はいそうなんでしょうね黒森様のお優しさが、わたくしに伝わって参ります

18歳まで男性との接触を禁じられていた少女が、初めてのスキンシップにそんな感想を述べた

美子さんそろそろ、瑠璃子さんと交代なさって下さい

あはい申し訳ありません

美子さんが、慌ててオレから身体を離す

また抱いていただきたくなったら、いつでも旦那様にお願いして下さい旦那様は、いつでも抱いて下さいますから

みすずの言葉に、美子さんは

顔を赤くして、そう答えた

さあ瑠璃子さんの番ですよ

瑠璃子さんは緊張していた

わわたくしは

どうしたんです瑠璃子さん

あの、やっぱり

恥ずかしいのか、怖いのか

もじもじしている、瑠璃子さん

瑠璃子さんが来ないのならオレの方から、瑠璃子さんの方へ行く

こ、来ないでこ、怖いです

怯えている、瑠璃子さん

オレの顔を見て下さい

瑠璃子さんがえっという顔をする

15歳の大きな瞳がオレの顔を見上げる

怖いですか

隔離されてきた中学3年生には男というだけで怖いのかもしれない

怖くないですから

オレは、言い切った

いいえ怖いです

瑠璃子さんは、震えている

怖くないですよ

みすずが近寄って来て瑠璃子さんの見ている前で、オレの頬にキスをする

ええ、怖くないわ

メグも来るオレの反対の頬にキスをした

うんっ、怖くないですからっ

マナが、オレの耳にキスをした

はいご主人様は、怖い方ではございません

美智が、オレの首にキスをする

オレの4人の女たちはそのまま、瑠璃子さんの背中に廻った

あたしたちが一緒です怖くないですからね

みすずが、瑠璃子さんの耳にそう囁く

抱きます、瑠璃子さん

オレは大きく手を広げて

怯えている小さな肉体を抱き締めた

オレが瑠璃子さんを抱き締めると

みすずたちが、さらにオレと瑠璃子さんを抱き締めてくれる

瑠璃子さん、心臓がドキドキしていますね

抱き締めた華奢な肉体から激しい鼓動が伝わって来る

は、はいわたくし

緊張している瑠璃子さんの背中を、オレはそっと撫でていく

ゾクッと震える瑠璃子さん

とっても感度が良いんだ

委ねて下さい

オレは、瑠璃子さんの耳に囁いた

委ねる

はい瑠璃子さんの心と身体を、オレに

瑠璃子さんは、怖がっている

瑠璃子さん

瑠璃子さんはオレが守ります

オレとみすずとオレの家族たちが瑠璃子さんを幸せにします

な、何をおっしゃっているんですか

瑠璃子さんには意味が判らないらしい

オレは瑠璃子さんの心臓の音に集中します瑠璃子さんは、オレの心臓の音を聞いていて下さい

黒森様の心臓の音

はいオレの胸に耳を当てて、聞いて下さい

瑠璃子さんがオレの胸に耳を当てる

ドックン、ドックンて言ってます

ええ、生きてますから

わたくし他の人の心臓の音を聞くのは、生まれて初めてです

オレは静かに、瑠璃子さんの髪を撫でる

ゆっくりと、穏やかに

少しずつ瑠璃子さんの身体の固さが、取れていく

力が抜けていく

オレ一人の力ではない

周りから瑠璃子さんとオレを抱いてくれている4人の肉体の温かさが

瑠璃子さんの緊張を緩めているんだ

瑠璃子さんの心臓の音穏やかになってきたねっ

瑠璃子さんを背中から抱く、マナがそう言った

旦那様と瑠璃子さんの鼓動が同調していますよ

みすずの言葉に瑠璃子さんが、驚く

わたくし

はい、オレたち今一つになっています

鼓動が重なる

まるで一つの動物になったみたいに

不思議な気分ですわ

瑠璃子さんが言った

わたくし黒森様をとっても親しく感じます

抱き合っているオレたち

みすず様や、他のみなさまも

みすずが、美子さんに声を掛ける

美子さんもいらっしゃい

そうよみんなで一つになりましょう

メグが、美子さんに手を差し出す

さあ、いらして下さい

美子さんもオレと瑠璃子さんを囲む中に入る

みなさん心臓の音を聞いて下さい

全員の鼓動を重ね合わせましょうあたしたち、一つになるんです

マナ、メグ、美智がみすずの指示に従う

お互いの身体に耳を押し当てて鼓動を聞く

美子さんも、真似をして参加した

マナ、ちょっと鼓動が速いわよ

メグがマナに言う

えー、どうしたらいいのかな

深呼吸なさい穏やかな気持ちになるの今、抱き合っている相手に対して愛おしい気持ちを持つんです

みすずが、マナに言った

美子さんの心音も、少し大きいと思います

美智の言葉に

す、すみません

謝らないで下さい委ねてオレたちに、心と身体を委ねて下さい

あ重なった

うん同じリズムで心臓が鳴っているわ

オレたちの鼓動がシンクロする

こんなことできるものなんですね

瑠璃子さんが、感動していた

ええ、あたしたち一つになってしまいましたですから瑠璃子さん

あなたはもう、美子さんと二人だけではありませんよ

あたしたちみんなあなたの身内ですから

一人でも邪念があったらこんな風に、鼓動が重なったりはしませんよ

確かにみすずの言う通りだ

あたしたちは、瑠璃子さんと美子さんが大好きなんですから

わたくしお祖父様に、人の言葉は信じるなと言われて参りました特に優しい言葉には気を付けろと

オレはそれまでと変わらぬリズムで、瑠璃子さんの髪を撫で続ける

ですから言葉は、よく判りませんでも、この心臓の音とこの温かさは信じます

瑠璃子さんが、オレの胸に頬を寄せる

みなさんわたくしの身内なんですね

オレはもう一度、キュッと瑠璃子さんの小さな肉体を抱き締めた

瑠璃子さんも、抱き返してくれる

みすずが、マナが、メグが、美智が美子さんが

オレと瑠璃子さんを、外側から抱き締めてくれた

どうしましょうわたくし

瑠璃子さん

黒森様に抱き締めていただくの好きになってしまったかもしれません

それなら、いつでも抱き締めてあげますよ

でも黒森様は、みすず様の恋人でいらっしゃいますし

いいのよ、瑠璃子さんあたしたち、姉妹みたいな関係じゃないですかあたしは、全然構わないから

初めての男性とのスキンシップを体験して

瑠璃子さんの心が、揺れている

みすずの瑠璃子さん誘い込み計画は、順調に進んでいる

ハグの練習は、いっぱいして下さいあたしの旦那様がいつでも、お相手しますから

よろしいんですか

その代わり、こっそりとですよ人に見られると誤解されますから練習は、旦那様とだけいいですね

ハグの次は、キスですね

え、みすずさん

ご存じないのですか西洋の方とは、挨拶でキスをしなくてはならないこともあるのですよキスの練習もしておかないと

みすずのレッスンは、どんどんエスカレートしていく

練習です大丈夫ですみすずの旦那様が、しっかりとお相手して下さいますからお手本をお見せしますね

みすずが、オレにキスしようとする

オレたちの居る楽屋のドアが、ノックされた

藤宮です

凜とした女性の声がした

ふ、藤宮さんて

そ、そうだった

谷沢チーフが、瑠璃子さんに新しい護衛の人を送ってくれるって言ってたっけ

失礼致しますっ

藤宮さんは女性だから平然と、楽屋のドアを開く

オレは瑠璃子さんと抱き合ったまま

ほかの女の子たちも、オレたちを取り囲んで抱き合っている

こんな状況

な、何て説明したらいいんだ

ガチャリとドアを開いて、部屋に入って来た長身の女性が

オレたちを見て、眼を白黒させる

何をなさっているんです

メグが、叫んだ

ファイトォォ

オレとマナとメグが、同時に叫ぶ

ファイト

オー

オッ、オーッ

そして、パッと身体を離す

途中から、みすずと美智も参加してくれた

瑠璃子さんと美子さんは、呆然としている

ほ、本番前にみんなで気合いを入れていましたっ

さすが、運動部員

メグが、藤宮さんにそう断言した

部活の掛け声と言えば

ランニングの時の

ファミコン・ウォーズが出ぇたぞぉ

こいつはすげぇ、シミュレーション

古い人間ですみません

あと、一休さんの歌を歌いながらというのもあったな

愛してるのところだけ、一人が歌います

228.撲殺剣士

藤宮麗華です瑠璃子様、みすず様の警護役に着任致しましたよろしくお願い致します

香月セキュリティ・サービスのトップ・エースの一人だという、藤宮さんは

まるで、タカラヅカの男役の様な格好をしていた

男装それも英国紳士の装い

グレーのスーツに、茶色のベストテン青いネクタイ

革靴も茶色だ

細身で長身の女性なのに男装がよく似合っている

少しも変じゃないどころか彼女の魅力をアップさせている

このスーツも高級品なんだろうオレが見ても判る

完全に彼女の身体にフィットしているオーダーメイドなんだ

髪は短髪で綺麗に撫でつけてある

物凄い美人だ

その上優雅さと気品がある

スッと背筋を伸ばした立ち振る舞いは肉体の軽やかさと、強靱さを伝える

この人は強いだろう

手には茶色の革手袋を填め

そして太めのステッキを持っていた

藤宮さんに来ていただくなんて、光栄ですわ

瑠璃子さんが、そう言って微笑んだ

すみませんちょっと面倒な賊が、潜入するかもしれないという情報がございまして

藤宮さんは、穏やかにそう言った

そうなのですか

美子さんが、心配そうな顔をする

ご安心下さいわたくしたちのチームが出動しておりますから

藤宮さんが、ニッと微笑んだ

はい藤宮さんに来ていただいたんですもの、何も心配は致しませんわ

瑠璃子さんが、そう答えた

しかし、わたくしの身体は一つですので申し訳ございませんが、瑠璃子様とみすず様は、しばらくは常に一緒に行動なさって下さいもちろん、美子さんもです

藤宮さんはみすずと瑠璃子さんには様、美子さんにはさんと、明確に差を付ける

警護対象は、あくまでみすずと瑠璃子さんであり美子さんは、ついでなのだということだろう

美子さんを利用して賊が接近して来る可能性もあります何か御用がありましたら、うちの会社の者に行かせますので、美子さんは常に瑠璃子さんのお側にお付き下さい

美子さんは、そう返事をした

それから藤宮さんは、オレたちを無視して美智を見る

あなたが、みすず様の警護役ですか

美智は、スッと頭を下げ

工藤美智と申します

藤宮さんは、美智の様子をジッと見て

うむ立ち振る舞いは良いちゃんと鍛えていることが判る品も良いし真っ直ぐに育っている

美智を見ただけで、分析する

これは、工藤氏の教育によるものではありませんねみすず様のご指導でしょう

藤宮さんは、そう結論を出した

はい美智は、あたしの警護役としてうちの学校に入学させましたなるべく、あたしの側に居るように申しつけて、一流のものに触れさせるようにしています

美智を、超お嬢様女子校に入れたのはみすずだったんだ

小さな時から一流のものに出会って、一流の人たちに混じっていなければ本当の品は身に付きませんから

みすずは、この小柄な3つ年下の武士娘を本当に愛しているんだ

工藤氏は、一流のスキルを持っているお方ですが残念ながら、気品に欠けますその欠点さえなければ、今のように裏方専門でなく、表のトップにもなれるお方ですのに

藤宮さんが、残念そうにそう言った

申し訳ございません父は裏の仕事が好きなんです

美智が、恥ずかしそうに答える

裏の仕事は、柄の悪い方々と交渉していかなければなりませんから工藤氏も、自然にそういう態度になっていかれるのでしょう長く身を置けば、それだけ立ち振る舞いに品の無い人間になっていってしまいます

ですから、美智は早い段階で工藤さんから引き離しました

技のお稽古こそは、工藤さんに付けていただきましたが日常生活の大半は、あたしに帯同させましたから

的確なご判断だと思います品というものは、毎日の生活の中でしか培われませんから

藤宮さんは、そう言った

きっと、3年後には、素晴らしい警護役に育っているでしょうね谷沢チーフの眼に適うような逸材に成長していることでしょう

いいえ、美智は香月セキュリティ・サービスには属しません

みすずは、はっきりと言った

美智は、ずっとあたし専属の護衛です

はいわたくしは、みすず様にお仕え致します

藤宮さんは

そうですか残念ですわね香月セキュリティ・サービスに属するということは、香月の家に忠誠を誓うということと同じことですが確かに、みすず様だけの家臣というのも、必要なのかもしれませんね瑠璃子様には、美子さんがいらっしゃいますし

はい、ですからみすずには美智が必要なんです

瑠璃子さんは、三つ年上の美子さんをお付きにしている

みすずは、逆に三つ年下の美智を護衛役として側に置く

何かあったら、いつでもわたくしに相談なさいあなたが、香月セキュリティ・サービスの人間でないとしても香月の家を守る後輩ですから

藤宮さんが、優しく美智に言った

もっとたくさん食べて、身体を作りなさい今のままでは、持久力が足りないでしょう

はいありがとうございますあの、藤宮様

何でしょう

一度、わたくしに稽古を付けていただけませんか

わたくしに

はい氷の剣士と呼ばれる藤宮様の技を、拝見させて下さいませ

美智が、藤宮さんに頭を下げる

わたくしはもう一つの、通り名の方が気に入っています

藤宮さんが、グッとステッキを握りしめる

一度と言わず時間のある時は、何度でも相手を致しますわなぜ、わたくしが撲殺剣士と呼ばれているのか技の全てを見せてあげるわ

撲殺剣士

まさかそのステッキで、殴り殺すのか

藤宮さんは、剣士として一流の力を持っていらっしゃるのにどうして刀剣をお使いにならないのですか

みすずが、尋ねる

今の時代の警護には刀剣類は、相応しくありません

藤宮さんは、答えた

刀で肉体を切れば、血が出ますしそうなると、複数の人間との戦闘には支障が出ます血で滑ることもありますし、刀の切れも悪くなります何度も振るっていれば、どんな名剣でも刃こぼれしますし、折れたり曲がったりします何より、刀での闘いは惨いです警護対象である、名家の方々にお見せするべきものではありません

藤宮さんは、自分のステッキを見る

ステッキとは、西洋では剣を持ち歩く代わりに使用されたのが起源ですそもそもは武器なのですしかし、現代ではステッキを持ち歩くことは、武装しているとは見なされないでしょうそこに、ステッキの利点があります見た目も優美ですし

藤宮さんがステッキの柄に、そっとキスする

このステッキは特別製で重さが3キロあります特殊な合金製で、絶対に折れたり曲がったりすることはありませんわたくしは、このステッキの打撃力が気に入っています

打撃力

賊が、防弾チョッキを着けていてもわたくしのステッキの打撃力ならば、骨折させ戦闘不能に追い込むことができます素早く、打ち払えば警護対象者に気付かれることなく、賊を倒すことさえできます

だから、撲殺剣士なのか

わたくしたちは警護人です暗殺者ならば銃器を使い、血が流れることも恐れないのでしょうがわたくしたちは、血が流れることを徹底して避けなければなりません警護対象者の方の血はもちろん、わたくしたち自身さらには、賊さえ血を流させない赤い血を、警護対象の方に見られてしまうということは、わたくしたちの仕事では恥辱を意味しますですから、わたくしは打撃に全てを掛けていますわたくしの全力の一撃で、砕けぬものはございませんから

なるほど、何事も優美にこなそうという思想が工藤父とは、根本的に違っている

工藤父は、何もかも蹴散らかしていく感じだもんな

確かに、工藤父では名家の人の警護は任せられない

ところで、藤宮さん

あなたはどうして、あたしの大切な方々にご挨拶なさらないの

藤宮さんは、オレやメグやマナには挨拶していない

というか完全に無視している

やっぱり、オレたちが黒い森だからか

藤宮さんは、当然、オレたちの素性を知っているんだろう

藤宮さんはあたしの警護役になられたんですよね

みすずが、強い眼で言う

それならあたしの大切な皆さんにも、ご挨拶なさるのが道理だと思います

失礼を致しました香月セキュリティ・サービスの藤宮麗華でございます

スッと、オレたちに頭を下げる

藤宮さんは、一流のプロの警護人だ

心の中では黒い森を蔑視していたとしても

みすずが主人の一人になった以上は、その命に従う

オレは偽名で挨拶する

どうせ、藤宮さんはオレの正体は知っているんだろう

だからここは黒い森の人間として、名乗ることにした

吉田恵美です

吉田マナです

二人も頭を下げた

山峰と白坂の名前も、この場では出せない

色々とお考えもあるとは思いますがどうか、みすずと瑠璃子さんをよろしくお願い致します

オレは、そう藤宮さんに言った

お任せ下さいませ

藤宮さんは、そう答えてくれた

コンコンとノックの音がする

美子さんが返事をする

加奈子です

加奈子さんか

瑠璃子さんの声に、ドアが開く

加奈子さんが、顔を出す

お待たせしましたみすずさんもうすぐ、みすずさんの前の方の舞台稽古が終わりますから、舞台袖にスタンバイして下さいっ

加奈子さんは、焦り気味に言った

開場時間が迫っているからだろう

判りました、ありがとうございます

ドアを閉める、加奈子さん

舞台監督の助手さんでなく、どうして加奈子さんが知らせに来て下さったのかしら

瑠璃子さんが、不思議そうに言う

気を遣って下さったのよあたしと瑠璃子さんが一緒に居て、その上藤宮さんまでいらしたんだから

香月家の後継者候補の娘二人に香月セキュリティ・サービスのトップ・エースの一人

普通の人なら、ちょっと畏れ多くて近寄りにくい

だから二人の友人である加奈子さんが、わざわざ呼びに来てくれたんだ

良い人だな加奈子さん

では、行って参ります旦那様

わたくしたちも、舞台袖へ参りましょうか美子

さっき、藤宮さんにできる限り一緒に固まっていろと言われたから

瑠璃子さんたちも、みすずと一緒に舞台袖へ行くことにしたらしい

うん、オレたちもロビーに戻るよ

オレは、みすずに微笑む

オレたちも一緒に舞台袖に行くわけにはいかない

みすずの踊りは稽古で無く、本番を楽しく見たいし

客席から応援していますみすずも瑠璃子さんも頑張って下さい

はい、ありがとうございます黒森様

瑠璃子さんが、そう言ってくれた

発表会が終わったら待っていて下さいね

もうすぐ、この劇場には香月閣下も

みすずの婚約者も来る

オレは対決しなくてはならない

判っているから

もう一度みすずを抱き締めた

旦那様大好きです

みんなが見ている前でみすずがオレに、そう言ってくれた

美智あたしと瑠璃子さんは、藤宮さんが付いて下さいますあなたは、旦那様たちをお守りして

美智が、主に答えた

メグ、マナ、美智とロビーに戻る

黒い森の一団は、ロビーのソファーを占拠していた

お帰り、コーヒー飲む

さっきまでと違い、ロビーには人が増えてきている

もうすぐ開場時間だ

受付では、紺碧流の人たちが準備を始めているし

発表会の出番の早い子たちは、ロビーで最後のお稽古をしていた

もちろん、その子たちの警護とお付きの人もいる

香月セキュリティ・サービスの制服姿の警備員も数を増やしていた

そんなロビーの中で

黒い森のみなさんは、明らかに異彩を放っていた

何が変なんだろう

マルゴさん、寧さんはそんなに変じゃない

克子姉はギリギリ、オッケーだ

ミナホ姉さんはちょっと、変かも

着ているものとかは、おかしくないんだけれど

明らかに、子供たちの日舞の発表会を観に来たという雰囲気が無い

そして雪乃

何じゃ、お前は

この黄色と黒の太い縞々のドレスは破壊力があり過ぎる

晴れの場にこれを着て来るという、趣味が判らない

というか意味が判らない

三つ編みの髪型と太い黒縁の眼鏡で、さらに強化してあるから

うん、遠くから見ると何かの宣伝キャラクターみたいに見える

それも地方の小さな食品会社とかのハチミツ製品の宣伝キャラというか

ハチミツ戦士、ユキノちゃんだなこりゃ

ホットケーキが食べたくなってきた

この一団が集合しているとものすごく目立つ

舞夏開場になったら、あんまりあたしに近付かないでよ

雪乃が、マナに言う

何でよ

舞夏と呼ばれたことで、マナは不機嫌そうに実姉に言う

あたしたちが、二人並んでいるとさ白坂の娘だって、気付かれるかもしれないじゃない今日の会は、あんたと友達だって観に来るんでしょ

雪乃そんなことを心配しているんだ

大丈夫だお前を、白坂雪乃と気付く人間はいない

父親の不祥事がテレビで報道されている時に

そんだけ面白い姿で、公の場に出てくる娘はいないぞ

もし、お前に気付いた人が居たとしても確実に、避けると思う

寧さーん、マジックペン持ってませんか

マナは、姉の言葉を無視して、寧さんに呼び掛ける

持ってないけれど、どうしたの

雪乃さんのおでこに、大きく白坂って書いておこうかと思って

相変わらず、雪乃には酷い

どうだった、みすずさんたちの方は

ミナホ姉さんも、オレの方を見た

みすずと瑠璃子さんは、藤宮さんにお任せしてきました

会ったの彼女と

はいちょうど、楽屋にいらっしゃいましたから

君はどんな印象を持った

凛としてて、格好いいですよね着ているものも一流品だって判りましたし靴もしっかりしていました

オレは、見てきた印象を一気に話す

立ち振る舞いも綺麗でしたし、言葉遣いも何より、すっごく強そうで、頼りになる感じでした

藤宮という人は、香月セキュリティ・サービスの中でもトップ・エースの一人だからね一流なんだよ

何か、香月セキュリティ・サービスって不思議ですよね工藤さんも、谷沢チーフも、山岡部長も、藤宮さんも全然、タイプが違っていて

本当に、雰囲気がみんな違う

それはそれぞれの配置されている部署が違うからさ

香月セキュリティ・サービスみたいに、要人警護を専門にやっている会社だとさ

ええっとどういうことなんだろう

吉田くん、香月セキュリティ・サービスの仕事って、どうしたら完遂だと思う

ミナホ姉さんが、オレに尋ねた

例えばある人物から依頼を受けるとするわねどうも、悪いやつに狙われているみたいだから、警護して欲しい香月セキュリティ・サービスが、その要請を受けたとしてどうすれば、仕事は完了になるのかしら

依頼した人物を守りきったら

どうしたら、守りきったって確認できるの

それは悪い人の襲撃から、その人を守って、敵を撃退するとか

残念それでは、ビジネスにならないんだよ

香月セキュリティ・サービスでは、一定期間で警護の契約をする1ヶ月間とか、3ヶ月とか、半年とかずっととかねその警護期間に、警護対象者が襲撃を受けたら、香月セキュリティ・サービスの負けだよ

襲撃されるってのは、警護対象者が危険な状態になるってことだろできることなら、誰だって襲撃なんてされたくないよね

それは確かに、そうだ

だから、警護契約をしたら香月セキュリティ・サービスでは、対象者の警護と同時に、外回りの活動をする別働隊を出すその連中が、警護対象者を襲撃する予定の人間を割り出し、徹底して駆逐する

そうよ工藤さんは、そういう担当の仕事をしているわけだよ

徹底的に調べ上げて事前に、襲撃者を排除してしまう

契約期間1ヶ月なら1ヶ月以内に、警護対象者を狙っている人間たちを全て処理するってことなんだよ

工藤さんたち裏のチームが、実は仕事の中核を果たしているわけもっとも、みんながみんな、そのことを知っているわけではないよ警護を要請してくるような人だって、知らないこともある実務は、秘書に任せている人も多いしね

襲撃も何もないまま契約期間が終了して、もう大丈夫でしょうっ報告されるのが、顧客にとっては一番なのよ

裏の部隊のことは顧客からは、見えない顧客に見えているのは、身近で自分の警護をしてくれる人だけだだから、山岡部長の総合警備部は、みんな見た目が良くて、判りやすい実績を持っている人を雇っているんだよ

体格が良くて、格闘技の段位を持っているってのが最低条件だよねそれで、何かの大会で入賞したとかってのがあれば、もっといい

警護対象者に張り付いている警護の人は見た目だけってことですか

そこまでは言わないよ訓練はちゃんと厳しくやっているし能力のある人間でないと、そもそも雇われないよただ仕事内容が違うってだけ

山岡部長たち、総合警備部の人たちには工藤さんたち裏の舞台の活動は一切教えていないのよ

裏の人間が、襲撃の可能性を事前に潰しているって知ったら実際に、顧客を警護している警備員たちから緊張感がなくなっちゃうからだから、教えないんだよ

そして谷沢チーフの率いている部隊は、別格よ最高レベルの重要人物を警護するためのカウンター・テロリズムのエリート部隊だから

確かに藤宮さんは、雰囲気からして違った

谷沢さんたちは、一流の戦闘力があってなおかつ、超一流の人たちのお相手をするための気品と教養を身に付けているんだ

でも藤宮さんは確かにそうでしたけれど、谷沢さんは

結構砕けた態度の人だったけれど

あれは、あたしが黒い森の人間だから、ああいう態度をしていたってだけのことだよ谷沢チーフは、一流の人たちと裏の人たちとで、それぞれ的確な別々の対応ができる人なんだよあたしや工藤さんに対して、あんな感じに対していたのはあくまでも、あたしたちには、気軽に話し掛けた方がいいって判断しているからだよ

そうか藤宮さんは、オレを黒い森だと知っていて無視しようとした

一流の世界の人間ならそれが当然の反応なんだ

しかし、谷沢チーフは香月セキュリティ・サービスの役員として

工藤さんたちの裏の部隊にも指示をするし

オレたちみたいな組織の人間とも交渉しないといけない

だから気安い感じで話してくれていたんだ

香月閣下や、自分のチームの人間とはちゃんと一流の世界の人間として話しているよ谷沢チーフは

なるほど大変なんだ

遅刻しそうです

229.スーパーフラット

吉田くん品格ていうのが、どんなものなのか考えたことはある

品格

何が上品で、何が下品なのか一流と二流の差はどこにあるのか

そういうのは考えたことないな

オレはそんなのとは、全然関係無い世界に生きていた

上流階級に属していても、下品な人は居るわその逆もねでは、何が人の品格を決めるのかしら

ミナホ姉さんの質問は、難しい

吉田くんピカソでも、ゴッホでもいいけれど、本物の絵を見たことはある

本物

印刷されたものとか、テレビで映されているものじゃなくて実物を自分の眼で見たことは

じゃあ、今度観に行きましょう

観に行くって

一流を越えた、超一流の芸術家の作品は本物を肉眼で見れば、どんな素人にもその凄さが伝わって来るものよ

だから、まず超一流の作品の凄さを感じてそこから、一流、二流の作品と比較していくのよ

ピカソは晩年の作品を吉田くんに見せるのは、避けた方がいいんじゃないあれは、別の闘いだから

横から、マルゴさんが口を挟む

別の闘いって

ピカソは長生きしたし、ずっと巨匠だったらね走り書きの落書きみたいのも、全部画商が回収して高値で売っちゃったんだよだからって、酷い作品では無いんだけれど審美眼を身に付けるのには、あんまり良いとは思えないから

ちゃんと初期の作品から、青の時代、ばら色の時代、キュビズムと観せていくわよ

大変だ一ヶ月くらいのヨーロッパ旅行になるんじゃない

それでも、本物を実際に観る体験は大切だから

そんなに本物を観るのって、大事なことなんだ

オレの問いに、マルゴさんが

本物を観ないと、作者が実際にどういうつもりでその作品を作ったか判らないからね

あたしの経験で言うとさ美術の教科書に、ヨーロッパの王様の騎馬像が載っていてねその馬の絵が、何かちょっと変なんだ馬にしては首が太くて頭が大きすぎてね

でその教科書を見てみると、馬の首を太く描くことで、ダイナミズムを表現しているとか、書いてあるんだそれを読んだ時は、そんなものかなあって思っていたんだけれど

マルゴさんが、ニコッと笑う

ミナホに連れられて、ロンドンのナショナル・ギャラリーへ行ったらね、その絵の実物があったんだよそしたら

この人はあんなに強いのに

美術とか音楽とかの話をする時は、本当に楽しそうだな

その騎馬像は、物凄く巨大な絵でね下から、見上げて観る絵だったんだよ

大きな絵を下から見上げる

そう下から見上げると、教科書の小さな写真では太すぎると思った馬の首が、しっくりとしているんだ遠近法のトリックなんだよ作者は、最初からその絵がどの距離のどんな角度から観られるか計算して描いているってこと大きさもねこういうのは、やっぱり実物を観ないと判らないもんだなって、あたしは感心したんだよ

写真で小さくされたのでは、判らないことだってあるのか

もう、マルちゃんそもそもさ、本物の絵と写真じゃ発色が違うでしょ

寧さんもやって来る

ヨッちゃん実物の油絵って、本当にキラキラしていて綺麗なんだよっ

そうねどれだけ印刷技術が発達しても、本物の色は再現できないかもね

ミナホ姉さんも、そう言う

それにさ本物には、画家の筆の跡がしっかり残っているんだよ本当に、人間が手で作ったっていうのがよく判るの人間てスゴイなって思うよ筆のスッとした点や線で、色んなものを表現しているんだから

寧さんも、眼をキラキラさせて話す

あたしは絵だけでなく、吉田くんを写真の展覧会に連れて行きたいな

本当の一流の写真家が撮って、焼いた写真は深みが全然違うからあれこそ、印刷だと魅力が半減するよ本物のオリジナル・プリントを観ないと価値が判らないと思うね

とにかくまずは、彼を超一流の物に触れさせましょう本物の凄さを体感させて一流、二流の差を理解するのは、その先ね

そうだね半端な物を先に観ると、眼が曇るからね

あのどうして、マルゴさんも寧さんも、そんなに美術とかに詳しいんですか

マルゴさんが笑う

そんなの決まっているだろあたしと寧は、ミナホの教育を受けたんだから

恭子さんの趣味も入っているけどねあの人も、一流のものを観て審美眼を磨けって、うるさいから

まだ会ったことはないけれど恭子さんという人も、多彩な趣味を持っているんだ

物の価値を見抜く力が身に付けば人の価値も判ってくるわ

ミナホ姉さんが、言う

例えばあなたが今着ている背広どうしてそれが高級品なんだと思う

これはマルゴさんに、布の生地がビンテージだって教えてもらいましたけれど

確かそんなことを聞いた

じゃあ、どうしてその生地がビンテージなんだと思う

それはえっと

今じゃあ、もうその生地を織る様な機械は、残っていないんだよ

今は、もっと合理的な織機を使っているからその生地はね、織るのにかなりの手間の掛かるんだよ

物の価値を知ろうと思ったら最初に、どれだけの手間が掛かっているかを想像して一流の職人さんが手間と時間を掛けて作った物は、絶対に高価だよ

次にその作品に、天才や熟練の職人でしか思い付かないアイデアが入っているのかどうかを感じてひらめきってやつだよ

あくまでも、手間と時間が掛かってるって方に重点を置きなさいひらめきに注目するのは、その後よ

ひらめきとか斬新なアイデアは、目立つけれど手間と時間を掛けて作ったものには、適わないわ何百回も、別のアイデアを試みて失敗を取り除いて、経験を積み上げて作った物なんだから

現代アートがつまんないのって、そういうことだよねパッと思いついたアイデアだけで、チャッチャと作品を発表しちゃうから時間を掛けて練り上げた重みが感じられないんだものっ

寧さんの意見はオレには、よく判らない

例えばここにボールペンが一本あるわ

ミナホ姉さんがペンを取り出す

こんな物だって製作するためには、誰かが何十枚も設計図を描いているのよ

設計図

長さは何ミリにしようかとかインクはどんな調合の物を、どれくらい入れるかとかねボールペン1本を世に出すためにだって、たくさんの図面が描かれ何本も試作されていくの

物を作るって、簡単なことじゃないんだ

そうやって製品化されて、売り出されても購買者たちから、使いやすさや見た目の美しさで、また選別されるわ受け入れられなかった物は、淘汰されるそして、どんなデザインが好まれるかというデータが残って次の製品に生かされていく

そうやって時間を掛けて、多くの人の手で洗練されていくのよそうやって作り上げられた物は、やっぱり美しいと思わない

物を見る度に想像なさい一つの物が作られるまでに、どれだけの時間と人の労力が掛かっているかを

オレは、周囲を見廻す

劇場の建物ロビーのソファ天井の照明器具カーペット受付の机椅子

みんな、誰かが時間を掛けて考えて作り上げた物だ

そう考えると人間の世界って凄いな

世の中の物は、みんなそうやって作り出されているのよまずは、そういう人間たちの努力と時間の積み重ねを感じなさい芸術家だって本来は、基本的な技術を身に付けるまでに何年も掛かるし、師匠や兄弟子と交流することで先達のトライ&エラーを引き継いでいくんだけれどね

まあ、今は誰かの弟子とかにならなくても、簡単にデビューできる時代だし長い時間を掛けて修練しなくても、作品っぽい物を作れる環境も整っているからね

ミナホ姉さんとマルゴさんが、顔を見合わせる

確かに若い内にしか出て来ないひらめきっていうのもあるんだろうけれど技術や経験の裏打ちの無いまんま、ひらめきだけで作品を作っていってもね

そんなことばっかりしていて、結局まともな経験値を身に付けないまま、オジサンになっちゃったアーティストもいるじゃない

マルゴさんの言葉に、寧さんが吐き捨てるように言った

そんなに怒る必要は無いよそういうアーティストは、ちゃんと消えて行くから

消えてないわよエラソーにしているじゃないっ

そりゃ美術業界なんて狭い世界だからね特に日本はムラの中の理屈で、威張っている人ってのは、そりゃあいるよ

そんなの頭に来るじゃないっ

でもあたしには、そういう中身の伴わないアーティストが、死ぬまでずっと今の地位を保っているとは、とても思えないよ美術史上には、何の足跡も残さないで消えて行くだろうね19世紀に、印象派を馬鹿にしていたアカデミーの画家たちが、現在ではすっかり忘れ去られているようにね

それはそうなんでしょうけれど

マルゴさんと寧さんの会話に、ミナホ姉さんが割り込む

寧現代アートの批判は、それぐらいにしておきなさい吉田くんが、困っちゃってるじゃない

あっ、ごめーん、ヨッちゃんには興味が無い話だよね

うんアートなんて、よく判らない

ていうか、何でみんな、こんなに詳しいんだよ

話を戻すわ吉田くん、もうすぐ開場時間になるわそうしたら、この劇場には一流の名家と呼ばれる家柄の人たちがたくさん来るわね

良い機会だから、よく観察なさいそして比較するの品格をね

さっき、ミナホ姉さんは一流の名家に属する人でも、上品な人と下品な人がいると言った

その違いが何なのか実際に観て、考える

吉田くんだけじゃなく、あなたたちもよ

ミナホ姉さんは、オレだけでなく今までジッと話を聞いていた年下組の子たちにそう言った

うん、やってみる

メグ、マナ、美智がそう答えると

ふーん、あんたって、本当に人に何かを教えるのが好きよねそれで、先生になったわけ

雪乃はそう、ミナホ姉さんを評する

ミナホ姉さんの顔が、クッと陰る

ジロッと、雪乃を睨むが

違うよミナホは、学校の先生には向いていない性格だよ

そうだよね先生は、自分の気に入った子にしか教えてあげないもんね

寧さんも、意地悪そうにミナホ姉さんを見る

気に入った子に対しては、とことん教育してくれるんだけれどさ

確かにミナホ姉さんは、クラス全員に等しく教えるっていうタイプじゃないかも

学校の先生じゃなくて家庭教師向きなんだよガヴァネスとかの方が合っているんじゃないかな

何です、ガヴァネスって

昔、イギリスの貴族の子供たちに初等教育を施した、住み込みの家庭教師のことさ

ああ、ミナホ姉さんは、そういう方が合っているかもしれない

あなたたち、覚えておきなさいね

ミナホ姉さんは、少しご立腹のようだった

克子姉が、コーヒーのカップを持って戻って来る

はい、あなたの分よ

オレはカップを受け取る

ミナホ姉さんにさもうすぐ開場だから、来客を見て品格の違いをよく観察しろって課題を出されたんだよ

オレは、そう説明した

そうねあたしとお嬢様には、苦難の時間になるわね

今日の観客の中には黒い森の顧客だった人も来る

自分の娘や孫が踊るのを楽しみにして来た名家の人たちはここで、娼館の女と会うとは思っていないだろう

無視されるか警備本部を通じて、出て行く様に言われるかもしれない

あたし3階席の隅っこの方へ行ってようかしら

克子姉は、気弱な感じでそう言った

今日の発表会は全席自由席だし満席になるほどのお客様は来ないから、3階には誰も上がって来ないと思うのよ

紺碧流の家元の会ったって、基本は子供たちの踊りの発表会だもんな

親族か友達しか観に来ないわけだし

今日の出演者の中には、加奈子さんみたいに芸能人の娘さんもいるんだから芸能マスコミや追っ掛けみたいな人が入り込まない様に、香月セキュリティ・サービスの警備員がゲートでチェックしている

克子堂々としていなさい

あなたはもう、娼婦を引退したんでしょ

一生、過去に引きずられてうつむいて暮らしていくつもり

そういう気持ちはありません

なら、平然としていなさい娼婦でないのなら、ただの女でしょう

その言葉に克子姉は

お嬢様、申し訳ございません克子が、間違っておりました

ミナホ姉さんに、スッと頭を下げる

判ればいいわ

そういうミナホ姉さんも黒い森の娼館は閉ざすつもりなんだ

だから平然と、公の場に立とうとしている

この劇場ロビーは二人の戦場になる

マナちゃんは、あたしとメグちゃんの側に居てねっ

寧さんが、不安そうなマナに言った

大丈夫よマナちゃんも、メグちゃんもお洒落しているし二人が並んだら、姉妹にしか見えないから

うんあたしが警護役で、寧がお付き、美智さんがお友達にしか見えないよ

確かに、マルゴさんと寧さんは二人とも使用人ぽい、黒のスーツで揃っているし

美智はみすずと同じ超お嬢様校の制服姿で、身分保証されている

さぁって、黒子ちゃんはもう一つアイテムを増やしてみようかっ

そう言って寧さんは、バッグから黒い物を取り出した

それはカチューシャだった

丸くて黒い円盤が二つくっ付いたカチューシャ

これってネズミの国の遊園地で売っているやつですよね

はいはーい、黒子ちゃんはこれを付けてっ

びったり真ん中分けの三つ編み頭に、地味メイクに、ぶっ太い黒眼鏡

黄色と黒の大きな縞々のワンピース

これにネズミ耳のカチューシャが付いて

うん完璧だ

雪乃は完璧に場違いな少女になっている

場違いというか間違いというか

どこの世界の住人なんだお前

どうあたしの正体、バレないわよね

雪乃が、オレに尋ねた

雪乃は黒い森のみんなが苦手だから、オレに話し掛けるしかない

実の妹に話し掛けても、酷い対応をされることは判ったようだし

うんまあ、誰も雪乃だとは思わないよ

正直にそう答える

ならいいわどんな格好でもあたし

投げやりな感じで、雪乃はそう言った

あとさ、眼鏡もつけっ鼻にヒゲの生えているのがあるんだけれど

寧さんが、バッグから鼻ヒゲ黒眼鏡を取り出すが

そんなの嫌よあたし、イロモノじゃないんだからっ

雪乃はそう怒り出す

いやすでに充分、イロモノだろう

イロモノでなければ、何なんだ

まもなく開場しまーす出演者は、楽屋に戻って下さぁい

紺碧流の受付の女性が、大きな声で叫ぶ

はい、急いで下さぁいお客様、外でお待ちでーす

すでに劇場前に客が来ているのか

ロビーで最後の練習をしていた子たちが、急いで楽屋に戻って行く

それらの子のお付きと護衛役も

子供の衣装を持ったり、練習に使っていた音響器具を抱えて、ロビーを出る

舞台の方からは、黒衣の格好をした人が顔を出す

劇場内、オッケーです緞帳も下りてます

楽屋の方からも、女性が走って来る

出演者、全員楽屋に入りました

受付のチーフらしい人が宣言する

それでは開場します

劇場の正面の扉が開かれる

すぐに30人くらいの人が、ワッと入場して来た

受付の人たちも紺碧流のお弟子さんたちなんだろう

一斉に、大きな声で来客に挨拶する

いらっしゃいませチケットを拝見致しますっ

花束を抱えた観客

踊りの会ということで、華やかな和服で来場した婦人

みすずや美智と同じ制服の女学生たちもいる

ロビーが一気に華やかになる

受付でこっちに向かって、手を振っている二人は

やんわりとした穏やかな笑顔で、ニコニコ微笑んでいる美女

そして、天使みたいに可愛い幼女

このコンビは

渚と真緒ちゃん

ちょっと、待ってねぇ

待っててぇぇ

二人は受付を済ませると

パタパタとオレに向かって、走って来る

渚が、オレに抱きつく

真緒ちゃんが、オレの足にしがみついた

えへへ来ちゃった

真緒も来ちゃった

親娘二人して、オレにニッと微笑む

大丈夫だったか

昨日から全然、連絡が取れていなかったから

うん今のところはね

渚は、言った

今日はもう、お店は閉めてきちゃったお店の子も全員帰らせたわ

うんっそれで真緒とママも吉田くんのとこに来たのっ

こうなったら全員一緒に居る方が、安全でしょ

安全だよねぇっ

渚と真緒ちゃんが、微笑む

あたしと一緒じゃなければ悪い人だって、お店の子を浚ったりはしないでしょうし

確かにシザーリオ・ヴァイオラの兵力には限りがある

オレたちの動きを制するために渚や真緒ちゃんを人質にすることはあるだろうが

オレたちが全員、この場に集合している今

さらに、渚のお店の子たちまで付け狙っている余裕は無いだろう

そんなことで戦力を分散するくらいなら、全力で一気にオレたちを攻めた方が良い

ミナホさんからはねあなたの映像は、ずっと送って貰っていたのよ

渚は言った

だから全部知っているわよ学校内でのエッチとか

まさか雪乃の全校放送レイプとか

うふふっ知ってるよーんっ

真緒ちゃんが、笑う

あたしも後でレイプしてねっ

渚が、可愛くオレに言う

ビデオも撮ろうっうん、それがいいわっ

それがいいですっ

このハイテンション親娘は

でも、渚たちが合流してくれて安心だ

ホッとする

ところでこの女芸人さんは何

渚が、雪乃を見て言った

きゃはは、面白ーいっ

真緒ちゃんも笑う

芸人じゃありませんっ黃縞黒子ですっ

雪乃がムッとして叫ぶが

黒子ちゃん黒子ちゃん黒子ちゃん面白ーいっ

すっかり、真緒ちゃんの玩具になっている

今日も、遅刻ギリです

230.渚にまつわるエトセトラ

恵美ちゃんとマナちゃんは、1日ぶりね真緒、ご挨拶なさい

母の言葉に、3歳の真緒ちゃんがお辞儀する

こんにちわっ真緒ですっ

な、何だこの可愛い生き物は

こんにちわ、真緒ちゃん

メグが、挨拶する

それから、マナに

あたしとは前にも会っているけれど、マナとは初めてよね

メグがマナちゃんに微笑み掛ける

うんこんにちわ、真緒ちゃんあたし、マナですっ

マナが腰を屈めて、真緒ちゃんと視線を合わせて挨拶した

お姉さん、マナさんあたしは、真緒だよっ

そうねちょっとだけ違ってるわよね

渚が娘に、にっこり微笑む

真緒とマナマナマオ

真緒が、クククっと微笑んだ

それから、あなたは初めてよね

渚が美智を見る

わたくしはお名前とお姿は、存じ上げております

事前の徹底調査を怠らない工藤父のことだ

ファイルの中に、渚の資料もあったんだろう

工藤美智でございますこの度ご主人様の下僕の末席に加えていただきました

スッと頭を下げる、美智

あら、そうなの

渚が、オレを見る

うん美智はみすずの警護役なんだけれどオレとみすずの二人を、主にすることにしたんだって

何かイマイチ、説明しづらいな

まあいいわ妹はたくさん居る方が楽しいしあなたが受け入れた子なら問題は無いでしょうしね姉妹会に歓迎するわ

そっだった渚も姉妹会の結成メンバーだ

こんにちわっ、真緒です

真緒ちゃんが、ニコニコと美智にご挨拶する

美智ですよろしくお願い致します

武士娘は、幼女にも礼儀正しく頭を下げる

ご主人様この幼な子も、ご主人様の

おい美智

真緒ちゃんは、まだ3歳だぞ

いずれは、そのつもりよ10年位したら、彼に愛して貰うつもり

ちょっと渚

だから、美智ちゃんも真緒の情操教育を、手伝ってちょうだいねっ

いやいや美智に情操教育なんて、されたら

武闘派になっちゃうよ、真緒ちゃんが

ところで、御名穂さん

渚が、話し掛ける

こんな隅っこに居てはダメですよ

穏やかに笑う渚

今、この会場内には昔からのお客様が、たくさん居らしていますわ皆さんに、ちゃんとご挨拶しませんと

あの渚

確かに、黒い森の顧客が来ていることは知っているけれど

みんな、奥さんや家族と一緒の場所で娼館の人間に会うのは嫌だろうし

だから、こんなロビーの隅っこにオレたちは固まっているわけで

こういう時こそ人様との縁は大切にしないといけないと思うんです

渚はほんわかとした口調で、そう言った

あたしと真緒が先にご挨拶しますから御名穂さんと克子は、呼んだらすぐに来て下さいね

驚くミナホ姉さんを残して、渚は真緒ちゃんに

行くわよっ真緒っ

はーい、ママっ

今、入り口から入って来た背広のお爺さんあの人から、行くわよっ

うんっロック・オンだねっ

そして美人ママと天使の娘が、突撃するっ

まぁぁ、ヤマシロさん、お久しぶりですぅぅ

にっこり、やんわり声を掛ける、渚

き、君は

奥さんらしい女性と秘書を連れた老人が、驚いた表情を見せる

片貝ですわ、ご無沙汰しておりますこの子は、あたしの娘の真緒、ご挨拶なさい

こんにちわっ片貝真緒ですっ3歳ですっにひひひっ

真緒ちゃんが、微笑む

あなた、どちらの方

奥さんが、不審な顔で渚を見る

渚は平然と、にこにこ笑って

あたくし、以前、黒森興業の秘書室におりまして会社員時代には、ヤマシロ会長にとってもお世話になりましたこの子が生まれて退職致しましてからは、すっかり子育てが忙しくなりまして会長とお会いするのも、3年4年ぶりですわねっ懐かしいですわっ

渚は、ハイテンションで押し切るッ

う、うんまあ、そういうことなんだよ

老人も、とりあえず話を合わせてくれた

とってもお元気そうで何よりですわ今日は、お孫様の康江さんがご出演なさるんですよね

娼婦時代からもう、何年も経っているというのに

渚は、顧客たちの情報を完全に記憶しているようだった

そうだが君は、どうしてここへ

老人は、まだ戸惑っている

今日のセレブの子供たちの日舞発表会に、引退した娼婦が現れるのは変に感じるのだろう

あたしは香月みすずさんのご招待で参りましたわ

渚は、スッと勝負のカードを切る

香月さんの

はいあたし、みすずさんとは、お花の師匠が同じなんです

渚は、わざと大きな声で言った

すでに、渚と真緒ちゃんの突撃は周囲の人たちに注目されている

特にそわそわしている何人かの男たちは、みんなかつて黒い森に来館したことのある人たちなんだろう

あたし、退職した後に独立しまして今は、お花屋さんを経営しているんです会社の設立の時には、香月さんに大変助けていただきましたわ

自分と香月閣下の関係を強くアピールする

それで奥さんの旦那さんへの疑惑が消える

渚を香月閣下の愛人の一人だと認識したのだろう

そう思い込めば自分の夫とは関係していないと信じ込む

まさか渚が娼婦だったとは、想像しない

あら香月さんのお知り合いでしたの

奥さんの態度が一転する

お前ちょっと、この人と香月さんのことで話があるから

老人は妻にそう言った

判りましたあたしは先に席に行ってますから失礼致します

老妻は、秘書と共に先に劇場内へと向かう

本当勇気がある子なのよね

克子姉が、渚を見てそう呟いた

あたしと渚高校1年で白坂創介に拉致されたでしょ

それは渚と克子姉の暗い過去だ

あたしは弱い人間だから渚みたいな、強い子が一緒じゃなかったら精神的におかしくなっていたと思うわあの子の勇気と明るさにいつも、あたしは助けられていたのよ

渚には適わないわあたし、ずっと思っていたの渚みたいな人になりたいって

克子姉が、寂しそうに微笑む

あの子はあの穏やかさと優しさで、あっという間にお屋敷の女の稼ぎ頭になったわあの子は、本当に誰からも愛される女だったわ

渚が、老人をキープしたままどんどん周りの男たちに声を掛ける

お久しぶりですっウメミヤ様っ

こんにちわっ、真緒ですっ

まあ、ヤスオカ先生っあたしです、渚ですっ

初めましてっ真緒ですっ

綺麗なママと幼児の声掛けに

どんどん、年輩の男性たちが集まって来る

邪念の全く無いたおやかな渚の微笑と

天真爛漫な真緒ちゃんの笑顔に

昔の顧客たちが、吸い寄せられていく

あの子の実働期間は1年しか無かったのにね

克子姉が、言った

なのに今でも、あれだけの名士の方々があの子の側に集まってくるのね

正直、スゴイと思う

気が付くと、渚の周りには15人以上の中高年の紳士たちが集まっていた

ここまで増えるともう、紳士たちの連れは、渚が元娼婦だとは思わないだろう

こんな公の場で、名士ばかりが一組の母娘を囲んでいるんだ

どこかの名家の力のある婦人だと勘違いする

あの子が、白坂創介に追放された後あたしは、渚の代わりになれるように一生懸命頑張ったけれどダメだったわお屋敷の稼ぎ頭の1位にはなれたけれど渚みたいに、お客様の全てから愛される様な女にはなれなかったわ

そんなの、もういいじゃないか、克子姉

克子姉にも渚にも、もうオレが居るだろ他の男のことなんか、どうでもいいんだよ

克子姉が、オレにニコッと微笑む

あなただけ居てくれればいいわあなたが、あたしたちを心の底から愛してくれるんだもの

オレは克子姉も渚も好きだよ同じくらい好きだ

ありがとうあなた

その時渚が、こっちに振り向いた

御名穂さん、克子こっちへいらっしゃい早く皆さんにご挨拶してっ

この段階で渚は、ミナホ姉さんたちを呼ぶ

やってくれるわね、渚

ミナホ姉さんが呟いた

お嬢様参りましょう

そうね渚の好意を無にすることはできないわ

ミナホ姉さんと克子姉が渚を囲む群れへと向かう

警護役として、マルゴさんも後ろから追う

ヨッちゃんこっち、こっち

寧さんが、オレを呼んだ

オレにイヤホンを差し出す

マルちゃんが、集音マイクを隠しているから

寧さんは、自分もイヤホンを填めた

オレも慌ててイヤホンをした

渚を囲む群れでの会話を盗聴する

ご無沙汰致しております皆様

これはミナホ姉さんの声だ

君たち、こんなところに居てもいいのかね

男の声がする

君たちの組織は今、とても大変なことになっていると思うんだが

昨夜から白坂創介にまつわる醜聞が、激しく報道されている

白坂創介は、かつて、わたくしたちの組織のメンバーでしたが今は、違いますわたくしたちは、白坂創介を追放致しました

信じられないね

うむ彼は君たちの組織の代表者だったんじゃないのか

いいえ、白坂創介は共同運営者の一人でしたが代表ではありません

しかし我々にとっては、君たちと白坂創介氏は同じ組織の人間であって

顧客たちは黒い森と白坂創介の関係を知っている

簡単に誤魔化すことはできない

ではなぜ、これまで報道された白坂創介の醜聞に、わたしたちの存在が一切語られていないと思われますか

白坂創介の犯した犯罪については、次々にネット上でもマスコミでも情報が流れている

しかし黒い森という組織については、その名前さえ語られていない

もしかして香月氏のご意志かね

一人の紳士が尋ねた

はいご存じの様に、昨年の秋よりわたくしたちの組織は運営を停止しております以後は、香月様に組織全体をお預けしております

ということは今回の白坂創介氏の醜聞は

香月様の狙いは白坂創介本人ではなく、ご実家の方にあるんでは無いでしょうか

ミナホ姉さんが、ブラフをぶち上げる

白坂家を

白坂家の新聞社とテレビ局を狙っているというのかね

驚く、紳士たち

白坂家のご当主白坂守次氏の世間への影響力が無くなるだけでも、香月様にとってご都合の良い状況になると思いますが

ミナホ姉さんの一言に紳士たちは息を呑む

白坂守次氏を潰すのが狙いか

確かに、守次氏は香月さんに対しては友好的では無いしな

いや、やはり新聞社とテレビ局を手に入れようとなさっているんじゃないか

実際、昨日の記者会見での失態でグループ内でも、白坂守次氏の求心力は低下していると聞いている

反・守次氏のグループが、クーデターを画策しているという噂もあるぞ

いずれにせよ、あそこの新聞社は酷いことになるだろう

紳士たちが、口々に語る

やはり企業経営者たちが多いのだろう

とにかくこれは、全て香月さんが関わっていることなんだな

紳士の一人が、ミナホ姉さんに強く詰問する

もちろんですわわたくしや克子のような、若い女たちに大それたことは思い付きませんし、実行する力もございません

ミナホ姉さんは、平然と大嘘を吐く

あの私が聞いた話なんですがね

一人の紳士が、口を開いた

白坂創介が君たちの組織の顧客名簿を、暴力団に売り飛ばそうとしてそれで、香月様に処罰されたというのは

事実でございますわ

ミナホ姉さんは、はっきりと言った

白坂創介は、皆様のお名前とその他の資料を、裏社会の人間に売ろうと致しましたですので香月様の組織のお力を借りて、処分致しました徹底的に、社会から抹殺せよというのも、香月様のご命令です

ミナホ姉さんは、徹底して自分たち黒い森をか弱い女たちの集団だとイメージさせる作戦らしい

何もかも、香月閣下の力で行われたことにして香月家の威光の影に、隠れようという考えなんだ

待ってくれそれで、その名簿とか資料は今どうなっているんだ

最終的には白坂創介の手には渡っておりませんので、どうぞご安心下さい組織内にあった資料は、わたくしたちが保管しております白坂創介が隠し持っていたと思われる物に関しましては、昨日、屋敷ごと燃やしました

すると昨夜ニュースでやっていた、白坂創介の隠れ家が全焼したというのは

はい香月様の裏の部隊の方たちに、やっていただきました

ミナホ姉さんも現場まで行って、資料に火を付けたじゃないか

では私たちは心配しないでもいいんだろうね

はい、現時点では何も問題はございません今までマスコミにリークされた中に、わたくしどもやお客様の情報が一切流れていないのは、香月様のお力です

そのミナホ姉さんの声に、何人かの紳士がホッとする

本当に、もう大丈夫なんだろうね

そのことに関しましては白坂家、特に白坂守次氏がご健在の内は何とも申し上げられません窮鼠猫を噛むの例えではございませんが追い詰められたあのお方が、どのようなことをなさるかは判りませんし

ミナホ姉さんは、わざと煽る様なことを言った

判った私は中間派を気取っていたが、香月さんに付くことにするよ

うむ白坂守次氏から、新聞とテレビを奪わないと安心はできないということだな

わたしの方でも動いてみようあそこの新聞社の株なら、そこそこ持っているからね

株を持っているのなら、急いで処分した方がいいぞこれからドンと値下がりするだろうから

値下がりしたところで香月さんが買い漁るんだろう

そうか、それなら持ったままの方がいいな

塩漬けにされるのがオチだぞ

うむ、香月さんのことだテレビ局はともかく、新聞社の方は潰すつもりかもしれん

ああ、あの方は日本の新聞社は数を減らした方がいいというご意見だものな

紳士たちの会話が活発になる

とりあえず黒い森への疑念は消えたようだ

ところで黒森くん

一人の老紳士が態度を変えて、言った

君のところはいつ、再開するんだね

私たちの様な身分になると君のところみたいに、全ての秘密を守って遊べる場所が必要なんださっきの話で、白坂創介の暴挙に対して、君が香月さんの力に縋って私たちの個人情報を死守してくれたことはよく判った感謝する

ああ昔から、白坂は信用できない男だったが黒森くんのことは信頼しておるよ

君は、お祖父さんによく似ているなあの老人も、信用のためならどんな犠牲も惜しまない人だった

ミナホ姉さんの祖父黒森公之助

オレが、今、借りて着ている背広の持ち主

名前も借りている

申し訳ございませんが今は、まだ何とも

口籠もる、ミナホ姉さん

そうか、それも香月さんのお考え次第なんだね

なら、私から香月さんにお話ししよう

僕もお話しますよ

何なら、全員で嘆願署名しますか

いいですな香月さんは、そういうのがお好きでしょう

いずれにせよ、白坂創介という不埒者が居なくなったんだこれで、昔の様な私たちが安心して楽しめる場所を取り戻すことができる

渚が、声を掛けた紳士たちがみんな年輩なのは

この人たちは、昔の黒森楼時代からの古い顧客なんだ

そしておそらく黒い森にとっては、一番大切な上客たち

そうなったらわたしはまた、克子くんにお相手して欲しいね

一人の老人が、笑ってそう言う

うん私もお願いしたい

私もです

その声に克子姉は

申し訳ございません克子は引退致します

何故だね

克子姉は一同を見渡して

ここにいらっしゃる方たちは、皆様本当に素晴らしいお客様でしたから申し上げますがあたしと渚は、白坂創介に拉致され娼婦に堕とされました

黙り込む紳士たち

家族から無理矢理引き離され学校へも行かせて貰えず、暴力と脅迫を受け、何度もレイプされ娼婦として働かされていました

知らなかったよ

ああ、私たちは君たちは、てっきり自分の意志で娼婦になったものだと

ミナホ姉さんが、口を開く

祖父が運営していました頃はそのようにしていました田舎から、親の借金のある美しい娘を連れてきて本人の意志を確認した上で、店に出していましたしかし白坂創介が運営に携わってからは、全てがメチャクチャで娼婦へはきちんとした報酬の支払いさえ行われていませんでした

それじゃあ、奴隷じゃないか

はいわたくしもかつては娼婦だったことを、どなたかご存じですか

ミナホ姉さんの問いに、数人の老紳士が

私は知っているよ

うん、わしもだ

私は、その頃は君たちの組織とは疎遠だったから

白坂が運営に入ってメチャクチャになった娼館を嫌った人も多かったんだっけ

ミナホ姉さんが運営者になってから、昔の顧客を何人も呼び戻したっていう話だからこの人は、また戻って来てくれた人なんだろう

私も拉致された一人です優花姉さんたちが、白坂の悪行に対して香月様に抗議なさって下さってわたくしが運営者に加わり、香月様の監査役も来て下さいましたそれで随分と改善したのですが

香月閣下の監査役が恭子・ドスノメッキーさんだ

あたしお嬢様と渚がいなかったら、発狂していたと思いますわ

あたしこそ克子が居てくれなかったら、自殺していたわよっ

渚が、叫ぶ

あたしなんて気が弱いからすぐにヘラヘラしちゃうし、無理にでもニコニコしちゃうでしょでも、克子は強いから克子がどっしり構えていてくれたから、あたしは絶望しないで我慢できたのよ

何言っているのよ渚の方が強いわよあたしはただ、腰が引けて怖くてぶるぶる震えていただけよ渚がいつもあいつらがどんなに酷いことをしてきたって、ニコニコ笑ってくれていたから自分から率先して、あたしを守ってくれたからだから、あたし

あたしは、そんなに強くないわよっ全部、克子のおかげなんだからっ!

違うわよっ渚がいなければ、あたしは死んでいたわよっ

そこへ真緒ちゃんが割り込む

ケンカしなーいっうーっ

メッと二人を叱る真緒ちゃん

真緒ちゃん

ママも克子ちゃんも、仲良くぅ仲良しでしょ二人はっ

渚と克子姉が顔を見合わす

うん、克子

ええ、渚

キュッと抱き締め合う二人

あの頃もよく、こうして二人で抱き合ったわね

ええそうやって、恐ろしい夜を耐えたのよね

真緒ちゃんが、ニヒッと笑う

これにて、一件落着っうひひひっ

一人の老紳士が、真緒ちゃんを見る

渚くんこの子の父親は

はい誰かは判りません

調べるつもりはないのかね

ええDNA鑑定とか、方法はあるのでしょうがそういうことは致しません

この子にはこの子の父親になってもいいと、心の底から思ってくれる男性を父と呼ばせようと思っていますわ生物学上の父親なんて、意味がありませんから

白坂創介は渚に、父親不明の娘を産ませた

その時に渚を犯した男たちを調べても意味が無い

白坂の猟奇的な企画に乗って、渚を犯した男なんてロクな人間なはずはない

判った渚くんも克子くんも、何かあったら私に相談してくれたまえ決して、悪いようにはしない

いや、タツナミさんだけに良い顔はさせませんよ僕もできる限りの助力はする

私だって協力するよできることなら、何でもする

私もです妻にバレない限りは

紳士たちの中に笑いが起きた

確かに家の者に知られるのはマズい

だが、まっとうなことだったら幾らでも援助は惜しまないよ

黒森さん、あんたの方もだよ

ああ私たちは、あの屋敷には相当世話になったからね

オレは渚の凄さを改めて知る

渚はかつての自分の顧客の中でも、まともな感覚の人たちを選んだんだ

今後の自分と黒い森に助力してくれる人間を

オレたちは、また強い味方を得た

土曜日です

231.晴れ着の価値

お兄ちゃん、ちょっと

寧さんと盗聴マイクの音声を聞いていたオレの肩を、マナがちょんちょんと突っつく

んどうしたんだ

メグお姉ちゃんの様子が変なの

慌ててメグを見ると、何か落ち込んでいる

ソファに座って、頭を抱えて小さく丸まっていた

寧さんごめん

オレは寧さんにイヤホンを返してメグの元へ

メグの前にしゃがんで、視線を合わした

手を握ると酷く、冷たい

メグは、緊張している

ごめんねちょっと、怖くなっちゃって

暗い顔でそれでも無理に微笑もうとしながら、メグがオレを見る

シザーリオ・ヴァイオラのことか

白いヴァイオラたちが劇場内に潜入して来たことが、恐ろしくなったんだろうか

そうじゃないわ今の状況が

メグはロビーを見渡す

正面の入り口から次々と来場してくる今夜の観客たち

今、ミナホ姉さんたちが話をしているような老人ばかりでは無い

もちろん出演者の友達である、若い女の子たちも多い

そのお母さんやお祖母さんたちも

あたしここに居て、いいのかしら

ロビーに居る人たちの大部分は、お金持ちのセレブの家族だ

残りは、その警護役やお付きの人

紺碧流の事務局員と香月セキュリティ・サービスの警備員

そしてオレたち

よくよく考えてみれば貧しい生活をしてきた子供は、オレとメグしかいないんじゃないだろうか

雪乃とマナは、白坂家の一族だし

何か急に、怖くなってきちゃったの

メグの言葉にオレも改めて、会場を見渡す

うんオレもメチャクチャ、場違いな人間だ

こんなお金持ちばかりの世界に居るのはおかしい

ここはオレとは無縁なはずの世界だ

そう気付くと急にゾゾゾと怖くなってきた

あたし、せっかくヨシくんに可愛いドレスを買って貰ったけれど他の子みたいに綺麗に着こなせてないよね

メグが、泣きそうな眼でオレを見る

メグは、白坂家の集まりでも、ずっと晴れ着を着せて貰えなかった

いつも、一人だけ学校の制服姿で部屋の隅に追いやられていた

山峰の家の娘として、差別されていた

メグには晴れ着に対する根深いコンプレックスがある

あたし可愛くないからドレスなんて着ても似合わないし

お前って、やつは

いい加減にしろ、メグオレと二人で選んで買ったドレスだろ

オレは少し強い口調で、メグに言った

オレも少し緊張していた

似合ってるよ似合ってるに、決まってるだろ

オレは、メグをギュッと抱き締める

ヨシくん恥ずかしいよ

恥ずかしくない愛し合っているんだから、オレたち

オレの腕の中でメグの身体の固さが取れていく

少女の肉体が、柔らかく解れていく

まるでオレの体温で溶けていくように

メグも、オレを抱き締める

少しは、落ち着いたか

オレは身体を離す

真っ直ぐに、メグを見る

オレはメグが可愛いと思う綺麗だと思うだから、いいんだよこれでメグは、ここに居てもいいんだ

大丈夫だよメグに文句を言うやつは、みんなオレがブン殴ってやるから今、この開場の中に居る誰にだって、オレは胸を張って言ってやるよオレのメグは可愛いって

メグの瞳が潤む

そのドレスミナホ姉さんが、オレに買わせた理由がよく判るよそれは、オレが身体を張って働いたことに対してミナホ姉さんがくれた報酬で買ったんだオレの支払える金額のドレスを買ったんだ

今、ここに居る女の子は、もっと高級なドレスを着ているのかもしれないけれどそんなのは関係ない

もしももっと高級品のドレスをメグが今、着ていたら多分、ミナホ姉さんは、メグのために高級ドレスを用意することなんて簡単にできたと思うんだ

なのにわざわざ、オレとメグにドレスを買いに行かせた

所持金の金額を定めて

だけど今、この場でそんな借り物の高級ドレスを着ていたとしたら、メグはどう思う

多分、もっと恥ずかしい思いをしていたと思うわドレスの値段に自分が合っていないことが耐えられなかったと思うの

今着ているドレスについては、どう思う

オレの問いにメグは自分のドレスを触る

これだって本当はあたしみたいな女の子には高級すぎる服だって思うよ本当はでも、これはヨシくんが買ってくれたドレスなんだよね

そうだよ二人で選んだドレスだ値段だって知っているだろ

うん判っているこのドレスは今のあたしには、一番相応しい晴れ着なんだってこと

そうだよだから、胸を張って堂々としていてくれよメグ

オレはメグの手を握りしめる

オレのためにメグ自身のためにメグを思って、色々と考えてくれたミナホ姉さんのために

メグがオレの手の甲に口づけする

ありがとうヨシくん

オレは自分の背広を見る

オレだってこの服は、借り物だよ借り物で良かったオレの物じゃなくってこれはミナホ姉さんのお祖父さんの背広だしそれを、克子姉が愛情込めてオレのサイズに直してくれたんだそういう服で本当に良かった

オレも新品の高級品は、与えられなかった

いや、高級な背広を買ってあげると言われたらオレは多分、拒絶していたろう

ミナホ姉さんと克子姉はすでに亡くなっている、黒森公之助さんの背広を借りるというプランを選択してくれたんだ

故人の物を借りるというのならオレが受け入れると思って

しかも、オレに内緒で克子姉はサイズ直しまでしてくれた

そこまでしてくれなかったらオレは今日、いつもの学生服のままこの劇場へ来ていただろう

今のオレには借り物を着ることしかできないものそれが、オレの現実だよだからその現実をオレは受け入れる受け入れた上で、この上流な人たちの中で堂々と生きてやるよ

メグは、安物のドレス

オレは、借り物の背広

それが、オレたちの現実

認めようこの現実を

そして自分のみっともなさを自覚した上で、高級な人たちの世界に立ち向かおう

恥ずかしくなんかないさ今の自分に相応しい服を着ているだけなんだから

あたしは貧しい家で育ったわ晴れ着なんて着るのは、これが初めてこれは、ヨシくんが買ってくれたあたしのドレス今のあたしに、相応しいドレスはこれしかないわ

メグが愛しげにドレスの布地に指を滑らせていく

あたしは、ここに居ていいのねううんどんなに恥ずかしくても、胸を張ってここに居るわこれが今の自分に相応しい一番の晴れ着なんだから

そうだよメグ

オレはミナホ姉さんの深い考えに感謝する

克子姉の愛情に感謝する

これでいいんだ

マナが、ニコッと笑って顔を出す

メグお姉ちゃんだけ、お兄ちゃんからドレスを買って貰っていいなあ指輪もでしょ

メグの指にオレたちの婚約指輪が輝いていた

マナにも買ってやるよドレスも指輪も

オレは、約束する

え本当

っていうかオレが頑張って稼がないとお前の生活費は、オレが出すんだから

ドレスとか指輪とかってレベルの話ではない

靴下とか下着まで今後は、オレが買うしか無いんだ

マナも、改めて思い出したようだ

白坂の家にはもう帰れない今の学校にも、もう通えない

マナはオレと暮らすしかないんだ

そういう現実が、一気にマナの頭に再浮上する

ヨシくん、あたしは自分の分は自分でバイトするからマナのことだけ考えてあげてね

オレはメグにだって、精一杯部活をやって欲しい

マナだってアルバイトするよ

マナは、しょんぼりしている

中学生には、バイトは無理だろとりあえず、克子姉のお手伝いはしろよ

オレは、両腕を拡げて二人を抱く

そんなに心配するなよ細かいことは今の騒ぎが全部収まってから考えようミナホ姉さんにも、相談しないといけないことだし

そうだねヨシくん

判ったお兄ちゃん

二人は、そう返事してくれた

だから今は、不安なことは全部忘れて、みすずの応援をしてやってくれみすずは姉妹会のお姉さんだろ

うんマナ、一生懸命応援する

オレたちの背後で、女の子の声がした

そんな、まさか

どうしたの、菅原さん

いえあそこのソファの人、白坂舞夏さんじゃないわよね

その声にマナは

顔色を変える

知り合いか

オレが小声で尋ねると

同じクラスの子菅原さんと滝さん

マナもそこそこのお嬢様女子校に通っている

同級生とこの会場で出くわす可能性は高い

そういう状況は、想定はしていたけれど

実際に、そうなるとどう対応したら良いのか判らない

まっさかぁ舞夏さんが、来るわけないじゃない

そうよねえお父様があんなことになられて、こんな公の席に出て来られるはずがないわよね

それが、世間の認識だろう

何しろ、マスコミは昨夜から白坂創介の醜聞事件一色なのだから

白坂家というセレブな家系の人間による犯罪

芸能界を巻き込んだ、セックス・スキャンダル

さらには、少女誘拐・強姦・殺人

センセーショナルな話題には、事欠かない

マナは、その極悪犯人・白坂創介の実の娘なんだ

白坂家の方々は、今日は皆さんいらっしゃらないそうよ

えーっ、貴子さんも

そうよ同じ白坂って家系だけで、恥ずかしいじゃない

まあ、それはそうでしょうけれど

守次様が、あんな記者会見をして白坂創介さんを庇うような発言をしなければって、貴子さん、電話の向こうで泣いていらっしゃったわ

あの方今日の発表会、楽しみにしていたものね

その話し声にマナは

貴子ちゃんごめん

親戚なのか

従姉妹日舞をやっているのよ流派が違うんだけれど今日、観に来るつもりだったんだ

マナは落ち込む

それにしても似ていないあそこの子

うん、似ているって言えば似ているけれどでも

白坂舞夏さんなら、あんな品の無い格好はなさらないと思うのよ

今日のマナは自前のドレスを、克子姉のアレンジで肌を露出気味にして着ている

メイクも髪型も、割と派手目だ

決して下品だとは思わないけれど

克子姉はセクシー路線が好きだから

そうねえ、お父様が事件を起こされている時にあんな馬鹿みたいな格好は、なさらいわよね

別人よお隣にいらっしゃる人も、随分と安っぽいドレスを着ていらっしゃるし白坂家の人間なら、もっと高級なお洋服を着ていらっしゃるわよ

おいおい今度は、メグのドレスまで批評し始めた

しかし、このお金持ちのお嬢さん二人は声が大きいなあ

どこの家の方かしら

何か庶民が無理してやって来ましたって感じよね

日舞をやっている一般庶民の子なんじゃないの

そうねたまたま招待券を手に入れて、間違って来ちゃった方々なんでしょうね

今日の発表会は、そういう会じゃないのにね

マナのクラスメイト二人の言葉は、どんどんエスカレートしていく

マナは、グッと膝を掴んで青い顔で震えている

マナ、しっかりなさいっ

年下の少女たちの無遠慮な言葉にカッとしたのか、メグが大きな声を出す

あなただって、黒森の娘でしょうさあ、マナ、お兄様にお謝りなさい

何で、マナがオレに謝らないといけないのか判らないが

とにかく、メグがそういう芝居をオレたちに求める

ごめんなさいっお兄ちゃんマナは、悪い子でしたっ

マナが大きな声で、オレに謝る

う、うん判ればいいんだよ判れば

適当なことしか言えないオレ

メグお姉ちゃんも、ごめんなさいっ

いいことあなたも、伝統ある黒森の家の一員でしょうどんな時でも、黒森の家の娘として凛とした態度でいなさいっいいわねっ、マナ

オレたちの小芝居を見て少女たちは

やっぱり、違うみたいね

白坂舞夏さんじゃないわね

そうよ、黒森とか言っているし

そう言えば舞夏さんて、お姉さんだけでお兄さんは居なかったわよね

お姉さんだって、あの人とは違う人よあたし、前に会ったことあるから

え、いつ

何かのパーティの時よメトロ・ホテルだったわ

じゃあ、本当に別人なのね

納得したのか、少女たちはオレたちから離れて行った

お兄ちゃんお姉ちゃん

マナが、オレたちにしがみつく

しばらくは、3人で固まっていよう3人一緒なら、バレないだろうから

変に思って近付いて来る人がいれば、また3人で寸劇すればいいんだ

あたし間違っていたわ

落ち込んでいる暇なんて無いのねいつでも感覚を研ぎ澄ませて、闘う準備をしていないとここでは、打ちのめされちゃうわ

そうだね、メグお姉ちゃんここは、あたしたちの戦場なんだね

だから、マナ胸を張りなさい平然としていましょう

うんにっこり笑うよ闘うよマナっ

一人きりならさっきのメグの様に、場に呑まれてしまうだろう

だから、オレたちは寄り添い合って闘う

このセレブな空間に迷い込んでしまったことに正々堂々と

君たちは、ホント根が真面目だよねぇ

寧さんは平気なんですかこういう雰囲気

うんっ、平気っだって、あたしいつでもどこでも場違いなんだものっもう慣れたわよ

学校中で知る人の居ない、伝説の不良少女だもんな

授業出ないし

わたくしも、平気です

他人からの気を反らせるのが、工藤流の神髄ですから

美智お前は、もう少し他人と心を合わせた方がいい

周りの空気に合わせるのが普通なんだそれを、わざと外せるから工藤流はスゴイんだろうでも、お前の場合は最初の合わせることの方ができていないじゃないか

オレの説明に美智は、きょとんとした顔をしている

気を合わせるということが、そんなに重要ですか

オレが喋る前に、マナが口を開いた

美智さんも、お兄ちゃんとエッチしてみれば判るよ

あのねお兄ちゃんと一緒にイけた時が、一番気持ちいいんだよ

イケるとは

美智さんイッたことないの

マナが尋ねると

よく判りませんっ

美智は顔を赤くする

これは、本当はイッたことがあって恥ずかしくて誤魔化しているんじゃないな

本当の絶頂まで、はっきりと達した経験が無いから、判らないんだろう

とにかくさお兄ちゃんにして貰った方がいいと思うよ

マナがそう言うと

そうだねあたしもそういう経験をした方が、美智さんはもっと強くなると思うな

マルゴさんが、背後から話に加わった

黒い森の旧顧客たちとの会話は終わったらしい

ミナホ姉さんと克子姉も戻って来ている

ご主人様とのセックスが、鍛錬になると

真剣な顔で、美智は尋ねた

工藤流が敵からの気を自由に反らしたり、外したりする技ならピンポイントで、気を合わせることもできた方がいいよ合わせて外すそういうのが、自由自在になった方が良いんじゃないかな

なるほどお父様が隠しておられた秘伝書に、その様な奥義が書かれていたと思いますっ

美智は興奮気味で、マルゴさんに話す

しかもできれば、カメラのピントを絞り込む様に、瞬間的に鋭く気を合わせる技術を身に付ければ、もっと凄くなる

そんなことがセックスで身に付くと

あたしには、よく判らないよあたしは、ここ7年はセックスしていないから

マルゴさんは12歳の時に、インディアン居留地でレイプされた

それ以来セックスしていないんだ

でも確か、恭子さんが持っていた資料にそういうのがあったよセックスによる気の鍛錬についてのレポートが

拝見したいです

うん、探しておくよ

ご主人様大変申し訳ございませんが、そういうことになりましたので、わたくしの鍛錬にどうぞお付き合い下さい

美智の気の鍛錬のためにセックスするの

いいと思うよ吉田くんにとっても、いい訓練になると思うし

マルゴさんは、ニヤニヤ笑っている

マ、マナも、その訓練するっ

ヨシくん、あたしもするからねっ

当然あたしもするわよっ

えっえっえーっじゃあ、あたしもっ

寧様はいい加減にしないと怒りますよっ

克子姉が、寧さんを睨んだ

もおっ克っつんの意地悪っ

意地悪じゃありませんっ寧様に勇気が無いのがいけないんでしょっ

マナが驚いた顔で、オレに尋ねる

寧さんが処女だってことはいつ公表すればいいんだろう

あれっそう言えば、雪乃はどこへ行った

マナのクラスメイトが、来ていたんだ

雪乃の知り合いとかだって、来ているかもしれない

黒子ちゃんならあそこよ

克子姉が、指を指す

きゃははは黒子ちゃぁぁんっ

がおーっ捕まえちゃうぞぉっ

真緒、捕まらないもんっ

パクパクパクパク食べちゃうぞおっ

くふふっ負けないんだからっ

近くのソファの周りを走り回っている

真緒ちゃんと

ほぅらっ捕まえたぁぁ

きゃああんっ捕まっちゃったえへへ

何だこの、ほのぼのとした光景は

雪乃さん、昔からああなんですよねえ

余所の子供には、とっても優しいんですいっぱい遊んであげて親戚の小さな子とかが遊びに来ると、いつもあんな感じなんです

雪乃子供好きなんだ

実の妹には、昔から少しも構ってくれないんですけれど

マナが不満そうに言った

外面がいいんです妹は身内だから、相手にしなくていいって思っているんですいつも、余所の子ばっかり可愛がって

言葉に敬語が入っている

これは舞夏だマナでは無い

いや雪乃は、優しいよ

高校に入学して一人ぼっちだったオレに、最初に声を掛けてくれてたのは雪乃だったから

そうだ白坂雪乃は

あいつは本質的には、優しい女の子なんだよ

気がどうのという話は、最近の演劇のレッスンから採り入れています

人間は群がなくては生きていけない動物である以上、集団で気を作ることができます

しかしながら、人間は個として別々の意志を持ってもいますから集団の中での気から脱することもできます

90年代以降の演劇レッスンは、その技能について大きく採り上げています

232.雪乃の心

真緒、騒いじゃダメよ

渚が幼い娘に声を掛ける

はーい、ママ

真緒ちゃんが、ちょこちょこと渚に向かって走っていく

渚の足にしがみついて

黒子ちゃん、騒ぐと周りの人の迷惑になるからダメですよっにひひっ

お姉さんぶって、雪乃にそう言う真緒ちゃん

判ったわよっまた、後でね

うん、また遊んであげるからねっ黒子ちゃん

それじゃあ真緒ちゃんの方が、雪乃の面倒をみていたみたいだ

いや、ある意味そうなんだけれど

雪乃は白坂本家から命を狙われている以上、もうオレたちと一緒に居るしかない

だけど黒い森の年長組の人たちは、基本的に雪乃に冷たいし

雪乃の方も、ミナホ姉さん、克子姉、寧さんとことごとく苦手にしている

その上、実の妹のマナが、一番雪乃への対応が酷いし

メグと雪乃はお互いにコンプレックスがあるから、二人だけでは一切口を利かない

となると、雪乃がまともに話をする相手はオレしかいないってことになるんだけれど

ほら他の女たちを避けて、オレの方に寄ってきた

子供の相手をするの、好きなのか

仕方無いから、話し掛けてみる

好きじゃないわよメンドくさいしでも、少し慣れておこうかと思って

慣れるって

雪乃が太い黒縁の眼鏡越しに、オレを見る

ほらあたし、あんたの子供を産むわけでしょ

もう、諦めたわよ白坂の一族から見捨てられたんじゃ、どこにも帰る場所は無いしねあんたたちにくっ付いていくしか、あたしの生きる道は無いんでしょなら仕方無いわ赤ちゃんぐらい産んであげるわよ

雪乃は底抜けに前向きな精神の持ち主だ

思い切りが良い

もう、白坂雪乃としては平穏な生活ができないと理解してオレたちに従うことを選んだのか

それにケンジに襲われた時ね

ケンジに触られても、全然気持ち良くなかったのあいつ、力任せなだけだから、痛いだけでさ気持ち悪くて仕方なかった

雪乃が、不快感一杯の表情でそう言う

あんたの時だって、最初は気持ち悪いだけだったんだけどさケンジに襲われてみて、判ったのよあんたの方は、あんたなりに一応、あたしのことも気持ち良くしてくれようとしているんだなってあんたは、あたしをレイプした極悪人だけれど悪いところばかりじゃないんだなって

あたしあんたみたいな男、大っ嫌いよあんたは全然格好良く無いし勉強ができるわけでもないし家柄が良いわけでもないわよねあんたみたいなのと付き合っていても、何の特典も無いじゃないクラスの子には、あたしがあんたと一緒にいるところを見られたくないって思う

そうだろうな

何回生まれ変わったって、あたしは絶対にあんたみたいな男を好きになったりはしないわそれだけは判っていてね

良かったじゃあ、産んであげるわあんたの子

好きじゃないけれど仕方無いものあたしがこの先弓槻先生に保護されるためには、あんたの子供を産むしかないんだから

もういいわよあんたのことは好きじゃないけれど自分の子供は、愛せると思うし可愛がって育てるわよこうなったら、あたしにはそれぐらいしか生きる楽しみが無いもの

雪乃は甘やかされて育てられて、我が儘だし、プライドが高い

だけど馬鹿じゃない

自分の現状をきちんと見据えて絶望しないで、生きていくための道筋を考えている

雪乃は残りの人生を、オレとの子供を育てることで充足させようというのだろう

あら、あなたは産むだけでいいのよ

ミナホ姉さんが冷たく、雪乃に言った

育てるのはあたしがやるから雪乃さんとは、出産した時点で、あたしたちとはお別れね

雪乃がギッとミナホ姉さんを見る

赤ちゃんだけ置いてあなたには、出て行って貰うわそうねあなたが、それまで良い子だったなら、少しは慰労金も出して解放してあげるわでも、もし悪い子ちゃんのままなら

ミナホ姉さんの口元が微笑む

悪い子ちゃんのままということはミナホ姉さんは、現在の雪乃を少しも評価していないということだ

東南アジアのスラム街でのお仕事やって貰うからね

スラム街の最悪の環境で売春宿に売られる

そんな生活殺されるよりも、辛いだろう

嫌よあたし

雪乃の目が怒りに燃えている

ゆっくり考えなさいもう、きっちり妊娠していると思うけれど、出産までは10ヶ月も掛かるんだからあなたは最初っから、マイナス評価なのよよほど努力して挽回しなければ、海外に売り飛ばす計画は変更しないから覚悟なさい

あたし、許さないわあんたのことは絶対

あら奇遇ねあたしも絶対に許さないからあなたのことはあたし、あなたが悔しがって泣いている顔を見るのが大好きなのよ雪乃さん

そう言って、ミナホ姉さんは雪乃から離れて行った

雪乃は眼に涙を溜めている

何よっ

雪乃は怒りの矛先をオレに変えて、涙目でギッと睨む

オレが、お前のことを好きなのは

オレの言葉に雪乃は戸惑う

雪乃は嘘を吐かない女だから

お前本当に、これっぽっちも嘘の無い女だよな

いやお前、自分勝手だし、いつもオレのことを見下しているけれど本当に、心の底から思っていることしか言わないな泣いても、怒っても本当に思っていることしか言わない

そんなの当たり前のことじゃない

いいや他の人間だと、結構、嘘を吐くんだよ

マナは舞夏の時に、自分の立場を良くしようと散々、オレたちに本心で無い言葉を言った

メグは運命を受け入れるために、何度も自分の心を誤魔化そうとした

それが普通の人間だ

他人に良く思われようと力ある人たちの仲間に入れて貰おうと、必死に嘘を吐く

自分の心を偽ってでも現実に妥協しようとする

それは心の平穏を得るためのバランス感覚だ

決して、糾弾すべきことではない

白坂雪乃は違う

この女には親が犯罪者として世間に晒されようと、自分のレイプ場面を全校放送されようと絶対に現実に屈しない自我がある

自分の心に従って、率直に生きるのが当然であり自分を世間や、現実の状況に合わせる必要は無いと確信している

家も地位も名誉も友人も家族すら失っても雪乃には雪乃が残っている

雪乃が信じている白坂雪乃という女の自我が

だから、雪乃は絶対に悲観しない絶望しない

どんな時でもブレることなく、前向きに生き抜くことだけを考えている

雪乃にはいつも心の中の雪乃が付いているから

雪乃は、孤独に打ちのめされない女なんだ

オレ尊敬するよお前のそういうところ正直、スゲェと思う

な、何よ何を褒められているんだか、全然判らないわよ

うん雪乃自身には、判らないんだろう

彼女には、当たり前のことだから

それに褒めたからって、あんたのことを好きになったりはしないからねっ

うん判っている

雪乃の心の中の雪乃にとって吉田という人間は、最初っから恋愛対象から除外されている

だから今後、どんなに状況が変わろうとも、雪乃がオレを愛することは無い

オレと今後もセックスし、オレの子供を産むということが決定的になっても仕方ないから、愛してみようとか好きになる努力をしようという考えは生まれない

雪乃は雪乃であることから、一歩も動かないのだから

雪乃には黒い森の中での居場所が無い

ここはミナホ姉さんがリーダーの組織だ

みんながミナホ姉さんを信頼して相互に助け合い、成立している組織だ

雪乃一人だけで、成立している

雪乃は、雪乃が中心になって我が儘放題言っても許されるような世界でしか、生きていけないだろう

昨日までの白坂家の様な

雪乃お前、どうする

オレは、思わずそう尋ねてみた

雪乃は、けろりとした顔でそう答えた

お前どうすんだよ、この先

人のことを心配できるような身分じゃないでしょあんただって

そうだけど

弓槻先生は、あんなこと言ってたけれどあの人が、割と甘い人間だってこと、ここ数日一緒に居て判ってるから大丈夫よあたしを売り飛ばしたりはしないわよ、あの人

オレは、白坂創介に対するミナホ姉さんの冷酷な復讐も見てきているぞ

あたしを放り出すにしたって裸のままってことは無いと思うわ10ヶ月経ったって、あたしはまだ16歳のままよ幾らでも、やり直せるわ白坂家が相手してくれなくても、市川のお祖父様を頼れば、どうにかなると思うし

雪乃は市川老人がマナを見捨てた経緯を知らない

一年遅れて、もう一回高校へ入って名前も変えるわ白坂雪乃って名前は捨てるのそしてあたし、恋をするわ今度こそ本当の恋をするの

雪乃はどこまでも、前向きだった

それが逆に心に痛い

ねいつまで、そんな人と喋っているのよ

そうだよそんな人、放っておけばいいんだよっ

マナもオレに身体を寄せる

ヨシくんにはあたしたちが居るんだからね

そのメグの言葉は重い

オレは雪乃の様に、自分自身のためだけには生きられない

オレにはオレの女に対する責任がある

この女たちをオレは幸せにしなくてはいけない

早く妊娠が判ればいいのにそうしたら、お兄ちゃんはもう雪乃さんとセックスしなくてよくなるから

マナが姉をジロッと見る

何よ、それ

反発する、雪乃

へえ、雪乃さんお兄ちゃんと、そんなにセックスしたいんですか

マナがオレの胸に抱きついて、さらに雪乃を挑発する

したいわよ

だって、その男、セックスの巧さだけしか取り柄がないじゃない舞夏だって、それでその男にくっ付いているんでしょ

カッとなる、マナ

違いますっあたしは

マナ止めなさい

メグが、マナを制した

どう説明したって、雪乃にはあたしたちの絆は判らないわよヨシくんの魅力の判らない人に何を言ったって

あたし判ってるわよその男の魅力ぐらい

雪乃が、ニッと微笑む

判ってる

うんまず、その男は何から何まで平均以下の男で自分でも、そのことをよく判っているから、あんたたちにもあたしにも一生懸命尽くしてくれるじゃないあんたたちは、そうやってこの男にチヤホヤされるのが快感なんでしょ

違うわよあたしは

あんたも舞夏も今まで、チヤホヤしてくれる男なんていなかったら、舞い上がっちゃっているんでしょまあ、いいんじゃないあんたたちみたいな女には、これぐらいの男で丁度良いんでしょうし良かったわね、可愛がってくれる男が見つかって

雪乃が、力一杯の毒舌を、血の繋がった姉妹たちにぶつける

あなた全然判っていないわヨシくんの魅力は

そんなの判らないし、判りたくないわよっ

雪乃は、とことん突っぱねる

あたしが本当に愛する価値があるのは家柄も才能もある格好良い人だけよこの男なんて、ホントにセックスだけじゃない

雪乃とメグ・マナたちの対立は、どんどん酷くなるだけだ

ねえ、そろそろ終わりにしてくれないかなっそんな話

寧さんが間に入ってくれた

最初は、ちょっと興味深い意見もあったから黙って聞いていたけれどさこっから先は、どこまで行っても平行線だろうし

仕方無いわよあたしの気持ちなんて、あんたたちに判るはずがないんだからっ

ちょっと感情に火が付いてしまった雪乃が憎しみを露わにしている

あのさ黒子ちゃん

今のあなたは、黃縞黒子ちゃんでしょっ

寧さんが、鋭い言葉で雪乃の心を刺すっ

久々に不良少女モードの強テンションで雪乃を見据える

それ以上続けると私は白坂創介の娘ですってプラカード持って、皇居を一周して来て貰うよ

だ、黙るわよ黙ればいいんでしょ

相変わらず、寧さんたち年上のプレッシャーには弱い

メグちゃんもマナちやんも一々、黒子ちゃんにケンカをフッ掛けない

そんなあたしたち

ケンカなんて、フッ掛けてません

どう思うヨッちゃん

寧さんが、オレに振る

メグもマナも雪乃には、負の感情を持ち過ぎだと思うそりゃあ、今までの経緯で色んなことがあったからだっていうのは判るけれど

メグはずっと雪乃にイジメられてきたし

マナは妹だけれど、ほとんど構って貰ってきていない

一々、雪乃に絡みすぎだよ

でも、ヨシくん

そうだよお兄ちゃん

納得しない、二人

いいや自分で思っている以上に、雪乃のことになると目くじらを立てているよもうちょっと、スルーしろよ雪乃はどうせ雪乃なんだから

雪乃は雪乃

メグが、不思議そうな顔でオレを見る

雪乃は自分の考えから一歩も外に出ないから雪乃なんだ相手したって無理だよ雪乃自身の世界観がぶっ壊れない限り、雪乃が変わることはないから

でも頭にくるじゃない

マナが、オレに言う

お兄ちゃんのこととか、酷いこと言うんだもの許せないよ

オレは、マナを抱き締める

許さなくていいからただ、一々、雪乃に反発してぶつかっていくのはやめろ

オレがどんな人間でオレとお前が、どういう関係なのかなんてのは、オレたち自身が判っていればいいことだろ人に説明して、理解を求める必要は無いんだ

オレとお前がどう出会って二人の間に何があって、それで今どういう関係になっているかなんてどれだけ言葉で説明したって判らないことなんだから

オレはお前が好きだよそれだけでいいだろ

そうだね判った

マナが納得する

メグもだよ一々、雪乃に突っかからないと不安か

何が不安なんだ

雪乃はあたしよりも美人だからヨシくんを獲られちゃうみたいな気がするの

そんなことはない

オレは、はっきりと言った

雪乃はオレのことは好きじゃないんだ何回生まれ変わっても、好きにはならないそうだよ今さっき、そう言っていたろ

でもヨシくんは、雪乃のことが好きなんでしょ

さっき、そう言ってたじゃない

オレは確かに雪乃のことも好きだけれどお前たちほど、大切じゃない

優先順位だよ沈没する船に乗っていたとしたら、オレはメグやマナを先に救命艇に乗せる雪乃は一番最後だ

オレの言葉に雪乃の顔が暗くなる

ホントヨシくん

ああオレが、メグに嘘を言ったことがあるか

判った雪乃には、もう突っかかったりしないわ何を言われても無視します

うん、そうだね雪乃さんなんて、もうシカトだよシカト

マナそれもどうかと思うぞ

まあ、正面からケンカになるよりはいいか

いいわよ、あたしは別にあんたたちと口を利かないですむ方が、よほど清々するわよ

ぶつくさと、そんなことを言った

さあ開演15分前よそろそろ、劇場の中へ入りましょう

ミナホ姉さんが、オレたちに声を掛けた

真緒ちゃんが、声を上げる

メグちゃんとマナちゃんで、先に人数分の席をキープしてきてくれる固まって座っていたいから、1列ズラッと並ぶんじゃなくって、3列ぐらいでまとまって座れた方がいいなあ

判りましたマナ、行きましょっ

オレは美智を見て

こっちはマルゴさんが居るから美智は、メグとマナを警護して

メグ・マナ・美智の三人が劇場の中へ駆けていく

吉田くん、さっきの優先順位の件だけどさ

恵美ちゃん、マナちゃんは先に救命艇に乗せて雪乃さんは最後それは判ったんだけどさ

マルゴさんがニヤッと笑って、雪乃を見る

雪乃は、何よっという顔をして、マルゴさんの視線を外した

吉田くん自身はその時にどこに居るの

最後に雪乃さんを救命艇に乗せる時吉田くん自身は、もう救命艇に乗っているそれとも、沈没する船の上にまだ居る

沈没する船の上です

マルゴさんが、笑って雪乃に言った

そういうことだから雪乃さんは、吉田くんには少しも見捨てられていないからね

雪乃があっと驚いた顔でオレを見た

あたしなら、とっとと救命艇に乗り込んでそれで隙間があったら、雪乃ちゃんも乗せてあげるって感じだねっ

あたしは絶対に救命艇には乗せてあげません雪乃様が沈没していく姿を、救命艇の上から見ているわそうね、浮き輪ぐらいは持たせて上げる

渚が言った

あたしはちゃんと、雪乃さんが逃げ出さない様に沈没船の船底に雪乃さんを鎖で縛り付けてから、救命艇に乗るわよ絶対確実じゃないことって、嫌いなのよ

ミナホは、どう

マルゴさんの問いに、ミナホ姉さんは

あたしなら、船が沈没していなくても雪乃さんを海に突き落とすわよそうねサメがうじゃうじゃいる海域を狙ってね

もう、仮定そのものが違っている

みんな雪乃には手厳しい

いいわよっ鎖で縛られたら、鎖抜けするわよ海に突き落とされたら必死で泳ぐわよサメに襲われたら、サメよりも速くね絶対に生き残るからっあたし、絶対に殺されないからねっあんたたちにはっ

この不貞不貞しい生命力は本当に素晴らしいと思う

そんなことを考える前に、吉田くんのことを大切にしてあげればいいのに

マルゴさんが、クスッと笑ってそう言った

え何でよ

雪乃には意味が判らないらしい

判らなければ、それでいいよそれが雪乃さんらしさなんだろうから

そして、オレの肩をポンと叩いた

吉田くんも大変だねっ

さて、行きましょうか

ミナホ姉さんの言葉に、全員でロビーのソファから離れる

ここだよっ、お兄ちゃんっ

マナが手を振る

一階席の前から10列目くらいの右の方の一角を、マナたちは押さえていた

もうかなり観客は来場しているのに、客席はそんなに埋まっていない

オレがキョロキョロしていると

今日みたいな発表会だと初めから終わりまで、全部観る人はそんなにいないのよ

ミナホ姉さんが、説明してくれた

そうね、自分の知っている出演者の踊りしか観ない人も多いしね

それよりロビーで、色々な名家の人たち同士で挨拶し合ったり、交流したりすることの方が大切なのよ

なるほど色々な名士の人たちが来ているんだ

娘や孫の発表を観に来たついでに色々な人たちとの交歓をするというのも意味があるんだろう

さすがに、最後の家元先生の踊りの時は超満員になるわよ

渚が、そう言った

紺碧撫子先生は、人間国宝の候補になっていらっしゃる方だから

日本舞踊で、国宝っていうのはよく判らないけれど

きっと、スゴイんだろうな

そういうことだからあたしは、ずっと劇場の中にいるわ

渚のおかげで、お屋敷の昔からのお客の皆様には、ご挨拶できたし後は、あの方たちが、あたしたちの言葉を広めて下さるわ

うんあたしたちは、これ以上動かない方がいいだろうね

マルゴさんも、そう分析する

用がある方は、向こうから話し掛けて来て下さるでしょうしね一々、色んな人に話し掛けるんじゃなくって、ここにドスンと座ってあれが黒森御名穂だって指差される方が楽でいいわよ

ミナホ姉さんは見世物になる覚悟をしているらしい

いずれにせよこの状況で黒い森のトップがこの会に現れたってことは、あたしたちと白坂創介が完全に切れているっていうことを示してくれるからね

白坂創介と関係しているならこんな公の場に姿を現せるはずがない

それに香月様のご許可がなければ、あたしたちがこの劇場内にいられるはずがないんだよそのことは、みんな判っているから

うん劇場の警備は、香月セキュリティ・サービスが行っている

オレたちが、白坂創介の身内ならとっくの昔に叩き出されているはずだ

ということであたしたちは、ここで見世物になっているから、あなたたちは少し離れて座りなさい

ミナホ姉さんと、克子姉、渚、真緒ちゃんが並んで座る

マルゴさんと寧さんは、警護とお付きの振りをして、その後ろへ

そう言えばロビーのソファでも

ミナホ姉さんたちは、わざとオレたち年少組とは離れて座っていた

用のある時だけ、近付いてきて

そんなあたしたちも、一緒に座ります

そういうメグにミナホ姉さんは

ダメよあなたがあたしたちと一緒に座ったら、娼館の新しい女だと勘違いする人が出るかもしれないでしょ

メグ、こっちに座ろう

通路を挟んだ少し離れた席にオレは座る

その時劇場の外から、歓声が上がった

劇場入り口の方が騒がしいけれど

香月閣下のご来場だよ

三連休なれど体力を回復するだけで精一杯

というか暑すぎますはぁ

現状の人間関係を整理しました

雪乃は黒い森には受け入れられていませんし、本人も受け入れられる気はありません

雪乃はホント雪乃自身がお姫様で、我が儘放題できる集団でないとダメでしょうね

今までのストーリーを**編という形で区切りました

日付だけよりも判りやすいと思います

こうやって見るとちゃんと雪乃がメイン・ヒロインなんですけれどね

一番出番が多いですし

最新の登場人物リストも今、やっていますが終わりません

233.開演

やがて香月閣下は2階席に向かったらしい

2階席の奥の入り口辺りが、ざわついている

何で、2階席なんです

その方が警護しやすいからですそれに、高貴なる身分の方は昔から高い場所って決まっています

美智が、オレに教えてくれた

すでにオレたちは、ミナホ姉さんら年長組の人たちとは離れて座っている

オレの右の席にマナ、左にメグが座っている

オレの後ろの座席に、美智が雪乃を見張りながら座っていた

だから、美智は背中からオレの耳に囁くようにして話してくれる

高貴な方は舞台を観ると同時に、ご自分も他のお客様たちに見られるということを理解なすっていますから

そしてオレたちの視界に香月閣下の姿が見える

閣下は、薄いライトグレーのスーツを着ていた

背筋がしっかり伸びている頭は白髪を短く刈り込んでいる

若い頃は、何かスポーツでもやっていたのだろうか

80過ぎとは思えない、がっちりとした体格をしていた

微笑をたたえて、劇場内を見廻しているが眼は笑っていない

現在でも現役の経営者として、最前線にいる人物らしい威厳と力強さを持っていた

あこっちも見ている

ミナホ姉さんたちが、スッと頭を下げて挨拶した

閣下はうむといった感じで、首を振る

それだけでミナホ姉さんが閣下に許されてこの場に居ることが、劇場内の観客たちに伝わる

すごい、影響力だ

閣下の座席は2階席の最前列だ

うん正しく王様の席

香月様の周囲にいらっしゃる3人の黒いスーツの方々が護衛役です

美智が、オレに囁く

なるほど、男2人に女1人の黒スーツの人たちが、閣下の周囲に付いている

その後ろに谷沢チーフの姿も見えた

谷沢チーフが、閣下の直接の身辺警護を任せている人たちだ

この3人が、香月セキュリティ・サービスの中で最強の警護人なんだろう

男性が大徳さんと、張本さん女性が関さんです

美智の視線を追う背の高い美男子が大徳さんだな張本さんは、ヒゲを生やしたマッチョマンタイプ関さんは、綺麗な黒髪の美人だった

場内はスッと静まりかえる

拍手とかしなくていいのかな

オレが美智に尋ねると

香月様は、そういうことをとても嫌われますから

そっか名家ったって、どこかの国の王族とかじゃないんだし

普通の反応をしないと、ヘソを曲げるんだな

閣下が2階最前列のシートに着席すると

次に、数人の若い男性たちがぞろぞろと入って来る

全部で20人くらいか

みんな高価そうな派手な色の背広を着て行儀良く、頭の良さそうな顔をしていた

その若い男たちのグループが、閣下の後ろの席を占める

あれは香月様が、日頃から可愛がっておられる方々です

男を可愛がっているって

えまさか、閣下ってホモなの

男の子も、イケル人なの

あそういう意味ではありません

美智が、赤くなって訂正する

そういう意味って

オレが、わざと意地悪な質問をすると

ご主人様、わたくしは今、大変イケナイ想像をしてしまいましたどうか、美智に罰を与えて下さい

耳まで赤くして、オレにねだる

どうして欲しいんだ

美智は、答えた

お尻をつねって下さい

美智は、お尻好きだな

違います、わたくしは胸に自信がないから

美智つるぺたなのを気にしていたのか

そっちも、オレが揉んで大きくするよ

美智が座席からお尻を浮かす

ご主人様、どうぞ、

オレは美智のお尻とシートの隙間に右手を伸ばし美智の柔らかいお尻の感覚を楽しんでから、一回だけキュッとつねってやった

美智が、切なそうな声をあげる

もう二人だけで、楽しそうなことしてないでよっ

マナがプンプンして、オレに言う

そんなことしている暇があったら、マナのお尻も触ってよっ

マナが無理矢理、オレの左手を自分の尻に引っ張る

もうしょうがないな

オレはマナのお尻を揉み揉みしながら、美智の話を聞く

あの若い男性たちは香月様が直接、教育をなさっておられる方々です香月の家の血筋の方もいらっしゃいますし香月様の側近や支配下の会社の重役のお子様も混じっています

みすずの婚約者も、あの中に居るのか

はい、わたくしはどの方なのかまでは知っておりませんが香月様のすぐ後ろに座られた6人があのグループの中でも特に香月様がご期待なさっておられる方々ですおそらく、みすず様と瑠璃子様の婚約者はその中にいらっしゃると推察致します

オレは下の名前だけ知っている

みすずが処女喪失の後に、オレにだけ話してくれたから

その6人名前、判る

美智が答えた

はい右より、香月操様、香月仁様、香月昴様、夏木惇様、司馬貴彦様、嘉田奉孝様です

貴彦左から二人目か

司馬貴彦こいつが、みすずの婚約者だ

うん、大学生ぐらいだな

銀縁の眼鏡を掛けて、背が高くて勉強もできそうだ顔も良い

オレには勝てそうな要素が一つも無い

お気になさることはありませんみすず様は、ご主人様を心から愛しておられます

オレの顔を見て美智が、そう言ってくれた

閣下のご来場で一旦は静まり帰った場内がまた、ざわざわしてくる

今日の客席は、小さい子供も多いから仕方が無い

閣下に挨拶しようとする人たちが列を作っている

香月セキュリティ・サービスの制服警備員が、サッと列をまとめて

すでに、閣下の周りには警護役とエリート子弟たちが座っているからみんな4メートルくらい離れたところから、挨拶の言葉を述べている

閣下は、うんうんと挨拶する人に対して頷くだけ

香月様とあのグループの方々は、発表会を最初から最後まで御覧になります

どうしてみすずと瑠璃子さんを観に来たんだろ

香月様に観ていただいたことがあるというのは、出演者にとってはステイタスとなりますし力を持つ者の義務として、香月様は全員の踊りを御覧になって下さいますそれに今日の出演者が、あのグループの方々の婚約者候補となることもありますし

今日の出演者は、全員、紺碧流の家元の教室に通う女の子たちだ

みんなそれなりの地位にある有力者の娘

血筋も家柄も良い子ばかりだ

香月閣下が直接教育している若者グループの嫁に相応しい相手なのだろう

だからあの男たちも、最初から最後まで観ているわけ

はい、どなたが自分の相手に指名されるか判りませんし誰と結婚することになったとしても、日舞との縁は切れないわけですから

うん今日、出演している子はずっと日舞を続けるだろうし

いつか、子供が生まれたらその子も紺碧流の家元の教室に通わせたいと思っているだろう

そうやって、代を重ねることで家元の教室に入ることが、権力者たちのステイタスになっていく

そこに通っているっていうだけで、スゴイって言われるのは、この紺碧流の家元様のお教室ぐらいだよね

バレエやダンスの教室じゃ、ここまで格の高いお教室は無いし紺碧流は、本当に別格なんだよね

どうしてそうなんだ

歴史が違うもん

歴史

日舞の家元制度なんて、みんな明治時代にできたものですが紺碧流は、早い段階から政治家や財界のトップの人たちの娘さんたちをお弟子さんにしていましたそれに、初代、二代目、三代目と歴代の家元様が傑出した舞踊家でいらっしゃいますし

美智が、そう説明してくれた

傑出した舞踊家ってどういうこと

日本舞踊家にとって、一番大切なお仕事はその時代一番の歌舞伎俳優さんの踊りの踊りの振り付けを任されることです紺碧流は、明治以来、ずっとその地位を担ってきています

なるほど判りやすい

一番人気があって、踊りの上手い歌舞伎俳優の踊りを任されている流派が隆盛を極める

みすずや瑠璃子さん香月家の継承者ですら、日舞を習うとしたら、この教室に入るしかなかったんだろう他に選択肢は無い

あたしは日舞なんて嫌いよ芸者さんじゃあるまいし着物を着て踊るなんてさ和服って、身体をギュッと締め付けるじゃないあんな状態で、踊るなんてどうかしているわよ血の巡りが悪くなるわよ

雪乃がそう言うが

メグもマナも美智も、無視している

完全スルーだ

あたしは、あんたに話しているのよっ

お、オレか

そうよっどうせ、他の人はあたしと会話する気なんて無いんでしょっ

雪乃が、プンプン怒っている

美智さん舌切り雀って話があったでしょ

はい、ございました

雪乃さんも舌をチョン切ったら、少しは静かになるんじゃないかな

猿轡で充分だと思います

美智さん持っているの、猿轡

あのような物荒縄があればすぐに作れますご要望とあれば、すぐに用意致しますが

いや、いい雪乃の今の格好に、荒縄で猿轡したらホラー映画だ猟奇的過ぎる

おっしゃる通りです

わ、判ったわよ、あたしは黙ってればいいんでしょっ何よっ個人的に日舞は嫌いだって話をしただけじゃないっ

雪乃さんいいから黙って、そこで趣味のオナニーでもしていれば

マナの言葉に雪乃は黙り込む

マナ品が悪すぎるぞ

オレは、マナを叱った

雪乃のことはスルーしろって、言ったよな

罰として

お仕置きしてくれるのお兄ちゃん

マナが嬉しそうに微笑む

逆だマナとのエッチは一回抜きにする

罰なんだから、仕方無いだろ

その点、メグは偉いなちゃんと雪乃のことはスルーしたから

当たり前よその人のことを話すだけで、口が汚れるもの

この姉妹たちが和解する日なんて、永久に来ないのかな

突然、場内にブーと開演を知らせるブザーが鳴った

ヨシくん始まるみたいよ

メグが、オレにそう教えてくれた

拍子木の音が鳴る

舞台の緞帳がスルスルと上がった

場内から、拍手が起こる

舞台の上には小学校低学年の女の子たちが、10人ほど並んで居た

発表会は、一番小さい子供たちの合同舞踊からスタートするようだ

三味線と歌に合わせて女の子たちは踊り始める

藤のぉ花っ藤の花ぁ

さすが、家元の教室の発表会だ

録音で無く、三味線も歌も専門の人がその場で演じている

10人の女の子たちはそれぞれで、面白い

気張りすぎで、ガチガチになっている子

ニコニコ笑いながら、ふわふわと踊っている子

他の子を見ながら踊っているため、一人だけタイミングが1テンポ遅れている子

逆に何でだか、一人だけテンポが早い子

振り付けを間違えたらしくあっと叫んでしまう子

それでも、みんな一生懸命に踊っている

いい加減に踊っている子は、一人もいない

みんな可愛いわね

ヨシくんあんな子が欲しい

メグがオレの耳に囁く

オレは想像する

オレとメグの間に、女の子が生まれて

それで、こんな風に自分の娘の発表会を観ることができたら

すごい幸せな気持ちになれるだろう

うん欲しいな

あたしも、欲しい

マナが、オレとメグの良い雰囲気を感知して

もうこっちの手は、マナのねっ

マナが反対の手を握った

二人とも、オレにべったりと寄り添っている

ホント可愛いね、お兄ちゃんっ

マナも、子供たちの踊りを観てそう言った

マナもお兄ちゃんに観て欲しかったな

マナはダンス部だったっけ

確か中学で、創作ダンスの部活に入っていたはずだ

うん学園祭で発表するはずだったんだけどマナ、もう今の中学へは行かれないから

白坂創介の娘としてお嬢様学校に通い続けるのは、もう不可能だ

新しい学校へ入ったら、そこでまたダンスを始めればいいじゃないか

えー、2年生のこんな中途半端な時期に入部したって、ロクなことにはならないよ

でもマナはダンスが好きなんだろ

それは、そうだけどあ、創作ダンスは嫌いだよあれは変な踊りだから

そう言った後マナは、オレの顔を見る

何か変だねこういう話、あたしママにもパパにもしなかったのに

お兄ちゃんが、一番家族みたいな気がする何でも話せるし、何でも相談できるの

ああ、何でもオレに相談しろよどんなことでも、一緒に考えてやるから

マナは、オレの手をギュッと握りしめて、そう言った

あ、でも恋愛相談だけはしないからねっ

マナが顔を赤くして、そう言った

あたしはもうお兄ちゃんだけなんだから

そう言ってオレの手を自分の素肌の足に触れさせる

他に好きな人ができたらオレのことなんて気にしなくてもいいんだぞ

オレが、そう言うとマナは怒って

そういうことは、冗談でも言わないでっ

あたし身も心も、もうお兄ちゃんの物なんだからお兄ちゃんに助けて貰ったことに対して、マナは一生掛けてご奉仕しなくちゃいけないのよっあたし、お兄ちゃんのセックス奴隷にして貰ったことに誇りを感じているんだから

マナにはマナのプライドがある

女としての人間としての

お兄ちゃんがマナのことをもう、いらない、他の人にあげるって言うのなら諦めるけれど

オレはそっと、マナを抱き締める

そんなことはしないよ絶対に何があっても、オレはマナを捨てない

だったら一生、側に居ろって命令してよ他の男のことは好きになるなって、命令して

マナが、女の顔でオレを見る

あたし、お兄ちゃんにメチャクチャ束縛されたいの奴隷なんだから

このセックス奴隷は、いつも注文が多い

判ったずっと、オレの側に居ろオレだけを好きになれ他の男とは、口もきくな

はいっ、お兄ちゃんっ

マナの顔が、明るくなる

あっあたし、どうしよう

えへへマナ、濡れちゃった

オレの束縛の言葉に、愛液を漏らしてしまったらしい

この14歳は、とっても汁が多い

エッチな娘だなマナは

お兄ちゃんだから、エッチになるんだよっ

マナが、オレの耳の後ろにチュッとキスする

マナ、そこまでにしなさいっ

メグが注意する

一生懸命踊っている子たちに失礼でしょ

そう言いながら、マナは小声でオレの耳に囁く

お兄ちゃんどこかで隠れて、エッチしようか

マナの身体に火が付いてしまっているらしい

劇場内は無理だよどこもかしこも、警備の人間が居るよ

おトイレの中とかは

そういうところこそ、厳重警戒されているよ白い方のヴァイオラが潜入したことで、警備体制が強化されたはずだから

ちぇっ残念

それにマナ忘れたのか

マナがへという顔で、オレを見上げる

お前は、エッチは一回休みだからな

そうださっき、そういうことにした

もうお兄ちゃんの意地悪っ

マナが怒る

だから今は我慢しろ夜には、いっぱい可愛がってやるから

オレは、一回休みの分をマナの現在のセックスへの欲求と相殺してやることにした

本当なら、今は我慢するっ

マナは機嫌を直してくれた

夜か

本当のところ、オレたちが今夜どうなるのかは想像が付かない

この発表会が終わったらホテルで、白坂家との交渉がある

香月閣下とも話をしないといけない

そしてシザーリオ・ヴァイオラとの対決もある

長い夜になることだけは覚悟している

心配しないできっと、上手くいくわよ

オレの心を察してそう言ってくれた

ああそうだな

オレは、メグにそう返事をした

いけない、いけない

オレが心配そうな顔をしたら、メグやマナの顔を暗くしてしまう

オレは、平然としていないと

そうミナホ姉さんのように

ミナホ姉さんのいつもの冷たい微笑の下にどれだけの感情が隠れているか

尊敬できる姉が身近にいることに、オレは感謝する

あもう、おしまいみたいね

そして10人の小学校低学年生による発表が終わる

最後はみんな並んで正座してススッとご挨拶

ここだけは全員、ピシッと揃った

会場全体から拍手が起こる

閣下も満足そうな顔で拍手している

みすずの婚約者の司馬貴彦も

会場のあちこちから、花束を持った人が現れ舞台前に行く

陽子ちゃん、はいっ

久実ちゃんこっちよ

みんな出演者の知り合いらしい

踊り終わった子たちに舞台下から花束を手渡す

本当は、あんまりお行儀の良いことでは無いのですがフィギュア・スケートの大会の放送を観て、こんな風に踊り終わった後に花束を手渡すのが最近流行っているんです

後ろのシートから、美智が教えてくれた

確かに、10人の子が均等にお花を貰えるわけではないから見ていてあんまり、気持ちの良いものではない

一人で3つも4つも花束を貰っている子もいるし一つも貰ってない子もいるし

そもそも、ここで花束を渡すかどうかは、それぞれ家によって意見が違うだろうし

でもまあ止めろとも言えないよな

なかなか難しい、問題だ

ひとしきり、花束贈呈が終わったところで女の子たちは、もう一度会場に礼をして退場した

次が小学校の中学年の子たちの踊りその後が、高学年合同の踊りは小学生までみたいね中学生からは、一人だけで踊る人も出てくるようね二人とか三人の踊りもあるみたいだけど

メグが、パンフレットを見て、そう言った

発表会が始まっても、客席側の明かりが暗くならないよな

こういうのって、普通、舞台だけが明るくなって観客席側は真っ暗になるもんじゃないのか

こういう発表会だと、場内の出入りが激しいですし

なるほど、最初の踊りが終わったばかりなのに、もう場外へ出て行く人がたくさんいる

今踊った10人の小学生の家族や知り合いなんだろう

早速、楽屋に会いに行くのか

逆に、慌てて入って来るのは今から踊る次の組に子供がいる家族のようだ

元々、日本舞踊は歌舞伎の踊りが独立したものですから歌舞伎は、基本的に客席を暗くしませんし

美智が言う

どうしてさ

歌舞伎というものは、お弁当を食べたり、お酒を飲みながら見るのが普通ですから暗くしてしまっては、お客様が手元が見えなくてお困りになります

そういうものなのか

ですから特別な演出効果の時以外は、客席の明かりを絞るようなことはしないんです

美智すいぶん、詳しいんだな

この子は武道一筋だと思っていた

みすず様のご教育です

みすずの

わたくしは警護役として、みすず様のご観劇にお付きしますからその時に、色々とお教え下さるんです

みすず様はわたくしが、武芸のみしか知らない偏った人間にならないように、色々とご教育下さっているんです

みすずのそういうところはミナホ姉さんに似ているな

二人とも、教育計画を立てたりするのが好きそうだし

そんなことを考えているうちに

2組目の踊りが始まった

小学校中学年の踊りもやっぱり、可愛い

そんな風に踊りのプログラムが一つずつ進行していく

中学生の踊りに差し掛かった時

事件は起きた

何か、物凄く暑いですね

新キャラは三国志でいくことにしました

閣下の護衛部隊は、大徳備(ダイトク・ソナエ)、張本益徳(ハリモト・マスノリ)、関羽(セキ・ショウ)の三人です

関さんだけ女性です意味は特にありません

ちょっと仕事のスケジュールの関係で、明日は更新できるかどうか判りません

なるべく頑張ってみますが

いつもよりも量が減るかもしれません

234.誰

中学生の女の子、二人の踊りが終わる

場内に拍手が起こり踊り手たちが礼をする

その子らの友達らしい子が、舞台下から花束を渡している時に

一人の太った初老の男性が、突然香月閣下の方へつかつかと近寄って

大声で叫ぶ

香月重孝さんよぉぅっ折り入って、あんたさんに内々で話がしたいんじゃけぇんのぉうっ

金縁眼鏡に、禿頭、でっぷりと太ったスーツ姿の男は額から汗をダラダラと流している

ガタガタと震えてただごとでは無いことが判った

つーか、ちょっとお酒が入ってるっぽい

なあにっ、絶対に損はさせねぇっわしゃあ、あんたさんにとっても良い話を持って来たんじゃ

訛りの強い男の声は、緊張の余り甲高く裏返っていた

顔は強張り眼は血走っている

あんたさんも得をする、わたしも得をする対等にWIN-WINな関係になるんじゃけぇ判りますのおうウィン・ウィンじゃ

突然起こった状況に場内は、静まり返った

場内の全ての観衆が2階席の閣下に注目する

太った初老の男は、何とか閣下に接近しようとするが

閣下とその男の間には、数列に渡って閣下の指導するエリート青年たちの層がある

だから男は2階最前列に座った閣下の背後から、座席で言うと4列分くらい後ろから必死に声を投げ掛けていた

どなたですのあの方

どこの家の人かしら

香月様に、あんな無礼を働くなんて

どういうことなんだこれは

ようやく小さな声で囁かれる、疑念

閣下は不快な顔をして決して、乱入して来た男に振り向こうとはしなかった

美智あれが誰だか判るか

父親の調査ファイルを見ているはずの美智に、尋ねてみた

いいえわたくしにも判りません

美智も知らない人物となると何者なんだ

んあたし、知ってるわよ

雪乃が、軽く答えた

知っているのか

何で、雪乃が

で誰なんだ

雪乃は、ケロッとした顔で答えた

金子信男さんよ

雪乃はそう言う

へえそうなんだ

そうよ金子信男さん

金子信男

マジで、誰なんだ

どこの金子さんなんだ

オレがそう尋ねると雪乃は

大叔父様の側近よ新聞社の役員の金子さん

雪乃の大叔父というのは、白坂家当主・白坂守次氏だ

つまり白坂家に仕えている人間か

側近の順位で言うとねええっと、20番目より下くらいね金子さんは、平取りだから

平取り

ただの取締役専務とか常務とか肩書きが付いていないのよ

それってどんな立場なんだ

会社組織の中での偉い順とかオレには、よく判らない

まあ、役員なんだから一応、経営陣の一人なんだけれど金子さんは、元々は社会部の記者から叩き上げで出世した人で、長いこと中国支社の支社長をしていた人よ去年ぐらいに、ようやく本社に呼び戻されて役員に昇格したって話よ

中国って海外に居たのか

何か国際派には、全然見えないけれど

違うわよ広島よ

広島

中国地方広島にずっと居た人よ

ああそれで、訛っているんだ

お前そんな人のこと、よく知っているな

パーティーの時に、うちのパパが馬鹿にしていたから覚えていたのよ

白坂創介が馬鹿にしていた

中国支社長なら、現地でイバっていられたけれどあの年で平取りじゃあ、誰からも相手にされなくて本社でペコペコしてるしかないって見た目では出世なんだけれど、実際には今期限りで退職させられることが決まっているから、リストラなんだって

そういう立場の人なんだ

でその平取りでリストラ候補の金子さんが、何しに来たんだよ

そんなの、あたしが判るわけが無いでしょ

さすが、雪乃だ

白坂家の関係者の力関係については、よく知っているくせに

今、この現場で何が起きているのかについては興味が無いらしい

おそらく香月様に交渉に来たのでしょう

美智が、言った

でも金子さんは、そんな権限は持っていないはずよ

このままでは香月様と白坂守次氏の直接対決になってしまいそうなので、現状に危機感を感じたのでしょう自らの保身のために、香月様に近付いて来たのだと思います

どういうことだ美智

例えば白坂守次氏に関する秘匿情報を、香月様にお知らせするとかいずれにせよ、香月様に取り入ろうとなさっているのだと思います

つまり裏切り

白坂守次のグループは、そこまで追い詰められているのか

あたしゃあねぇあんたさんに、どうしてもお話ししたいことがあるんですわっなあに、五分で構いませんわっいいや2分でいい30秒でもわたしの真摯な言葉にどうか耳を傾けて下さいませんかねぇ

興奮した男が、必死で閣下に叫ぶ

しかし香月様は、お聞き届けにはならないでしょう

美智は、言った

取締役会の下位の人間が知っている情報なんて、大したものではないでしょうしこの裏切り行為そのものが、白坂守次氏の策かもしれません

わざと裏切り者を送り込んできた

偽情報を掴まされる可能性が高いということか

そもそも香月様は、こういう不躾な行為がお嫌いです

香月閣下は男を無視したまま、警護役に手で合図する

スッと空中を撫でるように払う

追い払えのサインだ

失礼ですが、お客様

女性警護人の関さんが、スッと立ち上がって金子信男に近付く

関さんの身のこなしは、優雅でエレガントだった

穏やかな笑みを端正な顔に浮かべている

あらかじめ、美智に警護人と教えて貰っていなかったら香月閣下専属の秘書かコンパニオンだとしか思えないほどの超美人だ

そんな関さんが優雅に微笑む

申し訳ございませんお話でしたら、あちらでわたくしがお聞き致しますわっ

それじゃあ、ダメなんじゃよぉぉぉっあんたじゃのうて、あたしゃあ香月重孝さんと、二人っきりで差しで話したいんじゃっ姉ちゃん、お願いだからぁ、取り次いでくれんかのぉっ

ヒステリックに叫ぶ、金子信男

男の様子が、急におかしくなる

むぎっ

あら、どうなさったんです

関さんが、ニッコリと微笑むと

金子信男は突然、口から泡を噴いて、その場に卒倒した

まあ、大変ですわっ救護の方を早くっ

すでに、香月セキュリティ・サービスの制服組が近くまで来ていた

警備員によって、すぐに担ぎ出される金子信男

驚きましたわぁっまあ、あの方、とても興奮なさっていたようでしたしお酒もたくさん飲まれていたみたいでしたからねぇ

劇場の外に運ばれる男を見送りながら関さんが、言い訳じみたことを言う

美智、今のは

はい関さんが、一瞬であの老人のボディに3発拳を打ち込んでいます

美智がそう告げる

これだけの観衆に注目されている中で

誰にも気付かれることなく、関さんは金子信男をノック・アウトした

関さんは、香月セキュリティ・サービスの中では、最も優雅な技の持ち主ですから右腕で観衆の視線をブラインドして、左の拳で流れるように急所を3カ所打ち抜きました

怖ぇぇ

関さん、マジ怖い

金子信男が場外へ連れ出されると同時に香月閣下が、スッと立ち上がる

みなさん申し訳ありませんなあにこんなことは、私の日常生活では、よくあることですどうか、ご心配なさらないで下さい

穏やかに威厳のある声で、閣下は言った

それから、突然起こった事件に舞台の上で怯えている、踊りを終えたばかりの少女たちに向かって

おかしな人の乱入で、君たちの踊りの余韻を壊してしまって、申し訳無いね真下香苗さん大畑麻里乃さんでも、私はちゃんと君たちの踊りを覚えていますよ良い踊りでしたよく、お稽古をしていますね

閣下はパンフレットを確認することなく、少女たちの名前をフルネームで呼んだ

偉大なる香月閣下から直接、名前を呼ばれて少女たちの顔が微笑む

また来年の発表会を楽しみにしていますよこれからも、研鑽を続けて下さい

舞台上の少女たちが、閣下に礼をする

その瞬間場内に拍手が起こった

閣下も拍手する

場内の観客たちの拍手は閣下のスピーチに対するものだったのに

閣下も拍手に加わることで少女たちの踊りに対する賞賛の拍手にすり替えられる

拍手の続く中閣下は、スッと席に座った

舞台から黒衣が現れて、少女たちに袖に引っ込むようにサインを出す

もう一度、観客席にペコッと頭を下げて少女たちが退場する

舞台の進行が、元に戻る

まるで金子信男の乱入など、無かったみたいに

本日の警備責任者の山岡部長は始末書に減給処分だねっ

寧さんがオレたちの席の方に移って来て、そう言った

ミス・コーデリアと白いヴァイオラが、場内に潜入したという知らせを聞いて警備体制を、そちらに大きく振ったのでしょう

つまりヴァイオラ対策に気を取られて

白坂家関連の人間が入場したことに、気付かなかった

多分さ、外国人や、大使館アメリカ商務省のルートに重点を置いたんじゃないのかなまあ、白坂家の一族の人間も、一応チェックしていたんだろうけれど

金子信男は、見逃しちゃったんだ

新聞社の取締役の下の方の人までは、チェックしきれなかったんじゃないかなどうせ、今日の会に白坂家関連の人は来ないだろうって思い込んでいたんだろうし

まあ金子信男は、ノー・チェックだったんだろう

大変な失態です

美智は冷たく、そう言った

まあ、そう言わないでガチガチに警備員を固めているつもりでも、こういうことは起こるんだよ

うん緊張状態を続けている時の方が、ミスは多い

まさかと思うところからちょっとした不注意で、とんでもない事態になる

むしろ、こんなミスは今のうちにやっておいてくれた方が助かるよ本番は夜だからね

この劇場に居る間はヴァイオラの襲撃は無いってことですか

ミス・コーデリアが、そう約束してくれたでしょっ

信用できるんですかあの人

信用できるわけないじゃんあのシザーリオ・ヴァイオラの元締めだよ

なら

ヨッちゃん大丈夫だって今はまだ、あの人たちもあたしたちも仕込みの時間だから

仕込みの時間

周りの人によく注意して一般のお客さんもそうだし、香月セキュリティ・サービスの制服を着た人たちにもね多分白坂本家のスパイとか、ヴァイオラの配下の人間はもう潜入しているから

でも今はまだ蜂起の時間じゃ無い状況が煮詰まって、爆発するまでには時間が掛かるってこと

寧さんたちはすでに次の事態を想定して、行動している

周りを見て、変だなって思う人が居たらすぐにマルちゃんに報告してそれから一人では決して出歩かないおトイレも、みんなで行ってねミッちゃん、頼むよ

寧さんの言葉に、美智が頷く

以上先生とマルちゃんからの伝言でしたっ

ミナホ姉さんとマルゴさんが、そういう指示を出して来たということは

二人はすでに潜入している敵を確認しているんだ

この会場にすでに敵は居る

変な人ってあの人とあの人のことでしょ

雪乃が平然と、観客席後方の出口近くに居た男を指差した

雪乃、お前

だって大叔父様のお家のパーティで見たことがあるもの

その瞬間雪乃が指差した二人に、香月セキュリティ・サービスの警備員が向かって行く

あっという間に二人の男が、連れて行かれる

誰かがオレたちの様子を見ている

ここに居る黄色と黒のワンピースを着た女が、白坂雪乃だと知っている人間が、オレたちの様子を監視している

ご主人様、上です

美智の言葉にオレは2階席を見上げた

香月閣下の後ろの席で専任警護チームの谷沢チーフが、オレたちを見ていた

オレを見てニッと笑っている

さすが谷沢チーフ

オレたちを泳がせて敵を釣り上げていくつもりなんだ

雪乃変な人を見つけても、もう指すな

え、どうしてよ

そんなことを続けていると潜入している敵がお前に注目するぞ白坂雪乃がここに居るって、バレてもいいのか

わ、判ったわよ

不承不承、納得してくれた

さて発表会のスケジュールは、中学生の二人組や三人組の踊りまで終わった

ここで今日の主催者である、紺碧流家元のご挨拶の時間になる

何で半分終わったところで、ご挨拶なんだろうそういうのって、一番始めにやるものなんじゃないのか

オレがそう言うと美智が

会の始めですとお客様が、まだ揃っていらっしゃいませんから

最初の小学生の踊りから御覧になる方ばかりではありませんし遅れていらっしゃる方もいます皆様、ご自分のお知り合いの踊りの時間に合わせて、ご来場なさりますから

なるほど普通の芝居とかとは、勝手が違うんだ

このご挨拶の後はお一人で踊られる方ばかりです家元様のお教室の中でも、腕前を認められた方ばかりになりますので

そう言えばいつのまにか、観客席が満席になっている

もちろん皆様、名家のお嬢様たちですから

ここから先は、名家の年頃のお嬢さんたちの品評会にもなっているんだ

香月閣下の後ろに並んで居るエリート青年たちにとっては、未来の嫁候補を探す時間でもある

今までの小中学生の発表とは、見る側の気合いが違ってくる

今年もまた、わたくしどもの教室の発表会を行うことができましたこれも皆様のご支援おかげでございますありがとうございます

日本舞踊紺碧流の家元紺碧撫子先生は、小柄なお婆さんだった

細身で背筋がスッと伸びている

とっても上品で、優しそうな人だった

紺碧流も来年で、流派設立より百年目を迎えますここまで流派が発展したことに、初代も大変喜んでいらっしゃると思いますわたくしどもも、これからも日々の研鑽を重ねさらに二百年、三百年と日本舞踊の伝統を次の世代に受け継いで行きたいと思っております

家元先生のご挨拶は、数分で終わった

大きな拍手の後に後半の発表会が始まる

最初の出演者は

加奈子さん、綺麗

うん格好いい

マナも絶句している

さっきロビーで少しお話した加奈子さん

その踊りはとっても大人っぽくて、艶やかだった

確かに前半の出演者とは、腕前が段違いだ

しかし本当に色っぽいな、加奈子さん

幾つなんだろう

ロビーや楽屋で見た時は、高校生ぐらいに見えたんだけれど

みすずに敬語で喋っていたから、もしかしたらオレと同い年くらいかもしれない

加奈子さんの踊りが終わる

万雷の拍手が場内に鳴り響いた

おっ前半と同じく、花束を持った人が舞台に向かう

加奈子さんのお父さんの映画俳優の洞口文弥

娘の発表会を観に来ていたんだ

うんやっぱり、本物の映画俳優は華やかだな

足が長いし背も180センチを軽く越えている

舞台下から花束を手渡されると加奈子さんは、お父さんの頬にチュッとキスをした

それで、また会場内に拍手が起きる

いいよねこういう時に、お父さんが来てくれるなんて

マナの父親は今、オーストラリアで地獄巡りをさせられている

マナが何かする時はオレが必ず観に行くから花束も持って行くよ

お兄ちゃん、本当

ああ約束する

マナにはもう、オレしかいない

オレがマナの家族の全てをやってやらないと

お兄ちゃん、大好きだよ

マナがオレの耳に、そっと囁いた

それから次々に、少女たちが踊っていく

うん、これぞ正しく家元の教室の発表会に相応しい見事な踊りばかりだった

出演者は、みんな10代後半の少女たちで綺麗な子ばかりだった

20代の人は、この発表会には出ないのかい

オレは美智に尋ねてみる

20歳を越えるとお教室ではなく、家元先生の踊りの会の方へご出演なさることになりますから

子供向けの日舞教室とは、別に大人のお弟子さんのための踊りの会があるんだ

そちらはまた別の意味で、華やかになりますから

何が華やかになるんだ

オレの言葉に美智は答えた

踊りの衣装からして違います大人の会は、名取り以上の方しか出演できませんし

ああ、判った

もう、発表会に掛かるお金が段違いになるんだ

そうだよな、みんなお金持ちの家のお嬢さんたちだもんな

この日舞教室の発表会は、ほほえましく観ていられるけれど

大人の会は、ちょっと怖そうだ

みすずはずっと、日舞を続けたいんだろうな

オレはそっと呟いた

はいみすず様は踊りを愛していらっしゃいますから

もし、みすずがオレと付き合うことで、香月の家を追放されたとしたら

紺碧流の家元の教室は、辞めなくてはいけないだろう

ここは香月閣下の影響力が強すぎる

しかも、今の聞いた話だと日舞を続けるのにも、お金が掛かるみたいだし

オレそんなに稼げるだろうか

みすずが安心して、日舞を続けられるほど

メグが、オレの顔を覗き込む

うんうん何でも無い

経済的なことは、今は考えないでおこう

オレは2階席を見上げる

みすずの閣下の決めた婚約者

司馬貴彦か

楽しそうに横の青年と話をしながら舞台を観ている

うん真面目そうな、お坊ちゃんだ

家柄良し、顔良し高身長、多分、学歴も良いんだろう

オレとは、比較にならないぐらいのハイレベルな青年

こいつからとにかく、みすずとの結婚権を奪わないといけない

どんな手を使っても

話は、それからだ

ヨシくんそろそろ、みすずさんたちの番よ

はい美子さん、瑠璃子様、みすず様の順で踊られます

色んなことを考えているうちに

みすずたちの踊る番になる

何かドキドキしてきたぞ

楽しみだよねお兄ちゃん

楽しみとかっていうより

とにかく、何もトラブルが起こらずに、無事にみすずが踊ってくれることを祈る

みすずには、悔いなく精一杯踊って欲しい

思わず、溜息が零れた

どうしたのよ

ん何か、ちょっと心配で

みすず緊張していないだろうか

たくさんの観客に呑まれたりしないだろうか

そう言えば観客席は、すっかり満員だ

こんなにたくさんの人の前で踊りを披露するなんて

オレならビビッて縮み上がると思う

大丈夫かみすず

どうしたのよそわそわして

だってもうすぐ、みすずの出番だから

お兄ちゃんが緊張することは無いでしょ

そうよ、馬鹿じゃないのあんた

雪乃にまで、笑われてしまった

ご主人様は、心底みすず様を愛していらっしゃるのですね

ご安心下さい、ご主人様

美智は、後ろからオレの首筋を手で触る

大きく深呼吸なさって下さい

美智に言われるまま大きく息を吸い、吐く

何も問題はございませんよ

美智は言った

ご主人様のみすず様です

オレのみすず

みすず様は本当に強くなられました

物凄く暑いですそして眠いデス

私の知り合いが、数年の前、某超有名ロックスターのコンサートにダンサーの一人として出演しました

それは、5万人の観客の前で行われた大きなコンサートで

彼はそのロックスターのフェイクの役を受け持っていました

コンサートが開演して最初に、帽子で顔を隠した彼が迫り上がって登場します

お客さんは、当然彼をロックスター本人だと思う

すると、少し離れた場所からまた顔を隠した別の人が迫り上がって

数人のフェイクのダンサーが迫り上がった最後にロックスターが登場するという演出だったそうです

彼はその最初に登場する役を仰せつかったわけで

でも、やっぱり初回のコンサートの時は、5万人の前にいきなり登場すると、ついビビッて腰が引けてしまったそうです

とその出番が終わった途端に、彼はいきなりスタッフに呼び出されて

ボスが呼んでるから付いてこい

そしてロックスターの楽屋へ連れて行かれたそうです

スターは、彼を見るなり

あんさぁいきなり、眼の前に人が5万人もいたら、ビビッちまうのは判るんだけどさぁそれじゃあ、やっぱマズイっしょ

はいすみませんでした

そこんとこよろしくぅ

彼曰く5万人の観客より、そのロックスターに呼ばれた方がビビッたそうです

235.スタンディング・オベーション

総出演者50人の紺碧流家元の日舞教室発表会もそろそろ、クライマックスに近付く

プログラムでは、一番最後に家元の紺碧撫子先生が踊ることになっている

その前が家元先生の孫娘である愛美さん

愛美さんは、紺碧流の家元継承者候補ということだから、この二人の踊りは別格の扱いだろう

本来の日舞教室に通うお弟子さんたちの発表会という意味ではこの後の3人が最後の踊り手ということになる

美子さん、瑠璃子さんそして、みすずという順

つまり香月家の孫娘たちが、今日会場に集まった政財界の重鎮たちに披露される

美子さんもどこかの名家の人なの

もちろんです香月様の側近の一人小森様のご息女ということになっています

なっている

香月様のお子という、噂もございます

閣下はみすずと瑠璃子さんを、自分の暗い楽しみのために歪めて育てた

二人が生まれる時期2歳の年の差まで、閣下の指示通りだ

ならばお付きとして、子供の頃から瑠璃子さんに仕えている美子さんも、閣下の計画の中で誕生した可能性がある

現在18歳、高校3年生の美子さん

17歳、高校2年生のみすず

15歳、中学3年生の瑠璃子さん

始まるわよ

そしてまずは、美子さんの踊りが始まる

照明ライトの白い光の中の美子さん

三味線の生の演奏が空気を振るわせる

うわっ華やか

マナが感嘆する

赤い着物に、カツラを付け白く顔を化粧した美子さんは

さっきまでの瑠璃子さんのお付きの控え目な人とは、まるで別人だった

こんなに存在感のある人だったんだ

普段は瑠璃子さんの前では、なるべく自分の気配を消しているんだろう

それは美子さんの意図的な行動で無く子供の頃から、そうするのが当たり前だとして生活してきたから

習慣的に身に付いてしまっていることでしかないんだ

だから美子さんが、一人だけで日舞を踊ると、彼女本来の魅力が一気に露わになる

美人で、スタイルも良く、素直で真面目そうな理想的な少女が、姿を見せる

踊るとは、演じることです何かを演じれば、逆にその方の本来の姿が浮き上がってきます

丁寧な性格の方は、丁寧に踊ります普段は誤魔化していても、粗雑な方には雑な踊りしかできません心の広い方は、大きく踊ります立派な体格をなさっていても、心の狭い方は、小さな踊りしかできません

踊りが人の心を示す

踊りの振り付けは、伝統的なものですから昔から変わりませんそれなのに、踊る方によって表現に優劣があるのは、心が違うからです

うん定められた動きを、音楽に合わせてしているだけなのに

個性がはっきりと見えてくる

美子さんは主の瑠璃子さんに似て、鷹揚でほんわかとした性格の人だと思っていたけれど

美子さんの踊りは、丁寧できめ細かい

手の指先や、足先まで気を抜かずに踊っているのが判る

なのに息苦しい感じはしない

大きな大輪の花の様な艶やかな、華やかさを感じる

美子さんは今まさに成熟しようとしている年頃の美少女なんだ

踊りが終わり美子さんが、観客に礼をする

マナが、溜息を吐いた

ズルイよこんなに綺麗で、大人っぽいなんて

最初の小学生の踊りとは、遙かに違うレベルの踊りを見せられた

大きな拍手とともに花束を持った人たちが、舞台前に集まって来る

若い男性も7、8人いた

美子さんはとても、おモテになられるんです

毎回、この踊りの会ではあの様に、何人もの男性が花を差し出されます

しかし美子さんは、小学生くらいの女の子の花束だけを受け取って、もう一度会場に頭を下げる

みすず様や瑠璃子様と違い美子さんには、香月様の定められた婚約者はいらっしゃいませんから

単に美子さんのことが好きな男ばかりじゃないんだ

美子さんと結婚すれば瑠璃子さんを通じて、香月家と親しくなることができる

そういうことを企んで近付いて来る者も多いんだろう

ですから美子さんは、男性からの花束は決してお受け取りになりません

こんな公の場で男からの花束を受け取れば色々と勘違いされることになる

それを避けて美子さんは、男たちの花を拒絶する

毎回そうなのに今日も、8人もの若い男が花束を抱えてやって来る

それほど

香月家の懇意になるということは、魅力的なことなんだろう

美子さんが退場して舞台照明が変化する

今度は瑠璃子さんの番だねっ

マナがオレを見て、微笑む

薄闇の中を白い衣装を着た、瑠璃子さんが現れる

舞台上の定位置に付いて顔を伏せて座す

ビィィンと三味線の音

ライトの強い光が、カッと瑠璃子さんを照らす

瑠璃子さんの衣装は、銀糸で刺繍されている

その銀の糸が光を反射して、キラキラと輝いた

スッと顔を上げる瑠璃子さん

踊りが始まる

観客席の空気が一瞬にして変わった

踊る瑠璃子さんは可憐だった

誰も辿り着くことのできない山の頂上に咲く清廉な花の様だった

人の手に触れた瞬間粉々になってしまいそうな、聖なる花

人間の住む下界とは、相容れない澄み切った清らかな魂

美子さんの踊りは彼女が、大人になりかけている一人の魅力的な少女であることを示していたけれど

瑠璃子さんは妖精だ人では無い

清らかないや、清らかすぎる魂だけが感じられた

あの子、可哀想ね

あんなに一人ぼっちなのにそれが、当たり前だと思っているみたい

雪乃の言葉に、オレはハッとする

瑠璃子さんはみんなとは違う

違う世界に生きている

同じものを見ても他の人とは、違うように見えている

ずっとお付きの美子さんが側に居てくれていても

香月家の継承者である瑠璃子さんは違う次元で生きているんだ

そこまで閣下は瑠璃子さんを、現世から隔離して育ててきた

観客たちは、舞台の上の少女を可憐で清らかな妖精の様に見ている

オレもそうだった

ただ雪乃だけが

瑠璃子さんを、あくまでも15歳の一人の人間の少女として見ていた

あの子の世界には、あの子しかいないのね

瑠璃子さんの踊りが続く

舞台の上だけが別の世界の様だった

瑠璃子さんは、本当はとても遠い場所に居て

オレたちは、衛星中継の映像を観ているようだった

そう地球と月ぐらい離れている

なのに瑠璃子さんは、自分一人しか居ない聖域で、楽しそうに踊っている

異世界から、オレたちに手を振っている

一方通行の通信を送り続けている

何て悲しい踊りなんだろう

観客たちは、そんな彼女の踊りを違和感さえも、素晴らしい表現力と勘違いして、驚嘆しながら鑑賞している

瑠璃子さんとっても寒そう

マナの呟きが、全てを表現していた

瑠璃子さんには一緒に温め合う相手がいない

寒そうなのに笑っているね

自分が孤独であることにすら、気付いていない無邪気な魂

孤独な世界しか知らないから

孤独であることが、当たり前で生きてきたから

極限の孤独の中で瑠璃子さんは、一人で笑って、一人で遊んでいる

それなのに顔をオレたちに向けて

遠い世界に棲むオレたちに笑いかけてくれていた

香月閣下が彼女に強いてきた生き方

香月家の娘としての

遠い世界からの通信が終わる

瑠璃子さんの踊りが

ワーッ

瑠璃子さんが最後の礼をした瞬間

会場全体から、大きな歓声と拍手が起きた

みんな今観たものを

ただの素晴らしい舞踊だとしか思っていない

瑠璃子さんの孤独な魂の表現であることに気付いてはいない

オレは、驚いた

踊り終わった瑠璃子さんには

誰も花束を渡しに来ない

オレは、美智に尋ねる

この様な場で、瑠璃子さんに花を贈るのは悪質なパフォーマンスだと思われますから

香月閣下の孫娘に公の場で花束を贈ろうとするとやっかまれたり、陰で文句を言われたりするのだろう

だからいつの間にか、瑠璃子さんには誰も花を贈らないというのが、非公式な取り決めになっていったんだ

こういうおかしな特別扱いで瑠璃子さんのためになるのか

一生懸命に稽古して、踊り切った瑠璃子さんに

遠くからの拍手だけでなく気持ちを、思いをちゃんと届けるべきではないのか

瑠璃子さぁぁんっ素晴らしかったですっ

オレは席を立って、大きな声で叫んだ

下品な行為なのかもしれない

馬鹿丸出しなのかもしれない

でも、他に思い付かなかった

ちょっと、止めなさいよみっともないでしょ

雪乃がオレを制しようとするが

構うもんか

とっても、綺麗でしたぁぁ

オレは立ったまま、大きく瑠璃子さんに拍手する

警備員に摘み出されるかもしれない

だけど何かしないわけにはいかなかった

瑠璃子さんは、舞台の上で驚いた顔をしている

観客席も、オレの蛮行に一瞬にして静まり返った

ブラボーブラボー瑠璃子さーんっ

寧さんがオレに続いて、立ち上がって拍手しながら叫んだ

オレの気持ちを判ってくれて

瑠璃子さーんっ格好良かったよぉぉぉ

次にマナが拍手しながら、立ち上がる

素敵でしたぁぁっ

堪能させていただきましたっ

美智も

オレ一人なら、変な小僧の悪ふざけのパフォーマンスみたいだったけれど

みんなが立ってくれると賞賛のスタンディング・オベーションになる

BRAVO

マルゴさんが、英語の発音で叫びながら立ち上がってくれた

ミナホ姉さんたちは、黒い森の顧客だった人たちの眼があるから動けないことは判っている

雪乃は呆れた顔をしていた

OHBRAVOBRAVOBRAVO

オレたちと全然違う場所から外人さんの賞賛の声がした

見ると外国人が集まっている座席の真ん中で、一人の白人のオッサンがスタンディング・オベーションしてくれていた

多分今日の会を観に来た、アメリカの政府の偉い人なんだろう

マルゴさんのBRAVOに反応したらしい

すぐに周囲のアメリカ人たちも席を立って、拍手する

そこから会場の空気が変わった

日本人の普通の観客たちも、みんなどんどん立ち上がって瑠璃子さんに拍手する

最後には香月閣下まで

もちろん、閣下の周囲のエリート青年団も空気を読んで立ち上がる

ついに会場全体が、スタンディング・オベーションの嵐となる

ミナホ姉さん、克子姉、渚に真緒ちゃんも立って拍手していた

座ったままなのは雪乃ぐらいだ

それと閣下の3人の警護人も

瑠璃子さんは最初は戸惑っていたようだったが、すぐに落ち着いて場内の三方に何度も礼をしていた

ご主人様、他の方よりも先に座って下さい

美智がオレに言った

こういう場合は、先に座ってしまった方が目立たずに済みます

確かに最初にスタンディング・オベーションを始めたやつがずっと立っているのは目立ちすぎる

オレが席に座るとメグやマナたちも座る

徐々に拍手が収まっていき立ち上がった観客たちが座っていく

瑠璃子さんは、にっこりと微笑んで、もう一度客席に礼をしてから舞台袖の中へ退場して行った

みすずさん、大変だねこの後じゃ

スタンディング・オベーションの後じゃ、踊りにくいかもね

しまったそういうのは、考えていなかった

大丈夫でございます

美智がオレに言う

みすず様はかえって燃えていらっしゃると思います

はいみすず様をご信頼下さい

うんそうしよう

みすず頑張ってくれ

舞台に、みすずが現れる

会場がスーッと静かになる

みすずは、舞台の真ん中に手を付いて座る

観客席の空気が完全に穏やかになったのを感じてから

三味線が、静かに鳴り響く

舞台の照明がゆっくりと明るくなっていく

ビビィィーンッ

みすずが顔を上げた

深紅の衣装を着たみすず

白く塗られた顔

紅を差した唇

美しい

オレのみすずは神々しいほど、美しかった

場内から瑠璃子さんの時と、また違った溜息が漏れる

みんな、みすずの美しさに見とれている

スッと立ち上がって舞扇を開く、みすず

みすずの踊りは恋の踊りだった

恋を知ったばかりの少女の舞

大人になろうと背伸びする17歳のみすずに相応しい、踊りだった

口惜しいわ

どうして、みすずさんはあたしより一つ年上であんなに、綺麗なのかしら

メグが、みすずの美しさに嫉妬している

あたし、敵わないわ

敵わなくていいんだよ

みすずにはみすずのメグにはメグの魅力があるんだ競い合って闘う必要なんて無いんだから

うんそれは判っているんだけど

メグは、黙り込む

舞台の上のみすずは瑠璃子さんとは違った

みすずはちゃんと、オレたちと同じ世界に居る

オレたちと同じ空間で恋を知り、恋に悶える少女を踊る

みすずの細かい心の揺れが、踊りに見える

人を愛することに戸惑う少女

それでも、少女の中で恋の炎が熱く燃えていく

熱情に焼かれるように激しく、少女は舞い踊る

みすずとのセックスを思い出していた

最初の初々しい、処女喪失から

少しずつ女として目覚めていったみすず

今ではセックスの快感に全身で喜ぶ、みすず

舞台のみすずの中にオレとのセックスが、見える

少女から女に変わっていったみすずが踊りの中で、再現されていく

オレの頭の中で

みすずの着ている豪奢な衣装が消えて行く

みすずの踊りには衣装の下のあの柔らかな肉体が、はっきりと透けて見えた

白足袋の中のピンク色の足の指先さえ、オレには判る

オレはみすずの全身を知っている

みすずの身体の中で知らない場所はない

肌の感触を抱き心地を肉体の柔軟さを知っている

みすずの中に何度も射精したオレだけが悦びに震えるみすずを知っている

見たことがある、触れたことがある、抱いたことがある

愛している女の肉体表現を観るというのはとても、不思議だ

多分この会場の中で、オレだけが違う踊りを観ている

みすずが舞う度にみすずの肉体を思い出す

いや肉体だけじゃない

心も

みすずの火の様に熱い心を感じる

言葉は丁寧で穏やかなのにみすずは、いつも燃えている

そういうみすずの熱情が踊りの中に、見えてくる

うんこれは、みすずだ

みすずにしかできないみすずの踊りだ

すごく愛おしい

この時間があの肉体があの心が

両腕で、しっかりと抱き締めてやりたい

こいつはオレの女なんだって世界中に宣言してやりたい

今日のみすず様最高です

心身ともに充実なさって踊っていらっしゃる

うんすごいよ、みすず

恋する少女の踊る姿に会場全体が、息を呑む

愛する相手を求めて舞台のみすずが、激しく舞い踊る

熱情が滴り零れるまま踊りは、クライマックスを迎える

扇の向こうに恋する相手を見上げたまま

恋の熱風の踊りが終わる

扇を閉じて客席に頭を下げる、みすず

一瞬の間

もう、オレが何かする必要は無かった

観客席は、自発的にスタンディング・オベーションの嵐となる

あたし、もっと自分を磨く

マナみすずさんに、負けてるもんこのままじゃ、お兄ちゃんを取られちゃうよ

おいおい、変な心配をするなよ

いいのっとにかく、あたしも頑張るよっみすずさんに負けたままじゃ嫌だもんっ

何にせよ、前向きなのはいいことか

あたしも次の大会で自己ベストを出すわ

メグも口惜しそうに、そう言った

あたしには、走ることしかできないからでも、負けないみすずさんみたいに、充実してみせるわ

二人にはみすずの踊りが、そう見えたらしい

後ろから、オレを呼ぶ声がした

そうだここでのオレは、黒森公之助を名乗っている

振り向くと加奈子さんが立っていた

加奈子さんは大きな花束を抱えていた

みすずさんが、これを黒森さんにお願いしますって

加奈子さんは、オレにニコッと微笑む

舞台の方を見るとみすずが、真剣な顔でオレを見ていた

さっきの瑠璃子さんの時と同じだ

賞賛の拍手はあるがみすずに、花を贈ろうとする人間はいない

香月家の娘に公の場で花束を渡す行為はやはり、タヴーなんだろう

その禁忌をみすずは、オレに犯せという

祖父の香月閣下と、名家の人々の前で、自分に花束を渡せと

マナも、オレを見上げる

みすずが望むのならどんなことでも受け入れる

加奈子さんありがとうございます

オレは加奈子さんから、花束を受け取る

このためにあらかじめみすずが自分で用意していたのだろう

花束は全て、真っ赤な薔薇だった

オレは舞台前に向かって、歩き出す

オレの周囲から客席に動揺が走る

タヴーを犯す者が現れたことに対する驚きが

動揺の波は、観客席全体に波の様に拡がっていく

オレは真っ直ぐに、舞台へと向かう

みすずが待っている

みすずオレを

舞台の下からみすずに向かって、花束を捧げる

来て下さるって、信じていましたっ

嬉しそうに花束を受け取った

えーっななな、なんでぇぇぇっ

スットンキョな悲鳴が2階席から発せられた

声の主はみすずの婚約者

司馬貴彦が、大きく口を開けて驚いている

もうこっちを見て下さい旦那様

みすずの声にオレは振り返る

みすずの顔は美しい

みすず大好きだよ

あたしこそ愛しています

みすずが、オレに手を伸ばす

オレは、その手を掴んだ

舞台に上がって、旦那様

オレはみすずに引き上げられる様にして、舞台の上に上った

人々の熱い視線がオレ立ち二人に集中している

旦那様好きっ

みすずはオレの胸に飛び込んできた

今日も遅刻寸前

236.心のヌード

花束を持ったみすずと舞台の上で抱き合う、オレ

満員の劇場はシンとしている

みんな、どう反応したら良いのか判らなくなっているのだ

観客たちの視線は、舞台上のオレたちと2階席正面の香月閣下に集中していた

旦那様、ギュッと抱いていて下さい

みすずには閣下の定めた婚約者がいることは広く公表されている

誰が婚約者かまでは、知らされていないが

だからこの状態について、観客たちが想像するのは、次の2つのケースだ

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