人とも、何かに気付いている

足りない気がするんです

ふぅん何が足りないんだい

それが判らないんですよ

オレは、マルゴさんに答えた

どうしてだか判らないんですけれど何か、まだ解決していないような気がするんです大きく何かを見落としている様な

まあ、そうやって勘が働いてくるようになっただけヨッちゃんも、進歩したってことだよっ

明るく寧さんが、微笑む

やっぱり見落としがあるんだ

えっ、嘘あんた、こんな簡単なことも気付かないの

オレたちの一番後ろに居た雪乃が、オレの困り顔を見て笑った

ああ、教えてくれよ

オレがそう言うと雪乃は

いつから、裏切り者は1人きりだと思い込んでいた

裏切り者が複数居るっていう可能性もあるんだ

しょうがないよ香月さんはわざと君に、そう思い込むように仕向けていたから

でももう一度、よく考えてご覧今日、君は香月さんを通して、色んなことを見て来たよね

香月家のこと

私塾のこと

白坂家の中のこと

そういうものを見て得てきたことを使って改めて、考えてご覧よ

何を考えるんです

裏切り者の目的さ

目的

裏切り者は最終的に何を狙っていると思う香月さんを殺そうとしていると思う

思いません裏切り者が重役の中にいるなら、谷沢チーフや専任警護人のガードの固さは判っているでしょうしそれに

それになんだい

マルゴさんは、楽しそうに笑っていた

今、すぐにトップが死んだら香月グループの屋台骨が崩れます

みすずや瑠璃子さんを狙ってはきたけれど

今まで、ジッちゃんを直接狙った攻撃は一つも無い

だったら裏切り者の狙いは、何

自分以外の後継者候補を全て殺すこと

そんな考えがオレの中に湧いて来る

ジッちゃん以外の重役たちはジッちゃんほど護られていない

重役たちだけなら殺そうと思えば、殺せる

そして、1人だけ生き残ったら

晴れて、ジッちゃんから香月グループのトップの座を引き継げばいい

正当に地位を受け継ぐためにジッちゃんは要る

つまり裏切り者のターゲットは

自分以外の重役とジッちゃんの血を継ぐ、瑠璃子とみすずと2人の両親それから、私塾の中の香月姓の連中

自分以外に、香月グループのトップに付く可能性のある人間は、この際まとめて全部始末してしまいたいと思っているはずだ

さてそういう大それたことをさ、そこに居る高木さんが1人で考えて、何から何まで行動していると思うっ

寧さんの言葉に、オレはハッとする

違和感の原因が判った

この高木風太の父親にはシザーリオ・ヴァイオラと契約してまで、香月家を乗っ取ろうとするような気概が見えない

とにかく小者っぽい

自分の意志で計画し行動するタイプでなく誰かの命令で動くタイプだ

あのさあたし気付いたことがあるんだけれど、言ってもいい

ああ、何でも言ってくれ何でもウェルカムだ

オレの言葉に、雪乃は

あたし、さっきからずっと少し離れて俯瞰して、この人たちを見ていたんだけどさこの人たちって、基本的には子供たちと同じグループ割りなわけじゃない

そうだ、雪乃は

ドアの近くから、ずっと部屋の中の人間の様子を見つめていた

なのにささっきから、時々、そのオジサンがそっちのオジサンに目配せするんだよね変な、アイコンタクトをしているのよ違うグループのくせに

雪乃が指差した2人の人物

1人は、すでに裏切り者であることが発覚している高木父新興グループに属している

そして、もう1人はプリンス派の角田父だった

角田、お前

ち、違います私が、香月家に弓を引く様なことをするはずがないですよねぇ

角田父は、必死で疑いを誤魔化そうとする

角田さんあなたの携帯を貸して下さい

通信履歴とアドレスを見ます今、高木さんがメールを送信しようとしたミスターという人物と同じものは無いかどうか確認します

ギョッとする角田

あるんだな

同じ送信先が

というかミスターという人物を知っている

ってことは

オレの中で幾つもの線が、繋がる

角田だって人に使われる方の人間だ

全ての支配者になろうとするような強い意志は無い

裏切り者のボスは、別に居る

オレの中で、一つの結論が閃く

ジッちゃん、言ってたっけ組織の上に立とうとする様な人間は、自分で手を汚さないって

オレの顔を関さんが見て、尋ねる

裏切り者のボスはわざわざ、ここに来たりはしないってことですよ何もかも、手下にやらせて、自分は安全な場所にいようとする

すなわち

高木父と角田にこの場を任せて自分は欠席している人物

裏切り者のボスは香月昇です

しかし、白坂創介といい、シザーリオ・ヴァイオラといい、香月昇といい中ボスが、姿を現さない不思議な作品になっています

白坂創介なんて、今はどこにいるのやら

えっといつの間にか300話を越えました

最初の数話は同じ日に投降しているので

300日経ったわけでは無いのですが

ほぼ300日、禁酒しているんですね私

この作品が完結したら、飲んだくれる予定なんですけれど

いつになることやら

最初の予定では、一月ぐらいの連載のつもりだったんですけどねぇ

どうなることやら

いや、とにかく絶対に完結はさせます

302.裏の裏

どうして、香月昇が裏切り者のボスだって思うんだい

オレは重役たちを見廻す

やはり香月家みたいな歴史と伝統のある名家を乗っ取ろうとするのは、それなりに覚悟のある人間じゃないと無理だと思うんです

誰かの臣下であることに満足している人間は主家を乗っ取ったりはしない

主の威を借りてナンバー2とか、ナンバー3であることの方が、組織内での生き方としては楽なんだろうから

だからプリンス派の人たちは、基本的に当主を裏切ったりはしません今すでに、香月家の威光を受けて、自分の地位を得ているんですから

そうだプリンス派のリーダーである香月操の父親そのものが、ジッちゃんと血縁があるということだけで威張っている

彼らの栄光は、ジッちゃんなくしてはあり得ない

つまり自分から、トップになる気は全然無い

でもそういうことなら、もう一人の欠席者、司馬沖達氏の方が怪しいんじゃないかな彼なら、トップに成り上がろうという強い意志があると思うけれど

マルゴさんは、そう言うけれど

それは息子さんの司馬アキラさんを見て、違うと思いました

司馬アキラさんには、いつでも香月グループを出て自立するという気概がありましたこれは、お父さんの影響だと思いますつまり、お父さんの司馬沖達さんも香月グループ、そのものに拘りは持っていない犯罪的な行為に手を染めて、無理をしてまで香月グループのトップになろうとは考えないと思います

うんジッちゃんと意見が合わなくなったら、さっさと独立する

別に香月グループを自分の物にしたいとは考えていない

だって香月グループには、香月家の様々な澱みが染みついていますから香月家意外の人間が乗っ取って、上手くいくはずがないんですしがらみだらけの大組織を手にするより小さくても、自分の意志がすんなり通る組織を作った方が良い司馬さんは、そう思っているはずです

つまり香月グループのトップを狙うのは、香月家の人間だけなんです香月の家名がなければ、やっぱりこの大組織を手中におさめることはできないはずです

オレはさっき出会った大阪の白坂博光氏を思い出す

白坂博光氏は、白坂家の新聞社の系列の大阪のテレビ局の代表にまで昇り詰めている

博光氏自身は自分は白坂家の傍系で、父親の代から大阪に住んでいたから、白坂家の影響は無いと言っていたけれど

それでも傍系でも何でも白坂家の一族であったことが、彼の出世の後押しをしていることは間違いない

家名血の繋がりは、やっぱり大きな意味があるんだ

そもそも香月昇氏が、香月家の人間なのにも関わらず新興グループの方に属していたことが、彼の野心を示していると思います

プリンス派は血筋の濃さが全てだ

だからジッちゃんに血縁の近い、香月操の父親が威張っている

同じ香月姓でも香月仁の父親は、香月操に従っている

こちら側に居たのでは香月昇は這い上がり様が無い

改めて、私塾の中での香月昇の息子、香月健思の役割を思い出してみると

彼は、新興グループに属していながら私塾全体の調整役の様な発言をしていたと思う

そうして、自分の存在感を私塾やジッちゃんに対してアピールしていた

まそういうことなんだろうね

論理的に考えて裏切り者の中枢にいるのは、香月昇さんなんだろうね他の人には、こんなことをしでかす理由が無いから

そして香月昇氏は、プリンス派と新興グループの両方に自分の手下になる人物を作っていたんだと思います

すなわち新興グループ内の工作員が、高木風太の父親で

プリンス派の方は、角田の父親を懐柔した

角田なぜ、お前が

香月操の父親が、角田父を責めるが

ああ、その人はさっボスは誰でもいいんだよっ自分にとって都合の良い人ならさっ

香月操の父親はジッちゃんの下にいることを良しとしている

みすずや瑠璃子の代になっても、その傾向はおそらく変わらないだろう

彼は、香月家全体の中でのナンバー2とか3であることに満足している人間だ

それ以下の地位に落ちるのは嫌がるだろうけれどとにかく、名目上だけでもナンバー2か3なら、家内に波風は起こさないだろう

そういう香月操の父親の様な人間に、下にくっついている限りは

角田の父はナンバー2(あるいは3)の側近以上にはなれない

しかし香月昇がクーデターを成功させたら

他の後継者候補を皆殺しにして、ジッちゃんから当主の地位を強奪すれば

その子分である角田の父は、一気に自分自身が組織内のナンバー2になれる

この誘惑に、角田父は負けたんだ

あらゆる可能性から推察してみても香月昇が裏切り者の中枢であることに間違いは無いと思うよ

マルゴさんが、そう断言した

でも閣下は香月昇様がご自分のコネクションのあるロシアや新潟を通じて、敵を引き入れたというのは余りに見え見えでは無いかと仰っていましたそんな証拠が残る様な真似を、わざわざするだろうかと

麗華が、疑問を放つ

それは、そういう風にこちらを考えすぎにさせるためのフェイクなんだと思うよまさかそんな見え見えのことはしないだろうと思わせて疑いの目を反らそうっていうことなんだろ

オレは、そう思う

しかし、マルゴさんは

違うよそれこそ考えすぎだってば

寧さんと二人クスクスと笑い出す

香月昇だってね今がチャンスだと思って、一か八かでやっているんだよだから、自分の使えるものは何でも使う証拠が残ったっていい何でもアリだよ要は、自分以外の勢力を皆殺しにしちゃえばいいんだから

あんまり深いことは考えずに

力で押し切っちまえっていう、タイプなんだ

覚えておいて人間はね、ついつい自分の考えを規準にして物事を考える香月さんは、慎重で何事も計画的にする人でしょだから裏切り者も、そういう深い考えがあって行動していると思ったんだろう

マルゴさんが解説してくれる

いや違うな香月さんは、わざとあたしたちに偏った見方を示して、あたしたちが真実に到達するかどうか試しているんだと思う

ジッちゃんはオレたちを試している

いずれにせよ今回の件は、香月昇にとっても突発的にやっていることのはずなんだ香月昇とシザーリオ・ヴァイオラが、以前から繋がっていたとは思えないもの

確かにヴァイオラの来日が決まったのは、寧さんのファイルが流出してからだ

それにしては香月昇との連携は、余りにも早過ぎる

多分香月昇は、個人的にずっと前からクーデターを企てていて、香月セキュリティ・サービス内に自分の駒を浸透させていたんじゃないかなそこへ、たまたまシザーリオ・ヴァイオラが日本に来るっていう情報が入ってそれで、両者を繋げる人間が誰かしらいて、急遽連動して行動することにしたんだと思うよ

うん香月セキュリティ・サービスの制服警備員の中に不審な人物が紛れ込んでいたのは、ずっと前からのことだ

それは、香月昇の仕込みで彼は以前から、クーデターの準備をしていた

角田父や高木父の懐柔工作も済んでいた

そしてシザーリオ・ヴァイオラの来日によって、香月昇に計画のスタートを踏ん切った

そういうこたなんだろう

香月昇とシザーリオ・ヴァイオラを繋げた人間がいるのですか

関さんの問いに寧さんが、笑って言う

そんなのミス・コーデリアに決まっているじゃないっ

もう一組の白いヴァイオラたちを連れて、突然現れた謎の女性

おそらくシザーリオ・ヴァイオラを統括している上部組織の幹部なんだろうけれど

関さんは、さっきオレたちのエレベーターを待つ間に、ミス・コーデリアのことについて説明されたらしい

それ以上の質問はしなかった

うむなかなかいい推理だな

振り返るとドアの前に、谷沢チーフが居た

オレたちに対して、パチパチと拍手をする

閣下の仰る通りお前たちは、なかなかの逸材なのかもしれないな

ジッちゃんは香月昇が裏切り者であることを、すでに知っていたってこと

知っていてオレたちが同じ推理に到達するかどうか、試しているのか

入れ

谷沢チーフが配下のトップ・エリート警護人らしいメンバーを部屋の中に呼ぶ

角田、高木両人は私の方で引き取ります他の方々は、別の部屋に退避していただきます警護は、警備部でなく私の配下に担当させましょう

谷沢チーフは、そう重役たちに告げた

はぁ、尋問ですかもう夜なのに大変ですな、あんたたちも

溜息を吐いて、角田父が軽口を叩いた

大したことはしませんよちょっとした確認だけですほとんどのことは、すでに判明していますからね

谷沢チーフは、穏やかに言う

箱根の別荘に潜伏している香月昇さんにも、そろそろ私の部下が接触する頃です

ジッちゃんは、最初から全て判っていたんだ

しかし、正直重役会から3人もの裏切り者が出てしまったことは残念ですよ

谷沢チーフが、眼で部下に指示する

二人の警護人が、角田父と高木父を連行しようとする

あ、僕も行きます

息子の高木風太が父に寄り添う

角田は、父の裏切りに呆然としていた

知らなかったんだなこいつ

角田、お前はここに居ろ

香月操が言った

閣下も仰っていたろう子供の頃からの絆は大切だ親父とお前は別個の人間だオレはお前の忠義を疑ったことは無いこれからも側に居ろ角田

プリンス派の青年ボスの言葉に、角田は

操様オレ、オレ

ポロポロと涙を零す

そんな角田の背中を、遊び仲間の香月仁がポンと叩く

うんお前はお前だ

角田父が、香月操に振り返り

申し訳ありません息子を、よろしくお願い致します

スっと頭を下げる

それこそ、お前の心配することではない気にするな

香月操は、角田父にそう言った

谷沢くんこの子は一体、何者なのかね君の部下か関くんや藤宮くんと一緒に居るが

香月操の父が、オレたちを見て尋ねる

まさか私は高校生は雇用致しませんよ

では、何者なんだ

部屋中の眼が、オレたちに集まる

黒森だヨッ

寧さんが、ニッと笑って言った

黒森ってあの黒森か

えっ父上、ご存じなのですか

父親に香月操が尋ねるが

まさか、黒森の娼館ことを息子に話すわけにはいかない

いや、それはお前には、まだ早い

何を仰っているのです、父上

ああ、さすがに香月グループの重役たちは、黒い森のことは知っているらしい

実際に、お屋敷の娼婦を買ったことのある人は何人もいないだろうけれど

しかし、黒森家がなぜ

売春婦の元締めが、こんな場に現れて美智が暴れたり、みんなで推理大会とかしているんだ

香月操の父親の疑問も判る

まあそれは閣下にお尋ね下さい

マルゴさんは、面倒ごとを全てジッちゃんに押しつける

とにかく、急いで避難を高木さんと角田さんの携帯電話から、この部屋の位置情報は、敵に特定されていると思うべきでしょう

関さんが、重役たちを急かす

さあ、こちらに居る者たちの指示に従って移動を始めて下さい後藤、鹿島田、頼むぞ

谷沢チーフの命令で、トップ・エリートの男たちが重役と私塾の青年たちの誘導を始める

やっぱり、白坂雪乃じゃねえか

香月仁が角田を連れて、雪乃の前にやって来る

だから、何よ

ウザッたそうに、雪乃は答えた

今度デートしようぜ良い店を知っているんだ

香月仁は、雪乃を誘うが

嫌よ、あんたたちみたいのタイプじゃないから

雪乃は冷たく、突っぱねる

そうかよところで、お前は判っているんだろうな

香月仁が、オレを見る

お前には、きっちりオトシマエを付けてもらうからな

な、何のことだ

判らないのバカなのあんた、この人たちのお姫様を墜としちゃった色男なのよ何かしら、オトシマエを付けないと許さないって言っているのよ

雪乃が、そう解説してくれた

ヨッちゃんの主催で、パーティでもやってあげればいいのよっ

寧さんが、横からそう言ってくれた

食べ放題で、飲み放題そういうんでいいんでしょ

香月仁は、にやけた顔で

もちろん、お姉さんも来てくれるんだろバニーガールとかの格好でさ

あたしはやんないわよっよっちゃんのオトシマエだものっ

ニヒヒと笑う、寧さん

ヨッちゃんがバニーガールの格好すれば

いや、オレは嫌ですよ

オレらだって、そんなのは見たくねえーよ

じゃあ、男同士の親睦パーティにするのねぇ

男だけのパーティかよ

まあ、いいやとにかく、オトシマエは付けろよ、いいなっ

そう言うと、香月仁は角田を連れて退避の列に並んで行った

でもオレ、パーティ開くような金はありませんよ

あいつら高級な店じゃないと、納得しそうにないし

先生か克っつんにお金を借りてでもやりなさいミィちゃんのためだからねっ

ヨッちゃんが太っ腹なところを見せないと、ミィちゃんが恥ずかしい思いをするってこと

みすずが、香月家の当主を目指すのなら

私塾の連中とは、これからも嫌でも付き合っていかないといけないんだよな

むしろ、私塾の連中には良い臣下になって貰わないといけない

オレのことで、あいつらにわだかまりを残すわけにはいかないんだ

ミィちゃんやルリちゃんにも相談してねっもちろん、あたしたちも相談に乗るけどさっ

あいつらが納得する様な格のお店はみすずたちでないと判らないものな

いや、あいつらの想像以上のもてなしをしないとオレだけでなく、みすずまでが小馬鹿にされてしまう

金なんて問題じゃないな

香月の後継者としての、やらなきゃいけないことだ

重役たちと私塾の連中たちが部屋から出て行くと

谷沢チーフは、オレたちの方へやって来る

大徳さんと張本さんの姿が見えない理由が判りました

関さんが、チーフに言う

ほう二人はどこに居ると思う

瑠璃子様とみすず様のご両親の警護に向かわれたのでしょう

そういうことだ

谷沢チーフは、認めた

香月昇がクーデータを起こしたということはホテルへの攻撃と同時に、瑠璃子様、みすず様のご家族への攻撃も行われるということだからな

後継者候補を全員皆殺しにするためには、同じタイミングで刺客を送り込まないといけない

劇場で、大徳や張本が閣下の警護する姿を見せ付けて置いて敵を油断させたのですね

劇場からそれぞれ秘密裏に、みすずたちの家族の警護に移ったんだな

だから、大徳さんたちの姿は見えなかった

閣下の警護は、君と藤宮くんを付けておけば大丈夫だと思っていたんだがね

谷沢チーフは、二人を見る

わたくしたちが外に出て来たのは、閣下の勅命です

麗華が、恐縮して上司に言う

それは判っている閣下からもご通知いただいたところで

チーフは、ジロッと麗華を見る

藤宮くんは何でそんな格好をしているんだね

麗華は、いつもの英国紳士の男装姿では無く

黄色のジャージの上下を着ている

顔もノーメイクだ

色々と思うところがありまして

麗華は、上司に頭を下げる

わたくしこれまでの自分に反省しております

反省

これまでの私は自分の美学に酔っているばかりの嫌な女でございました

ですから偽りの鎧は脱ぎ捨てて、このような姿からやり直そうと決めたのです

やっと秋っぽい感じになってきたのに

東京では、まだ蝉が鳴いています

なんじゃこりゃ

303.シザーリオ・ヴァイオラに告ぐ

一応聞いておくが男装はやめて、今後はそのジャージ姿で通すっていうんじゃないだろうな

谷沢チーフは、麗華に尋ねる

こ、これは着替えがこれしか無かったからですジャージに拘りがあるわけではございません

それを聞いて安心したよ藤宮くんの男装姿は凛々しくて、特定の顧客には人気があるんだがあのまんまじゃ、VIPの警護は任せられなかったからな

やっぱり英国紳士の男装では、警護できる顧客が限られていたんだ

VIPの警護はチームでなければできないが一人だけ突飛な格好じゃ、チームは組めん藤宮くんは、能力はあるがその能力は、誰かのサポートがあって活きる能力だしかし、今までの藤宮くんは誰かの下に付くという性格でも無かったしな

谷沢チーフの言葉に、麗華は恐縮している

おいおい本当に何があったんだ今までの藤宮くんなら、ここまでオレに一方的に言われたらチーフ、お言葉ですがとか何とか言い返してきたじゃないか

全て、チーフの仰る通りですから

赤い顔で、麗華は答える

うむさっきも、関くんと工藤の嬢ちゃんと藤宮くんの三人で、きちんとチームを組めていたいつもなら、関くんが喋っているところに乗っかって、しゃしゃり出て来るはずなのに控えに廻って、的確にフォローしていた

うんそれぞれが何を担当するか、判った上で行動していた

公式な応対を関さんがして場を混乱させて、裏切り者を炙り出す役を美智がしていたから

麗華は、自分を殺してもしもの時にすぐに闘えるように、身を潜めていた

ちゃんとチームになっている

あれだけ、オレが諭したって全然聞き入れなかったくせに藤宮くんは、誰ともチームは組まないで一人でやっていくと宣言していただろこいつは、一体どういう風の吹き回しなんだ

チームの言葉に、麗華は

何もかも主様のおかげでございます

麗華とオレ黒森の家族のことが知られるわけにはいかない

藤宮さんは正式にみすず様、瑠璃子様の専任警護人になりました

とっさに、関さんがそうフォローしてくれた

閣下が今回の件で、お二人にも専任の警護人を付けるべきだとご判断なさいまして

オレは何も聞いていないが

つい、さっきのことですからすぐに閣下がご通知されると思います

関さんは、部屋の中の監視カメラを見上げる

どうせ、ジッちゃんたちは地下でこの映像を見ているんだろう

上手く谷沢チーフに話してくれと眼で訴える

そうかみすず様、瑠璃子様という主を得て、藤宮くんの意識も変わったということか

主様には、恥ずかしい思いをしていただきたくありません

男装趣味が治ったのなら、トップ・エリートとしての仕事をもっとして欲しかったがみすず様、瑠璃子様の専任警護人なら仕方が無いオレの配下の若い連中から、何人か選抜してくれていいぞ

はいチーフ

驚く、麗華

みすず様、瑠璃子様の専任警護人になるのなら、部下が必要だろうああ、あのお二人だと女性警護人でないとダメなんだな工藤のお嬢ちゃんはおおっと、黒森家の方に所属するんだったな

美智は香月セキュリティ・サービスに仮採用という立場だったけれどすでに、谷沢チーフには黒い森への参加を了承して貰っている

しかし残念だなそれだけの技量があれば、うちのトップ・エリートの最年少記録を狙えるぜ

谷沢チーフは、そう言ってくれたが

チーフ、未成年は雇用しないんじゃなかったんですか

まあ、そうなんだが今までの最年少は藤宮くんだ高2の全国大会を観てスカウトしたそれでも、正式に入社させたのは卒業してからだがな

麗華はやっぱり剣士として優秀だったんだ

まあいいさ成人するまでは、マルゴお嬢ちゃんと恭子のやつに鍛えて貰おうこのお嬢ちゃんも、そのうち気が変わるかもしれないしそうしたら、うちに入社してくれたらいい

香月セキュリティ・サービスは、普通の会社だからやっぱり中学生の正式雇用は無理だろうしな

工藤父配下の裏部隊警護課の方ならともかく

しかし、恭子のやつ、閣下の命で黒森家に出向したはずなのにすっかり、そっちに根を張っちまいやがって

恭子さんは、元々、ジッちゃんに命令されて黒い森に来たんだった

気楽なんだと思いますようちは女ばっかりだからだいたいさ、恭子さんは基本的にはフリーだったはずだよ香月さんとは、個別に契約していたけれど香月セキュリティ・サービスの仕事をしたことは一度も無かったはずだよ

マルゴさんは、答える

オレは属して欲しいんだよ

谷沢チーフは、言った

恭子も、マルゴお嬢ちゃんも、工藤のお嬢ちゃんもな才能ある人間は、みんなうちの会社に居て欲しいと思うぜ

それはみんな、自分の配下にしたいってこと

よせやいオレは閣下とは違うよそんなにエロジジィじゃねぇうちの会社に籍が無いやつとはいずれ敵対する可能性もあるだろお前らとは闘いたくないからな

谷沢チーフもプロの警護人としての覚悟はできている

今日は味方でも明日には敵に廻るかもしれないということを

特に恭子みたいな危険な女は、なるべく野放しにはしておきたくないさ

谷沢チーフは、苦笑して言った

それは問題無いと思うよ香月さんと敵対する可能性は、みすずさんが全て失くしてくれたから

マルゴさんが答える

今のオレたちが、香月セキュリティ・サービスと対決する理由は何も無い

だいたい、ジッちゃんがオレたちの家族に入っちゃったんだし

もちろん、そのことは谷沢チーフには言えない

ジッちゃんが自分の判断で、谷沢チーフに伝えない限りは

内緒にしておくべき秘密事項だ

そうだと良いんだがな

チーフは、ハァと嘆息する

色々と心配事がいっぱいあるんだろうなこの人の立場だと

なるほど、興味深いですねえ売春組織でしかないはずの黒森家が、じわじわと拡大しているということですか

え、誰だ

振り向くとそれは

香月健思

あなたどうして、ここに残っているの

関さんの言葉に、香月健思は

行き場が無いんですよ僕は

ニヤッと笑う

実父が裏切り者であることが判った以上私塾の皆さんと同じ部屋には行かれませんしかといって、僕は父から何も聞かされていませんからね尋問されても、何も出て来ませんよだいたい、僕自身は閣下を裏切るようなことは何もしておりませんしほらさっき、操さんが言っておられたでしょう父親と息子は別人格ですから僕には、父の裏切り行為に対する責はありません

平然と香月健思は、そう言った

ですから、僕は皆さんに付いて行こうと思います

オレたちに付いてくる

冗談あたしたちの行く先は、危険でいっぱいだよっ

寧さんが、そう言うが

現在のこのホテルの中は、どこへ行っても危険だらけでしょうそれならば、皆さんの近くに居た方がまだ助かる可能性があると思いますが

あんたは知らないだろうけどさ敵は、あたしを狙って襲って来ているんだけどっ

それならそれで覚悟します僕、もう後が無いんですよ

僕自身が閣下に信頼していただくためには積極的に危険に身を晒すしかありません今のままじゃ、僕本当に身の置き場がありませんからね

どうするヨッちゃん

勝手に付いて来させればいいじゃないですかただし、オレたちはあなたを護りませんそれでいいのなら

第三者の眼がある方が緊張感があって良い気がする

それに香月健思は馬鹿では無い

雪乃みたいに健思の眼は、危険の察知に使えると思う

へぇ、やっぱり君がこの人たちのボスなんですね

その代わり危険も背負い込むことになるが

本当にいいのヨッちゃん

一人、オレたちと全然違う視点の人間が居た方がいいと思うんです

オレたち、何だかんだ言っても同じ方向からしか、状況を見ていない気がするから

マルゴさんや寧さんの洞察力や判断力は頼りになるけれど

もっと、突飛な視点があった方がいい

これからは何が起こるか判らないのだから

オーケー、彼も連れて行こう

マルゴさんが、了承してくれた

ただし、自分の身は自分で守ることあたしたちは、絶対に助けないからね

みんなも、絶対にこの人を助けないでこの人を助けようとして、自分が危険に陥ったり、チーム全員が窮地に陥る可能性もあるんだから

はいこの方はチームの一員では無いですし、警護対象でも無いですから

麗華は、そう割り切る

悪いんだけど見捨てる時は、見捨てるわよいいわね

不意に雪乃が口を開いた

あたしって、この中ではどういう立場になっているわけあたしが危ない時って、誰か助けてくれるわけ

関さんがハァと溜息を吐く

あなたはチームの一員よちゃんと助けてあげるわ

最初から、そう思っています

だからといって、わざと危険な方に行ったりはしないで下さいね

美智が、ジロッと雪乃を見る

嘘いいのあたし、ホントにチームの一員で

戸惑う、雪乃

そんなのさヨッちゃんが、そう決めたんだから仕方ないじゃないっ

寧さんの言葉に、雪乃はオレを見る

ヨッちゃんが、役に立つからってチームに入れてホントに役に立っているんだからさ

うん雪乃の眼は、役に立っている

だから香月健思さんの眼も、役に立つと思うんだ

どういうことなんだ関くんがリーダー・シップを握っているわけではないのか

谷沢チーフが、オレたちの様子を見て不思議そうに言った

あ合議制でやっていますほら、あたしたちと黒森家の合同チームですし

関さんは、誤魔化そうとするが

それにしては、そいつの発言権が大きいように見えるが

谷沢チーフは、オレを見る

それはだってたった一人の男の子ですから意見は尊重しないと

関さんの解答はわけが判らない

僕も男の子ですよ

香月健思が、突っ込んでくるが

あなたはチーム外の人間でしょっ

寧さんに即、拒絶される

それより谷沢さん現在の状況を確認しておきたいんですが

そうだなちょっと見てみるか

谷沢チーフは、この会議室に備え付けてあるコンピューターを立ち上げる

スリットに、個人認識のカードを差し込んでパスワードを打ち込んだ

そっちの大きいモニターに映すぞ

会議室のモニターに現在の状況が表示される

敵は16階まで上がって来ているただし、敵勢力の6割はすでに倒している工藤の連れて来た連中はかなり頑張ってくれて、脱落者は出ていないがそれでも、かなり消耗しているな

交代しながらでも連戦しているのだ

屈強なフリーの警護人たちもそろそろ疲労がピークになっている

倒した敵ですが例のロシア人のチンピラばかりですか

ああ確認できた限り、これまで交戦した連中はロシア人ばかりだ

つまりシザーリオ・ヴァイオラがアメリカから連れて来た本隊は、まだそのまま健在だ

まずいですわねこのまま敵の中核が判らないというのは

ちょっと揺さぶってみた方がいいかもね

マルゴさんが、寧さんを見る

うんあたしもそう思っていたとこだよっ

谷沢さんこのホテルでの、現在の防衛ラインは何階に設定していますか

マルゴさんの問いに、谷沢チーフは

22階と23階の間だなそれ以上は、突破されたくない

では21階ぐらいにしようか

オッケー、マルちゃんっ

マルゴさんが、会議室の中を見渡す

ここ当然、撮影機材はありますよねこの場で撮った映像を、全館放送することは可能ですか

オレのパスでやれば、可能だが

ここから全館放送する

じゃっ、シザーリオ・ヴァイオラを刺激してみようかっ

寧さんは、ニコニコと笑った

照明とか、こんなもんですかね

何かよく判らないけれど香月健思は喜々として働いている

どうしてそんな楽しそうなんだ、お前

会議室の倉庫にあった照明用のライトの角度を、調節している

あ、胸にあんまり明かりが当たらないようにしてなるべく顔だけ当てて

寧さんが、そう注文する

はいこうですね

うん胸元が暗くなった

寧さんの立派なおっぱいが闇に溶け込む

うんいいんじゃないかな

マルゴさんが、チェックしてくれた

はい、オッケー

寧さんは、頭髪をポニーテールにする

寧さん、ポーニーテールも似合いますね

これシザーリオ・ヴァイオラが好きでさいつも、ケイちゃんにさせていた髪型なんだ

寧さんはケイさんの姿で全館放送に出て

シザーリオ・ヴァイオラを挑発しようとしている

元々、今日は黒のパンツ・スーツで来ている寧さん

究極の美少女が美少年に化けようとしている

カメラも準備オーケーよ

関さんがビデオカメラを操作する

会議室のモニターに、寧さんの姿が映った

今はまだ、この部屋だけね全館放送のアクセス・キーは、谷沢チーフでないと

ちょっと待ってくれ

谷沢チーフは、端末を操作してこの部屋から全館放送できるように、アクセスしていく

ヨッちゃん、こっちに来て

はい、何です

オレが行くと寧さんは

ヨッちゃんあたしのために、命を懸けてくれる

もちろんです寧さん

ありがとうそれならさ

寧さんの手が、オレの手を掴む

ヨッちゃんも一緒に出て

寧さんの手は冷たかった

顔はいつも通り笑っているけれど手は震えている

シザーリオ・ヴァイオラの前に姿を現すと言うことに

寧さんの内面は、怯えている

寧さんのためなら

何でもしますよオレ

10秒前8、7、6、5、4キュー

関さんの声と同時にカメラに赤いランプが点く

撮影されている

この映像が音声が

ホテル内の全てのモニターにスピーカーから、放送されている

Attention

そして寧さんは、流暢な英語で喋り出した

いつもの寧さんの声とは違う少し低い声

オレの手を、ギュッと握りしめたまま

寧さんはケイさんを演じている

話している英語はオレには全然判らない

ただ寧さんの声はギュッと心を掻きむしられるような悲しみが込められていた

寧さんの英語のスピーチは、一分ほど続いた

最後に、寧さんがオレを引っ張る

カメラの画面の中にオレが映る

寧さんは、英語で何か言った後

オレにキスをした

そしてカメラに向かって、にっこりと笑う

残酷な笑みを

カット

カメラの赤いランプが消える

うふふふっヨッちゃん、ヨッちゃん、ヨッちゃーん

寧さんが、オレを抱き締める

ふくよかな胸を、オレにギュウギュウ押し寄せる

あたし言ってやったよヴァイオラに言ってやったんだぁぁ

寧さんは、オレに自分の頬を擦り寄せた

な何て言ったんです

寧さんはニヒッと笑って

最初はねケイちゃんの振りをして、ミスター・ヴァイオラ、どうしてボクに会い来てくれないのボク、さみしいよって言ったの

ふんふん

それでねボクはずっと21階で、ミスター・ヴァイオラが来るのを待っていたんだよでも、もう待ちくたびれちゃったって

もう、ミスター・ヴァイオラなんて大ッ嫌いだよ今のボクは、もっともっと好きな人ができたんだこれがボクの新しい彼氏だよボク、彼に夢中なんだ身も心も、彼に捧げたいって思っているんだよ

ボクは彼を愛しているんだ愛している、愛している、愛しているさようなら、ミスター・ヴァイオラもう二度と会うことは無いんだろうね

たはは

口惜しかったら、21階まで上ってくるんだねどうせ、あなたにはそんな勇気は無いだろうけれど

ニヤッと、寧さんは微笑む

それホントに言ったんですか

言ったよっぐふふふふっざまあみろってんだっヴァイオラのバーカバーカ

寧さんが、オレを抱き締めたまま大きく笑う

笑っている身体が震えている

ヨッちゃんも、抱き締めて

オレの耳元に寧さんは小さく、囁いた

もっと強くギュッとして

寧さんは今、必死で闘っている

ヴァイオラと

オレは全力で支えてあげたい

この人を

オレは寧さんを、愛している

ちょっと体調が厳しいので、今日は病院へ寄るのは止めます

病院が微妙な位置にあるので病院に寄ると毎日、往復で1時間自転車漕がないといけないので

さてそれでは、仕事にいきます

304.寧と寧子

どうです、谷沢さん敵の動きは

マルゴさんが、谷沢チーフに尋ねる

うむ、変化がある後方に待機していた一団が、物凄い勢いで上昇を始めた

うわそれが、シザーリオ・ヴァイオラの本隊か

となると、何て判りやすいやつなんだ

谷沢チーフが、ホテル内の監視カメラの映像をモニターに出す

ホテルの廊下を、30人ぐらいの一隊が歩いている

外見だけなら、他の隊と同じ黒ずくめの戦闘服で全然判らないがな

谷沢チーフは、比較として他の階にいる別の敵部隊の映像を別のモニターに流した

それでもこの隊は、統率が取れているきちんと日頃から訓練されている部隊だってことは判る

確かに他の隊は、隊列も組まずにバラバラで、みんな姿勢悪く歩いているが

シザーリオ・ヴァイオラの本隊だと思われる部隊は、きちんとまとまっている

といってもちゃんとした軍事訓練を受けている連中じゃないなやっぱり、いかにも犯罪集団っていう感じのまとまり具合だ幹部の中に軍の経験者がいて、そいつが自分の知識を基に集団を形成しているってぐらいだな大したことはねえ

谷沢チーフは、そう判断した

監視カメラが、部隊の後方で、部下にあれこれ指示している人物を映し出す

そいつは黒い戦闘服に、赤い腕章を巻いていた

あれが部隊のリーダーっぽいですわね

て、ことはあいつがシザーリオ・ヴァイオラ本人か

関さんと谷沢チーフが画面から検討する

違うよっあれは、ジュリアーノだよ

シザーリオ・ヴァイオラの幹部の1人、ジュリアーノ・ジェンカか

谷沢チーフが、寧さんに確認する

寧は子供の頃に、シザーリオ・ヴァイオラに誘拐されて、しばらく彼らの中で生活していたんです

マルゴさんが告げる

だからあたし、判るよ体型や、歩き方だけで

寧さんは、さらに監視カメラの映像を凝視する

あその横に、青い腕章の人がいるでしょそいつが、ロミオ・モンタギューそれから、銀色の腕章の人がいるでしょその人が

シザーリオ・ヴァイオラか

谷沢チーフが、寧さんに詰め寄る

違うこの人

驚く寧さん

ロレンザッチョ・バンディーニだっ

ロレンザッチョ・バンディーニ

えっ、その人って確か

学校の野球部グラウンドの近くで、オレたちを狙撃しようとして工藤父の配下のネコさんに捕まったんじゃなかったっけ

しかも、身体に爆弾が仕掛けられていてなかなか大変なことになった様な気が

ああ、ロレンザッチョ・バンディーニなら、うちで身柄を抑えているといっても、ずっと無言で何の情報も吐いていないが

谷沢チーフは、そう答えた

そうかフェイクだったんだ

捕まった方のバンディーニは、偽者だったんだよ

どうして、そんなことをするんです

さあ、向こうの事情は判らないけれどあたしたちに、ロレンザッチョ・バンディーニはシザーリオ・ヴァイオラにとって重要な存在ではないと思い込ませたかったのかな

闘いの前に人間爆弾として使い捨てにするくらいの小者と思わせたかったのか

でも、それなら何で今、堂々と画面に映っているんです

オレは、疑問に思う

偽物をオレたちに捕獲させたのなら、ずっと隠れていた方がいいに決まっている

判らないな監視カメラの映像だけじゃ、判別つかないと思っているのかこうやって寧がチェックしているとは、考えていないいや、そんなことはないだろうし

マルゴさんも混乱している

こつちは、寧さんが全館放送でシザーリオ・ヴァイオラを挑発したばかりだ

こっちの中枢に、寧さんがいることを敵はよく熟知しているはずだし

ロレンザッチョ・バンディーニライフルを抱えているね

うわ、ホントだ

オハイオ州大会6位の腕前は、健在かよ

オレたちは、ライフル狙撃にも注意しないといけない

とにかく、ジュリアーノ・ジェンカ、ロミオ・モンタギュー、ロレンザッチョ・バンディーニの3人は確認できたんだなそれで、肝心のシザーリオ・ヴァイオラは

谷沢チーフが、寧さんを見る

判らない

寧さんは、必死で画面を見ているが

あの何の腕章もしていない黒服の中の1人だと思うけれど

シザーリオ・ヴァイオラは、一般戦闘員の中に溶け込んでいるのか

幹部たちの動向をチェックしていれば判るんじゃないそのうち、シザーリオ・ヴァイオラが彼らに指示するでしょう

ううんこういう部隊の指揮は、ジュリアーノが上手いから全部、ジュリアーノに任せて、ミスター・ヴァイオラは前には出て来ないと思うよ

この部隊そのものが僕たちの眼を誤魔化すための揺動でシザーリオ・ヴァイオラは、他の部隊に居るということは考えられませんか

ずっと話を聞いていた香月健思が、そんなことを言い出す

それは無いと思うヴァイオラ自身は、決して戦闘能力の高い人じゃないから幹部たちがこの部隊にいるのなら、ミスター・ヴァイオラもここにいるよ

あたしもそう思う多分、この30人ぐらいの部隊だけがヴァイオラが、アメリカから連れて来た子飼いの連中だろうし1人だけ、言葉もろくに通じないロシア人のチンピラの中に混じるような勇気は、ミスター・ヴァイオラには無いと思うね

マルゴさんは、そう判断する

寧谷沢チーフや、関さんや麗華お姉さん、美智ちゃんに、ミスター・ヴァイオラやジュリアーノ・ジェンカたち幹部の情報を教えてあげて

マルゴさんが、寧さんに言う

マルちゃんでも

実際に、彼らと会ったことがあるのは寧だけなんだつまらないことでも、何かのヒントになるかもしれないしとにかく、話してあげて

ああ、貴重な情報だ聞いておきたいなすでにうちの情報部がまとめているファイルの内容と被っていても構わないお嬢ちゃんの知っていることを話してくれ

谷沢チーフも、寧さんに要請する

ううんえっとね

寧さんは、話し始めた

ちょっと来て

その隙にマルゴさんが、オレを呼ぶ

部屋の隅でマルゴさんは、オレに囁いた

君はずっと寧から離れないでね寧を寧のままにしておいて

寧さんを、寧さんのままに

名島寧《ナトウ・ネイ》を名島寧子《ナジマ・ヤスコ》に戻さないでってこと

真剣な眼でマルゴさんは、オレに言った

今の寧の明るくて、ひょうきんな性格は作ったものだよ双子の弟のケイが死んだ後にミナホや恭子さん、そして寧自身が長い時間を掛けて基の人格とは違う別の人格を作ったんだ寧の内側の悲しみや憎しみ、それに自己破壊衝動を覆い隠すために

自己破壊衝動

寧はいや、寧子はケイが死んだのは、自分のせいだと思っている自分もまた、ケイと同じ様に惨たらしく死ぬべきだと思っている

寧子は精神的に弱い子だよ両親をヴァイオラに殺されて、誘拐された日からずっと、恐怖の中で暮らしてきたから

誘拐され人殺しの犯罪者たちと生活する日々

しかもヴァイオラの目的は、双子の弟の方で、寧子は価値の無い女として放置されていた

ヴァイオラはホモでケイさんを性的なペットにするために、誘拐した

女の寧さんはヴァイオラにとっては何の価値も無い

むしろ、寧さんの生命を保障してもらうためにケイさんは、ヴァイオラの支配に屈した

そのことが寧さんの心を蝕んでいる

作った人格だって人格は人格だよあたしは、寧が好きだ君だってそうだろ

はいオレも、寧さんが好きです

寧さんにはいつも笑っていて欲しいと思う

昨夜、アメリカでの過去を語っていた寧さんは寧子さんに戻っていた

あんな弱々しくて、泣きっぱなしの寧さんはもう、見たくない

君が側に居る限りは寧は寧のままでいられると思うんだ

寧は潜在的に、依存できる相手を探しているしかも、それは弟的な存在でないといけない

寧さんは弟が欲しい人だ

君は、すでに寧の中で大きな存在になっているしかも、寧は、君がケイとは違う弟であることも、ちゃんと認識しているだから、身近に弟としての君を感じている間は寧は寧のままだ寧子には、戻らない

マルゴさんの強い眼が、オレを射す

判りました絶対に、寧さんから離れません

オレは約束する

頼んだよそれと

マルゴさんは言う

心理学的には、ありえることなんだけれど寧は、ミスター・ヴァイオラの前ではケイに成り切ろうとするかもしれない

ケイさんに

双子の姉弟だからね寧は、いつも鏡の中の自分に弟を感じていたわけだし

うん寧さんは、自分の顔にケイさんの面影を感じていた

今日、男性的なパンツスーツで来たこともさっきの放送で、ケイを演じて喋ったこともヴァイオラに対する恐怖と、ケイの無念を晴らしてあげたいっていう気持ちがゴッチャになってしていることだと思うんだ

ケイさんを演じることでケイさんを身近に感じ、ヴァイオラへの恐怖に打ち勝とうとしている

もし、寧さんが本格的にケイさんになり切ろうとしたらオレは、どうしたらいいんですか

マルゴさんは、しばらく考えて

寧子の人格に戻るよりは、良い寧子は心が繊細で弱すぎるからヴァイオラと対峙したら、心が張り裂けてしまうよケイになり切ることで、心を保つことができるのならそのままにしておいた方がいいかもしれない

だからマルゴさんは放送で、寧さんがケイさんに扮するのをそのままやらせんだ

でも寧は、寧なんだケイにはなれない寧は、女の子なんだから

寧さんの心も身体も女の子のものだ

男には成り切れない

悪いんだけれどずっと側に居て、見ていてあげて欲しい

あたしはここから先は、戦闘に集中しないといけないからそうでないと、みんなが生き残れない

マルゴさんも必死なんだ

寧さんのことは任せて下さいオレ、頑張ります

マルゴさんは、谷沢チーフたちに話している寧さんを温かい眼で見る

あの子はあたしの大切な妹だから

うむ大体、うちの情報部が調べた通りだな軍の経験があるのは、ロミオ・モンタギューだけかだが、部下を指揮する能力は、ジュリアーノ・ジェンカの方が上なんだな

凶暴性もねっ

谷沢チーフの言葉に、寧さんが答えた

しかしシザーリオ・ヴァイオラの趣味が、変装と聞いていたが、身内でも判らないほどだとはな

うん本当に、ロレンザッチョ・バンディーニと死んだ妹しか、誰が本物のヴァイオラかは判らなかったんだよ

お嬢ちゃんも判らないのか

谷沢チーフが、ギロッと寧さんを見る

あたしは同じ部屋に居て、話をしているのを聞いたら、何となく判るかもしれないでも、もう何年も経っているし

今の寧さんでは判らないかもしれない

あいつら自身はどうやっているんだ誰が、ヴァイオラか判らないんじゃ、色々と行動に支障があるだろう

それはロレンザッチョ・バンディーニが、話し掛けて指示を受けている人物がヴァイオラだから

ふんそれじゃあ、ロレンザッチョ・バンディーニが、誰がヴァイオラかコントロールできるな

谷沢チーフの言葉に、ハッとする

あらかじめ、隊の中にヴァイオラの偽者を数人配置して置いてヴァイオラから指示を受けている振りをして、実はロレンザッチョ・バンディーニが全隊の指揮をしているんじゃないのか

そういう可能性もある

でも、あたしはバンディーニも知っているけれど知的な人じゃないよ下品で粗野で派手好きでヴァイオラのマネージャーではあっても、戦闘部隊の指揮とかはできない人だと思う

寧さんは答える

ちっここからじゃあ判らないか考えているだけじゃあ、ラチがあかねえ工藤のやつに言って1部隊、強行偵察させてみるか

実際の戦闘になってみれば指揮系統は、はっきりとするし何より、あの30人少し人数を削っておきたいしな

しかしシザーリオ・ヴァイオラの本隊だ

普通に正面から行ったのでは工藤父でも危ないんじゃあ

上階からの攻撃は難しいなルート上に、2部隊展開しているかこいつらを先に潰さないと、ヴァイオラの隊にぶつからないな

1階から上階へ侵攻するルートは、防火扉やシャッターを閉じることでいくつかのルートに分断している

ヴァイオラの本隊が現在いるのは7階だ

そのルート上11階と15階に、別の隊が居る

上階から攻めるには、先行している2部隊を倒してからでないと無理だ

下からではダメなのですか

香月健思が言った

下から

はい1階から確か、一般の制服警備員は、一度ホテル外へ避難させたはずですよねそれを、呼び戻して下から送り込めば敵もまさか、後ろから攻められるとは思っていないでしょうし

面白い案だが制服組のやつらじゃ、ヴァイオラには太刀打ちできないだろう

そこは人数で何とかするというのは200人ぐらい、一遍に突入させればそのアメリカの犯罪集団も対応できないと思いますが

よせやい香月セキュリティ・サービスを殉職者だらけにする気か

敵を制するためなら、それぐらいの犠牲は必要でしょう香月セキュリティ・サービスに奉職している以上、社員の皆さんはいつでも殉職する覚悟はできていると思いますが

ああこいつも、お坊ちゃんなんだな

そんな理屈通るわけがない

死ぬと判っている連中を突っ込ませるほど、オレは鬼じゃねぇよ

谷沢チーフは、香月健思を軽蔑の眼で見てそう言った

そうだあいつを使ってみるか

それから、ふと思い付いたのか谷沢チーフは、携帯電話を取り出す

そう言えば、強行偵察にもってこいの人材がいたっけ

誰なんだ

うわわ、寝坊した

305.昭和の薫りを持つ男

おう、もしもしオレだお前のことだから、まだ近くに居るんだろ

谷沢チーフは、誰かに電話している

裏切ったことに関しては、気にしちゃいねぇこういう時に、お前がどう動く人間かってことはようく承知しているそれででだな

一瞬、息継ぎして谷沢チーフは本題に入る

もう一遍、こっちに付く気はねぇかそうだ、仕事の依頼だギャラは通常の倍だそうお前、ホテルから撤退した時点で、あちらさんとの契約は切れているんだろもう少し、稼いで帰れよ

一度ホテルから撤退して行った人となると

仕事内容は、強行偵察だ敵の本隊だと思われる部隊30人くらいで固まっているから、お前、飛び込んでって20人ぐらいにしてくれ幹部クラスを倒してくれたら、さらにボーナスも出すそれだけでいい殲滅しろとは言わん

少しの間の後

オーケイ、3倍出そうそれでどうだよし、交渉成立だなふふ、お前なら快く返事してくれると思ったぜホテルの1階ロビーに着いたら連絡してくれ直行ルートを確保しておく

谷沢チーフは、ニヤリと笑った

頼んだぞダダドムゥ

ダダドムゥつて

異次元戦士・ダダドムゥおじ様かよっ

電話を切ると、谷沢チーフはオレたちを見て言った

さあて、お前たちをオレの秘密基地に招待してやるぜ

秘密基地

さあ付いて来い

谷沢チーフを先頭に、会議室から出る

あれ山岡部長がまだ落ち込んでいる

何やっているんだ山岡

谷沢さん

力なく、チーフを見上げる山岡部長

オレ、もうダメです

ダメでも何でもいいがそんなところで落ち込んでられても迷惑なんだよ判るか、お前

お前、今まだ勤務中だろ何でもいいから、自分のできることをしろ身体を動かせ

しかしこのホテルには、もう私の部下は残っていません

谷沢チーフは入り口を警備していた巨漢二人と、工藤母を見る

3人も残っているじゃねぇか

3人じゃ何もできません

谷沢チーフは、ハァと溜息を吐く

これからたった1人で敵の本隊に突っ込むフリーの警護人もいるってのに馬鹿か、お前

私は今、自分が何をするべきなのか判らないんです

山岡部長は、うなだれたままだ

そうかじゃあ、お前に預けている人間は回収して行くからな

谷沢チーフは、巨漢二人を見る

お前たちは25階のフロアに行け、オレの部下のトップ・エリートの進藤の顔は判るな進藤の配下に付け白坂家のお客さんたちの警備の方に廻って貰うルートは4のBを使え判るな

では急げ

了解ですッ

巨漢二人は、山岡部長をジロッと見下して小走りで退出して行く

工藤の悦っちゃんは、オレに付いて来い本部の方で仕事して貰う

しかし工藤母は

チーフ私は

何だ山岡が心配か

しゃがみ込んで、山岡部長の肩に手を置く工藤母

お前も職場放棄か

この人を放ってはいかれません

悦子

私が側に居てあげるからね

寄り添う、工藤母に山岡は抱き付いて、泣く

私は私は悦子

判っているからあなたが一生懸命やっていたことは、私は知っているわ私だけは、判っているから

山岡を工藤母は慰める

工藤の時といい、そいつといいどうして、お前はいつもダメ男にばっかり気を取られるんだ

呆れた口調で谷沢チーフは言った

あの人は工藤は、もう私を必要とはしていませんでも、この人は私がいないとダメな人ですから

工藤母は、そう言って山岡に縋り付く

本当にそうなのかね

谷沢チーフは、冷淡に言った

お前のそういう態度がそいつを益々ダメな男にしちまっているとは思わないのかね

どうだろうなそいつはホントは、誰も必要となんかしちゃいねぇよ男なら、仕事でミスすることもある失敗も、不運も、潮目の悪い時期だってあるだが、そういう時に自分1人で立ち上がれない様な男は、男じゃねぇ

辛い時だからこそ、あたしはこの人の側に居てあげたいんです

工藤母は、谷沢チーフを見上げる

そんなのは、お前の勝手な欲望じゃねぇかそうやって、また男を甘やかして腐らせるのかい工藤の時みたいに

あの人のことは、言わないで下さい

いいや、言うさお前から自立できるようになって、はじめて工藤は一人前の男として使えるようになった昔は能力はあったが、詰めの甘い、仕事にムラのある男だったからな

そんなこと、ないですあの人は今だってダメですよ

今は違うお前とコンビを解消して何でも一人でやるようになって、工藤は変わった良くなった

谷沢チーフはそう言う

お前たち夫婦はコンビを組んで、仕事するという関係としては良く無かった最悪だったお互いに甘え合って仕事に厳しさが無い荒れた粗い仕事をするだから、オレはお前たちのコンビを解消させたんだ

工藤父と工藤母は子供の頃からの幼馴染みだと言う

だから駆け出しの頃は、夫婦二人でコンビを組んでいたんだ

それを、谷沢チーフが解消させたのか

違います私が、あの人を見限ったんですあのまま、あの人に付いていったって私の幸福は、ありませんから

しかし、工藤母は認めないあくまでも、自分の意志で工藤父から離れたと主張する

そんなことは、どうでもいいとにかく、お前の男を甘やかす癖はよくねえな誰が相手だって、男の方が腐っていくだけじゃねぇか

そんなの私たちの勝手です谷沢さんに叱られることではありません

実際に山岡の仕事に影響が出ているんだ厳しいことは言わせて貰うぜ

部屋の中が、シンと静まり返る

山岡とお前が付き合いだしてから山岡は、オレや閣下の方を向いて仕事をしていねえ部下たちの方も見ていねえずっと、お前の方だけを見ているだから、こんな状況になっているんだよ

そんなことないですあたしたちは一生懸命やってきましたあたしたちは

一生懸命やってるかどうかは、他人が判断することなんだよっ自分で自分の評価をするんじゃねぇっ

あこれは、このままじゃラチがあかないな

時間の無駄だ

工藤母は、人の話を聞く気は全然無いから

あの工藤さんオレは、あなたのことをよく知らないしこんなこと、オレが言うべきことじゃないと思いますが

それでも、オレは言うしかない

自分の娘の前で平然と、浮気を正当化するようなことは言わないで下さいあなたは親のみっともない姿を見せられている美智の気持ちが判りますか

工藤母はハッとして美智を見る

お気遣いいただいてありがとうございますしかし、わたくしは平気です

美智は冷たい眼で、母を見る

こんな人もう母だとは思いませんから

美智親に向かって何てことを言うのよっ

工藤母が、美智に怒りをぶつける

尊敬できない人間を親だとは思いません

子供のくせにっ

激高した工藤母が、美智を引っ叩こうと、手を上げる

美智は母の平手を避けようとはしなかった

甘んじて母に叩かれる覚悟だったらしい

ガツンッ

足下のコンクリートの床にめり込んだ撲殺ステッキが工藤母の動きを制する

麗華が、ギッと工藤母を睨んだ

それ以上の無礼は許しません

何よ、あなた家族のことに口出ししないでっ

叫ぶ工藤母に麗華は

あなたのどこが家族だぁッッ

麗華の瞳が、真っ直ぐに工藤母を睨む

自分の都合で母親と女を使い分けるなっ

スッと、関さんが二人の間に割って入る

藤宮さん、落ち着いて工藤さんも

そして、関さんは山岡部長を見た

山岡さん、いいんですかあなたこんな女に取り憑かれて取り殺されてしまっても

取り殺される

はい男の生き方としては、一番みっともないですね軽蔑いたしますわわたくし

関さんの言葉は、冷たかった

いい年をした男女が情けないとは思わないのですかこんなの

ふふふふ、ははははは

マルゴさんが、笑い出す

みんな間違っているよこういう醜い大人の姿はね真剣に怒っちゃダメなんだよ笑うんだよ嘲り笑ってあげるべきなんだあたしは、そう教わったよ

うんっ、そうだね恭子さんが、ここに居たらきっとそう言うと思う

うははは、バッカみたいみっともないのっほら、ヨッちゃんも笑って

笑って下さいわたくしも笑うべきだと思います

美智が泣きそうな眼で、唇を歪めて無理矢理、笑おうとしている

こんなのこんな人、わたくしの母ではないです笑っちゃいます笑います笑わなければなりません

オレは、美智を抱き締める

チーフ、もう放っておいて行きましょうこんな人たち、相手にしていても無駄です

うむ、そうだな

谷沢チーフが、山岡部長を見る

今は下へ下りて退避することはできない32階の退避室を使えルートは8のAだ敵を排除するまでは、そこに隠れていろ

そして宣告する

本日付で二人とも解雇する職場放棄と命令違反だ懲戒免職になるが仕方ないと諦めてくれ

山岡部長も工藤母も谷沢チーフを見ようとはしなかった

悪いが香月セキュリティ・サービスに在職していたことを看板にして就職活動されては困るからな今のお前らじゃ、同業他社には推薦できんよだから、懲戒処分にする要人警護の仕事には、もう付けないと思ってくれ

山岡部長と工藤母は、会議室に置き去りにして

オレたちは、ホテルの廊下を行く

緊急避難室から上がって来た最初のメンバーに、谷沢チーフと香月健思を足した大人数で、ゾロゾロと行く

ここだ、この部屋だ

あるドアの前で谷沢チーフは、立ち止まった

ここが第一次防衛ラインの作戦司令室通称本部だ

このフロアに、司令室があったんですか

マルゴさんが尋ねると谷沢チーフは

違う違うこの部屋はな、部屋全体がエレベーターになっていてな、20階から25階までの間を自由に上下移動できるんだ

つまり、20階のフロアに敵が侵攻したら部屋ごと上階へ移動できる

まあ、入れ

部屋の中に入ると20畳ほどの部屋に、10人くらいの男女が居た

壁はたくさんのモニターで覆われている

各階の監視カメラの映像をこの部屋で分析しているらしい

どうだ、状況は

チーフが、眼鏡の女性に尋ねる

って工藤父の下にいた、ノーマさんじゃないか

あ、トニーさんもいる

そういえば二人とも香月セキュリティ・サービスの情報部門から出向していたんだっけ

ということは、この部屋に居る人のほとんどは情報部のメンバーなんだな

はい、先行部隊は16階で食い止めています

ヴァイオラの本隊と思われる部隊は

急速に上昇しています今、9階ですね

ダダドムゥに、強行偵察をさせるルートを構築してくれ

チーフが、オレたちを見る

今、ホテル内は防火扉やシャッターを降ろして、自由に行き来できなくしてあるエレベーターも全て、ストップだその全てのコントロールは、この部屋から出来るようにしてある

ダダドムゥ氏、1階入り口の監視カメラで確認しました

来たか最短で、ヴァイオラに接触させるとしてどこが良いと思う

それでしたら、11階のエレベーターホール前に敵を誘導しましょう

ノーマさんが、そう進言した

エレベーターを起動させますダダドムゥさんには、1階から直接11階へ上がっていただきます

敵のど真ん中に、エレベーターで行って危なくないのか

よし、その作戦で行こうダダドムゥには、オレから話す

谷沢チーフは、携帯電話を取り出す

監視カメラが11階を侵攻する、ヴァイオラの部隊を映し出す

うん、やっぱり他の部隊とは違って整然としている

軍事的な知識のある人間が指揮を執っている部隊であることは間違いない

防火扉であちこちが閉ざされた廊下を抜けて30人ほどの隊列が、広いエレベーターホールに到着する

黒い戦闘服の男の1人がエレベーターの方を指す

全て電源が切られて、表示が消えていたはずのエレベーター3台のうち

真ん中の1台だけライトが点いている

ウィンウィンウィン

隠しマイクがエレベーターを引き上げる、ワイヤーの音を拾い上げる

このエレベーターは生きていて1階から上昇している

黒い戦闘服の男たちは、指揮官である赤い腕章の男ジュリアーノ・ジェンカを見る

ジュリアーノは、スッと手で男たちに指示する

銃を構えた男たちがエレベーターの前に展開する

その間にもエレベーターはこのフロアに向かって昇ってくる

チーン

音と共にエレベーターの扉が開く

黒い戦闘服の男たちは、その内部に注視しする

中に居たのは

その男は

金銀ギラギラのラメでできた和服の袴姿だった

頭は、チョンマゲののカツラで

顔は白塗り

これってもしかして

マ*ケン・サンバ

イェイェェーイワオっイェイェェーイワオっ

白塗りギンギラ和服のオッサンはいきなり、大声で喋り出す

オレが昔、夕焼けニャンニャンだった頃弟は夕焼けロンちゃんだった

な、何を言っている

親父は夕焼け番長でオフクロは、東京谷中銀座商店街夕焼けだんだんだった判るかなぁ判らねぇだろうなぁぁイェイェェーイワオっイェイェェーイワオっ

何なんだ狙いは、何なんだ

おいおいそんな顔するなよブラザー世界は仲間、人類皆兄弟戸締まり用心、火の用心じゃねぇか昔の人が、こんなことを言っているぜぇいいつもバラ色に燃えて、この胸ときめくつぼみから花へわたしはマチコイェイ、イェイってないいこと言うじゃねぇかマチコ先生はよ教師生活25年それは、マチコ先生じゃねぇ、マチダ先生だぁぁおい、誰か突っ込めよバックしますバックしますガッツ石松昇竜拳昇竜拳日照権コンチクショウゴラァァ

もう、わけが判らない

しかし敵は全員、アメリカ人なんだけれど

日本語で何言ってるんだ、あんた

つーか、日本語だけれど、オレにはさっぱり意味が判らないぞ

さてと、ほんじゃあ行きますか

そして、オッサンは懐から扇を取り出し、バッと開き

しずしずと、エレベーターの中から外へと摺り足で出て行く

二度目の登場に、衣装もメイクも一新してみたぜぇいオレが祭りと聞いて思わず駆けつけた、異次元戦士・ダダドムゥだあっ、お呼びとあらば即参上スビズバァパパパパパパーンッ

銃で武装した男たちの中へ、飛び込んで行くッッ

さあって、手前ら人間じゃねぇ叩き斬ってやる

ダダドムゥおじ様刀も剣も持たずに、どうやって斬るんだ

まさかのダダドムゥおじ様、再戦です

敵だったやつが味方になって助けに来るのは、ジャンプマンガの王道ですね

まいっちんぐ

306.ダダドムゥ、舞う

うまいスッと敵の中に入り込んでいったね

画面の中の異次元戦士・ダダドムゥおじ様を見てマルゴさんが呟く

最初にエレベーターから降りた時には、完全に銃を持った敵と真っ正面から対峙していたのに

訳の判らないパフォーマンスをしているうちにするすると敵の輪の中に入り込んでしまった

でもあれって、敵に囲まれているってことなんじゃないですか

360度、ぐるっと黒い戦闘服を着た男たちが、ダダドムゥおじ様を取り囲んでいる

いや、あいつはああやって接近戦で相手の懐に入った方が有利なんだよ異次元戦士だがらな

谷沢チーフが言った

距離を取られて、一斉射撃される方がヤバイからな逆にあの距離で囲まれたら、敵は銃が使えなくなる

そっか、味方に当たる可能性があるからうかつに銃撃なんてできなくなったんだ

HEYSAM

赤い腕章の男ジュリアーノ・ジェンカが、1人の大柄な戦闘員に声を掛ける

その戦闘員は、コンバット・ナイフを引き抜いて腰を落とした姿勢で前に出る

ナイフの達人というか格闘戦が得意なやつなんだろう

サムという名前らしいそいつは、英語でダダドムゥおじ様に何か言った

おそらく、挑発の言葉だったんだろうずっと無言だった敵の戦闘員の中から、小さな笑いが起きる

お前は、カブキ・スターかサムライ・ムービーでも撮っているのかって言っていますね

美智英語判るのか

はい、英会話は幼稚舎より必修で習っていますから

当たり前のこととして、美智はオレに答える

こいつはみすずと同じ超お嬢様校に通っているんだっけ

そういう学校じゃ生徒はみんな、外国へ行く機会が多いから試験用の英語教育よりも、より実践的な英会話の授業を大事にしているんだろうな

大したことを言っていないのによく笑いますね、あの人たち

香月健思が、呆れた口調で言う

笑いの沸点が低いんだよアメリカ人だから

寧さんが、そう答えた

あいつらダダドムゥのやつが一人っきりだから、舐めてやがるな

谷沢チーフは、そう分析した

ナイフをブンブン振り回して、威嚇するサム

後ろから黒い戦闘服の男たちが、次々にダダドムゥおじ様へ野次を飛ばす

不穏な空気の中

ダダドムゥおじ様は、手にした扇を開いてゆっくりと扇ぎながら、答えた

あいきゃん・のっと・すぴーく・いんぐりっし

いんぐりっし

れでぃす・あんど・じぇんとるまん・あんど・お父っつぁん、おっ母さんオレは強いでぇぇあんさんよりも強いですがな

サムに向かって扇を向ける、ダダドムゥおじ様

掛かってこんかい

サムの口元が、ニヤリと微笑む

サムではなく敵の群れの中から4人の戦闘員が、ナイフを握りしめてダダドムゥおじ様を襲う

はぁぁ、ちょいな、ちょいなっと

派手な和服姿のダダドムゥおじ様は、クルッと回転するように敵の攻撃を躱し戦闘員の1人の首元に扇を打ち込む

グゥエエッ

叩かれた男が、奇声を上げて崩れ落ちる

ひとぉぉぉーつ

ダダドムゥおじ様は、扇を拡げたまま呟く

人より、力持ち

な何だ

あれは鉄扇なのでございますね

美智が感嘆する

テッセンて

鉄でできた扇です古来より、武器として使われてきましたがあんなに軽々と持たれている上に、派手派手しく彩色されていますから鉄製だとは気付きませんでした

ただの鉄ではない

谷沢チーフが美智に言う

あいつの鉄扇は、特殊合金製だ鉄よりも硬いし、衝撃で歪んだりもしないその分、鉄よりも重いがな

そんなものをダダドムゥおじ様は、振り回している

あ、鉄扇が2人目の男を打ち倒す

ふたぁぁーつふるさと、後にして

左右から2人の男が同時にダダドムゥおじ様を斬り付けるが

1人の切っ先を避けて、もう一人の延髄に鉄扇を叩き込むッッ

みっつミラクル、みっくるんるんっ

そのまま4人目の喉元に、鉄の扇が食い込むッッ

よっつぅぅ横丁にハゲがあるっ

4人目が倒れると同時に

サムが凶暴な眼で、ダダドムゥおじ様に突進するッッ

ハッハッハッハッハァァッッ

ボクシングのラッシュの様に、サムは小刻みにナイフを突き出すが

うはは無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無駄ァァァァッッ

その全てを、ヒラヒラとダダドムゥおじ様は、避けていく

鉄扇がサムのナイフを握る手を打つ

握力を失った手からナイフが落ち、スザッと床に突き刺さる

サムは反対の手で、ピストルを引き抜こうとするが

次の瞬間には、鉄扇で額をカチ割られていた

ウガァァァァ

頭から流血しながらサムが倒れる

いつつーついつかはモノにチーフの娘

鉄扇を片手に四股を踏みながら和服姿のダダドムゥおじ様は言った

谷沢チーフ娘さんがいらっしゃるんですか

関さんが尋ねると、谷沢チーフは暗い顔で

いるよ今年9歳になる

あダダドムゥおじ様

ロリコンだって話は、本当なんだ

いや、でも強いですねさっきのロビーの時も凄いと思ったけれど、今の方が段違いじゃないですか

オレはとにかく、話を話題を変えてみる

あの時はバンバルビーの番場ちゃんがいたからな

谷沢チーフは、暗い声で言った

あいつは、番場ちゃんに気があるんだよだから、ロビーでの闘いではあいつは番場ちゃんとばっかり闘っていたろ

そう言えばそうだった

何か、すごい楽しそうに闘っていた記憶がある

あん時は、番場ちゃんと闘いたいためだけにわざわざ敵に寝返ったようなもんだからなだから、こっちから交渉すれば、またオレらの方に転ぶと思ったんだ

でも、番場さんて二十歳は越えていますよね番場さんのことが好きなのなら、ダダドムゥさん別にロリコンじゃ無いと思いますけれど

関さんの問いに、谷沢チーフは

あいつに言わせると番場ちゃんは、ロリ顔のロリ声で顔だけ見ていたら充分合法ロリータなんだそうだ番場ちゃんの身体には興味が無いらしい身体のラインを消すために番場ちゃんに幼児用のスモックを着せて、黄色い通学帽を被らせるのが夢だって言っていた

へ変態だ

それに番場ちゃんよりも、本当は工藤のお嬢ちゃんの方が好きなんだ

え、美智

確かに、美智は美少女でロリコンの人が好きそうな体型だけれど

しかし、あいつイエス・ロリータノー・タッチとか言って、現実のロリータに触れないのが、真のロリコンということで、番場ちゃんで我慢するって言っていた

谷沢チーフがそう言う

あの人あのまま敵と相打ちになって死ねば良いのに

関さんは、呟いた

殺せるものなら、殺したいといつも思っています

美智も、苦しそうに言う

しかし、ダダドムゥおじ様は相当な腕の持ち主だから

美智には、最終奥義を使って邪な視線から、逃げることしかできなかったらしい

あいつは確かに力はあるがオレは絶対に、香月セキュリティ・サービスには誘わないそう決めているんだ

画面を見る谷沢チーフの眼は毒々しい色の害虫を見る眼だった

その間にもダダドムゥおじ様は、敵を次々と倒していく

おっじゃま、じゃま、じゃまぁぁおじゃまんがっ

相変わらず訳の判らないことを叫びながら

あの人黙って闘えないのですか

麗華が、顔をしかめる

どうしてだか戦闘中はああなるんだよ番場ちゃんや、お気に入りの女の子が見ている場所なら、おじ様を気取っているから、あそこまで変にはならないんだがその代わり、戦闘への集中力も低くなる今はあいつ、番場ちゃんたちも戦闘中で自分の戦闘を監視しているのは、オレだけだと思っているから

ああダダドムゥおじ様は、まさかこんな大集団が自分の戦闘を観ているとは思っていない

谷沢チーフしか観ていないと思っているから、こんなにやりたい放題なんだ

うんこれで10人食ったな

ダダドムゥおじ様の鉄扇が、また敵に炸裂する

幹部の3人は前に出て来ませんねしっかり、周りの戦闘員にガードさせています

なるほど、赤、青、銀の腕章を付けた三人ジュリアーノ・ジェンカ、ロミオ・モンタギュー、ロレンザッチョ・バンディーニの周りは、敵兵で固められている

そろそろ潮時だな

谷沢チーフは、そう決断する

回線を開け

ノーマさんがマウスを操作する

その間に、トニーさんがマイクを谷沢チーフに手渡す

当該フロアのエレベーターホールに、回線繋げました

谷沢チーフは

もういいぞ、ダダドムゥ残り、十秒だ撤退ルートは、Cの1

アナウンスがダダドムゥおじ様の闘うエレベーターホールに響く

ダダドムゥおじ様はスッと戦闘を中断して

自分を取り囲む、敵戦闘員たちをギロッと見つめる

そ・れ・で・はお別れしまーショゴ・キ・ゲ・ン、うるわしゅううううう

謎の歌と踊りを舞う

今だ、やれっ

谷沢チーフの指示に、ノーマさんの手がスイッチを押す

シュッコーンッッ

シュシュコーンッッ

エレベーターホールの天井から煙幕弾が放出される

じゃあなっアバヨ

スッと開いたエレベーターに、ダダドムゥおじ様は飛び乗る

ジュリアーノ・ジェンカが、戦闘員たちに銃撃するように命ずるが

エレベーターのドアは、あっという間に閉まる

バスッ

バスッバスッ

何人かの戦闘員が、エレベーターのドアに向かって発砲するが

無駄だよこのホテルは、徹底して対テロ対策が施されているエレベーターのドアは防弾だし対爆仕様になっている

谷沢チーフは、画面を見てそう言った

ついでだからスプリンクラーの水でも引っ掛けてやれ

ノーマさんの手が動くと同時に画面の中のエレベーター・ホールのスプリンクラーが散水し始める

水に濡れる敵の集団

よく見ておけダダドムゥの倒した連中の中に、死んだフリしているだけのやつはいないな

うん天井からの激しい散水を受けても

気絶している男たちは、ピクリとも動かない

これで敵の本隊は、残り20人だな

チーフは、そう言った

さてダダドムゥの強行偵察の結果を検討してみようか

画面の中では黒い戦闘服の一団は、びしょびしょになってエレベーター・ホールから撤収している

それでもなお、上階を目指すらしい

何か気付いたことはあるか

チーフの問いに麗華は言った

やはり戦闘員への指示は、全てジュリアーノ・ジェンカが出していましたね

だけど、ジュリアーノ・ジェンカ自身は、時折、ロレンザッチョ・バンディーニの方を見ていたわよ

関さんは言う

うん、ロレンザッチョ・バンディーニの方から幾つか、ジュリアーノ・ジェンカに指示を出している様に見えた場面もあったもう一人のロミオ・モンタギューも、常にロレンザッチョ・バンディーニの動向を気にしているようだったね

すげぇなみんな、画面で戦闘を観ながら、そんなことを観察していたんだ

だからあの集団の指揮者は、やっぱりロレンザッチョ・バンディーニなんだと思うな

マルゴさんは、そう結論付ける

でもそしたら、シザーリオ・ヴァイオラは

オレは尋ねてみる

シザーリオ・ヴァイオラはあの集団の中にいないのか

ヴァイオラなら右奥の隅に居たよねっ

ちょっと再生画面て出るかな

寧さんの指示にノーマさんが、さっきの戦闘をモニターに映す

俯瞰で撮っている映像があったら出して

これでどうですか

天井から見下ろした監視カメラの映像

ほらここ3人で1人をずっと護っているこの3人は、ずっとこの1人の前から動かないんだよっジュリアーノの指示にも動かないし

確かに、その4人だけはずっと、同じ態勢でその場に居る

じゃあこの護られている人が、シザーリオ・ヴァイオラですか

オレの問いに、寧さんは

多分ねだって、この人だけ反応していたからっ

ダダドムゥさんのくっだらない親父ネタに

さすがに笑うところまでは行かなかったけれど間違いなく、反応していたよっ

寧さんそれ、どういうことです

シザーリオ・ヴァイオラは、日本語が判るんだよっ

ヴァイオラは米軍に勤務する親に連れられて、子供時代を日本で過ごした

だから、日本語が話せる

あの敵の集団の中にさ日本語の判る人、それも昔のテレビとかのネタで反応する人間はヴァイオラしかいないよ

も、もしかしてヴァイオラを炙り出すために、ダダドムゥさんは、あんな下らないことをずっと言い続けていたんですか

だとしたら何て、深い作戦なんだ

いやそれは無い

谷沢チーフが、厳しい声で言った

あれはあいつの趣味だ

ホント腕だけはいいのに残念すぎる性格だ

ハァとチーフは、溜息を吐く

チーフダダドムゥさん、1階フロアに到着しました

ノーマさんが、そう報告する

チーフと交信したがっているそうですが

繋げあ、音声だけでいいこっちの画像はあいつに見せるな

画面に1階フロアのダダドムゥおじ様が、映し出される

どうでしたぁぁ私のオンステージは決まってましたか

本当に残念な人だ

もう時間が全然無い

それでは、今日も病院に寄ってから、仕事にいきます

307.暗雲

うん少し休んでいてくれ最後のシメにもう一働きして貰うことになるかもしれんもちろん報酬は別に支払うし、休憩の間も時給で十万二千円出す

谷沢チーフは、通信画面のダダドムゥおじ様にそう告げた

だからここからさらに裏切るのは無しだぞ

そうかこの人の場合

この状況から、さらにシザーリオ・ヴァイオラ側に付く可能性もあるのか

だから、全ての戦闘が終わるまではこちら側にキープしていないといけない

ようござんすその条件でお受け致しましょう

ダダドムゥおじ様は、快諾してくれた

ではホテル1階の西側の警備員待機室が無事のはずだそこを使ってくれシャワーもあるし、冷蔵庫の中の物は好きに飲み食いしてくれていい

休憩なんかしないで、このまま、番場ちゃんのフォローに行っても構いませんぜ

ダダドムゥおじ様は、そう提案するが

バンバルビー3のお姉様2人は健在だぞそれでもいいか

バービーとルビーが怪我でもして脱落したら教えて下さいそしたら、すぐに出撃します

案の定ダダドムゥおじ様は、お姉様たちは苦手らしい

そいつは無理だなあの姉ちゃんたちは、ベテランだ番場ちゃんより先にリタイアするわけがねぇ

そうですね私も、そう思います

とりあえず、休め戦況は、1階の待機室でも判るように情報を転送する

かしこまって候でございます

和服姿のダダドムゥおじ様は、武士の様に返事をして通話回線を切った

ダダドムゥのやつは、とにかく強ぇぇんだけれどとにかく、行動が変態過ぎて味方との連携が全然できねぇんだよ味方にも、予想外な動きしかしねぇからなだから、1人きりで突っ込ませる仕事しか振れないんだ

残念そうに谷沢チーフが言う

あの人が、敵と闘っている時に後ろから撃っちゃえば、いいんですよあの人も敵もみんなまとめて

関さんはダダドムゥおじ様への嫌悪感から、そんなことを言い出す

前にそれをやった組織があったんだがなマシンガン10丁で掃射しても、何でだかダダドムゥのやつだけは無事であいつを裏切った組織は、そのまま殲滅されたらしい

さすが異次元戦士

あの方も気を読みますから殺気を感じれば、率先して反応できます

美智が、そう言った

なるほど敵の意表を突く異次元の動きは、相手の気を読んでいるからか

てことはダダドムゥさんの技は、工藤流に近いのか

オレが尋ねると美智は不快な顔をして

戦闘中に敵の気を読むことは武道では珍しいことではありません工藤流は、自らの気を消し、相手の気を反らすことに特徴がありますがダダドムゥ様の技は、自らの気を相手にぶつけることで成立しています

気をぶつける

あの方の気はとにかく、物凄く気持ち悪くて不快なんですだから、相手は自分で意識しないうちに、あの方を避けようとしてしまいます

気持ち悪い存在過ぎてついつい身体が、無意識に避けてしまう

その意識と無意識のズレに、猛スピードで相手の懐に入り込むのがあの方の技の神髄です神技だとは思いますが相手をして、あんなに不快な気持ちになる武人は、他にはいません

うん美智の気持ちは、判る

確かにダダドムゥおじ様が迫って来るのは、不快だ

あいつと交戦して耐えられるのは、番場ちゃんぐらいだろうな

そうですねあの子、頭の中がちょっとメルヘンですから

関さんが、溜息を吐く

純真すぎて、人を疑うことを知らないからあの子バービーさんとルビーさんが見ていなかったらホント、悪い大人にダマされまくっていると思いますよこの間も、アキハバラの駅前で訳の判らない高額な版画を買わされたらしいですし

え、そうなんですか

もっとも番場さんに押し売りしたギャラリーは、バービーさんとルビーさんの襲撃を受けて潰れたらしいわ今は更地になっているって

うわっそりゃ、大変だ

あ、そんなことより

ところでさ美智

美智は、気が読めるんだろそしたらさ、さっきのシザーリオ・ヴァイオラの部隊指揮の様子とか、判るんじゃないのか

ヴァイオラの部隊の指揮系統は謎ばかりになっている

戦闘員の指揮は、幹部のジュリアーノ・ジェンカが取り仕切っている

そのジュリアーノともう1人の幹部、ロミオ・モンタギューへの指示はヴァイオラのマネージャーと言われているロレンザッチョ・バンディーニが行っている

そして部隊の中に、シザーリオ・ヴァイオラ本人がいることも確認された

全てのボスであるシザーリオ・ヴァイオラがロレンザッチョ・バンディーニに指示を出している様子はまったく見られない

これではロレンザッチョ・バンディーニが部隊のトップで

シザーリオ・ヴァイオラは、数人の護衛を従えているだけで指揮権を持っていないように思える

実は、何らかの方法でヴァイオラがロレンザッチョ・バンディーニに指示を出しているとかそういうのは、気の流れで判らないのかい

オレの問いに美智は

残念ですが影像からでは、気は読めません同じ空間の中で肌で感じませんと

美智の気読みにはそういう弱点があるのか

いずれにしても、その問題は調査しないといけないよねシザーリオ・ヴァイオラと彼の組織の根幹に関わる問題だから

最初はあたしたちの前に、事前に偽物のロレンザッチョ・バンディーニを出して、バンディーニは組織の中では小者だと思わせていたなのに、今度はボスであるシザーリオ・ヴァイオラよりも大物であるかの様に振る舞っている女の白いヴァイオラたちの存在も含めて彼らの組織には、まだ謎が多いよね

全員、打ち倒してしまえばいいんですよ

全員打ち倒して壊滅させればそんな疑問は、後から調べればいいんです

そういう風にはいかないよ麗華お姉さん

マルゴさんが、麗華に微笑む

誰が組織の中枢なのかで状況が変わってしまうもの今、見えている状況が正しいのなら、ロレンザッチョ・バンディーニとジュリアーノ・ジェンカさえ倒してしまえば敵集団は壊滅する指揮系統が失われるんだから指揮官を失って烏合の衆になった戦闘員たちを、刈り取るのは簡単だよでも、もしも今、見えている状況がフェイクなら

全員の眼が、マルゴさんに集中する

あたしたちの攻撃をロレンザッチョ・バンディーニとジュリアーノ・ジェンカに集中させるための策だとしたら

なぜ、全隊のボスであるシザーリオ・ヴァイオラが指揮を執らないのかその理由が判らない

あたしたちはなるべく危険を犯したくは無いよねできる限り、こちらにダメージが無いように、あいつらを仕留めたいそれなら合理的に敵部隊を壊滅させるための手順を考えるべきだよ先に倒すべきは、シザーリオ・ヴァイオラなのか、ロレンザッチョ・バンディーニなのかこれは大きな問題だよ

うん無理して、ロレンザッチョ・バンディーニを先に倒しても

シザーリオ・ヴァイオラが、指揮官になって敵部隊が普通に機能するのなら、無理した意味が無い

かといってシザーリオ・ヴァイオラを先に倒そうとすれば、現在の強固な指揮系統がオレたちの攻撃を阻んでくるだろう

でも、敵の本隊はダダドムゥさんの活躍で、20人前後に減りましたこの数なら、一気に攻めれば

麗華は力押しの策を上申する

敵本隊14階で停止しました

ノーマさんが監視カメラの映像を、モニターに映し出す

同じルートで先行している2部隊を後退させています14階での合流を狙っているようです

それはまずい

合流しようとしている部隊の人数は

谷沢チーフが、ノーマさんに尋ねる

最先端の部隊は、各階で何度も工藤さんの配下のチームと交戦していますから元の30名から、今は15名前後に減っていますその後ろの部隊は、30名丸まる無傷です

先行している2部隊が合流すればヴァイオラの本隊は、15+30+20の65名になってしまう

別ルートで侵攻させている部隊も全て、下の階へ下降始めました一度、1階まで撤退させて、本隊と合流させるつもりの様です

ホテル内は、防火壁やシャッターで区切って幾つもの別のルートでないと上階へは上がれないようになっている

だから、ヴァイオラたちは部隊を分けて、個別のルートで侵攻を開始した

工藤父たちは、分かれた部隊のどれがシザーリオ・ヴァイオラの本隊か判らなかったから侵攻してくる全ての部隊を各階で迎撃して、少しずつ敵兵の数を削りながら情報を集めていた

しかし今、寧さんのアナウンスと、ダダドムゥおじ様の強行偵察で、ヴァイオラの本隊が判明した

ならば、ヴァイオラの本隊残り20名だけを殲滅すれば、この闘いは終わる

そのことにヴァイオラたちも脅威を感じているから急いで、部隊の再集結することにしたのだろう

工藤、聞こえるか

谷沢チーフが無線機に向かう

オレたちが地下の緊急避難室から持って来たのと同じタイプのものだ

ホテル内の回戦を使用しているため盗聴される危険性が少ない

状況はこちらでも確認しています

スピーカーから、工藤父の声がする

敵を集結させるな転進した敵部隊を背後から叩け

了解です近場に居る者から、順次、攻撃させます

谷沢チーフの表情は険しい

攻撃チームの送り込みが、間に合えばいいんだが

各階で待ち伏せして、迎撃するっていうシステムになっていたから反転した敵を追っ掛けるのも大変なのよ

不思議そうな顔をしたオレに関さんが説明してくれた

ただでさえ、このホテルの中は今、迷路みたいになっているでしょ迎撃予定ポイントからの移動は大変なのよ

一度、防火壁を開放して、迎撃チームが真っ直ぐに敵に向かえるようにしたらどうですか

香月健思がにやけた顔で、そう言った

開放するのは、最短距離の防火壁だけにすれば敵の動きを制御したまま、こちらの部隊だけ移動させられると思いますが

香月セキュリティ・サービスのトップ・エリートだけなら、その手も使えるんでしょうけれどね

関さんは、苦笑する

あたしたちは、このホテルの内部構造も熟知しているし迷路化した状態のパターンも幾つか頭の中に入っているから、どのパターンになっているのか伝えて貰えば一部の防火扉を開放しても、何とか行動できるわでも工藤さんのチームの方たちは、そうでは無いでしょ

緊急事態が起きたときホテル内部が迷路化するのは、香月セキュリティ・サービスの中でもトップ・シークレットだったはずだ

どこがどう迷路化するのか、どこが開放されれば、どこへ通じるのか関さんたちなら、ある程度は判るんだろうけれど

工藤父の配下のフリーの警護人たちが、知っているわけがない

しかし皆さん、携帯などの電子機器はお持ちでしょうそちらにルートマップを提示すれば

香月健思は、さらにそう進言するが

その提示したルートマップを敵に知られたら、どうするの

関さんが呆れた口調で答える

そうだフリーの警護人が、逆に敵に倒されることにでもなったら、各階の迷路図の載った電子機器が敵に渡ってしまう

とにかく最先行していた部隊の15人だけは、確実に倒した方がいいね2チーム目の30人は諦めるしかないと思うよ

壁の大型モニターに映る敵部隊の様子を見ながらマルゴさんは、言った

それと他のルートから侵攻していた部隊は、下の方の階に降りて来たところで閉じ込めたりはできないのもう、ヴァイオラの本隊ではないただの不良ロシア人たちの隊だって判ったんだから一々、撃滅する必要は無いよね

マルゴさんの言葉に、谷沢チーフは

そうだな2、3階まで降りて来たら、全ての通路を遮断しよう

うんそれで、他の隊の合流は妨げられる

こうなったら少しでも、戦力が必要だ関くんと藤宮くんも、工藤くんのチームに合流して、敵部隊の迎撃に当たってくれ

谷沢チーフが、2人に命じる

2人は、顔を見合わせて

麗華が関さんに頷く

関さんは、微笑で麗華に応えた

チーフその命令は、お受けできません

なぜだね、関くん

わたくしたちはこの方たちの警護を命じられております

関さんと麗華はオレや寧さんを見る

それは、マルゴお嬢ちゃんや、工藤のお嬢ちゃんに任せればいいだろうそれに、ここは本部だぞオレだって居るし、他にもトップ・エリートの警護人がガードしている

チーフは、厳しい眼で2人に言う

しかし勅命でございますから

関さんは突っぱねた

藤宮くんも同じ考えかね

申し訳ございませんが

麗華も、オレたちの側から離れることを拒む

どうしてもか

麗華はオレを見て

はい何があっても、この方たちを護るとお約束して参りましたので

いや、でも谷沢さんのおっしゃっている通り、今、人手不足ならオレたちは別にマルゴさんや美智もいるし

え雪乃

今、このチームを壊したらダメよ

そうですかね僕はむしろ、このチームは解体した方が、みんな軽快に動けると思いますが

香月健思が、笑ってそう言う

違うわ今はダメだって

この部屋に来てから、ずっと黙り込んでいた雪乃が言う

この人たち、信用できないもの

雪乃の眼は谷沢チーフや、ノーマさんたちを見ていた

そんな信用できないって

寧さんがスッとマルゴさんを見て言う

マルちゃんあたし、どっかの部屋で休みたいな

マルゴさんも、寧さんの眼を見て

そうだねいつまでも、この部屋に居るのはお邪魔だろうしね

谷沢チーフに、マルゴさんは言う

谷沢さんどこか休める部屋を貸して下さいませんかご存じの様に、寧はシザーリオ・ヴァイオラの標的の1人ですさっきの放送で、精神的に疲れているようですし休ませたいのですが

谷沢チーフはノーマさんを見る

ノーマさんは、幾つかのキーを叩いて

2505号室を開けます

そしてカードキーを取り出す

この部屋ごと25階へ行きます2505号室は、ドアを出てすぐ向かい側になりますから

この部屋は、丸ごとエレベーターになっている

スッと部屋が、上昇するのを感じた

まあ確かに、お前らは少し休んだ方がいいな敵との戦闘は、オレたちに任せておけ

谷沢チーフは、笑顔でそう言った

谷沢さんもちろん、2505号室でも、戦況が判るように館内の情報は転送して下さいますよね

マルゴさんも、笑顔でそう言う

状況が判らないとあたしたち、怖くてやっていられませんから

もちろんだノーマくん、端末を一つ貸してやれ2505号室でも回線が通じる様に

よろしいんですか、チーフ

ノーマさんが、谷沢チーフに聞き返す

ノーマさんは、こういう時の小芝居ができない人だった

ああ、もちろんだよ

谷沢チーフの笑顔は、強ばっている

あ、端末用のコンピューターは、こっちにありますからどれでも、使いやすそうなのを持って行って下さい

ノーマさんより、さらに場の空気の読めないトニーさんがマルゴさんに、そう言う

端末なんて、どれだって同じだろ

谷沢チーフは、そう言うが

いえ、やっぱり機器は、自分に合ったのを使うのが一番ですから

トニーさんは、カラッと言う

この人は工藤父の部下として、ここしばらく黒い森と行動しているから

オレたちのことは、完全に身内だと思い込んでいるのだろう

君の推薦の機器はどれ一番、情報の引き出しに使えそうなのは

マルゴさんが、トニーさんに尋ねる

オレならこれですね

じゃあ、それを借りていくよいいですね、谷沢さん

ああ持って行け

谷沢チーフは無表情で答えた

回線は、ライティングデスクの所に接続端子がありますから

うん、頼むよちゃんと、あたしたちにも情報を届けてね

判っていますよ

トニーさんは、笑顔で答える

では、谷沢さん失礼します

マルゴさんが、礼をする

オレや寧さんや美智も、一緒に頭を下げた

あたしたちも彼らの警護を続けます

関さんと麗華も一礼する

ああ気を付けろよ

谷沢チーフはそれだけ答えた

で何であんたもこっちに来るのよ

2505号室に移った途端に、雪乃が香月健思に言った

この部屋は通常の客室だ

ベッドが二つある

しかし、オレに寧さんにマルゴさんに美智、関さんと麗華、雪乃と香月健思

8人が入るにはいささか狭い

あんたはあのまま、あっちの部屋に居れば良かったじゃない

だってあなたたちと一緒に居る方が面白そうですから

香月健思は、平然とそう言う

雪乃、さっきのあれはどういうことなんだ

オレは、早速雪乃に尋ねた

さっきのって

谷沢さんたちが信用できないってことだよ

だっておかしいじゃない

だから、何が

どうして、あの人あたしたちを本部まで入れてくれたわけ何もかも、あたしたちに明け透けに見せすぎでしょだいたい、あたしたちって、あの人にあそこまで信用されるような存在

オレたちは黒い森は、売春を主な収益とする犯罪組織だ

それは関さんや麗華が一緒に居たからじゃないのかマルゴさんだって、谷沢さんには信用されていると思うし

そんなことは判っているわよでもさあたしやあんたまで、普通は入れてくれないわよあたしたちのことなんて、あの人は知らないはずなんだから

オレや雪乃は谷沢チーフにとって信用以前の存在だろう

自分の会社の部下が一緒だから、機密だらけの本部に入れて、何でも見せてくれたっていうより変な子供が混じっている集団を、入り込ませてくれるってのおかしいでしょ

そうだけどじゃあ、何で谷沢さんは、そんなことをしたんだ

雪乃は言う

決まっているじゃないあたしたちを油断させるためでしょ

油断させる

オレはこんなにお前たちに心を開いているってことを示すためにわざわざ、機密のある場所まで入れてくれたのよ

あたしもそう思うよ

マルゴさんがコンピューター端末を接続しながら、言った

もちろん、あの人はあたしたちの敵じゃない悪い人ではないでも、あたしたちに何かを隠そうとしているそれは、間違いない

ポケットに入れておいた無線機がぷるぷると振動する

地下の緊急避難室からの通信か

無線機を持っている全員がイヤホンを耳に入れる

もしもし、旦那様

その声は、みすず

大変です旦那様

みすずの声は、緊迫していた

お祖父様と黒森様がいなくなってしまいました

ジッちゃんとミナホ姉さんが

昨日、今日と東京は朧月が綺麗です

父の近況

院内感染で肺炎になったりして、長いこと入院していましたが

来週にようやく退院できることになりました

食事は、先週からお粥的なものになりました

それ以前は、アポロ時代の宇宙食みたいなご飯でしたから

ポタージュ味のゼリーと、どろっとした飲み物とか

手術から1ヶ月やっと、人間的な食事になってきて、父の様子も大分普通になってきました

やっぱり、食事って大事ですね

本当なら、病院でもう少しリハビリする方が良いのですが本人がどうしても帰宅したいということで、退院が早まりました

しかし、この1ヶ月寝たきりでしたから、足腰は衰えていますし呆けも完全には治っていません

帰宅してからも、苦労は続きそうです

皆様には、ご心配いただき、本当にありがとうございました

心より、感謝致します

308.香月健思

いなくなったってどうやって

オレが尋ねると通信機の向こうのみすずは

お祖父様が2人だけでお話がしたいとおっしゃって、監視室の方に黒森様とお二人だけで行かれたんですそのまま、ずっと出ていらっしゃらないので

ジッちゃんとミナホ姉さん

おかしいなと思って、お部屋のドアを開けてみたらお二人とも、いなくなっていたんです

二人だけで地下の緊急避難室から脱出した

もしもし、あたしよ判る

通信がみすずから、克子姉に変わった

部屋の壁のパネルの中に一人ずつ、上に脱出できる昇降装置が隠されていたわ下から上にしか行かれない造りになっているから、この装置を伝わって敵が降りてくることはできないと思うわ

そんな脱出経路が、隠されていたのか

どうする何なら、あたしが、この装置を使って追っ掛けてみるけれど

オレはマルゴさんを見る

克子さんはそのまま、そこに居て今から追い掛けても、ミナホと香月さんには追いつけないと思うよそれに、昇降装置の先がホテルのどこに通じているのか判らないしね無闇に追っ掛けて、敵の部隊と遭遇したら危ないよ

ジッちゃんは、ホテル内の構造を知っているから脱出装置で抜け出したんだろうけれど

ホテルのどこに通じていて、そこから先の秘密経路もあるんだろう

でも、克子姉にはそんな知識は無いのだから一人で追い掛けさせるわけにはいかない

でも、あたしお嬢様が心配なんです

克子姉は不安そうに、そう言う

気持ちは判るけれど克子さんは、そこで渚さんと一緒に他の子たちのメンタルをケアしてあげてきっと、みんな不安になっていると思うから

うんみすず、メグ、マナ、瑠璃子、美子さんみんな、怯えているはずだ

克子姉オレの声を部屋のみんなに聞こえるようにしてくれる

オレの提案に、マルゴさんが頷いてくれる

とにかく、安心できる言葉を言ってくれる相手をあの子らは求めているはずだ

ええ、ちょっと待って

克子姉が、通信回線を開くまでしばし待つ

もしもしオレだ状況は今、みすずと克子姉から聞いた

ヨシくん、そっちは大丈夫なの

緊急退避室の方は、一つのマイクで音声を拾っているんだな

マナとメグの声が、同時にオレの耳に飛び込んで来た

申し訳ありませんお兄様

オレに侘びるのは瑠璃子か

お兄様がお命じになられていたのにわたくし、お祖父様から眼を離してしまいました

済んだことは、もうしょうがないよ気にしないで

今更、そんな話をしてもラチが開かない

ジッちゃんは元々、オレたちだけを緊急避難室に退避させて、自分はホテルの上階へ戻るつもりだったそれは判っているよな

はい、そういう兆候がございましたからわたくしは、絶対にお祖父様を見張っていなければならなかったんです

瑠璃子、本当にその話は、もういいから瑠璃子たちの監視は、ちゃんとできていんだよだから、ジッちゃんはミナホ姉さんと二人きりになる口実を作って、瑠璃子たちの眼から逃れたんだろ

はい、まさか黒森様もご一緒に脱出なさるとは思いませんでしたので

ジッちゃんはミナホ姉さんに脱出を見逃して貰う代わりに、なぜどうしても上階へ行きたいのかの理由をミナホ姉さんに説明したんだと思うそして、それを聞いたらミナホ姉さんも、一緒に上階へ行こうと決心したんだよ

そうとしか思えない

いずれにせよジッちゃんも、ミナホ姉さんもオレたちを黙って見捨てるような人じゃないそうだろ瑠璃子

はい、お兄様それは判っているのですが

不安の暗い影が、瑠璃子を覆っている

みすず、瑠璃子のことを頼む美子さんもお願いします

瑠璃子は、ジッちゃんを信頼しきって成長してきているから

何か理由があるのだろうということは理解できてもジッちゃんが、自分を置いて無言で立ち去ったという現実に、心が対応できていない

とにかくジッちゃんとミナホ姉さんの行方は、オレたちで調べてみるから何か判ったら、すぐに連絡するよ

お願いしますお兄様

ああメグとマナも、みんな仲良くして待っていてくれ

判ったわ、ヨシくん

渚も頼むよ

はいこっちの部屋のことは任せておいてあなた

渚が部屋全体の様子を見てくれるなら、心配は無い

瑠璃子の不安は、これで少しは解消されるはずだろう

真緒ちゃんは、どうしてる

すっかり眠ちゃっているわ今日は、色んな人と会ったから、ハシャギ過ぎて疲れているんだと思うの

そうか今日は、一日、大騒ぎだもんな

小さな真緒ちゃんの一日は、もう終わってしまっているけれど

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